ハピネスチャージプリキュア!夕映えのアーベント 作:Leona
第14話『ヒーロー登場! あいつはいかしたすごいやつ!! /強い人と、逃げない人』
朝のぴかりが丘駅前には、子供会の参加者を乗せる観光バスが停まっていた。目的地はぴかりが浜。今日は町内会合同の潮干狩りである。
「潮干狩りだーっ!」
めぐみが両手を上げる。その隣では、ひめも熊手とバケツを手に張り切っていた。
「見てなさい、めぐみ! 一番大きい貝を見つけるのは私なんだから!」
「大きさを競うんだっけ?」
「いっぱい採った人じゃないのか?」
誠司が呆れたように言うと、ひめは一瞬止まった。
「……じゃあ、一番大きい貝をいっぱい採る!」
「欲張りになっただけだね」
悠が静かに指摘する。
「赤石くんはどっちの味方なの!」
「どっちでもないよ」
悠の返事に、ひめは頬を膨らませた。
ゆうこは大きなクーラーボックスをバスの荷物室へ積み込みながら振り返る。
「今日、一番たくさん貝を採った人には、とっておきのプレゼントがあるよ」
その一言で、周囲の子供たちが一斉にざわめいた。
「プレゼント!?」
めぐみまで食いつく。
「ゆうゆう、何!?」
「まだ秘密」
「食べ物?」
「どうかな」
ゆうこが微笑む。
ひめがめぐみの肩を掴んだ。
「これは負けられないよ!」
「うん!」
「お前ら子供会の手伝い側だろ」
誠司が言うが、二人とも聞いていない。
「お兄ちゃん!」
小さな少女が誠司のところへ駆けてきた。妹の真央だった。
「真央、走ると危ないぞ」
「大丈夫だよ!」
真央の後ろから、風呂敷を首へ結んだ少年が胸を張って現れた。頭には紙で作った仮面、腰には玩具のベルトまで巻いている。
「なぜなら、真央ちゃんにはこの俺がついているのダ!」
少年は大きくポーズを決めた。
「正義のヒーロー、仮面タクマー参上!」
悠がじっと見る。
ひめも見る。
めぐみは素直に拍手した。
「おおー!」
「めぐみ、乗るなよ」
誠司が額を押さえる。
卓真は悠へ顔を向けた。
「君も見たか! この仮面タクマーの勇姿を!」
「見たよ」
「どうだった?」
悠は少し考えた。
「風呂敷が長いから、走る時に踏まない方がいいと思う」
「そこ!?」
ひめが叫ぶ。
卓真は自分のマントを見る。
「ヒーローにはマントが必要なのダ!」
「車輪とか木の枝に引っかかると危ないよ」
「むむ……」
卓真は不満そうだったが、風呂敷の端を一度確認してから少し短く結び直した。
誠司が悠を見る。
「意外とちゃんと聞いたな」
「危険じゃなくなったなら、本人が楽しそうだしいいと思う」
「お前も似たようなところあるぞ」
「僕が?」
誠司は答えず、バスへ乗り込んだ。
悠も後へ続こうとしたところで、ゆうこに呼び止められる。
「赤石君」
「何?」
ゆうこは悠の顔を見る。
「今日はちゃんと休んできた?」
悠の足が一瞬止まる。
昨日、ファントムとの戦いで受けた負傷は、外から見えるものではない。しかし胸と肩にはまだ鈍い痛みが残っていた。
「寝たよ」
「何時間?」
「……それは必要?」
「聞いた方がいいかなって」
悠は視線を逸らした。
「いつもより少し短い」
「やっぱり」
「でも動けるよ」
ゆうこはすぐに「ダメ」とは言わなかった。
「じゃあ、痛くなったり疲れたら教えてね」
「うん」
「本当に?」
「……努力する」
「そこは『うん』がよかったな」
ゆうこは少し笑った。
悠は胸の奥へ残る重さを意識した。
ファントムとの戦いだけが原因ではない。
キュアテンダー。
まりあ。
そして、氷川いおな。
昨日知った事実が、まだ頭の中から離れなかった。
★★★
バスは海沿いの道を走っていた。窓の向こうに青い海が見え始めると、子供たちの歓声が一段と大きくなる。
「海だー!」
真央が窓へ張りつく。
「真央、座ってろ」
誠司が服を引っ張って戻す。
その後ろの席では卓真が、仮面タクマーの必殺技についてめぐみとひめへ熱弁していた。
「仮面タクマーの必殺技は、タクマーパンチ! タクマーキック! そして究極奥義、タクマーダイナミックなのダ!」
「最後のは何するの?」
めぐみが尋ねる。
卓真が止まる。
「……まだ考え中なのダ」
「考えてないじゃん!」
ひめが笑う。
ゆうこは通路を挟んだ席から言った。
「危ないから、本当にパンチやキックはしないでね」
「正義のために必要な時だけなのダ!」
「必要な時も、大人を呼んだ方がいいと思うよ」
「ヒーローは自分で戦うものなのダ!」
その言葉に、悠が窓から視線を戻した。
卓真は胸を張っている。
「悪者が出たら、みんなの前に立つ! それがヒーローなのダ!」
「怖くても?」
悠が尋ねる。
「もちろん!」
「怖くないの?」
「ヒーローは怖がらない!」
即答だった。
悠はしばらく卓真を見る。
「それは違うと思う」
「なぜダ!」
「怖くない人が前に出るのと、怖い人が前に出るのは違うから」
卓真は首を傾げる。
「でもヒーローは強いのダ!」
「強くても、危ないものは危ないよ」
「赤石くん、子供の夢をもう少し大切にしてあげて!」
ひめが小声で言う。
悠は困ったようにひめを見る。
「嘘を言った方がいい?」
「そうじゃないけど!」
めぐみは二人の会話を聞きながら笑った。
「でも、怖くても誰かを助けたいって思えるなら、それはすごいよね!」
「うん」
悠は頷く。
「ただ、自分が倒れたら助けられないこともある」
それは卓真へ言ったというより、自分自身へ向けた言葉でもあった。
昨日の自分は、ファントムの剣の前へ飛び込んだ。
他に方法がなかった。
けれど、そのあとまで一人で戦おうとした。
ラブリーとフォーチュンが並ばなければ、どうなっていたか分からない。
窓の向こうを流れる海へ視線を戻す。
まりあなら、昨日の自分をどう叱っただろう。
おそらく最初に怪我を確認して、そのあと「また一人で抱えたでしょう」と言う。
想像できてしまうことが、少し苦しかった。
★★★
ぴかりが浜へ到着すると、参加者たちは海岸へ移動した。潮が大きく引いた砂浜には、すでに多くの家族連れが熊手とバケツを手に歩いている。
子供会の大人が注意事項を説明する。
「遠くへ行きすぎないこと。貝を採るのに夢中になって、海の方へ行かないこと。困った時は近くの大人を呼ぶこと。分かった?」
「はーい!」
子供たちが元気に答えた。
卓真だけは拳を高く上げる。
「仮面タクマーに任せるのダ!」
「卓真君も大人を呼んでね」
「はい……」
ゆうこに穏やかに言われると、素直に返事をした。
潮干狩りが始まる。
「よーし、いっぱい採るよ!」
めぐみは熊手を握って砂を掘り始めた。
そのすぐ横でひめも勢いよく掘る。
「私の方が先だからね!」
「何が?」
「全部!」
「競技内容がどんどん雑になってるぞ」
誠司は真央の近くにしゃがみ、熊手の使い方を教える。
悠も少し離れた場所で砂を掘っていた。
「赤石くん、採れた?」
ひめが覗き込む。
悠のバケツには、小さなアサリが二つ。
「二個」
「私は七個!」
「すごいね」
「もっと悔しがってよ!」
「競争してないから」
ひめは不満そうに頬を膨らませた。
そこへめぐみが勢いよく振り向く。
「見て!」
手の中には大きな二枚貝。
「大きい!」
ひめが目を見開く。
「ずるい!」
「ずるくないよ!」
二人が騒いでいる横で、ゆうこが貝を確認する。
「これは持って帰れそうだね」
「やった!」
「でも、採りすぎないでね。必要な分だけ」
「はーい!」
悠は砂の中からもう一つ貝を見つけ、手に取った。
食事そのものは自分の直接の動力ではない。
それでも、大森ごはんで食べる料理は嫌いではなかった。
食卓の時間も。
誰かと食べることも。
「赤石君」
ゆうこが横へ来る。
「どうしたの?」
「何が?」
「さっきから、ちょっと静かだから」
「いつも静かだよ」
「それはそうだけど」
ゆうこは砂の上へしゃがみ、自分も熊手を動かした。
「昨日のこと考えてる?」
悠の手が止まる。
「昨日?」
「ファントムのこと」
悠は少しだけ迷った。
「……うん」
嘘をつかなかった。
「怖かった?」
「怖かったと思う」
「思う?」
「怖いって分かるより先に動いたから」
ゆうこはそこで「勇敢だね」とは言わなかった。
「今は?」
「今の方が怖い」
「どうして?」
悠は貝についた砂を指で落とす。
「どれくらい強いか知ったから」
「そっか」
ゆうこはそれ以上分析しない。
少ししてから言った。
「怖いって分かったなら、次は無理しない方法も考えられるかもしれないね」
悠は横を見る。
「大森さんは、怖くないの?」
「怖いよ」
ゆうこは普通に答えた。
「私、痛いの嫌だし」
あまりに当たり前の言い方で、悠は少し目を瞬いた。
「プリキュアでも?」
「プリキュアでも」
ゆうこは笑う。
「怖くないから戦ってるわけじゃないよ」
「じゃあ、どうして?」
「守りたいものがあるからかな。でも、一人で全部守れるとは思ってないよ」
悠は何も言わなかった。
昨日。
左右に立ったラブリーとフォーチュンを思い出す。
「そうなんだね」
それだけ答えた。
★★★
一方、卓真は真央と一緒に砂浜の端まで来ていた。
「見よ! 仮面タクマーの貝探知能力!」
「そんなのあるの?」
「あるのダ!」
卓真は砂へ耳を当てる。
「むむむ……この下から貝の気配がする!」
真央も真似して砂へ耳をつけた。
「何も聞こえないよ」
「修行が足りないのダ!」
「卓真君も聞こえてないでしょ」
「聞こえている!」
二人は笑いながら砂を掘る。
やがて真央の熊手が何かへ当たった。
「あっ!」
砂をどけると、大きなハマグリが姿を現した。
「おっきい!」
「これはすごいのダ!」
卓真は一瞬、自分が見つけたことにしようかと考えた。
一番たくさん採れば、ゆうこのプレゼントがもらえる。
だが真央の嬉しそうな顔を見る。
「真央ちゃんが見つけたんだから、真央ちゃんのなのダ!」
「いいの?」
「ヒーローは人の手柄を取らない!」
胸を張った。
「ありがとう、仮面タクマー!」
「うむ!」
そこへ、ゆっくりと足音が近づく。
「ヒーローですか。実に気に入りませんね」
卓真と真央が振り向いた。
軍服姿の男が腕を組み、砂浜へ立っている。
オレスキーだった。
「誰だ、お前!」
卓真は真央の前へ出る。
「俺様は幻影帝国最高幹部、オレスキー様だ!」
実際には自称なのだが、本人は堂々としている。
「世の中で最も偉く! 最も強く! 最も称えられるべき存在! それこそが俺様!」
卓真の目が輝いた。
「悪の幹部!」
「何?」
「ついに仮面タクマーにも、本物の悪者と戦う時が来たのダ!」
「本物……?」
真央は卓真の服を引っ張る。
「卓真君、戻ろうよ」
「大丈夫! 俺が守る!」
卓真は一歩前へ出た。
オレスキーの眉が動く。
「俺様より目立とうとするとは生意気なガキだ!」
「みんなを怖がらせる悪者は、仮面タクマーが許さない!」
「ならば、その自信を最悪に変えてやる!」
オレスキーが腕を振り上げた。
鏡が現れる。
卓真の顔から初めて余裕が消えた。
「え……?」
★★★
胸の奥が強く脈打った。
悠は立ち上がる。
「来た」
誠司もすぐに反応する。
「サイアークか?」
「うん。あっち」
悠が指した先には、卓真と真央がいるはずだった。
誠司の顔色が変わる。
「真央!」
走り出す。
めぐみ、ひめ、ゆうこも熊手を置いた。
悠は一歩遅れて走り始める。
胸に鈍い痛みが走った。
昨日の負傷。
足が僅かに止まる。
以前なら、そのまま無視した。
今は違う。
「相楽君!」
前を走る誠司が振り返る。
「何だ!」
「僕は全力では走れない! 先に行って!」
誠司が一瞬だけ驚く。
「分かった! めぐみ、ひめ、大森! 真央を頼む!」
「うん!」
三人が速度を上げる。
悠はそれを追いながら呼吸を整えた。
遅れる。
でも、それでいい。
自分以外にも走れる者がいる。
やがて黒い霧が見えてきた。
鏡へ閉じ込められていたのは卓真だった。
「卓真君!」
真央が泣きそうな声で呼ぶ。
鏡の前には巨大なハマグリ型のサイアーク。殻の中央にはヒーローの仮面を模した装飾があり、両腕には巨大な熊手がついている。
「サイアーク!」
オレスキーが胸を張った。
「俺様より目立つヒーローなど、この世に必要ない!」
「真央!」
誠司が妹のところへ到着する。
「お兄ちゃん!」
「怪我は?」
「ない! でも卓真君が!」
「分かった。まず離れるぞ」
誠司は真央を抱き上げ、サイアークから距離を取る。
悠も追いついた。
「相楽君、他の子供たちは?」
「大人が避難させてる。俺たちは真央を連れて行く」
悠は鏡を見る。
卓真は閉じ込められている。
人間の感情が強く揺れ、そこへサイアークの人工的な負の力が重なっていた。
恐怖。
悔しさ。
自分はヒーローなのに何もできなかったという思い。
悠は無意識に手を伸ばしかける。
その感情を取れば。
卓真の苦しさを少し減らせる。
だが、手が止まる。
『その悲しみは、まだその人のものだよ。勝手に食べちゃダメ』
ゆうこの言葉を思い出した。
これは残滓ではない。
卓真自身が向き合わなければならない感情だ。
「取らない」
悠は手を下ろす。
誠司が聞いた。
「何を?」
「何でもない」
今度の返事には嘘が混じった。
それでも、以前とは少し違う。
危険な行動そのものはしなかった。
★★★
めぐみ、ひめ、ゆうこは人目のない岩陰へ走り込んだ。
「卓真君を助けよう!」
「もちろん!」
「うん!」
三人はプリチェンミラーを掲げる。
「プリキュア・くるりんミラーチェンジ!」
桃色、青、黄色の光が海辺へ広がった。
「世界に広がるビッグな愛! キュアラブリー!」
「天空に舞う蒼き風! キュアプリンセス!」
「大地に実る命の光! キュアハニー!」
三人が砂浜へ降り立つ。
オレスキーは腕を組んだ。
「またお前たちか!」
ラブリーが前へ出る。
「子供の夢を利用するなんて許さないよ!」
「夢だと?」
オレスキーは鼻で笑う。
「ヒーローとは最も強く、最も偉く、皆から称えられる存在! つまり俺様こそが真のヒーロー!」
プリンセスが即座に言う。
「違うでしょ!」
「何が違う!」
「自分で自分を褒めてるだけじゃん!」
「なんだと!?」
ハニーがサイアークを見る。
「卓真君は、誰かを守りたくてヒーローになりたかったんだよ」
「守る? そんなものは弱者の仕事だ!」
「逆じゃないかな」
ハニーの声は穏やかだった。
「誰かのために動ける人を、強いっていうこともあると思うよ」
「俺様より強い者などいない!」
オレスキーが指を鳴らす。
ハマグリサイアークが巨大な殻を閉じた。
次の瞬間、勢いよく開く。
大量の砂と海水が弾丸のように放たれた。
「うわっ!」
ラブリーとプリンセスが左右へ飛ぶ。
ハニーは黄色い光を広げて砂を防ぐ。
「二人とも、殻が開いた時だけ攻撃できそう!」
「分かった!」
ラブリーが走る。
サイアークが殻を開く。
「今!」
拳を打ち込もうとした瞬間、殻が閉じた。
鈍い音。
「痛っ!」
ラブリーが拳を押さえる。
「ラブリー!」
プリンセスが風を放つ。
「プリンセス・トルネード!」
青い風がサイアークを押す。
だが、閉じた殻はびくともしない。
「硬すぎ!」
「無駄だ!」
オレスキーが高笑いする。
「このサイアークは絶対防御! ヒーローとは、誰よりも強くなければならないのだ!」
鏡の中で卓真がその言葉を聞いていた。
強くなければヒーローではない。
自分は何もできなかった。
真央を守ると言ったのに。
怖かった。
本物の怪物を前にした時、足が震えた。
「僕……ヒーローじゃないのかな……」
その声は鏡の外へは届かない。
★★★
少し離れた場所で、誠司と悠は子供たちの避難を手伝っていた。
「こっち! 岩場から離れろ!」
誠司が大人たちと一緒に子供を誘導する。
悠は転びそうになった男の子の手を取った。
「ゆっくりでいいよ。走らなくても離れれば大丈夫」
「プリキュアが勝つ?」
「分からない」
男の子の顔が不安になる。
悠は少し考えて付け加えた。
「でも、勝つために戦ってる」
男の子は頷き、大人のところへ走っていった。
その直後、サイアークの殻から放たれた海水がこちらへ飛んでくる。
悠の身体が反応する。
前へ。
受け止める。
だが昨日の光景が脳裏をよぎった。
全部受ける必要はない。
「相楽君、右!」
「分かった!」
二人は近くの大きなパラソルを倒し、砂浜へ伏せる。海水はその上を通り過ぎた。
「大丈夫か?」
誠司が尋ねる。
「うん」
悠は胸を押さえる。
少し痛い。
誠司が気づく。
「休め」
「まだ避難が──」
「大人がいる。真央も安全だ」
悠は周囲を見る。
確かに、自分がやらなければならない仕事はもう残っていない。
「……分かった」
「本当に素直になったな」
「前はそんなに酷かった?」
誠司は答えず、悠を座らせた。
「否定してよ」
「自覚あるんじゃないか」
悠は砂浜へ腰を下ろす。
戦場から歓声と衝撃音が届く。
戦える。
完全な身体へ戻れば、昨日ほどではなくても力は出せる。
けれど、今はその必要がない。
三人がいる。
それを信じて待つ。
待つこともまた、悠には難しいことだった。
★★★
戦場では、ラブリーが何度目かの攻撃を殻へ弾かれていた。
「全然開かない!」
プリンセスも息を整える。
「近づいたら閉じるし、離れたら攻撃してくる!」
ハニーはサイアークの動きを見る。
「開く時には、何か理由があるんじゃないかな」
「理由?」
「攻撃する時」
ラブリーが目を見開く。
「そっか!」
サイアークが再び殻を閉じる。
ラブリーは正面へ立った。
「来い!」
「ラブリー!?」
プリンセスが驚く。
殻が開く。
砂と海水が放たれた。
「今だよ!」
ラブリーは横へ飛ぶ。
「プリンセス!」
「任せて!」
青い風が横から殻へ入り込み、閉じようとする動きを押さえる。
「ハニー!」
「うん!」
黄色い光のリボンが殻の上下へ絡みつく。
三人が力を合わせ、サイアークの殻を開いた状態で固定した。
「開いた!」
ラブリーが走る。
しかし、サイアークは巨大な熊手を振り上げた。
ラブリーの目の前へ振り下ろされる。
「っ!」
かわす。
もう一撃。
砂浜が大きく抉られる。
オレスキーが笑う。
「殻が開いていても、俺様のサイアークは最強だ!」
その時。
鏡の中から声がした。
「負けるなーっ!」
ラブリーが顔を上げる。
卓真だった。
「卓真君!」
鏡の中で、卓真は震えながら拳を握っていた。
「僕……怖かったのダ!」
真央が遠くから鏡を見る。
「卓真君……」
「本物の悪者が出たら、全然動けなかった! 足が震えて、逃げたかった!」
オレスキーが笑う。
「ほら見ろ! そんな奴がヒーローを名乗るとは笑わせる!」
「でも!」
卓真が叫ぶ。
「真央ちゃんを置いて逃げたくなかった!」
オレスキーの笑いが止まる。
「怖くても、守りたいと思ったのダ! 何もできなかったけど、それでも逃げたくなかった!」
ラブリーの表情が明るくなる。
「それでいいよ!」
「え?」
「怖くてもいいんだよ!」
ラブリーは熊手をかわし、踏み込む。
「怖いのに誰かを守りたいって思ったんでしょ? それってすっごく勇気があるってことだよ!」
プリンセスも叫ぶ。
「それに、一人で怪物と戦わなくていいんだから!」
ハニーが続ける。
「助けを呼ぶのも、誰かを守る方法だよ」
卓真は鏡の中で目を見開く。
オレスキーが怒鳴る。
「弱者が助けを求めるなど、ヒーロー失格だ!」
ラブリーは振り返った。
「違うよ!」
その声が砂浜へ響く。
「助けてもらったっていいんだよ! それで、今度は自分ができる時に誰かを助ければいい!」
その言葉を、離れた場所で悠も聞いていた。
今度は自分ができる時に。
胸の奥へ静かに残る。
まりあも、そうだったのだろうか。
自分を助けた。
だから今度は、自分がまりあを助けたい。
それ自体は間違っていない。
ただ、一人で救わなければならないわけではない。
「……氷川さん」
小さく名前が漏れた。
誠司が聞き返す。
「氷川?」
「何でもない」
今度の悠はすぐに話題を切った。
まだ言えない。
でも、いつかは聞かなければならない。
まりあのことを。
★★★
ラブリーはサイアークの熊手をかわし、懐へ飛び込んだ。
「プリンセス、ハニー!」
「うん!」
「いくよ!」
プリンセスとハニーが殻を押さえ続ける。
「ラブリー・パンチングパンチ!」
桃色の拳がサイアークの内部へ連続で叩き込まれた。
「サイアーク!」
巨体が大きくよろめく。
プリンセスとハニーが拘束を解き、左右へ着地した。
三人が並ぶ。
ラブリーがラブプリブレスを構えた。
「愛の光を聖なる力に!」
桃色のハートが広がる。
「プリキュア・ピンキーラブシュート!」
光がサイアークを包む。
「ラブリー!」
巨大なハマグリの身体が光へ変わり、黒い霧が消えていく。
鏡が砕け、卓真が砂浜へ戻った。
「卓真君!」
真央が駆け寄る。
誠司が一瞬止めようとしたが、危険が消えたことを確認して手を下ろした。
卓真は砂浜へ座り込んだまま、自分の手を見る。
真央がその前へ立つ。
「大丈夫?」
「……うん」
「怖かった?」
卓真は少し迷った。
これまでなら、ヒーローは怖くないと言った。
今度は違う。
「すごく怖かったのダ」
「私も怖かった」
「真央ちゃんも?」
「うん」
二人は顔を見合わせた。
卓真は立ち上がる。
「でも、今度から悪者が出たら、ちゃんと大人を呼ぶのダ!」
誠司が頷く。
「それがいい」
「そして安全なところから応援する!」
「それもいいな」
「仮面タクマーは引退しないのダ!」
「そこは好きにしろ」
オレスキーは遠くからその光景を見て顔をしかめる。
「助けを呼ぶヒーローだと? そんなもの俺様は認めん!」
プリンセスが腰へ手を当てる。
「別にオレスキーに認めてもらわなくていいし!」
「俺様を呼び捨てにするな!」
「オレスキー!」
「もう一回言っただけだろ!」
オレスキーは怒りながら黒い霧へ包まれ、その場から消えた。
★★★
騒ぎが収まると、潮干狩りは安全確認のあと再開された。子供たちの多くはサイアークに襲われた時の記憶が曖昧になっており、卓真も「すごく怖い夢を見たような気がする」と言いながら、自分の胸へ手を当てていた。
午後。
集めた貝の数を数える時間になる。
「二十三、二十四……!」
ひめは自分のバケツを前に真剣だった。
「めぐみは?」
「二十六!」
「負けた!」
ひめが砂浜へ崩れ落ちる。
「でも一番は真央ちゃんだよ」
ゆうこが言った。
真央のバケツには、卓真と一緒に見つけた貝を含めて三十個近く入っていた。
「ほんと!?」
真央が目を輝かせる。
「じゃあプレゼントは真央ちゃん!」
卓真が拍手する。
「ヒーローなのに悔しくないの?」
ひめが尋ねる。
「真央ちゃんが見つけた貝は真央ちゃんの手柄なのダ!」
「そこはちゃんとしてるんだね」
悠が言う。
卓真は胸を張った。
「当然なのダ!」
ゆうこはクーラーボックスから大きな包みを取り出す。
「それじゃあ優勝賞品です」
「何かな?」
真央が開く。
中に入っていたのは、大きなおにぎりだった。
「おにぎり!?」
ひめが叫ぶ。
「超ビッグなおにぎりだよ」
確かに大きかった。
子供一人では食べ切れそうにない。
真央は少し考え、卓真を見る。
「一緒に食べよう」
「いいの!?」
「うん。二人で見つけた貝もあるもん」
「真央ちゃん……!」
卓真は感動したように拳を握る。
「友情! これこそヒーローの宝なのダ!」
「食べる前に手を洗ってね」
ゆうこの一言で雰囲気が現実へ戻った。
卓真と真央は素直に水道へ走っていった。
★★★
夕方。潮干狩りを終えた一行は、バスが来るまで砂浜で休んでいた。めぐみとひめは採った貝を見比べ、ゆうこは今晩どう調理するか考えている。誠司は遊び疲れて眠ってしまった真央を背負っていた。
悠は海を見ながら座っていた。
胸の痛みは朝より軽い。
無理をしなかったからだ。
隣へ誠司が来る。
「今日は変なことしなかったな」
「変なこと?」
「一人でサイアークに突っ込むとか」
「僕はいつもそんなことをする人だと思われてる?」
「違うのか?」
悠は答えられなかった。
少しして、誠司が言う。
「卓真の話、聞いてただろ」
「うん」
「怖いのに前へ出るのが勇気なのは分かる。でも、前へ出るだけが勇気じゃない」
「どういう意味?」
「逃げるとか、誰かに任せるとか、助けを呼ぶとか。格好悪く見えることを選ぶ方が難しい時もあるだろ」
悠は海へ視線を戻す。
「相楽君は、いつもそういうことを考えているの?」
「いつもじゃない」
「じゃあ今日は?」
誠司は少し考える。
「お前が珍しくちゃんと休んだから」
悠は数秒黙った。
「それ、褒めてる?」
「かなり」
「そうなんだ」
少しだけ嬉しい。
自分でも意外だった。
その時、少し離れたところからゆうこが呼んだ。
「赤石君」
「何?」
「貝、持って帰る?」
「僕の二個?」
「うん」
悠は小さな網袋に入れられた二つのアサリを見る。
「大森ごはんで使える?」
「二個だけだと難しいかな」
「じゃあ、みんなのと一緒にして」
「分かった」
ゆうこは袋を受け取る。
悠は自分が採ったものが、他の誰かの採ったものと混ざっていくのを見た。
どれが自分の貝だったか、すぐに分からなくなる。
それでも、それでいいと思えた。
「赤石くん!」
ひめが駆けてくる。
「何?」
「昨日の黒いやつのこと、考えた?」
悠の身体が僅かに強張った。
「何のこと?」
「ほら、ファントムと戦った、チョイアークみたいだけど違ったやつ!」
「ああ」
「赤石くん、負の力とか分かるんでしょ? 何か感じなかった?」
誠司も悠を見る。
予想していた質問だった。
それでも答えを準備してはいなかった。
「……分からないよ」
「本当に?」
ひめが顔を近づける。
「白雪さん、近い」
「だって怪しい!」
「何が?」
「返事が遅かった!」
悠は視線を逸らした。
「分からないものは、分からない」
嘘だった。
完全な嘘。
だからこそ、言葉が短くなる。
ひめはじっと悠を見る。
しかし、それ以上は追及しなかった。
「まあ、いいけど」
「いいの?」
「今、言いたくないこと無理に聞いてもしょうがないし」
悠がひめを見る。
第八話の頃なら、ひめはもっと踏み込んだかもしれない。
「でも!」
ひめは指を立てる。
「危ないことなら言ってよ。そこは別だから」
第十話でゆうこが言ったのと似た言葉だった。
悠は一瞬、答えに詰まる。
「……うん」
今度は、嘘ではなかった。
★★★
バスへ戻る直前、悠は一人で少しだけ海辺へ残った。
波が静かに寄せては返す。
ポケットの中には、三つの約束を書いたノートはない。
それでも内容は全部覚えている。
危険な時は、一人で抱えず助けを求める。
まりあは自分へそう言った。
そのまりあ自身が、ファントムに敗れた。
氷川いおなは、その仇を討つため一人で強くなろうとしている。
昨日のフォーチュンの姿を思い出す。
一人で前へ出る。
傷ついても止まらない。
誰かに任せようとしない。
どこかで見た姿だった。
「僕と同じだ」
口に出すと、胸の奥が少し重くなる。
だからといって、いおなへ「一人で戦うな」と簡単に言えるわけではない。
自分はまりあを知っていた。
そのことを隠している。
何より、自分自身が何者なのかすら隠している。
それでも。
ずっと黙ったままでいることはできない。
「氷川さんに、聞かないと」
まりあのことを。
ファントムとの戦いのことを。
いつか。
だが、今すぐではない。
悠は海から目を離し、バスへ向き直った。
遠くから、めぐみの声がする。
「赤石くーん! 置いてっちゃうよー!」
ひめも叫ぶ。
「早くー!」
「今行く」
悠は走ろうとして、胸の痛みを思い出す。
走らない。
普通の速度で歩く。
少し待つくらいなら、彼女たちはきっと待つ。
実際、バスの前では四人が残っていた。
悠が近づくと、誠司が言う。
「遅い」
「走らない方がいいと思ったから」
「ならいい」
ひめが腕を組む。
「ちゃんと学習してるじゃん」
「白雪さんに言われると少し不思議だね」
「どういう意味!?」
めぐみが笑い、ゆうこもつられて笑う。
悠はその中へ歩いていった。
誰より先に立つ必要はない。
少し遅れても。
待っている人がいるなら、そこへ戻ればいい。
次回予告
ひめ:
「ブルースカイ王国に帰るよ!」
めぐみ:
「ひめの故郷……!」
ゆうこ:
「ひめちゃんのお父さんとお母さんも、そこにいるんだよね」
ひめ:
「うん……」
誠司:
「無理して平気な顔するなよ」
悠:
「白雪さん」
ひめ:
「何?」
悠:
「僕も、一緒に行っていい?」
ひめ:
「……もちろん!」
めぐみ:
「次回、第15話『お母さんに逢いたい! ひめブルースカイ王国に帰る! /帰れなかった場所、帰りたい場所』」
悠:
「ブルースカイ王国……」
ゆうこ:
「赤石君?」
悠:
「ううん。何でもない」