「暇だねぇ」
「ンナナ(そうね)」
品出しと掃除をし終えた私たちは、2人して携帯端末の奴隷になっていた。スクロールと共にスレッドが上から下へと消えていく。世間はやれ赤牙組だ山獅子組だ、やれホロウの活性がTOPSの陰謀がどうこうだと、あいも変わらず憶測怪談ごった煮である。
やってることはただのノットサーフィンとマインちゃんのちんまいおてて鑑賞会だが、こうもカウンターでだらけているのは致し方ない事情というものがある。
というのも平日は基本お客が来なくて暇なのだ。何せこの猥雑な店の利用客はほぼ学生だから。裏稼業の人達も僅かながらに来てくれるけども、大抵は人目のつかない夜に来る。
昼のお客を増やしたくて広告を幾つか打ったこともあるが、一時的なものでリピートしてくれない。私の顔が主原因だろうな。病むぞコノヤロ。
だがこんな閑古鳥デーでも別に店舗経営の仕事は回せる。そういう日はインターノットでの商品リサーチで時間を潰すのがルーティンだ。あとは店を閉めてコッソリ
代わりに商品リサーチの方は順調だ。
今日も郊外と澄輝坪のお得意様からオイルやら輝磁製品の実用的なものやらを発注しつつ、適当に見繕ったよくわからん商品の発注依頼も出しておいた。『タンブルウィード育成キット』と『なんか不細工なデザインの鶏の急須』。生活に極彩色の彩りを与えてくれそうなそれ、正直買う奴の顔を見てみたくて買っている節がある。
マインちゃんはというと、ボンプ用の商品をよくリサーチしてくれる。海水漏電風味のソルティーな電池があるとか知りもしない世界だよホント。なに『ボンプ美食研究会』って。
ノットサーフィンに飽きて時計を見やると、やっとこさ12時を回ったところだった。
「まだ12時かぁ。帰りたぁい」
「ナンナナナ、ンナンナナ(ここが家でしょ、バカトカゲ)」
「あっ、辛辣で元気でる……ありがと♡ じゃ、マインちゃん、私はラーメン屋でランチしてくるから、店番お願いね」
自然と出た感謝に「ンッナ(きっしょ)」と追い罵倒を浴びせるマインちゃんを背に、店の扉に手をかける。
さぁて今日のラーメンは赤辛肉盛りか、揚げチャーシューでもいいなぁ。
そう考え掴んだノブは、引く前に自動ドアもかくやの挙動を披露した。
豪快に開け放たれた扉から潜り込んできたのは、桃色の綿菓子頭。クロップトップ、ホットパンツ、涙黒子で色気の満貫なアウトロー。モロ出しの皮膚から流れる汗と薄めた香水の混じりけが、必死さの証明を成している。
「ディラ! ちょっと匿って!」
彼女——邪兎屋のニコ・デマラは返事を聞くでもなし、定位置のようにマインちゃんのいるカウンターに身を屈める。
暫くして再び開け放たれる扉。黒いスーツにサングラス、如何にも借金取りの風体の男たちがエントリー。皆玉のような汗をかいて息を荒げている。
「ぜひゅ、ふぅ……ふぅ……! なんて逃げ足の速い女だ……!」
「ぉおい、そこの店員! いっ今ここに、桃髪の女が逃げ込んでこなかったか!? この写真の……ニコ・デマラという女だ!」
膝を支えに何とか息を整えた男が、震える手でニコのチェキを見せて私に尋ねる。六分街を全力疾走してきたんだろう。お疲れ様である。
カウンターの下をちらりと見ると、ニコはマインちゃんのちんまいぷにぷにボディの後ろに器用に身を潜めながら、両手を合わせて「頼む!」と必死にジェスチャーを送っていた。
このトラブルメーカーの借金女に与するメリットなんて、『加圧式強装エーテル弾頭なんてお高いものを買ってくれる良客』と『延滞気味のツケ払いばかりする』で相殺。
後は『毎日が少し愉快になります』以外てんでないんだけど……まぁ、助けてあげようか。冷淡にピシャっと断れない私も私だなと、溜息が出た。
決してこの女が命乞い代わりのサービスうっふんポーズをしているからではないよ。
全く私を何だと思っているんだアイツは……私がそんなもので匿ってくれるとでも?
任せてよ。
「あぁ、ニコ? アイツはここに来てないよ。私にも借金沢山こさえてるし、あのビデオ屋にも山程借りたままらしい。もうこの街から逃げ出したんじゃない?」
「お前も被害者だったとは……! クソっ、あの■■女!」
「とっ捕まえたら私にも返すよう詰めてくれない? ほら、疲れてるだろうしスポーツドリンク」
半額ワゴンのドリンクを投げ渡すと、黒服たちは一気に半分飲んでから礼を行って走っていった。足音が遠ざかると、車のエンジンを吹かす音と共に六分街を抜けていく。
「……行ったよ、ニコ」
「ふぅーっ! 助かったわぁ、ディラ! さすが、持つべきものは話の分かる友達よね!」
カウンターの下から勢いよく飛び出してきたニコは、すでに自分の家かのようにカウンターに身を乗り出した。この女に債権者への遠慮も反省もないのがよーく分かる。少しは課題を忘れた学生みたく反省する顔をしたらどうなんだろう……。
まぁ、その無遠慮さのおかげで、
「本当に、持つべきものは友達だよねー。うんうん。で、私の分の借金は誠実に対応してくれる? 友達だよね?」
ほっと胸を撫で下ろすニコは、私の冷ややかなキラーパスでカチリと固まった。「ギクッ」なんてわざとらしー声を漏らして。
暫くすると落ち着きなく、「えーっ」「あーっ」とフィラーを安定剤のように呟きながらも、指をクルクル髪をクルクルと。必死に舌を回そうと脳のエンジンを吹かしているのだろう。
「貸しって……あ、アハハ、あれのこと? 確かぁ、えぇと、
「とぼけない。
「う、うぐっ……! その、今ちょっと邪兎屋は準備期間中というかぁ……ほら、最近新しい社員が増えたって言ったでしょ? 食費も日用品も仕事道具だって買い足さなきゃいけないし、最近の仕事だって報酬がチャラになるぐらい出費が激しくて――」
「はい、言い訳は結構」
私がぴしゃりと言い放つと、ニコは目に見えてうなだれた。
彼女も馴染みの客ゆえ多少温情を掛けているが、私も商人だ。ニコはまだ耳揃えて返してくれるタイプではあるけれど、期限を学生の夏休み課題ぐらいルーズにされる。
期限までにディニーにはディニーで答えて貰わないと困るのだ、無礼られるもの。
だが素寒貧ウサギを叩いたところで金など出てくる訳もない、ゴールドボンプちゃんじゃないんだ。ならば次は
丁度良い、私は決して拒めないであろう
「……しょうがない、身体で払ってもらおうかな」
「えっ」
私の言葉に、ニコの身体がピクンと跳ねる。
みるみるうちにその顔が、髪の毛と同じような桃色に染まっていった。彼女の脳内でどんなポルノグラフィのような展開が繰り広げられているのかは、その泳ぎまくっている目元を見れば一目瞭然だ。スケベすぎるでしょ……。
「か、身体って……ディラ、ソッチの気が……っ!? いや、まぁ、あんたは顔はちょっと怖いけどスタイルは……ぃ いい方だしぃ……?って、ダメよっ! あたしのっ その、初めてはァ アキ……いゃでも借金がチャラになるなら……ッ!」
「……何ブツブツ言ってんの??」
何色にも変わるニコの顔。どんな表情も乙女一直線で、薄着の恰好との反比例。こんななりと悪辣さで純情派なんだから、新エリー都ってのは恐ろしい。遵法意識と布地面積はホロウに消えたのか?
ややこい言い方をしたコチラのせいでもあるが、女優どころかもうドスケベ千面相でも名乗っていいんじゃないかと呆れ果てて、私はドサリと大きめの段ボール箱を商品棚の下からいくつか取り出して、彼女の目の前に置いた。
「ニコが何変なモーソーしてるかは知らないけど、してほしいのはコレだよ」
「私商品は毎度自分で試してからポップとか書くんだけどさ、手が足りないし意見が凝り固まっちゃうでしょ。機械人向けや他のシリオン向けの商品とかレビューできないし」
「邪兎屋の皆でこの『レビュー』を書いてほしい、それぞれ原稿用紙一枚分で。それで今回の返済分は手を打ってあげる。商品はそのまま貰っちゃっていいよ」
「……え? レビュー? 身体ってほら……そ、そういうのじゃなくて? 手が足りないってことね、あぁ! なーんだ! そういうこと!」
てっきりディープでアングラな要求をされると身構えていたのだろう。破格の返済手段にニコは露骨にホッとした表情を浮かべた。「あんた言い方が紛らわしいのよ〜っ」と嬉しげにバシンパシンとはたいてくる程。
邪兎屋の優秀な社員――アンビーやビリー、新参の猫又にも、
私は段ボールから一つずつ新入荷の品々を取り出しては、見せながら一か所にまとめていく。
「まずはアンビーちゃんのね。ハサミから何からに使えるシャープナー。しかもただのシャープナーじゃなく、なんとスリーゲート軍工製なのよこれ。元々防衛軍向けに開発してたとこが、コスパ面かよく分からんけど民間向けに調整したとか」
「一応あの……何、電気鉈? それにも使えるはず。無理だったら爪にでも使って」
「ふぅん、スリーゲート製ね。今アンビーが使ってるのも研ぎ部が減ったとかで使いづらそうにしてたし……丁度いいわ! きっちり書かせておくから、期待して待ってなさい?」
・・・
「ビリーさんにはスターライトナイトコーナーに並べる商品をレビューついでにチョイスしてほしいな。フィギュアやビデオだけじゃなくて、服とか筆記用具とか小物がいっぱいあるんだよ。専門店じゃないからコーナーの幅に限りがあるし、ファンにとって何が嬉しいかをチョイスしたいんだ」
「大丈夫? 正直に言うと……ビリーなら全部『スターライトナイトだから』って理由で星5つけるわよ」
「あぁーそれもそうか……まぁそれでもいいよ、熱量高めのレビューはあるほど良い、うん。ファンにとっては怪レビューは立派な購入指標だし。吟味して選ぶよ」
・・・
「猫又ちゃんには~、これ。使うかな? ルミナスクエアに店を出してるビファース監修、最近出たばかりの尻尾用トリートメントなんだけど。私は鱗用しか使わないから使ってみて欲しいな。えーっと、髪尻尾両用だって」
「猫又ねぇ。あの子、あまり身だしなみとかしないのよねー……朝も最低限顔洗うだけ、みたいな。暫く使わせてみるわね」
「それと……追加でこれ。経口清涼剤、木天蓼エキス入り。口開けてシュッってするだけで酒みたいにクるんだってさ。これでODするシリオンもいるみたいだけど」
「……『マッタリ、マタタビDX』? 大丈夫な代物なんでしょうねぇ……? 見るからに怪しいパッケージじゃない」
「あぁ大丈夫。新エリー都では
・・・
「あぁそうだ、アミリオンにもレビューしてほしいんだよね。風味の調整ができる充電式バッテリーとか何とか……。マインちゃんが言うには、滑らかにも刺激的にもできるけどソケットを刺す
「ねぇディラ、あたしのは? あたしだってレビューは得意よ?」
安心しきって強請りはじめたニコ。欲しがりめ。
だがそう求めるならば仕方ない。とっておきを見せてやろうと、私は段ボール箱から格別の品を取り出した。
黒い梱包をとビニールを外し、油脂の湿り気を帯びた三柱の強直。
黒と緑の蛍光色。ひび割れの意匠にエグいフォルム。その巨大なものが反動でブルブルと揺れた後、式輿の塔のようにカウンターに直立した。
「はい、ディルド」
「……は?」
ふふん、聞いて驚け。界隈ではその機能性とマルチなジャンル展開から『性玩具界のTOPS』と呼ばれる、エリーハートイズ社の
「聞いてない!」
「いや、大事な話よ? これからレビューする商品のことは知っておかなきゃ」
「なんであたしだけこのっ……こっ、こんな小っ恥ずかしいヤツのレビューなんか! セ、セクハラよ! セクハラで訴えるわ!」
「治安局に訴えられる立場でもないでしょーが。というか私の店が
ニコは先ほどの桃色よりも赤い顔をして、わなわなと握り拳を震えさせる。その拳に振りどころはなく、ただ迂闊に条件を呑んだ後悔を反芻したような顔の歪め方をするだけ。
彼女には申し訳ないが、こういう商品が一番レビュワーに困るんだ。騙して悪いが仕事なんでね、騙してないけどさ。
「頼むよぉニコ。こう他の人がレビューしてくれるのは貴重なんだよ。ほら、私もやってるんだからさ、先っちょ! 先っちょだけでいいから!」
「何ぁにが先っちょよ! とにかく私のものだけ別のにしてっ! ネイルなりアクセサリーなりあるんでしょ!?」
「じゃあしょうがないか……。えぇと、借金取りの連絡先はと」
「なぁっそ、それは卑怯でしょっ!?」
・・・・・・・・・・
「~~~っっ゛もう! 一回きりだから! わかったわね、ディラっ!」
手に汗握る交渉の末、半ば自暴自棄になったニコは、大量の試供品の詰め込まれた段ボールを抱えるように受け取った。あの物々しい黒緑トリオを、自分からも遠ざけるように一番箱下に押し込んで。
返済の目途が立った安堵など感じさせない、とっぷりと藪蛇に襲われて疲れ果てたご様子だ。
「……あ、別に期日は急がないから。来週までじっくり使って書いてね、ニコ」
「じっくりなんて使うわけないでしょ バカっ! 明日のいの一番に送りつけてやるんだからっ!」
捨て台詞を残し、店を飛び出していく桃色の影。けたたましい音を立ててドアが閉まり、店内に再び静寂が戻ってくる。
「いやぁ、熱の入ったニコの仕事ぶりには惚れ惚れするね」
「ンッナ、ンナナ。ンナナンーナンナ(うっわ、性格悪っ。追い込んでセクハラかましておいてよく言う)」
「うおっ♡ 追い罵倒♡ でもこれでアチラに一つ、コチラに一つでウィンウィンでしょ? レビューが書けなくて困ってたのは事実だよ。ほら、商品の売り文句をそのまま載せるのって実直じゃないでしょ」
等価交換、商業の原則だ。私はレビューを書く手間が省ける、ニコは借金に悩まなくて済む。そこに一かけらも間違いはない。
ただ……ただ、私の方が
「あー、今まともにラーメンの味するかな……?♡」
「ンッナ(きっしょ)」
後日、送られたレビューたちは概ね好評価で、店内のポップに流用されたことは言うまでもない。宣言通り朝一に出してくるとは、流石邪兎屋と言っておこう。
ニコのレビューは……まぁ、うん。ちゃんと書けていたけど、生々しいので殆どは私の書いた文になった。ちゃんとレビューしていると言うべきか、外様に見せられないように知恵を絞られたというか。
……ちょっと罪悪感が湧いたから、埋め合わせはしようと思う。丁度カーリッシュの最新スキンケアセットが入荷されたから、そのレビューでもと。
私はノックノックにチャットを投げた。