推し生存の為なら安いもんだ、腕の一本くらい……! 作:シャンクスモドキ
「あぶねぇっっ!!!!」
俺の叫びが木霊する……熱を帯びた光がすぐそこまで迫ってくる。何が起こったのか、どうしてこうなったのか、そんな事を考える暇は俺にはなかった。
思えば、この世に生まれ出でて良い事なんて何もなかった。世界は荒れ果てたディストピア、壁に囲まれた『街』から少し外に出れば化け物どもがウロチョロしている。
強者が弱者を踏みにじるのが当たり前……そんな世界に生まれてこの方17年。よく生き延びれたほうだと自分でも思う。だが、俺も自分1人の力でここまで生き延びられてきたわけじゃない。
仲間……そう呼べる間柄の奴らがいるから俺もここまで生きてこられた。
初めは俺が腕を売り込んだだけの、傭兵と雇い主の関係だった。お互いが持ちつ持たれつで戦いを続け……いつの間にかこんなふうに咄嗟にかばう関係になってしまった。
激しい業火が俺の半身を覆う。肉の焼ける臭いが鼻をつく前に、右腕は感覚ごと消え失せた。特に右腕は直撃を受けたせいで、指先一本動かせやしない。
痛みよりも先に来たのは、ただただ茫然とした空白だった。すぐにでも意識を手放しそうな、そんな空虚な時間の中で、耳障りなほど鮮明な声が響く。
「カナタァッ!!」
倒れる俺の名を叫ぶ声が聞こえた。耳に響いてつんざくような、悲鳴じみたその声に……俺はそっと左腕を持ち上げ、目の前で炎を吐く化け物のほうへ向けさせる。
(余所見すんなレナ……やっちまえ。)
レナ……それは俺が庇った少女の名前。前世で飽きるほどやり込んだソシャゲの最強キャラクター……彼女が『スキル』を用いて腰の刀を抜けば、どんな化け物も一太刀で斬り伏せられる。
レナはすぐに身を翻して、俺の腕を燃やした化け物へ斬りかかる。刃が閃く一瞬、化け物の断末魔すら音になる前に、それは地に伏した。
……いつもなら俺より先に気がついて斬ってただろうに……
でも、まぁ、いいか。推しの一人を助けられたんだ……こんな世界に転生して無駄に這いつくばって生きるより、よっぽどデカい上がりじゃねぇか。
化け物の死骸が崩れ落ちる音が響くと同時に、レナが刀を鞘に収める間も惜しんで駆け寄ってくる。
「カナタ、しっかりして……! すぐ治療するから、だから――」
声が震えていた。普段は戦場で誰よりも冷静な奴が、こんな声を出すのを俺は初めて聞いた気がする。右腕はもう痛みすら感じない。それがかえって不気味だった。血の気が引いていく感覚だけが、やけにはっきりと自分の輪郭をなぞっていく。
視界の端がぐにゃりと歪んで、レナの顔がぼやけていく。それでも相変わらずバケモンみたいな強さのレナを見て、俺はどこか安堵していた……これで、俺が一番嫌だったエンドの一つは回避できたわけだ。
推しキャラ生存IFを作り出す。その全オタク共の夢を、こんな薄汚いディストピアのど真ん中で叶えることができたんだから、多少は満足な人生になったと思いたい。
そこまで考えたところで、俺の意識は完全に闇の底へと沈んでいった。
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そもそも俺が転生したこの世界は何なのか? ただのディストピア・アポカリプスな世界だと思っていたが、世界に流れる用語から俺は一つの結論を導いた。
『街』『ディストピア』『スキル』……耳にする用語の一つ一つに、妙な聞き馴染みがあった。最初は気のせいだと思っていた。だが日に日に積もる違和感は、拭い去れないほどの疑いに変わり、やがて確信になった。
ここは、俺が前世でやっていたゲームの世界だ。それも、かわいい女の子が結構ひどい目に遭うタイプのゲームの……ゲームタイトルは『リリィ・ウィザー』……直訳すりゃ「枯れる百合」。
もうこの時点でひどい予感しかしない。
その予感は的中していた。基本的に女の子がひどい目に遭うのを楽しむためだけに作られたようなゲームだ。
舞台は東京に隕石が落下し、そこから撒き散らされた未知のウィルスによって化け物が溢れ出した世界。
だが人間の中には、そのウィルスに適合し
章ごとにプレイアブルキャラが切り替わる群像劇形式なんだが、そのどれもが──プレイアブルだろうがなかろうが関係なく──ろくな末路を迎えない。
ご丁寧にR18版まで発売された今作には、苗床エンドから始まり、あっけない死亡エンド、化け物変貌エンド、精神崩壊エンド……ありとあらゆる心を抉るエンディングがフルコースで用意されている。
こんなもんプレイするのはリョナラーか、脳細胞を潰したい変態くらいのもんだと界隈じゃ言われてた。……そして俺は、その変態だった。
その上で、推しキャラの生存エンドを頭の中で何度妄想したか知れやしない。深夜、攻略サイトの片隅で「〇〇生存ルート考察」なんてスレを立てては、誰にも需要のない救済プランを一人で練り上げていた──そんな俺が、まさかその世界に、しかもキャラの一人として放り込まれる事になるとはな。
レナもそんな『リリィ・ウィザー』に出てくるキャラの一人で、俺の推しキャラの一人でもある。
プレイアブルというよりは、作中で最強格と持て囃される傭兵ポジション……サブヒロインでもボスでもない、いわば「物語の外側から称賛だけされて死んでいく」タイプのキャラだ。もっと簡単に言おう、カマセだ。
だが最後には、その力を危険視した連中に謀られ、化け物どもの物量攻撃と奇襲を同時に仕掛けられ……どれだけ強くとも、数の暴力の前には堪えきれず戦死する。
生存ルートはない。どんな選択肢を選ぼうが、どんな攻略順を踏もうが、行き着く先は必ず彼女の死だ。そういう「詰み」が最初から仕込まれてるキャラだ。
強キャラがただ数に嬲り殺されるだけのあのムービーは、今でもファンの間でトラウマシーンとして語り継がれている。……俺もその一人だった。
推しキャラと言っても、俺がレナと行動を共にし始めたのには、正直な話、打算もあった。
ある地点で確実に死ぬって事は、逆に言えばその時系列に到達するまでは、多少は安全ってことだ。モブなんか右も左も分からないうえで生きてたら即死亡みたいな世界では、間違いなく安心できる支柱だった。
そんな打算に目をつけた俺は、なんとかレナに取り入り……ネゴシエーター兼サポーターのような立ち位置で、彼女について回ることになった。
この時点で、俺の中に「レナを庇いたい」なんて殊勝な気持ちがどれだけあったか……正直、自分でもよく分からない。打算半分、憧れ半分。そんな中途半端な動機のまま、俺は前世で見た死亡確定なキャラの隣を、ただ黙って歩き続けていた。
だが、最後にはちゃんと庇って生かすという事が成し遂げられたのは、たとえ片腕と引き換えだったとしても……誇れることだと思いたい。
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目が覚めると俺は、妙に小汚い病室にいた。てっきり死んだと思っていたんだが……どうやら俺には相当の悪運が回っているらしい。
消毒液の匂いと、どこかで水滴が垂れる音。天井のシミを数える気にもなれないくらい、頭の芯が鈍く痺れている。
だが妙に右肩が重いと思えば、俺の右腕には無骨な鋼鉄の義手が取り付けられていた。指を動かそうとすると、関節部からギチギチと軋むような駆動音がする。どうやら、俺の右腕は文字通り焼き尽くされ、二度と戻ってこないらしい。
(まぁ、命あっての物種だな……それより、も……)
色々と気になることは多い。ここはどこなのだろうか? あの後どうやって助かったのだろうか? この右腕につけられている義手は誰が作ったのか? いろいろ気になることはあるが、まずは――
「カナタぁ……ごめん、ごめんカナタぁ……」
何故、俺の寝てるベッドに突っ伏すようにして、レナがうなされているんでしょうか?
いつも澄ましてる戦闘狂の顔はどこにもなくて、涙の跡がくっきりと頬に残っている。握られた俺の左手は、痛いくらいに強く、ずっと離されないままだった。