ボスを倒したことで、ダンジョンの【崩落】が始まった。ダンジョン内のモンスターは全て消滅し、生き残った人間は自動的に外へと排出される。ダンジョンの滅びとは即ち、モンスター共にとっての終焉と同義である。
「……自死か……つまらねぇ真似しやがって」
息絶えた
「――っつ……!!」
目の前には拳銃をこちらに向けながら震える、茂宮の姿があった。俺が一歩二歩と近づく度に、その震えは大きくなる。
「くっ、来るなぁっ――!!」
「…………」
恐怖心が伝わって来る。動揺は指先を支配し、トリガーをカチャカチャと囀らせる。そして何より明確なのは、拒絶の意志――
助けてやったのに、そんな態度はないだろう。
……なんて、つまらぬことは言わない。
「ま、それが普通の反応だわな。じゃあな、茂宮」
硬直する茂宮を放置し、俺は一足先に亀裂の中へと身を投じたのだった。
「どうしよう……どうしようどうしようどうしようっ!!」
吉田は渋谷の路地裏で頭を抱えていた。茂宮からの命令を受け見張りをすることになった彼だったが、突如としてゲートは消失。パニックに陥っていた。
「もう三十分以上経ってるよな…… でもゲートが消えたんじゃ、特隊を呼んだって……! どうすればいいんだよぉ!!」
涙を浮かべる吉田に、ガラの悪い集団が突っかかる。
「へっ! アイツら、
「……クソっ! おいっ! どうにかしてダンジョンに入る方法はないのかよっ!」
「ひゃっはっはっは! あるわけねぇだろそんなもん! 一度ゲートが閉じたダンジョンを、外から開ける方法は存在しない。おめぇら公安も良く知ってんだろうがよ。んなことより……報酬の件、ちゃーんと考えとけよ? 中に
スマホをコツコツと叩きながら、意地の悪い笑みを浮かべる男達。だがそんな彼らを尻目に、吉田の視線はある一点に注がれていた。
突如空間がねじ曲がり、再び生成された青い靄――
「……ゲ、ゲートが……! ゲートが、つながっ、た……?」
コンクリートを踏みしめるこの感触――現実世界に無事帰還したのだと、真っ先に感じる瞬間だ。目の前にはぽかんと大口を開ける公安と、騒ぎを起こしていた例の集団がお出迎え。みな律儀に路地裏で待っていたようだ。
まあ、そんなことはどうでも良いんだが。
「……帰るか」
歩き出す俺を、公安が遮る。
「待って待って!! ちょっと待ってよ君! えっ、なに? 君……どうやって出て来たんですか?
「ダンジョンが崩落した。ボスを討伐したんでね」
「討伐って……君一人で!? えっ、えっ……! どういうこと……!?」
頭を抱えながら、男は分かりやすく混乱する。説明してやっても良いが、時間は惜しい。茂宮が戻ってきたら、全て知れる事――別に付き合う必要は無いだろう。背を向け歩き出した俺の手首を、男はガシッと掴み引っ張った。
「し、茂宮さんはっ!? 茂宮さんはどこにいるんですか!」
「……待ってればそのうち出て来るさ。用件は済んだか? 俺はもう行くぞ」
「あっ、ちょ、ちょっと! まだ聞きたいことが――」
公安の腕を振り払い、俺は大通りに出る。あまりゲートの前に長居はしたくない。茂宮と鉢合わせると……色々面倒だからな。
「……ん?」
何気なくズボンに手を突っ込むと、何やら硬いものが指先をつつく。引っ張り上げると、五百円玉が顔を出した。実に空気の読める奴だ。
「スイーツでも買って帰るか」
行き先をコンビニへと定め、俺はそそくさとその場を後にした。
御剣 一真がダンジョンから帰還して、およそ数分後。心ここにあらずな様子の茂宮が、ふらふらと靄の中から現れた。
「じ、じげみやざぁあんっ!!!!」
「――うおっ!! なっ、なんだよ吉田っ! どうした!?」
「どうしたじゃないでずよぉ! げ、ゲートが、いぎなり消えぢゃっだんで……俺っ、心配じたんでずよぉ!!」
顔をぐちゃぐちゃに濡らしながら、吉田は茂宮の両手を握り込む。
「……心配かけて悪かったな」
「もうゲードに突っ込むなんで真似、じないで下ざいよっ!」
「わーったわーった!! 分かったから、先ずは顔を拭けっ!」
茂宮からの指摘を受け、吉田はハンカチを取り出し顔を拭く。そのまま鼻水をかみ、心を落ち着けた。
「……おい、吉田。……御剣の野郎はどこに行った?」
「御剣って……ああ! 茂宮さんと一緒だった、あの探索者のことですか! 彼なら今さっきゲートから出て来たところですよ! もうどっかへ行っちゃいましたけど……」
「そうか……」
茂宮は周囲を確認する。その口元からはわずかに安堵の溜息が漏れたが、吉田の耳には届かなかった。
「残ってたのはお前だけか? あのハイエナ連中は?」
「あれ? さっきまでここに居たはずなんですけど……おかしいな。あいつらも、いつの間にかいなくなっちゃってますね?」
「……まあ良い。とりあえず、渋谷のブルーゲートはこれで一件落着だ。ホームページ更新しとけ。あと、今日のことは報告書にしっかりまとめとけよ。上には俺から経緯を説明しておくからな」
「はい、分かりました!」
ピッと敬礼を返す吉田に、茂宮の口元はようやく綻んだ。
「全部終わったら、久々に飯でも食いに行くか。今日はおごってやんよ!」
「……はいっ!! ゴチになります!」
茂宮はそのままひとつ伸びをして、路地裏から歩き出すのだった。
新宿区、とあるコンビニ前にて――
「あざっした~」
バイトの気怠い挨拶を背に、俺は店を出た。右手にはミルクソフトクリームが輝いている。北海道の恵みをふんだんに凝縮した、まさに至高の一品だ。
「さてさて、お味はっと……」
ぺろりと一口。
――旨い。
「……この濃厚さ、たまらねぇな。流石は【満場一致】を取るだけはあるってもんか!」
なめらかな舌触り。ミルクのコクが甘みと調和し、クリーミーな後味を生み出している。そなえ付けのコーンスプーンが、またいい風味をもたらしているのだ。プラスチックと違い、口に入れた時の安心感がある。名わき役とはこのことか。わざわざ遠方のミニ○トップまで足を運んだ甲斐があると言うものだ。
数あるコンビニの中でも、ミニス○ップはスイーツのクオリティが頭一つ抜きん出ている。ここのを味わったら、他の安物スイーツにはもう戻れない。あとはもう少し店舗数があれば、言うことは無いのだが。
「この味に釣られて、ついつい遠くまで足を運んじまうんだよなあ」
茂宮の一件では若干心が荒んだが、そんな陰鬱な気持ちは吹き飛んだ。やはり甘味は全てを解決する。
「よし! じゃあ帰るとするかね」
食べかけのソフトクリームを片手に、俺は帰路に着こうとしたところで――
「おい! 待てよ、てめぇ……!」
「ん?」
先程裏路地にいた集団に、再び出くわした。
「……何だ? 俺に何か用か?」
正直面倒な予感しかしないが、かと言って無視する訳にもいかず。とりあえずはそう返答した。
「用件があるなら早くしてくれよ」
「んだよ。そうつれねぇ事言うなよ? どうせ暇なんだろうが?」
「……暇じゃない。アイスが溶けちまうだろ……ペロっ」
「……てめぇ御剣ってんだってな? あの公安から聞いたぞ?」
「それがどうかしたか? ……ペロっ」
「話があるんだ。ちと面かせや」
「ここじゃダメなのか? さっさと済ませたいんだ……ペロペロっ」
「――てめぇ、さっきから舐めてんのかっ!!」
(みりゃ分かんだろ……)
舌先に残る甘さを味わいながら、そんな下らぬことを思う。
ガタイの良い男が俺の前に出て、俺の右腕を激しく掴んだ。
「あ――!」
手元が揺れると同時に、ソフトクリームの先端が滑り落ちた。ぺちゃっと音を立てて、足元に落下したクリーム。その残骸に、瞬く間に蟻どもが群がった。取り残されたコーンが、虚しく手元に収まっている。
「おい、コラ……どうしてくれんだよ、俺の至福のひと時を」
「はぁ? おめぇ状況が見えてねぇのか? 誰に向かって偉そうな口きいてんだ? ん?」
コキコキと拳を鳴らす集団。多勢に無勢だ――とは言え、こいつらはゴブリンと違って一応脳みそが詰まってる。考えなしに突っ込んできたりはしないだろう。
道行く人々のひそひそ話が聞こえて来る。
「何かしら? 喧嘩……?」
「誰か、通報した方が良いんじゃないか……?」
「写メ撮っちゃおーっと」
「ちょっとやめなって!」
コンビニの周囲には人だかりが出来つつあった。
「……場所を変えるぞ。俺に用があるんだろ?」
「へっ! 最初っから素直に従えばいいんだよ!」
俺は味気の無いコーンをかみ砕くと、人気のないシャッター街へと移動するのだった。
――――用語一覧――――
【崩落】
ダンジョンボスを倒すことで、ダンジョンそのものが消滅する。その際にモンスターは消滅し、生き残った人間は時間経過とともに、ダンジョンの外へと吐き出される。これは元来、人間とはダンジョン内での異分子であり、ダンジョンの自浄作用による産物ではないかと言われている。ダンジョンから送還されるのはあくまで『生きた人間』に限られ、ダンジョン内で死亡した人間はその限りではない。
【満場一致】
各メーカーが自慢の一品を持ち込み、職人による辛口ジャッジを受ける某人気番組。職人は商品に対し、「合格」及び「不合格」の札を上げ、「合格」数が一定に達すると、無事にジャッジ通過となる。特に全員が「合格」の札を出す「満場一致」評価が出た際は、会場内が歓喜の渦に包まれる。