『ヤラファス島は沿岸部の被害は避けられませんでしたが、新型の防波壁のお陰でオロフォトを始め主要四都市に到達する前に津波を抑えることが出来ました。現在はオノゴロを始めとする他の島の被害を調査、被害に遭った地区の救援活動を行っています』
私の手に収まった携帯端末のビデオ通信、そこに映るのはオーブ軍のトダカ一佐です。
МS用バッテリーとPS装甲の技術を転用して造られた大型防波壁。
津波の圧に抗するにはモビルスーツによる支えが必要と聞いていましたが、上手く作用してくれたようですね。
「そうですか。防災に当たった軍や消防の方々の尽力に感謝を」
それを聞いて私は少しだけ胸を撫で下ろします。
今から数時間前、宇宙から巨大な人工構造物が地球に向けて落下したという報がありました。
そのモノの名は『ユニウスセブン』。
基はコーディネーターが運営する宇宙コロニー国家である『プラント』の穀物生産を担当する農業用コロニーであったものです。
ユニウスセブンは2年前に地球連合による核攻撃によって破壊され、人類が滅亡する寸前にまで至る第1次連合・プラント大戦の切っ掛けとなりました。
そんなプラント側からすれば核攻撃の犠牲者達の墓標となるユニウスセブン跡、それを一部の過激派テロリストが地球に向けて落下させたのです。
不幸中の幸いにもプラントの軍事組織『ザフト』の精鋭達が落下阻止に動いてくれたお陰でユニウスセブンは細かく砕かれ、その形を保ったまま地球へ激突する事はありませんでした。
ですが、砕かれたと言ってもコロニーという巨大構造物。
その破片はまるで破壊された恨みを晴らすかのように地球全土へ降り注ぎ、今も未曽有の大災害を引き起こしています。
『1年前にカガリ様経由で聞いたサクヤ様の夢が、この事を予知していたとは正直今でも信じられませんね』
感嘆とも呆れとも付かない声を漏らすのは、予備の携帯端末で通話しているエリカ・シモンズ博士。
彼女はオーブの国営企業モルゲンレーテに所属する優秀な科学者です。
姉共々困った時には何かとお世話になっているので、彼女には割と本気で足を向けて眠れません。
『だが、そのお陰で様々な災害対策を講じることが出来た。ユニウスセブン衝突による地震に異常気象、何より津波。事前に手を打っていなければ、この国は壊滅していたかもしれません』
「こちらとしては現実になってほしくは無かったのですが、それでも私の見た悪夢が少しはお役に立てたのなら救われます」
トダカ一佐にそう答えながらも、私の胸に温かいものが宿ります。
私がこの災厄を夢に見たのは、おそらく母の血が成せる業でしょう。
母の一族は祖国が健在だった際には皇であると同時に、神官の長として祭祀を取り仕切る祭祀王であったと聞きます。
それが国難を乗り越える一助となるのなら、これほど誇らしい事はありません。
「申し訳ございません。本来なら私が陣頭指揮を執るべきなのですが……」
『仕方ないですよ。貴女が表舞台に出たらカガリ様が、ねえ』
言葉を濁すシモンズ博士に、さっきとは違って罪悪感がズキズキと痛みます。
『カガリ様はまもなく、ユニウスセブン破砕作業に参加したザフトの船で帰ってくるそうです』
『だから、サクヤ様は何時ものようにお姉様の労をねぎらってください』
そう言葉を残すと、トダカ一佐とシモンズ博士からの通信は切れました。
こうなっては私にできる事はありません。
下手に手伝いに外へ出れば、カガリ姉さまが発作を起こしかねませんし。
「それに混乱に乗じて、大西洋連邦の手の者に攫われては目も当てられませんからね」
呟きながら通話が終わった携帯端末に目を落とすと、その画面には大西洋連邦の大衆紙のネット版のページが開いています。
見出しは『オーブのカガリ・ユラ・アスハ代表、自己の権力保持の為にアスハ家の正当後継者である妹を監禁か?』などというゴシップ誌のようなもの。
むこうとしてはオーブを操る為の傀儡としてはもちろん、国内にいる日系人へのアピールとしても私を首長に擁立したいのでしょう。
バリバリの内政干渉ですが、そこまでする理由が彼等にあるのが頭の痛いところです。
「しかし監禁ですか」
全てが間違いという訳ではないのが感想に困りますね。
そんな愚にも付かない事を考えながら周囲へ目を走らせると、見えてくるのは豪華な内装が眩しい広々とした部屋です。
ホテルなら一泊するだけでどれ程お札が飛んでいくのでしょうか?
ですが悲しいかな、ここは首長専用の地下シェルターに備え付けられた一室。
日光浴が出来る天井が強化ガラスで出来た庭園があって、運動不足解消にジムや室内プールがあっても、長くいれば息が詰まってくるのは当然です。
「これも私の不徳の致すところ……なのでしょうね、お母様」
自嘲の笑みを浮かべながら、ソファを立った私は愛用のベッドに足を運びます。
枕の下にあるカバーの入口へ手を入れると指先に伝わるのは固い感触。
その正体は最高級の漆塗りで装飾された鞘入りの短刀です。
これは我が母の形見。
柄には『十六弁八重表菊』というお母様の実家を表す金の紋章が刻まれています。
「ただいま!」
確かな重みを手に感じながら思いをはせていると、思った以上に物思いに耽ってしまったのでしょう。
玄関から響いたのは姉の声。
瞬間、私はすぐさま短刀を元あった場所へ隠しました。
これだけは姉さまには見せられません。
ええ、絶対に。
「おかえりなさい、姉さま」
「サクヤ!」
ベッドに腰掛けて迎えると、姉さまは私の胸に飛び込んできました。
お恥ずかしい事に上背の伸びが悪い私の身長は、11歳にも拘らず140に届きません。
なので姉さまが飛び掛かってくると身体を受け止め切れずに、二人してベッドへ倒れ込む事になります。
「サクヤ、なにか変わった事は無かったか? 身体は大丈夫だよな? お前に妙な事をさせようとする輩も来てないよな!?」
私の胸に顔をうずめながら、姉さまは矢継ぎ早に問いただしてきます。
その声に含まれるのは怯え。
唯一の家族……と言ってはヤマト様に失礼ですね。
これは妹である私を失う事への怯えです。
天真爛漫で勝気だった姉をこうも怯えさせたのは私の咎。
だからこそ、私は彼女を安心させる為にほほ笑みます。
「はい。今日も穏やかに過ごさせていただきました」
正直、国が未曽有の災害の真っただ中なのに暢気に暮らしてる訳ないのですが、私が政に関わったと知れば姉さまがとんでもない事になりかねない。
嘘も方便です。
「そうか、よかった……」
そう呟くと、姉さまは私の胸に頭を預けたまま小さく寝息を立て始めました。
それを私は咎めるようなことはしません。
視察に行ったプラントで新型МS強奪のテロに逢い、犯人を追えば今度はユニウス7落下という大災害の対処です。
直接指揮は取っていないとはいえ、巻き込まれた姉さまの心労は筆舌にし難い事でしょう。
「頭に怪我まで負って……本当にお疲れ様でした、姉さま」
だからこそ、私はねぎらいの言葉と共に姉の頭を優しく撫でます。
姉さまが二度と心を病む事が無い様に。
私の唯一の家族が少しでも心健やかにいられるように。
ああ、申し遅れました。
私はサクヤ・ウル・アスハ。
オーブ連邦首長国を統べる五大氏族の一つ、アスハ家の末娘です。
世間では『ハラキリ令嬢』や『切腹幼女』などと言われているようですが、その辺は忘れていただきたく存じます。
◆
コズミック・イラ71年6月16日。
この日、アスハ家のシェルターに避難していた私は敗戦と父の死を知りました。
「無念です、サクヤ様!」
「……そうですか。父の最後を伝えていただき、ありがとうございます」
男泣きに顔を濡らしながら報告に来てくださった少尉様。
そんな彼へ内心のショックを押し殺して冷静に労いの言葉を掛けます。
私は母に『王族たる者、如何なることが在ろうと民の前では泰然とした態度を崩すべからず』と躾けられてします。
どんな事態が襲ってこようとも、オーブの国民の前で取り乱すわけにはいきません。
「それで姉は無事ですか?」
「はい。ウズミ様の手によって宇宙へ脱出されたと」
詳しく聞けば、オーブが所有する宇宙戦艦クサナギに乗って、マスドライバー・カグヤが送る最後の荷物として宇宙へ旅立ったそうです。
「連合がオーブへ侵攻してきた目的はマスドライバーとモルゲンレーテの研究データの奪取。間違いありませんね?」
「はい」
そして、それ等は連合の手に渡らぬように父が己が身と共に業火で焼き尽くしてしまった、と。
少尉様から全てを聞いた私は小さく息を付きました。
どうやら私も母の下へ逝く時が来たようです。
「現状、臨時政府は下院の方々が運営されているのですね。軍を指揮しているのは何方ですか?」
「は…はい。トダカ一佐です」
「では少尉、トダカ一佐に連絡を。これより私、サクヤ・ウル・アスハが父に代わりオーブの代表として連合の責任者と面会します。その手筈を整えるようにと」
「さ、サクヤ様!?」
「急いで! これは本土に残った民や生き残った軍の方達の命に係わる事です!!」
戸惑う少尉に出せるだけの大声で指示を出すと、彼は慌てて部屋を出ていきます。
下院へはこちらから話を通しておきますが、戦後処理が行われている事を考えれば軍からもアプローチを掛けた方がいいでしょう。
その後、私は下院を運営する議員の方々と話をしました。
アスハを除く五大氏族は、父と運命を共にした当主以外の家族を宇宙や国外へ疎開をしています。
それを補佐する下級氏族も同様に本国にはいません。
今下院を動かしているのは、選挙で選ばれた国民の代表たる議員様です。
「サクヤ様、貴方がそのような事をしなくても!?」
「いいえ、此度の敗戦の責は父にあります。そして姉が生きろと逃がされた以上、私が民を護り父の遺した咎を償わねばなりません」
私の考えを知った下院の代表は予想通りに血相を変えますが、私は彼の制止の言葉を切り捨てました。
もはやオーブが地球連合の占領を受けるのは免れない。
そして占領下にある敗戦国の民や軍人がどれほど悲惨な目に遭うか、それは今までの歴史が証明しています。
私が五大氏族の一員として、そして首長の血族として為すべきは、この命を盾にして少しでも民が受ける被害を減らす事だけ。
父が私を本国に残したのは、その為なのでしょうから。
下院へ話を通した後、私は懐から母の形見である短刀を取り出しました。
「お母様、どうかサクヤに勇気をお与えください。首長の一族として、貴方の娘として役目を全うするための勇気を……」
これから行う事を思えば凍えるように体の芯が寒くなり、手や足も恐怖で震えてきます
ですが、逃げ出すなど絶対に出来ません。
生前母は言っていました。
『命を惜しむな、名こそ惜しめ』と。
それはアスハの家に、そしてお母様から受け継いだ血に恥じぬよう、誇り高く己の役割と誇りを果たす事なのですから。
下院への連絡から3時間ほど。
彼等かトダカ一佐が骨を折ってくれたのでしょう、私は連合軍の代表と会うことが出来ました。
「私はオーブ代表ウズミ・ナラ・アスハの次女、サクヤ・ウル・アスハと申します。この度は私のような若輩者の為にお時間を割いていただき、ありがとうございます」
会談の場となったのは連合の旗艦に備わった応接室。
私はオーブ首長の制服ではなく、母が遺してくれた着物に身を包んで臨みました。
敗戦の混乱冷めやらぬ内に我儘を聞いてくださった皆さんには感謝してもし足りません。
「それで、そこのお嬢さんと何を話せばいいんです?」
「アズラエル理事、流石にそれは失礼ですよ」
「いやいや。この場に国家代表の血縁とはいえ、子供を代表だと連れてくる方が失礼でしょ」
呆れた様子を隠そうとしないのは、軍の責任者である提督様の後ろに立つ白いスーツを身に纏った白人の青年でした。
提督様は彼を理事と呼んでいたので、民間から派遣された監視役かアドバイザーなのでしょう。
「現在、オーブを統治していた氏族は私以外におりません。行政を担っていた者は父と共に消え、他の者も国外へ疎開しています。ですので、私が此度の敗戦の責任を負う為に参りました」
「君がかね?」
「へぇ。どうやって責任を取るんです。まさか爆破されたマスドライバーとモルゲンレーテのデータを直してくれるとでも?」
戸惑う提督様と馬鹿にしたようにこちらを見る理事。
失礼とは言いません。
私の言を聞けば、全ての人が同じ反応を示すでしょうから。
「残念ながら理事様が望むような真似は私の手に余ります。責任の取り方ですが、我が母の祖国では敗軍の将は腹を切り、その一命を以て敗戦の責を果たしたと言います。私もそれに倣いたく存じます。ですので私が見事果てた暁には、駐留される連合の軍人様が我が国民や軍関係者に無体を働かぬよう、安全を保障していただけませんでしょうか」
私は言葉を終えると深く頭を下げました。
ですが、お二人の反応は芳しいものではありません。
提督様は唖然とし、理事様の方は完全に呆れてますね。
「あのですね。それって僕達にどんなメリットがあるんですか?」
「少なくともオーブ国内での反乱や暴動の抑止にはなります。自分達を護る為にウズミの娘が、そして年端のいかぬ子供が全ての責任を負って死ぬのです。多くの者は我が意を汲んで無駄死にを控えるでしょうし、それは占領軍に立ち向かうという事への防波堤になると考えます」
「ウズミのカリスマを逆手に取るという訳か」
「まだ足りませんね。僕たちはこれから宇宙で戦う事になるんです。そしてオーブにはアメノミハシラという宇宙ステーションがある。加えてウズミ・ナラ・アスハが宇宙に逃がした貴方の姉がいます。その双方の動きを止めるくらいでないと貴方の要望は飲めませんよ、お嬢さん」
なるほど、そういう事なら国内だけでは甘いですね。
「分かりました。アメノミハシラを管理するロンド・ミナ・サハク様には父の遺命という事で動かぬように伝えます。姉に関しては……連絡は取れますか?」
「い…いえ。本国からの逆探知を防ぐためにクサナギへの通信コードは全てウズミ様が封印していますので……」
私の付き添い兼護衛であるワダ中尉へ問うと、あまり芳しくない答えが返ってきました。
拙いです。
姉さまの艦にこの事を伝えられないのでは、この計画が頓挫してしまう。
私が出来る国民と軍人さんを護る策は、これしかないのに……!
「……! そうです、全国放送です!!」
そうして必死に頭を捻っていると、私に天啓が舞い降りました。
「全国放送?」
「はい。プラントに届くくらいに共通電波で私が責任を取る様子を流せば、きっとクサナギも受信できるでしょう。もちろん腹を切る前に条件は全て口にしますので、クサナギにいる姉も連合とザフトの戦いに介入してほしくない旨は伝わるでしょう。サハク様も私の覚悟を見れば動こうとしない筈です」
理事様の言葉に私は新たに考えたプランを説明します。
「地球圏全てに放送!? さすがにそれは……」
「いいですね、それで行きましょう」
慌てて否定しようとする提督様でしたが、そんな彼の言葉を遮ったのは理事様でした。
「あ…アズラエル理事! この子が何をしようとしているか、本当に理解しているのですか!?」
「大丈夫ですよ。常識的に考えて、こんな子供が自分の腹を切れるわけないじゃないですか。いざ本番となれば泣いて許しを請うに決まってます。その様を全国放送で流せば、アスハ派閥の求心力は低下しますし、茶番を展開したオーブの国際的な信用だってガタ落ち。僕たちは労せず、オーブをイージーに占領できるという訳です」
狼狽える提督様に理事様は笑いながら語ります。
なるほど、普通に考えれば彼の言う通りでしょう。
本人を目の前にして言うあたり、完全にこちらを舐めているようですが。
「では、こちらの提案を吞んでいただけるという事でよろしいですか?」
「ええ。ですが、契約の履行はあなたが本当にハラキリを成功させたらです。失敗や怖気づいた場合はその限りじゃないですよ」
「もちろんです。では、この件を書面にさせていただきます」
こうして私の思惑通りに事は進み、2日後には舞台の準備が整ったと連絡がありました。
「皆様、今までお世話になりました」
「サクヤ様……」
「どうして幼い貴女が……」
乳母や私の世話をしてくれた女官、そしてアスハ直属の武官の方など。
多くの人達が私を惜しんでくれます。
中には私を連れて逃げようとしてくれた方もいて、説得するのに随分と手間取りました。
今までの感謝を込めて家族ともいえる皆さんに頭を下げると、私は彼等に背を向けて会場へ向かいます。
あまり言葉を交わしては心に未練が残ります。
そして未練は決意を鈍らせる。
私は臆病者なので、そうなれば役目が果たせなくなってしまう。
会場は軍港の一角にあり、中央に一畳の畳が置かれた広場を連合の軍艦やモビルスーツが囲っているといったものでした。
もちろん周りにいるのは連合の軍人ばかり。
絵に描いたようなアウェイです。
「おいおい、本当かよ!?」
「あんな小さな女の子にケジメ付けさせるって、オーブの奴等は何考えてんだ!」
「お嬢ちゃん、ちゃんとオシメは履いてきたかぁ!!」
「し…白装束。あの子、ひょっとしてマジなのか?」
私を憐れむ者、驚く者、デキないとタカをくくって馬鹿にする者。
おそらくは日系人なのでしょう、纏った衣からこちらの決意を察する方もいますね。
観客から投げつけられる声は多種多様です。
「ダーレス提督様、ムルタ・アズラエル理事。この場を整えてくださったこと、感謝いたします」
私は畳の上に腰掛けると正面の観覧席にいる二人へ頭を下げます。
「あ…いや……」
「気にすることはありませんよ。このイベントの放映権、結構な収益になりましたから。あとは貴女が無様にギブアップすれば完璧です」
バツが悪そうな提督様に対して、アズラエル理事は態度が一貫しています。
まあ、その方がファイトが沸いてくるので私としてもありがたいですが。
「ご列席の皆様、そして放送をご覧になっている全ての皆様。私、サクヤ・ウル・アスハは父ウズミ・ナラ・アスハに代わり、此度の敗戦の責任をこの命を以て償わせていただきます」
言葉と共に私は懐に忍ばせていた形見の短刀を抜きました。
名工と言われた刀鍛冶の手による刃は、オーブ特有の南国の日差しを受けて煌びやかに光を放ちます。
「この身が見事果てたあかつきには、オーブと連合の間に起きた戦争の責任は全て私の死によって清算され、戦闘に参加していた将兵の罪は一切問わないこと。そして占領下においてオーブ国民や軍に属する者に対しての連合の方々による不当な行いの一切を禁じ、我が民の安全を保障する旨をムルタ・アズラエル理事とダーレス少将様は確約してくださいました」
「国民の安全確保については、これから宇宙で起こる連合とザフトの決戦にオーブの残留戦力が介入しない事も条件に含まれています。アメノミハシラのサハク様、そしてカガリお姉様。突然の事に納得がいかぬとは存じますが、これも本土に残った民を護る為。私の首に免じて吞んでくださるよう、伏してお願い申し上げます」
ここまで言葉を紡ぐと、私は一度息を継ぎます。
この場においてしくじる事は許されません。
「ご列席の方々、そして放送をご覧の皆様。これより見せるは恐らく皆様の気分を害するものとなるでしょう。ですが、どうかお見届けください。この矮小な命が護国の盾となる為の証人は、私と連合が交わした約定が正しく履行されるかを見定めることが出来るのは、皆様を置いて他にはいないのです」
契約を綴った書面があるとはいえ、あの場には大西洋連邦の大統領は顔を出していません。
アズラエル理事とダーレス提督の独断と言われては、簡単に反故にされてしまうのです。
だからこそ私はクサナギとの連絡途絶を理由に、この場を電波に乗せる提案をしました。
この放送を見ている皆様全てを証人とし、連合が約定を破った際には非難の声を上げてもらう為に。
そして連合からしても目的の物が灰燼と帰した今のオーブは占領する旨味が薄い筈です。
ここまで大事になった以上、世論を味方に付けられれば約定を覆すリスクを冒す理由は無い筈。
「死後に皆様の目が僅かでもオーブの民の安全の為に注がれるのであれば、私は未練なくあの世へ旅立てましょう」
この策には、きっと穴も多くあるでしょう。
ですが未熟な私が急拵えで考えられた案はこれが精一杯。
あとは、穴を我が命で何処まで埋められるかが勝負です。
「では、おさらばです」
最後にそう呟くと、私は勇気を振り絞って振り上げた短刀を己の腹へ突き立てました。
「ッ!? ~~~~っ!!」
まるで焼けた鉄を突き入れられるような激痛に悲鳴が漏れそうになるのを、歯をくいしばって耐えます。
オーブの民の為、姉さまの為、そしてアスハの名の為に無様は晒せません。
独りでに出てきた涙で霞む視界の中、私は腹に食い込んだ刃を横に切り開こうとしました。
ですが……。嗚呼、ですが……激痛で痺れた手は私のいう事を聞いてくれません。
「あのガキ、本当にやるなんて! 何をしているんです! 早くあの子を止めなさい!!」
アズラエル理事の言葉に、呆然としていた観衆がこちらへ向かってきます。
「近寄るな!!」
ですが私は喉からせり上がった血と共に懸命に言葉を吐き出しました。
「私は死なねばならない! 私が死なねばオーブの民を危険に晒す!! アスハの名をこれ以上穢さぬ為にも生き恥は晒せぬのだ!!」
ろうそくは消える寸前に一際強く燃えるというアレなのでしょうか、出した自分が驚くほど大きな声に向かってきていた連合の軍人達は足を止めます。
「私は…父上から託された……あぁ……かぁさま……」
ですが、それが最後の力だったようで私の意識は急速に遠のいていきました。
最後の最後で役目を果たせないなんて……無念です。
◆
「……久しぶりに見ましたね。あの時の夢を」
琴の音を入れておいたアラームに目を覚ました私は、寝癖が付いた黒髪をほぐします。
この髪は腰まで長さがあるので、なかなかにまとめるのが大変なのです。
私が見た夢は2年前のオーブ敗戦の際に実際に起きたこと。
あの後、軍艦の医務室で目を覚ました私はアズラエル理事に随分と嫌味を言われました。
彼の思惑を思い切り外したので恨まれるのは当然なのですが、何故か理事は腰が引けているようでした。
原因に関しては全く心当たりがありません。
ええ、理事が口を開くより先に『何故生き恥を晒させたのか!?』と私がブチ切れた事なんて関係ないですよ。
気を取り直した理事が言うには、私が本当に腹を裂くとは連合やオーブ関係者、更にはテレビの視聴者の誰も思っていなかったそうです。
裏で開いていたトトカルチョでも『やらない』が99.9%だったとか。
なので、あの生中継はテレビ史に残る放送事故となってしまいました。
元より敗戦国の女の子を寄ってたかって馬鹿にするだけでも倫理的に微妙なのです。
それが未遂とはいえ公開自殺配信に化ければ、世論の大炎上は当然避けられません。
加えて、気絶した私をアップにした際に短刀の束に刻まれた母の実家の家紋が映った事で、世界中の日系人から苦情と問い合わせが殺到したのだとか。
こうして大西洋連邦は世間的に厳しい目を向けられることになり、オーブ占領時にこちらと交わした約束を果たさざるを得なくなりました。
私と言えば退院とクサナギがオーブへ帰ってきた事が重なり、再会した姉さまに思い切り頬を張られたあと縋り付かれてワンワン泣かれました。
アスラン・ザラ氏曰く、あの放送を見た姉さまは鎮静剤を打たねばならない程に狂乱状態に陥ったそうです。
それを聞いた私は、この時初めて姉が家や名誉の為に家族が死ぬ事を許容できる人じゃないと気付きました。
それと父の意図を読み違えていた事にも。
「お父様はお前にも生きてほしかったんだ! 宇宙に私、そして地球にお前を逃がして最悪どちらかに何かがあってもアスハの血を残すようにしたかったんだよ!!」
こう姉さまに諭された時は天地がひっくり返る程に衝撃を受けました。
私はてっきり『長子の安全は確保したから、国に残ったお前は命を捨ててアスハの名誉と民を護れ』という意味だと思ったのに。
あと、あれだけの事をしたのにヤキンドゥーエの決戦でオーブ軍が連合とザフトに横やりを入れたと聞かされた時は吐きそうになりました。
ヤバかった。
少しタイミングがズレていたら、契約不履行でオーブ本土がエラい事になってました。
それはともかくとして、オーブの自治権回復から少し経つと姉さまは父の後を継いでオーブの首長になりました。
そして姉さまは私をこの部屋に監禁したのです。
というのも同時期に大西洋連邦がウチの大スキャンダルを放ったからです。
内容は『カガリ・ユラ・アスハは養子であり、アスハ家の血は入っていない。アスハの正当な跡取りはウズミ・ナラ・アスハの実子にして、旧日本皇室の末裔であるサクヤ・ウル・アスハである』というもの。
彼等は占領時代に我が国の戸籍を調べていたらしく、このネタを戸籍謄本付きで出してきたのです。
それに対する姉様の答えは『サクヤ・ウル・アスハは腹を掻っ捌いたあの日に死んだ』というエキセントリックな物でした。
テレビでそれを見た時は、『私って社会的に死人だっけ? じゃあ今はゾンビ?』と宇宙ネコになったものです。
当然、ゴシップ誌や大西洋連邦の息が掛かった記者は姉の答えに納得しません。
『お前達はまだあの子に重責を背負わせたいのか? 一度公衆の面前で妹を自殺させた程度では満足できないか? 正当性もクソも知った事か。あの子が政治に関わる事は二度とない、それだけだ』
しかし完全に座った眼で、こう言い切った姉さまに反論できる人はいませんでした。
大西洋連邦も例の放送事故を出されると分が悪いのでしょう、今は公的には矛を収めています。
ちなみに彼等がスキャンダルを打ち上げた目的は、私をオーブの代表へ担ぎ上げること。
ネタを掴んだ諜報員曰く大西洋連邦は私を擁立することで、自国とオーブの関係を嘗てのアメリカ合衆国と日本のようにしようという思惑があったのだとか。
大西洋連邦の前身というべきアメリカにとって日本が特別な国である事は知っています。
再構成戦争の時に、亡国寸前の日本に大きな借りがある事も。
それでも、これは流石に無理があり過ぎるのではないでしょうか?
え、お母様の血統を使う? ナイワー。
さて、眠気覚ましに過去を回想するのもここまでにしましょう。
なにせ今日は姉さまの結婚式です。
本来ならもっと後の予定だったのですが、婚約者のユウナ・ロマ・セイランが挙式を急いだ結果今日に前倒しになりました。
ユニウスセブン落下からまだ二週間程度しか経っておらず被災者や行方不明者も山といる状況を考えると、あのボンボンを一発ブン殴りたくなります。
しかし姉のハレの日を思えば、妹としては不満も呑み込むべきなのでしょう。
まあ、私は結婚式には出られないんですけどね。
こういう日くらいは監禁生活を緩めてもいいと思うのですが、本人も茶番なんて見てほしくないと言ってましたし仕方ないでしょう。
そんな訳で結婚式の中継を見る訳も行かずにゴロゴロしていた時でした。
今まで一度も鳴った事が無いインターフォンが音を立てたのです。
姉さまは合い鍵を持ってますし、それ以前にここた首長専用の地下シェルター。
誰かが訪ねてくることはまず無いのですが……。
用心しながらインターフォンのカメラを見ると、そこに見えたのは懐かしのトダカ一佐。
彼なら信用してよいでしょう。
扉の『開』ボタンを押して、市販品ですが緑茶を二人分入れていると、一佐が部屋の中へ入ってきます。
「申し訳ございません、サクヤ様! 一大事にございます!!」
「なにかありましたか?」
「カガリ様が結婚式中にフリーダムによって拉致されました!」
「なるほど」
それを聞いた私は湯呑に入れた冷たい緑茶を喉に流し込んで、ふぅと一息つきました。
「───世界はまた私のハラワタを見たいと申すか」
そう呟いた私はトダカ一佐の手で即座に拘束されるのでした。
・サクヤ・ウル・アスハ
現在11歳(オーブ解放戦争時は9歳)のアスハ家の末娘。
外見は瞳が栗色の『コードギアス』に登場する『皇サクヤ』。
常に薄笑みを浮かべて何事にも動じることなく物静かに佇むアスハの娘に相応しい令嬢。
しかし内面は『命を惜しむな、名こそ惜しめ』を体現した武家娘。
ウズミにとっては遅まきに産まれた実子で、母はオーブに根を張った旧日本の皇族の一人。
幼い時から母に『時至らば国や民、そして家の名誉の為に死ぬ事が使命』と教えられて生きてきた。
だからこそ、オーブ解放戦争後の交渉では『公開切腹』という奇策中の奇策に打って出ることに。
欠点は母の教育が行き過ぎた為に割と人の心が分からないこと。
なので、自分が死んでも同じアスハの人間である姉は動じないと思っていたし、父の思惑も思いっきり読み違えた。
現在は病んだカガリによって、シェルター内に拵えた自室で監禁生活中。
部屋の暮らしは正直に言えば少し退屈だが、これも自分の咎だと甘んじて受け入れている。
МSの操縦は毛の先ほどの才能もないが、護身で習った剣や槍などの古武術は天賦の才を誇る。
弓の扱いも巧みで、年に2度は祭りなどで流鏑馬も嗜むほど。
2年前の大騒動が原因で『ハラキリ令嬢』や『切腹幼女』の異名で世界的に有名になった。
当然ながらサクヤ当人は大変遺憾に思っている。
民衆や軍人からの支持はカガリと二分する程に高い反面、他の氏族からは疎まれている。
例の切腹騒動が、意図せずにオーブ国内から脱出していたカガリを含む他の氏族の顔を潰す事になってしまった為である。
カガリとの関係は良好で、年の離れた可愛い妹をカガリは溺愛しているし、サクヤも自分を可愛がる姉の事を慕っている。
将来の夢はお嫁さん。
・カガリ
父を失った悲しみ冷めやらぬ内に、溺愛する妹の公開自殺を見て病んだ。
宇宙に出た際も、当初はサクヤの意を汲んでクサナギとアストレイを戦闘に参加させようとしなかった。
しかし、ジェネシスの威力とそれが妹のいる地球を狙っている事を知ってブチキレ。
妹を護る為にジェネシス破壊に参戦。
家族が死ぬのはトラウマで、それが自殺だとダブルショックを受けて廃人になる。
サクヤを監禁しているのも誰にも政治利用させないよう護る為。
原作とは違い、サクヤを護る為に理念は持っていても青臭い理想はぶん投げた。
その為、盤外工作を始めとするダーティな手段もいとわなくなっており、政治家としては急速に成長している。
ユウナとの結婚も完全に割り切っており、結婚を切っ掛けにセイランの資産と黒い噂の証拠をブッこ抜く気満々。
なのでフリーダムで自分を掻っ攫ったキラにブチ切れた。
自分が国を離れたらセイランは好き勝手するし、アスハ派もサクヤを担ぎあげるのが目に見えているから気が気じゃない
ストライク・ルージュで何とか国に戻ろうと奮闘中。