海賊系白髪無口っ娘   作:ひょっとこ_

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 投下ー。


第三話

 イーストブルーの大渦。それは近海においてあまりにも有名な海の災害であったらしいことを私は、オレンジ髪の航海士から聞き、後々知ることとなる。

 突如として船乗りの行く手へと現れ、獲物を呑み込めば現れたときのように突如として消える。原因、発生時刻、発生場所等の一切が謎に包まれている大渦。グランドラインばりの海災であるそれはつい最近になってイーストブルーに出没するようになったものである。そんなことを無人島に籠っていた私などが知っているわけがなく、もちろん、ルフィは知るよしもなかっただろうことは予想に難くない。

 さて、そんな私たちが件の大渦に出くわしたとしたら、どうなるだろうか。

 果たして、それは、常人であれば思いつきもしないような現実的と言えなくもない、しかしやっぱり適当で突飛すぎる案によって九死に一生を得るような結果に終わる事と相成った。

 

「……、まさか、樽の中に、放りこまれるなんて……」

 

 暗闇と波の音に抱かれながら私は、樽の中に漂うほろ甘い香りに思いを馳せた。

 あの日、島を旅立つ日、私はある荷物を船に積み込んだ。アルカミー島特有の樹木トゥルス。その果実であるトゥルスの実。それを樽に山盛りにしたものを計三つ。さすがに多すぎかとは思いはしたが、当面の間もつ食料なんてこれくらいしか思いつかなかったのだ。トゥルスの実は随分とながもちなのだから致し方なしである。それに、その樽を乗せるためだけにユルの木を新たに調達してきて船も少しだけ拡張したのだ。

 しかし、そんな私の心配りもルフィにはすべてが通用しなかったわけではあるが。

 摩訶不思議である。どうなっているのだろうか、彼の胃袋は。ほぼ一瞬で樽一つ分のトゥルスの実を平らげてしまったのにはさすがに仰天した。九つほどはなんとかルフィから守りきったが、それ以外はすべてルフィが半日も経たずにお腹の中に納めてしまった。

 これは私、文句の一つくらいは許されるんじゃなかろうか……。

 まぁ、しかし、そんなことを言っていても仕方がない。現状をどう乗りきるかを考えるほうがよほど建設的である。

 雪片、ルフィが入った樽とはどうやらはぐれてしまったようだがもとよりあの二人はこちらが心配などしなくても、きっと無事でいて、それどころかなにかしらの騒ぎを起こしているに違いないのだ。むしろ、二人に守ってもらう立場であった私のがよほど不安である。

 はてさて、雪片もルフィも、私以外の誰かがいない状況なんていつぶりだろうか。

 もしかしなくても、私、ピンチである。

 

「ん……、……、くぅ……」

 

 結局どうすることもできずに、この近海を根城にしているらしい主の到来を若干警戒しつつ私は、大渦を前にしても楽しそうにはしゃいでいたルフィを思い出しながら泣き寝入りすることにしたのだった。

 

 

 

 

 

「お母さん! 樽! ほら、あそこ!」

 

 目を覚ました私の耳に最初に入ってきたその声は、多大な好奇心と僅かな興奮に彩られた甲高い少女のそれだった。

 

「あら、ほんとに樽だわね。これ、どうしたの、リカ」

 

 続けて、少女の母親だと思わしき落ち着き払った女性の声が聞こえる。

 

「わかんないよ。私が、浜辺に来たらもうあそこにあったんだもん」

「そうなの。どうしようかしらねぇ」

「ね、お母さん、開けてみようよ!」

「うぅん、そうする? もしかしたら、流し樽かもしれないし」

「流し樽? お母さん、それってなに?」

「流し樽っていうのは、正しくは海神御宝樽っていってね。船乗りさんたちが航海の安全なんかを海神様にお願いして、樽の中に食べ物やお酒、海神様へのお供え物を入れて海に流す樽のことよ」

「へぇ、じゃあ、あの樽の中にも食べ物が入ってるの?」

「えぇ。それに、流し樽の中のものは好きに食べていいのよ。ただし、そのあとにまた新しくお供え物を入れて、もう一度海に流すのがならわしなの。だから、リカ、海神様にちゃんとお礼を言ってから、樽を開けるのよ?」

「うん、わかった!」

 

 流し樽。そんなものがあるのか。初めて知った。今度私もやってみよう。

 さて、どうやら私が入った樽は雪片、ルフィの樽とはまったく別方向に流されたらしく体感で二日間ほど海をさまよったあとどこかの島に流れ着いたようだった。

 いつまでもこんな薄暗いところにいるつもりはなかったのでとっとと出ることにする。

 ぱんっ、と両手を合わせて錬成を行うための陣を形成する。それから樽板に手を当ててその材木という物質を理解する。

 青い錬成反応の光が暗い樽の中を照らしだす。分解の行程が始まった。

 徐々に外の、日の光が差してきて随分久方ぶりに感じるそれに思わず目をしばたかせる。瞳孔が閉じるまでの時間が実にもどかしい。

 目がやっとこさ日光の明るさに慣れた頃には分解、再構築の行程もすでに終了していた。

 目の前にはこちらに手を伸ばした姿勢のまま硬直し、呆然と私を見つめるおそらくはリカという名の少女とその母親であるらしい妙齢の女性が彼女の娘と同じような表情で固まっていた。

 とりあえず、体の前で手を重ね、腰を折ってお辞儀をする。

 

「はじめまして……、カノン、です……。お供え物じゃあ、ないですよ……?」

 

 名も知らぬ島における人とのファーストコンタクトの取り方など知らない私は、挨拶と自己紹介からまずはすべてを始めることにした。暗にお供え物ではないので決して食べようなどとは思わないでください、と伝えながら。

 それから、なにより、ルフィが言うようなわくわくする冒険とやらを心待ちにしながら。




 はい、樽すごいですね。
 かのダンボールにも負けません。

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