普通に書いていたらエラく長くなってしまった。
お盆休みで暇な人は読んでくださいませ。
「はじめまして、ジョセフ・コープランド大統領閣下。私はカガリ・ユラ・アスハに代わって代表代行を務めさせていただいております、サクヤ・ウル・アスハと申します」
通信画面越しに現れた少女にコープランドは思わず息を呑んだ。
現代表のカガリ・ユラ・アスハが何者かに拉致された事を聞いていた彼は、今回の通信には夫であるセイランのバカ息子が顔を出すと思っていたのだ。
しかし蓋を開ければ、現れたのは2年前に世界を震撼させた少女。
驚くなという方が無理だろう。
「さて、本日はどのようなご用件でしょうか?」
一国のトップを前にしても萎縮もしなければ、動揺一つ見せないサクヤにコープランドは内心で感嘆の声を上げる。
(流石、世界最後の皇帝の血を引くだけはある)
サクヤの凛とした佇まいは2年前のあの日に見た時と変わらない。
彼女が幼くして一国を背負う器を示したあの時と。
◆
コズミック・イラ71年6月19日。
当時、大西洋連邦の一議員を務めていたコープランドは自身の事務所で例の放送を見ていた。
「なんという事を……!」
自分の末娘と同じくらいの女の子が、大の男に囲まれて自殺を強要されている。
しかも敗戦という大人達の事情を背負わされて、だ。
アズラエルの息が掛かった放送局が流すその映像は、コープランドの目に酷く醜悪に映った。
野太い男達の声は方々で上がり、その多くが女の子への罵りと嘲笑。
画面に映る様は、まさに醜悪以外の何物でもなかった。
そしてコープランドを何より失望させたのは、それを行っているのが自分の古巣である大西洋連邦軍の将兵ということだ。
彼にとって下品な煽りを上げている連中の大半は後輩。
上位佐官や司令階級を調べれば、自分の同期だっているだろう。
だからこそ彼は怒りと情けなさに涙が出そうになった。
「馬鹿どもめ……! 奴等と同じ場所にいたと思うと吐き気がする!!」
「先生……」
議員云々以前に良識ある大人なら、こんな事は止めるべきだ。
しかし中堅に上がったばかりの一議員でしかないコープランドにその力はない。
できるのは苛立ちを込めて、机の天板に拳をめり込ませるだけだ。
(政治の世界に飛び込んで確信した。やはり今の体制はダメだ! 主権を持つ民衆も、それに選ばれた政治家も、誰も決断に責任を取らない衆愚政治! そして商人が幅を利かせて、積み上げた金で国の方針を捻じ曲げる! こんな奴等に任せていては国家に…いや、人類に未来はない!)
コープランドは今まで民主政治を、自分が生きる世界を信じていた。
だからこそ決められたレールから飛び出し、裸一貫軍で身を立てて今の地位まで登ってきたのだ。
しかし、ブルーコスモスのテロを始めとするコーディネーターとナチュラルの地球圏を巻き込む抗争には、彼の信念も大きく揺らぐことになった。
そこへ来て、このバカ騒ぎである。
彼が世に絶望してもおかしくはない。
「凄いですね、この子」
「ああ。あの状況で、全く怯える様子を見せないとは」
画面の向こうで堂々と口上を述べる少女に、コープランドは秘書と共に感心する。
9歳の自分だったなら怯えて口を開く事も出来まい。
それでもコープランドは確信していた。
小さな子供に自ら命を断つ事など不可能だと。
「なっ!?」
「そんな! 神よ!?」
しかし、その予想は覆された。
画面の中で少女は躊躇することなく手にした短刀を己の腹へ突き立てたのだ。
「こ、ここまでするのか。首長の娘とはいえ、あんな幼い子が……」
恐らく現地でも本当にやるなど誰一人思っていなかったのだろう。
画面の向こうでは怒号が飛び交い、多くの人間が駆けまわっている。
しかし、彼等が必死であればあるほど、コープランドは彼等への侮蔑を禁じ得なかった。
「馬鹿どもが! やられて慌てるなら、なぜ最初から止めなかったのだ!!」
悪趣味か、それとも視聴率狙いか、再びカメラは白い着物を血に染めて倒れている少女を映す。
「あ…あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
画面の先で右往左往する軍人達に毒づいていたコープランドは、秘書が上げた絶望の声によって現実に引き戻された。
驚愕と悲嘆で見開かれた秘書の視線、それは画面に映る力尽きた少女が取りこぼした短刀の束に注がれていた。
「ど…どうしたのかね、ネギシ君?」
「何をしてくれてんだ! 腐れ青バカの元締めがぁぁぁっ!!」
問いかけたコープランドに返ってきたのは、今まで一度も聞いたことが無いような秘書の怒号だった。
ちなみに『青バカ』とは、普通の思考を持つ人々の間で流行っているブルーコスモス過激派を揶揄る蔑称である。
「ネギシ君、落ち着きたまえ! 確かに不快な映像だったが、そこまで激昂するほどでもないだろう!!」
「怒り狂うに決まってるでしょうが! 彼女は日本の皇族だったんです! そんなお方に腹を切らせるなんて! それが最後まで友誼を貫いた同盟国の末裔に対する仕打ちかっっ!!」
秘書が明かした意外過ぎる事実にコープランドは唖然とした。
「ま…待ってくれ。それは本当なのか? どうしてあの子が皇族と分かる?」
「あの御方が自決に使った短刀の束には『菊の御紋』があった! あれを帯びていいのは皇族の方だけだ! それ以外の人間が御紋を使うなんて不敬、俺達は絶対にやらない!!」
その答えにコープランドは得心が行った。
秘書は再構成戦争において、亡国となった日本から大西洋連邦の前身であるアメリカ合衆国へ渡ってきた移民の三世だ。
そして、彼だけでなく祖国が失われて世界中に散った多くの日系人は、未だに皇族を国ではなく大和民族の象徴として敬意を示し続けている。
(日本滅亡以来、世間では永く日本の皇族は行方知れずとされていた。しかしオーブは亡国の際に逃れた多くの日本人が興したと言っても過言ではない国、彼等の中に皇族がいるのはあり得ない話じゃない。そして五大氏族筆頭のアスハなら皇族の姫が嫁ぐに家格も十分だ。では、彼女は皇族の姫とウズミ代表の娘という事になるのか)
「あの年に見合わない立ち振る舞いは血に寄るものだったのか。だが、これは拙い事になるぞ」
納得と共にコープランドの眉間にしわが寄る。
再構成戦争の最中、アメリカ合衆国は日本滅亡の際に難民となった日系人を多数受け入れている。
その数はオーブに次いで世界二位だ。
再構成戦争後が終わりアメリカが大西洋連へと名を変えた頃には、彼等は敵対勢力として追放された中華系移民に代わって北米大陸で一大コミュニティを築いていた。
秘書が気付くくらいだ、他の日系人達も菊の御紋とやらを見逃すことは無いだろう。
「私だ。執務室に来て事務作業を手伝ってくれたまえ。色々とやることが出来たんだ。第一秘書? ああ、彼は今頭に血が上っているので外れてもらった」
さらに厄介なのは大西洋連邦軍に於いて、日本という国は特別視されていることだ。
アメリカにとって日本は長年連れ添い、最後まで裏切らなかった同盟国だ。
これは『国家に本当の友人はいない』という格言まである国家間の関係で極めて稀有な事である。
加えて再構成戦争の最中、ロシアと中国の挟撃によって亡国の際にあった日本は、アメリカとの安全保障を破棄する事で在日米軍が撤退できるようにしてくれた。
そして米軍を無事に日本から逃がす為に、日本軍の将兵達が自分の命を顧みず敵へ特攻したのだ。
この献身によって多くの在日米軍将兵が故郷の土を踏むことができ、彼等は命に代えて自分達を死地から脱出させてくれた同盟国の侍達に感謝した。
その思いは今も受け継がれ、大西洋連邦軍の軍規には『Remember Japan』という言葉が刻まれているほどだ。
「彼女の身分を軍の上層部が知れば、あのバカ騒ぎに参加した者…いや、下手をすればオーブ解放作戦に関わった全員のクビが飛びかねんな」
コープランドが予言した通り、その後の大西洋連邦は大混乱に見舞われた。
国内にいる日系人が各地でデモを起こし、サクヤ・ウル・アスハへの謝罪と彼女と結んだ契約の遵守を求めた。
さらに中小を含めた日系人が経営する企業や工場が次々とアズラエル財閥との取引を停止。
大西洋連邦にある日系人の企業はプラントに負けない精度の部品を生産する事で、国の発展に大きく寄与してきた歴史がある。
彼等の生み出す製品はアズラエル財閥がメインとする軍需産業には必要不可欠なモノであり、その供給が次々と断たれた事で彼の財閥は大きく足元を揺らがせる事となった。
さらに日系人の投資家達も申し合わせたようにアズラエル財閥関連企業の株を次々と売りに出した。
これによってアズラエル関連の株価は大きく値下がりし、一時は本当に財閥崩壊の危機に直面したのだ。
騒動のダメージは政界へも波及した。
現政権は一大票田であった日系人からの信認を失い、さらには幼い子供の自殺を生中継した事が大西洋連邦国内の人権派活動家や知識人の反発を招いた。
結果、リコールまではいかなかったものの大統領の支持率が大きく下がる事となった。
そこへ来てプラントと痛み分けに近い形での戦争終結だ。
まさにボロボロというべき支持率で大統領選を迎えた前任者は、圧倒的な格差でコープランドに敗北する事となったのだ。
そこまで思い返して、コープランドは回想から意識を引き上げる。
モニターの向こうで穏やかにほほ笑む少女は、きっとここまでの影響を与える意図はなかっただろう。
しかし結果として彼女の行動は、戦勝国の大西洋連邦を政変を齎す程に大きく揺さぶった。
(彼女を子供と侮るなど論外だ。まったく、あのカマ野郎も厄介な事を押し付けてくれる)
脳裏に浮かぶロード・ジブリールの顔面をメリケンサックを付けた拳で殴りながら、コープランドは気合を入れなおすのだった。
◆
画面の向こうに映る壮年の偉丈夫は、大西洋連邦の大統領を務めておられるジョゼフ・コープランド様。
一見すれば少しぽっちゃりされた小父様ですが、あれは力士のように鍛えた体に少しの脂肪を乗せている方の体格です。
護身術を教えて下さる先生から『相手の目付はしっかりと』と教えられているので、その辺の眼力は確かと自負しています。
『失礼。現代表が何者かに攫われたと聞いていたのでね、その夫であるユウナ氏が代行を務めると思っていたのだよ』
「ご存じの通り、オーブは民間から選ばれた議員様と我等五大氏族による合議で国を運営しています。そこで皆様は私に代行を任せてくださったのです」
少しの間唖然としていた大統領閣下ですが、流石は国家代表を務められる事はあります。
すぐに表情を余裕を感じさせる笑みに切り替えました。
『そういう事なら、こちらも遠慮なく話をさせてもらおう。今回貴国へ連絡を入れたのは世界安全保障条約の加入をお願いするためだ』
「その条約でしたら、現代表が加入をお断りしていた筈ですが?」
私がそう切り返すと大統領閣下は分かっているというように小さく頷きます。
『そちらの理念は理解している。だが、今はザフトによって地球の国々が脅かされている状況だ。それを踏まえてもう一度考えてほしいのだよ』
──ザフトによって地球が、ですか。
物は言いようと言いますか、随分とご自分にとって都合のいい解釈ですね。
「なるほど。フォックストロット・ノベンバー作戦の失敗から、貴国や同盟の方々は少し劣勢に立たされていると聞きます。それ故に我々の力を欲している訳ですか」
そう口にすると大統領閣下は感心したように息を付きます。
『よく調べているね』
「代行とはいえ国を任されていますから。半端な真似をしては、信認してくださった方に申し訳が立ちません」
まあ、これもミヤビ姉様が調べてくださった資料あってのものですが。
『そこまで事情が分かっているなら細かい説明は必要ないな。君の言う通りだ、だからこそ我々に力を貸してほしい』
こちらが情報を掴んでいる事を察したからか、直球で頼みを伝えてくる大統領閣下。
何故でしょうか?
彼の口調や態度からは熱意がさほど感じられません。
「申し訳ありません、大統領閣下。今は我々は自国の事で精一杯なのです」
彼の態度に少し引っかかるものはありますが、同盟加入を認めるわけにはまいりません。
『というと?』
「ユニウスセブン落下の影響は未だ国内に色濃く残っており、災害復興や被害者への支援などで人員も物資も国の外に出せる余裕はありません」
私が困った表情と共にそう答えると、大統領閣下は渋い顔をします。
『それほどまでに被害が大きいのかね?』
「オーブは島国ですので、ユニウスの破片が海に落ちた影響を津波という形で被ることになりました。都市部への大規模な浸水がどれだけの被害を及ぼすかは、お察しいただけると幸いです」
『むぅ……』
こう返せば大統領閣下も二の句が継げません。
実際、大西洋連邦も北米の西海岸を始め、ブリテンやアイルランドなどへの津波の被害は甚大と聞きます。
復興については手付かずではないですが、まだまだ足りていないと外務省の資料には書いていました。
日々の政務で対処や復興で頭を悩ませている大統領閣下からすれば、その程度などと口にはできないのでしょう。
……オーブの被害も痛烈なのは本当の事ですし。
防波壁を設置したお陰でヤラファス島の主要都市はなんとか無事でしたが、他の群島や地方は津波の被害を免れませんでした。
お陰で地熱発電施設の不具合はまだ復旧しきってませんし、水道やガスだって届いていない地域も多数。
シモンズ博士がストライカーパックから着想を得て制作してくれた、МSに背負わせる形の救援装備が無ければどうなっていたか。
なにせ渡された装備のカタログは本当に多岐に渡っていましたからね。
仮設住宅や大型貯水タンク。
100人利用可能な大浴場もあれば、汚物をため込む層に堆肥製造機能が付いた大規模トイレも乗ってました。
他にも海水をろ過して生活用水に変える浄水設備に、МSのバッテリーと太陽光発電を利用した緊急用電源、その二つと連動した配給用巨大キッチンまで。
これらの救難パックのお陰で、アストレイは全て災害復興に回る事になりました。
そして開いた国防の穴は最新鋭機であるムラサメが塞いでいる。
こんな有様なので、ハッキリ言って今のオーブに外へ出せる人員やМSなんて一つたりとも在りません。
『しかしだね……』
『そこまでにした方がいいですよ、コープランド大統領。貴方だって乗り気じゃないんでしょう?』
さらに言葉を募ろうとした大統領に、横合いから聞き覚えのある声が制止を掛けます。
そして通信用のサブモニターに映ったのは、ある意味懐かしい人物でした。
『なんのつもりだね、Mrアズラエル。他国との交渉中に割って入るなど、いくら経済オブサーバーとはいえ失礼ではないか』
『失礼。少し様子を見るだけのつもりだったのですが、懐かしい顔があったもので』
それは2年前にお会いしたムルタ・アズラエル理事です。
「ご無沙汰しております、アズラエル理事。少しお痩せになりましたか?」
『お陰様で。あと、僕はもう国防理事ではありませんよ』
「そうなのですか?」
『今はのんびりと名誉職に就いている暇はありませんからね。オブサーバーの件だって、コープランド大統領の頼みじゃなかったら受けませんでしたし』
理事……いえ、アズラエル氏は随分と苦労をされたようです。
いったい誰の所為だと思っているのか、ですか?
少なくとも私ではない筈ですよ。
過去の事はともかくとして、今聞き捨てならない言葉がありましたね。
『乗り気じゃない』というのは何をさしているのでしょうか?
オーブを世界安全保障条約に加盟させる事でしょうか?
それとも……。
「大統領閣下。要望を断った身で恐縮なのですが、不躾な質問をよろしいでしょうか?」
気になった私は大統領閣下へ少し探りを入れてみる事にしました。
『かまわないよ、遠慮なく聞いてくれたまえ』
「何故、こうも早急にプラントとの戦端を開いたのですか?」
私の問いかけに大統領閣下は虚を突かれたような顔をします。
『国内に蔓延する反コーディネーター感情を考えての事だよ。テロリストの引き渡しの要求に対して、プラントが返した全員死亡の答えも納得がいかなかったからね』
しかしそれも一瞬の事、すぐに表情を緩めて答える閣下。
それでも質問の意味を咀嚼する中で、ほんの一瞬だけ表情に苦渋が混じるのをこちらは見逃していません。
「ですが、大西洋連邦がプラントへ宣戦布告を行ったのは10月24日。ユニウスセブン落下から一月も経っていません。あの未曽有の大災害によって地球の各国は相当な痛手を受けました。事件から半年が経とうとする今でも、復興が完了したという国は一つもないのです。ならば当時は尚のこと、軍を出す余裕などなかったのではないですか?」
『つまり間を置いて国力を回復させ、万全の状態になったところで戦争を仕掛ければよかったと言いたいのかね?』
「はい。そうすれば、勝率も上がっていたと思うのですが」
『たしかに君の言う案も頭にはあった。しかし、我々にはユニウス落下がテロリストの手によるものと思えなかったのだ。第二第三のコロニー落としを掛けられては我々は成す術もなく全滅してしまう。その危険性を考慮すれば、多少無理をしてでもプラントを討たねばならんと考えたのだよ』
そう答える閣下の顔には疲れと苦い物が垣間見えました。
「そうでしたか、ありがとうございます」
閣下の答えに私は顔に笑みを張り付けて質問という名の矛を収めます。
『おや、もういいのですか?』
「ええ、疑問は解消されましたので」
アズラエル氏は少し物足りなそうですが、私はそれも無難にいなしました。
もちろん、大統領閣下の言葉を鵜呑みにしたわけではありません。
むしろ彼の言葉が詭弁であり、真実は別にあると思っています。
(姉様が出した報告書では、少なくともミネルバやユニウスセブン破砕に参加した部隊は本気で落下を阻止しようとしていた。ユニウスの管理責任を問われる事はあっても、プラントが率先してコロニー落としを企んでいた可能性は低いと見るべきでしょう)
さらに報告書にはザフトから新型МSを強奪した地球連合と思われる部隊が、ユニウスセブンを破砕しようとしてた部隊に襲い掛かっていたという記述もありました。
万が一ユニウスセブン破壊が失敗していれば、地球が受ける被害は壊滅的。
新型強奪を行った部隊が大西洋・ユーラシア・東アジア……いえ、地球のどの国家に何処に所属していたとしても、まともな施政者ならば破砕作業の邪魔をしろなど指示するわけがありません。
となれば、可能性があるのは私設武装組織。
しかも、その雇用主は自分達の私兵を大西洋連邦に食い込ませる、もしくは偽装させるのが可能な程の影響力を持つ人間となります。
おそらく、彼等の目的は再び地球とプラント間で戦争を起こすこと。
そういった組織で真っ先に名前が挙がるのは───
そこまで考えて、私はアズラエル氏へ視線を向けました。
『どうしました?』
「いえ、なんでもありません」
興味深そうにこちらを見るアズラエル氏を私は笑顔で誤魔化します。
(たしか諜報部の報告では、アズラエル財閥は経営難を理由にブルーコスモスの出資を打ち切っていましたね)
それでも2年前のオーブ侵攻時にアズラエル氏が軍に同行していたのを見るに、大西洋連邦は財界の影響が軍事や政治面に現れやすいと考えてもいいでしょう。
もし私兵部隊の主がブルーコスモスだとすれば、彼等は新しいパトロンを得た事になります。
ですが、そう簡単に軍や政府に影響があるほどの出資者が現れるでしょうか?
(それにブルーコスモスは曲がりなりにも環境保護団体、地球の窮地を放ってまでコーディネーター憎しに走るとは思えません。では、やはり破砕作業の妨害は新しいパトロンの指示なのでしょうか?)
そうやってグルグルと思考を巡らせていると、私の脳裏にある情報が浮かび上がりました。
それは旧世紀に流行った都市伝説。
内容は『国際銀行家たちが意図的に戦争を引き起こし、両陣営にお金を貸し付けて利益を得ている』というものです。
これはロスチャイルド家などがナポレオン戦争などの歴史的な戦いで国債を引き受け、巨額の利益を得た史実がベースになっていると言います。
他にも財閥や資産家が『イルミナティ』や『フリーメイソン』といった秘密結社のトップに君臨し、一般市民を監視・管理する「新世界秩序」の樹立を目指しているというもの。
もちろん、これらは根拠のない陰謀論の一つであり、今の状況に照らし合わせるなど荒唐無稽な話です。
それでも私はそれ等をたわ言と切って捨てるのを躊躇いました。
私の中で直感が警告を発していたのです。
『では、会談はここまでにしようか。色よい返事が貰えなかったのは残念だがね』
そんな事を考えていると、大統領閣下は会談の終了を口にしました。
「申し訳ありません。派兵は無理ですが、国内が落ち着けば復興支援という形で救助隊は出せるかもしれません。関係省庁と打ち合わせてみますね」
『ああ、例のストライカーパックのパクリですか。МSをああいう風に使うのは想定外でしたが、なかなかに面白い。ウチも真似させてもらいますよ』
衛星カメラか何かは分かりませんが、アズラエル氏は災害支援パックの事を見ていたようですね。
まあ、あれだけ国内で派手に動いているのだからバレるのは仕方ありません。
『では、失礼させてもらおう。また会談があるとすれば、次の相手はカガリ代表かな?』
「ええ。その頃には姉も戻ってきていると思います」
『よかったですね、プレジデント。この会談も爆弾の解体みたいで冷や冷やしたでしょう』
『Mr、失礼な事は言うべきではないよ。では、機会があればまた会おう』
「はい。お疲れ様でした」
『僕としては二度と会いたくはないですね。もっとも、そういう訳にもいかないでしょうが』
「大丈夫だと思いますよ。よほどのことが無い限り、私の出番はありませんから」
アズラエル氏の茶々に閉口しながら大統領閣下が通信を切ると、続いてアズラエル氏も画面から退場します。
「ふぅ……」
通信モニターがオフラインになったのを確認した私は大きく伸びをします。
いやはや、本当に緊張しました。
一国の大統領と一対一で会談する小学生なんて、世界で私だけではないでしょうか?
短い時間だったのに、全身に力を入れていた所為で体がバキバキです。
とはいえ、ゆっくりしているわけにはいきませんね。
「遠つ
小さく口の中で言葉を転がすと、不確かだったモノが少しだけ明らかになりました。
今の言葉は『
本来は事の吉兆を占うのに使うもので、教えてくださった母様曰く『迷った時の導にしなさい』とのこと。
実際、二者択一の問題が現れた際は高確率で正解を引いてくれるので助かってます。
そして今回も呪言は効果を発揮してくれました。
私の勘が告げています。
例の陰謀論、与太話で片付けるべきではないと。
そんな訳で、私はすぐに首長官邸にいるスタッフへ集合を掛けました。
声を掛けたのはミヤビ姉様と外務省、そして国税庁と財務省。
あとはトダカ一佐を筆頭に軍部の人達と諜報部の皆さんです。
「国家の意思をいい様に捻じ曲げて、戦争特需で儲ける資産家か財閥ねぇ。サスペンス映画の題材みたい」
「ええ。自分でも荒唐無稽な話だと思います」
呆れ交じりのミヤビ姉様に私は苦笑いを浮かべました。
彼等を集めて説明したのは、会談中に抱いた陰謀論染みた与太話です。
「ですがユニウスセブン落下時に、破砕を阻止しようとした部隊がいたのは事実。プラントの自作自演でないとすれば、各国政府と異なる意思がこの戦争に潜んでいると見ていいでしょう」
「サクヤ様は、それが資産家や財閥だとと考えているのですか?」
「ええ。ザフトの新型機強奪やユニウスセブン落下のテロ幇助もそうですが、今回の会談を見るにコープランド大統領は災害直後の宣戦布告に乗り気でないように見えました。政府の意思を変えさせるのは、民意か財界からの要求と相場が決まってますが……」
「大災害の直後に報復を行えという声が高まるのは、確かにおかしいですな」
「民衆が第一に求めるのは生活の安定。被災した者はもちろん、幸運にも災禍を逃れた者とて物流やインフラなどで影響を受けている。それを放っておいて、戦争をしろなどとは普通言いません」
「財界も同じですよ。エネルギーや物流といったインフラが死んでは商売あがったりです。彼等が真っ先に求めるのは必要なインフラの復旧ですから」
私の言葉に続いて、トダカ一佐や財務省の長官が意見を述べます。
彼等もあの電撃的な開戦には違和感を覚えていたようです。
「つまりコープランド大統領を戦争に踏み切らせたのは、そういったマトモでない意思という事になります」
「なるほどね、根拠のない妄言ってわけじゃないんだ」
「与太話ですよ、今のところは。ですがこの話、ウチにも手を伸ばしている可能性があるんですよ」
ミヤビ姉様の言葉に続いて仮説を重ねると、皆がギョッとこちらへ視線を向けました。
「前大戦後、大西洋連邦はオーブに復興支援を行いました。ですが、彼等が窓口にしたのは外務を司っていたキオウ家ではなく下級氏族のセイラン家。ミヤビ姉様、当時のセイラン家は復興支援の件で外務省やキオウ家を通しましたか?」
「私は聞いていないわ。そっちはどう?」
「当時は主権が戻ってきた直後で混乱期にありましたからね。それに加えてまだ大西洋連邦の影響力も無くなっていなかった。ウナト様はその辺の事情を使って強引に推し進めたのを憶えています」
ミヤビ姉様に話を振ると、彼女に続いて外務省の次官が当時の事を答えてくれました。
「この時点でセイランと大西洋連邦は国家間のルールを破っていたのですね」
「ええ。他国政府からの公式な復興支援や緊急援助は、原則として受ける側の外務省を通すのが原則ですから」
「そして下級氏族だったセイランは、その支援を功績としてトキノ家と入れ替わり五大氏族に名を連ねた。その目的は戦後から直近の彼等の動きを見れば一目瞭然」
「そう。このオーブを手中に収める事です」
カガリ姉様との結婚もその為の布石であり、彼等の背後で大西洋連邦が糸を引いているのは同盟加入を強引に進めようとした事で見えてきます。
「とはいえ、これだとセイランが件の金持ち共の傀儡かどうかは分かりませんよね」
「奴等は大統領や政府に影響力を持っているようだからな、大西洋連邦の息が掛かっているならグレーか黒と見た方がいいだろう」
ふむ、諜報部の皆さんも私の話を信じてくれるようです。
「皆様、こんな無茶な話を信じてくれてありがとうございます。では、オーブに潜む魔手を払う為の対策を講じましょう」
私は万感の謝意を込めて皆様に指示を出します。
「財務省と金融庁の皆様はセイラン家の資金の流れを追ってください。氏族権限で手を出せない部分は代表代行として捜査権を与えます、遠慮なく丸裸にしてしまいましょう」
「わかりました」
「金に関してはセイランの黒い噂はよく耳にしますからね、氏族特権が無ければ根こそぎ
セイラン家のお金に関する黒い噂は監禁中の私の耳にも入ってきてますからね。
それを暴けるという事で、国税庁の皆さんはやる気満々です。
「諜報部の方々は国軍と連携してセイラン家および周辺の調査をお願いします。状況によっては彼等は国外脱出するでしょうし、最悪の場合は証拠隠滅でセイランの方々が害される可能性もあります。証拠が固まりしだい逮捕も視野に入れておりますので、逃がさないようにお願いします」
「承知しました、代表代行。トダカ一佐、早速打ち合わせを」
「ああ」
こちらの指示を受けて、諜報部の方々やトダカ一佐達の眼が鋭くなります。
セイランの皆様に関しては、私を狙ってくる可能性も否めません。
それ込みで対策を講じてもらえると助かります。
「それで私達はどうするの?」
「ミヤビ姉様や外務省の方々には噂でいいので、件の資産家や財閥の情報があれば集めてください」
「噂って本格的に調査するべきじゃないの?」
「まだ雲を掴むような話ですから。それに本当に存在するなら相手は国家を超える力を持つことになります。迂闊に手を出すのは、虎の巣穴に飛び込むような物ですよ」
「なるほどね。分かったわ」
「では、皆さん。どうかよろしくお願いします」
私は最後に集まってくれた皆様へ深く頭を下げました。
今回の件は後手に回ると厄介な事になる。
私の勘がそう言っています。
果たして私達は手遅れになる前に、暗躍する者のしっぽを掴めるでしょうか?
◆
サクヤが見えない敵への対策を講じ始めた時、コープランドはアズラエルと共にシカゴの中を移動していた。
「ここはまだ被害がマシなようですね」
「でなければ、臨時の首都には選ばんさ」
公用車の中で窓の外に目を向けるアズラエルにコープランドはため息をつく。
ユニウスセブン落下の影響で大西洋連邦の首都ワシントンDCは壊滅的な被害を受けた。
他にもサンフランシスコやニューヨークなど、北米の名だたる主要都市が津波で機能不全に陥っているのだ。
だからこそ彼等は臨時の都心として、内陸部にあるアメリカ第三の都市ダラスを選んだ。
「ところで復興の方はどうですか?」
「芳しくないな。我々とて資産は有限だ、戦費を捻りだしながら復興など不可能だよ」
「やれやれ。ジブリールは無駄に自信家の上に大局を見る目が有りませんからね。都合のいい人形を欲するのは分かりますが、老人共ももう少し見る目を養えばいいものを」
深いため息と共に帰ってきた答えにアズラエルは肩をすくめる。
彼が揶揄する老人とは、『ロゴス』と言われる巨大な秘密結社にして軍需産業複合体だ。
ロゴスは戦争や紛争をコントロールする事で自身の兵器を売り、さらに戦後復興で二重のもうけを出す事で私腹を肥やしてきた。
今回、地球側が満身創痍の中で戦端を開いたのも彼等が望んだからだ。
「見る目が無いと言えば、今の盤面もそうです。今回の戦争は明らかに地球側の面々はやる気がない」
「当然だな。自国の民や家族が災害で喘いでいるのに、他国と戦争など誰だってやってられんさ」
「ええ。ジブリールが必死に反コーディネーター機運を煽っていますが、それも連合が負け続きなお陰で萎み気味。これ以上無理に派兵させれば、最悪の場合は大国の中で独立や反乱が起きかねません」
コープランドとアズラエルはお互いに渋い顔でため息をつく。
二人ともロゴスと縁を切ったとはいえ、自国にはまだまだ影響が残っている。
それに振り回される事が堪らないのだ。
「なんとも頭の痛い話だよ。──ところであの子は勘づいていたな」
「おそらくは。頭の中身はぶっ飛んでいますが、政治的センスなら姉よりも数段上ですね」
「これも彼女の中に流れる蒼い血の為せる業か」
そんな事を話していた時だ。
公用車の運転手が急ブレーキを踏んだ。
「どうした!?」
「プレジデント! 目の前に暴徒が……!?」
「なにっ!」
運転手の言葉に後部座席の背もたれから身を起こすコープランド。
フロントガラスの先に見えたのは、戦闘の男がロケットランチャーを構える武装した民衆達だった。
「チッ!」
それを目の当たりにしたコープランドの行動は速かった。
アズラエルが座る逆側の扉を蹴り開けると、彼は同乗者の襟首を掴んで車から飛び出したのだ。
彼等が転がり出た次の瞬間に、ロケット弾が突き刺さった事で爆破炎上する公用車。
その炎に照らされながら、コープランドはゆっくりと立ち上がる。
「大丈夫かね、アズラエル?」
「ええ、お陰様で」
「コープランド! 国が大変な時に戦争しやがって! 絶対に許さねえ!!」
マチェットや釘バットにハンドガンなどで武装した男達は、声高らかにコープランドを糾弾する。
しかし件の男はその叫びを鼻で笑った。
「随分と頑張ってナチュラルに化けているじゃないか。なぁ、デュランダルの犬たち」
大統領から出た言葉に男達がギョッと表情を強張らせる。
「君達がプラントのスパイだなんて、入国してきたときから分かっていたよ。何故逮捕されないのか不思議かね? 簡単だ、あえて泳がせていたのさ」
そんな暴徒たちを嘲りながら、コープランドスーツの上着を脱ぐ。
仕立てのいい背広の中身を見た暴徒たちの顔の引きつりが驚きから恐怖に代わる。
何故ならコープランドの首から下は鍛え上げられた巨大な筋肉の塊がカッターシャツを内側から押し上げているからだ。
「とはいえ、天下の往来でこんな真似をされては見逃すわけにはいかんな」
穏やかな口調でそう言った次の瞬間、暴徒たちの目にはコープランドが消えたように見えた。
次の響いたのは地響き、そして砲弾が発射されたような轟音だった。
その音に振り向いた暴徒が見たモノは、アスファルトが足の形にへこむ程の踏み込みから腹部への直突き、八極拳でいうところの
そして拳を食らった腹がぐしゃりと潰れて、顔にあるすべての穴から血を撒き散らしている仲間の姿だった。
「う…うわぁぁぁぁぁっ!?」
犠牲者の隣にいた暴徒が拳銃を向けようとしたが、それよりも早く跳ね上がったコープランドの足が彼のこめかみに突き刺さる。
女性の胴の様に太い足から放たれる一撃は、被害者の頭蓋を砕きながら衝撃で頸椎をへし折った。
半回転して蹴られた逆のこめかみから地面へ叩きつけられる暴徒の一人。
だが、彼の頭からアスファルトに中身が吐き出される間に、仲間の胸へコープランドの頂肘が突き刺さる。
轟音と共に後ろへ吹き飛んだ男の心臓と肺には、インパクトの直後に折れた肋骨が散弾のように突き刺さっている。
当然即死である。
「ば…化け物めぇっ!!」
最後に残った暴徒は手にした拳銃をコープランドへ放つ。
狙いは顔と胸、本来の姿が特殊部隊である彼の弾丸は狙った場所へと飛んだ。
顔の方は両手で防がれたが、胸への一射は確かにコープランドへ届いた。
「ざ…ざまぁみろ、ナチュラルめ!」
恐怖から解放された安堵と標的を仕留めた達成感で自然と口角が釣り上がる暴徒。
「残念だが、そんな豆鉄砲では氣を練り上げた私の身体は貫けんよ」
しかし、彼はすぐさま絶望へ堕とされることになった。
「そ…そんな……ばかな」
そう言いたくなるのは当然だ。
何故ならコープランドが体を払うと、ペシャンコに潰れた弾頭がパラパラと落ちたのだから。
「私を射殺したいのなら対物ライフルでも持ってくるのだな」
そして驚愕の光景の唖然とした隙、それが彼の致命のミスとなった。
「ぶげぁっ!?」
大地を揺るがす震脚と共に放たれた
「相変わらず凄まじいですね。コーディネーターの特殊部隊を一撃で殴り殺すとか、本当に人間ですか?」
「人間だとも。それ以外の何に見えるのかね?」
呆れ気味のアズラエルに人好きのする笑顔で振り返るコープランド。
「我々のような人間は古来より代々優れた才を持つ人間を一族に迎え入れ、その血を洗練させてきた。故にコーディネーターなど比較にならん能力を持つ者も産まれる。君の類まれな経済的センスもそうだ、ロックフェラーの末裔よ」
「僕がそれなら、貴方はそのイカレた身体能力という事ですか。コープランド大統領、いえウィンザー殿と言うべきかな」
アズラエルが差し出した上着を受け取ると、コープランドはそれを素早く羽織る。
「まあ、八極拳に関しては昔取った杵柄だがね」
そう言って荒ぶる魔人から紳士へと戻ったコープランドにアズラエルは問いかける。
「だとすれば、例の娘は妙に回る頭かクソ度胸、いったいどちらでしょうね?」
「どうかな。もしかすると超能力の一つでも持っているかもしれないよ。ああ、君。ホワイトハウス…はもう無いんだったな。大統領府へ連絡を。ここにいるのは私の暗殺を目論んだテロリストだ」
アズラエルの問いに答えると、コープランドは駆けつけた警官に事情を説明する。
「わ…わかりました!」
そして仰天した警官が少し離れたところで再びアズラエルが口を開く。
「それで、彼女も迎え入れる気ですか?」
「今は様子見だな。だが、彼女の力が必要となるだろう。この世界を改革するためにはね」
そんな物騒な話をしながら、彼等は都会の雑踏へと消えていくのだった。
この世界のコープランド大統領。
・大西洋連邦の現役大統領
・顔は人好きのする笑顔が特徴な平凡顔。
・体はアームストロング上院議員に匹敵する恵体。
・コーディネーターの特殊部隊員を一撃で撲殺するフィジカル八極拳。
・実はイギリスのウインザー王朝の直系の子孫
・CV中田譲二(リマスター版)
安心してください、彼はモブです。