敵の能力、殴っただけで全部もらえました 作:のぢ
「レクト……なんで、お前がそれを持ってる?」
ガルドの声が、ざわついていたギルドの広間を妙にはっきりと響いた。
俺は受付台に置かれた月角狼の角へ目を向け、それから《紅蓮の牙》の四人を見る。森を出たときと変わらない装備だが、彼らの背負い袋はひどく膨らみ、剣や弓には泥がこびりついていた。
今までは俺が荷物をまとめ、町へ着く前に装備の汚れも落としていた。その仕事がなくなればこうなるのかと思うと、胸の奥にわずかな苦さは残ったものの、戻りたいという気持ちは不思議なほど湧いてこなかった。
「森で倒したからです」
「お前が?」
ガルドは笑おうとしたらしい。しかし、受付台の上では鑑定板が淡い光を放ち、そこに六級魔物を示す文字が浮かんでいる。冗談ではないと分かったのか、引きつった口元がすぐ元へ戻った。
「馬鹿を言うな。お前は剣も使えねえだろ。誰かの獲物を拾ったんじゃないのか?」
「俺が倒しました」
「証拠はあるのかよ」
詰め寄ってきたガルドから一歩下がると、胸元に隠していた子狼が布の中で身じろぎした。小さな爪が腹へ当たり、思わず上着を押さえる。
今ここで見つかったら、余計面倒になる。
「討伐した場所なら案内できます。それに、角の切断面を調べれば、俺が使った《風刃》の魔力も残っていると思います」
「風刃だと?」
弓使いのバルトが眉をひそめた。
彼らが知っている俺は、魔法どころか生活魔術すら満足に使えなかった。疑うのは当然だ。
「そこまでだ」
低くよく通る声とともに、受付の奥から一人の男が現れた。
短く刈った白髪に、左目を横切る古い傷。厚い胸板を包む黒い上着には、辺境都市リーベルの冒険者ギルド長を示す銀の徽章が留められている。
ギルド長ローデン。
彼は俺たちの間へ入ると、まず角の切断面を確かめ、次に俺へ視線を移した。
「詳しい話は試験場で聞く。レクトと言ったな。ついてこい」
「……はい」
「待ってください、ギルド長!」
ガルドが声を上げたものの、ローデンは振り返らなかった。
「お前たちも疑うなら見届ければいい。ただし、邪魔をした時点で外へ出す」
それだけ告げて、彼は広間の奥へ歩いていく。
俺は胸元の子狼を気にしながら、その後を追った。
◇
試験場は、ギルドの裏手にある石壁で囲まれた空き地だった。
中央には人の背丈ほどもある訓練用の岩が並び、その周囲には武器を試すための木製人形が立っている。日が沈みかけた空の下、壁に掛けられた魔導灯が一つずつ灯り、青白い光が地面へ長い影を落としていた。
「月角狼を倒した技を見せろ」
ローデンは、最も大きな岩を指した。
「壊せとは言わん。傷をつければ十分だ」
「分かりました」
俺は腰へ手を伸ばしたが、そこで自分が武器を持っていないことに気づく。森から持ってきた枯れ枝は、月角狼の角を折ったときに完全に砕けていた。
困っていると、ローデンさんが訓練用の短剣を投げてよこした。
刃を潰した鉄製で、重さも握り心地も、俺が想像していたよりずっとしっかりしている。
「一度、振ってもいいですか?」
「好きにしろ」
短剣を構え、何もない場所へ軽く振る。
月角狼から得た《風刃》を意識すると、身体の内側から腕へ向かって、冷たい流れが集まってきた。森では必死だったが、落ち着いて確かめれば、力を放つ感覚がはっきり分かる。
少しだけ。
訓練なのだから、岩の表面を削る程度でいい。
そう考えて、俺は短剣を振り下ろした。
白い風の刃が地面すれすれを走り、訓練岩の中央へ吸い込まれる。
次の瞬間、乾いた破裂音が試験場に響く。
岩の表面に細い線が走ったかと思うと、そのまま左右へ割れ、重い音を立てて崩れ落ちる。背後の石壁にも浅い傷が刻まれ、ぱらぱらと細かな欠片が落ちてきた。
「……あれ?」
少し傷をつけるだけのつもりだったのだが、これは想定外だ。
沈黙した試験場で、胸元の子狼だけが呑気に顔を撫でていた。
ローデンは割れた岩へ近づき、切断面を指でなぞった。やがて月角狼の角と見比べると、納得したように頷く。
「魔力の性質は一致しているな。角を切ったのは、お前で間違いない」
その言葉に、見物していた冒険者たちが一斉に騒ぎ始めた。
後ろに立つ《紅蓮の牙》を振り返ると、ガルドは割れた岩を見つめたまま、口を開けている。治癒術師のリサは青ざめ、バルトは何か確かめるように何度も俺を見ていた。
「レクト」
ローデンに呼ばれ、俺は慌てて向き直った。
「通常、未登録者は七級から始める。しかし、六級魔物の単独討伐に加え、この力なら七級へ置く理由がない。仮登録は六級とする」
「六級……俺がですか?」
「ああ。ただし、一か月以内に三件の依頼を達成しろ。それで正式登録だ」
冒険者になれる。
その言葉が理解できるまで、少し時間がかかった。
一年前、登録料を払えず、荷物持ちとして《紅蓮の牙》へ雇われた。いつか金を貯めて試験を受けようと思いながら、戦う機会すら与えられないまま過ごしてきた。
それが、森へ捨てられたその日のうちに、六級冒険者として認められた。
「ありがとうございます」
頭を下げると、胸元から子狼が顔を出した。
まずいと思ったときには遅く、灰色の小さな頭と豆粒ほどの黒い角が、上着の隙間から完全に覗いていた。
ローデンの片眉が上がる。
「うん? その月角狼の幼体は何だ?」
「これは、その……森から勝手についてきまして」
俺が苦しい説明を始める横で、子狼は大きなあくびをした。
試験場の緊張など知ったことではないらしい。
ローデンはしばらく俺たちを見比べていたが、やがて額へ手を当て、深いため息をついた。
「六級魔物を倒し、同じ種の幼体を連れ込む奴は初めてだ。従魔登録も必要になるな」
冒険者になれた喜びを噛みしめる間もなく、俺は更に別の手続きへ連れていかれることになった。
しかも、背後ではガルドが何か言いたそうにこちらを見ている。
どうやら俺の新しい人生は、思っていたより騒がしい始まりになりそうだった。