翌日、新宿シャッター街にて――
「流石に早く着き過ぎたか……」
街道の入り口につるされた、錆びれた時計に目を向ける。集合時間より一時間ほど早い。ギルドの団員と思しき人物は、まだ誰一人として姿を現さない。
(家にいたってどうせ暇なんだから、別に良いんだけどな)
欠伸を噛み殺しながら、腰に付けた短刀を撫でる。装備は基本、昨日のブルーゲート攻略に用いた物と大差ない。唯一の違いは小瓶の中身か。毒の濃度をワンランク上げた――これならば中級モンスターであっても十分対処可能だ。
待つこと数十分。廃れたシャッター街に、幾人もの足音が響き渡った。
「……お、来たか?」
集団の先頭には、白銀の女騎士の姿――神代だ。その後ろには、男女あわせて二十人あまりが追従する。
「弓と【魔導士】の後方部隊に、前衛には大楯持ちのタンクもいるな……」
中近距離から後方支援まで、幅広いラインナップだ。流石は東京屈指の大ギルドだけあって、人材に抜かりはないらしい。是非とも班目に見せてやりたい所だな。これが真に統率の取れたパーティーってもんだ。
神代が俺の前で足を止め、横目で時計を見やる。
「……とりあえず、遅刻して来るようなたわけでなくて安心した。今日は宜しく頼むぞ、御剣」
「なんだ? 藤堂の時と違って、随分とあっさりした態度なんだな? それがアンタの素って訳か? 神代」
「なぜお前のようなハイエナ相手に、私が気を遣わねばならないんだ? 分を弁えろ」
「……相変わらず手厳しいねぇ、
殺意のこもった視線でキッと睨まれた。おちょくるのはこれぐらいにしておくとするか。ゲートに入る前から、あまり軋轢が生まれても面倒だ。
「おい神代……こいつが例の男か?」
俺たちの会話に割って入るように、集団より抜け出してきた一人の男。神代は男をちらりと一瞥すると、再び俺に向き直った。
「昨日の藤堂様とのやり取りは、事前に他の団員にも伝えてある」
「……そうか。じゃあ改めて自己紹介だけしておくか。今日のイエローゲート攻略に同行することになった、御剣 一真だ。短い間だがよろしく頼む」
手を差し出すも――
「――けっ!」
男は無視し、そのままポケットに両手を突っ込んだ。対話拒否、ここに極まるだな。
「なんでこんな野郎を連れて行くんだ? リスクでしかねぇだろが。邪魔くせぇ……」
他の団員たちの顔にも、ちらほらと不満の色が滲んでいた。流石にこの男のように直接口にする奴はいないが……帝国ギルドと言えど、一枚岩ではないのだろうか?
(別にこっちとしては、報酬さえ手に入れば何でもいいんだがな……)
神代は小さく溜息をつくと、俺に向かって問い掛ける。
「御剣。ゲートに入る前に、部隊の中でのお前の動きを決めておきたい。どんなスキルを持ってる? 近接系か? それとも魔法が使えるか?」
そう言えば、昨日の段階では伝えてなかったな。
「……俺は無能力者だ」
「はあっ!?」
「ぷっ……!!」
神代と男で、両者対極の反応。男は吹き出すと、そのまま笑いをこらえきれずに決壊した。
「アッハッハッハァ!! 無能力者だって? おい、神代! お前こんな奴を俺たちに同行させるつもりだったのかよ!? バッかじゃねーの!? イエローゲートに、無能力者って……! ハハッ、コイツぁ傑作だぁ! 腹ちぎれるってーの!!」
「――黙れ。これは藤堂様の決定事項だ。愚弄すると言うのであれば、今直ぐここで貴様を斬り捨てても構わんのだぞ?」
「あ? 出来るもんならやってみろや、このアマ」
ヒリつく空気。二人から漏れ出る殺気が肌を刺す。
「神代よぉ……団長がおふざけ好きなのは、お前も良く知ってんだろうが? それを隣で諫めるのがお前の役割なんじゃねぇのかよ? ギルドの副団長様なんだろ? それぐらいのことしっかりやって貰わねぇと、俺たち末端が困るんだよなぁ?」
「…………」
「ま、荷が重すぎるってならさっさと音を上げろや。代わりに俺が団長を補佐するからよ。お前は馬鹿の一つ覚えみてぇに、モンスターの群れに突っ込んでる方が性に合ってるんじゃねぇか? なあ、『銀の乙女』どの?」
神代は終始、言い返すことは無く。男はシャッター街の奥へと消えて行った。
(人間関係ってのは煩わしいな、全く……)
妬み嫉みか、或いは確執か。どっちにしろ、ソロ専門の俺には無関係な出来事だ。首を突っ込む必要はない。
シャッター街をさらに進んで行くと、徐々に周囲には黄色の靄が立ち込め始めた。ゲートの前で神代は振り返り、団員へ向かって話し始める。
「突入の前に、再度状況をまとめておく! 先遣隊が連絡を絶ったこのゲートは、踏破型のダンジョンだ。昨日藤堂様と中を確認したが、その時点では特に異変は見られなかった。恐らく下層で何かしらの障害が待ち受けてるに違いない! 先ずは先遣隊を見つけ出し、合流する。もし可能ならばそのままダンジョンの最深部まで辿り着き、ボスを討伐――ここまでが今回の任務だ!」
皆、黙って聞き入っている。神代を部隊長としたパーティー。さっき突っかかって来た男がやたらと反抗的なだけで、統率はしっかりとれているようだ。
「なお今回の攻略戦では、皆も既に知っている通り……探索者の彼――御剣 一真を同行させる!」
神代に手のひらを向けられ、全員の視線が俺に集まった。軽く会釈だけ済ませると、神代は説明を続けた。
「彼には特に決まった役割は言い渡していない。その場の状況に応じて、臨機応変な対応をしてもらうつもりだ。皆も一応、気に掛けておいてくれ」
――つまりは放置プレイという訳だ。
「さあ、準備は整った! 攻略開始だ! 必ずや同胞を救い出し、ゲートを消滅させるぞ!」
「おーっ!!!!」
足並みそろった掛け声からは、士気の高さが伺えた。皆この時は誰もが思っていた。A級探索者、エリス・神代が率いる部隊ならば、どんな困難すら乗り越えられるだろうと。
だがそれでも、ダンジョンにはいつだって魔物が巣食うもの。
俺はこの日の攻略戦を、後に何度も思い出す。
まるで、覚めない悪夢の様に。
何度も何度も、何度だって――
靄の中に足を踏み入れた。イエローゲートの攻略は久方ぶりだ。自然と気が引き締まる。異界に降り立つと同時に、早速のイレギュラー。
「道が三つに分かれてやがるな……」
薄暗い無機質空間に、三又路が立ち塞がった。神代は目を細める。
「……神代隊長、いきなり道が割れてますね。どちらへ進みましょうか?」
「どれを選んだとしても問題はない。最下層へは全部の道が繋がってるからな」
踏破型ダンジョンの特徴だ。迷路のような構造のくせに、最終的な道は全て一つにまとまっている。道中で異なるのは、トラップの有無や出くわすモンスター共の違いでしかない。
「分かりました。ではこちらへ――」
「いや、待て……! ……一番右だ。若干だが、生き物が通った跡が見える」
神代は地面を指でなぞりながら、そう呟く。遠目では分からぬ小さな痕跡に、この暗さの中で即座に気が付いた。中々いい観察眼を持っている――流石はA級か。
(まあモンスターの痕跡かもしれないから、先遣隊が通ったと断定するにはまだ弱いがな)
神代はゲートに入る前、二つの目的を掲げた。先遣隊の捜索とボスの討伐。だが後者はともかくとして、前者にはあまりこだわるべきではないと言うのが俺の所感だった。
(踏破型には下層へと至るルートが複数存在する。先に行った奴らと合流出来ないなんて事態はザラだ。だからこそ、普通は色々工夫するもんなんだが……)
単純な話だ――自分たちの通った来た痕跡を、目印か何かで残しておけば良い。それこそ色の付いた石でも何でも良い。後続の者が気付ける何かしらの目印を置いておくだけで、この程度の問題はすぐさま解決出来る。だが悲しきかな。実力者の多い大ギルドほど、初歩を軽んじる傾向にある。積み上げられた成功経験……故の奢り、といった所だろうか。
靴音を響かせて、部隊はダンジョンを進み行く。途中談笑を挟みながら、和気あいあいとした雰囲気だ。ダンジョン攻略とは元来こういう物であったかと思い出す。ソロで潜る俺にとって、その光景はあまりにも縁遠いものだった。
「あの……御剣さん、でしたよね?」
「ん?」
部隊の後方で一歩離れて付いて行く俺に、何やら声を掛けて来た女がいた。
「さっきの事……気を悪くしないでくださいね。
羽黒……? 神代と言い合ってた、あの男のことだろうか?
「別に気にして無いですよ」
「なら良かった! うちのギルド、結構プライド高い人が多いから……嫌な思いをさせちゃってるかもって不安だったんです。エリスも口ではああ言ってるけど、貴方のことをちゃんと認めてると思いますよ。でなければ彼女、ダンジョンへの同行なんて絶対に許可しませんから……!」
にこりと笑っているが、残念ながら神代が俺を認めているなどということはあり得ぬだろう。あの女は藤堂の言葉を妄信してるに過ぎない。とは言え――
(わざわざそれを伝える為に、後方まで下がった来たのか。……律儀だな)
「私、
「桜子、何を無駄話してるんだ! 持ち場に戻れよ!」
「ごめんエリス! 今行く!」
椿は右目をぱちりと瞑り、部隊の前方へと姿を消すのだった。
そのまま特にモンスターと出会うこともなく、第一層の終点まで到着した。
(……モンスター共の気配は無しか。まだ一層とは言え、道中で一度も接敵しないのは珍しいな)
目の前にはでかでかとした重苦しい扉。踏破型のダンジョンは各層ごとにエリアを護る
「皆、気を引き締めろよ! 行くぞっ――!!」
神代の号令と共に、扉が開け放たれる。
中は暗闇。その中で、蠢く紅い視線の数々。部屋全体に灯りが差す。
「陣形、構えっ――!!」
待ち構えるはモンスターの集団。サラマンダーにリザードマン、エルフが入り乱れる混成部隊だ。そして中でもひときわ目を引く強者――ハイエルフが、こちらを見つめ嗤っていた。
「なっ、ハイエルフ――!!」
俺はその
(……何でこんなとこにいやがる……? コイツらは他の種族と群れたがらない性格だ。集団に紛れて、しかも隊列まで組んで足並みを揃えてやがる……あり得ないだろ、そんなことは……!)
俺の思考の刹那、戦闘が始まった。
「全軍突撃いいいいいっ!!!!」
「うおおおおおおおおっ――!!!!」
敵を視認すると同時に、部隊が戦場へと雪崩れ込む。先ず突進するは、前衛の大楯持ち。
「さあ、どっからでもかかって来んか!!!!」
どっしりと構えた大楯に、リザードマンの剣撃が襲い掛かる。
「ふんっ、軽いなっ!! ――援護、頼むぞっ!!!!」
「おうよ、任せときな!!!!」
大楯がリザードマンの注意を惹きつけている間に、後方のパーティーメンバーが挟撃。
「おらよっと!!」
「がら空きだっ!!」
左右の剣に貫かれ、リザードマンは崩れ落ちる。
「へへっ、一丁あがりぃ!」
「おい、ワンテンポ遅れてたぞ! 次は完璧にあわせろよ?」
「わーってるって!」
ハイタッチを交わす二人。一糸乱れぬ、流れるようなコンビネーションだ。
「風よ――舞え!」
「水流よ――立ち塞ぐ者たちを悉く清め――洗い流せ!」
一節、二節の初級魔法が飛び交う。初級と言っても、練度が高い。術師は戦闘の際に詠唱が乱れる傾向があるものだが、実にクリアな発声だ。戦闘経験が如実に出ている。これが帝国ギルドの力か。
そして前方より――
「グギャアアアアアアアッツ――――!!!!!」
「ガアアアアアアアアッツ――――!!!!」
多数の雄叫びがあった。
「おっ、始まったなあ!」
皆の視線が一点に集まる。視線の先には、A級探索者のエリス・神代。神代の左手には巨大なランスが握られていた。先端が赤黒く濡れ、周囲には無数の屍の山が折り重なる。いずれも胴体にぽっかりと大穴を穿たれていた。
「さっすが神代隊長!! 圧倒的だなあ!」
「ぶっちゃけ俺たちが出る幕、ねぇよな……?」
「何言ってんの! さぼりたいだけでしょアンタ達? ちゃんと働きな!」
「へいへ~い」
積み上がったモンスターの骸を見つめ、神代は静かに目を瞑る。
そして部隊の最後方――そこには皆が必死に剣を振る戦闘を傍目で見ながら、欠伸をして壁に寄りかかる男の姿があった。
「けっ、つまんね。どんな大物が潜んでるかと思ったら、この程度かよ? あ~あ、さっさと終わんねぇかなぁ」
羽黒だ。どうやら助太刀する気はないらしい。あろう事かスマホを取り出していじり始めた。この男はいったい何をしに来たのだろうか?
(……電波なんて来てねぇだろ。どこまで暇なんだ)
てな具合で、戦況は明らかだった。
「さてと、俺はどうするかなっと……」
特に何かしなくても、問題なく戦闘は終わるだろう。だが折角の機会だ。殺してやりたい、蹂躙したい――イエローゲートのモンスター共を。都合の良い餌が、近くにいないだろうか?
「……んじゃ、お前で」
「……ギャッ?」
たまたま目の前にいたリザードマンに指を向けた。腰に括った短刀を外し、ウエストポーチの毒を一振りする。
「死ね」
「グガッ――!!!!」
そのまま胸を一突き。刃先を引き抜くと同時にリザードマンは血を噴き出し、仰向けで倒れた。白目で剥き泡を吹きながら、ピクリとも動かなくなる。
「……ん? 何だ……?」
奇妙な感覚だ。俺はリザードマンの骸に目を向け、ジッと目を凝らす。徐々に肉が爛れて来た。毒は正常に効いている。だが何だろうか……この違和感は。
(……悲鳴が足りねぇな。普通はもっと、苦しんで死ぬはずなんだが……)
「御剣さんっ!」
声でハッと我に返る。目の前には息を切らして興奮気味の椿の姿があった。
「凄いですね、御剣さん! リザードマンをあんなにも簡単に倒しちゃうなんて……! 団長が言ってた『ただものじゃない!』って言うの、本当だったんだ!」
はしゃぐ椿につられて、つい口元が綻んだ。ダンジョンの中にいるというのに、随分とお気楽な女だ。椿は俺の体を隅々と見ながら、両手をパンと合わせた。
「それに無傷じゃないですか! 私の出番、なかったなあ……」
「出番?」
「そう! 私、ヒーラーなんです! 正直戦闘はあんまりなんですけど……」
苦笑いを浮かべながら、椿は腰に付けた剣をなぞる。細身の刀身――レイピアだな。女性でも扱いやすい軽量武器だ。
「治療系のスキルって珍しいらしくって……エリスの口添えもあって、帝国ギルドに雇ってもらえたんです!」
「……なるほどな」
「勿論、みんな怪我しないのが一番ですけどね! 御剣さんも、無事でよかったです!」
そう言い残すと、椿は集団の元へと駆けて行った。
気が付けば、戦闘は既に終わっていた。
「よっしゃ楽勝っ!! スキルを使うまでもなかったぜ!」
探索者は身体能力が常人よりも優れている。格下相手であればスキルに頼らずとも、十分に渡り合えるのだ。
「でもよ、先遣隊はいなかったよな?」
「別のルートで進んだんじゃねぇの? もっと先に行きゃ、そのうちどっかで合流できるだろ」
「まあそうか……道はひとつじゃないもんな。ったく、これがあるから厄介だよな踏破型は!」
「大丈夫、心配すんなって!
「……とりあえず下に行くしかねぇよな?」
「第一層をこれ以上うろついててもしょうがねぇだろ。なんならボスを倒しちまった方が早いかもしんねぇな! どこにいるか分からねぇ先遣隊を探すよりも、そっちのが手っ取り早いだろ?」
「それな!」
皆の心に弛緩した雰囲気が漂う中。ただ俺だけが引っ掛かりを覚えていた。
(……なぜハイエルフが、あの集団に混じってたんだ? ……ハイエルフは気高き種族――他の種族を見下す傲慢な奴らだ。下等なモンスターと共同戦線を張るなんて、あり得ないんだが……)
俺たちはまだ知らなかった。この違和感こそがイエローゲート全体を蝕む「異常」の――まさに始まりだったということを。
――――用語一覧――――
【魔導士】
探索者の中でも、特に魔法系スキルに特化した者たちを指す名称。魔法を使用するには詠唱が必要となる。最低でも一節から、最高では七節まで。定められた詠唱を紡ぐことで、魔法が発現する。四節を超えるの魔法を紡ぐには、A級以上の探索者ランクが必要とされるのが一般的である。更に高位の使い手になると、節同士を連結させて詠唱を短縮する『詠唱結合』を用いる者も存在する。