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「放しなさい、トダカ一佐! 今は国の威信と存亡がかかった大事な時なのです!!」
「ダメです! 放せば貴女はまた腹を切るつもりでしょう!? あの行為が世にどれだけの衝撃を与えたのか、忘れたのですか!!」
白の小袖を身に纏った黒髪の少女をトダカは抱え上げる。
一見すれば人形のように愛らしい少女だが、彼女が身の内に核爆弾のような本性を潜ませている事をトダカは痛いほど知っている。
いくら首長の一族とはいえ、当時九歳の子供が占領軍のトップと話を纏めただけでも仰天なのに、そこから全世界公開割腹自殺という狂気の沙汰をやらかすなど誰が想像できるか。
「貴方は勘違いしています! 今私が腹を切って何になるというのですか!? それよりも国民の不安を取り除く事と、国家元首不在にこれ幸いと嘴を突っ込んでくるだろう大西洋連邦の対処が最優先でしょう!!」
「そ…そうですな。失礼しました」
正論パンチを受けて正気に戻ったトダカはサクヤを解放する。
「トダカ一佐、姉を欠いた行政府に現状の対処は可能ですか?」
「……難しいですね。各省のトップは前政権から役職を引き継いだ氏族の跡取り、こういった非常時に正しく動けるとは思えません。国民から選出された議員も経験という意味では同じでしょう」
「そして最も影響力を持つセイラン家は連合の犬。あの時ほどではないにせよ、かなり厳しい状況ですね。……私が姉さまの代わりにセイランへ嫁入りするのは?」
「まったく意味が無い上に、ユウナ様がカガリ様に殺されますな。あの方が正拳マッハ突きを習得したのをお忘れですか?」
「しっかり憶えてますよ。神心会空手の極意を2年で極めるとか、ウチの姉は武闘派がすぎます」
そう呟くサクヤの脳裏に過ったのは、パンッという空気が弾ける音と共にウォーターバッグを拳で破裂させた姉のオリジナルスマイルだ。
「冗談はさて置くとして、オーブの理念を捨てずに現状を打破するには空席になった代表の座をユウナ氏へ渡さない事が肝要です」
「ええ。今のままではユウナ様がカガリ様の夫という立場を利用して、その座に就くのは明白。そうなれば以前からカガリ様が拒否していた『世界安全保障条約』の加入は避けられないでしょう」
世界安全保障条約とは、『ブレイク・ザ・ワールド』ことユニウスセブン落下テロ事件を機に、大西洋連邦の呼びかけで結ばれました条約だ。
この条約は加盟国同士が相互に集団的自衛の義務を負う仕組みとなっており、プラントに対する地球上の警戒感が高まった事もあり多くの国々が加盟している。
「アレは名目上は安全保障となってますが、実態は大西洋連邦が主導する軍事同盟。加わればオーブの中立性は地に落ちるでしょう」
「ですが完全に跳ね除ければ親プラントだとレッテルを張られ、今の国際社会からは孤立します。下手をすれば武力侵攻を受ける可能性も否めない」
「そこは大丈夫です。私に任せてください」
苦汁を滲ませるトダカに対し、我に秘策在りと笑うサクヤ。
「……いったい何を企んでおられるのですか?」
「企むとは酷いですね。そんなに信用がありませんか?」
「全世界割腹自殺生中継を目論んだ人間に、そんな物があるわけがないでしょう」
自身の不満をバッサリと切って捨てるトダカにサクヤはむぅっと頬を膨らませる。
「……はぁ。『海洋国の我々はユニウスセブン落下の影響が他国よりも深刻。その災禍からの復興がまだまだ進んでいないので、世界安全保障条約に加盟しても責務を果たす余力は無い』と言えばいいんです」
「なるほど、その手がありましたか」
「国際協調は確かに大切ですが、自国の復興と国民への救助より優先するものではありません。国家にとって最も大切仕事は民の生命と財産を守る事なのですから」
答えながらもサクヤは『もっとも、この手は姉様がすでに使っている可能性があります。ダブらないように通信記録を確認する必要がありますね』と内心で自分を戒める。
「たしかに正論ですが、それで大西洋連邦が納得しますかな?」
「確約はできませんね。彼等のコーディネーター憎しは常軌を逸してますので。ですが、このまま静観よりは絶対にマシです」
「ですな」
互いに頷きあうとサクヤとトダカは腰を下ろしていたソファから立ち上がる。
「私はこれから上院の民選議員の方々へ根回しを行います。トダカ一佐は万が一に備えて、連合の武力侵攻に対する迎撃準備を行ってください」
「氏族の方には話をもっていかないのですか?」
「私は皆様に嫌われていますから」
トダカの問いかけにサクヤは自嘲の笑みで答える。
自身で言う通り、サクヤは他の氏族からいい感情を持たれていない。
原因は敗戦間もなくに彼女が引き起こしたハラキリ配信騒動だ。
たしかにあの交渉でオーブ国民は占領下でも不当な扱いを受ける事は無かった。
しかし、あの事件はオーブ行政に関わる有力者達が『子供を矢面に立たせておいて、自分達は安全な場所に逃げた無能者』だというイメージを国民へ植え付けてしまったのだ。
結果、オーブへ自治権が返還された際に帰国した彼等を待っていたのは、本国に残された国民達の凍えるような白眼の視線だった。
この影響は大きく、国に残って暫定政府を運営していた下院に変更は無かったが、国外へ出ていた上院の民選議員は自治権回復後に行われた選挙でことごとく落選した。
五大氏族とそれを支える下級氏族は地位を追われる事は無かったが、それでも国民の支持を失った彼等は今も悪戦苦闘を強いられている。
(当時はカガリ様ですら『妹を見捨てた鬼姉』と厳しい視線を向けられていたからな。代替わりしたばかりの若い今の当主には相当に堪えた事だろう)
当時の新政権や五大氏族へ向けられたバッシングの苛烈さを思い出して、トダカは深々とため息をつく。
そんなトダカにサクヤは弱気を振り払うように首を左右に振る。
「──とはいえ、今はそんな事を言っている場合じゃありませんね」
「ええ。ダメ元でも当たってみた方が良いでしょう」
オーブは五大氏族を中心に運営されている。
だからこそトダカはカガリから禁じられていたにも関わらず、サクヤを政治の場へ送り出すべく迎えに来たのだ。
故に、サクヤが一人でも五大氏族の協力を取り付けられれば、それは民選議員の過半数を味方に付けるよりも大きな力になる。
(申し訳ございません、カガリ様。そしてウズミ様、どうか2年前のようなことが無いよう、サクヤ様をお守りください)
自分の前を行き、『頑張るぞー!』と小さな拳を突き上げる少女。
トダカはその背を見ながら、子供に頼らざるを得ない己の無力さを噛み締めるのだった。
◆
「キャオラッ!!」
アークエンジェルの格納庫に猿のような怒号が響く。
「アバーッ!?」
カガリの口から迸るウエディングドレス姿に最も縁遠いであろう気合、それと共に放たれたのは正拳マッハ突きだ。
さしものスーパーコーディネーターも音速を超えるカラテの技を見切ることが出来なかった。
碌な抵抗も出来ずに正中線を襲った4連撃を食らい、キラの身体はしめやかに爆散した。
おお、オーブカラテおそるべし。
「キラ! 大丈夫ですか!?」
「う…うぅ……」
誇張表現はさて置くとして、停止したフリーダムの胸部から整備用キャットウォークまで吹き飛ばされたキラを慌てて抱き起すラクス。
МSの操縦以外は基本もやしなキラは、姉の鍛え抜かれた拳を食らった事で既にグロッキーである。
一方のカガリは地響きでも鳴りそうな足取りでキラに近づくと、パイロットスーツを纏った彼の襟首を掴んで左腕一本でその体を釣り上げる。
「おい、どういうつもりだ?」
そう問い詰めるカガリの目は完全に瞳孔が開いている。
あまりの怒りによるものか、それとも『SEED』の発現によるものか。
彼女が放つ威圧感は父ウズミの異名である『オーブの獅子』ならぬ『オーブのデンジャラス・ライオン』と名乗っても違和感が無いだろう。
「き…君が望まない結婚を強要されていると聞いたから…」
ダメージが抜けきっていないのか、ところどころくぐもった血縁上の弟の言葉にカガリの額に青筋が浮かぶ。
「キラ。五大氏族の人間である私が、政略結婚の一つごとき呑み込む覚悟が無いと思っているのか?」
「で…でも、カガリにはアスランがいるじゃないか!?」
本気で激怒している姉に内心でビビりながらもキラは言葉を重ねる。
彼は弟として、アスランの親友して、二人の恋路がこんな事で終わるなんて受け入れられなかったのだ。
「何を勘違いしている。私はアイツと結婚する気は無いぞ」
「え……?」
呆れたように話すカガリにキラはもちろん、ラクスもまたポカンと口を開ける。
「あの時、私はオーブに生涯を捧げると決めた。二度とサクヤに累が及ばないよう、アスハの業は全て私が背負うと覚悟したんだ。だから国の益となるのなら誰とだって結婚してやるさ」
「ですが、セイランはオーブの利益になるとは思えませんわ」
姉の爆弾発言に唖然とするキラに代わって口を開くラクス。
それをカガリは鼻で笑う。
「私がユウナと結婚するのは奴等の懐へ入る為だ。セイラン家は大西洋連邦と繋がっていて、今まで売国行為で私腹を肥やしているという疑いがあるからな。その証拠を押さえ、財産を取り上げたうえで絞首台へ登らせるつもりだった」
カガリの内心を聞いたキラはもはや言葉が出なかった。
姉とアスランが恋仲だと思い二人の為だとМSまで持ち出したのに、自分の勘違いだったと言われればこうもなる。
「……ふぅ。私は国に戻る。お前達はどこかで艦とフリーダムを始末してから戻ってこい。運が良ければ犯人は特定されないだろうさ」
そんな弟の様子を見て小さく息を付いたカガリは、オーブまでの足を探す為に格納庫の中を見回す。
本来ならオーブ行政府へのテロ行為および要人拉致の現行犯として、キラ達を逮捕するか自首を促すべきなのだろう。
だが、彼等は血みどろの戦場を共に駆け抜けた戦友。
そしてキラは血縁上とはいえ弟だ。
流石のカガリも容赦なく断罪の刃を振り下ろす気にはなれず、最後のチャンスを与える事にしたのである。
まだオーブ国内で犯人不明であればよし、もし特定されているのであればケジメを付けてもらう腹積もりだが。
「待ってください、カガリさん。私達はザフトの刺客に襲われたのです!」
愛機であるストライク・ルージュを見つけたカガリは、ラクスの言葉を背に受けて足を止める。
「何処で襲われた? 襲撃犯はどうなった?」
ラクスが狙われた事については驚かない。
彼女がプラントに与える影響と、そんな人間が他国に隠棲している事を考えれば当然だからだ。
カガリの胸にあるのは、そんな報告が一切上がっていない事への怒りと失望だ。
ユウナが下らない浅知恵で話を止めているのか?
それともザフトの部隊に容易く侵入される程、オーブの警戒網が脆弱なのか?
どちらにせよ、放っておける話ではない。
「襲撃してきたのは水陸両用のМSが複数体、見たことが無いタイプだったから新型かもしれない。犯人は……全員自爆してしまった」
「お前の事だから、相手の武装を破壊して無力化したんだろう。その際に出た機体の残骸や破片はどうなった?」
「片付けていないから、そのままになっていると思う。襲われたのは僕たちの家の海岸沿いだよ」
キラの返答にカガリは内心で舌打ちをする。
МSを持ち出してまでの他国での暗殺行為だ、失敗した奴等が証拠を放置しておくわけがない。
暗殺部隊の手引きをしたスパイがオーブ国内にいると仮定すれば、撃退されたМSの残骸は奴等が処分してしまっているだろう。
「お前達の話が本当だったとしても、確たる証拠が無ければプラントを責める事はできない。国に戻ったら調査団を派遣するが、あまり期待はするな」
万が一証拠が見つかればやりようがあるが、ギルバート・デュランダルはそこまで甘い男ではあるまい。
そんな事を考えながら、カガリはストライク・ルージュへ乗り込む。
「急がないとな。──頼むから早まってくれるなよ」
自分がいなくなれば、ユウナが好き勝手しだすのは目に見えている。
そうなれば、アスハ派閥が頼るのはサクヤを置いて他にいない。
サクヤも国の一大事としれば、再び政治の舞台へ出る事を厭わないだろう。
アークエンジェルから飛び立ったカガリの脳裏を過るのは、二年前に味わった絶望だった。
◆
カガリ・ユラ・アスハはあの日に受けた衝撃と絶望を、生涯忘れる事は無いだろう。
「な…なんだ、これは!?」
彼女がそれを目にしたのは、宇宙に上がった彼女達がラクス・クライン率いるクライン派と合流して間もなくだった。
「な…なんだこれは!?」
今後の方針を話し合おうとクサナギのブリッジへ主要メンバーが集まる中、突然モニターがある中継映像を流し始めたのだ。
『ご列席の皆様、そして放送をご覧になっている全ての皆様。私、サクヤ・ウル・アスハは父ウズミ・ナラ・アスハに代わり、此度の敗戦の責任をこの命を以て償わせていただきます』
多くの地球連合の兵士が取り囲む中、中央に置かれた畳に座っているのは妹のサクヤ。
彼女は旧日本における死に装束である純白の着物を身に纏い、9歳という歳にそぐわない堂々とした態度で口上を述べていた。
「さ…サクヤ! 何故だ!? アイツはお父様の腹心達が守っているんじゃなかったのか!?」
妹の言葉も相まって、モニターに映る光景は処刑場のそれだ。
カガリは顔を土気色に変えながら、腹心のレドニル・キサカ一等陸佐に掴みかかる。
「分からん。避難場所に潜伏する前に連合に見つかってしまったのかもしれん」
普段は鉄面皮のキサカも今ばかりは同様を隠しきれていない。
「あの…あの子はアスハと名乗ったけれど、カガリさんの関係者なの?」
「妹のサクヤ様です。ウズミ代表は二人の生き残る確率を上げる為と、姉妹双方を地球と宇宙に避難させたのですが……」
アークエンジェルの艦長であるマリュー・ラミアスが戸惑いがちに出した問いに、クサナギのクルーが答える。
「なんとか助ける事は出来ないのでしょうか?」
「僕がフリーダムで乗り込めば!!」
痛ましげに眉根を寄せるラクスに、キラが義憤に駆られながら声を上げる。
「無理だ。今のオーブへ単身乗り込めば、連合の集中砲火を受けて無駄死にになるぞ」
「ああ。それに今から行って間に合うとは……」
しかし彼等の提案を現実的ではないと否定したのは、苦い表情を浮かべたアスランとエターナル艦長のアンドリュー・バルドフェルトだ。
『この身が見事果てたあかつきには、オーブと連合の間に起きた戦争の責任は全て私の死によって清算され、戦闘に参加していた将兵の罪は一切問わないこと。そして占領下においてオーブ国民や軍に属する者に対しての連合の方々による不当な行いの一切を禁じ、我が民の安全を保障する旨をムルタ・アズラエル理事とダーレス少将様は確約してくださいました』
『国民の安全確保については、これから宇宙で起こる連合とザフトの決戦にオーブの残留戦力が介入しない事も条件に含まれています。アメノミハシラのサハク様、そしてカガリお姉様。突然の事に納得がいかぬとは存じますが、これも本土に残った民を護る為。私の首に免じて吞んでくださるよう、伏してお願い申し上げます』
その間も画面の向こうのサクヤは凛とした佇まいで口上を続ける。
「これは拙いな」
「ああ。連合め、こんな手で我々の動きを封じてくるとは……」
それを聞いたムウ・ラ・フラガとキサカは苦虫を噛み潰す。
しかしカガリはそれどころではない。
「なあ! なんとかならないのか!? 誰か! あの子を、サクヤを助けてくれ!!」
不安と恐怖から呼吸を荒くして周囲に向かって助けを求める姿は、普段の勝気さなど欠片も見受けられない。
『ご列席の方々、そして放送をご覧の皆様。これより見せるは恐らく皆様の気分を害するものとなるでしょう。ですが、どうかお見届けください。この矮小な命が護国の盾となる為の証人は、私と連合が交わした約定が正しく履行されるかを見定めることが出来るのは、皆様を置いて他にはいないのです』
そう言って抜き身の短刀を逆手に持つサクヤ。
「まさか……」
それを見た瞬間、キラの顔が青ざめる。
日系人の彼はサクヤが何をするかが分かったのだ。
『では、おさらばです』
そうして画面の向こうでサクヤは奇麗な笑みを浮かべると、その刃を己の腹へ突き立てた。
「あ…ああああああああああああああっ!!」
腹から噴き出て畳を濡らす血はカメラ越しにも奇麗に確認できた。
そして、それを目の当たりにしたカガリは己の頭を両手で押さえて絶叫する。
「マジ…かよ……」
「あんな小さな子供が…そんな……」
あまりに凄惨な光景にマリューやフラガも絶句する。
イベントを主催していた連合側も、まさか本当にやるとは思ってなかったのだろう。
悲鳴と怒号、そして方々へ指示を出す声が合わさり、会場は一瞬で混乱の坩堝へと陥った。
『近寄るな!!』
そんな中で再びサクヤの声が響く。
『私は死なねばならない! 私が死なねばオーブの民を危険に晒す!! アスハの名をこれ以上穢さぬ為にも生き恥は晒せぬのだ!!』
彼女を助けようとする屈強な軍人たちの足を止めるほどの鬼気迫る迫力が籠った怒声。
白装束を紅に染め、血を吐きながらそれを発するサクヤの姿はとてつもない迫力だ。
映像は先ほどの叫びを最後にサクヤが力尽き、彼女の手から零れ落ちた血まみれの短刀がアップになったのを最後に途切れた。
「サクヤ! サクヤぁぁァァァァァッっ!!」
それを合図にするように、カガリはブリッジから飛び出そうとする。
「カガリ! 何処へ行く気だ!?」
「サクヤを! サクヤを助けに行くんだ!! 邪魔をするな、キサカ!!」
キサカに背後から羽交い絞めにされた狂乱状態のカガリは、拘束から逃れようと滅茶苦茶に暴れだす。
「よせ、カガリ! 俺たちが行っても戦闘になるだけだ!!」
「放送の最後は連合も彼女を助けようとしていたわ! 死んだと決まったわけじゃないの!!」
アスランとマリューが必死に宥めようとしているが、錯乱しているカガリの耳には彼等の言葉は届かない。
「私が国に置いて行かなければ! 私がちゃんと防衛軍を指揮できていれば……!! あの子が死んだら私の所為だ! あああああああああああっ!!」
自責の念とストレスから羽交い絞めにされた腕を曲げて自分の頬に爪を立て始めるカガリ。
「いかん! ダコスタ、鎮静剤を持ってこい! 早く!」
「は…はいっ!!」
皮膚が抉られて頬に血が流れる様を見たバルドフェルトの指示に、ダコスタが弾かれたように走り出す。
鎮静剤はすぐに届けられ、強引にそれを打たれたカガリは気絶するように眠りについた。
カガリは丸一日眠った後に目が覚ましたが、その時の彼女は抜け殻同然だった。
父を失い、直後に妹の公開自殺を見せられたのだ、普通なら精神が崩壊してもおかしくない。
呆然と虚空を見つめたまま一切反応しないカガリは、誰も手が付けられなかった。
サクヤが連合と交わした約定に加えて総司令のカガリがこの様子なので、彼等三隻同盟が連合やザフトと矛を交えてもクサナギとオーブ軍は後方支援に徹さざるを得なかった。
そんなカガリが覚醒するきっかけになったのは、ザフトの切り札であるガンマ線レーザー砲『ジェネシス』の存在だった。
連合の艦隊を容易く吹き飛ばす程の威力と、その照準がサクヤのいる地球へ向けられている事を知った彼女は弾けた。
妹に迫る死の危険と例の割腹騒動が脳内で繋がった瞬間、唯一の家族を失う恐怖と姉として妹を保護するという義務感、そして年が離れたサクヤへの溺愛が同じ方向に固定されたのだ。
それ即ち『私が守護らねばならぬ!』という不退転の覚悟であった。
これによってヤキン・ドゥーエの最終決戦に於いて、カガリはストライク・ルージュで鬼神も逃げ出す活躍を見せた。
擱坐した敵機体を盾にして両軍の猛攻を凌ぐのはもちろん、連合のピースメーカー隊を接触回線で言葉巧みに説得して核の目標をプラントからジェネシスへ変えるように誘導する様はまさに外道。
こうしてヤキン・ドゥーエという地獄の戦場を経た事でカガリは鉄の女として完成し、祖国復興という修羅場の中で政治経験を積んで今に至るのだ。
◆
「き、君は……」
「はじめまして、ジョセフ・コープランド大統領閣下。私はカガリ・ユラ・アスハに代わり代表代行を務めさせていただいております、サクヤ・ウル・アスハと申します」
快進撃を続けるザフトのミネルバ対策として、ロゴスとロード・ジブリールにオーブの世界安全保障条約加入と黒海への派兵を要求されていた、大西洋連邦の大統領コープランドは息を呑んだ。
何故ならユウナ・ロマ・セイランが出るモノと思っていた通信モニターに現れたのは、2年前に世界へ衝撃を撒き散らした少女だったのだから。
「さて、本日はどのようなご用件でしょうか?」
そう微笑むサクヤの愛らしい笑顔が、コープランドには悪魔の様に見えたという。
キラ・今回大チョンボをやっちゃった人。
2年前の戦争でカガリとアスランがいい雰囲気だったので、二人に引っ付いてほしいという願望があった。
その為にセイランとカガリが結婚すると聞いて、姉が何らかの脅しに屈したと思い込んでしまった。
ラクスもザフトの特殊部隊に襲われている事もあって、一見何もかもを悟っているように見えても内心は全く余裕がない。
というか、2年前の戦争で心を病んだまま今もそれを引きずっているので当然と言えば当然。
今回、カガリに諭されてはじめてフリーダムが国際的には特級呪物並みの厄介な代物である事に気が付いた。
見切り発車で色々してしまった以上、このままオーブには戻れない。
今後のどう動くかは考え中。
サクヤに関してはカガリの義妹以上の感情は持っていないが、2年前の切腹劇にはドン引きしていた。
あとサクヤの母親の血筋を知って、何故カガリに後を継がせたのかと余計にウズミの事が分からなくなった。
ラクス・色々裏で暗躍しまくっているけれど、カガリの覚悟までは読み切れなかった人。
彼女もカガリはアスランとくっつくモノだと思い込んでいた。
カガリがサクヤを監禁したのは愛ゆえだと気づいていたが、まさか自分の人生全てを投げうって護るつもりだとは見抜けなかったもよう。
オーブの事はミスったけれど、彼女としてはプラントが不穏な動きをしているのは見逃すわけにはいかない。
この後はオーブに戻らずに、アークエンジェルで潜伏しながらクライン派と有事に備える事になる。
サクヤについての感想は、ただただ哀れな娘。
彼女自身もシーゲルに民の事を考えて行動しろと教育されてきたが、あそこまでは歪んでいない。
サクヤの血筋から彼女をああいう風に育てたのが誰かも察しは付いている。
サクヤがそういった呪縛から解放されて普通の子供に戻ってほしいとは思っているが、同時にそれが不可能だとも悟っている。
なので、自分から関わり合いになる事はない。