敵の能力、殴っただけで全部もらえました   作:のぢ

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第四話 六級冒険者

「レクト……なんで、お前がそれを持ってる?」

 

 ガルドの声が、ざわついていたギルドの広間を妙にはっきりと響いた。

 

 俺は受付台に置かれた月角狼の角へ目を向け、それから《紅蓮の牙》の四人を見る。森を出たときと変わらない装備だが、彼らの背負い袋はひどく膨らみ、剣や弓には泥がこびりついていた。

 

 今までは俺が荷物をまとめ、町へ着く前に装備の汚れも落としていた。その仕事がなくなればこうなるのかと思うと、胸の奥にわずかな苦さは残ったものの、戻りたいという気持ちは不思議なほど湧いてこなかった。

 

「森で倒したからです」

 

「お前が?」

 

 ガルドは笑おうとしたらしい。しかし、受付台の上では鑑定板が淡い光を放ち、そこに六級魔物を示す文字が浮かんでいる。冗談ではないと分かったのか、引きつった口元がすぐ元へ戻った。

 

「馬鹿を言うな。お前は剣も使えねえだろ。誰かの獲物を拾ったんじゃないのか?」

 

「俺が倒しました」

 

「証拠はあるのかよ」

 

 詰め寄ってきたガルドから一歩下がると、胸元に隠していた子狼が布の中で身じろぎした。小さな爪が腹へ当たり、思わず上着を押さえる。

 

 今ここで見つかったら、余計面倒になる。

 

「討伐した場所なら案内できます。それに、角の切断面を調べれば、俺が使った《風刃》の魔力も残っていると思います」

 

「風刃だと?」

 

 弓使いのバルトが眉をひそめた。

 

 彼らが知っている俺は、魔法どころか生活魔術すら満足に使えなかった。疑うのは当然だ。

 

「そこまでだ」

 

 低くよく通る声とともに、受付の奥から一人の男が現れた。

 

 短く刈った白髪に、左目を横切る古い傷。厚い胸板を包む黒い上着には、辺境都市リーベルの冒険者ギルド長を示す銀の徽章が留められている。

 

 ギルド長ローデン。

 

 彼は俺たちの間へ入ると、まず角の切断面を確かめ、次に俺へ視線を移した。

 

「詳しい話は試験場で聞く。レクトと言ったな。ついてこい」

 

「……はい」

 

「待ってください、ギルド長!」

 

 ガルドが声を上げたものの、ローデンは振り返らなかった。

 

「お前たちも疑うなら見届ければいい。ただし、邪魔をした時点で外へ出す」

 

 それだけ告げて、彼は広間の奥へ歩いていく。

 俺は胸元の子狼を気にしながら、その後を追った。

 

          ◇

 

 試験場は、ギルドの裏手にある石壁で囲まれた空き地だった。

 

 中央には人の背丈ほどもある訓練用の岩が並び、その周囲には武器を試すための木製人形が立っている。日が沈みかけた空の下、壁に掛けられた魔導灯が一つずつ灯り、青白い光が地面へ長い影を落としていた。

 

「月角狼を倒した技を見せろ」

 

 ローデンは、最も大きな岩を指した。

 

「壊せとは言わん。傷をつければ十分だ」

 

「分かりました」

 

 俺は腰へ手を伸ばしたが、そこで自分が武器を持っていないことに気づく。森から持ってきた枯れ枝は、月角狼の角を折ったときに完全に砕けていた。

 

 困っていると、ローデンさんが訓練用の短剣を投げてよこした。

 刃を潰した鉄製で、重さも握り心地も、俺が想像していたよりずっとしっかりしている。

 

「一度、振ってもいいですか?」

 

「好きにしろ」

 

 短剣を構え、何もない場所へ軽く振る。

 

 月角狼から得た《風刃》を意識すると、身体の内側から腕へ向かって、冷たい流れが集まってきた。森では必死だったが、落ち着いて確かめれば、力を放つ感覚がはっきり分かる。

 

 少しだけ。

 訓練なのだから、岩の表面を削る程度でいい。

 そう考えて、俺は短剣を振り下ろした。

 

 白い風の刃が地面すれすれを走り、訓練岩の中央へ吸い込まれる。

 次の瞬間、乾いた破裂音が試験場に響く。

 

 岩の表面に細い線が走ったかと思うと、そのまま左右へ割れ、重い音を立てて崩れ落ちる。背後の石壁にも浅い傷が刻まれ、ぱらぱらと細かな欠片が落ちてきた。

 

「……あれ?」

 

 少し傷をつけるだけのつもりだったのだが、これは想定外だ。

 沈黙した試験場で、胸元の子狼だけが呑気に顔を撫でていた。

 

 ローデンは割れた岩へ近づき、切断面を指でなぞった。やがて月角狼の角と見比べると、納得したように頷く。

 

「魔力の性質は一致しているな。角を切ったのは、お前で間違いない」

 

 その言葉に、見物していた冒険者たちが一斉に騒ぎ始めた。

 

 後ろに立つ《紅蓮の牙》を振り返ると、ガルドは割れた岩を見つめたまま、口を開けている。治癒術師のリサは青ざめ、バルトは何か確かめるように何度も俺を見ていた。

 

「レクト」

 

 ローデンに呼ばれ、俺は慌てて向き直った。

 

「通常、未登録者は七級から始める。しかし、六級魔物の単独討伐に加え、この力なら七級へ置く理由がない。仮登録は六級とする」

 

「六級……俺がですか?」

 

「ああ。ただし、一か月以内に三件の依頼を達成しろ。それで正式登録だ」

 

 冒険者になれる。

 その言葉が理解できるまで、少し時間がかかった。

 

 一年前、登録料を払えず、荷物持ちとして《紅蓮の牙》へ雇われた。いつか金を貯めて試験を受けようと思いながら、戦う機会すら与えられないまま過ごしてきた。

 

 それが、森へ捨てられたその日のうちに、六級冒険者として認められた。

 

「ありがとうございます」

 

 頭を下げると、胸元から子狼が顔を出した。

 まずいと思ったときには遅く、灰色の小さな頭と豆粒ほどの黒い角が、上着の隙間から完全に覗いていた。

 

 ローデンの片眉が上がる。

 

「うん? その月角狼の幼体は何だ?」

 

「これは、その……森から勝手についてきまして」

 

 俺が苦しい説明を始める横で、子狼は大きなあくびをした。

 試験場の緊張など知ったことではないらしい。

 

 ローデンはしばらく俺たちを見比べていたが、やがて額へ手を当て、深いため息をついた。

 

「六級魔物を倒し、同じ種の幼体を連れ込む奴は初めてだ。従魔登録も必要になるな」

 

 冒険者になれた喜びを噛みしめる間もなく、俺は更に別の手続きへ連れていかれることになった。

 

 しかも、背後ではガルドが何か言いたそうにこちらを見ている。

 どうやら俺の新しい人生は、思っていたより騒がしい始まりになりそうだった。

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