「で? 俺にいったい何の用だ?」
人目に付く大通りを避け、閑散としたシャッター街へとやって来た。にやつく五人組。その中から、やたら威圧感のあった例のデカ男が前へ躍り出る。
「てめぇさっきのブルーゲート、一人で攻略したんだってなぁ?」
一応、茂宮も隣にいたのだが。悲しきかな、はなっから戦力に数えられていなかった。軽んじられてるな、公安。市民を守る正義の味方だろうに。
「だったらどうした?」
「んで、報酬は受け取らねぇってか?」
「……何度も同じことを言わせるなよ。金に興味はないんだ」
デカ男のこめかみがひくつく。チッとひとつ舌打ちをすると、顔面を思いっきりこちらへと近づけ凄んだ。
「困るんだよなぁ、勝手にゲートを潰されるとよぉ! 俺らはなぁ、ダンジョンを攻略して公安様からありがたーい
ツッコミ待ちなのかと耳を疑う程の、暴論の数々だった。自分たちのことを棚に上げて、随分な言い草だ。
「……で? 結局何が言いたいんだ? まさかわざわざ文句を言う為に追っかけて来た訳じゃないよな?」
「へっ、あたりめぇだろっ――!」
デカ男がパチンと指を鳴らすと、取り巻きが一斉に武器を構える。
「御剣ぃ、あのブルーゲートの攻略金は二百万だったんだ。でもな……それじゃあちと少ねぇ。中には
デカ男は雄弁に語りながら、腰に付けたロングソードに手を掛けた。
「一千万だ!! それで手を打ってやるよ! てめぇが勝手に攻略しちまったあのダンジョンの報酬金! 代わりこの場で俺らに支払いな! もし拒むってなら――」
切っ先を真っすぐとこちらへ向け、唇を吊り上げる。
「……ちーっとばかし、痛い目見てもらうことになっちまうなぁ? ケッケッケ……!」
目の前にずらりと並ぶ、ギルドの業物たち。鋭利な刃を煌めかせ、集団は俺ににじり寄る。
(見事に近接武器ばかりだな。これでパーティーのつもりなのか?)
だとすれば、あまりにもお粗末だ。
こいつらが使っている武器は、ギルドから支給された正規品だ。その証拠に、持ち手部分にはギルド特有の焼き印が刻まれている。気になるのはその出所か。当然ながら、善良なるギルドははぐれ探索者に武器を卸したりはしない。となると必然的に、選択肢は絞られる。
(強奪か、或いは下種共のサークルが存在するかのいずれかだな)
どっちにしろ、下らねぇ……
「いいぜ。来な」
俺は手刀を作り、指先をクイクイと動かす。こいつら相手に魔道具を使うのはオーバーキルが過ぎるだろう。
「てめっ……調子こいてんじゃねぇぞ、コラァッ――!!」
五人が一斉に動き出す。最初に眼前に迫って来たのは、ハルバードの一撃。自慢のリーチを活かした素早い初撃だ。振るっているのは小柄な男――その組み合わせはちぐはぐなように見えて、存外侮れない。速さとリーチを兼ね備える、パーティーの突撃役って所か。
「ま、それでも遅すぎるがな」
男が異変に気付いたのは、そのすぐ後。
「……え?」
――その手の中に、既にハルバードは無かった。
「ふーん。やっぱギルド製は持ちやすくって癖が少ないな。こいつが五万そこらで買えるってんだから、世も末だよな。本当に」
俺の声で我に返った男が、呆然とこちらを見つめている。ゆっくりと自身の両手を見下ろし、俺の右手、そして再び自らの両手に視線が戻って来た。緩慢な動作だ。状況判断が遅すぎる。
「『誰でも扱いやすい』って謳い文句は、明確な強みだよな。特にビジネスする上では」
俺は自分の手元で、ハルバードを転がす。
「なあ、お前らもそうは思わないか?」
男から奪ったハルバードの先端を向け、そう呟く。男の顔からは恐怖の色が滲み出た。
「なっ……何をしやがったっ!?」
「そんな驚くようなことでもないだろ? アンタのハルバードを少しばかり拝借させてもらったんだよ。動きがあんまりにもトロかったんで、つい出来心でな」
「――なあっ!!」
男は羞恥に焼かれたのか、顔が真っ赤に染まった。いかに探索者とは言え、末端などこの程度だ。
ギルドは探索者たちに対し、それぞれランクを割り振っている。
一番上は、S級――
単独で国家と同等の戦力を有する、化け物たち。
人の理を超えし異端児、日本には現在五人だ。
そこから順にA、B、C、D、Eの計六段階。S級は人外なので、実質最高ランクはAと言って相違ない。大方の小中ギルドの長も、このランク帯に収まっている。
もしも目の前のこいつらにランクを当てはめるならば――真ん中のデカ男がB級。俺がハルバードを奪った男を含め、取り巻き共は精々D級が良いとこだろう。
俺はハルバードを右手左手へと交互に持ち替え、振り回す。
長物は久々だったが――
思いのほか手に馴染むじゃないか。
「さあ。かかって来いよ、ハイエナ共」
人間同士の争いに興味はない。だが降りかかる火の粉であれば、払わない訳にはいかないからな。
「上等だ! ぶっ潰してやんよおおおお――!!!!」
諍いから、数分あまり。
戦闘と呼べるような代物だったのかは、正直分からないが。目の前には成人男性五人分の肉体が転がっていた。
「……ぐっ、くそ……がっ……!!」
急所は極力外し、手加減もしたつもりだ。打ち身ぐらいにはなるだろうが、少なくとも骨までは届いていない。五人のうち、意識があるのは二人だけ。一人は初っ端にハルバードを振りかざしたあの小男。
「……ま、斑目さん……! もう、止めましょうよ……! 無理ですって……! 勝てっこないですよ、コレっ……!」
そしてもう一人――班目と呼ばれたあのデカ男は、片膝をつきながらも起き上がって来た。
「御剣ぃ……! てめぇ……手加減でも、した……つもりかぁ? ざけてんじゃねぇぞっ、ゴラァ!!」
他の者はみなのびきっているが、やはりリーダー格のこいつだけは多少の気骨があるようだ。
「これ、返すぞ」
ハルバードを班目の前に投げ捨てる。カランとひとつ音を立て、刃先がコンクリートへとぶつかった。
「使い心地は中々悪くなかった。流石はギルドお手製だ。次は喧嘩売る相手を見極めろよ」
「――ぐうっ!!」
無駄な時間を食った。さっさと帰って、公安のホームページにでも潜るとするか。次なる獲物が見つかるかもしれないしな。
その場から立ち去ろうとする俺の背に、班目の眼光が突き刺さった。
「こんの野郎っ!! 調子にのるなよっ、御剣ぃっ!」
班目は無理やりに起き上がると、右腕を掲げた。
――同時に、周囲の温度がグッと下がる。
「はあああああああっつ――!!!!」
収束する冷気。
氷の結晶が、班目の手の内より生成される。
「ちょ、班目さん! それはマジでヤベーですって! 街中で【スキル】なんて使ったらしょっ引かれますよ!」
「うるせぇっ!! ここまでコケにされて、ただで引き下がれっか!」
氷の結晶は徐々に成長し、奴の手のひらを覆うまでになった。俺は歩みを止め、再び向かい合う。
「……へぇ。氷結系スキルか、珍しいじゃないか。初めてお前に感心させられたぞ」
「――減らず口はぁ!! コイツを食らってからほざきやがれぇぇ!!!!」
班目の突進。結晶を解放し、周囲に冷気が飛散する。みるみるうちに凍り付くシャッター街。俺は血狂に手を伸ばし、重心を低くして刃を構えた。
「死ねやああああああああ!!!!」
――来る!
「は~い。ストップ~ストップ~」
「んあぁっ????」
「なにっ――!?」
俺たち二人の攻防に、突如割って入って来た謎の人影。
「ダメダメ~! 流石にそれは見逃せんのう、お二人さ~ん」
班目の右手を握りしめ、俺の眼前には手のひらをあてがう。筋骨隆々、丸太のような腕っぷし。幾重にも皺の刻まれた傷だらけの――老躯の手だ。
(なんだ、この爺さん……! どっから湧いて出た……!?)
逃れようと必死で力を入れるも、身動きが取れない。爺さんは全く動じていない。鋼のような体幹だ。
いったい何者だ……?
「おいジジイ! なんだてめぇ! いきなり出て来て、出しゃばってんじゃねぇぞっゴラっ!!」
暴れる班目の手をぱっと離すと、班目はその勢いのままバランスを崩し、後方に倒れた。爺さんは朗らかに笑う。
「はっはっは、ジジイは傷つくのう。こちとらぴちぴちの六十三よ♥ まだまだ現役バリバリじゃわい! 老人扱いは悲しくなるて」
爺さんは自らのスキンヘッドをぽりぽりと掻きながら、小首を傾げる。背丈はおおよそ二メートルか。班目もデカい方だが、この爺さんはそれ以上だ。
「こういう悲しい気持ちを、おぬしら若者言葉で何と言うんじゃったか……? ……はて……『ぴえん』……だったのう?」
「藤堂様、自重して下さい」
後方より響き渡る、澄んだ声音――
「空気の読めぬ寒い発言、見るに堪えません。空回りしておりますよ?」
若い女の声だ。
――もう一人、この場に近づいて来る。
「それと、『ぴえん』はもう死語かと。公の場では絶対に使用しないように。お願いします」
「んぅ、そうじゃったかぁ? 相変わらず手厳しいのう、エリスちゃんは」
コツコツと足音を轟かせ、女は老人の隣に並び立った。白銀のプレートアーマーに身を包み、無駄なく足を運ぶその一挙手一投足。さながら人形のような精密さだ。
(……こいつら、一体いつからここにいた? 気配を、微塵も感じなかったぞ……?)
班目は興奮が冷め、ようやく状況を把握出来るようになったのか。二人の顔を見比べ、顔を真っ青にした。
「あっ…アンタら……! A級探索者、『銀の乙女』エリスと……! それに……え、S級の――!!」
目を見開きながら、震える指で老人を指し示す。
「えっ、S級探索者っ!! 『炎帝』、
たっぷりと蓄えられた顎髭を触りながら、その爺さんは一言。
「ご名答ご名答! S級のSは、シニアのSってか? はっはっはっは!!」
そんな下らぬ冗談を、豪胆に言い放つのであった。
――――用語一覧――――
【スキル】
この世界にダンジョンが観測されると同時に、一部の人間たちへと宿った異能の力。スキルを扱える者の多くは探索者となり、各々がギルドへと所属して、ダンジョン攻略に勤しんだ。だが中には戦いを好まずに、ひっそりと日常生活を営むことを選択した者も存在する。