「あ゛ぁ゛~っ 喰った喰ったぁ……」
13時、ルミナスクエアで。今日は珍しく一人の休日だ。いつもはマインちゃんとデートなのだが、彼女は朝から用事で別行動。正直ちょっと寂しい。
休日といえばルミナモールでの買い出し。ルミナモールといえばルミナスクエアで、ルミナスクエアの食事の選択肢は――必然的に「滝湯谷」と「煮釜」。ティーミルク屋で焼豚玉子とか食べる人もいるが……うん、それは外れ値でしょ。
「滝湯谷」は平日の定番ランチ。じゃあ折角だからと今日は豪勢に昼から火鍋三昧と洒落こんだのだ。
結果、私は幸せ太りをして通りを歩いている。牛、羊、白菜きのこにネギ春菊、汁気をたっぷり含んでタプタプだ。
最初は牛肉羊肉でさっと潜らせ。次に白菜やらネギやら硬い方から野菜をぶち込んで肉味に調教。続いてポルチーニ茸と黒トリュフで埋め尽くしつつ*1、デタラメなフレンチを演出。
シメは寛粉とご飯と、品性の捨て所とばかりに生卵を割って掻き混ぜて雑炊に。
飽きがこないのなんのって、やっぱり炭水化物をオカズに炭水化物を食べるのは最適解なのよね。
あんな夢の時間。美味しいドカ喰いパビリオンが小一時間で腹の中。
してこのお腹も1日足らずで元に戻るのだから、代謝の良さと燃費の悪さをヒシヒシと感じてしまう。凄いね
そんな感想戦を独り言ちて、やぁれ後は腹ごなしにと適当に歩いて帰ろうかとフラついていると、見知らぬ少女の姿を目にした。
燻んだ緑髪に見事なツインテール。低身長と内股、自信なさげな下がり眉にヒシヒシと感じるドジっ子感、庇護欲。そしてヘッドドレスにエプロンスカート……うぉん 完璧なドジっ子メイドちゃんじゃないか……!♡
そんな場違いなメイドちゃんが、馴染みであるデュイのおやじさんの店でキャッチをしているんだ。……近くのCOFF CAFEでも猫耳メイドさんがバイトしていると噂に聞くのに、まさかこの整体スタジオもとは。
ここは評判も良くて私もよく行くし、実際店主の手際は絶頂モノなのだが、遂にそういうサービスも始めてしまわれた……?
マンスリーパスを買わせてくれ。
これは
期待に燻ぶられて、自分でもキモイ声が出た。
「デュ、デュイのおやじさん……、メイドさんマッサージってやってる……?」
「? わしの店はそういうサービスはしておらんぞ?」
「なるほどねぇ。メイドの……カリンちゃんは、デュイのおやじさんに弟子入りしてるんだ」
「そうじゃ。技術力と向上心はわしのお墨付きだぞい、もう業務の半分は任せても良いほどじゃ」
「いえぃぇ、カリンには勿体ないお言葉で…… まだデュイ様には遠く及びません」
話を聞くと、どうやらキャッチだと思っていたメイド……カリンちゃんは本職メイドさんで、デュイのおやじさんから施術を学んでいるらしい。いわゆる研修の一環だとか何とか。
……全然やらしいアレじゃなかった。真面目で向上心ある子じゃないか。
彼女は
私のような■■■■■■■■■の女が軽々しくノータッチの境界を蹴破るとは、万死に値する――……。
「のう、ディラさんや。良ければカリンちゃんの施術を受けてみんか? 研修中ゆえ、金額は3割引きで「えっ!? カリンちゃんのご奉仕を受けていいのか!??」
「そ、そこまで期待していらっしゃるなんて……。カリン、精一杯頑張りますね……!」
カリンちゃん、キミは良いメイドさんになれるよ……。断言する。
胸元で控えめに両手ガッツポーズを作るその姿だけでお通し代を払っていいし、3割引きどころかチップで2倍の値を払ってもお釣りがくるよ。
もう虚狩りの称号を賜ってもいい、ホロウすらその見目で消し飛ばしてしまうだろう。
そんな新エリー都の希望たる、カリンちゃんの手に身を委ねる栄誉を私は幸運にも授かったのだ*3。定価3割引で。
私よりも頭一つ二つ小さな彼女へ手を預け、麻の暖簾に頭を撫でられながらも奥へとエスコートされる。ルミナスクエアの喧噪はふと薄まり、視界は暗闇に一度は覆われ、ホロウに入り込むより緊張する瞬間に唾をのむ。
目が慣れると、常日頃見てきたはずの店内の様子が目に映る。小さな行灯が足元を照らす様、珪藻土の壁と木目の梁たちに落ちる柔らかな影、ほんのりと漂う白檀の香り。
外界と隔絶するための和の空間。もう見慣れていた筈のそこは、カリンちゃんの手の感触が増えただけで、見知らぬ世界のように五感に落とし込まれる。自分にこんなことが許されて良いのかと……期待の最中緊張しているのだと、そこで察した。
彼女にエスコートされ辿り着いた廊下の先、彼女がその手で引き戸を開けると、今まで何度も通った施術室が顔を覗かせる。部屋の中央には大判のタオルが引かれた施術用のベッドが一つ。余計な飾りを控えめにした個室は、それ以外には行灯と施術用の道具を置く盆、部屋の端に機械人用の調整機器が安置されているのみ。ただ施術を味わってほしいというおやじさんの粋な内装だ。
ここに来れば自然と身体にくる刺激に期待してウズウズしてしまう。餌の出るタイミングが染み付いた犬みたいだなと思う。
できるだけ施術時間を伸ばしたくて、ささっと施術用のウェアに着替えてからベッドにうつ伏せになる。尾も身体に従う役目を休み、自重でぐだりと横に倒れる。施術の準備は整った。
「で、では僭越ながら……カリンが施術の方、始めさせていただきますね」
「まずは全体を軽く摩って、お体をほぐしていきます」
大判のタオルを被せられ、布越しにカリンちゃんの柔らかい両手が置かれた。
すーっ、すーっ、と大きなストローク。首筋から背中、肩から腰、腰から大きな尻尾のラインを通り、踵の浮いた獣脚まで。血流の流れに沿って優しく滑らせるように、小さめの手が皮膚や鱗を擦っていく。
じわじわとカリンちゃんの体温がタオル越しに伝わり、緊張で固くなっていた筋肉がゆるりと弛緩していくのがわかる。
「デュイ様によれば、これは『軽摩法』といって、皮膚の表面を撫でて血流やリンパの流れを良くしてくれる手法とのことです。施術前のご挨拶……の、ようなものですね」
彼女の手が往復するたびに温もりが摺り込まれ、皮膚や鱗の表面がゾクゾクと温かい血流で満たされていく感覚。献身的に隅から隅まで丁寧に擦っているので、停滞することもなく。
体質上、恒温と変温の間のようなものでよく冷え性にもなる私だが、今は火鍋並みの体温が維持されているように感じる。汗ばんでもきた。
「そ、そろそろ暖かくなったでしょうか……」
「はぁ〜、良い感じだよぉ……。これだけでも満足感すごいねぇ」
「ふふっ、良かったです。……では、身体の張りを一つずつ、揉みほぐしていきますね。痛かったら、遠慮なく仰ってくださいっ」
カリンちゃんの優しく笑む声が耳を撫で、その手が肩甲骨の際に添えられる。
この際失礼ながらも、ほんっとうに失礼ながらも、『接待メインのマッサージ』くらいに思っていた。まぁカリンちゃんのような激萌えチャッカファイアメイドさんにサワサワされるだけで、もう数万ディニーを叩く価値はあるのだけど。
シリオンには個体差がある。かの
同じく私も生まれてこの方このボディゆえ、自慢じゃないが筋肉はそこらの人よりミチミチで頑丈、腰辺りから下にかけては強固な鱗まで覆っている。並の整体師の力では、指先を痛めるか「くすぐったい」で終わるのが関の山。おやじさんですら油圧のパワーで揉みしだいてもらってトントンの硬さなのだ。
だからこそ、カリンちゃんの初撃を
「よいしょっ」
ゴリィッ
「お゛ふぉ゛っ♡♡!」
ファールバウティの拳骨に相当するエネルギーが、肩の張りを筋膜ごと引っぺがすかのような刺激として体を走る。
「あ、あわわっ ご、ごめんなさいディラ様っ……! カリン、力加減を間違えてしまって……っ!」
「あぇ あ ぃいや! ううん、違う! 痛いんじゃなくて効いてるっ! ちょちょっとビックリしただけで……。続けて大丈夫だから! むしろもっと頂戴!」
「ほ、本当ですか……? よ、よかったです……。カリン、ディラ様にお怪我を負わしてしまったのかと……」
慌てて手を放そうとするカリンちゃんを引き留める。くそぅ油断して変な声が出てしまった……。
彼女、あの体躯になんて膂力を秘めているのだろう。筋肉の密度などなんのその、癒着した肉を瞬く間に剝がしてしまった。こんなに内気で心優しいカリンちゃんに、ひんひん言わされるほどの力を振るわれるというのは……その、おやじさんにはできないことだ。
デュイのおやじさんが、私より大きな胸板に顔をうずめて声を上げたくなるほどムキムチ無骨な知能構造体*4だったらまだ対抗馬として存在できるぐらいの、ダークホース・カリンちゃんの凄まじきマッスルポテンシャル。
そうだ、私は心の奥底で待っていたんだ……カリンちゃんみたいな低姿勢怪力美少女を……♡
「――で、では、続けます……。こちらの肩甲骨のキワから、胸椎の周りを通り、骨盤まで。順番に解していきますね」
カリンちゃんの両手の親指が、私の肩甲骨の隙間にすり込まれるように食い込んでいく。私の手よりも数段も小さな、華奢な少女の手がその剛力を以て容易に入り込む。
ゴリッ、ゴリュッ、と肉の奥で結実していたコリが、容赦なく押し潰されていく感触。
手の届かなかった痒い所に手が届いたような快感と、ドクドクと開いた血管に温められた血が流れ込み、老廃物が流れていくような爽快感が、彼女の一挙一動でもたらされる。最っ高……♡
「ディラ様、腰の辺り……とても強張っていらっしゃいますね。日頃から重いものを運んだり、お体に負担のかかる姿勢を続けていらっしゃいませんか?」
「あー……うん、ちょっとダンボール箱を運んだりっ、椅子に座って店番をしたりっね……っ! ぁ ひゃぁっ!?あ゛ぁ゛ぁ゛~~~っっ!!」
胸椎から臀部まで指が到達する。奥を穿る手つきから、小麦粉でも捏ねるみたいな手に。手の平でゆっくりと体重を掛けられて、面で捉えるような圧力。座り仕事で硬くなってきていた筋肉の束が捉えられ、ゆさゆさと揺する動きによって解されていく。気分は揚げる前に揉まれる鶏肉だ。
「長時間のデスクワークや重いものを運んでいらっしゃると、骨盤の外側から伸びる大臀筋や、梨状筋がカチカチに縮こまってしまうんです。腰痛の原因にもなりますから――カリン、ここは念入りに解していきますねっ」
「よ゛っ、よろしくお願ぁぃ゛あ゛ぁ゛あ゛~~♡ たまんなぁ~い♡♡」
肉から硬めの鱗に移ってもなんのその。熱と念入りな揉みですっかり柔らかになった臀部や太腿に、力強い掌圧が浸透していく。
細い指先が他人にあまり触らせないデリケートな箇所を行ったり来たりして、気持ちいぃやら、くすぐったいやら、その気になるやら とにかくヤバイ。
「し、失礼します……っ! よいしょっ……と」
そんな■■■■間際の悦楽に浸っていると、不意に尻尾が持ち上がる感触がする。少し上体を起こして見れば、カリンちゃんは私の尻尾を両腕で抱きかかえる形で掴んでいた。
「ディラ様。次は尻尾に移らさせて頂きますが、よろしいでしょうか……?」
「んふふぅ♡♡ し しぃ、しっぽぉ? ま、まぁ、大丈夫、だけど……。そこも、マッサージがいるの?」
「は、はいっ。デュイ様によると、シリオンの方は姿勢の影響が尻尾に大きく出てしまうそうでして……。姿勢が悪ければ骨格にも歪みが出て、歩行にも影響が出てしまう……と」
「ディラ様は腰部と臀部に疲れが溜まっていらしたので、尻尾もお疲れかと思いまして……」
「へ、へぇ……。確かに最近尻尾がどんより重いことがあるし、じゃあカリンちゃんにお願いしようかな」
「ふふっ、かしこまりました。それでは……
「えっなにそれは」
私の尻尾。筋肉の塊であり、太い尾椎が連なる長めの尻尾。その骨々の間に膝や手を添えるように持つカリンちゃん。抱き枕のように抱いているように見えて、逃がさないようにしっかりとロックされている。
ちょっと待ってこれ引っこ抜かれる……?
「ディラ様、お体を楽にしてください……。息を深く吸って、吐いて……」
「すっ゛す、すぅー……はぁー……!」
「力を抜いて……はいっ」
ボコッッ
「ひぃあ゛ぁっっ!?!?♡♡」
尻尾の根本から背骨を突き抜け脳天へと、雷のような快感が駆け抜けぇっっ!!♡♡♡
カリンちゃんがおやじさんが複腕でするように腕力を同調させ、私の尾椎をくいっと捻り上げたのだ。
前かがみ、長時間の姿勢維持。姿勢の悪さでズレにズレていた尻尾の関節が、完璧な位置へと導かれた、その重厚な噛み合わせ音ぉ゛んんっっ!♡♡♡
関節の隙間に溜まっていた圧力が解放され、脳が溶け出すような感覚ぅ――っ♡♡♡♡
傍から見れば痛そうなのに、私はだらしなく口を開け、至福の刻を生きていた――
「ふふっ、こんなに喜んでいただいて……カリンは嬉しいです! 次は、尻尾の先から解していきますねっ」
「えっ♡」
おかわりもあったのだ。まさに火鍋――肉の後を追う野菜やキノコの群れの如し。
酷使されしきった私の尻尾の先端から、わさびチューブの絞り出しのようにカリンちゃんの力強い掌圧がグッ、グッとかけられていく。それに合わせて滞っていた血流や老廃物が押し出されていき、つっかえの取れた清涼感と、じんわりとした心地良さが広がっていった。
ベッドのタオルを両手でギュッと固く握りしめて、根本に迫ってくる甘い刺激を声を抑えてかみしめる。あかん、これあかんやつだ……! 抑えてたフケがクるっ♡!
「〜〜〜〜っっっ!!♡♡♡」
足をバタつかせそうになるのを必死で抑えているが、ムズムズが止まらない。座ったままおしりを引っ込める方に力を入れた感覚に近いものが、ひっきりなしに突いてくるのだ。
両手の刺激が根本まで届くと勝手に身体が海老反りしてしまい、尻尾は蕩けてふにゃりと垂れ下がった。
危ねっ漏らすとこだった……っ!
「ふぅ……。こ、これで尻尾はほぐれたみたいですっ。ディラ様、お次は足を揉みほぐしますね」
「ふへぁ……次ぁ、あしぃ……?」
「はいっ。足指こそ、一番体重の負担がかかり疲れやすい場所……とデュイ様は仰っておりました」
そうだよね、尻尾や腰の次は脚だよね……。
カリンちゃんの小さくて可憐な手が、踵立ちの三本指をガッチリとホールドした。足の構造上靴など履ける訳もないから、少し土に汚れてしまっている。
彼女は濡れタオルで綺麗に指の間まで拭うと、指の腹をグッとツボに押し込んでぇっっ!!♡♡
骨格上、人でいう爪先立ちに近い私の脚。故に先端から踵まで硬くなりやすい゛っっ!!!っつぅ~!!♡♡
その硬い鱗やら筋肉やらに指が差し込まれぇ゛っへ゛っ♡、骨の位置を
カリンちゃんの談によると『反射区』といって、全身の不調がぁ゛だだだっ!!!♡ぁ゛足に現れるとか……っ。
土踏まずでもできてしまうかのような差し込みで、カリンちゃんの指の形を足の肉が覚えてしまうほどに、ハードな刺激が響くっ゛う゛う゛~っ♡♡ あ゛っ い゛い゛っ♡ 痛ァっ゛っ゛!!♡♡
店で接客する度に『人でも食った顔』だの『喉笛嚙みちぎってきそうで怖い』だの言われる強面もどこへやら。
あっ、あっ、どうしよっ
もう私、カリンちゃん無しじゃ生きていけない体になっちゃう……っ♡
「ディラ様、お疲れ様でした! これにて施術は終了となりますっ」
最後に背中をポンポンと優しく叩かれ、カリンちゃんがほっと胸を撫で下ろす気配がした。
私の喘ぎが止まり、静寂を取り戻した施術室。のべっと、ベッドの上に打ち上げられたガブットボンプのように弛緩していた。
全身の関節が正しく噛み合い、筋肉はホロホロにされて力なく。火鍋の熱と相まって全身を巡る血流はぽかぽかと温かい。指先ひとつ動かす気力すら起きないほどの、完璧な骨抜き状態。
「あ、あの、ディラ様……? お、お気分は悪くなられていませんか……? カリン、もしかして何か間違って……っ」
返事がないのを心配したのか、カリンちゃんがおどおどとした表情で覗き込んでくる。下がり眉に潤んだ瞳、不安そうに胸の前でギュッと両手を握りしめる姿。
……あぁ、ずるい。
こんな無自覚に人をイカしかねない技術と腕力を持っておきながら、この庇護欲の塊みたいな顔をするなんて反則でしょ……っ。
まるで、
「いぃや、カリンちゃん。ありがとう――満腹だよ 」
素直な感想を述べると、カリンちゃんは顔をほころばせて感謝を告げた。全く、感謝を言うのは私の方だと言うのに……。いい子すぎてキュンとくるね。
その後もカリンちゃんはデュイのおやじさんの元で修行をするらしく、マンスリーパスを即決で購入させて頂いた。
マインちゃんには「ナナンーナナ、ンナッ(許可なく大きな出費するなってのっ)」と引っ叩かれた。一石二鳥ってこれかぁ……。