アスハ家のハラキリ令嬢   作:アキ山

5 / 6
お待たせしました。

お盆の暇つぶしにどうぞ。




第5話

 ダーダネルス海峡で大西洋連邦軍と対峙するザフトの最新鋭艦ミネルバ。

 

 地球で数々の激戦を切り抜けてきた彼の船は、最強の牙である陽電子砲『タンホイザー』をへし折られていた。

 

 その下手人は破壊された砲身から上がる黒煙を切り裂いて現れた。

 

「フリーダム!? キラ!」

 

 アスラン・ザラの驚愕の声が示す通り、それは蒼い翼が特徴の前大戦の英雄『フリーダム』だった。

 

 ザフトと大西洋連邦の戦いに突如として割って入った乱入者。

 

 その姿に最も怒りを露わにした者がいた。

 

「お前ぇぇぇぇぇえぇぇぇっ!!」

 

 咆哮と共にフリーダムへ突撃したのは、ザフトの最新鋭機『インパルス』を駆るシン・アスカだ。

 

 フォースシルエットの推力を全開にして大西洋連邦が擁する新型量産機『ウインダム』の群から飛び出すと、シンは右手で引き抜いたビームサーベルでフリーダムへ斬りかかる。

 

「くっ!」

 

 まさか戦場でザフト側の最尖峰を担っていた機体が戻ってくるとは思わなかったキラは、盾を掲げてインパルスの斬撃を防ぐ。

 

「お前はいったいなんなんだ!? オーブの代表を攫って! 関係のない戦いに顔を突っ込んで! ミネルバまで傷つけてぇ!!」

 

 突進の勢いのまま刀身を押し込もうとするインパルス。 

 

 接触回線によって聞こえるシンの怒号に、キラはヘルメットの中で歯噛みする。

 

 自分達が横紙破りをしている事は承知の上だ。

 

 戦場に出ている者達がこちらを恨むのも当然だろう。

 

「こんな無意味な戦い、続けてはいけないんだ! 2年前にあれだけ殺し合って、多くの犠牲を出したのに! 戦争を続けていたら、その全てが無駄になってしまう!!」

 

 それでも彼等は退く訳にはいかない。

 

 カガリを救いだしたことは間違いだったが、この無益な戦いを止める事がそうである訳がない。

 

 これ以上、無意味な殺し合いを広げないこと。

 

 世界に蔓延る憎しみの連鎖を断ち切ること。

 

 それは前大戦を終わらせた自分達が為すべき責務なのだから。

 

 キラは己の中にある芯、もしくは縋るべき信念を訴えながらインパルスの手を弾くと、フリーダムの右足を相手の胴へと突き出す。

 

「だからって、不意打ちでミネルバを攻撃していいってのかよ! ふざけるな!! お前達は自分のしたことが、どんな結果を招くか分かっているのか!!」

 

 しかしシンはフリーダムの蹴りを間一髪で躱すと、さらにビームサーベルを振るう。

 

「なにっ!?」

 

 咄嗟にスラスターを逆噴射させて、インパルスの胴薙ぎを間一髪で躱すフリーダム。

 

「お前らが代表を攫ったせいで、またあの子が国を背負わなくちゃならなくなるんだぞ!」

 

「……っ!?」

 

 更なる一撃をシールドで防いだものの、シンの糾弾にキラは息を呑む。

 

 彼が言う『あの子』にはキラも心当たりがあった。

 

 脳裏に過るのは年端のいかない少女の割腹自殺。

 

 あんな衝撃的な事をされて記憶に残らない訳が無い。

 

 そしてシンが口にした言葉は、カガリが最も恐れていた事態だった。

 

「オーブはセイランが牛耳っている筈だ! あの子がカガリの代わりを務める事なんてない!!」

 

 キラは自分へ言い聞かせるように言い返しながら、上半身を狙ったインパルスのサーベルをダッキングで躱すと、降りぬいた一刀でインパルスの右足を膝下から斬り飛ばす。

 

「お前達はあの時逃げたから! あの子の覚悟を肌で感じなかったから、そんな事が言えるんだ!! 国や国民の為に本気で死ねる人間が多少の妨害くらいで止まるもんか!」

 

 それでもシンはフォースシルエットの出力を全開にして、フリーダムへ平突きを放つ。 

 

 その一撃は寸前で躱されたモノの、脇の下を通る際に掠めたフリーダムの胴体装甲を溶かして背後へ抜けた。

 

「くっ! 君は……」

 

「だいたい、アンタは何なんだ! 2年前もオーブ軍でもないのに戦争に参加して暴れまわって! まだ逃げ遅れている市民がいるのにバカスカ撃ちまくったと思ったら、負けた途端に尻尾を撒いて逃げ出す!! 分かってるのか! あの子に腹を切らせた責任の中には、アンタ等の尻ぬぐいもあったんだぞ!」

 

 突きの勢いのままフリーダムへ体当たりをしたシンは、モニターに映る敵機へ向けて怒りのままに叫ぶ。

 

 その脳裏に過るのは家族を失った悪夢の瞬間、そして件の中継で目に焼き付いた幼い女の子が伸ばした血まみれの手だ。

 

「何が無意味な戦いをするな、だ! 自分のケツも拭けない奴が偉そうな事を言うな!!」

 

 シンの糾弾はキラ達の痛いところを付いていた。

 

 彼等はオーブ防衛戦も、前大戦最後の戦いとなったヤキン・ドゥーエでも後始末を放棄してきた。

 

 オーブ防衛戦はまだいい。

 

 あれは未来を繋ぐ為とウズミの指示で宇宙へ上がったのだから。

 

 だが、ヤキン・ドゥーエは違う。

 

 第三勢力としてザフト・連合両軍に戦いを仕掛けた事に関する責任を一切取っていないのだ。

 

 理由としてはプラントにとって反逆者であるラクス、連合からの脱走兵であるマリューを始めとするアークエンジェルクルー。

 

 他にも略奪兵器であるフリーダムやジャスティスなどの無断運用など、表に顔を出せない事情は様々ある。

 

 当然ながら彼等自身も後ろめたい思いは持ち続けていた。

 

 だとしても、そこを他人に指摘されるのは辛い。

 

「くっ! だからといって、こんな戦いを見過ごすわけには……!!」

 

 それでもキラは歯を食いしばる。

 

 ここで罪悪感に屈すれば、前大戦の傷が癒えぬ自身の心は立ち直れなくなる。

 

 そうなれば、広がる戦火は再び世界を憎悪で包み込んでしまうだろう。

 

 キラはそんな事態を絶対に容認できない。

 

 トール・ケーニッヒ、フレイ・アルスター、ムウ・ラ・フラガ。

 

 ピアノを愛したアスランの親友、ウズミ・ナラ・アスハ、そして最後まで絶望と世界の憎悪を撒き散らした仮面の男。

 

 何故なら、それは前の大戦で散った者達の犠牲が無になる事を意味するからだ。

 

 それに自分がひざを折れば、自分を信じるラクスや仲間達を誰が護るというのか!!

 

「うおおおおおおおおっ!!」

 

 迷いを振り払うべくキラの口から咆哮が放たれた。

 

 その意志と神業染みた操縦に答えたフリーダムは、ライフルを手放すと同時に神速の抜き打ちを放つ。

 

 左右の手に握られたラケルタ・ビームサーベルが唸り、左右の横薙ぎはインパルスの頭部と両腕を切り飛ばした。

 

「く…くそぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 最後に蹴りを胴体へ食らって、海原へと落ちていくインパルス。

 

 その中で悔しさを吐き出すシンの脳裏には、2年前の出来事が駆け巡っていた。

 

 

 

 

 オーブの行政府が大西洋連邦に敗北宣言を出したC.E.71年6月16日、シンは家族を失った衝撃から抜け殻となっていた。

 

 彼を保護したトダカ一佐がシェルターへ連れ込まねば、シンは家族が死んだ場所から動かずに命を落としていただろう。

 

 避難所の片隅に座り込んだシンは食事を取る気力もなく、目を閉じれば家族の最後が目に浮かぶ所為で眠る事も出来ずに衰弱していった。

 

 そして終戦から3日が過ぎた頃だ。

 

 シェルターの公共モニターに例の中継が映し出された。

 

「なんだ、これ」

 

「あれはウズミ様の次女か?」

 

「あの畳と敷物、それに白装束って……まさか!?」

 

 ざわつく避難民達の中でシンは冷めた視線をモニターへ送っていた。

 

 シンにとってオーブ政府は、その主導者であるアスハの人間は憎むべき対象だ。

 

 彼等が連合と戦端を開かなければ、戦争に勝ってくれれば国がこんな事にならなかった。

 

 せめて理念より国民を優先してくれれば両親や妹は助かったかもしれない。

 

 そんな黒い気持ちが胸を占めていた為に、シンは放送の中で妹と同じくらいの女の子が半ば晒し者にされても気にならなかった。

 

 むしろいいザマだとすら思った。

 

 子供らしからぬ口上も『奇麗事のハッタリ』と周りに聞こえないように鼻で笑った。

 

 しかし、シンがそんな露悪的な態度を取れたのはサクヤが自らの腹に刃を突き立てるまでだった。

 

「あ…あぁ……」

 

 白装束を赤く染め、自らの血に塗れた小さな手を前に投げ出して力尽きた少女。

 

 歳が近い事も関係しているのだろう、その姿が妹のマユと重なった。

 

 重なってしまったのだ。

 

「あああああああああっ!?」

 

 それはトラウマを再び掘り起こすには十分すぎる引き金だった。

 

 グルグルと頭の中で回る両親と妹の死にざま。

 

 そして、あの時に感じた絶望と悲しみが何度も襲ってくる。

 

 地獄すら生ぬるいと言える責め苦、シンはそれに自らの頭皮に爪を立てて耐えた。 

 

 そうして彼の意識が現実へ戻ってきた頃には中継が途絶えたのだろう、モニターには何も映っていなかった。 

 

「あ…あぁ…ご…めん……」

 

 真っ黒になったディスプレイを見つめるシン。 

 

 そんな彼の心に沸き上がったのは罪悪感だった。

 

 自分達の為に本気で我が身を犠牲にする覚悟を持った少女、それを嘲笑っていた自分に強烈な自己嫌悪が沸き上がってきたのだ。

 

 再び自ら蝕む感情で芋虫の様にうずくまるシン。

 

「大丈夫かい、しっかりおし」 

 

 そんな彼を介抱したのは、東洋系の顔立ちをした中年のおばさんだった。

 

「俺…おれ……」

 

「ショックを受けちまったかい。仕方ないさ、子供が見るにはキツいものだったからねえ」

 

 言葉が続かないシンの頭を少し乱暴に撫でながら、女性は彼を慰める。

 

 人肌の温かさというのは侮れないもので、見ず知らずの女性だというのにシンの心は徐々に落ち着きを取り戻していく。

 

 声を掛けた女性が避難民へ働きかけたのだろう、その後もシェルターの人達は何くれとシンを気に掛けるようになった。

 

 その心遣いは少しづつシンを立ち直らせていき、人々の助けを借りた彼は徐々に人としての生活を取り戻すことが出来た。

 

 その後、シンは第一次連合プラント大戦が終戦するまでの3か月を占領下のオーブで過ごした。

 

 そして戦争が終わると、トダカ一佐の計らいでプラントへ旅立ったのだ。

 

「トダカさん。あの子に会う事があったら伝えてくれませんか?」

 

「あの子?」

 

「えっと、切腹を……」

 

「ああ、サクヤ様か。なんと言えばいいのかな?」 

 

 シンが出した特徴に苦笑いを浮かべるトダカ。

 

 切腹で思い当る要人など、世界中探してもサクヤくらいだろう。

 

「守ってくれてありがとう。……それとごめんって」 

 

 そんなトダカに少し苦しそうな表情で要件を告げるシン。

 

「ごめんとは?」

 

「あの時、俺はあの子の決意を信じられなかったんです。どうせハッタリだって心の中で嘲笑ってた。でも、あの子は俺達の為に命を捨てようとした。あの子は小さな体を張って俺達を守ろうとしてくれたんだ。それが凄く申し訳なくて……」

 

 絞り出すように心の中に溜まった澱みを吐き出すシン。

 

 敗戦以降、シンは連合の兵から何かされた事はない。

 

 それは彼が知る限り他のコーディネーターも同様だった。

 

 ネットに流れる噂話では地球連合のパナマ基地が陥落した際、ザフトは降伏した連合の兵士達を『ナチュラルの捕虜なんているかよっ!』と虐殺したと聞く。

 

 それが本当なら、連合兵はコーディネーターを心底憎んでいる筈だ。

 

 否、この戦争が始まる以前からナチュラルとコーディネーターの確執や怨嗟など腐るほど転がっている。

 

 シンを始めとするオーブのコーディネーターを連合兵が迫害しても何の不思議もないのだ。

 

 しかし、実際にはそんな事は一切起きなかった。

 

 理由は大西洋連邦国内外から向けられる日系人の厳しい視線。

 

 サクヤとの約束を違えれば、即座に大西洋連邦内で日系人による暴動が起こる。

 

 それを恐れた政府は、オーブに駐留する軍へ現地住民への迫害を厳しく禁じているのだ。

 

「この国の上の人間で、命を掛けて国民を守ってくれたのはあの子だけだった。だからちゃんと謝っておきたくて」

 

「わかった。サクヤ様に伝えておこう」

 

 恩人の言葉に満足したシンは、少しだけ後ろ髪を惹かれる思いでオーブを去った。 

 

 そしてプラントへ移住した彼はプラントの軍事組織ザフトへ入隊した。

 

 何もできずに家族を奪われた無力感や幼いサクヤに護られた情けなさは、シンの心に力への強い渇望を植え付けた。

 

『もう何も奪わせない! 今度こそ大切なモノは自分の手で護ってやる!!』

 

 トラウマから来る信念は強固で、シンは2年で試作機を任される程のパイロットへ成長する。

 

 そんな彼が再びアスハの人間と関わったのは、ユニウスセブン落下の報が彼の乗艦ミネルバへ伝えられた直後だった。

 

「変なゴタゴタも奇麗さっぱり無くなって、案外楽かもよ」 

 

 当時はユニウスセブンの残骸が地球に向けて軌道変更したのは、パトリック・ザラの信奉者によるテロではなく偶然によるものだと思われていた。

 

 それ故に報告を受けたミネルバの若いクルーは、地球滅亡という事実を前に軽口を叩く余裕もあった。

 

 彼等プラントの民にとって地球は敵国、未だ遺恨が残る相手を気遣えというのは無理だったのだろう。

 

 間が悪かったのは、それを偶然休憩室の前を通りかかったカガリ・ユラ・アスハ一行に聞かれた事だ。

 

「おい、君! そんな言い方は──」

 

「よせ、アレックス」

 

 軽口を発したヨウランを咎めようとしたのは護衛を務めるサングラスの青年。

 

 しかし彼が注意しようとするのを、カガリは止めた。

 

「カガリ……」

 

「所詮は若い士官の戯言、そんな物に目くじらを立てている暇はない。本国へユニウスセブンの事を伝える方が先だ」

 

 冷徹に言い放って踵を返すカガリ。

 

「随分とお高くとまってるじゃないか。そうやって他人を見下すのはアスハのお家芸だな」 

 

 その足を止めたのはシンの悪意が籠った言葉だった。

 

「どういう意味だ、シン・アスカ?」

 

「ッ!? 俺の事を……!」

 

「知っているとも。私達がここに来たのは、オーブからの移住者がプラントで生活を確立できているかの確認の為だ。対象のリストを頭に入れるのは当然だろう」

 

「なんだよそれ! 今更奇麗事かよ!?」

 

「慈善事業ではない。こちらの都合で送り出した民の自立を支えるのは国家の責務だ」

 

 激昂するシンと裏腹にカガリはまるで能面の様に表情を変えない。

 

 その様子にアレックスの視線に寂しさが宿る。

 

 一方、シンの方はカガリの態度がどうしても癪に障った。

 

 有事に何の結果も残せなかった奴が平和になったら一丁前に施政者面しているのだ。

 

 被害に遭った人間からすれば堪ったものではない。

 

「偉そうに! 何が国家の責務だ!! 国民を守れなかった奴が言えた事か!?」

 

 そんな怒りを込めたシンの言葉をカガリは黙って受け止めた。

 

 カガリはシンが2年前の戦いで何を失ったかを把握している。

 

 当時防衛戦の指揮を執っていた彼女にとって、それは甘んじて受けねばならない糾弾だった。 

 

 しかしシンからすれば表情一つ動かさず、何の言葉も返さないカガリの態度が気に入らない。

 

 まるで自分の叫びなど耳を貸す価値もないと言っている風に見えたのだ。

 

「この偽物が! アンタなんかより、あの子の方がよっぽど国のトップに相応しいじゃない……がぁっ!?」

 

 故に怒りに任せたシンの言葉は越えてはならない一線を越えてしまった。

 

 そんな彼は、次の瞬間に喉に受けた衝撃で声を詰まらせることになった。

 

「がっ!? ごほっ!? ……ひっ!!」

 

 一瞬の呼吸困難で視界がホワイトアウトしたシンだが、次の瞬間には自分がカガリに喉笛を鷲掴みにされて釣り上げられている事に気が付いた。

 

「……お前もか? お前もサクヤを晒し者にしたいのか?」

 

 そして瞳孔が開き切った金色の瞳が、下から自分を睨み上げている光景に思わず小さな悲鳴を漏らした。

 

「お前に分かるか? 妹が敵に囲まれて自害するのを見ているしかなかった私の気持ちが。一人だけ安全な場所に逃がされて、自分と父の罪を背負ってサクヤが死んでいくのに何もできないあの無力感が」

 

 まるで万力のような力でシンの喉を絞め上げるカガリの掌。

 

 徐々に食い込んでいく指からは怒りと憎悪が伝わってくるというのに、目の前の女は表情を欠片も変えない。

 

「あんなことは二度とさせない、オーブもアスハの業も私が背負う。──あの子が政治の舞台に立つ事は二度とない」

 

 爛々と光る金色の双眸が、彼女の父の異名である獅子のソレに見えた。

 

 本来ならこんな目に遭わされれば、倍返ししないと気が済まない反骨精神を持つのがシン・アスカという少年だ。

 

 しかし、この時の彼は護衛に止められてカガリから解放された後も突っかかるような真似はしなかった。

 

 カガリの目を見たシンは気づいたからだ。

 

(コイツも俺と同じなんだ……。大切なモノを無くして、次は絶対に護るって必死に強くなろうとしている)

 

 思えばカガリもまた2年前の戦争で父を亡くしているのだ。

 

 自分との違いはただ一つ。

 

 自分の妹は死んで、カガリにはまだいるということ。

 

 もし自分がカガリの立場だったら、きっと妹に累が及ばぬように気を張って生きるだろう。

 

 そして妹を陰謀渦巻く政界になど送りはしない。

 

 あんな過去があったなら猶更。

 

「シン・アスカ。オーブに来ることがあるなら、そこへ行け」

 

 床にへたり込んだシンへカガリは懐から取り出したメモを渡す。

 

 シンが目を落とすと、そこにはヤラファス島の一画であろう住所が書かれていた。

 

「なんだよ、これ?」

 

「2年前の戦争で亡くなった者達を弔った共同墓地の場所だ。お前の家族の墓もそこにある」 

 

「墓だって? 慰霊碑とかじゃなくて」 

 

「サクヤの提案だ。他人と一緒に一つの碑で葬られては、家族も参り辛いだろうとな。すでに一族の墓が別に在る者以外は、名簿を基に一家に一つ墓を建てている」

 

 終戦後すぐにこの案を出したサクヤは絶対に必要だと譲らなかった。

 

 しまいには父が遺した己の分の財を叩いてでも作ると言い出したので、カガリも強引に通さざるを得なかったのだ。

 

「なんでそこまで……」

 

「国家は国民を守るのが義務だ。それが出来なかったのなら、せめて犠牲になった者達を丁重に弔うくらいはしないと申し訳が立たん」

 

 そう告げるとカガリは『邪魔したな』と言い残して休憩室を後にした。

 

 その後、奇しくもユニウスセブン落下阻止をおこなったミネルバはオーブへ寄港する事となった。

 

 半舷休息の間、休暇を与えられたシンはメモの通りに墓地へ訪れる事にした。

 

 道中ユニウス落下に伴う津波の影響は各所に見られたが、墓地は島の内陸部にある高台に建てられた為に被害を免れていた。

 

 東西様々な墓碑が立ち並ぶを霊園内を歩くと、その中央部分にアスカ家の墓は確かにあった。

 

「父さん…母さん…マユ……。今まで来られなくてごめん」

 

 亡くなった家族の名が刻まれた和風の墓碑に手を合わせたシンは、閉じた目からひとりでに涙が流れた事を自覚した。

 

 この時、初めて自分の家族がもう居ないのだという事実がストンと胸に落ち着いたのが分かったのだ。

 

 思い返せば、家族を失った後のシンは激動の日々を送ってきた。 

 

 見知らぬ土地で生きる事、そして強くなることで必死で家族の事は心の何処かで宙ぶらりんになっていたのだ。

 

 それが墓という明確な標が現れた事で漸く現実として受け入れられたのだろう。

 

 墓参りを終えてミネルバへ戻ってきたシンを待っていたのはオーブ行政府から届いた小包だった。

 

 中には、避難の際に家に置き去りにしたアルバムや映像記録が入ったデータディスクなどが入っていた。

 

 それらは全体から見れば極一部であったが、思い出の品が全て消え去ったと思っていたシンにはありがたかった。

 

 こうしてシンが持っていたオーブへの怒りと嫌悪はかなり緩和される事となった。

 

 悲劇から二年、シンがオーブに抱く感情は愛憎入り混じった複雑なモノだ。

 

 育った国、悲劇の現場、家族を守ってくれなかった国の上層部、自分達の為に命を張った少女。

 

 様々な要因が入り混じって、シン自身も内に秘めた感情を持て余していた。

 

 だからこそ、少しでも故郷の悪印象を薄めてくれたアスハや行政府には感謝していた。

 

 そして、そのオーブを滅茶苦茶にしようとしているフリーダムが許せなかった。

 

 しかし、頭に血を登らせて挑んだ結果がこの様だ。

 

「シン! 大丈夫か!? しっかりしろ!!」

 

「くそぉ! 俺はまだ何も守れないのか……!!」 

 

 海に落ちる寸前でインパルスを拾った上官ハイネ・ヴェステンフルスの呼びかけを耳にしながら、シンは悔し紛れにレバーへ拳を叩きつける。

 

 自分にはまだ力が足りない。

 

 大切なモノを護る為の、そして誰かに奪われない為の力が。

 

 生命維持モードで通常より暗くなったコクピットの闇の中で、紅い瞳が欄々と輝く。

 

 彼の力への渇望が何を生み出すのか、今それを知る者は誰もいない。

 

 

 

 

 代表代行の椅子に座って数日が経ちました。

 

 行政府の皆様が懸命に働いてくれているので、子供ながらに何とか国を回すことが出来ています。

 

 正直一番心配だったのは、国民の皆様に私が代表代行に就いた事を報告する事でした。

 

 結婚式が国内に生放送されていた所為で、姉様がフリーダムに拉致されたのは国民の殆どが知っています。

 

 なので彼等の不安を取り除くには、代表代行が選定されて行政が問題なく回っている事をアピールする必要があったのです。

 

 ですが肝心の代行が子供となれば国民の反発は必至。

 

 罵詈雑言を浴びせられる事は覚悟していたのですが……。

 

「まさか、諸手を挙げて歓迎されるとは思いませんでした」

 

 新聞の一面やトップニュースに朗報として乗るなんて予想外にも程があります。

 

 国民の皆様、施政者はしっかりと見定めるようにしてくださいね。

 

 ノリと勢いで選ぶと本気で後悔しますよ。

 

「……さて、愚痴と現実逃避はこの辺にしましょう」

 

 国政を担う者として、どれだけ嘆かわしい事実でも受け止めねばならないのですから。

 

 私が今頭を悩ませているのは1通の報告書。

 

 これは諜報部から上がってきたもので、出したのは姉様救出の為にアークエンジェルを捜索していた部隊だそうです。

 

 本来ならオーブからアークエンジェルへ通信は不可能ではありません。

 

 しかしアークエンジェルは強奪された連合の兵器であり、そのクルーは脱走兵。

 

 キラ・ヤマト氏はオーブの国民ですが、彼が乗るフリーダムもまたザフトから強奪された物です。

 

 前大戦で共に戦ったよしみとはいえ、それ等を秘密裏に修理して人員を匿った事はオーブにとって脛にできた傷、絶対に露見してほしくない国際的な弱点です。

 

 なので大っぴらに通信を繋げて姉の事を追及などしては、『どうして奴等の通信コードを知っているのか』と他の国からツッコミが来るのは自明の理。

 

 最悪、過去の事を蒸し返されてフリーダムやアークエンジェル隠匿の責任を責められかねません。

 

 なので、歯がゆいですがこうして秘密裏に救出のチャンスを待つしかないのです。

 

「しかし大西洋連邦とザフトの戦いに武力介入ですか。彼等はいったい何を考えているのでしょう?」

 

 報告書には国際チャンネルで両軍に停戦を呼び掛けていたと記載がありました。

 

 そして両軍から自分達の言葉を蹴られた事で本格的に参戦したとも。

 

「まさか2年前と同じ方法が通用すると思っているのでしょうか?」

 

 前大戦の最終決戦となったヤキン・ドゥーエ。

 

 アークエンジェルはエターナルとクサナギの二隻の戦艦と協力して、連合・ザフトの横やりを衝く形で戦争に介入しました。

 

 その結果、ジェネシスも核も相手側を殲滅する前に破壊され、疲弊した両軍は停戦協定を結ぶことになった。

 

 たしかに両軍痛み分けという結果は、彼等が介入した事も影響しているでしょう。

 

 ですが、そんな方法が何度も通用するわけがありません。

 

「戦争は外交手段の一つです。前線に赴いて交戦している両軍を叩いたところで、止まるものではありません。そんな事をしても徒に敵を増やすだけなのに……」

 

 戦争の停止・終結は当時国同士の調整か、国連や第三国の調停によって行われるのが主です。

 

 彼等のような武力介入では絶対に戦争は停まりません。

 

「ヤキンの戦いを止めた事が悪い形で成功体験になってしまったのか……。どちらにせよ、このまま関係を持ち続けるのは悪手ですね」

 

 私は小さく息を付くと内線電話の受話器を上げました。

 

「ミヤビ姉様、申し訳ありませんが事務次官と共にこちらへ来てもらえますか?」

 

 アークエンジェルとフリーダムは切り捨てる。

 

 それが私の選んだ選択でした。

 

 彼等と繋がりを維持していれば、プラントや大西洋連邦からの糾弾は避けられません。

 

 最悪、彼等と二面戦争に陥る危険性だってある。

 

 2年前にオーブ防衛の為に戦ってくれた恩はありますが、その辺は敗戦時に宇宙へ逃がした事と今までオーブ内で匿ったこと。

 

 さらにアークエンジェルとフリーダムをオーブの公費で修理した事でチャラでいいでしょう。

 

 そしてカガリ姉様の事を思っての行動でも、国家元首を拉致してオーブの面子に泥を塗った落とし前は付けてもらわねばなりません。

 

 彼等だってそれだけの事をしたのですから、テロリスト認定くらいは覚悟しているでしょう。  

 

 正直に言えば、ヤマト氏の事も含めて、カガリ姉様がどう思うかを考えると穏便に済ませたい気持ちはあります。

 

 ですが姉さまの拉致に続いて、こんな真似をされては庇いようがありません。

 

「これもオーブを守るため。姉様からマッハ突きを食らう覚悟はしておきますかね」

 

 優しい姉様のことです、きっとアバラ3本くらいで許してくれるはず。

 

 なんだかんだ言っても溜まってしまう陰鬱な気分を緑茶で飲み干していると、ミヤビ姉様と外務事務次官、そして国務次官が来てくださいました。

 

「まさか、彼等がこんな事をするなんてね」

 

「国家元首拉致の件も含めて、アークエンジェルとフリーダムをテロリスト認定します。よろしいですね?」

 

「賛成です。彼等が行った行為は全て一級テロ活動と言っても差し支えない。ここでオーブが毅然とした態度を見せねば、前大戦での関係を元に妙な難癖を付けられかねません」

 

「ですが軍部の方はどうされますか? 一度は轡を並べただけあって、パイロットの中にはフリーダムを英雄視している人もいると聞きます。反発も出るでしょう」

 

「そこは認定宣言を出す前に、私が直接説明を行います。カガリ姉様の拉致はともかく、今回の武力介入は軍人ならどれだけ馬鹿げた事か理解できるでしょうから」

 

 アークエンジェルの処遇について反対はないようです。

 

 では、痛い腹を探られる前に先手を打つことにしましょう。

 

 そう考えた私がトダカ一佐へ連絡を取るべく、内線の受話器へ手を伸ばした時でした。

 

「うん?」

 

 突然、その内線電話がコール音を立てたのです。

 

「こちら首長代行執務室です、何かありましたか?」

 

「あの…! こちら官邸入り口の守衛室です! 正門の前にカガリ様らしき人物が現れたのです!」

 

「え!?」

 

 受話器から聞こえる声に私は思わず息を呑みます。

 

 まさか、姉さまはアークエンジェルから自力で脱出したというのでしょうか?

 

「守衛様、らしき人物とはどういう事でしょうか。現れた人物はカガリ・ユラ・アスハではないのですか?」

 

「外見はカガリ様によく似ているですが、服はボロボロで何と言いますか、磯臭いんです」

 

「磯臭い……」

 

 予想だにしないワードに思わず反芻してしまいました。

 

「特徴的にはカガリ様と一致する部分は多く受け答えも問題はないのですが、何分本人だという確証が持てず……。なので一度サクヤ様に確認していただければと」

 

「わかりました、すぐに向かいます」

 

 私は受話器を置くと椅子から立ち上がりました

 

「どうしたの、サクヤ?」

 

「官邸の玄関にカガリ姉様らしき人が現れたと連絡がありました。今から確認に向かいます」

 

 次官やミヤビ姉様の驚く声を背に、私は執務室を後にしました。

 

「さっきから何度も言っているだろう! 私はカガリ・ユラ・アスハだと!!」

 

「だから確認の者が来ますので、もう少しお待ちください!!」

 

 執務室の前で立哨していた護衛の軍人を引き連れて玄関へ向かうと、そこには守衛の方に止められている一人の女性の姿が。

 

「サクヤ……」

 

 私の姿に件の女性は驚愕で目を見開きます

 

 髪はボサボサなうえに頭にワカメが乗っていて、純白だったドレスも汚れで黄土色に染まっていますが間違いありません。

 

 あれは私のお姉様です!

 

「サクヤぁ!!」

 

「けふっ!?」

 

 感極まったカガリ姉様は、まるでゴキブリタックルのような初速で私に飛びついてきました。

 

 もちろん、姉さまの全力タックルなんて私に受け止められる訳がありません。

 

 あと、本当に磯臭い。

 

「お姉ちゃんは本当に大変だったんだ! バカやったキラを殴って、ストライク・ルージュで国に帰ろうとしたらバッテリーの充電不足でルージュは海に落ちるし! なんとかコクピットから脱出したら、オーブまで全然遠い無人島だったし! オーブに戻るまで何度死ぬかと思ったか!!」

 

「ね…姉様……ギブ…ギブ……」

 

 姉様がトンデモない大冒険を経験したのは分かりました。

 

 ですが、いい加減抱き着く力を緩めてくれないと私の肋骨がもたないのですが……。

 

「いい加減にしなさい、バカガリ!!」

 

 呼吸の苦しさから意識が朦朧とし始めた時、見かねたミヤビ姉様が私の胸に乗っかったカガリ姉様の頭を叩きました。

 

「み…ミヤビ! どうしてここに!?」

 

「どうしてもこうしてもない! アンタ、サクヤを絞め殺す気!?」

 

「私がサクヤを害するわけないだろう!」

 

「現在進行形で害してるじゃない! というか、アンタ臭いのよ! 先ずはそのマントヒヒみたいな匂いを落としてきなさい!!」

 

 狼狽えるカガリ姉様を口舌の刃で滅多切りにするミヤビお姉様。

 

 さすがにマントヒヒの匂いと言われたのがショックだったのか、カガリ姉様は大人しく守衛さんに連れられてシャワールームへ向かいました。

 

「大丈夫、サクヤ?」

 

「はい」

 

 私はミヤビ姉様の手を借りて立ち上がります。

 

 今回は強烈でしたが、姉様がタックルをしてくるのは何時ものこと。

 

 ある程度は慣れてしまいました。

 

「部屋に戻りましょう。代表代行としての引継ぎなんかも色々あるでしょ」

 

「いえ、その前に姉様には健康診断を受けていただかないと」

 

 アークエンジェルを脱出してから何日経つか分かりませんが、サバイバル生活を送っていたのなら妙な病気に感染している恐れがあります。

 

 代表の座を返納する事に異論はありませんが、それも姉様が健康である事が大前提ですので。

 

 ともかく姉様が帰ってきた以上、私が表舞台に立つ必要はありません。

 

 三日天下ならぬ一週間代表でしたが、最後のケジメだけはしっかりと付けましょう。




アークエンジェル脱出からのカガリの軌跡。

・キラを殴ってアークエンジェルから逃亡。

・ストライクルージュ、推進剤と電力不足で海に墜落。

・なんとかコクピットから緊急キット片手に脱出し、小さな無人島へ流れ着く。

・そこで『ディスカバリーチャンネル』ばりのサバイバル開始。

・果実はもちろん、謎の貝も魚も虫も食った。その結果、腹を壊して酷い事になった。

・下痢によって空腹がMAXの状態で、島の主であるジャガーと遭遇。眉間への正拳マッハ突きでこれを撃破し、食らう。

・3日かけてなんとかイカダを制作。無人島を脱出する

・ヤラファス島にイカダで上陸。

・サバイバル生活からの生還で感極まって妹に抱き着いたら、ミヤビからマントヒヒ臭いと言われる。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。