敵の能力、殴っただけで全部もらえました   作:のぢ

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第一話 役立たずの荷物持ち

「レクト。お前、今日でクビな」

 

 深緑の大森林、その浅層部。

 

 幾重にも重なった枝葉が昼の光を遮り、周囲には薄暗い影が沈んでいた。湿った土と焚き火の煙が混ざる野営地で、レクトは火にかけていた鍋から顔を上げる。

 

 向かいに立つのは、《紅蓮の牙》のリーダー、ガルドだった。

 

「……クビ、ですか?」

 

「ああ。俺たちはもうすぐ銅級に上がる。戦えない荷物持ちを連れていく余裕はねえ」

 

 背後にいた三人の仲間は、誰もレクトを見ようとしなかった。

 荷物運び、料理、武器の手入れ、夜番の交代。どれも自分なりに懸命にこなしてきた。いつか正式な仲間として、戦い方も教えてもらえると思っていた。

 

「町までは、一緒に戻ってもらえませんか」

 

「帰り道くらい分かるだろ。七級の角兎でも出なきゃ問題ねえよ」

 

 ガルドは革袋を投げてよこした。

 受け止めると、硬貨の軽い音がした。約束されていた給金より少ない。それでも抗議したところで、彼らの気が変わるとは思えなかった。

 

「……分かりました。今まで、ありがとうございました」

 

 レクトは頭を下げ、自分の上着だけを拾った。

 誰からも返事はなかった。

 

          ◇

 

 一人で歩く森は、これまでとはまるで違って見えた。

 

 踏み固められた道はすぐ草に紛れ、木々の向こうからは獣とも鳥ともつかない声が響いてくる。仲間の足音も話し声もない静けさが、背中へじわじわとまとわりついた。

 

 悔しくないわけではない。

 だが、立ち止まっていても町には戻れない。仕事を探し、故郷の妹へ薬代を送らなければならなかった。

 

「帰ろう。とにかく、町へ」

 

 自分に言い聞かせて足を速めた直後、ぬかるみに靴を取られた。

 

「うわっ!」

 

 伸ばした手が木の幹へぶつかり、足元の茂みが大きく揺れる。

 草葉の陰から、青い半透明の塊が這い出した。抱えられるほどの大きさで、身体の中央には黒い核が浮かんでいる。

 

「スライム……」

 

 七級魔物。魔物の中では最弱とされる相手だ。

 それでも、レクトは戦ったことがない。《紅蓮の牙》では一度も武器を持たせてもらえなかったからだ。

 スライムが身体を縮め、勢いよく跳ねた。

 レクトが横へ転がると、青い塊は背後の木へ激突した。飛び散った液が樹皮を溶かし、白い煙を上げる。

 

 当たれば危ない。

 逃げようとしたが、足が震えて動かなかった。

 

 再び跳びかかってくるスライムへ、レクトは地面に落ちていた枯れ枝を夢中で振るった。

 

 枝の先端が、柔らかな身体へ食い込む。

 その瞬間、頭の奥で澄んだ音が鳴った。

 

《固有能力“一撃習得”が発動しました》

 

《スキル“酸耐性”を習得しました》

 

「……え?」

 

 聞き間違いを疑う暇もなく、スライムが地面を跳ねる。

 レクトは枝を握り直し、もう一度叩いた。

 

《スキル“衝撃吸収”を習得しました》

 

 三度目。

 

《スキル“初級再生”を習得しました》

 

 転んだときに擦りむいた手の甲が淡く光り、滲んでいた血が止まる。裂けた皮膚まで、目の前でゆっくりと閉じていった。

 

「殴るたびに、こいつの能力を覚えてる……?」

 

 スライムが胸元へ飛びついた。

 

 強い衝撃を覚悟したが、軽く押された程度にしか感じない。表面から滲む酸も、少し熱いだけだった。

 得たばかりの能力が、確かに働いている。

 

「効かない」

 

 レクトは胸へ張りついたスライムを掴み、地面へ叩きつけた。枯れ枝の先を黒い核へ突き刺すと、乾いた音とともに亀裂が走る。

 

 青い身体は形を失い、水溜まりのように広がった。

 

《七級魔物スライムを討伐しました》

 

《レベルが一から三へ上昇しました》

 

《称号“初めての狩猟者”を獲得しました》

 

 身体の奥から温かな力が湧き上がり、歩き続けて溜まっていた疲れが薄れていく。

 レクトは、しばらく自分の両手を見つめていた。

 

 一年間、才能がないと言われ続けた。

 だが、違ったのかもしれない。

 才能がなかったのではない。

 試す機会を、与えられていなかっただけだ。

 

「俺は……戦える」

 

 その言葉を口にしたとき、胸の奥に沈んでいた冷たいものが、少しだけ溶けた。

 直後、森の奥から低い唸り声が響いた。

 

 レクトが顔を上げる。

 木々の隙間に、二つの黄色い光が浮かんでいた。

 

 現れたのは、灰色の毛皮を持つ巨大な狼だった。肩の高さだけでレクトの胸に届き、額には三日月形の黒い角が生えている。牙の隙間から漏れる白い息が、薄暗い森の空気へ溶けていった。

 

 六級魔物、《月角狼》。

 

 新人冒険者なら、四人で挑んでも危険な相手だ。

 月角狼が前脚を踏み出すと、湿った地面が深く沈んだ。

 

 逃げるべきだ。

 そう分かっているのに、レクトの胸には別の思いも浮かんでいた。

 

 あの魔物を殴れば、何を覚えられるのだろう。

 

 レクトは折れかけた枯れ枝を構えた。

 

「……一発だけ」

 

 月角狼が地面を蹴った。

 灰色の巨体が、風を裂いて迫った。

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