推し生存の為なら安いもんだ、腕の一本くらい……! 作:シャンクスモドキ
「よっしゃ立てたァッ!!」
またまた数日後……俺はリハビリルームでようやっと一人で立つことが叶っていた。普通、リハビリってやつはもっと時間がかかるものなんだろうが……これもドクターの異能による治癒の賜物だ。
とは言っても心配なのか、レナはソワソワと落ち着かない様子でこちらを覗き見てくる。心配しすぎだ……少しならこうやって歩くこともできるようになってきてるってのに。
俺は大丈夫の意を伝えるべく、レナにそっと親指を立てて呟く。
「大丈夫大丈夫! 問題ない!」
「本当に? 本当に大丈夫? 何も問題ない? 何かできること――」
「だから大丈夫だって」
言いながら、俺は一歩、また一歩と足を踏み出してみせる。義足の駆動音がギチギチと鳴るたびに、レナの肩がびくっと跳ねるのが視界の端に映った。
「見ろよ、ちゃんと歩けてるだろ」
「……うん。歩けてる」
言葉とは裏腹に、レナの表情はまだ強張ったままだ。両手を胸の前で組んで、俺が一歩踏み出すたびに、まるで自分がその一歩を踏んでいるみたいに息を詰めている。
(お前が緊張してどうすんだよ……)
内心で突っ込みながらも、俺は歩調をゆっくりと速めていく。三歩、四歩、五歩――部屋の端まで、転ぶことなく辿り着けた。
「よっしゃあ! 完歩だ!」
「カナタ……!」
振り返った瞬間、レナが我慢の限界とばかりに駆け寄ってきた。危うく抱きつかれそうになったところを、俺はどうにか両手で受け止める。義手の握力加減がまだ怪しくて、抱きしめ返すというよりは、体重を支えるのに必死だったが。
「よかった……本当に、よかった……」
小さく震える声。強がって覗き見ていた顔の下では、ずっとこんな不安を抱えていたんだろう。俺はその頭を、ぎこちない手つきでそっと撫でた。
「ちゃんと歩けるようになったんだから、もうそんな顔すんなって」
「うん……うん」
しばらくそうして、レナが落ち着くのを待つ。診療所の隅からは、書類仕事をしていたはずのドクターが、こちらをじっと眺めているのに気づいた。
「――で、いつまでイチャついてる気だ。次は階段の昇降訓練に移るぞ」
「んっ、黙っててドクター。」
レナが否定もせず妙に涼しい顔で聞き返してくるものだから、俺は反論する気力を失ってその場に崩れ落ちそうになった。義足がちゃんと踏ん張ってくれたおかげで、今度は転ばずに済んだのが、せめてもの救いだった。
「次は階段か………先は長いな。」
「金をたんまりともらったからな。リハビリサービスまで徹底させてもらうぜ。まぁ、それが終われば退院だな。ほら、階段登ってこい。」
「鬼があんた!?」
ドクターに背中を押されて、俺は階段の歩行練習へと文字通り歩き出すことになるのであった………
―――――――――――――――――――
カナタがリハビリルームを抜けて少しすると、ドクターはレナの方を振り向いてニヤける。
「にしても、まさかあの伝説的強さの傭兵が恋煩いとはねぇ。診てやろうか?」
「ふざけた事をあまり言わないで」
レナは短く切り捨てるように返した。だがその声には、いつもの戦場での鋭さがない。誤魔化しきれない動揺が、わずかに滲んでいるのをドクターは見逃さなかった。
「まあいいさ。……で、真面目な話、聞いてもいいか」
カルテを机に置き、ドクターは椅子の背にもたれて腕を組む。普段の飄々とした調子が、少しだけ影を潜めた。
「お前ほどの実力者が、なんでよりにもよってあんな半人前を側に置いてる?交渉役なんて、金さえ積みゃ他にいくらでも代わりが利くだろう」
その問いに、レナは一瞬言葉を詰まらせた。
「……別に、深い理由なんてない」
「嘘つけ。あの状況で全財産突っ込む女が、深い理由もなく男を連れ回すか?」
図星を突かれたのか、レナの視線がわずかに逸れる。それでもドクターは追及の手を緩めなかった。
「強者は基本、独りで完結するのがこの世界の常識だ。仲間を作りゃそれだけ守るもんが増えて、足も引っ張られる。お前ほどの傭兵なら、誰よりもそれを分かってるはずだ」
「……分かってる。分かってるけど」
レナは俯いたまま、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
「最初は、本当にただの交渉役だった。私が斬って、カナタが後始末をする……それだけの関係のはずだった」
「はずだった、ね」
「でも、カナタは他の交渉役と違った。私の強さを利用するだけじゃなくて……私が何を怖がってるか、何が嫌なのか、ちゃんと見てた。誰も気づかなかった事に、気づいてくれた」
その声に、微かな熱がこもり始める。
「依頼を選ぶ時も、報酬の交渉をする時も……いつも、私が『生きて帰れるか』を一番に考えてくれてた。強さだけを求める連中の中で、そんな奴、他に一人もいなかった」
ドクターは黙って耳を傾けていた。普段の軽薄な態度は鳴りを潜め、職人らしい静けさでレナの言葉を受け止めている。
「だから、代わりが利かない。あいつじゃなきゃ、駄目なの」
言い切ったあと、レナは自分の発言の直球さに気づいたのか、慌てて付け足した。
「……戦友として、の話だから」
「へぇ?」
ドクターの口角が、これ以上ないくらいに吊り上がった。
「戦友、ねぇ。そういう顔で言う台詞じゃねぇと思うがな」
「うるさい」
珍しく耳まで赤くしたレナが、逃げるようにリハビリルームを飛び出していくのを、ドクターは愉快そうに見送った。
「――ま、いい傾向だ。あの調整、そろそろ本人の戦力にも良い影響出てきてるしな」
誰にともなく呟いたその一言は、閉じた診療所の扉に吸い込まれて消えた。
初めてレナとカナタが出会ったのは、レナが拠点にしていた街の廃墟だった。崩れかけた壁の隙間から差し込む夕陽の中、昼寝をしていたレナの耳に、場違いなほど呑気な声が響く。
「おおい!傭兵のレナさんや!いらっしゃいますかぁ!?」
レナは眠りを妨げられ、若干イラつきながらも廃墟の窓から覗き込むように客人を見た……それがカナタだった。
いかにも貧弱そうな体格に、へらへらとした笑み。今まで何人も見てきた、レナの名声に取り入ろうとする輩の一人だというのは、一目で分かった。
「何? 喧嘩でも売りに来た?」
殺気をわずかに滲ませて睨みつけてみても、カナタは一切怯む様子を見せずに、むしろ笑顔でこう問いかけてきた。
「いやいやいや!? そういうのじゃねぇから! 仕事の紹介をね! 危ない橋だけど、あんたなら必ず渡り切れる案件がある! 一口乗らないか?」
「はぁ……いきなり人の家に押し込んでくるような奴の話、信用しろって言うの?」
レナは呆れたようにため息をついた。廃墟に不法侵入してくる輩なんて、大抵はろくでもない依頼か、命知らずの喧嘩の売り込みだ。今更この手の勧誘に耳を貸すつもりはなかった。
だが、次にカナタの口から出た言葉に、レナは思わず眉を上げることになる。
「……あんたがこの仕事を受けている間、俺は依頼主の人質になる。失敗すればアンタは手に入るはずの金を失うだけだが……俺は、命を失う」
さらりとそう言い放ったカナタに、レナは思わず驚きの表情を見せた。口からの出まかせ……とは、どうにも思えなかった。よく見れば、へらへらとした笑みの下、額にはうっすらと冷や汗が浮かんでいる。虚勢を張っているのは明らかだったが、それでも退く気配は微塵もない。
(……相当、向こうも必死なんだろうな。)
「こんなふうに交渉人してると分かるのさ、アンタとは組めるって!どうだ?乗らないか?」
カナタは差し出した手を、そのまま引っ込めずに待っている。断られたらそれまで、と言わんばかりの潔さで。
レナはしばらく黙って、目の前の男を観察した。震える声、隠しきれない冷や汗、それでも一切揺るがない視線。命を賭けるにしては、あまりにも軽い口調。だが、その軽さの裏に、確かな覚悟が透けて見えた気がした。
「――話だけは、聞いてあげる」
レナがそう言って窓枠から身を乗り出した瞬間、カナタの顔がぱっと輝いた。
「マジか! 話が早くて助かるぜ!」
「まだ受けるとは言ってない」
「分かってる分かってる、まずは聞いてくれるだけで御の字だ」
調子のいい笑顔で捲し立てるカナタを見ながら、レナは内心こう思っていたという――この男、命を賭けるくせに、詰めが甘い。
だがその甘さと危うさのバランスが、不思議と嫌いじゃなかった。それが、二人の腐れ縁の始まりだった。