レイヴンウッドの私生児 (Reivun'uddo no Shiseiji) 作:T_rav_weezi1997
第三章 ―― 絶望と真実
「これはどういうことですか、リーフ女王?」
怒りと恐怖が入り混じった声で私は問いかけた。
武装した近衛兵たちに完全に囲まれた今、もし戦いになれば勝ち目などないことは分かっていた。
リーフ女王は静かに咳払いをすると、張り詰めた表情のまま口を開いた。
「アッシャー・レイヴンウッド……実に都合の良いタイミングで現れましたね。あなたは『アッシャー・ブラック』という偽名を使い、我が女王国で暮らしていました。」
彼女は一拍置いて続ける。
「あなたを、人間の奴隷化、人身売買、奴隷への拷問、そして殺害の罪で告発します。」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「私は誰一人奴隷にしたことなんてありません!」
思わず叫ぶ。
「私はただの使節としてここで暮らしていただけです! あなたもそれは知っているでしょう! サーシャ様が証言してくれるはずです!」
しかし、女王の表情は少しも変わらなかった。
「……サーシャは、もはや我が国の人間ではありません。あなたが頼れる相手ではなくなりました。」
胸が大きく脈打つ。
「どういう意味ですか!? サーシャ様はどこにいるんです!?」
「それは、もはやあなたには関係のないことです。」
女王は冷たく言い放った。
「大人しく投降しなさい。人間王国へ送り返し、あなたには相応しい処刑を受けてもらいます。」
「だから何度言えば分かるんですか! 私は何も知らない!」
女王は静かに私を見つめた。
「教えてください、アッシャー。」
「なぜ人間であるあなたが、エルフ女王国でこれほど自由に暮らせたのか疑問に思ったことはありませんか?」
「あなたの父親が、種族の壁を越えてあなたをここへ送り込めるほどの権力を持っていた理由を考えたことは?」
「もちろん、あなたの父親も同じ罪で告発されました。」
「ですが彼は、すべてを否定したのです。」
私は黙っていた。
正直に言えば――
私は政治に興味がなかった。
父がどんな手段で権力を手にしていたのか。
どんな取引をしていたのか。
考えたこともなかった。
だが、今になって思えば納得できる。
父は目的のためなら、どんな犠牲も厭わない男だった。
それは、自分の子どもに対する態度を見れば十分だった。
私が何も言わないのを見て、女王は続ける。
「本日をもって、エルフ女王国における人間奴隷制度は完全に廃止されました。」
「……え?」
予想もしなかった言葉だった。
「あなたの父親の罪が明るみに出た後、彼は問い詰められました。」
女王はゆっくりと私へ歩み寄る。
「その時、彼が何と言ったか知っていますか?」
「……知りません。」
「彼は最後まで無実を主張しました。」
胸が締め付けられる。
そして女王は、残酷な真実を告げた。
「その代わりに――あなたを差し出したのです。」
全身の血が凍りついた。
「彼は、自分には姓を変え、エルフ女王国へ渡った庶子がいると話しました。」
「その息子こそが、人間大使を装いながら奴隷売買組織を運営していた首謀者だ、と。」
「……そんなの、嘘だ。」
「彼はあなたの名を口にしました。」
世界が止まったようだった。
「彼は何の躊躇もなく、あなたを切り捨てた。」
「まるで最初から、何の価値もないゴミだったかのように。」
息ができない。
「人間王国は、あなたを見せしめにしたいのです。」
「あなたが無実かどうかなど、彼らにはもう関係ありません。」
「……私にも。」
彼女は背を向けた。
「時間の無駄でした。」
その声は再び冷たくなる。
「近衛兵。彼を捕らえなさい。」
だが、その瞬間――
「陛下!」
叫び声が中庭に響いた。
一人の兵士が駆け込んでくる。
「解放された人間奴隷たちが暴動を起こしています! 商人が襲われ、王都各地で略奪が発生しています!」
兵士たちが一瞬動きを止めた。
――今しかない。
私は咄嗟に鞄へ手を伸ばく。
幸運にも、煙玉が残っていた。
私はそれを近くの兵士たちへ投げつける。
ドォン!!
白煙が一気に中庭を覆った。
「逃げたぞ!」
「追え!」
怒号を背に、私は走る。
今日、二度目の逃走だった。
だが今回は――
逃げる場所など、どこにもない。
とにかく女王国から脱出し、何が起きたのかを知るしかなかった。
そして頭から離れないのは――
サーシャ様。
「もうこの国の人間ではない」とはどういう意味なのか。
彼女はどこにいるのか。
生きているのか。
何もかもが分からない。
人間奴隷制度は廃止された。
父への怒りだけが胸の中で燃え続ける。
私は父にとって、本当に捨て駒でしかなかったのか。
初めて利用価値がなくなった瞬間、迷いなく切り捨てられたのか。
……いや。
今は考えている暇はない。
今の目的は一つ。
この地獄から生き延びることだ。
私は南門へ向かって全力で駆けた。
最も警備が薄いはずだと思ったからだ。
そして――
本当にそうだった。
あまりにも簡単すぎるほどに。
あれだけの騒ぎがあったのだ。
本来なら兵士が溢れているはずだった。
ドラゴンの襲撃。
暴動。
それなのに。
門の周囲には、ほとんど誰もいない。
嫌な予感しかしなかった。
それでも止まるわけにはいかない。
森へ足を踏み入れた瞬間、
ようやく息をついた。
――その時。
ドスッ。
脚に鋭い痛みが走る。
もう一本。
さらにもう一本。
「……なんだ?」
視線を落とすと、
太腿、ふくらはぎ、脇腹に深々と矢が突き刺さっていた。
脚から力が抜ける。
私は森の地面へ倒れ込んだ。
足音が近づいてくる。
霞む視界の向こうに、一人のエルフの指揮官が立っていた。
エルフとしては珍しく逞しい体格。
長い銀髪。
琥珀色の瞳には、一片の慈悲も宿っていない。
立ち上がろうと身体に力を入れる。
しかし――
その剣は真っ直ぐ私の腹を貫いた。
「がぁっ……!」
男は剣を引き抜き、
そのまま私を木へ向かって蹴り飛ばした。
背中を激しく打ちつける。
肺から空気が押し出され、
口から血が溢れた。
「隊長!」
兵士の一人が叫ぶ。
「女王陛下は生け捕りを命じられました!」
指揮官は振り返りもしない。
「下等種が抵抗し、我々を襲った。」
「我々は正当防衛をした。」
残忍な笑みを浮かべる。
「死体さえ持ち帰れば、誰が疑う?」
「たかが人間だ。」
兵士は少しだけ迷い、
やがて頷いた。
「……おっしゃる通りです。」
兵士たちが私を取り囲む。
もう動けない。
息をするだけで激痛が走る。
身体の下へ、自分の血の温もりが広がっていく。
残った感情は二つだけだった。
憎しみ。
そして後悔。
父への憎しみ。
最後まで私を愛さず、
何の躊躇もなく切り捨てた男への憎しみ。
証拠も裁判もなく、
私を罪人と決めつけた王国への憎しみ。
そして――
何もできなかった自分自身への憎しみ。
後悔もあった。
私はもう、
サーシャ様に何が起きたのか知ることはできないのだろうか。
彼女は生きているのか。
それとも、
塔の中で何かが起きたのか。
もう知ることはできない。
視界が霞む。
まるで底のない闇へ落ちていくようだった。
周囲のすべてが、
ゆっくりと消えていく。
やがて、
闇がすべてを飲み込んだ。
◇
再び目を開けると――
私は立っていた。
痛みはない。
血も流れていない。
森もない。
ただ、果てしなく続く闇だけが広がっていた。
静寂。
完全なる静寂。
そして――
一つの声が、虚無に響いた。
その声は優しく、
まるで天使の囁きのようだった。
だが、その美しい響きの奥には、
底知れない邪悪さが潜んでいる。
それなのに、
なぜか懐かしかった。
どこか安心さえ覚える。
「愛も……報いも……復讐も……」
闇が静かに波打つ。
「あなたが望むものは、すべて与えてあげる……」
漆黒の深淵から、
一本の白い手がゆっくりと伸びてきた。
「必要なのは――」
その手を見つめるだけで、
言葉では説明できない何かを感じる。
「手を伸ばすこと……」
そして、その声は甘く囁いた。
「――そして、掴み取りなさい。」
第三章・完