傾く陽光の中、なんとか手製の小屋へと辿り着き、本日の探索の成果をチェストへ放り込む。あまりに粗末な拠点の佇まいに、ふと苦笑が漏れた。「ここが俺の家だ」と誰かに紹介したところで、きっと鼻で笑われるのが落ちだろう。
かまどに火を入れ、持ち帰った鉱石をインゴットへ加工する準備を始める。炎の中で金属が溶けていく様を眺めていると、頭の中に一つの声が厳かに響いた。
『……今回の成果は上々のようだな』
「今日は運が良かっただけさ。まあ、ライフクリスタルが五つも収穫できたのは素直に嬉しいけどね」
誰もいない無人の小屋で、俺は独り言のように呟く。
『だが、今日の探索における戦闘には、依然として改善の余地がある。敵が登ってこられない地形を瞬時に割り出し、そこへフックを打ち込んで射出していれば——』
「はいはい、分かってるって。でも、土壇場で『フックを使う』って選択肢がパッと頭に浮かばないんだよ。これでも頭では考えてるつもりなんだけど、いかんせん手が追いつかない」
『我が『フックを用いよ』とあれほど助言したにもかかわらず、お前は呑気に足を止め、土ブロックを積んで逃げようとしていたではないか。このような体たらくでは、我らの目標など到底達成できんぞ』
「……はい、また練習しておきます」
これ以上の小言を聞く前にと会話を切り上げ、精製したばかりのインゴットを打って新しいピッケルへと加工していく。
——この、頭の中に居座る尊大な同居人との出会い。その経緯を語るには、少しだけ時間を巻き戻す必要がある。
◇
俺が目を覚ましたのは、何もない平原のど真ん中だった。 自分が何者なのか、なぜここに倒れているのか。過去を思い出そうとしても、脳裏に濃い霧がかかったように何一つ浮かんではこない。
戸惑いながらもとりあえず体を起こした、その瞬間だった。
『……目を覚ましたようだな』
脳内に直接、重厚な声が響き渡る。 驚きと混乱で妙な声を上げそうになりながら、俺は心の中で問いかけた。
「お前は誰だ……!? 俺の記憶について何か知ってるのか!?」
『我は第8のオーリックソウル——「神の本質」である。貴様には我が導きの下、この世界を救う旅に出てもらう』
突飛すぎる言葉の連続に脳の処理が追いつかない俺を無視して、そいつは淡々と命じた。
『能書きは後だ。足元に落ちている袋から剣を取り出せ。十メートル先の草むらから、お前の命を狙う敵が迫っているぞ』
言われるがまま視線を落とすと、確かに古びた袋が転がっていた。そこから慌てて剣を引き抜いたものの、直後、俺は絶望することになる。……俺、剣の構え方も振り方も全く知らない、ただの素人じゃないか!
冷や汗を流す俺の焦りを察したのか、頭の中の声が疾走感を帯びる。
『案ずるな。我が「避けろ」と言ったら避け、「斬れ」と言ったタイミングで刃を振るえ! ——右へステップ!』
指示とほぼ同時。草むらを割って躍り出たのは、この穏やかな草原には全く不似合いな、どぎついショッキングピンクのスライムだった。 目にも留まらぬ速度で突進してくるピンク色の塊。左耳のすぐ横を、恐ろしい風切り音が掠めていく。
『良い反応だ。次は斜め右後ろへ下がりつつ、刃を構えよ!』
ピンクスライムが空中で急反転し、二度目の突進を仕掛けてくる。 声の指示通り、右後ろへ素早くステップを踏む。今度は数センチの余裕を持って回避に成功し、同時に、スライムが着地する瞬間の隙を完全に捉える位置へ回り込む形となった。
『今だ、全力で叩きつけよ!』
「うおおおおッ!」
渾身の叫びと共に振り下ろした剣が、ピンク色の肉塊を真一文字に一閃する。スライムは弾けるように弾け飛び、地面に液体の飛散痕を残して動かなくなった。
『ふむ、見事だ。……では次は、夜に備えて拠点の確保だな』
何事もなかったかのように次の課題を口にする声に対し、俺は荒い息を整えながら、至極当然の疑問を怒鳴り散らした。
「ちょっと待て言いたいことが多すぎる! オーリックソウルってなんだよ!? っていうか『世界を救う』って、いきなり何の話だよ!!」
◇
「ふむ、つまりお前『神の本質』はこの宇宙の神グーズマの一部であり、俺はその神のかけらであるオーリックソウルを集めてグーズマを再誕させて、そいつにこの宇宙を侵食する脅威を取り除いてもらおうってことか」
『おおむねそんな感じだ。貴様はこの世界を、いやこの宇宙を救う使命を他でもない神から与えられたのだぞ? 謹んで拝命し、その身を粉にして頑張ってくれたまえ』
穏やかな昼下がりに拠点の材料となる木を伐採しながら、俺は「神の本質」から先ほどの使命の説明を受けた。
「ふーん。でもなんでその『使命』が俺に来たんだ?」
木から落ちた果物を集めつつ、そんな大層な事態に寄ってなぜ自分が巻き込まれてしまったのかを聞いてみる。
『それは貴様の体が、オーリックソウルに対して尋常ではない親和性を持っているからだと、さっき言ったであろう』
そう、どうやら俺の体は何かの影響で神のエネルギーと波長が合うらしく、常人なら耐えられないほどのオーリックソウルの負荷に対しても、何の影響も受けないらしい。
だが、俺の過去や素性について、「神の本質」は『知らぬ』の一点張りで何も教えてくれそうになかった。そして決まって、こう言って煙に巻くのだ。
『貴様が自身の出自について知って何になる? そもそも……お前が覚えている「自分」という存在すら、数分前に生成された虚構の記憶ではないと、なぜ言い切れる?』
「は……? 哲学的な話で煙に巻こうとするなよ」
『真実だ。過去を探ることに意味はない。重要なのは、今お前が生きていること、そしてこれから選択する未来だけだ』
「はいはい、上手いこと言った気になってるけど、要するに教える気がないってことね」
溜め息をつきながら、俺は集めた木材を組み上げて粗末な壁を作り始める。どうやらこの頭の中の同居人は、想像以上に頑固で、重い秘密を抱え込んでいるらしい。
『拠点が作り終わったら次は地下探索だぞ。宇宙では今この瞬間も侵蝕を受けている。休んでいる暇などあろうか?』
「いやあるね」
そして、人間の限界も考慮してくれないときた。
「全く、頼りになるんだかならないんだか」
そう独り言ちつつ、俺は拠点近くの地面にツルハシを打ち込み、直下掘りを始めるのだった。