推し生存の為なら安いもんだ、腕の一本くらい……!   作:シャンクスモドキ

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推しに褒められて嫌なオタクは居ない。

 

 リハビリ生活も何日か過ぎて……俺もそれなりに動けるようになってきた。流石にリジェネの異能力を持つドクターだけあって、回復のペースも規格外だ。この調子なら、当初の見立てよりもかなり短い期間でまともに歩けるようになりそうな気がする。

 

 問題なのは、俺の怪我の方じゃなくて……

 

「カナタ、あーん」

 

「いや、もう流石に普通に食べられるんだけど……」

 

「あーん」

 

「いや、流石にそれはないって言うか……」

 

「あーん」

 

 駄目だ、この子話が通用しねぇ。問題なのはレナだ。必要ないって言っても、何度でもこうやって世話を焼いてくる。あーんってなんだよ、恋人かでなきゃ俺は赤ちゃんか!?

 

 義肢の扱いにも慣れたいから、あーんなんて恥ずかしい真似はやめてほしいんだが……言っても聞いてくれる気配がまったくない。

 

 目の前には湯気の立つスプーンと、こちらをじっと見据える無表情なレナ。ハイライトの薄い瞳のまま、微動だにせずスプーンを差し出し続けている様は、ある意味プレッシャーだ。降参するまで下がる気はないと言わんばかりの圧がある。

 

 なんでこう頑固になるんだよ……

 

 俺は仕方なく、右手――義手をゆっくりと持ち上げてみせる。

 

「見ろよレナ、ちゃんと自分でスプーン握れるだろ。ほら」

 

 ぎこちないながらも指先が動く。器用とは言えないが、それでも自分の意思でスプーンを持てたことに、俺は内心少しだけ誇らしい気持ちになった。

 

 だが、レナの表情は変わらない。

 

「知ってる。見てたもの。」

「見てたなら分かるだろ、もう一人で食えるって」

「食べられるのと、食べさせてあげたいのは別。」

「屁理屈すぎるだろそれ」

 

 思わず突っ込むと、レナはようやくスプーンを下ろした。……だが、代わりにこちらへ、じっと縋るような視線を寄越してくる。

 

「……ダメ?」

 

 その一言に、俺は言葉を詰まらせた。普段は戦場で誰よりも冷静で、迷いなく敵を斬り伏せるあの目が、今はまるで捨てられかけた犬みたいに揺れている。

 

(――ずるいだろ、それ。)

 

 俺はしばらく葛藤した末、深いため息と共に白旗を上げた。

 

「……分かった、分かったよ。一回だけだからな」

「うん」

 

 途端に表情筋がわずかに緩んだのが分かった。レナにしては、精一杯の笑顔なんだろう。差し出されたスプーンを、俺は渋々口に運ぶ。

 

「……で、いつまで一回だけが続くんだよ、これ」

「さあ?」

 

 悪びれもせずそう返してくるあたり、こいつは絶対に確信犯だ。俺は溜息をつきながらも、次のひと口を大人しく受け入れることにした。どうやら、義肢のリハビリよりも先に、この距離感の近さに慣れる方が先決らしい。

 

 一体全体どうしてこうなった……推しにこうされるのが嫌なわけじゃないが、いくら何でも一気にデレデレになりすぎだと思う。畜生、俺に断る勇気があれば……

 

 気がつけば食事のほとんどをレナに食べさせてもらって終わらせていた。全くもって複雑な気分だ……

 

 嬉しくないと言えば嘘になる。推しに構われて、しかも心配までされているんだから、前世の俺なら三日はハイテンションで眠れなくなるレベルの供給だろう。だが、いざ現実にこうして毎回スプーンを差し出されると、嬉しさよりも先に居た堪れなさが勝つ。

 

 それにこの場面をあの性悪ドクターに見られたらどんな揶揄割れ方をされるか分かった物じゃない。とんでもない煽りをするに決まってるんだあのドクターは。

 

 なんなら写真撮って傭兵仲間にばらまくかもしれない。ドクターはそういうことをやる。原作でもそんなキャラだった。

 

 想像するだけで胃が痛くなる。天下のレナが、腰巾着の男に食事を食べさせている――そんな光景が広まれば、俺の交渉役としての立場もあったもんじゃない。舐められて当然だ。

 

 空になった器を片付けながら、レナはふと思い出したように口を開いた。

 

「そういえば、何か必要なものない?」

「とくにないよ。いいってそんなに気を回さなくて……」

「駄目、カナタはもう少しわがままを言っていいと思う。」

 

 思えばお前に媚びへつらってネゴシエーターとして雇ってもらう時にだいぶ駄々をこねたと思うんだが………

 

「お前こそ、ただのネゴシエーターにこんなに構ってて良いのか?かわりなんかいくらでもいるだろ?」

 

 瞬間、レナの動きが止まりまた、こちらをじっとハイライトの消えた目で見つめてくる。

 

「……確かにネゴシエーターの代わりは居るかもだけど、カナタのかわりはこの世に居ないから。」

「えっ、ありがとう……ございます?」

 

 思わずでたのは素っ頓狂な御礼の言葉だった。するとレナはさらにずきっと顔を近づけてくる……

 

 やめろ顔面偏差値高いからすげぇドギマギするんだよこっちは!! 顔近づけんな!!! 童貞舐めんな!? 陰キャ舐めんな!? こっちの世界に慣れても貞操観念そのままだからすげぇ緊張するんだよ!!

 

 だが、そんな俺の混乱をよそに、レナは至極真面目な顔で続けた。

 

「それにカナタの交渉、いつもすごいと思ってる」

「へ?」

 

 予想外の方向から飛んできた台詞に、俺は間の抜けた声を出してしまった。顔を近づけていたのはただの照れ隠しじゃなくて、本気で言葉を選んでいる最中だったらしい。

 

「この前の依頼、報酬三割増しにさせたでしょう。あの時の相手、絶対に一銭も上乗せする気なかった」

「あー……あれな。足元見られてる依頼主だったから、逆にこっちが余裕見せてやったらすんなり通っただけだよ」

「それができるのがすごいって言ってるの」

 

 レナは淡々と、けれど確かな熱を込めてそう言った。

 

「私は敵を斬ることしかできない。交渉なんて、相手の顔色一つで頭が真っ白になる。でもカナタは、私が絶対に殺されてたような依頼を、何度も生きて帰れる依頼に変えてくれてる」

 

 その言葉に、俺は何も言い返せなかった。

 

(……本人にそこまで見られてたのかよ、俺の交渉術。)

 

 正直、これまでは打算半分の処世術だと思ってた。生き延びるために、レナに取り入るために、必死で頭を絞ってきただけの話だ。それを面と向かって「すごい」なんて言われると、どう反応していいか分からなくなる。

 

「別に、大した事はしてねぇよ。お前が強いから、俺の交渉も通るってだけで」

「違う」

 

 珍しく食い気味に、レナが否定した。

 

「私が強いのと、依頼主が納得するかは別の話。カナタがいなかったら、私は今頃もっとひどい依頼ばっかり押し付けられて、とっくに死んでた」

 

 いやそんな事ないだろと俺が言葉を跳ね返そうとするよりも前に、レナは少しだけ視線を落として、ぽつりと付け足した。

 

「だから、代わりなんて言わないで。カナタは、私にとって唯一だから」

 

 直球すぎる言葉に、俺の思考回路は完全に停止した。前世でモニター越しに拝んでいた推しキャラから、面と向かって「唯一」なんて言われる日が来るとは、誰が予想できただろうか。

 

(……いや待て、待て待て待て。これは深読みするやつじゃない、あくまで戦友としての信頼の話で――)

 

 必死に自分へ言い聞かせようとする俺の内心をよそに、レナはいつもの無表情に戻ると、何事もなかったかのように空になった器を持って立ち上がった。

 

「片付けてくる。カナタはゆっくり休んでて」

「お、おう……」

 

 残された俺は、しばらくの間、天井を見上げたまま動けなかった。頬が妙に熱いのは、きっと部屋の暖房のせいだと思うことにした。

 

 ……いや、やっぱ無理!!推しにあれ言われるのは流石に変な顔になる!!尊い!!えっ何俺のあの口先八丁そんなに変われてたの!?普通に嬉しすぎるんだが!?

 

 あぁ落ち着け……俺のオタク心……これでも今の俺は右腕足を無くしてるんだ変に喜べる状態じゃないんだぞ落ち着け………でも嬉しい!推しからの素直な称賛は嬉しいことこの上ない!

 

 ……リハビリでも同じくらい信用してくれないかなとは思うけどな。今でも隙あらば支えようとしてくるんだもん。ありがたいけどね、常に顔を青くしながら保定されてもこっちも不安になるんだ……

 

 まぁ兎に角、手足使えなくなったからレナに捨てられるってことはなさそうで安心した……そうなったら俺いよいよ終わりだもんなぁ。

 

 そんな事を考えながら、俺はそっと窓の外の荒廃した街並みを眺める事にした。

 

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