ハピネスチャージプリキュア!夕映えのアーベント   作:Leona

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第10話『歌うプリキュア! キュアハニー登場!!/響く歌と、名乗らない少女』

第10話『歌うプリキュア! キュアハニー登場!! /響く歌と、名乗らない少女』

 

 月曜日の朝、ぴかりが丘学園の廊下には、妙に聞き覚えのある旋律が流れていた。

 

「ごっはんを食べると、元気になる~♪」

 

 教室へ入ろうとしていたひめの足が止まる。前を歩く一年生の女子生徒が、鼻歌交じりに例の歌を口ずさんでいた。

 

「まただ……」

 

 ひめは額へ手を当てた。その横では、めぐみがすぐに続きを歌い始める。

 

「みーんな笑顔で、しあわせいっぱい~♪」

 

「めぐみまで歌わないでよ!」

 

「だって、一回聞くと頭から離れないんだもん」

 

「昨日からずっとこれだよ! 商店街でも、公園でも、テレビでも!」

 

 登校途中には子供たちが歌い、商店街では店員が口ずさみ、昨夜は地域ニュースでキュアハニーが戦場で歌う映像まで流れていた。正体不明の歌うプリキュアは、たった一日でぴかりが丘の話題をさらっていた。

 

 二人が教室へ入ると、そこでも数人の生徒が同じ歌を歌っている。

 

 誠司は自分の席で鞄を片づけながら、呆れたようにめぐみを見る。

 

「お前、朝からずっと歌ってるな」

 

「いい歌でしょ?」

 

「悪くはないけど、さすがに聞きすぎた」

 

「ほら!」

 

 ひめが勢いよく誠司を指さした。

 

「誠司も飽きてる!」

 

「飽きたとは言ってないだろ」

 

 窓際では、悠が教科書を開いていた。ひめがすぐにそちらへ向き直る。

 

「赤石くんはどう思う?」

 

「何を?」

 

「ハニーの歌!」

 

 悠は少し考える。

 

「不思議な力があると思う」

 

「歌の感想を聞いてるの!」

 

「音程は安定していたよ」

 

「そういうことでもない!」

 

 めぐみが悠の机へ身を乗り出した。

 

「でも、やっぱり普通の歌じゃないんだよね?」

 

「うん。サイアークだけではなく、周囲の負の力まで一時的に弱くなっていた。人の心を無理に変える感じではなかったけど、緊張や敵意が緩んでいたと思う」

 

「じゃあ、ハニーってすっごいプリキュアなんだね!」

 

「それは戦ってるところを見れば分かるじゃん」

 

 ひめは腕を組む。

 

「問題は正体だよ。突然現れて、歌って、助けて、そのまま帰るなんて怪しすぎる!」

 

「助けてもらったのに?」

 

「それとこれとは別!」

 

 その時、教室の扉からゆうこが入ってきた。

 

「おはよう、みんな」

 

「ゆうゆう!」

 

 めぐみがすぐに駆け寄る。

 

「聞いてよ! ひめがハニーを怪しいって言うんだよ!」

 

「怪しいでしょ! 正体も目的も何も言わないんだよ!」

 

 ゆうこは二人を見比べ、少し考えた。

 

「名乗りたくない理由があるのかもしれないね」

 

 ひめが目を細める。

 

「ゆうこ、ハニーに甘くない?」

 

「助けてもらったからかな」

 

「それだけ?」

 

「それだけだよ」

 

 ゆうこは自然に自分の席へ向かった。机へ鞄を置くと、小さな包みを取り出し、悠の机へ置く。

 

「赤石君、これ」

 

「今日は何?」

 

「焼いた鮭を混ぜた小さいおにぎり。朝ごはん、ちゃんと食べた?」

 

「食べたよ」

 

「何を?」

 

「パン」

 

「それだけ?」

 

 悠が黙る。

 

 ゆうこは少しだけ眉を下げた。

 

「じゃあ、二時間目の休みくらいに食べようか。今すぐじゃなくてもいいよ」

 

「ありがとう、大森さん」

 

 そのやり取りを見ていたひめは、突然ゆうこの顔をじっと見つめた。

 

「何、ひめちゃん?」

 

「いや……」

 

 ひめは首を傾げる。

 

「なんか、ハニーも食べ物の話ばっかりしてたなと思って」

 

 めぐみが目を輝かせた。

 

「確かに!」

 

 ゆうこの動きがほんの一瞬だけ止まる。

 

「ごはんが好きな人は、たくさんいるんじゃないかな」

 

「でも声もちょっと似てた!」

 

「変身したら声の響きも変わるんじゃない?」

 

 悠が口を挟む。

 

「赤石くんは知ってるの?」

 

「知らないよ。僕も、人間の姿と別の姿で同じ声になるとは限らないと思っただけ」

 

 言ってから、悠は自分で口を閉じた。

 

 三人の視線が集まる。

 

「別の姿?」

 

 めぐみが聞き返す。

 

「例えばの話だよ」

 

「返事が早い」

 

 誠司が言う。

 

 悠は教科書へ視線を戻した。

 

「授業が始まるよ」

 

「まだ先生来てないよ」

 

「前にもそれ聞いた!」

 

 ひめが机を指さしたところで、本当に担任教師が教室へ入ってきた。話はそこで途切れたが、悠は内心で自分の失言を悔やんでいた。

 

 一方のゆうこは、誰にも見えないよう小さく息を吐いていた。

 

 ★★★

 

 昼休みになると、めぐみとひめは屋上へ上がった。

 

 ゆうこ、誠司、悠も後から続き、いつもの場所で弁当を広げる。晴れた空の下、ひめはおにぎりを一口食べるより早く、自作の紙を机代わりのベンチへ広げた。

 

 中央には大きく『キュアハニー正体候補』と書かれている。

 

「何これ」

 

 誠司が顔をしかめた。

 

「ハニーの正体を突き止める作戦!」

 

「いつ作ったんだ?」

 

「休み時間!」

 

「勉強しろよ」

 

 ひめは誠司を無視し、候補欄を指さす。

 

「まず条件その一。女の子!」

 

「広いね」

 

 悠が言う。

 

「条件その二。歌が上手!」

 

「まだ広いな」

 

「条件その三。食べ物が好き!」

 

 ひめは勢いよくゆうこを指さした。

 

「つまり、ゆうこ!」

 

 ゆうこはちょうど卵焼きを口へ運ぼうとしていたところだった。

 

「私?」

 

「怪しい!」

 

「ひめ、それだけで決めるのは早いよ」

 

 めぐみが言いながら、なぜかゆうこをじっと見る。

 

「でも、ゆうゆうって歌うまいよね」

 

「そうかな?」

 

「料理してる時、よく歌ってるじゃん!」

 

「ごっはん、ごっはんってやつ」

 

 ひめが真似をする。

 

 ゆうこは少し困ったように笑った。

 

「料理してると、楽しくなって歌うことはあるよ」

 

「ほら!」

 

「それだけでプリキュア扱いするな」

 

 誠司がひめの紙を取り上げる。

 

「そもそも、本人が名乗りたくないなら無理に暴く必要ないだろ」

 

「でも一緒に戦うかもしれないんだよ!」

 

「だからって、学校中の女子を調べるつもりか?」

 

「必要なら!」

 

「やめろ」

 

 ひめは紙を取り返し、頬を膨らませた。

 

「めぐみだって気になるでしょ?」

 

「気になるよ。でも、会ったら直接聞けばいいんじゃないかな」

 

「素直に教えてくれたら苦労しないじゃん!」

 

 悠は鮭のおにぎりを食べながら、三人の会話を聞いていた。キュアハニーの正体に興味がないわけではない。戦場へ突然現れた以上、その力の性質は知っておきたい。しかし、誰なのかを突き止める必要までは感じなかった。

 

「白雪さん」

 

「何?」

 

「正体が分かったら、どうするの?」

 

「どうするって……」

 

 ひめは言葉に詰まる。

 

「一緒に戦ってってお願いする!」

 

「断られたら?」

 

「え?」

 

「ハニーが自分の理由で名乗っていないなら、正体を知っても仲間になるとは限らないよ」

 

 ひめは紙へ視線を落とす。

 

 めぐみも少し考え込んだ。

 

「じゃあ、まずハニーがどうしたいか聞く?」

 

「その方がいいんじゃないかな」

 

「赤石がそれを言うのか」

 

 誠司が横から呟いた。

 

 悠は黙る。

 

 ひめも即座に乗ってきた。

 

「自分のことは全然言わないのに!」

 

「それは……」

 

「赤石くんも、何か理由があるんでしょ?」

 

 ひめは責めるというより、確認するように尋ねた。

 

 悠は少し間を置いた。

 

「あるよ」

 

「じゃあ、ハニーにもあるかもしれないってこと?」

 

「そう思う」

 

 ひめはしばらく紙を見つめたあと、候補一覧を折り畳んだ。

 

「分かった。勝手に調べるのはやめる」

 

 めぐみが嬉しそうに笑う。

 

「ひめ、えらい!」

 

「子供扱いしないでよ! でも、次に会ったら絶対聞くからね!」

 

「それはいいと思うよ」

 

 ゆうこは静かに弁当を食べながら、その会話を聞いていた。

 

 少しだけ、表情が柔らかくなっていた。

 

 ★★★

 

 放課後、大森ごはんでは夕食の仕込みが始まっていた。

 

 ゆうこは厨房で野菜を切りながら、午前中から何度も聞いた歌を小さく口ずさんでいる。店の奥では母親が鍋を見ており、父親は配達の準備をしていた。

 

「ゆうこ、今日は楽しそうね」

 

 母親に言われ、ゆうこは手を止める。

 

「そう見える?」

 

「鼻歌がいつもより多いもの」

 

「うーん」

 

 ゆうこは包丁を置き、切った野菜をボウルへ移した。

 

「友達に、ちょっと隠し事をしてるからかな」

 

「楽しいのに隠し事?」

 

「楽しいから、言いたくなってきたの」

 

 母親は意味を尋ねず、娘の様子を見る。

 

 ゆうこは少しだけ考え、笑った。

 

「もう少し自分で考えてみるね」

 

「そう。話したくなったら聞くわ」

 

 それだけ言って、母親は鍋へ戻った。

 

 ゆうこは窓の外へ目を向ける。

 

 キュアハニーとして戦い始めた理由は単純だった。

 

 幻影帝国に苦しめられる人々を助けたい。

 

 おいしい食事を囲み、安心して笑える日常を守りたい。

 

 ブルーから力を与えられた時も、一人で戦うことを特別だとは思わなかった。必要な時に現れて、できることをして、また普段の生活へ戻ればいい。

 

 けれど、ラブリーとプリンセスと一緒に戦った昨日は少し違った。

 

 二人が互いに声を掛けながら立ち上がる姿を見て、自分もその輪の中へ入りたいと思った。

 

 助けるだけではなく、同じ場所で笑いたい。

 

 ゆうこは包丁を握り直した。

 

「名乗った方が、おいしいタイミングかな」

 

 自分で呟いてから、少し笑う。

 

「これは食べ物じゃないか」

 

 ★★★

 

 その頃、めぐみとひめは商店街で買い物をしていた。

 

 誠司と悠も一緒で、めぐみが頼まれた日用品を買うついでに、ひめの文房具を選ぶことになっていた。

 

「このペン、可愛い!」

 

 ひめが星形の飾りがついたペンを手に取る。

 

「でも、こっちも捨てがたい……」

 

「両方買えば?」

 

 めぐみが言う。

 

「めぐみ、すぐそういうこと言うよね。お金には限りがあるんだから!」

 

「ひめがそれを言うようになったんだな」

 

 誠司が感心したように呟く。

 

「学校に通い始めたら、文房具って意外と減るんだよ!」

 

 ひめは真剣だった。

 

 悠は少し離れた棚で、普通の黒いボールペンを一本だけ手に取っている。

 

「赤石くん、それだけ?」

 

「うん」

 

「もっと可愛いのにしなよ!」

 

「字が書ければいいよ」

 

「そういうところがダメなの!」

 

「何が?」

 

「生活に楽しさがない!」

 

 ひめは勝手に青い夕焼け模様のペンを選び、悠の手へ押しつけた。

 

「白雪さん」

 

「赤石くん、夕焼けを見るの好きそうじゃん」

 

 悠はペンに描かれた橙色の空を見る。

 

「どうして?」

 

「いつも帰る時、夕日を見てるから」

 

 自分では気づいていなかった。

 

 ひめはすでに別の商品へ目を移している。

 

 悠は普通の黒いペンと夕焼け模様のペンを見比べ、結局二本とも籠へ入れた。

 

 誠司がそれを見て口元を緩める。

 

「買うんだな」

 

「予備があっても困らないから」

 

「そういうことにしておくか」

 

「何?」

 

「何でもない」

 

 店を出ると、商店街の大型モニターからキュアハニーの歌が流れていた。昨日撮影された映像らしく、黄色いプリキュアがサイアークの前で歌っている。

 

 通りを歩く人々も足を止めて見上げていた。

 

「やっぱり人気なんだね」

 

 めぐみが嬉しそうに言う。

 

 ひめも画面を見上げる。

 

「歌うだけでこんなに目立つんだ……」

 

「ひめも歌えば?」

 

「私だって歌えるよ!」

 

「今歌ってみる?」

 

「ここでは嫌!」

 

 二人が話している間、悠はモニターではなく、商店街の反対側へ顔を向けていた。

 

 胸のレッドストーンが微かに震えている。

 

「相楽君」

 

 声の調子が変わった。

 

 誠司もすぐに気づく。

 

「来たのか?」

 

「近い」

 

 次の瞬間、通りの奥から悲鳴が上がった。

 

 ★★★

 

 商店街の小さな音楽店の前で、一人の少女が泣いていた。

 

 少女は学校の合唱部に所属しており、近く開かれる発表会で独唱を任される予定だった。しかし、練習中に何度も失敗し、他の部員から「代わってもらった方がいいのではないか」と言われてしまったらしい。

 

「みんなの前で歌うの、もう怖い……」

 

 その心へ、ホッシーワが目をつけた。

 

「歌なんて、上手な者だけが歌えばよろしいのですわ」

 

 街灯の上で、ホッシーワが扇を広げる。

 

「下手な歌を聞かされる方は迷惑ですもの」

 

「違うよ!」

 

 めぐみが声を上げる。

 

 ホッシーワは四人へ気づき、楽しそうに笑った。

 

「あら。またあなたたち?」

 

「その子から離れて!」

 

 めぐみとひめが前へ出ようとする。

 

 ホッシーワは杖を少女へ向けた。

 

「鏡に映る未来を最悪に変えよ! 来たれ! サイアーク!」

 

 少女が鏡へ閉じ込められ、黒い音符が通りへあふれ出した。

 

 現れたサイアークは巨大なスピーカーとマイクを組み合わせた姿をしていた。胸には大きな音量計がつき、口を開くたび、不快なほど大きな音が周囲へ響く。

 

「歌え! 歌え! 完璧に歌え!」

 

 黒い音波が商店街を走る。

 

 人々は耳を押さえ、次々とその場へしゃがみ込んだ。

 

「ここじゃ変身できない!」

 

 ひめが周囲を見る。

 

 誠司はすぐに状況を判断する。

 

「俺と赤石で避難させる。二人は行け!」

 

「お願い、誠司!」

 

 めぐみとひめは路地へ駆け込んだ。

 

 悠は地面に倒れた看板を起こし、人の流れを別の道へ誘導する。

 

「音楽店から離れてください。裏通りへ!」

 

 誠司も子供を抱えた女性を安全な場所へ案内する。

 

 黒い音波が再び飛んできた。

 

 悠は反射的に人々の前へ立とうとしたが、途中で止まる。

 

 自分が全部受ける必要はない。

 

「相楽君! 右のシャッターを閉められる?」

 

「やってみる!」

 

 二人で近くの店舗のシャッターを下ろし、即席の遮蔽物を作る。音波が金属板へぶつかり、激しい振動を生んだが、避難していた人々へ直接届くことはなかった。

 

「これなら少し保つ」

 

 悠が言う。

 

「次の通りへ移すぞ」

 

 誠司が答える。

 

 二人はすぐに避難誘導へ戻った。

 

 ★★★

 

「プリキュア・くるりんミラーチェンジ!」

 

 路地裏から桃色と青の光が弾ける。

 

「世界に広がるビッグな愛! キュアラブリー!」

 

「天空に舞う蒼き風! キュアプリンセス!」

 

 ラブリーとプリンセスは屋根を飛び越え、サイアークの前へ着地した。

 

「歌いたくない人に、無理やり歌わせるなんてダメだよ!」

 

 ラブリーが拳を構える。

 

 ホッシーワは扇で口元を隠した。

 

「歌えないなら、最初から人前へ出なければいいのですわ。下手な歌で笑われるくらいなら、黙っている方が幸せでしょう?」

 

「そんなこと、本人が決めることじゃん!」

 

 プリンセスが言い返す。

 

「怖くても歌いたいなら、歌えばいいんだから!」

 

「それでは、実際に聞かせていただきましょう!」

 

 ホッシーワが杖を振る。

 

 サイアークの胸にある音量計が最大まで跳ね上がり、黒い音波が二人へ襲いかかった。

 

 ラブリーとプリンセスは左右へ飛ぶ。

 

 しかし、音波は目に見える拳とは違う。避けたつもりでも、反射した音が建物の壁から戻ってくる。

 

「後ろからも来る!」

 

 プリンセスが両耳を押さえる。

 

 ラブリーも片膝をついた。

 

「身体までビリビリする……!」

 

 サイアークが巨大なマイクを振り上げる。

 

「完璧に! 間違えず! 美しく歌え!」

 

 増幅された声が町を震わせた。

 

 ラブリーが歯を食いしばって立ち上がる。

 

「完璧じゃなくたっていいよ!」

 

「聞く人が迷惑するでしょう?」

 

 ホッシーワが笑う。

 

「失敗して笑われて、恥ずかしい思いをするくらいなら、歌わない方がいいのですわ!」

 

 鏡の中の少女が目を閉じる。

 

 その恐怖がサイアークへ流れ込み、音量計がさらに上がった。

 

 プリンセスは鏡を見る。

 

 少し前までの自分なら、「怖いなら逃げればいい」と思っていたかもしれない。

 

 でも、怖いからこそ、それでもやりたいかどうかは本人にしか決められない。

 

「怖くて歌えない時だってあるよ!」

 

 プリンセスが叫ぶ。

 

「でも、歌いたい気持ちまでなくなったって、勝手に決めないで!」

 

 サイアークが再び音波を放つ。

 

 二人は腕で顔を守る。

 

 その時だった。

 

 黒い音の向こうから、柔らかな声が聞こえた。

 

「だったら、最初は一人で歌わなくてもいいんじゃないかな」

 

 黄色い光が空から降り注いだ。

 

 ★★★

 

 キュアハニーがラブリーとプリンセスの前へ着地した。

 

「ハニー!」

 

 ラブリーの顔が明るくなる。

 

 プリンセスはすぐに身を乗り出した。

 

「ちょうどいいところに来た! 今日は絶対、正体を──」

 

「プリンセス、戦ってる途中だよ」

 

 ラブリーが袖を引く。

 

「分かってる!」

 

 ハニーは二人のやり取りを見て、小さく笑った。

 

「まず、あの音を何とかしよう」

 

 サイアークがマイクを構える。

 

 ハニーはハニーバトンを手に取った。

 

「歌で勝負するつもりですの?」

 

 ホッシーワが鼻で笑う。

 

「こちらの音量に勝てるかしら!」

 

「勝つために歌うんじゃないよ」

 

 ハニーは鏡の中の少女を見る。

 

「一人で声を出すのが怖いなら、誰かと一緒なら歌えるかもしれないから」

 

 ハニーはゆっくりと息を吸った。

 

 そして、あの歌を歌い始める。

 

 幸せな食卓。

 

 温かなごはん。

 

 誰かと一緒に食べる時間。

 

 サイアークの轟音とは比べものにならないほど静かな歌声だった。それでも、不思議なことに黒い音の隙間を抜け、町の中へ届いていく。

 

 ラブリーとプリンセスの呼吸が整う。

 

 耳を押さえていた人々も、少しずつ顔を上げた。

 

 鏡の中の少女が目を開く。

 

 ハニーは彼女だけへ歌うのではなかった。上手に歌おうとも、圧倒しようともしていない。ただ、自分が大切だと思っているものを、楽しそうに歌っている。

 

 少女の唇が僅かに動いた。

 

 ハニーの旋律へ、小さな声が重なる。

 

 それだけでよかった。

 

「何ですの、その歌は!」

 

 ホッシーワが苛立つ。

 

「勝負なら、もっと大きな声を出しなさい!」

 

「大きい声じゃなくても、届く時はあるよ」

 

 ハニーは歌を止め、バトンを構えた。

 

「それに、食事も歌も、無理やり押し込むものじゃないと思うな」

 

「食事と歌を一緒にしないでくださる!?」

 

 プリンセスが思わず頷く。

 

「そこは私もちょっと思う」

 

「プリンセス!」

 

 ラブリーが注意する。

 

「でもハニーらしいよ!」

 

「私のこと、まだ何も知らないでしょう?」

 

 ハニーが笑った。

 

 プリンセスははっとする。

 

「そうだ! だから教えてよ!」

 

「戦いが終わったらね」

 

「約束だからね!」

 

「うん」

 

 ハニーの返事は迷いがなかった。

 

 サイアークが巨大なマイクを振り下ろす。

 

「話している場合ではありませんわ!」

 

 ラブリーとプリンセスが左右へ飛び、ハニーは真正面から音波へバトンを向ける。

 

 黄色い光が柔らかな膜となり、黒い音を受け止めた。

 

「今だよ!」

 

 ハニーの声に、ラブリーが駆け出す。

 

「ラブリー・パンチングパンチ!」

 

 サイアークの胸部へ連続で拳を叩き込む。

 

 音量計が激しく揺れた。

 

 プリンセスは上空へ回り込み、マイクを持つ腕へ青い風を叩きつける。

 

「プリンセス・トルネード!」

 

 巨大なマイクが手から離れ、地面へ落ちた。

 

「私の歌を邪魔するな!」

 

 サイアークが口を大きく開ける。

 

 直接音波を放とうとした瞬間、ハニーがバトンを掲げた。

 

 黄色い光の帯がサイアークの身体へ巻きつき、口が閉じられる。

 

「ラブリー、プリンセス!」

 

「うん!」

 

「行くよ!」

 

 ラブリーとプリンセスは並んで手を取り合う。

 

「愛と勇気の力を一つに!」

 

 桃色と青の巨大なハートが生まれる。

 

「プリキュア・ツインミラクルパワーシュート!」

 

 二色の光がサイアークを包み込んだ。

 

「ラブリー!」

 

「プリンセス!」

 

 サイアークの表情が穏やかになり、巨大なスピーカーの身体が光へ変わる。鏡の中の少女も解放され、静かに地面へ横たわった。

 

 町を覆っていた耳障りな残響も消えていく。

 

 ホッシーワは不満そうに扇を閉じた。

 

「歌なんて、お腹の足しにもなりませんのに!」

 

 ハニーが少し首を傾げる。

 

「歌った後はお腹が空くよ?」

 

「そういう意味ではありませんわ!」

 

 ホッシーワは黒い霧に包まれ、その場から姿を消した。

 

 ★★★

 

 戦いが終わると、解放された少女は音楽店の前で仲間たちに囲まれていた。

 

「ごめんね。代わった方がいいなんて言って」

 

 一人の部員が謝る。

 

「私たちも、発表会を成功させなきゃって焦ってた」

 

 少女は少し俯き、それから答えた。

 

「私も怖くなって、何も言わなかった。まだ一人で歌うのは怖いけど……もう一回、練習したい」

 

「最初はみんなで合わせよう」

 

「うん」

 

 すぐに自信が戻ったわけではない。それでも、少女は自分から音楽店の中へ戻っていった。

 

 少し離れた路地では、変身を解いためぐみとひめが、キュアハニーと向かい合っている。

 

「さあ!」

 

 ひめが両手を腰へ当てた。

 

「約束どおり、正体を教えて!」

 

「ひめ、そんなに偉そうに言わなくても」

 

 めぐみが苦笑する。

 

 ハニーは二人を見つめた。

 

「うん。そのつもりで来たの」

 

「本当に!?」

 

 めぐみが目を輝かせる。

 

 ハニーは周囲に人がいないことを確認すると、胸元の変身アイテムへ手を触れた。

 

 黄色い光が身体を包む。

 

 髪が短くなり、黄色い衣装が普段着へ変わっていく。

 

 光の中から現れた少女を見て、めぐみとひめは同時に固まった。

 

「……ゆうゆう?」

 

「ゆうこ!?」

 

 大森ゆうこは少し照れたように笑った。

 

「実を言うとね、私がキュアハニーなの」

 

 数秒の沈黙。

 

「ええええええええっ!?」

 

 めぐみとひめの叫びが路地へ響いた。

 

「しーっ!」

 

 ゆうこが慌てて人差し指を口元へ当てる。

 

「大きな声を出したら、秘密じゃなくなっちゃうよ」

 

「だって!」

 

 ひめはゆうこの周りをぐるぐる回る。

 

「本当にゆうこなの!? どこからどう見てもゆうこだけど!」

 

「そうだよ」

 

「じゃあ昨日のごはんの歌も!?」

 

「私だよ」

 

「空手サイアークを止めたのも!?」

 

「うん」

 

「どうして言わなかったの!?」

 

 ひめの質問が一気に押し寄せる。

 

 ゆうこは少し困ったように頬へ手を添えた。

 

「いつ言えばいいか、迷ってたの」

 

「最初から言えばいいじゃん!」

 

「私、一人でもできることはあると思ってたし、二人の邪魔をしたくなかったの」

 

 めぐみはゆうこの前へ一歩出る。

 

「邪魔なんて思わないよ!」

 

「うん」

 

 ゆうこは素直に頷いた。

 

「昨日、一緒に戦って分かったの。二人と一緒に戦うの、楽しかった」

 

「楽しかった?」

 

「危ないこともあるけどね」

 

 ゆうこは少し考える。

 

「私だけで助けるより、二人と一緒に考えた方ができることが増えるんじゃないかなって思ったの」

 

 ひめはまだ納得し切れていない顔だった。

 

「でも、今日まで黙ってた」

 

「ごめんね」

 

「……まあ、赤石くんよりは早く言ったけど」

 

「そこで僕を出すの?」

 

 背後から悠の声がした。

 

 三人が振り返る。

 

 路地の入口に、悠と誠司が立っていた。

 

「いつからいたの!?」

 

 ひめが叫ぶ。

 

「ゆうこが光ったあたりからだな」

 

 誠司が答える。

 

 悠はゆうこを見た。

 

「大森さんが、キュアハニーだったんだね」

 

「びっくりした?」

 

「少し」

 

「それだけ?」

 

 めぐみが驚く。

 

「もっと驚こうよ!」

 

「食べ物の話が多いところは似ていたから」

 

 ゆうこは少し眉を下げる。

 

「赤石君も、気づいてたの?」

 

「似ているとは思ったけど、同じ人だとは決めていなかったよ」

 

「そっか」

 

 悠は少し間を置く。

 

「自分から言ったんだね」

 

 ゆうこは悠の言葉の意味を考えた。

 

「うん。言いたくなったから」

 

「怖くなかった?」

 

「少しはね」

 

 ゆうこは正直に答える。

 

「変に思われるかもしれないし、今まで黙ってたことで怒られるかもしれないし」

 

「私はちょっと怒ってるよ!」

 

 ひめがすぐに言う。

 

「ごめんね、ひめちゃん」

 

「でも、仲間になってくれるなら許す!」

 

「勝手に決めるなよ」

 

 誠司がツッコミを入れる。

 

 めぐみはゆうこの両手を取った。

 

「ゆうゆう。一緒に戦ってくれる?」

 

 ゆうこは今度こそ迷わなかった。

 

「うん。私も一緒に戦いたい」

 

「やったー!」

 

 めぐみがゆうこへ抱きつく。

 

 ひめもすぐに加わった。

 

「これで三人だよ!」

 

「ひめちゃん、ちょっと苦しいかな」

 

「ごめん!」

 

 二人が離れる。

 

 悠は三人の姿を見ていた。

 

 自分から秘密を明かし、それでも関係が続いている。

 

 ゆうこはプリキュアだった。

 

 それまで何度も普通に食事を渡し、体調を気にかけ、同じテーブルを囲んでいた。

 

 秘密があることと、その人が嘘そのものになることは同じではない。

 

「赤石君?」

 

 ゆうこが呼ぶ。

 

「何?」

 

「難しい顔してるよ」

 

「考えていただけ」

 

「そっか」

 

 ゆうこは無理に聞かなかった。

 

 悠はそれが少しだけありがたかった。

 

 ★★★

 

 夕方、大森ごはんの店内には、めぐみ、ひめ、ゆうこ、誠司、悠、リボンが集まっていた。

 

 テーブルには炊きたてのごはん、焼き魚、煮物、味噌汁が並んでいる。

 

「それでは改めまして!」

 

 リボンがテーブルの中央へ飛び上がる。

 

「キュアハニー、正式加入のお祝いですわ!」

 

「正式加入って言われると、ちょっと照れるね」

 

 ゆうこが笑う。

 

 ひめは茶碗を持ちながら、まだ気になることがあるようだった。

 

「ところで、ゆうこ」

 

「何?」

 

「どうして戦う時にごはんの歌なの?」

 

「好きだから」

 

「それだけ!?」

 

「うん」

 

 ゆうこは味噌汁を一口飲んだ。

 

「お腹が空いてる時って、元気が出ないでしょう? 嫌なことがあった時も、温かいごはんを食べて少し落ち着いたら、もう一回考えられることがあるから」

 

「だから歌うの?」

 

「それだけじゃないよ」

 

 ゆうこは少し考え、箸を置く。

 

「私が好きなものを歌ってるだけ。聞いた人が少し元気になってくれたら嬉しいけど、無理に好きになってほしいわけじゃないの」

 

 ひめは納得したような、していないような顔で頷いた。

 

「私は、あの歌ずっと頭から離れないんだけど」

 

「ありがとう」

 

「褒めてない!」

 

「でも覚えてくれたんだね」

 

「ゆうこ、時々強いよね」

 

 誠司が笑う。

 

 めぐみはすでに歌い始めていた。

 

「ごっはん、ごっはん、しあわせごはん~♪」

 

「めぐみまで!」

 

「ひめも歌おうよ!」

 

「嫌だよ!」

 

「歌詞覚えてるでしょ?」

 

「覚えてるけど!」

 

 結局、めぐみにつられてひめも小さく歌い始める。

 

 ゆうこは嬉しそうに二人へ合わせた。

 

 悠はその歌を聞きながら、ごはんを口へ運ぶ。

 

 戦場で聞いた時とは違う。

 

 負の力を弱める光もなければ、プリキュアとしての力もない。

 

 ただ、同じテーブルにいる少女たちが楽しそうに歌っているだけだった。

 

 それでも、不思議と胸のレッドストーンは穏やかだった。

 

「赤石君も歌う?」

 

 ゆうこが尋ねる。

 

「僕は遠慮しておくよ」

 

「一緒に歌った方が楽しいよ!」

 

 めぐみが誘う。

 

「歌は得意じゃない」

 

「やったことあるの?」

 

 ひめが聞く。

 

 悠は考える。

 

 歌った記憶はほとんどない。

 

 三百年前の記憶の中にも、戦闘や命令とは関係のない歌は少ない。まりあが何かを口ずさんでいたことはあるが、自分から歌ったことはなかった。

 

「多分ない」

 

「じゃあ、一回やってみようよ!」

 

「どうしてそうなるの?」

 

「やったことがないなら、苦手かどうか分からないじゃん!」

 

 めぐみらしい理屈だった。

 

 悠は断ろうとした。

 

 その時、ゆうこが口を開く。

 

「今日は聞くだけでもいいんじゃないかな」

 

 めぐみが振り返る。

 

「でも」

 

「歌いたくなったら、その時に一緒に歌えばいいよ」

 

 悠はゆうこを見る。

 

 戦場で彼女が言っていたことと同じだった。

 

 無理に歌わせない。

 

 無理に食べさせない。

 

 本人が何を望んでいるかを聞く。

 

「ありがとう、大森さん」

 

「うん」

 

 ゆうこはもう一度歌へ戻った。

 

 悠は歌わなかった。

 

 けれど、席を立つこともしなかった。

 

 ★★★

 

 食事のあと、悠は店の外で一人、夕暮れの空を眺めていた。

 

 商店街には橙色の光が差し、店じまいを始めた人々の声が聞こえる。

 

 ポケットには、先日ひめに選ばれた夕焼け模様のボールペンが入っていた。

 

 店の扉が開く。

 

 ゆうこが隣へ出てくる。

 

「赤石君、帰るの?」

 

「もう少ししたら」

 

「そっか」

 

 ゆうこは悠の隣へ立ち、同じ夕日を見る。

 

 しばらく、二人とも話さなかった。

 

 やがて悠が尋ねる。

 

「大森さん」

 

「何?」

 

「秘密を話して、怖くなかった?」

 

「さっきも聞いたね」

 

「うん」

 

 悠は少し言葉を探す。

 

「話す前と、話した後で、みんなが違って見えた?」

 

 ゆうこはすぐには答えなかった。

 

「うーん」

 

 少し考えてから、首を傾げる。

 

「めぐみちゃんは思ったより驚いたし、ひめちゃんは思ったより怒ったかな」

 

 悠が僅かに目を見開く。

 

 ゆうこは笑った。

 

「でも、それくらいだよ」

 

「嫌われるとは思わなかった?」

 

「少しは思ったよ」

 

「それでも言った」

 

「言いたかったからね」

 

 ゆうこは夕日へ目を戻す。

 

「ずっと隠したまま一緒にいるより、知ってもらって一緒に戦いたいって思ったの」

 

 悠は黙る。

 

「赤石君も話した方がいい、って言いたいわけじゃないよ」

 

 ゆうこは悠の方を見ないまま続けた。

 

「私は、私が言いたくなったから言っただけなの」

 

「僕も、言いたくなる時が来るかな」

 

「それは分からないな」

 

 完成された答えは返ってこなかった。

 

 悠は少し安心した。

 

「でも」

 

 ゆうこは続ける。

 

「赤石君が話したくなった時に、聞ける人が近くにいたらいいね」

 

 悠の脳裏へ、まりあが浮かぶ。

 

 誠司。

 

 めぐみ。

 

 ひめ。

 

 いおな。

 

 そして今、隣にいるゆうこ。

 

「大森さんは、聞いてくれる?」

 

 ゆうこは少し驚いたように悠を見る。

 

 すぐには「もちろん」と言わなかった。

 

「うん」

 

 一拍置いて、静かに頷く。

 

「でも、危ないことをしてたら途中でも止めるよ」

 

「やっぱり?」

 

「そこは別だからね」

 

 悠は僅かに笑った。

 

「分かった」

 

 今度の返事は、早くも遅くもなかった。

 

 店の中から、ひめの声が聞こえる。

 

「ゆうこー! めぐみが私のデザート食べようとしてる!」

 

「食べようとしてないよ! 一口ほしいって言っただけ!」

 

 ゆうこは困ったように笑う。

 

「行ってくるね」

 

「うん」

 

 ゆうこが店へ戻る。

 

 悠も夕日をもう一度見たあと、その後へ続いた。

 

 まだ、自分の秘密を話すことはできない。

 

 けれど、名乗らないことと、一人でいることは同じではないのかもしれない。

 

 扉の向こうからは、三人の少女の声と、食器の触れ合う音が聞こえていた。

 

 悠は自分から扉を開け、その中へ戻っていった。

 

 次回予告

 

 めぐみ:

「転校してきたひめも、もう学校にすっかり慣れたよね!」

 

 ひめ:

「当然でしょ! 友達だって増えてるんだから!」

 

 ゆうこ:

「でも、勉強の方は大丈夫?」

 

 ひめ:

「えっ」

 

 誠司:

「その反応で分かったな」

 

 悠:

「白雪さん、次の小テストは明日だよ」

 

 ひめ:

「聞いてない!」

 

 悠:

「先生は三日前に言っていたよ」

 

 めぐみ:

「次回、第11話『謎のメッセージ! キュアハニーの秘密!! /知らないことと、聞けないこと』」

 

 ひめ:

「赤石くん、勉強教えて!」

 

 悠:

「僕より愛乃さん以外に頼んだ方がいいと思う」

 

 めぐみ:

「なんであたしまで外すの!?」

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