羅刹は、かく復讐せし   作:悠久久遠

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第7話 忍び寄る脅威

「ごっ、ご迷惑をおかけして申し訳御座いませんでしたァァァァァ!!!!」

 

「ちょ、待ってくださいよぉ、班目さあああぁん――!!」

 

 脱兎のごとく逃げ出す班目。その後を追って、小柄な男も走り去っていった。地面にはまだ気絶したお仲間たちが残ってるじゃないか。せめて一緒に連れて行ってやれよ……薄情な奴らだ。

 

「儂、なんか不味いことしちゃったかのう?」

 

「いえ。あの者たちが矮小なだけでしょう。お気になさらず、藤堂様」

 

「ふむ。とは言え、複雑な気分じゃのう……あぁ、あとエリスちゃん。そこで倒れておる者たちの処置、頼んだぞ」

 

「既に公安に通報済みです。直に救援部隊が到着するかと」

 

「さっすがエリスちゃん! 出来る女は違うのう!」

 

 俺を置いてきぼりにしたまま、会話を続ける二人。

 

 S級探索者、藤堂 巌。

 A級探索者、エリス・神代(かみしろ)

 

 世情に疎い俺でも、流石に名前ぐらいは聞いたことがある。東京一帯を管轄する大ギルド――帝国ギルドの団長と副団長。トップ二人の揃い踏みだ。探索者の中で、彼ら知らぬ者などいないだろう。まさに超ビッグネーム。突然の事態に、まだ俺の脳味噌は混乱の最中だ。

 

 考えをまとめるより先に、つい自然と素朴な疑問が口を突いて出てしまった。

 

「……帝国ギルドの重鎮お二人が、こんなシャッター街に何の用でしょうか?」

 

 まさか散歩という訳でもあるまい。S級探索者が白昼堂々と街中をふら付いているこの状況、どう考えても異常だ。

 

「ん? おぉ、すまんかったすまんかった! お主を放置して、つい話し込んでしまったわい!」

 

 藤堂が首を回して、俺に向き直る。改めて見上げると、その威圧感に思わず喉を鳴らしてしまった。先ほどゴブリンキングと対峙したばかりだが、奴が小鬼に感じる程の闘気だ。

 

「この場所にはちーっとばかし調査に来とったんじゃがな。お主らの争いの声が聞こえて来たんで、急ぎ駆け付けたのよ」

 

 顎髭を上から下へと流しながら、藤堂は説明を続ける。

 

「しばらく様子を見とったんじゃが、お相手さんがスキルを発動させよったんで、慌てて止めに入ったんじゃ。ギルドを統括する立場の人間として、流石にそれは見過ごせんからのう」

 

 藤堂からの言葉を引き継ぐように、神代が立ちはだかる。

 

「【ダンジョン対策法】第六条――『スキルを保持する人間は、如何なる状況場所においても、ダンジョン外での能力の行使を禁ず』に抵触します。藤堂様の温情が無ければ、即刻刑務所行きですよ。あの男」

 

「まあ、あの法は形骸化しとる部分もあるからのう。一応、儂もギルドの長なもんでな。見て見ぬふりは出来んわい!」

 

 なるほど、乱入して来た意図は分かった。だが肝心な話がまだ聞けていない。

 

「……調査って、いったい何ですか?」

 

 藤堂と目を合わせ、問いかける俺。答えが返って来るかは半々と言った所だろうか。状況は分からんが、S級が動くような事態だ。俺みたいな得体の知れない奴相手に、そう易々と情報を渡す訳が――

 

「実は先日、この付近に新たなゲートが観測されてな。帝国ギルドから先遣隊を送り込んだんじゃが、連絡が途絶えてしもうたんじゃよ」

「……なっ……!?」

 

 俺の意に反し、藤堂は当たり前のようにそう答えた。

 

「藤堂様っ!! それは機密事項ですよ!」

「あ~、良いよ良いよエリスちゃん。そんなに焦らんでも」

「ですがっ――!!」

 

 藤堂は人差し指をピンと立て、自身の唇に持って行く。そのまま片目をぱちりと瞑り、シーっとジェスチャー。神代が黙りこくったのを見届けて、説明を続けた。

 

「ゲートを観測したのはつい三日前。イエローゲート、踏破型のダンジョンじゃ。公安もまだこのゲートの存在は認知しておらん。儂ら帝国ギルドだけが情報を持っとる訳じゃな」

 

「……イエローゲートが、この場所に……?」

 

 改めて周囲を見渡す。確かにここは人気のないシャッター街だ。通常ゲートが発生したならば、異変に気付いた市民が真っ先に公安へと通報する。だがこうした人通りの少ない場所で発生したゲートは、発見までに時間が掛かることが往々にしてある。

 

 市民の通報と公安の定期巡回だけでは、どうしたって限界がある。その穴を埋める為、ギルドも街のデッドスポットの監視を行っているのだ。

 

「先遣隊には手練れを送り込んでおる。それでも情報が途絶えたとなれば、これは由々しき事態じゃ。もうただのイエローゲートではない。何か……裏があると見てよいじゃろう。儂らはそれを確かめる為に、こうして足を運んだという訳よ」

 

 興味本位で首を突っ込んではみたが、随分ときな臭くなってきやがった。

 

「……それで、お二人は実際にそのゲートには行ってみたんですか?」

 

「ダンジョンの入り口付近はザっと確認して来たんじゃが……異変らしい異変は見つからんかったわい。今回のは踏破型のダンジョンじゃからのう。正直なとこ、奥に潜ってみんことにはなんとも……ってなところじゃ」

 

 ダンジョンでの遭難は、最も厄介な状況のひとつだ。救出に目がくらんで攻略を急くと、更なる犠牲者が増える。かと言って悠長にしている暇も無い。的確かつ迅速な指示系統が求められる。

 

(踏破型は下層に行くほど攻略難度が上がるからな。いっぺんに攻略しようとせずに、先遣隊を使って探り探り進もうってのは理に適ってる。だが連絡が途絶えたとなれば、最悪の事態も想定すべきかもな……)

 

 そんな思考を巡らしている最中、藤堂の視線が俺の腰を捉えているのに気が付いた。血狂を見ながら、顎をさすり一言呟く。

 

「……お主、名を聞かせて貰っても良いかのう?」

「あー」

 

 確かに自己紹介もまだだったか。無礼だったな。

 

「申し訳御座いません、名乗り遅れました。御剣 一真。一応、探索者……ソロで動いてます」

 

 聞くや否や、神代が過敏に反応した。

 

「……ソロ? ……ハイエナか?」

 

 眉が分かりやすくピクリと動く。はぐれ探索者とギルドの関係性は水と油――ダンジョン攻略の報酬金を巡って、たびたび衝突する商売敵だ。彼女が嫌悪感を抱くのは道理だろう。

 

「ふむ……にして御剣よ、探索者ランクはいくつじゃ?」

 

「ランクですか? ……確か、D……でしたかね? かなり昔に取ったデータですので、あまり参考にはならないかもしれませんが」

 

 ウエストポーチの小窓から覗くライセンスを見ながら、俺はそう返答した。ぶっちゃけ自分のランクなど忘れていた。

 

「Dじゃと? ……Dか……ふむ……」

 

 藤堂は腕を組み、何やら考え込んでしまった。良からぬことを口走ったかと不安になる。

 

「あの……藤堂さん。どうかしましたか? 私の探索者ランクに、何か違和感でも?」

 

「……ん? あぁ、よいよい! 気にするな! 大したことではないわい!」

 

 歯を見せ笑う藤堂に、緊張は幾分和らいだ。確かに探索者ランクは所詮、ギルドの定めた戦力基準でしかない。拘泥する方がどうかしてる。

 

「それよりもな、御剣! 硬いぞぉ、硬いっ! 儂相手に『さん』付けなど不要じゃて! 敬語も止めよ! もっと気軽に話して貰って構わんのじゃぞ?」

 

「いえ……ですがあなた方は、名の知れた――」

 

「儂はかたっくるしい空気がどうにも苦手でのう。ギルドの団員たちにも、気楽に話しかけてくれとお願いしとるんじゃ。無論、エリスちゃんにも。のう?」

 

 藤堂は神代の方を見つめてウインクを飛ばすが、当の神代は冷めた目線。何か言いたげだ。

 

「だから儂ら相手にはもっとリラックスじゃよ、リラーックス! じゃろう、エリスちゃん?」

 

 再度神代の方を向く藤堂。神代は俯き――

 

「はあぁぁぁぁぁぁ……」

 

 聞いたことのないような溜息だ。不満たらたらだろ。良いのかこれで?

 

「……分かった。じゃあ普段の俺のペースでやらせてもらうぞ、藤堂、神代」

 

「おぉ、良いのう良いのう! 『ザ・今時の若者!』と言った雰囲気じゃわい! はっはっは!」

 

 ワイキャイはしゃぐ藤堂に、神代はついに頭を抱えてしまった。

 

(……本当に、この男がS級なのか?)

 

 言っちゃ悪いが、どうにも貫禄が無い。例えるなら、そう――感性が子供のまま、肉体だけが年を取ったような。そんなおふざけ老人にしか見えない。

 

「それで御剣よ。早速本題に入らせて貰いたいんじゃが、大丈夫かのう?」

 

「ん? 本題? ……何のことだ?」

 

「うむ。実は先程のお主らの戦闘、儂も一部始終を見ておったんじゃがな。……単刀直入に言うぞ。お主、ただものではないじゃろう?」

 

「……いや、急に何ですか……俺は、別にそんな……」

 

 大したことはしてないと思うんだが。相手は連携すらもまともに取れていないような、はぐれ探索者の寄せ集めだった。あの程度の奴らを返り討ちにしたとて、果たして何が凄いと言うのだろうか。訳が分からん。

 

「ま、細かいことはどうでも良いんじゃよ! 儂からの頼みはひとつじゃ! 此度観測されたイエローゲート。儂ら帝国ギルドは部隊を整えて、本格的にダンジョン攻略に乗り込むつもりじゃ。御剣よ。その攻略戦に、お主も同行してはもらえんだろうか?」

 

 藤堂が言い終えるや否や、神代が声を荒げた。

 

「なっ、何を言ってるんですか藤堂様!? こんな素性も知れぬハイエナに同行を求めるなど……正気ですかっ!?」

 

 神代の問いには答えず、藤堂は話を進める。

 

「無論ただでとは言わん。報酬は……そうじゃなぁ。一千万でどうじゃ?」

「はああああっ!?」

 

 神代の絶叫が響き渡る。無論、俺も理解が追い付かない。今さっき出会ったばかりのこの俺に、一千万の報酬金だと? ただダンジョンの攻略に、同行するだけで?

 あまりにも馬鹿げた提案だ。いったい何を考えてる、この男……

 

「いえ……俺は……!」

 

「ふむ。まだ足りんかのう? ではもう五百万――いや、むしろプラス一千万! 計二千万でどうじゃ!」

「ちょっ、藤堂様っ――!!!!」

 

 際限なく金額が上がっていく。流石に待ったを掛けざるを得ない。

 

「俺は金に興味はないんだ!!」

 

「……そうなのか? これは早とちりじゃったのう。残念、まだまだ懐に余裕はあったんじゃがな」

 

 目を真ん丸にする藤堂。流石は大ギルドの頭領だ、金銭感覚がバグってやがる。いち個人がほいほい動かして良い金額じゃないだろ。

 

「……金は要らない。けど……そうだな。代わりと言っちゃなんだが。アンタらが保有している魔道具をひとつ、譲って頂きたい」

 

 帝国ギルド程の大所帯ならば、当然魔道具の一つや二つ所持しているだろう。金に興味はない。だが道具があれば、モンスターを殺せるからな。

 

「魔道具か……変わった奴じゃのう。あいわかった!! 全て終わった暁には、好きな物をひとつ進呈してやろう! あっ! うちの団員が使ってないのにしてチョーダイね!」

 

 神代はもはや突っ込むのを止め、魂が抜けたように黙りこくっている。アレは全てを諦めた者の目だ――心中お察しする。

 

「よし、それじゃあ交渉は成立じゃ! ダンジョンへの突入は明日の午後! 御剣よ。明日十五時に再びこのシャッター街に来てくれ! 攻略戦にはエリスちゃんも参加するから、互いに仲良くな! 頼んだぞい!」

 

 藤堂はそう言い残し、神代と共に颯爽と姿を消したのだった。

 

 

 

 ――――

 

 藤堂と神代は用件を終え、夕暮れの街並みを歩いていた。

 

「まあそうヘソを曲げんでくれよぉ、エリスちゃ~ん」

 

 眉間をハの字に寄せながら、神代はコツコツと早足で歩く。

 

「……理解出来ません。なぜあのような者に助力を乞うのですか? 私の力が信じられませんか?」

 

「いやいや、決してそういう訳ではないんじゃよ! 勿論、イエローゲートの攻略程度ならば、お主一人でも十分にこと足りるじゃろうて」

 

「ではなぜですかっ――!!」

 

 語気を強める神代に、藤堂は神妙な面持ちで返した。

 

「……そうじゃのう。言葉にするのは、ちと難しいんじゃが。……強いて言うなら、『この国の未来のため』と言った所かのう」

 

「……未来? ……何を言ってるんですか?」

 

 怪訝な表情を浮かべる神代。対する藤堂は顎髭を触りながら、ゆっくりと応対する。

 

「S級探索者の保有数には、各国ごとに明確な差があるのは知っておるな? 日本は決して多い数字ではないからのう」

 

 神代の歩みは、自然とゆっくりとした物になっていた。

 

「御剣。……アレは内側に、何か異常な怪物を秘めておる。本人は隠しておるつもりなんじゃろうがな……儂には分かる。戦いの中に身を投じることを、心から喜んでおる――そんな眼をしとったわい」

 

「……それは……ただの変人と言うだけではありませんか?」

 

「はっはっは! やっぱりエリスちゃんは辛口じゃ!」

 

 笑いに呼応するように、藤堂の髭が上下に揺れる。

 

「……頂点に君臨するような輩はな、皆どこかしらの歯車が狂っとるものなんじゃよ。儂はこれまでに、世界各地のイカれた強者を何人も見て来た。御剣には……それと似た雰囲気を感じたんじゃ」

 

 藤堂が真っ直ぐに見つめる視線の先。その光景を、神代は見据えることが出来なかった。藤堂は右腕を持ち上げ、自身の眼前で握り拳を作り、不敵に笑った。

 

「あ奴は、いつか儂の――S級のステージにまで。登って来るやもしれん」

 

 神代は黙ったまま、藤堂の言葉に耳を傾ける。

 

「今回のイエローゲート攻略は、いわばその見極めよ。儂の慧眼が正しかったかどうかのな。御剣本人は自身のランクをD級と言っておったが……儂はそうは思わん。エリスちゃん、しっかり監視しといてくれよ。もしかしたら後の未来、我が国に六人目のS級が生まれるやもしれんぞ!」

 

「……差し出がましいようですが、流石にそれは買い被り過ぎかと。今日の彼の言動の中に、S級たる資質が備わっていたとは到底思えません。私にはチンピラ相手にマウントを取っていただけの、ただのハイエナ野郎に見えましたけどね」

 

 藤堂の直感は長年の経験に基づく故、言語化するのが難しいものだった。S級とA級の間を隔てる大きな壁が、二人の意見の食い違いを生んでいるのは明白。それでも藤堂は語った。

 

「エリスちゃんは気付いとったか? 先程の戦闘。御剣はスキルを解放した相手に対して、瞬きほども動じておらんかった。それどころか状況を即座に判断し、一直線に相手の胸元へと突っ込んだ。……そんな真似、普通ならあり得んのじゃよ」

 

 語る言葉は淡々と。

 だが静かな――熱を持つ。

 

 その言葉にはS級故の、確かな重みがあったのだ。

 

「明確な殺意を向けられ、スキルなどと言う異能と相対した時。……通常ならばな、滲み出て来るもんなんじゃよ」

 

 動揺が。

 恐怖が。

 焦りが。

 ……覚悟が。

 

「ほんの少しでも、心の外側にな。漏れ出て来るはずなんじゃよ。ごく普通の人の心――当たり前の感情を、持ち合わせておるのならばな」

 

「……人の、心……感情……」

 

 その言い方では、まるで――

 神代の思考がひとつの解へと至る前に、藤堂は豪胆に笑い出した。

 

「面白い、面白いのう!! あんな若者がまだ日本におるとはなぁ! まだまだこの国も捨てたもんじゃないわい! あ奴が頂に登りつめた時、いつか肩を並べ、共に闘ってみたいものじゃのう! わっはっはっは!」

 

 その姿に、愛嬌を振りまく老人の面影は既にない。ただそこには力を持て余した、孤独な一人の戦士がいるだけだ。夕焼けの空へ消えて行く男の背中は、どこか満足げだった。

 

 それはさながら。

 ――希望を見つけた、先導者の様に。




 ――――用語一覧――――

【ダンジョン対策法】
 1996年に施行された、ダンジョンに関わるあらゆる順守条項を取りまとめた法令。全十箇条から成り、いずれも破った者には相応の法的処罰が下される。現在は効力が薄れている項目もあり、条項を見直すべきだと言う世論も強い。
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