ようやく縦穴から這い出した俺を、真っ先に歓迎してくれたのは一匹のグリーンスライムであった。
「よし、試し切りだ!」
意気込んでテラグリムを振るう。 刃を閃かせた刹那、スライムの緑色の肉体は一瞬で粉々に切り刻まれ、霧散した。
圧倒的な斬れ味に気を良くし、意気揚々と歩みを進めようとした俺の前に、今度はブルースライムが行く手を阻むように立ち塞がる。 しかし、所詮はスライムだ。その青い肉体も微かな抵抗すら叶わず、テラグリムの一閃に空を舞うのみであった。
それならばと気を取り直して進もうとしたものの、今度はパープルスライムが行く手を阻んでくる。 ……流石に防御力の高いパープルスライムとなれば苦戦は必至——とはならず、またしてもあっさりとその身を刻まれ、地中へと吸い込まれていった。
『調子が良いところに、朗報だぞ』
脳内で「神の本質」がそう口にし、ニヤリと笑った——ような気がした。 直後、俺が周囲を見渡すと、いつの間にかあたり一面に色とりどりなスライムたちが跋扈(ばっこ)し、今にも俺へ襲いかかろうと空から次々と降ってきていたのである。
『スライムレインか。絶好のサンドバッグどもが、空から降ってきたぞ』
この現象なら、まだ地下探索を生業にしていた頃、拠点への帰り際に一度遭遇したことがある。 確かあの時は、ろくな防具も武器もなく、ヘルメスブーツや瓶入りの雲といった機動力を活かして何とか拠点内へ逃げ切ったはずだ。
しかし、今の俺にはテラグリムがある。自信に満ち溢れ、その圧倒的な威力を思う存分試したいという衝動に駆られていた。
「ハッ、かかってこいよ!」
テラグリムが放つ緑の閃光は、群がるスライムたちの一切合切を、容赦なく灰塵へと変えていくのだった。
◇
スライムたちの亡骸がそこかしこに散乱する中、立つ影がただ一つ。
『ふむ……これだけジェルが集まれば、次回以降の地下探索で松明切れを心配することはなさそうだな』
「ああ、スライムレインもようやく上がったみたいだしな。……でも、次は普通の雨が降ってきそうだ」
天から降り注ぐスライムの雨が止み、強まる風と急激に暗くなっていく周囲の空を見上げる。
『まだスライムレインは終わっておらんぞ?』
「へ……?」
神の本質がそう呟いた、次の瞬間だった。
ドッッッッッスウゥゥゥンッ!!!!
視界を埋め尽くすほどの超巨大なスライムが、大地を激しく揺らしながら、俺の目の前に着陸したのである。
『キングスライムだ。なに、貴様が先ほど粉微塵にした奴らが『少し』大きくなっただけに過ぎん』
「どこが『少し』だ!! バカかお前は!!」
確かに『キング』の名に違わず、その頭頂部には豪華な装飾の施された王冠が輝いている。だが、『少し』と表現するには、目の前の巨体はあまりにもデカすぎた。
『貴様のアクセサリーの機動力だけでは、開けた平原でこいつの巨体と付き合うのはちと厳しい。まずはフックを有効活用できる森林エリアへ逃げ込むぞ!』
「そうだな! 少し戻れば木々の立ち並ぶ森林だ——」
作戦を切り替えようとやり取りしている最中にも、奴はその重厚な巨体を、信じられない跳躍力で軽々と宙へ放り投げた。
空を覆い尽くす青い影。俺たちを押し潰さんと、圧殺の質量が頭上から迫り来る——!
◇
背後から迫る凄まじい地響きを尻目に、俺は一目散に森林エリアに向けて走り出した。
最初は徐々に距離が離れていくのを感じ、「大したことないな」と踏んでいた俺だったが、その認識の甘さを直後に思い知らされることになる。
『右へ迂回しろッ!!』
神の本質の鋭い号令。 突如、奴はその巨大な体をかき消すように消失させたかと思えば、次の瞬間、俺の進行方向の目と鼻の先に、その巨体を何事もなかったかのように顕現させたのだ。
「うおッ!? ……っとぉ!」
『右から強行突破だ! コーナーはテラグリムでキングの端を削り取り、強引に抜け道を作れ!』
ワープの驚愕を殺し、翡翠色の刃を振るう。 『キング』と名にあろうと、所詮はスライムだ。テラグリムの圧倒的な連撃の前には、その巨体の端など豆腐のように容易く切り落とされ、俺が通り抜けるための道となった。
「なんだ、やっぱり余裕そうじゃないか! 動きはトロいし、このまま切り崩していけば森林に逃げ込む必要なんて——」
『奢り高ぶるなと言ったはずだ! キングとて、初めから本気を出しているわけではない!』
神の本質が怒鳴り散らした、まさにその瞬間だった。 王冠に埋め込まれた大粒のルビーが不気味に光り輝き、周囲へ向けて高威力の熱線(レーザー)を乱射し始めたのである!
「〜〜〜っ!? これは確かに、フックなしじゃ厳しそうだ!!」
だが、俺は既に森林エリアへと足を踏み入れていた。 地下探索の死線で「神の本質」にしごき抜かれた巧みなフック捌きを繰り出し、大木の幹から幹へと素早く支点を変えながら、空中を飛び交う光線を間一髪で回避していく。
『モタモタするな! キングの巨体で森林の木々がなぎ倒され尽くす前に決着をつけるぞ!』
「言われなくてもやってるよ!!」
フックで死角へ回り込み、テラグリムで奴の体を削り取っていく。 しかし、削れば削るほど奴の巨体は小さくなると同時に素早さを増し、さらに増していくルビーの閃光とプレス攻撃に、俺は次第に追い詰められていくのだった。
◇
削りに削り、とうとうキングスライムの体は、拠点の小屋より二回り大きい程度にまで縮小していた。
しかし奴も死を目前にして、己の全身全霊を解き放つかのようにその身を素早く翻し、俺に一撃を叩き込もうと猛烈な勢いで跳ね回る。
勝利がそう遠くないと確信していた俺だったが——どうやら『運命』という奴は、ただで勝負を終わらせてくれる気はないらしい。
連続する激戦の疲労からほんの一瞬足が鈍り、空中で回避行動をとっていた俺の身体に、王冠から放たれたルビーの閃光が直撃した。
「がッ……!?」
衝撃で体制を崩し、俺は地面へと撃墜される。 この決定的な勝機を逃すまいと、キングスライムは今まで以上の豪速で空中へと躍り出て、圧殺の質量を俺へと落とし込んできた。
『被弾したか! だが案ずるな、ちょうど左手に大木が立っている! そこへフックを打ち込んで即座に離脱し、あと十数回削り取れば——』
脳内で余裕そうな声が響く。 ……だが、俺はフックを構えなかった。
着地の衝撃を前転で殺した瞬間、俺は回避ではなく、頭上から迫り来る巨大な影に向かって真っ直ぐに駆け出した。
『っ!? 馬鹿者! 何をやっている、引け!!』
「ウルサイ! 見とけ——この交差で終わらせる!!」
俺はここまでの道中、そしてこのキングスライムとの死闘を通じて、テラグリムの『使用感』を極限まで試し続けていた。
確かにこの剣は、通常の剣とは比べ物にならないほどあり得ないくらい軽い。 俺はこれまで、その過剰な軽量さを「敵を迅速に一刀両断(一撃離脱)するためのもの」だと解釈していた。
だが——違う。 その軽さは、単に「一撃を早く振るう」ためだけに与えられたものにしては、あまりにも軽すぎるのだ。
「うおおおおッ!!」
地を蹴り、空中へと跳び上がる。奴と正面から相対する。小さくなったとはいえ、いざ自身の十数倍もの質量を持つ怪異と正面から交差するとなれば、流石に腹に迫るような圧迫感がある。
空中で柄を握り直し、俺は全身の踏み込みを刃へと乗せた。
「これが——こいつの『本当の使い方』だ!!」
と意気込み、凄まじい速度で剣を振るう。
——そう。この「圧倒的な軽さ」が真に活きる戦闘スタイル。 それは「一撃離脱」などではなく、手数が空間を埋め尽くす「連撃必殺」なのだと、俺は直感した。
対峙する翡翠の刃と、青き巨体。
閃光となった刃は巨体を幾重にも切り刻み、その内部を容易く貫通してゆく。 そして——その風が蒼の空を切ったとき、そこに立っていたのは、俺ただ一人であった。