ハピネスチャージプリキュア!夕映えのアーベント   作:Leona

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なんかおかしいと思ったら、設定以外にもボツの方引っ張ってきてた……ごめんなさい、再投稿です


第1話『愛が大好き! キュアラブリー誕生!/夕暮れに残る影』  

 第1話『愛が大好き! キュアラブリー誕生! /夕暮れに残る影』

 

 世界は今、幻影帝国の侵略にさらされていた。

 

 鏡の中へ人々を封じ込め、その心から生まれる不幸を怪物へ変える幻影帝国。彼らが生み出すサイアークによって、町も森も海も、世界のあちこちが不幸に染められている。

 

 だが、人々は希望を失っていない。世界各地には、幻影帝国へ立ち向かう伝説の戦士たちがいた。誰かを守りたいという強い心を力へ変え、今日も世界のどこかで戦い続ける少女たち。

 

 その名は、プリキュア。

 

 そして、プリキュアと幻影帝国の戦いを、どちらの側にも属さず見つめる少年がいた。

 

 少年の名は、赤石悠。

 

 ぴかりが丘学園へ通う、物静かで人付き合いの少ない十四歳の少年。周囲からは、そのように認識されている。

 

 しかし、悠の胸の奥では、人間の心臓とは異なる赤い石が静かに脈打っていた。

 

 ★★★

 

 ぴかりが丘の空を、巨大な拳が横切った。

 

 キュアプリンセスは咄嗟に両腕を交差させたが、サイアークの一撃を受け止めることはできなかった。

 

「きゃあっ!」

 

 青い衣装をまとった少女の身体が弾き飛ばされ、道路の上を何度も転がる。舗装された地面へ肩を打ちつけ、プリンセスは苦痛に顔を歪めた。

 

「まったく、面倒なことですなあ」

 

 気だるそうな声が頭上から降ってくる。幻影帝国の幹部ナマケルダは、傘のような杖を肩へ担ぎながら宙に浮かんでいた。

 

 周囲の建物や街路樹は、サイアークの力によって不気味なカビに覆われている。歩道に出現した大きな鏡の中には、一人の男性が閉じ込められていた。

 

「どうせ勝てないのです。わざわざ立ち上がらず、そこで寝ていれば楽になれますぞ」

 

「そんなこと……」

 

 プリンセスは地面へ手をつき、震える腕に力を込めた。

 

「できない!」

 

 立ち上がろうとする。しかし、足へ力が入らない。サイアークの巨体が迫り、プリンセスの上へ大きな影を落とした。

 

 怖い。

 

 逃げたい。

 

 また負ける。

 

 胸の中に浮かんだ弱気な感情が、身体をさらに重くしていく。

 

 それでも逃げれば、鏡の中にいる人を助けられない。故郷であるブルースカイ王国も、同じように幻影帝国に奪われた。国民も家族も、今なお鏡の中へ閉じ込められている。

 

 自分だけが逃げることなど許されない。そう思っているのに、サイアークの拳を前にすると身体が動かなかった。

 

「サイアーク!」

 

 ナマケルダの命令に応じ、巨大な拳が振り下ろされる。

 

 その瞬間、紫色の光が戦場を切り裂いた。光の弾丸がサイアークの腕へ命中し、その軌道を大きくそらす。拳はプリンセスのすぐ脇へ落ち、道路を砕いた。

 

「誰ですかな?」

 

 ナマケルダが振り返る。

 

 高い建物の上に、紫色のプリキュアが立っていた。風に揺れる長い髪。引き締まった表情。こちらを見据える瞳には、迷いも恐怖も見られない。

 

 キュアフォーチュンだった。

 

 フォーチュンは建物から飛び降りると、プリンセスを守るようにサイアークの前へ着地した。

 

「またあなたなの」

 

「フォーチュン……」

 

 プリンセスの表情に安堵が浮かぶ。だが、フォーチュンは彼女を見ようとしなかった。

 

「下がっていて。今のあなたでは邪魔になるわ」

 

「わ、わたしだって戦えるよ!」

 

「立ち上がることもできないのに?」

 

 冷たい声だった。

 

 プリンセスは何も言い返せず、唇を噛む。

 

 サイアークが両腕を振り回し、フォーチュンへ迫った。フォーチュンは最小限の動きで攻撃をかわし、巨体の懐へ潜り込む。鋭い拳が連続して腹部へ打ち込まれ、サイアークが後退する。

 

 サイアークも反撃を試みるが、フォーチュンの動きを捉えられない。紫色の光をまとった蹴りが顎へ命中し、巨体が大きくのけぞった。

 

「これで終わりよ」

 

 フォーチュンは星形の光を集める。

 

「プリキュア・スターダストシュート!」

 

 無数の星がサイアークを包み込んだ。

 

「星よ、天に帰れ!」

 

 紫色の光が弾け、サイアークの身体が浄化されていく。鏡へ閉じ込められていた男性も解放され、カビに覆われていた町並みが元へ戻った。

 

 ナマケルダは不満そうに鼻を鳴らす。

 

「今日のところは退散ですなあ」

 

 黒い霧がナマケルダを包み、その姿を消した。

 

 プリンセスは変身を解かないまま、フォーチュンへ歩み寄った。

 

「あの、助けてくれて……」

 

「礼はいらないわ」

 

 フォーチュンは振り返る。

 

「あなたが弱いから、私が戦わなければならなかっただけよ」

 

 プリンセスの顔から、わずかに戻っていた明るさが消える。

 

「あなたには、プリキュアとして戦う覚悟が足りない。そんな状態で戦い続ければ、いつか誰かを巻き込むわ」

 

「でも、わたしは……」

 

「守れないなら、戦わない方がいい」

 

 フォーチュンは紫色の光となり、町から去っていった。

 

 残されたプリンセスは、何も言えずに立ち尽くす。

 

 戦いは終わった。人も町も救われた。それなのに、プリンセスの胸には重苦しい感情だけが残っていた。

 

 ★★★

 

 夕方になり、戦場となった道路には普段の人通りが戻っていた。サイアークが出現した痕跡はほとんど残っていない。破壊された道路も、カビに覆われた建物も、浄化とともに元の姿へ戻っている。

 

 ただし、人間には見えないものまですべて消えたわけではなかった。

 

 サイアークが浄化された場所には、薄い煤のようなものが漂っている。それは人間の落ち込み、苛立ち、諦めといった負の感情が変質した残滓だった。

 

 制服姿の少年が、人目を避けるように路地から現れた。

 

 赤石悠は周囲に誰もいないことを確認すると、片膝をついて地面へ手を伸ばす。黒い煤のような残滓が指先へ引き寄せられ、その皮膚へ吸収されていった。

 

 冷え切っていた胸の奥に、わずかな熱が戻る。

 

 悠は小さく息を吐いた。

 

「これだけか」

 

 サイアーク一体分の残滓としては少なかった。強力な浄化を受けたため、負の力の大部分が完全に消滅したのだろう。それでも、何も得られないよりはよかった。

 

 人間の食事では、悠の身体を維持することはできない。パンを食べても、肉や野菜を食べても、胸に埋め込まれたレッドストーンを動かす力にはならなかった。

 

 悠に必要なのは、人間が生み出すマイナスエネルギーだった。

 

 悲しみ。怒り。嫉妬。恐怖。絶望。

 

 それらは悠にとって、生きるために必要な食料だった。

 

 だが、悠は人間から直接感情を奪わない。鏡へ閉じ込められた者へ近づくこともない。誰かを故意に不幸にして、自分の食料を作ることもしない。

 

 浄化後に残された残滓だけを拾う。

 

 それが、彼女と交わした約束だった。

 

『一つ目。人間から直接、不幸を奪わないこと』

 

 記憶の中に声が蘇る。

 

 優しく穏やかで、それでいて間違ったことをすれば厳しく叱る人だった。

 

 氷川まりあ。

 

 キュアテンダー。

 

 悠を怪物ではなく、一人の存在として扱ってくれた最初の人。

 

 彼女が姿を消してから、長い時間が過ぎている。

 

「約束は守っているよ、まりあ」

 

 悠は誰もいない路地で呟いた。

 

 返事はない。

 

 残滓を吸収し終えると、悠はゆっくり立ち上がった。

 

 その瞬間、背後から足音が聞こえた。

 

 悠は反射的に振り返る。

 

 路地の入口に立っていたのは、制服姿の少女だった。長い紫色の髪を持つ、氷川いおな。悠と同じぴかりが丘学園へ通う同級生であり、キュアフォーチュンの正体でもある。

 

 悠はいおなの正体を知っている。

 

 だが、いおなは悠の正体を知らない。少なくとも、悠はそう考えていた。

 

「赤石君」

 

 いおなは訝しげな表情で悠の手元を見る。

 

「こんなところで何をしているの?」

 

「落とし物を探していた」

 

「見つかったの?」

 

「見つからなかった」

 

 悠は嘘が苦手だった。自分でも不自然な答えだと分かっている。

 

 いおなは悠の顔を見つめる。

 

「顔色が悪いわ」

 

「いつもと同じだよ」

 

「いつも悪いという意味かしら」

 

「そうかもしれない」

 

 いおなは眉を寄せた。

 

 同級生ではあるが、悠といおなは親しいわけではない。悠は教室でもほとんど一人で過ごし、昼休みに誰かと食事をすることもなく、放課後になるとすぐに姿を消す。

 

 いおなも他人との馴れ合いを好む性格ではないが、悠の人を避ける態度は少し異質に見えていた。

 

「保健室へ行った方がいいんじゃない?」

 

「必要ない」

 

「倒れてからでは遅いわ」

 

「倒れないよ」

 

「根拠は?」

 

 悠は答えられなかった。

 

 いおなは小さく息を吐く。

 

「余計なお世話なら謝るけれど、自分の身体を粗末にするのはよくないわ」

 

 その言葉が悠の胸へ刺さった。

 

 まりあも、同じようなことを言っていた。

 

 いおなはまりあの妹だ。声や目元だけでなく、時折見せる真剣な表情まで姉によく似ている。

 

 悠は無意識に目をそらした。

 

「気をつける」

 

「そうして」

 

 いおなはそれ以上追及せず、路地を出ていった。

 

 悠はその背中が見えなくなるまで動かなかった。

 

 いおなは知らない。

 

 姉がプリキュアとして戦っていた頃、その傍らに人間ではない怪物がいたことを。悠が今も、まりあとの約束だけを頼りに生きていることを。

 

「二つ目は、守れていないな」

 

 悠は呟いた。

 

『危険な時は一人で抱えず、助けを求めること』

 

 悠には、助けを求める相手がいなかった。まりあがいなくなった今、その約束を守る方法も分からなかった。

 

 ★★★

 

 翌朝、愛乃さんめぐみはテレビ画面に映るプリキュアの活躍へ目を輝かせていた。

 

 海外で活動するプリキュアチームが、巨大なサイアークを相手に戦っている。建物の間を飛び交い、華麗な連携で怪物を追い詰める姿に、めぐみは身を乗り出した。

 

「すごい! 今の攻撃、見た?」

 

「見てたよ。そんなに近づくと目に悪いぞ」

 

 隣に座っていた相楽誠司が、めぐみの額を指で押す。

 

「だって、プリキュアだよ! 世界中で困ってる人を助けてるんだよ!」

 

「分かったから少し落ち着け」

 

「私もプリキュアになれたら、いろんな人を助けられるのになあ」

 

 めぐみは両手を胸の前で組んだ。

 

 プリキュアは誰かを助ける正義の味方だ。困っている人を見つければ、ためらわず駆けつける。どれだけ強い敵が相手でも諦めない。めぐみにとって、それは理想そのものだった。

 

「プリキュアにならなくても、お前は十分いろんな人を助けてるだろ」

 

「もっとたくさん助けたいの!」

 

「お前が倒れたら、今度は誰が助けるんだ」

 

「そのときは誠司が助けてくれるでしょ?」

 

「最初から俺を当てにするな」

 

 言葉では呆れているものの、誠司はめぐみが無茶をするたび、結局は手を貸してくれる。めぐみもそれを分かっていた。

 

 テレビの中でサイアークが浄化される。

 

「よし!」

 

 めぐみは拳を握った。まるで自分が戦ったかのような喜び方に、誠司は苦笑する。

 

「めぐみ、悪いけどお買い物を頼める?」

 

 台所から、母親のかおりが顔を出した。

 

「うん、いいよ!」

 

 めぐみは立ち上がる。

 

「誠司も来る?」

 

「空手の稽古がある」

 

「そっか。じゃあ、私一人で行ってくるね!」

 

 買い物袋を受け取ると、めぐみは元気よく家を飛び出した。

 

 ★★★

 

 商店街へ向かうだけの買い物は、めぐみにとってなかなか終わらなかった。道端で困っている人を見つけるたびに足を止めてしまうからだ。

 

 重そうな荷物を抱えた老人を見れば家まで運び、道に迷った子供がいれば目的地まで案内する。店先で倒れた看板を見つければ、店員と一緒に立て直した。

 

 ようやく商店街に着いた頃には、家を出てから随分と時間が経っていた。

 

「いっけない。急がないと!」

 

 めぐみは買い物袋を抱え、店から店へ走り回る。頼まれた品物をすべて買い終え、帰り道を急いでいると、公園の近くで一人の少年が目に入った。

 

 ぴかりが丘学園の制服を着た、細身の少年だった。ベンチへ座り、じっと地面を見つめている。

 

 めぐみは少年の顔に見覚えがあった。

 

「赤石君?」

 

 声をかけられた悠は、ゆっくり顔を上げる。

 

「愛乃さんさん」

 

「やっぱり赤石君だ。同じ学年だよね」

 

「多分」

 

「多分って、自分の学年でしょ?」

 

「そうだね」

 

 悠は会話を続けようとしなかった。

 

 普段から無口な生徒として知られているが、今日はいつも以上に顔色が悪いように見える。

 

「具合悪いの?」

 

「悪くないよ」

 

「でも、顔が真っ白だよ」

 

「元からだ」

 

「ちゃんとご飯食べてる?」

 

「食べている」

 

 嘘ではない。悠は人間の食事を取っている。ただし、身体を動かす力にはならないだけだった。

 

 めぐみは買い物袋の中を探り、小さな包みを取り出した。

 

「これ、食べる?」

 

 差し出されたのは、個包装された飴だった。

 

 悠はそれを見つめる。

 

「いらない」

 

「甘いものを食べると、少し元気が出るよ」

 

「僕には必要ない」

 

「それ、食べたことある?」

 

「ない」

 

「じゃあ、必要ないかどうか分からないじゃん」

 

 悠は返す言葉に困った。食べたことがなくても、エネルギーにならないことは分かっている。しかし、その理由を説明することはできない。

 

 めぐみは悠の手を取り、飴を握らせた。

 

 その手の冷たさに気づき、目を丸くする。

 

「冷たい!」

 

 悠は素早く手を引いた。

 

「ごめん。急に触って」

 

 めぐみは謝ったが、悠を見る目には警戒よりも心配が浮かんでいる。

 

「本当に大丈夫?」

 

「大丈夫だよ」

 

「困ってることがあったら言ってね。同じ学校なんだし」

 

「どうして?」

 

「どうしてって?」

 

「愛乃さんさんは、僕とほとんど話したことがない」

 

「でも、同じ学校に通ってるでしょ?」

 

「それだけで助けるの?」

 

「同じ学校じゃなくても助けるよ」

 

 めぐみは当たり前のことのように答えた。

 

 悠には理解できなかった。

 

 人間は普通、自分と関係のない者にまで手を差し伸べたりしない。少なくとも、悠が長い時間の中で見てきた人間たちは、そこまで無条件に他人を助ける者ばかりではなかった。

 

 それは悪いことではない。誰にでも自分の生活や守るべきものがある。知らない相手へ手を伸ばすことは、時に自分を危険へさらす。

 

 それでも、目の前の少女は迷わなかった。

 

「愛乃さんさんは、変わっているね」

 

「よく言われる!」

 

 めぐみは明るく笑った。

 

「それじゃ、私もう行くね。お母さんが待ってるから」

 

「うん」

 

「飴、ちゃんと食べてね!」

 

 めぐみは何度か振り返りながら、公園から走り去った。

 

 悠は手の中に残された飴を見る。

 

 人間の食事は動力源にはならない。それでも、食事は人間としての人格を安定させる。

 

 まりあはそう教えてくれた。

 

 食卓を囲むこと。誰かが作った料理を食べること。おいしいと感じたものを覚えておくこと。それらは身体のためではなく、心の形を守るために必要なのだと。

 

 悠は飴の包みを開き、口へ入れた。

 

 舌の上に甘い味が広がる。

 

 胸のレッドストーンは満たされない。冷えた身体も温まらない。

 

 それでも、めぐみの笑顔が頭に浮かんだ。

 

「甘い」

 

 悠は小さく呟いた。

 

 それがその味を表す言葉なのだと、改めて覚えた。

 

 ★★★

 

 ブルースカイ王国大使館。

 

 白雪ひめは、広い部屋の中を落ち着きなく歩き回っていた。

 

「友達なんて無理だよ!」

 

「何を始める前から諦めていますの」

 

 妖精のリボンが、ひめの後ろを追いかける。

 

「だって、知らない人に話しかけるんだよ? 変な顔されたらどうするの? 無視されたら? 嫌われたら?」

 

「話しかける前から、それだけ悪い想像ができるのも立派な才能ですわ」

 

「褒められてる気がしない!」

 

 ひめはソファへ飛び込み、クッションを抱き締めた。

 

 昨日の敗北が、まだ胸の中に残っている。キュアフォーチュンから突きつけられた言葉も忘れられない。

 

 自分では誰も守れない。自分が戦えば、誰かを巻き込む。

 

 すべて間違いだと言い返したい。しかし、実際に一人ではサイアークを倒せなかった。

 

「ひめ」

 

 地球の神ブルーが、穏やかな声で呼びかける。

 

 ひめはクッションから顔を上げた。

 

「君一人で戦う必要はないんだ」

 

「でも、わたしに友達なんて……」

 

「きっと見つかるよ」

 

 ブルーは青い光をまとった小さな結晶を差し出した。

 

「愛の結晶が、君にとって大切な出会いを導いてくれる」

 

 ひめは結晶を受け取る。手のひらの上で、青い光が優しく揺れていた。

 

「これを持っていれば、友達ができるの?」

 

「結晶ができるのは、きっかけを作ることだけだよ。その先は、君自身が相手へ手を伸ばさなければならない」

 

「やっぱり自分で話しかけるんじゃん!」

 

 ひめは頭を抱える。

 

 リボンが呆れたようにため息をついた。

 

「まずは外へ出ましょう。部屋の中では、運命のお友達も見つかりませんわ」

 

「分かってるよ!」

 

 ひめは愛の結晶を握り締めた。

 

 それでも足は玄関へ向かわない。

 

 見かねたリボンが、ひめの背中を押す。

 

「行きますわよ!」

 

「ちょっと、まだ心の準備が!」

 

 そのまま二人は大使館の外へ出ていった。

 

 ★★★

 

 ひめは愛の結晶を持ったまま、ぴかりが丘の町を歩いた。行き交う人々の顔を見ては、誰が運命の友達なのか考える。

 

 優しそうな人。おしゃれな人。自分の言うことを何でも聞いてくれそうな人。できれば、自分から話しかけなくても向こうから声をかけてくれる人。

 

「そんな都合のいい相手はいませんわ」

 

「まだ何も言ってないよ!」

 

「顔に書いてありますの」

 

 ひめは頬を膨らませる。

 

 愛の結晶は何の反応も示さない。

 

「本当にこれで見つかるの?」

 

「ブルー様を信じるのですわ」

 

「信じてるけど……」

 

 ひめは結晶を空へ掲げた。青い光が太陽を反射する。

 

 そのとき、結晶がひめの指から滑り落ちた。

 

「あっ!」

 

 愛の結晶は地面へ落ちず、そのまま意思を持つように空へ飛び上がった。青い軌跡を描きながら、町の向こうへ飛んでいく。

 

「待って!」

 

 ひめとリボンは慌てて追いかけた。

 

 結晶は建物の間を抜け、商店街へ向かう。

 

 買い物を終えて歩いていためぐみは、頭上から近づいてくる光に気づかなかった。

 

「いたっ!」

 

 小さな結晶が、めぐみの頭へ当たる。

 

 地面へ落ちた結晶を拾い上げる。

 

「何だろう。きれい……」

 

 めぐみが手にした瞬間、結晶は柔らかな光を放った。

 

 少し遅れて、ひめとリボンが物陰へ駆け込む。

 

「あの子だよ」

 

「声をかけるのですわ」

 

「無理!」

 

「運命のお友達ですの!」

 

「知らない子だよ!」

 

「これから知るんですわ!」

 

 リボンに背中を押され、ひめは物陰から飛び出した。

 

 めぐみと目が合う。

 

 ひめの頭が真っ白になる。

 

「えっと、その……」

 

 めぐみはひめの服を見ると、瞳を輝かせた。

 

「その服、すっごく可愛いね!」

 

「え?」

 

「青いリボンも、スカートも素敵! 外国のお姫様みたい!」

 

「みたいじゃなくて、本物だけど」

 

「本物のお姫様なの!?」

 

 めぐみが勢いよく距離を詰める。

 

 ひめは反射的に一歩下がった。

 

「あ、あんまり近づかないで!」

 

「ごめん。可愛くて、つい」

 

「可愛い……」

 

 ひめの頬がわずかに赤くなる。

 

 自分から話しかけるつもりだったのに、気づけば相手の方から会話を始めていた。

 

「私は愛乃さんめぐみ。あなたは?」

 

「し、白雪ひめ」

 

「ひめだね!」

 

 めぐみは笑顔で手を差し出した。

 

 ひめはその手を見る。

 

 握ればいい。ただそれだけのことなのに、指先が動かなかった。

 

 この相手に嫌われたらどうしよう。変な子だと思われたらどうしよう。

 

 不安が次々と浮かんでくる。

 

 しかし、めぐみは急かさず、手を差し出したまま待っていた。

 

 ひめはおそるおそる手を重ねる。

 

「よろしくね、ひめ!」

 

 めぐみの手は温かかった。

 

 その温かさに、ひめの緊張が少しだけほどける。

 

 だが、二人が互いのことを詳しく知る時間は与えられなかった。

 

 町の空が、突然灰色へ変わった。

 

 冷たい風が吹き抜け、人々の悲鳴が上がる。巨大な鏡が商店街の中央へ現れた。

 

「幻影帝国!」

 

 リボンが声を上げる。

 

 鏡の上には、ナマケルダが立っていた。

 

「皆さん、今日も随分と忙しそうですなあ」

 

 ナマケルダは商店街を見下ろし、面倒そうに肩をすくめる。買い物袋を持った人々。店先で客を呼ぶ店員。家族のために働く者。友人と笑い合う者。

 

 それらすべてを、退屈そうに眺めていた。

 

「誰かのために働いて、誰かのために悩んで、実にご苦労なことです。何もかも諦めてしまえば、ずっと楽になれますぞ」

 

 ナマケルダが、一人の女性へ杖を向ける。その女性は商店街の飾りつけを直そうと、重い脚立を運んでいた。

 

 女性の背後に鏡が現れる。

 

「鏡に映る未来を最悪に変えよ! 来たれ! サイアーク!」

 

 女性が鏡の中へ閉じ込められ、黒い霧が噴き出した。

 

 霧の中から巨大なサイアークが姿を現す。両腕には商店街の看板を模した大きな板を持ち、頭には派手な飾りがついていた。

 

 サイアークが腕を振ると、黒い風が巻き起こる。商品や看板が吹き飛ばされ、人々が悲鳴を上げた。

 

「ひめ!」

 

 めぐみは隣へ目を向ける。

 

 ひめの顔は青ざめていた。

 

 昨日の敗北が蘇る。

 

 逃げなければ。今なら、まだ逃げられる。

 

 めぐみの手を振りほどき、どこかへ隠れてしまえばいい。

 

 だが、ひめの足は動かなかった。

 

 目の前には、逃げ遅れた人々がいる。そして、事情を何も知らないめぐみがいる。

 

「めぐみ、逃げて!」

 

「ひめちゃんは?」

 

「わたしは……」

 

 ひめはプリチェンミラーを取り出した。

 

 手が震えている。

 

 怖くないわけではない。

 

 それでも、めぐみを置いて逃げることはできなかった。

 

 カードをミラーへ装着する。

 

「プリキュア・くるりんミラーチェンジ!」

 

 青い光がひめの身体を包む。青を基調とした衣装が形作られ、髪が長く伸びていく。

 

 光の中から現れたプリンセスは、震える足を踏み出した。

 

「天空に舞う蒼き風! キュアプリンセス!」

 

 めぐみは目を大きく見開く。

 

「ひめちゃんがプリキュア!?」

 

「ここはわたしに任せて、早く逃げて!」

 

 プリンセスはサイアークへ向かって走る。

 

 高く跳び上がり、顔面へ蹴りを放った。しかし、サイアークは巨大な看板を盾にする。

 

 蹴りを防がれたプリンセスは、空中で体勢を崩した。

 

 サイアークの腕が横から振り抜かれる。

 

「きゃあっ!」

 

 プリンセスは吹き飛ばされ、店のシャッターへ激突した。

 

「ひめちゃん!」

 

 めぐみが駆け寄る。

 

「来ちゃ駄目!」

 

 プリンセスは立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。

 

 サイアークが迫る。

 

 巨大な足が持ち上がり、二人の上へ影を落とした。

 

 プリンセスはめぐみを庇うように前へ出ようとした。

 

 しかし、それより先にめぐみが両腕を広げ、プリンセスの前へ立った。

 

「めぐみ、何してるの!」

 

「ひめを置いて逃げられないよ!」

 

「わたしはプリキュアなんだよ!」

 

「それでも、ひめはひめでしょ!」

 

 めぐみはサイアークを見上げる。

 

 怖い。身体が震えている。

 

 それでも足を動かさなかった。

 

「ひめは、私を逃がすために怖いのを我慢して戦ったんだよね」

 

「それは……」

 

「だったら、今度は私がひめを守る!」

 

 めぐみの手に握られていた愛の結晶が、強い光を放った。

 

 光の中から、プリチェンミラーと一枚のカードが現れる。

 

「これは……」

 

 リボンが驚きに目を見開く。

 

「めぐみ、あなたにもプリキュアの力が!」

 

 めぐみはプリチェンミラーを握り締めた。

 

 心の中へ、何をすればよいのかが流れ込んでくる。

 

 この力があれば、ひめを守れる。

 

 町の人々を助けられる。

 

 めぐみはカードをミラーへ装着した。

 

「プリキュア・くるりんミラーチェンジ!」

 

 桃色の光が商店街へ広がる。

 

 めぐみの身体をリボンが包み、桃色と黒を基調とした衣装が形作られていく。胸にハートが輝き、長い髪が風になびいた。

 

 めぐみは大きく腕を広げる。

 

「世界に広がるビッグな愛! キュアラブリー!」

 

 桃色のプリキュアが、サイアークの前へ降り立った。

 

「めぐみが、プリキュアに……」

 

 プリンセスは呆然とラブリーを見つめる。

 

 ラブリー自身も、変身した自分の姿へ驚いていた。

 

「本当にプリキュアになっちゃった!」

 

 サイアークが巨大な足を振り下ろす。

 

 ラブリーは両手で足を受け止めた。

 

 凄まじい衝撃が地面を揺らし、足元に亀裂が走る。だが、ラブリーの身体は倒れなかった。

 

「すごい力!」

 

 ラブリーはサイアークの足を押し返す。

 

 巨体が後方へよろめいた。

 

「何ですかな、このプリキュアは!」

 

 ナマケルダが驚きの声を上げる。

 

 ラブリーはサイアークへ向かって走った。

 

「えいっ!」

 

 勢いのまま放った拳が、サイアークの腹へ命中する。巨体が浮き上がり、商店街の広場まで吹き飛ばされた。

 

 ラブリーは自分の拳を見つめる。

 

「私、強い!」

 

「油断しちゃ駄目!」

 

 プリンセスが叫ぶ。

 

 倒れたサイアークはすぐに立ち上がり、二枚の看板を打ち合わせた。黒い衝撃波が広がる。

 

 ラブリーは反応が遅れ、まともに衝撃を受けた。

 

「きゃあっ!」

 

 今度はラブリーが地面を転がる。

 

「力が強くても、戦い方を知らなければ隙だらけですなあ」

 

 ナマケルダが笑う。

 

 サイアークはラブリーへ迫る。

 

 プリンセスは恐怖をこらえ、サイアークの背後へ飛び込んだ。

 

「プリンセス・弾丸マシンガン!」

 

 青い光弾が連続して放たれる。光弾を受けたサイアークは攻撃を止め、プリンセスへ振り返った。

 

「今だよ、ラブリー!」

 

「うん!」

 

 ラブリーは地面を蹴り、サイアークの懐へ飛び込む。桃色の光が拳へ集まった。

 

「ラブリー・パンチングパンチ!」

 

 強烈な拳がサイアークの身体へ打ち込まれる。

 

 サイアークは大きく吹き飛び、地面へ倒れた。

 

 ラブリーはプリンセスの隣へ戻る。

 

「ありがとう、ひめ!」

 

「べ、別に。わたし一人でも戦えたし」

 

「さっき吹き飛ばされてたよ?」

 

「それはラブリーもでしょ!」

 

 二人が言い合っている間に、サイアークが起き上がろうとする。

 

 リボンが慌てて飛んできた。

 

「今こそ浄化するのですわ!」

 

「浄化?」

 

「ラブプリブレスに愛の光を集めるのです!」

 

 ラブリーは左腕のラブプリブレスへ手を添えた。桃色の光が集まり、大きなハートを形作る。

 

「愛の光を聖なる力に!」

 

 ラブリーは両手でハートを押し出した。

 

「プリキュア・ピンキーラブシュート!」

 

 桃色の光がサイアークを包み込む。

 

「ラブリー!」

 

 サイアークの身体が光へ変わり、空へ昇っていく。鏡に閉じ込められていた女性も解放された。

 

 灰色だった空に青さが戻り、壊された商店街も元の姿へ戻っていった。

 

「やった!」

 

 ラブリーは両手を上げて喜ぶ。

 

 プリンセスはその姿を、眩しそうに見つめていた。

 

 一人では勝てなかった。だが、二人ならサイアークを倒すことができた。

 

 何より、怖くても逃げずに戦えた。

 

 めぐみが隣にいてくれたからだ。

 

「ひめ!」

 

 変身を解いためぐみが、ひめへ抱きつく。

 

「ちょっと、急に抱きつかないで!」

 

「ひめがプリキュアだったなんて、びっくりしたよ!」

 

「それより、めぐみまでプリキュアになったことの方が大事件だよ!」

 

「これから一緒に戦えるね!」

 

「まだ一緒に戦うって決めたわけじゃ……」

 

 ひめは言いかけて、めぐみの笑顔を見る。

 

 拒む言葉が出てこなかった。

 

 愛の結晶が導いた、運命の友達。

 

 今はまだ、めぐみの勢いに振り回されているだけかもしれない。

 

 それでも、先ほど握った手の温かさを、ひめはもう一度感じたいと思った。

 

「仕方ないから、一緒に戦ってあげる」

 

「本当? やった!」

 

「だから抱きつかないでってば!」

 

 二人の声が、元へ戻った商店街に響いた。

 

 ★★★

 

 戦いが終わったあとも、悠は物陰から動かなかった。

 

 サイアークが出現した瞬間、胸のレッドストーンが強く反応していた。同種の力を感じ取ったためだ。

 

 悠は戦場へ近づいたものの、自分の正体を明かすつもりはなかった。力を解放すれば、幻影帝国に存在を知られる。プリキュアからも敵と判断されるだろう。

 

 何より、戦いへ割って入る必要はなかった。新たに生まれたキュアラブリーとキュアプリンセスは、自分たちの力でサイアークを浄化した。

 

 悠はそれを見届けただけだった。

 

 人通りが戻り始める前に、戦場へ残された負の残滓を集める。黒い煤のようなものが、悠の手へ吸収されていった。

 

 今度の残滓は、昨日よりも多い。胸の痛みが薄れ、赤くなりかけていた瞳が元の色へ戻っていく。

 

「これなら、しばらくは保つ」

 

 悠は手を閉じた。

 

 そのとき、背後から声をかけられた。

 

「赤石君?」

 

 悠の身体がわずかに強張る。

 

 振り返ると、めぐみが立っていた。ひめとリボンは、少し離れた場所で商店街の人々の様子を確認している。

 

「こんなところで何してるの?」

 

「通りかかっただけだよ」

 

「さっきの怪物、見た?」

 

「少しだけ」

 

 悠はまた、下手な嘘をついた。

 

 戦いを最初から最後まで見ていた。

 

 めぐみがプリキュアへ変身するところも。初めての戦いで、怖がりながら前へ進んだところも。

 

「怪我してない?」

 

 めぐみが悠の顔を覗き込む。

 

「していない」

 

「よかった」

 

 めぐみは胸を撫で下ろした。

 

 自分がプリキュアであることを隠そうとしている様子だが、表情には戦いを終えた興奮が残っている。

 

 悠はめぐみの正体に気づいていることを口にしなかった。

 

 プリキュアの正体を知っていると知られれば、自分自身についても疑われる。

 

 今はまだ、めぐみたちへ近づくべきではない。

 

「愛乃さんさん」

 

「何?」

 

「さっきの飴」

 

「食べてくれた?」

 

「うん」

 

 悠は少し迷ってから続ける。

 

「甘かった」

 

 めぐみは一瞬きょとんとしたあと、嬉しそうに笑った。

 

「飴だからね!」

 

「そうだね」

 

「元気は出た?」

 

 悠は胸へ手を当てる。

 

 動力源にはならなかった。身体を維持する力にもならなかった。

 

 それでも、戦場でめぐみが立ち上がった姿を見たとき、飴の甘さを思い出した。

 

「少しだけ」

 

 悠が答えると、めぐみの笑顔がさらに明るくなる。

 

「じゃあ、今度はもっとおいしいものをあげるね!」

 

「別にいいよ」

 

「遠慮しなくてもいいって!」

 

「遠慮ではない」

 

「じゃあ約束ね!」

 

「約束した覚えはないよ」

 

 めぐみは気にせず、ひめのもとへ戻っていった。

 

 悠はその背中を見送る。

 

 約束。

 

 その言葉は、悠にとって軽いものではなかった。三百年という時間の中で、今も守り続けている三つの約束がある。

 

 だが、めぐみにとっての約束は、次に会うことを疑わない言葉なのかもしれない。

 

「また会うつもりなんだ」

 

 悠の口元が、ほんのわずかに緩んだ。

 

 ★★★

 

 夕暮れ。

 

 悠は一人で暮らす小さな部屋へ戻った。

 

 机の上には教科書が並び、棚には最低限の食器が置かれている。冷蔵庫には人間の食事も入っていた。

 

 胸のレッドストーンを動かす力にはならない。それでも、悠は毎日食事を取る。まりあが人間の生活を忘れないようにと言ったからだ。

 

 悠は簡単なスープを温め、パンと一緒にテーブルへ並べた。

 

 一人分の食事。

 

 向かいの席には誰もいない。

 

 かつて、まりあが何度かこの部屋を訪れ、一緒に食事をしたことがある。食事の必要がないと言う悠へ、まりあは笑いながらパンを押しつけた。

 

『必要があるかどうかだけで決めていたら、人生は寂しくなるわ』

 

 その意味は、今も完全には分からない。

 

 悠はスープを口に運ぶ。

 

 温かい。

 

 味は分かる。

 

 おいしいという感覚も、以前よりは理解できるようになった。

 

 それでも、一人で食べる食事はどこか空虚だった。

 

 机の横には、まりあが残していった小さな手帳が置かれている。

 

 悠は手帳を開く。

 

 最後のページには、まりあの字で三つの約束が書かれていた。

 

 一、人間から直接不幸を奪わないこと。

 

 二、危険な時は一人で抱えず、助けを求めること。

 

 三、生きたいと願うことを悪いと思わないこと。

 

 悠は一つ目の文章を指でなぞる。

 

 これは守っている。

 

 二つ目は守れていない。

 

 三つ目については、今もよく分からない。

 

 自分が生き続けるためには、誰かが生み出した負の感情を摂取しなければならない。人を直接傷つけていないとしても、自分の存在は不幸に依存している。

 

 そのような自分が、生きたいと願ってよいのだろうか。

 

 悠は手帳を閉じた。

 

 窓から差し込む夕日が、部屋を赤く染めている。

 

 ガラスに映る悠の胸には、人間の姿では見えないはずのレッドストーンが赤く輝いていた。

 

 鏡の中の悠の姿が、一瞬だけ異形へ変わる。

 

 二本の角。

 

 黒い身体。

 

 赤い宝石。

 

 人間の中へ潜み、人間の愛を観測し、いつか絶望へ反転させるために生み出された試作型人型サイアーク。

 

 悠はすぐに目を閉じた。

 

 再び窓を見ると、そこには人間の少年の姿だけが映っている。

 

「僕は人間じゃない」

 

 誰に言うでもなく、悠は呟いた。

 

 それは事実だ。

 

 否定するつもりもない。

 

 だが今日、人間の少女から飴をもらった。その少女は、初めてプリキュアへ変身し、出会ったばかりの少女を守るために戦った。

 

 悠の胸には、レッドストーンがある。

 

 めぐみの胸には、何があるのだろう。

 

 何が彼女を、あれほど迷いなく他人のために動かすのだろう。

 

「愛、か」

 

 悠はその言葉を口にした。

 

 知識としては知っている。だが、自分が理解しているとは思えない。

 

 窓の外では、夕日が町の向こうへ沈み始めていた。

 

 昼でも夜でもない、光と闇が混じり合う時間。

 

 悠はその景色を見つめながら、昼間にもらった飴の包みを机の引き出しへしまった。

 

 捨てる理由がなかった。

 

 ただ、それだけだ。

 

 今はまだ、そういうことにしておいた。

 

 ★★★

 

 ブルースカイ王国大使館では、めぐみとひめが互いに向かい合っていた。

 

「これからよろしくね、ひめちゃん!」

 

「一緒に戦うのはいいけど、わたしが先輩だからね」

 

「先輩?」

 

「わたしの方が先にプリキュアになったもん!」

 

「じゃあ、いろいろ教えてね!」

 

 めぐみが素直に頭を下げると、ひめは困った顔になった。

 

「えっと、それは……」

 

「ひめはまだ、教えられるほど戦えていませんわ」

 

 リボンの言葉に、ひめが飛び上がる。

 

「余計なこと言わないで!」

 

 めぐみは笑いながら、ひめの手を取った。

 

「一緒に強くなればいいよ!」

 

 ひめは握られた手を見る。

 

 怖くても戻ることができた。

 

 一人では勝てなくても、二人なら勝てた。

 

 それは、昨日までのひめにはなかったものだった。

 

「仕方ないなあ」

 

 ひめは小さく笑う。

 

「わたしがめぐみを立派なプリキュアにしてあげる!」

 

「うん!」

 

 こうして、新たなプリキュアが誕生した。

 

 それと同時に、三百年もの間一人で生きてきた人型サイアークの静かな日常にも、小さな変化が生まれていた。

 

 愛乃さんめぐみは、まだ彼の正体を知らない。

 

 白雪ひめも、大森ゆうこも、氷川いおなも知らない。

 

 赤石悠自身もまた、この出会いが自分をどこへ導くのか知らなかった。

 

 ただ一つ確かなことがある。

 

 夕映えの中に立つ少年は、この日初めて、次に誰かと会うことを少しだけ待ち遠しいと思った。

 

 次回予告

 

 めぐみ:

「私、プリキュアになっちゃった! これからひめちゃんと一緒に頑張るよ!」

 

 ひめ:

「まずはプリキュアの秘密をちゃんと守ってもらわないとね」

 

 めぐみ:

「大丈夫! 誠司にもお母さんにも絶対ばれないよ!」

 

 悠:

「愛乃さんさん。鏡を鞄から落としたよ」

 

 めぐみ:

「わあっ! 見てないよね、赤石君!?」

 

 悠:

「何を?」

 

 ひめ:

「絶対に怪しまれてる!」

 

 めぐみ:

「次回、第2話『ひめとめぐみの友情! ハピネスチャージプリキュア結成!! /二人で選ぶ最初の一歩』」

 

 悠:

「僕には関係のない話だよ」

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