「つまり、傲慢海軍将校の、独裁……?」
「えぇ、まぁ、……。……、ちょっと前までは、生真面目ないい海兵だったって聞いたんだけど、今の様子からじゃあ、まったく想像できないわ……」
その傲慢将校はどうも町民の言葉までもを制限し、己の権力を振りかざしているようだった。でなければ先のようなことを言うだけで今のリリカさんのように冷や汗は吹き出ないだろう。
ていうか、海軍という組織には一般民に対してそこまでの強制力があるものなのか。少し驚きである。下手をすればモーガニアに身ぐるみ剥がされるよりも酷いことが起こる可能性も……、実際に今起こってるのがそれか……。
ぶっちゃけ、ていうかぶっちゃけなくとも私は面倒なところに流れ着いてしまったらしい。冒険はおもしろそうだけど、面倒事は勘弁願いたいなぁ。
「モーガン大佐っていう方なんだけどね、あんまり関わらないほうが身のためよ、カノンちゃん」
不敬罪というやつに当たるのだろうか。誰かに聞かれてやしないかとやたら周囲に視線を走らせながらリリカさんは、それでも私を心配してくれているようだった。
「ん、気をつけます……」
「えぇ、本当に……」
さて、駄弁ってばかりもいられない。宿屋がないらしいこの町にいる間私は、リリカさんの家でお世話になることになっていた。なんでも逝去した夫がいない分家のスペースが余っているらしい。居候する身でこういうのもあれだが、そういう問題ではないと思います、リリカさん。
もちろん、ただで居候というわけではなく、その間リリカさんが営む料理店でのお手伝いをすることになっている。
そして、現在進行形で仕事をさせてもらっているというわけである。仕事の間の雑談は女にとって栄養ドリンクみたいなものである。
「おーい、新入りちゃーん、骨付き肉とオニオンスープ一つずつねー」
「ん、承ります……」
「新入りちゃん、お冷や頼めるー?」
「ただいま……」
「新入りちゃん! こっち注文お願い!」
「少しお待ちを……」
リリカさんの料理店は店主の料理の腕がいいことと看板娘のリカちゃんの愛らしさからそれなり以上に繁盛しているようで、お昼と夕方は全席満員にまでなってしまうほどである。今のようにリリカさんと雑談しながら仕事ができる時間はわりと少なめなのだ。
日が暮れ、階下の店のほうも夕方特有の喧騒はすでに収束し、今はリリカさんが後片付けをしている頃だろう。
私は先に上がっても構わないというリリカさんの言葉に甘え、まかないを食べさせてもらったあとちゃっちゃと湯浴みをすませ、こうして割り振られた部屋へと退散していた。
暗闇の中でも爛々とその身を揺らす蝋燭の光を頼りに窓の側へと歩み寄る。噂程度にしか耳にしたことのない電気というものが普及していないシェルズタウンは篝火と蝋燭、暖炉を光源に夜を越す。窓を開け、そこから身を乗り出して見る町の夜景は人の暮らしというか、文明、人らしさというものを感じさせてくれ、私はそれが気に入っていた。長い間、未開拓の雨林で生活していたせいかもしれない。
ふと、月を見上げる。
「雪片……、ルフィ……」
彼女らは今どうしているだろうか。
私を探してくれているのだろうか。それとも、わくわくする冒険というものをしているのだろうか。はたまた、誰かを仲間に引き入れようと奮闘しているのだろうか。なにより、しっかり元気でいるだろうか。
はたして、私たちは再び会うことができるだろうか……。
ルフィは
リリカさんに聞いた話ではそこへ行くには、
とりあえず、今はここ、ゴート島のシェルズタウンで雪片とルフィが私を探しに来てくれるのを待つことにする。雪片は鼻が利くし、ルフィの勘と合わさればきっとあっという間に探し出してくれることだろうと思う。そう信じたい。切実に。
「雪片、月が、綺麗だよ……。ね、早く、見つけてね……?」
そんな具合に夜景を見ながら黄昏ているときだった。
こんこん、と部屋のドアがノックされた。夜の訪問に少しだけ肩を飛び上がらせつつも入室を受諾する旨を相手に伝える。
枕を抱いてつぶらな瞳をうるうるさせながら部屋に入ってきたのは、自分の部屋ですでに寝ているはずのリカちゃんであった。
「ん、どうした、リカちゃん」
窓を離れ、リカちゃんの前でしゃがみこみ彼女と視線を合わせる。
微かな嗚咽を漏らしながらもリカちゃんは、私の部屋へやって来たわけをたどたどしく話してくれた。
曰く、怖い夢を見た。
曰く、一人で寝るのが怖いので、一緒に寝てほしい。
要約するとそんな感じである。もちろん、二つ返事で了承した。私のが歳上だから、リカちゃんのお姉ちゃんなのだ。そう、お姉ちゃんである。……、お姉ちゃん。えへへ……。
「カノンお姉ちゃん、おやすみなさい」
「ん、おやすみ」
二人でベッドに潜り込み、お互い向かい合った姿勢で瞳を閉じる。
安心しきった顔のリカちゃんは、すぐにすやすやと寝息を立て始める。私もそんなリカちゃんに感化されたのか、夜景のおかげで結構冴えていた目にだんだんとまどろみが混じりだす。
「ん……」
瞼が落ちる直前、胸の中を横切ったその感覚を私は知っているような気がした。
それは漠然としていて、なんというか、そう、端的に言えば嫌な予感である。
なぜそんなものを感じるのか疑問に思いながらも、眠気に逆らうに逆らえず、その夜は意識が落ちてしまった。
はい、というわけで、カノンがお姉ちゃんをしている回でした。