羅刹は、かく復讐せし   作:悠久久遠

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第5話 帰還

 ボスを倒したことで、ダンジョンの【崩落】が始まった。ダンジョン内のモンスターは全て消滅し、生き残った人間は自動的に外へと排出される。ダンジョンの滅びとは即ち、モンスター共にとっての終焉と同義である。

 

「……自死か……つまらねぇ真似しやがって」

 

 息絶えた管理者(ゲートマスター)を足蹴にして後ろを見やると、空間に亀裂が走った。現実世界との道が繋がったのだ。

 

「――っつ……!!」

 

 目の前には拳銃をこちらに向けながら震える、茂宮の姿があった。俺が一歩二歩と近づく度に、その震えは大きくなる。

 

「くっ、来るなぁっ――!!」

 

「…………」

 

 恐怖心が伝わって来る。動揺は指先を支配し、トリガーをカチャカチャと囀らせる。そして何より明確なのは、拒絶の意志――

 

 助けてやったのに、そんな態度はないだろう。

 ……なんて、つまらぬことは言わない。

 

「ま、それが普通の反応だわな。じゃあな、茂宮」

 

 硬直する茂宮を放置し、俺は一足先に亀裂の中へと身を投じたのだった。

 

 

「どうしよう……どうしようどうしようどうしようっ!!」

 

 吉田は渋谷の路地裏で頭を抱えていた。茂宮からの命令を受け見張りをすることになった彼だったが、突如としてゲートは消失。パニックに陥っていた。

 

「もう三十分以上経ってるよな…… でもゲートが消えたんじゃ、特隊を呼んだって……! どうすればいいんだよぉ!!」

 

 涙を浮かべる吉田に、ガラの悪い集団が突っかかる。

 

「へっ! アイツら、管理者(ゲートマスター)付きのダンジョンにぶち当たりやがったか! ブルーゲートでは滅多にないことだぞ? お仲間さんは運が悪かったなあ、ケッケッケ!」

 

「……クソっ! おいっ! どうにかしてダンジョンに入る方法はないのかよっ!」

 

「ひゃっはっはっは! あるわけねぇだろそんなもん! 一度ゲートが閉じたダンジョンを、外から開ける方法は存在しない。おめぇら公安も良く知ってんだろうがよ。んなことより……報酬の件、ちゃーんと考えとけよ? 中に管理者(ゲートマスター)がいるってなら、これっぽっちの金じゃ全く釣り合わねぇぞ? クックックッ……」

 

 スマホをコツコツと叩きながら、意地の悪い笑みを浮かべる男達。だがそんな彼らを尻目に、吉田の視線はある一点に注がれていた。

 

 突如空間がねじ曲がり、再び生成された青い靄――

 

「……ゲ、ゲートが……! ゲートが、つながっ、た……?」

 

 

 コンクリートを踏みしめるこの感触――現実世界に無事帰還したのだと、真っ先に感じる瞬間だ。目の前にはぽかんと大口を開ける公安と、騒ぎを起こしていた例の集団がお出迎え。みな律儀に路地裏で待っていたようだ。

 

 まあ、そんなことはどうでも良いんだが。

 

「……帰るか」

 

 歩き出す俺を、公安が遮る。

 

「待って待って!! ちょっと待ってよ君! えっ、なに? 君……どうやって出て来たんですか? 管理者(ゲートマスター)が、中にいたんじゃ……」

 

「ダンジョンが崩落した。ボスを討伐したんでね」

 

「討伐って……君一人で!? えっ、えっ……! どういうこと……!?」

 

 頭を抱えながら、男は分かりやすく混乱する。説明してやっても良いが、時間は惜しい。茂宮が戻ってきたら、全て知れる事――別に付き合う必要は無いだろう。背を向け歩き出した俺の手首を、男はガシッと掴み引っ張った。

 

「し、茂宮さんはっ!? 茂宮さんはどこにいるんですか!」

 

「……待ってればそのうち出て来るさ。用件は済んだか? 俺はもう行くぞ」

 

「あっ、ちょ、ちょっと! まだ聞きたいことが――」

 

 公安の腕を振り払い、俺は大通りに出る。あまりゲートの前に長居はしたくない。茂宮と鉢合わせると……色々面倒だからな。

 

「……ん?」

 

 何気なくズボンに手を突っ込むと、何やら硬いものが指先をつつく。引っ張り上げると、五百円玉が顔を出した。実に空気の読める奴だ。

 

「スイーツでも買って帰るか」

 

 行き先をコンビニへと定め、俺はそそくさとその場を後にした。

 

 

 御剣 一真がダンジョンから帰還して、およそ数分後。心ここにあらずな様子の茂宮が、ふらふらと靄の中から現れた。

 

「じ、じげみやざぁあんっ!!!!」

 

「――うおっ!! なっ、なんだよ吉田っ! どうした!?」

 

「どうしたじゃないでずよぉ! げ、ゲートが、いぎなり消えぢゃっだんで……俺っ、心配じたんでずよぉ!!」

 

 顔をぐちゃぐちゃに濡らしながら、吉田は茂宮の両手を握り込む。

 

「……心配かけて悪かったな」

 

「もうゲードに突っ込むなんで真似、じないで下ざいよっ!」

 

「わーったわーった!! 分かったから、先ずは顔を拭けっ!」

 

 茂宮からの指摘を受け、吉田はハンカチを取り出し顔を拭く。そのまま鼻水をかみ、心を落ち着けた。

 

「……おい、吉田。……御剣の野郎はどこに行った?」

 

「御剣って……ああ! 茂宮さんと一緒だった、あの探索者のことですか! 彼なら今さっきゲートから出て来たところですよ! もうどっかへ行っちゃいましたけど……」

 

「そうか……」

 

 茂宮は周囲を確認する。その口元からはわずかに安堵の溜息が漏れたが、吉田の耳には届かなかった。

 

「残ってたのはお前だけか? あのハイエナ連中は?」

 

「あれ? さっきまでここに居たはずなんですけど……おかしいな。あいつらも、いつの間にかいなくなっちゃってますね?」

 

「……まあ良い。とりあえず、渋谷のブルーゲートはこれで一件落着だ。ホームページ更新しとけ。あと、今日のことは報告書にしっかりまとめとけよ。上には俺から経緯を説明しておくからな」

 

「はい、分かりました!」

 

 ピッと敬礼を返す吉田に、茂宮の口元はようやく綻んだ。

 

「全部終わったら、久々に飯でも食いに行くか。今日はおごってやんよ!」

 

「……はいっ!! ゴチになります!」

 

 茂宮はそのままひとつ伸びをして、路地裏から歩き出すのだった。

 

 

 新宿区、とあるコンビニ前にて――

 

「あざっした~」

 

 バイトの気怠い挨拶を背に、俺は店を出た。右手にはミルクソフトクリームが輝いている。北海道の恵みをふんだんに凝縮した、まさに至高の一品だ。

 

「さてさて、お味はっと……」

 

 ぺろりと一口。

 

 ――旨い。

 

「……この濃厚さ、たまらねぇな。流石は【満場一致】を取るだけはあるってもんか!」

 

 なめらかな舌触り。ミルクのコクが甘みと調和し、クリーミーな後味を生み出している。そなえ付けのコーンスプーンが、またいい風味をもたらしているのだ。プラスチックと違い、口に入れた時の安心感がある。名わき役とはこのことか。わざわざ遠方のミニ○トップまで足を運んだ甲斐があると言うものだ。

 

 数あるコンビニの中でも、ミニス○ップはスイーツのクオリティが頭一つ抜きん出ている。ここのを味わったら、他の安物スイーツにはもう戻れない。あとはもう少し店舗数があれば、言うことは無いのだが。

 

「この味に釣られて、ついつい遠くまで足を運んじまうんだよなあ」

 

 茂宮の一件では若干心が荒んだが、そんな陰鬱な気持ちは吹き飛んだ。やはり甘味は全てを解決する。

 

「よし! じゃあ帰るとするかね」

 

 食べかけのソフトクリームを片手に、俺は帰路に着こうとしたところで――

 

「おい! 待てよ、てめぇ……!」

 

「ん?」

 

 先程裏路地にいた集団に、再び出くわした。

 

「……何だ? 俺に何か用か?」

 

 正直面倒な予感しかしないが、かと言って無視する訳にもいかず。とりあえずはそう返答した。

 

「用件があるなら早くしてくれよ」

 

「んだよ。そうつれねぇ事言うなよ? どうせ暇なんだろうが?」

 

「……暇じゃない。アイスが溶けちまうだろ……ペロっ」

 

「……てめぇ御剣ってんだってな? あの公安から聞いたぞ?」

 

「それがどうかしたか? ……ペロっ」

 

「話があるんだ。ちと面かせや」

 

「ここじゃダメなのか? さっさと済ませたいんだ……ペロペロっ」

 

「――てめぇ、さっきから舐めてんのかっ!!」

 

(みりゃ分かんだろ……)

 

 舌先に残る甘さを味わいながら、そんな下らぬことを思う。

 

 ガタイの良い男が俺の前に出て、俺の右腕を激しく掴んだ。

 

「あ――!」

 

 手元が揺れると同時に、ソフトクリームの先端が滑り落ちた。ぺちゃっと音を立てて、足元に落下したクリーム。その残骸に、瞬く間に蟻どもが群がった。取り残されたコーンが、虚しく手元に収まっている。

 

「おい、コラ……どうしてくれんだよ、俺の至福のひと時を」

 

「はぁ? おめぇ状況が見えてねぇのか? 誰に向かって偉そうな口きいてんだ? ん?」

 

 コキコキと拳を鳴らす集団。多勢に無勢だ――とは言え、こいつらはゴブリンと違って一応脳みそが詰まってる。考えなしに突っ込んできたりはしないだろう。

 道行く人々のひそひそ話が聞こえて来る。

 

「何かしら? 喧嘩……?」

「誰か、通報した方が良いんじゃないか……?」

「写メ撮っちゃおーっと」

「ちょっとやめなって!」

 

 コンビニの周囲には人だかりが出来つつあった。

 

「……場所を変えるぞ。俺に用があるんだろ?」

 

「へっ! 最初っから素直に従えばいいんだよ!」

 

 俺は味気の無いコーンをかみ砕くと、人気のないシャッター街へと移動するのだった。




 ――――用語一覧――――

【崩落】
 ダンジョンボスを倒すことで、ダンジョンそのものが消滅する。その際にモンスターは消滅し、生き残った人間は時間経過とともに、ダンジョンの外へと吐き出される。これは元来、人間とはダンジョン内での異分子であり、ダンジョンの自浄作用による産物ではないかと言われている。ダンジョンから送還されるのはあくまで『生きた人間』に限られ、ダンジョン内で死亡した人間はその限りではない。

【満場一致】
 各メーカーが自慢の一品を持ち込み、職人による辛口ジャッジを受ける某人気番組。職人は商品に対し、「合格」及び「不合格」の札を上げ、「合格」数が一定に達すると、無事にジャッジ通過となる。特に全員が「合格」の札を出す「満場一致」評価が出た際は、会場内が歓喜の渦に包まれる。
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