推し生存の為なら安いもんだ、腕の一本くらい……! 作:シャンクスモドキ
「まぁ、ひとまずは右手右足を義肢にした。再生医療をしようにも、元の手足が焼け尽くされちまってどうにもならねぇからな。しばらくは不自由だが、物はいいからすぐ慣れるはずだ……レナの嬢ちゃんにはとんでもねぇ金をもらったからな。アフターサービスまで完備しといてやるよ」
そう言うのは、全身がサイバネティクスな鎧に覆われた通称ドクター……ゲームじゃキャラクター強化でお世話になるキャラだったが、まさかこんな所で、こんな形で世話になるとはな。
ちなみに今の俺は車椅子状態だ。どうにも義肢が体に馴染まないのか、うまく歩くことができない。だから車椅子……というのは大いに納得できるんだが。
「安心しろカナタ。このまま歩けなくても、私がずっと車椅子を引いてやるからな」
俺が今一番怖いのは、俺の後ろに控えるこの、ハイライトオフな目をした上に腰にポン刀を携えた推しキャラだ。どうしてこうなったと叫びたい……俺が目覚めてから、何をするにしてもレナが甲斐甲斐しく補助してくれている。ドクターに用があって声をかけようとするだけで、車椅子ごとすっと動かされる始末だ。
正直、変な性癖に目覚めそうで大変不健全だ。だが、こういう時に慌てて「もう大丈夫だから」と言い張っても、いい結果には結びつかない。今の俺に必要なのは、下手な意地じゃなく冷静な情報収集だ。
俺はカルテを書くドクターに質問を投げかける。
「ドクター、リハビリしたいんだが、良い方法はないか?」
「そりゃ多少荒くても、自分の足で立って歩いたり、物を握ったり開いたりして体を慣らすのが一番だろうな」
ドクターはペンを走らせる手を止めずに、面倒くさそうにそう答えた。
「機械の腕も脚も、頭でどう動かすか覚えるんじゃなくて、体に叩き込むもんだ。理屈をこねる前に、まず転べ。転んで覚えるのが手っ取り早い」
「転べって……それ医者が患者に吐くセリフか?」
「恐れるなって話だ」
にべもない返しに、俺は思わず苦笑いする。だがまぁ、あながち間違ってもいない気がした。前世のゲームでも、こいつは容赦なくプレイヤーを鍛え上げる調整キャラだったのを思い出す。
「――というわけだ、レナ。カナタが立つ練習をするんだから、そこどけ」
「嫌よ。カナタが倒れたら私が支える」
「常に支える前提で歩かせる気か、お前は」
「当たり前でしょ。カナタに怪我をさせるわけにはいかないもの」
真顔でそう言い切るレナに、ドクターが呆れたようにため息をつく。俺はといえば、車椅子の肘掛けを両手で握りしめながら、内心で盛大にツッコんでいた。
(いや、リハビリってのはある程度転んだり無理したりしてなんぼだろうが……このままじゃ一生車椅子で運ばれる人生まっしぐらだぞ、俺。)
だが、正面から「離れてくれ」と言ったところで、この過保護モード全開の推しキャラが素直に頷くとは思えない。俺は少し考えて、努めて軽い口調で切り出した。
「レナ、頼みがあるんだけど」
「何?」
「俺が転びそうになったら支えるんじゃなくて……隣で、一緒に歩いてほしい。手ぇ、貸してくれ」
支えられるんじゃなく、並んで歩きたい。そう言った瞬間、レナの目がわずかに見開かれるのが分かった。
「……分かった。それなら」
差し出された左手を、俺はぎこちなく握り返す。義肢のせいでうまく力の加減が分からないが、それでも確かに、レナの手の温もりだけは伝わってきた。
ドクターがカルテをめくりながら、面倒くさそうに口を挟む。
「茶番はそこまでにして、さっさと立て。日が暮れる」
「うっせぇ、今からだよ」
俺は車椅子の肘掛けに義手をかけ、震える両脚に力を込めた。
――――――――――――――――――
ドクターは金さえもらえれば何でもするのがモットーだ。金を積めないやつは客じゃないし、金を積むならどんな瀕死な状態でも直してやる。そういう
スキル名は『リジェネレート』……自他問わずに再生能力を爆発的に上げて場合によっては欠損部位まで治す、異常レベルの回復能力の持ち主だ。勿論、程度によっては手の施しようのない場合もあるが、それでも命を繋げる程度のことはできる。
そんなドクターのある日の客は、扉を蹴破るようにして飛び込んできた一人の少女と、その背に担がれた血まみれの男だった。見慣れぬ客ではない――巷で知らぬ者はいない傭兵、レナと、その腰巾着ではないか。
ドクターが驚くよりも先に、レナが叫んだ。
「頼む……ッ、頼むから、こいつを助けて……!」
レナの声は掠れきっていた。普段の凛とした声色はどこにもなくて、ただひたすらに必死な、悲鳴に近い叫びだった。彼女の腕の中で、俺はとっくに意識を手放していたらしい。右腕からはまだ血が滴り、焼け爛れた皮膚が痛々しく晒されていた。
ドクターは椅子に深く腰掛けたまま、片眉を軽く上げただけだった。
「見りゃ分かる。……で、金は? 俺はタダ働きしねぇ主義でな。命の値段が知りたきゃ、まずそこに答えろ」
「いくらでも払う」
そう言うが早いか、レナは腰の物入れをひっくり返した。ガシャン、と硬質な音を立てて、机の上に現ナマの札束と、ずしりと重たい金属貨がぶちまけられる。傭兵稼業で稼いだ、彼女の蓄えなのだろう。
「これで足りないなら、もっと稼いでくる。だから今すぐ……今すぐ、こいつを助けてくれ……」
積み上げられた札束の山を一瞥して、ドクターは初めてわずかに口角を上げたらしい。
「……気に入った。良い
立ち上がったドクターの気配が変わる。淡々としていた声に、初めて職人らしい鋭さが混じった。
「そこの担架に乗せろ。急ぐぞ、右の手足はもう諦めろ――命が最優先だ。丸ごと義肢にさせてもらう」
冷静にそう告げると、ドクターは緊急治療に入った……驚いたのは、あの最強の傭兵と名高いレナが側にいながら、ここまで手ひどく連れがやられたこと。そして何より、レナの入れ込みようだった。
レナの腰巾着の噂は、ドクターの耳にも届いていた。自称ネゴシエーターで、レナの仕事の依頼に関していろいろと手を回していたらしい。報酬を上乗せさせたり、リスクヘッジの取れた依頼を選ばせたり……その辺りの立ち回りの上手さは、業界でも地味に名の知れた話だった。
(腰巾着、ねぇ……間違っちゃいないから何も言えねぇのが辛ぇとこだな。)
ドクターからすれば、レナほどの実力者がわざわざ半人前の男を連れて回っている時点で不可解だったんだろう。強者は基本的に独りで完結する――この世界じゃそれが常識だ。仲間を作れば、その分だけ足を引っ張られるリスクも増える。それを分かった上で、レナはあえて俺を側に置いていた。
処置の手を止めないまま、ドクターはぽつりと呟いたらしい。
「……ま、道理でな」
「何がだ?」
レナが低く聞き返す。声にはまだ張り詰めた緊張が滲んでいた。
「いや、こっちの話だ。……交渉役を、随分と大事に囲ってるみてぇだと思ってな」
その一言に、レナは何も答えなかったという。ただ、俺の左手を握る力だけが、わずかに強くなったらしい。
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「――っと、うおっ!?」
「カナタ!? 大丈夫かカナタ!?」
派手な音を立てて、俺は診療所の硬い床に膝から突っ込んだ。義足の関節がまだ体の重心とうまく噛み合わず、一歩踏み出した瞬間に見事にバランスを崩したのだ。
「い、いてて……派手に転んだ……」
「無理しないで! 今すぐ抱えて運ぶから――」
「いや待てレナ、それただの過保護通り越して過干渉だから。歩く練習してんのに歩かせてもらえなかったら本末転倒だろうが」
膝をさすりながら突っ込む俺を尻目に、ドクターは机の向こうから、書類仕事の手も止めずにこちらを一瞥した。
(……ま、こいつはそんな事、よく分かってねぇんだろうがな。)
転んだ拍子にろくに受け身も取れないネゴシエーターと、それを大袈裟なくらい甲斐甲斐しく心配する最強傭兵。その光景を眺めながら、ドクターは内心そんな事を思っていたらしい。
「拾ってやりたいのは山々だが、生憎うちは治療院であって介護施設じゃねぇんでな。二人でどうにかしろ」
「薄情なやつだな、おい」
軽口を叩きながらも、俺は差し出されたレナの手を、今度は少しだけ素直に借りることにした。転ぶのも含めて、これがリハビリってやつだ――そう自分に言い聞かせながら、俺はもう一度、震える両脚に力を込めた。