ハピネスチャージプリキュア!夕映えのアーベント   作:Leona

14 / 19
第14話『ヒーロー登場! あいつはいかしたすごいやつ!! /強い人と、逃げない人』

第14話『ヒーロー登場! あいつはいかしたすごいやつ!! /強い人と、逃げない人』

 

 朝のぴかりが丘駅前には、子供会の参加者を乗せる観光バスが停まっていた。目的地はぴかりが浜。今日は町内会合同の潮干狩りである。

 

「潮干狩りだーっ!」

 

 めぐみが両手を上げる。その隣では、ひめも熊手とバケツを手に張り切っていた。

 

「見てなさい、めぐみ! 一番大きい貝を見つけるのは私なんだから!」

 

「大きさを競うんだっけ?」

 

「いっぱい採った人じゃないのか?」

 

 誠司が呆れたように言うと、ひめは一瞬止まった。

 

「……じゃあ、一番大きい貝をいっぱい採る!」

 

「欲張りになっただけだね」

 

 悠が静かに指摘する。

 

「赤石くんはどっちの味方なの!」

 

「どっちでもないよ」

 

 悠の返事に、ひめは頬を膨らませた。

 

 ゆうこは大きなクーラーボックスをバスの荷物室へ積み込みながら振り返る。

 

「今日、一番たくさん貝を採った人には、とっておきのプレゼントがあるよ」

 

 その一言で、周囲の子供たちが一斉にざわめいた。

 

「プレゼント!?」

 

 めぐみまで食いつく。

 

「ゆうゆう、何!?」

 

「まだ秘密」

 

「食べ物?」

 

「どうかな」

 

 ゆうこが微笑む。

 

 ひめがめぐみの肩を掴んだ。

 

「これは負けられないよ!」

 

「うん!」

 

「お前ら子供会の手伝い側だろ」

 

 誠司が言うが、二人とも聞いていない。

 

「お兄ちゃん!」

 

 小さな少女が誠司のところへ駆けてきた。妹の真央だった。

 

「真央、走ると危ないぞ」

 

「大丈夫だよ!」

 

 真央の後ろから、風呂敷を首へ結んだ少年が胸を張って現れた。頭には紙で作った仮面、腰には玩具のベルトまで巻いている。

 

「なぜなら、真央ちゃんにはこの俺がついているのダ!」

 

 少年は大きくポーズを決めた。

 

「正義のヒーロー、仮面タクマー参上!」

 

 悠がじっと見る。

 

 ひめも見る。

 

 めぐみは素直に拍手した。

 

「おおー!」

 

「めぐみ、乗るなよ」

 

 誠司が額を押さえる。

 

 卓真は悠へ顔を向けた。

 

「君も見たか! この仮面タクマーの勇姿を!」

 

「見たよ」

 

「どうだった?」

 

 悠は少し考えた。

 

「風呂敷が長いから、走る時に踏まない方がいいと思う」

 

「そこ!?」

 

 ひめが叫ぶ。

 

 卓真は自分のマントを見る。

 

「ヒーローにはマントが必要なのダ!」

 

「車輪とか木の枝に引っかかると危ないよ」

 

「むむ……」

 

 卓真は不満そうだったが、風呂敷の端を一度確認してから少し短く結び直した。

 

 誠司が悠を見る。

 

「意外とちゃんと聞いたな」

 

「危険じゃなくなったなら、本人が楽しそうだしいいと思う」

 

「お前も似たようなところあるぞ」

 

「僕が?」

 

 誠司は答えず、バスへ乗り込んだ。

 

 悠も後へ続こうとしたところで、ゆうこに呼び止められる。

 

「赤石君」

 

「何?」

 

 ゆうこは悠の顔を見る。

 

「今日はちゃんと休んできた?」

 

 悠の足が一瞬止まる。

 

 昨日、ファントムとの戦いで受けた負傷は、外から見えるものではない。しかし胸と肩にはまだ鈍い痛みが残っていた。

 

「寝たよ」

 

「何時間?」

 

「……それは必要?」

 

「聞いた方がいいかなって」

 

 悠は視線を逸らした。

 

「いつもより少し短い」

 

「やっぱり」

 

「でも動けるよ」

 

 ゆうこはすぐに「ダメ」とは言わなかった。

 

「じゃあ、痛くなったり疲れたら教えてね」

 

「うん」

 

「本当に?」

 

「……努力する」

 

「そこは『うん』がよかったな」

 

 ゆうこは少し笑った。

 

 悠は胸の奥へ残る重さを意識した。

 

 ファントムとの戦いだけが原因ではない。

 

 キュアテンダー。

 

 まりあ。

 

 そして、氷川いおな。

 

 昨日知った事実が、まだ頭の中から離れなかった。

 

 ★★★

 

 バスは海沿いの道を走っていた。窓の向こうに青い海が見え始めると、子供たちの歓声が一段と大きくなる。

 

「海だー!」

 

 真央が窓へ張りつく。

 

「真央、座ってろ」

 

 誠司が服を引っ張って戻す。

 

 その後ろの席では卓真が、仮面タクマーの必殺技についてめぐみとひめへ熱弁していた。

 

「仮面タクマーの必殺技は、タクマーパンチ! タクマーキック! そして究極奥義、タクマーダイナミックなのダ!」

 

「最後のは何するの?」

 

 めぐみが尋ねる。

 

 卓真が止まる。

 

「……まだ考え中なのダ」

 

「考えてないじゃん!」

 

 ひめが笑う。

 

 ゆうこは通路を挟んだ席から言った。

 

「危ないから、本当にパンチやキックはしないでね」

 

「正義のために必要な時だけなのダ!」

 

「必要な時も、大人を呼んだ方がいいと思うよ」

 

「ヒーローは自分で戦うものなのダ!」

 

 その言葉に、悠が窓から視線を戻した。

 

 卓真は胸を張っている。

 

「悪者が出たら、みんなの前に立つ! それがヒーローなのダ!」

 

「怖くても?」

 

 悠が尋ねる。

 

「もちろん!」

 

「怖くないの?」

 

「ヒーローは怖がらない!」

 

 即答だった。

 

 悠はしばらく卓真を見る。

 

「それは違うと思う」

 

「なぜダ!」

 

「怖くない人が前に出るのと、怖い人が前に出るのは違うから」

 

 卓真は首を傾げる。

 

「でもヒーローは強いのダ!」

 

「強くても、危ないものは危ないよ」

 

「赤石くん、子供の夢をもう少し大切にしてあげて!」

 

 ひめが小声で言う。

 

 悠は困ったようにひめを見る。

 

「嘘を言った方がいい?」

 

「そうじゃないけど!」

 

 めぐみは二人の会話を聞きながら笑った。

 

「でも、怖くても誰かを助けたいって思えるなら、それはすごいよね!」

 

「うん」

 

 悠は頷く。

 

「ただ、自分が倒れたら助けられないこともある」

 

 それは卓真へ言ったというより、自分自身へ向けた言葉でもあった。

 

 昨日の自分は、ファントムの剣の前へ飛び込んだ。

 

 他に方法がなかった。

 

 けれど、そのあとまで一人で戦おうとした。

 

 ラブリーとフォーチュンが並ばなければ、どうなっていたか分からない。

 

 窓の向こうを流れる海へ視線を戻す。

 

 まりあなら、昨日の自分をどう叱っただろう。

 

 おそらく最初に怪我を確認して、そのあと「また一人で抱えたでしょう」と言う。

 

 想像できてしまうことが、少し苦しかった。

 

 ★★★

 

 ぴかりが浜へ到着すると、参加者たちは海岸へ移動した。潮が大きく引いた砂浜には、すでに多くの家族連れが熊手とバケツを手に歩いている。

 

 子供会の大人が注意事項を説明する。

 

「遠くへ行きすぎないこと。貝を採るのに夢中になって、海の方へ行かないこと。困った時は近くの大人を呼ぶこと。分かった?」

 

「はーい!」

 

 子供たちが元気に答えた。

 

 卓真だけは拳を高く上げる。

 

「仮面タクマーに任せるのダ!」

 

「卓真君も大人を呼んでね」

 

「はい……」

 

 ゆうこに穏やかに言われると、素直に返事をした。

 

 潮干狩りが始まる。

 

「よーし、いっぱい採るよ!」

 

 めぐみは熊手を握って砂を掘り始めた。

 

 そのすぐ横でひめも勢いよく掘る。

 

「私の方が先だからね!」

 

「何が?」

 

「全部!」

 

「競技内容がどんどん雑になってるぞ」

 

 誠司は真央の近くにしゃがみ、熊手の使い方を教える。

 

 悠も少し離れた場所で砂を掘っていた。

 

「赤石くん、採れた?」

 

 ひめが覗き込む。

 

 悠のバケツには、小さなアサリが二つ。

 

「二個」

 

「私は七個!」

 

「すごいね」

 

「もっと悔しがってよ!」

 

「競争してないから」

 

 ひめは不満そうに頬を膨らませた。

 

 そこへめぐみが勢いよく振り向く。

 

「見て!」

 

 手の中には大きな二枚貝。

 

「大きい!」

 

 ひめが目を見開く。

 

「ずるい!」

 

「ずるくないよ!」

 

 二人が騒いでいる横で、ゆうこが貝を確認する。

 

「これは持って帰れそうだね」

 

「やった!」

 

「でも、採りすぎないでね。必要な分だけ」

 

「はーい!」

 

 悠は砂の中からもう一つ貝を見つけ、手に取った。

 

 食事そのものは自分の直接の動力ではない。

 

 それでも、大森ごはんで食べる料理は嫌いではなかった。

 

 食卓の時間も。

 

 誰かと食べることも。

 

「赤石君」

 

 ゆうこが横へ来る。

 

「どうしたの?」

 

「何が?」

 

「さっきから、ちょっと静かだから」

 

「いつも静かだよ」

 

「それはそうだけど」

 

 ゆうこは砂の上へしゃがみ、自分も熊手を動かした。

 

「昨日のこと考えてる?」

 

 悠の手が止まる。

 

「昨日?」

 

「ファントムのこと」

 

 悠は少しだけ迷った。

 

「……うん」

 

 嘘をつかなかった。

 

「怖かった?」

 

「怖かったと思う」

 

「思う?」

 

「怖いって分かるより先に動いたから」

 

 ゆうこはそこで「勇敢だね」とは言わなかった。

 

「今は?」

 

「今の方が怖い」

 

「どうして?」

 

 悠は貝についた砂を指で落とす。

 

「どれくらい強いか知ったから」

 

「そっか」

 

 ゆうこはそれ以上分析しない。

 

 少ししてから言った。

 

「怖いって分かったなら、次は無理しない方法も考えられるかもしれないね」

 

 悠は横を見る。

 

「大森さんは、怖くないの?」

 

「怖いよ」

 

 ゆうこは普通に答えた。

 

「私、痛いの嫌だし」

 

 あまりに当たり前の言い方で、悠は少し目を瞬いた。

 

「プリキュアでも?」

 

「プリキュアでも」

 

 ゆうこは笑う。

 

「怖くないから戦ってるわけじゃないよ」

 

「じゃあ、どうして?」

 

「守りたいものがあるからかな。でも、一人で全部守れるとは思ってないよ」

 

 悠は何も言わなかった。

 

 昨日。

 

 左右に立ったラブリーとフォーチュンを思い出す。

 

「そうなんだね」

 

 それだけ答えた。

 

 ★★★

 

 一方、卓真は真央と一緒に砂浜の端まで来ていた。

 

「見よ! 仮面タクマーの貝探知能力!」

 

「そんなのあるの?」

 

「あるのダ!」

 

 卓真は砂へ耳を当てる。

 

「むむむ……この下から貝の気配がする!」

 

 真央も真似して砂へ耳をつけた。

 

「何も聞こえないよ」

 

「修行が足りないのダ!」

 

「卓真君も聞こえてないでしょ」

 

「聞こえている!」

 

 二人は笑いながら砂を掘る。

 

 やがて真央の熊手が何かへ当たった。

 

「あっ!」

 

 砂をどけると、大きなハマグリが姿を現した。

 

「おっきい!」

 

「これはすごいのダ!」

 

 卓真は一瞬、自分が見つけたことにしようかと考えた。

 

 一番たくさん採れば、ゆうこのプレゼントがもらえる。

 

 だが真央の嬉しそうな顔を見る。

 

「真央ちゃんが見つけたんだから、真央ちゃんのなのダ!」

 

「いいの?」

 

「ヒーローは人の手柄を取らない!」

 

 胸を張った。

 

「ありがとう、仮面タクマー!」

 

「うむ!」

 

 そこへ、ゆっくりと足音が近づく。

 

「ヒーローですか。実に気に入りませんね」

 

 卓真と真央が振り向いた。

 

 軍服姿の男が腕を組み、砂浜へ立っている。

 

 オレスキーだった。

 

「誰だ、お前!」

 

 卓真は真央の前へ出る。

 

「俺様は幻影帝国最高幹部、オレスキー様だ!」

 

 実際には自称なのだが、本人は堂々としている。

 

「世の中で最も偉く! 最も強く! 最も称えられるべき存在! それこそが俺様!」

 

 卓真の目が輝いた。

 

「悪の幹部!」

 

「何?」

 

「ついに仮面タクマーにも、本物の悪者と戦う時が来たのダ!」

 

「本物……?」

 

 真央は卓真の服を引っ張る。

 

「卓真君、戻ろうよ」

 

「大丈夫! 俺が守る!」

 

 卓真は一歩前へ出た。

 

 オレスキーの眉が動く。

 

「俺様より目立とうとするとは生意気なガキだ!」

 

「みんなを怖がらせる悪者は、仮面タクマーが許さない!」

 

「ならば、その自信を最悪に変えてやる!」

 

 オレスキーが腕を振り上げた。

 

 鏡が現れる。

 

 卓真の顔から初めて余裕が消えた。

 

「え……?」

 

 ★★★

 

 胸の奥が強く脈打った。

 

 悠は立ち上がる。

 

「来た」

 

 誠司もすぐに反応する。

 

「サイアークか?」

 

「うん。あっち」

 

 悠が指した先には、卓真と真央がいるはずだった。

 

 誠司の顔色が変わる。

 

「真央!」

 

 走り出す。

 

 めぐみ、ひめ、ゆうこも熊手を置いた。

 

 悠は一歩遅れて走り始める。

 

 胸に鈍い痛みが走った。

 

 昨日の負傷。

 

 足が僅かに止まる。

 

 以前なら、そのまま無視した。

 

 今は違う。

 

「相楽君!」

 

 前を走る誠司が振り返る。

 

「何だ!」

 

「僕は全力では走れない! 先に行って!」

 

 誠司が一瞬だけ驚く。

 

「分かった! めぐみ、ひめ、大森! 真央を頼む!」

 

「うん!」

 

 三人が速度を上げる。

 

 悠はそれを追いながら呼吸を整えた。

 

 遅れる。

 

 でも、それでいい。

 

 自分以外にも走れる者がいる。

 

 やがて黒い霧が見えてきた。

 

 鏡へ閉じ込められていたのは卓真だった。

 

「卓真君!」

 

 真央が泣きそうな声で呼ぶ。

 

 鏡の前には巨大なハマグリ型のサイアーク。殻の中央にはヒーローの仮面を模した装飾があり、両腕には巨大な熊手がついている。

 

「サイアーク!」

 

 オレスキーが胸を張った。

 

「俺様より目立つヒーローなど、この世に必要ない!」

 

「真央!」

 

 誠司が妹のところへ到着する。

 

「お兄ちゃん!」

 

「怪我は?」

 

「ない! でも卓真君が!」

 

「分かった。まず離れるぞ」

 

 誠司は真央を抱き上げ、サイアークから距離を取る。

 

 悠も追いついた。

 

「相楽君、他の子供たちは?」

 

「大人が避難させてる。俺たちは真央を連れて行く」

 

 悠は鏡を見る。

 

 卓真は閉じ込められている。

 

 人間の感情が強く揺れ、そこへサイアークの人工的な負の力が重なっていた。

 

 恐怖。

 

 悔しさ。

 

 自分はヒーローなのに何もできなかったという思い。

 

 悠は無意識に手を伸ばしかける。

 

 その感情を取れば。

 

 卓真の苦しさを少し減らせる。

 

 だが、手が止まる。

 

『その悲しみは、まだその人のものだよ。勝手に食べちゃダメ』

 

 ゆうこの言葉を思い出した。

 

 これは残滓ではない。

 

 卓真自身が向き合わなければならない感情だ。

 

「取らない」

 

 悠は手を下ろす。

 

 誠司が聞いた。

 

「何を?」

 

「何でもない」

 

 今度の返事には嘘が混じった。

 

 それでも、以前とは少し違う。

 

 危険な行動そのものはしなかった。

 

 ★★★

 

 めぐみ、ひめ、ゆうこは人目のない岩陰へ走り込んだ。

 

「卓真君を助けよう!」

 

「もちろん!」

 

「うん!」

 

 三人はプリチェンミラーを掲げる。

 

「プリキュア・くるりんミラーチェンジ!」

 

 桃色、青、黄色の光が海辺へ広がった。

 

「世界に広がるビッグな愛! キュアラブリー!」

 

「天空に舞う蒼き風! キュアプリンセス!」

 

「大地に実る命の光! キュアハニー!」

 

 三人が砂浜へ降り立つ。

 

 オレスキーは腕を組んだ。

 

「またお前たちか!」

 

 ラブリーが前へ出る。

 

「子供の夢を利用するなんて許さないよ!」

 

「夢だと?」

 

 オレスキーは鼻で笑う。

 

「ヒーローとは最も強く、最も偉く、皆から称えられる存在! つまり俺様こそが真のヒーロー!」

 

 プリンセスが即座に言う。

 

「違うでしょ!」

 

「何が違う!」

 

「自分で自分を褒めてるだけじゃん!」

 

「なんだと!?」

 

 ハニーがサイアークを見る。

 

「卓真君は、誰かを守りたくてヒーローになりたかったんだよ」

 

「守る? そんなものは弱者の仕事だ!」

 

「逆じゃないかな」

 

 ハニーの声は穏やかだった。

 

「誰かのために動ける人を、強いっていうこともあると思うよ」

 

「俺様より強い者などいない!」

 

 オレスキーが指を鳴らす。

 

 ハマグリサイアークが巨大な殻を閉じた。

 

 次の瞬間、勢いよく開く。

 

 大量の砂と海水が弾丸のように放たれた。

 

「うわっ!」

 

 ラブリーとプリンセスが左右へ飛ぶ。

 

 ハニーは黄色い光を広げて砂を防ぐ。

 

「二人とも、殻が開いた時だけ攻撃できそう!」

 

「分かった!」

 

 ラブリーが走る。

 

 サイアークが殻を開く。

 

「今!」

 

 拳を打ち込もうとした瞬間、殻が閉じた。

 

 鈍い音。

 

「痛っ!」

 

 ラブリーが拳を押さえる。

 

「ラブリー!」

 

 プリンセスが風を放つ。

 

「プリンセス・トルネード!」

 

 青い風がサイアークを押す。

 

 だが、閉じた殻はびくともしない。

 

「硬すぎ!」

 

「無駄だ!」

 

 オレスキーが高笑いする。

 

「このサイアークは絶対防御! ヒーローとは、誰よりも強くなければならないのだ!」

 

 鏡の中で卓真がその言葉を聞いていた。

 

 強くなければヒーローではない。

 

 自分は何もできなかった。

 

 真央を守ると言ったのに。

 

 怖かった。

 

 本物の怪物を前にした時、足が震えた。

 

「僕……ヒーローじゃないのかな……」

 

 その声は鏡の外へは届かない。

 

 ★★★

 

 少し離れた場所で、誠司と悠は子供たちの避難を手伝っていた。

 

「こっち! 岩場から離れろ!」

 

 誠司が大人たちと一緒に子供を誘導する。

 

 悠は転びそうになった男の子の手を取った。

 

「ゆっくりでいいよ。走らなくても離れれば大丈夫」

 

「プリキュアが勝つ?」

 

「分からない」

 

 男の子の顔が不安になる。

 

 悠は少し考えて付け加えた。

 

「でも、勝つために戦ってる」

 

 男の子は頷き、大人のところへ走っていった。

 

 その直後、サイアークの殻から放たれた海水がこちらへ飛んでくる。

 

 悠の身体が反応する。

 

 前へ。

 

 受け止める。

 

 だが昨日の光景が脳裏をよぎった。

 

 全部受ける必要はない。

 

「相楽君、右!」

 

「分かった!」

 

 二人は近くの大きなパラソルを倒し、砂浜へ伏せる。海水はその上を通り過ぎた。

 

「大丈夫か?」

 

 誠司が尋ねる。

 

「うん」

 

 悠は胸を押さえる。

 

 少し痛い。

 

 誠司が気づく。

 

「休め」

 

「まだ避難が──」

 

「大人がいる。真央も安全だ」

 

 悠は周囲を見る。

 

 確かに、自分がやらなければならない仕事はもう残っていない。

 

「……分かった」

 

「本当に素直になったな」

 

「前はそんなに酷かった?」

 

 誠司は答えず、悠を座らせた。

 

「否定してよ」

 

「自覚あるんじゃないか」

 

 悠は砂浜へ腰を下ろす。

 

 戦場から歓声と衝撃音が届く。

 

 戦える。

 

 完全な身体へ戻れば、昨日ほどではなくても力は出せる。

 

 けれど、今はその必要がない。

 

 三人がいる。

 

 それを信じて待つ。

 

 待つこともまた、悠には難しいことだった。

 

 ★★★

 

 戦場では、ラブリーが何度目かの攻撃を殻へ弾かれていた。

 

「全然開かない!」

 

 プリンセスも息を整える。

 

「近づいたら閉じるし、離れたら攻撃してくる!」

 

 ハニーはサイアークの動きを見る。

 

「開く時には、何か理由があるんじゃないかな」

 

「理由?」

 

「攻撃する時」

 

 ラブリーが目を見開く。

 

「そっか!」

 

 サイアークが再び殻を閉じる。

 

 ラブリーは正面へ立った。

 

「来い!」

 

「ラブリー!?」

 

 プリンセスが驚く。

 

 殻が開く。

 

 砂と海水が放たれた。

 

「今だよ!」

 

 ラブリーは横へ飛ぶ。

 

「プリンセス!」

 

「任せて!」

 

 青い風が横から殻へ入り込み、閉じようとする動きを押さえる。

 

「ハニー!」

 

「うん!」

 

 黄色い光のリボンが殻の上下へ絡みつく。

 

 三人が力を合わせ、サイアークの殻を開いた状態で固定した。

 

「開いた!」

 

 ラブリーが走る。

 

 しかし、サイアークは巨大な熊手を振り上げた。

 

 ラブリーの目の前へ振り下ろされる。

 

「っ!」

 

 かわす。

 

 もう一撃。

 

 砂浜が大きく抉られる。

 

 オレスキーが笑う。

 

「殻が開いていても、俺様のサイアークは最強だ!」

 

 その時。

 

 鏡の中から声がした。

 

「負けるなーっ!」

 

 ラブリーが顔を上げる。

 

 卓真だった。

 

「卓真君!」

 

 鏡の中で、卓真は震えながら拳を握っていた。

 

「僕……怖かったのダ!」

 

 真央が遠くから鏡を見る。

 

「卓真君……」

 

「本物の悪者が出たら、全然動けなかった! 足が震えて、逃げたかった!」

 

 オレスキーが笑う。

 

「ほら見ろ! そんな奴がヒーローを名乗るとは笑わせる!」

 

「でも!」

 

 卓真が叫ぶ。

 

「真央ちゃんを置いて逃げたくなかった!」

 

 オレスキーの笑いが止まる。

 

「怖くても、守りたいと思ったのダ! 何もできなかったけど、それでも逃げたくなかった!」

 

 ラブリーの表情が明るくなる。

 

「それでいいよ!」

 

「え?」

 

「怖くてもいいんだよ!」

 

 ラブリーは熊手をかわし、踏み込む。

 

「怖いのに誰かを守りたいって思ったんでしょ? それってすっごく勇気があるってことだよ!」

 

 プリンセスも叫ぶ。

 

「それに、一人で怪物と戦わなくていいんだから!」

 

 ハニーが続ける。

 

「助けを呼ぶのも、誰かを守る方法だよ」

 

 卓真は鏡の中で目を見開く。

 

 オレスキーが怒鳴る。

 

「弱者が助けを求めるなど、ヒーロー失格だ!」

 

 ラブリーは振り返った。

 

「違うよ!」

 

 その声が砂浜へ響く。

 

「助けてもらったっていいんだよ! それで、今度は自分ができる時に誰かを助ければいい!」

 

 その言葉を、離れた場所で悠も聞いていた。

 

 今度は自分ができる時に。

 

 胸の奥へ静かに残る。

 

 まりあも、そうだったのだろうか。

 

 自分を助けた。

 

 だから今度は、自分がまりあを助けたい。

 

 それ自体は間違っていない。

 

 ただ、一人で救わなければならないわけではない。

 

「……氷川さん」

 

 小さく名前が漏れた。

 

 誠司が聞き返す。

 

「氷川?」

 

「何でもない」

 

 今度の悠はすぐに話題を切った。

 

 まだ言えない。

 

 でも、いつかは聞かなければならない。

 

 まりあのことを。

 

 ★★★

 

 ラブリーはサイアークの熊手をかわし、懐へ飛び込んだ。

 

「プリンセス、ハニー!」

 

「うん!」

 

「いくよ!」

 

 プリンセスとハニーが殻を押さえ続ける。

 

「ラブリー・パンチングパンチ!」

 

 桃色の拳がサイアークの内部へ連続で叩き込まれた。

 

「サイアーク!」

 

 巨体が大きくよろめく。

 

 プリンセスとハニーが拘束を解き、左右へ着地した。

 

 三人が並ぶ。

 

 ラブリーがラブプリブレスを構えた。

 

「愛の光を聖なる力に!」

 

 桃色のハートが広がる。

 

「プリキュア・ピンキーラブシュート!」

 

 光がサイアークを包む。

 

「ラブリー!」

 

 巨大なハマグリの身体が光へ変わり、黒い霧が消えていく。

 

 鏡が砕け、卓真が砂浜へ戻った。

 

「卓真君!」

 

 真央が駆け寄る。

 

 誠司が一瞬止めようとしたが、危険が消えたことを確認して手を下ろした。

 

 卓真は砂浜へ座り込んだまま、自分の手を見る。

 

 真央がその前へ立つ。

 

「大丈夫?」

 

「……うん」

 

「怖かった?」

 

 卓真は少し迷った。

 

 これまでなら、ヒーローは怖くないと言った。

 

 今度は違う。

 

「すごく怖かったのダ」

 

「私も怖かった」

 

「真央ちゃんも?」

 

「うん」

 

 二人は顔を見合わせた。

 

 卓真は立ち上がる。

 

「でも、今度から悪者が出たら、ちゃんと大人を呼ぶのダ!」

 

 誠司が頷く。

 

「それがいい」

 

「そして安全なところから応援する!」

 

「それもいいな」

 

「仮面タクマーは引退しないのダ!」

 

「そこは好きにしろ」

 

 オレスキーは遠くからその光景を見て顔をしかめる。

 

「助けを呼ぶヒーローだと? そんなもの俺様は認めん!」

 

 プリンセスが腰へ手を当てる。

 

「別にオレスキーに認めてもらわなくていいし!」

 

「俺様を呼び捨てにするな!」

 

「オレスキー!」

 

「もう一回言っただけだろ!」

 

 オレスキーは怒りながら黒い霧へ包まれ、その場から消えた。

 

 ★★★

 

 騒ぎが収まると、潮干狩りは安全確認のあと再開された。子供たちの多くはサイアークに襲われた時の記憶が曖昧になっており、卓真も「すごく怖い夢を見たような気がする」と言いながら、自分の胸へ手を当てていた。

 

 午後。

 

 集めた貝の数を数える時間になる。

 

「二十三、二十四……!」

 

 ひめは自分のバケツを前に真剣だった。

 

「めぐみは?」

 

「二十六!」

 

「負けた!」

 

 ひめが砂浜へ崩れ落ちる。

 

「でも一番は真央ちゃんだよ」

 

 ゆうこが言った。

 

 真央のバケツには、卓真と一緒に見つけた貝を含めて三十個近く入っていた。

 

「ほんと!?」

 

 真央が目を輝かせる。

 

「じゃあプレゼントは真央ちゃん!」

 

 卓真が拍手する。

 

「ヒーローなのに悔しくないの?」

 

 ひめが尋ねる。

 

「真央ちゃんが見つけた貝は真央ちゃんの手柄なのダ!」

 

「そこはちゃんとしてるんだね」

 

 悠が言う。

 

 卓真は胸を張った。

 

「当然なのダ!」

 

 ゆうこはクーラーボックスから大きな包みを取り出す。

 

「それじゃあ優勝賞品です」

 

「何かな?」

 

 真央が開く。

 

 中に入っていたのは、大きなおにぎりだった。

 

「おにぎり!?」

 

 ひめが叫ぶ。

 

「超ビッグなおにぎりだよ」

 

 確かに大きかった。

 

 子供一人では食べ切れそうにない。

 

 真央は少し考え、卓真を見る。

 

「一緒に食べよう」

 

「いいの!?」

 

「うん。二人で見つけた貝もあるもん」

 

「真央ちゃん……!」

 

 卓真は感動したように拳を握る。

 

「友情! これこそヒーローの宝なのダ!」

 

「食べる前に手を洗ってね」

 

 ゆうこの一言で雰囲気が現実へ戻った。

 

 卓真と真央は素直に水道へ走っていった。

 

 ★★★

 

 夕方。潮干狩りを終えた一行は、バスが来るまで砂浜で休んでいた。めぐみとひめは採った貝を見比べ、ゆうこは今晩どう調理するか考えている。誠司は遊び疲れて眠ってしまった真央を背負っていた。

 

 悠は海を見ながら座っていた。

 

 胸の痛みは朝より軽い。

 

 無理をしなかったからだ。

 

 隣へ誠司が来る。

 

「今日は変なことしなかったな」

 

「変なこと?」

 

「一人でサイアークに突っ込むとか」

 

「僕はいつもそんなことをする人だと思われてる?」

 

「違うのか?」

 

 悠は答えられなかった。

 

 少しして、誠司が言う。

 

「卓真の話、聞いてただろ」

 

「うん」

 

「怖いのに前へ出るのが勇気なのは分かる。でも、前へ出るだけが勇気じゃない」

 

「どういう意味?」

 

「逃げるとか、誰かに任せるとか、助けを呼ぶとか。格好悪く見えることを選ぶ方が難しい時もあるだろ」

 

 悠は海へ視線を戻す。

 

「相楽君は、いつもそういうことを考えているの?」

 

「いつもじゃない」

 

「じゃあ今日は?」

 

 誠司は少し考える。

 

「お前が珍しくちゃんと休んだから」

 

 悠は数秒黙った。

 

「それ、褒めてる?」

 

「かなり」

 

「そうなんだ」

 

 少しだけ嬉しい。

 

 自分でも意外だった。

 

 その時、少し離れたところからゆうこが呼んだ。

 

「赤石君」

 

「何?」

 

「貝、持って帰る?」

 

「僕の二個?」

 

「うん」

 

 悠は小さな網袋に入れられた二つのアサリを見る。

 

「大森ごはんで使える?」

 

「二個だけだと難しいかな」

 

「じゃあ、みんなのと一緒にして」

 

「分かった」

 

 ゆうこは袋を受け取る。

 

 悠は自分が採ったものが、他の誰かの採ったものと混ざっていくのを見た。

 

 どれが自分の貝だったか、すぐに分からなくなる。

 

 それでも、それでいいと思えた。

 

「赤石くん!」

 

 ひめが駆けてくる。

 

「何?」

 

「昨日の黒いやつのこと、考えた?」

 

 悠の身体が僅かに強張った。

 

「何のこと?」

 

「ほら、ファントムと戦った、チョイアークみたいだけど違ったやつ!」

 

「ああ」

 

「赤石くん、負の力とか分かるんでしょ? 何か感じなかった?」

 

 誠司も悠を見る。

 

 予想していた質問だった。

 

 それでも答えを準備してはいなかった。

 

「……分からないよ」

 

「本当に?」

 

 ひめが顔を近づける。

 

「白雪さん、近い」

 

「だって怪しい!」

 

「何が?」

 

「返事が遅かった!」

 

 悠は視線を逸らした。

 

「分からないものは、分からない」

 

 嘘だった。

 

 完全な嘘。

 

 だからこそ、言葉が短くなる。

 

 ひめはじっと悠を見る。

 

 しかし、それ以上は追及しなかった。

 

「まあ、いいけど」

 

「いいの?」

 

「今、言いたくないこと無理に聞いてもしょうがないし」

 

 悠がひめを見る。

 

 第八話の頃なら、ひめはもっと踏み込んだかもしれない。

 

「でも!」

 

 ひめは指を立てる。

 

「危ないことなら言ってよ。そこは別だから」

 

 第十話でゆうこが言ったのと似た言葉だった。

 

 悠は一瞬、答えに詰まる。

 

「……うん」

 

 今度は、嘘ではなかった。

 

 ★★★

 

 バスへ戻る直前、悠は一人で少しだけ海辺へ残った。

 

 波が静かに寄せては返す。

 

 ポケットの中には、三つの約束を書いたノートはない。

 

 それでも内容は全部覚えている。

 

 危険な時は、一人で抱えず助けを求める。

 

 まりあは自分へそう言った。

 

 そのまりあ自身が、ファントムに敗れた。

 

 氷川いおなは、その仇を討つため一人で強くなろうとしている。

 

 昨日のフォーチュンの姿を思い出す。

 

 一人で前へ出る。

 

 傷ついても止まらない。

 

 誰かに任せようとしない。

 

 どこかで見た姿だった。

 

「僕と同じだ」

 

 口に出すと、胸の奥が少し重くなる。

 

 だからといって、いおなへ「一人で戦うな」と簡単に言えるわけではない。

 

 自分はまりあを知っていた。

 

 そのことを隠している。

 

 何より、自分自身が何者なのかすら隠している。

 

 それでも。

 

 ずっと黙ったままでいることはできない。

 

「氷川さんに、聞かないと」

 

 まりあのことを。

 

 ファントムとの戦いのことを。

 

 いつか。

 

 だが、今すぐではない。

 

 悠は海から目を離し、バスへ向き直った。

 

 遠くから、めぐみの声がする。

 

「赤石くーん! 置いてっちゃうよー!」

 

 ひめも叫ぶ。

 

「早くー!」

 

「今行く」

 

 悠は走ろうとして、胸の痛みを思い出す。

 

 走らない。

 

 普通の速度で歩く。

 

 少し待つくらいなら、彼女たちはきっと待つ。

 

 実際、バスの前では四人が残っていた。

 

 悠が近づくと、誠司が言う。

 

「遅い」

 

「走らない方がいいと思ったから」

 

「ならいい」

 

 ひめが腕を組む。

 

「ちゃんと学習してるじゃん」

 

「白雪さんに言われると少し不思議だね」

 

「どういう意味!?」

 

 めぐみが笑い、ゆうこもつられて笑う。

 

 悠はその中へ歩いていった。

 

 誰より先に立つ必要はない。

 

 少し遅れても。

 

 待っている人がいるなら、そこへ戻ればいい。

 

 次回予告

 

 ひめ:

「ブルースカイ王国に帰るよ!」

 

 めぐみ:

「ひめの故郷……!」

 

 ゆうこ:

「ひめちゃんのお父さんとお母さんも、そこにいるんだよね」

 

 ひめ:

「うん……」

 

 誠司:

「無理して平気な顔するなよ」

 

 悠:

「白雪さん」

 

 ひめ:

「何?」

 

 悠:

「僕も、一緒に行っていい?」

 

 ひめ:

「……もちろん!」

 

 めぐみ:

「次回、第15話『お母さんに逢いたい! ひめブルースカイ王国に帰る! /帰れなかった場所、帰りたい場所』」

 

 悠:

「ブルースカイ王国……」

 

 ゆうこ:

「赤石君?」

 

 悠:

「ううん。何でもない」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。