ガタガタ言う室外機。昼間なのに何処か仄暗い気がする店内。所狭しと並ぶ読本、エステグッズ、ルービックキューブにボブルヘッドのミニボンプ。入店早々ポップが暴力的に情報を押し売ってくる、この感じ。
店中に撒かれたサンダルウッドの甘く爽やかな香りが、他の臭気と空中衝突して、何処か下品な臭いに落ち着いている。
客は疎らで、ちょっと
整っているが混沌としている――。
ここは新エリー都の一区、六分街にある雑貨屋『Wanx material』。
玩具屋『BOX GALAXY』のお隣、外にあるものと寸尺以外はそっくりなケツ出しボンプ像が出迎える
ちょっと六分街の紹介にしてはディープというかアダルティな場所で、少女はなんとなく居心地が悪いと思った。
『R-18』と書かれたショッキングピンクの暖簾の裏からは特に反社会的な雰囲気が満ちている。ちらりと見えたエーテリアス着色のごんぶとと、ポンプ用セクシーランジェリーに目が眩んだのか、顔を逸らす。あそこを踏み入れる度胸はない。
――これ、インターノットに上げたらBANされるのでは?
彼女の頭の中でリスクと未来のインプレッションが今一度天秤にかけられた。だがこの前の『郊外』や『バレエツインズ』の投稿は、存外いいねが貰えたものだ。アウトローの溜まり場に比べればこんな新エリー都の場末、ちょっとエッチなだけなのだ。インプレッションに天秤は傾いたらしい。
早速と自スマホを自撮りモードにし、身体を前傾させて上目遣い。映えを狙ったあざとい画角を完璧に作ってみせる――が、そうして映えを狙って漸く、彼女は後ろに
「あっ、えぇっ?」
――ゆっくりと振り返った先、視界を埋めるそれは、まさに
一蹴りで車ごとペシャンコにできそうな踵立ちの足。
巨大な蛇のようで、フリルがつけられているのに恐怖を感じる尻尾。
蕾のような袖から伸びる鱗塗れの、細身ながらも剛力を想起させる腕。その先を彩るは、粗暴さもなく丁寧に切り揃えられた漆色の鉤爪。
ショッキングピンクの暖簾のように長い店名付きのエプロンの先、彼女よりも幼い少女然とした上半身の、捕食者の目をした女性。
そんな下半身ナントカラプトル。いや、ナントカザウルスのシリオンが、鉤爪のダブルピースでカメラのフォーカスを掻っ攫っていた。
「あれ、撮らない? この店撮影自由だけど」
ニンマリと浮かべるのは柔和な笑み、のつもりなのだろう。人の開口域を超えて耳元近くまで裂けんばかりの口と、喉笛を噛みちぎれるほどに鋭い牙の群れを覗かせるそれは、笑うという行為が牙を剥く行為とそれ程変わりないことを思わせる。
捕食者の一瞥に当てられた彼女は、ひっ、と引き攣った声を上げて――
「……ありゃ、驚かせちゃったかな?」
私にとって、こうなるのは一度や二度じゃあない。
ノットじゃ萌えだなんだ言われるけれど、私のギザ歯や三白眼は、残念ながら現実世界では魅力的から脅威的へと様変わりだ。私の営業スマイルはガチに怖いらしく、小水を漏らす人も稀ではなかった。拭き掃除が増えるから勘弁してほしい。
「ナナン、ンナナンナ(マスク、着け忘れてる)」
ふと私の足元でちまこい影が動く。陳列から帰還した寸胴魅惑のボンプちゃん――終身店員のマインちゃんが、黒色のマスクを手渡してくれた。
黒とピンクを基調とした、可愛さの中に毒を孕んだフリルドレス。頭部液晶に眼帯を模したアタッチを取り付けた、私の癖を詰め込んだ病み可愛ボンプ。っ あぁ……♡、ボンプ工学をひと学びした甲斐があったよ……。 棘を持ちつつ私にだけ依存体質のもちもち弩々癖ボンプがよ……♡
「あ、あぁ ありがと、マインちゃん。……はぁ、やっぱいるかなこのマスク。息苦しいんだよねこれ」
「ンーナナ、ナーナンナナ。ナ、ンナナ!(じゃないとアンタの顔のせいでお客さん来ないでしょ。ほら、付ける!)」
マスクを耳に掛けるも口元を覆わず、パチパチとバネのように紐を伸び縮みさせると、マインちゃんの電子表示の瞳がジト目になった。ちゃんと付けるまでジットリ見られた。
もうホントマジ可愛いが過ぎるのでニンマリ鑑賞していると本格的にぷりぷりし始めたので、しょうがなくマスクをつけた。
ギザ歯を布の内に収めたと同時に新たなお客さんが扉を開ける。
マインちゃんでQOLの向上した私は無敵だ。幾分見るに耐えるようになった営業スマイルで、まだ見ぬ新規顧客を出迎えてやろうじゃないか。
「いらっしゃいませー――って、ビデオ屋の店長さんじゃんか。ようこそー」
「やぁ、ディラさん。
柔和な笑みを浮かべる優男くんのエントリー。見知った顔故思わず気が抜けた。
彼はご近所さん。
私がこの街へ引っ越す少し前に兄妹で引っ越してきたらしく、いろいろ教えてもらったものだ。
今もこうして互いに商売取引をし合っている。
「この前頼んでいた物は届いてるかい?」
「あぁ、それならちゃんと届いてるよ。もう店頭に並べてたのは売り切れちゃってねぇ……おぉっと、サンキューマインちゃん」
アキラくんの予約品をバックヤードから持って来ようとしたが、既にマインちゃんがソレを運んできていた。全くもって出来るボンプちゃんである。このムチムチシゴデキボンプちゃんが……♡
付箋のついた包装を取り払いパッケージを日の元に晒すと、アキラくんは細目をかっぴらいて刮目した。目線が箱に詰められた主のイメージ画像を彷徨くと、当人のサインをなぞる様に走る。
「はい、『初回限定版サイン付き アストラ・ヤオ 1/8モデルフィギュア シチュエーションボイスLP同梱』。お値段54600ディニーね」
新エリー都の歌姫として名高い彼女はアストラ・ヤオ。そのアストラ本人の3Dマップを元に、新エリー都の造形師が手作業で作ったと言われるアストラーズ垂涎の代物、それがコイツだ。なんと睫毛や下着まで作り込んでいる、よく許可降りたな。
しかもそんな際々のフィギュアだけに収まらず、オマケにしてはカロリー過多のシチュエーションボイスがついている。
インターノットで
「耳に吹きかけられる吐息だけ集めて呼吸したい」
「鼓膜がアイドリック・カデンツァ」
「アストラ様は私の幼馴染だったかもしれない」
――と妄言の嵐が吹くほどに絶賛されているLPで、フィギュアとの相乗効果もあり瞬く間に予約が埋まった一品なのだ。
「良かった……販売店はどこも抽選式で、インターノットでも売り切れの話ばかり話題になっていたからね。助かったよ、ディラさん」
「いーのいーの。優良会員様への特別サービスってことで。あ、ショッパーに入れとくよ。アストラ様の際どいフィギュアを抱えて歩くのは、そっちのお店の評判に傷がついちゃうかもだしねぇ」
マインちゃんがカウンターの下から取り出したのは、店のロゴが入った――しかし、私の美的センスで店の嗜好に合わせた
アキラくんは一瞬、どっちの不名誉を取るか苦慮する顔をしたが、結局諦めたように苦笑いして袋を受け取った。
「はは、助かるよ……。それから、ディラさん。その……えぇと、『
「おっと、『
マインちゃんがンナンナと牡蛎みてぇなスケベ尻を揺らしながらカウンターを登っている内に、18の暖簾を掻き分け別世界に入る。
うぇるかむ・とぅー・あんだー・ぐらうんど。
そこはまるでピンク色のホロウ。
丹精込めたポップと淫語の群れ、ケバケバしくライトアップされたシリコンだのゴムだのぷにぷにDXだのの樹脂臭い玩具。ボンプもシリオンも知能構造体も、エーテリアスすらいきり立たずにはいられない、私が丹精込めて築き上げた城。メイフラワー家も悔しがるだろう。
アキラくんはというと、目移りしないよう努めている。この表情がこれまたうぶっぽくていいのだ、いかにも経験豊富なのにね。
そうこうしてると通路端に辿り着いた。
壁に掛けられた男女両パターンのシリオントロ顔抱き枕カバー(売れ筋)を退ける。その裏に隠されていた無骨なカードキーに名札と数桁の数字を入れれば、宛らニンジャの回転壁の如く壁がスライドして、裏の通路を開け広げる。
ここが私の
「どうぞ、今日も一段と
トンネルを越えると雪国――なんて言葉かあるけれど、彼女の第二の仕事場もまたそんな感じだった。
男として目のやり場に困る売り場の先に、スタッフルームのような飾り気のない小部屋が段ボールを抱えて鎮座している。なるほど、バックヤードにカウンターを構えるのは人に言えない仕事人共通の仕草らしい。僕たちと同じでシンパシーを感じてしまう。
『成人向けを見たい』は合言葉だ。
彼女がダンボール箱を簡素なカウンター横に幾つか積んでいく。
重機油の匂いと、高純度エーテルの紫色。明らかに軍用じみた知能構造体向けの機械パーツや、新エリー都の法に触れかねない違法銃器の数々。
表の「大人の玩具」という言葉が、別の意味で扱われているのが彼女の裏の店だ。
「……相変わらず、ここも六分街とは思えない品揃えだね」
「褒め言葉として受け取っておくよ。このぐらい手を伸ばしとかないと、君みたいな太客は手に入らなくて」
彼女は恐竜のような長い尻尾を器用にうねらせて、山積みになった空きコンテナの一つに腰掛ける。
息苦しいとばかりに爪先を引っ掛けてマスクをずらせば、柔和とは程遠い牙の群れが僕目掛けて弧を描いている。
「さぁて、
「今日のオススメはーっと……ほら、この対電磁・対侵蝕コーティングの携帯発電機だね。野外でキャロットの作成する時に、電源の心配をしなくて良くなるラギットな代物さ。一応ホロウでも使用可能だよ、持ってくことはないだろうけど」
・・・
「これもどうかなー。多スペクトル知覚阻害用広帯域撹乱手榴弾、M-909 SB "Seeker's Bane"。知能構造体やエーテリアス相手でも使えるよ。威力はないから民間人にもオススメの逸品」
・・・
「イアスちゃん用の用品もあるよ、ボンプ専用小型爆弾の10cm規格から40cm規格まで。このタイプは威力が高くて軍事用に下ろされてるやつだけど、最近ホロウで置きっぱにされてるものもあってねー。反乱軍様々だね」
ダンボール箱から次々と出てくる品の数々。
彼女は商売熱心で、芋づる式に開けてはカウンターに散していく。お望みの商品を述べないと、全部開いて解説していまうんじゃないかと思うくらいには早い速度で。
もうカウンターから転げ落ちそうなほど並べられていた。こうなると一つは買わないと申し訳ないやら、落としてしまいそうと気に病むやら。これも商売の作戦なのだろうか。
「今日は補助記憶装置とケーブルを幾つか買いたいんだ。あぁ、さっきの携帯発電機もついでに」
「へへっ、毎度ありだぜアキラの旦那ー。いつもホントに助かるよぉ」
彼女は手もみをしてから電子部品とケーブルを何本か引き上げて、もう一つ取り出したショッパーに詰めていく。道端でばったり治安官に出会っても、気を遣ってくれるような手際の良い包装と偽装をこなす。
そんな作業の最中、彼女がふと質問を投げた。
「そいえば記憶装置は最近買ったばっかな気がするけど、端末の増築でもした?」
「えぇと……恥ずかしながらちょっと依頼で困ったことになってね。端末のアップデートも兼ねて構築し直さないといけなくて」
「あらら、やらかしちゃったかな。物損とか、ハッキングとか? ……まぁ仔細は聞かないでおこう」
彼女の勘ぐりが懐を掠める。
最近の仕事で
そもそもディラさんは
膨れ上がる不安や電気代を吐露したくもなるが、迂闊に話せることではない。そう思い言葉を繕った。
「よぅし梱包終わり! 頑張るプロキシのために、オマケもちょいと入れといたよー。アキラくんは使いそうだしね……。ディニーは締めてこのぐらいかな?」
「ありがとうディラ店長。……オマケなんて貰っても良かったのかい?」
「んにゃ、このぐらい大したもんじゃないし。丁度在庫を余してたんだよ、誰も買ってくれなくて」
「そういうことにしておくよ」
2つ目のショッパーを受け取ると、彼女はずらしたマスクからにへらとした笑みを浮かべて「毎度あり」と呟いた。
「おや、もう夕方か」
六分街は斜陽が差し込んでオレンジ色になっていた。学生や会社員が帰路に着く頃、店内のじとりとした雰囲気と匂いを、夕風が吹いて飛ばしていく。
そんな風に吹かれ振り子のように揺れる両手持ちのショッパー、その重みが戦利品の価値を物語っているようだ。
あぁ、実に良い買い物だった。フィギュアはリンに見つからないように部屋に運ぶとしよう。LPは……まぁ、夜にでもこっそり聴くとして。
帰り際、ふとショッパーの印刷に目をやる。ショッキングピンクでちょっと……卑猥だと思っていたそれには、彼女の肉食めいた足跡が大きく象られている。
夜来ディラ。
プロキシもホロウレイダーも、彼女のようなバイカーも。本来は非合法で社会の裏の人間だ。信頼の上になっているとは言え、ガメられるのが茶飯事だろう。
そう考えると、ディラさんは至極真っ当なバイカーだ。仕事道具も比較的安価に揃えてくれるし、それどころかオマケもくれる。治安官に誤魔化しをかけてくれたり、お金を工面してくれたことすらある。
彼女がいることはこの六分街を良かったと思える、一つの理由だった。
ただ……
「お・に・い・ちゃん? このいかがわしいピンクのは何? 詳しく話してくれないかなぁ、私今冷静さを欠こうとしてるんだけど……!」
「あ、いや、これはその……雑貨屋のディラさんがオマケで入れてくれて……。決して僕の意志で入れたものじゃないんだ、リン。信じてくれ」
「マスター。避妊具使用時の妊娠確率は約2%です。ですがご安心ください。アンビー・デマラ及びニコ・デマラの借金に対し、婚約者へ返済義務は発生しません」
「うっわお兄ちゃん最低!」
「リン、誤解だ。Fairy、憶測はやめてくれ」
オマケで