ハピネスチャージプリキュア!夕映えのアーベント 作:Leona
第16話『私はマスコミよ!! プリキュアの秘密全部見せます!! /追うカメラと、映せない影』
朝の愛乃家では、テレビから聞き慣れた番組のテーマ曲が流れていた。
『世界各地で活躍するプリキュアを徹底取材! 今日も愛と勇気の最新情報をお届けします! プリキュアウィークリー!』
画面いっぱいに女性キャスターの顔が映る。眼鏡をかけ、マイクを握った彼女は、カメラへぐっと身を乗り出した。
『そして今回、私、増子美代は重大な情報を掴みました! ぴかりが丘を守る三人組、ハピネスチャージプリキュア! キュアラブリー、キュアプリンセス、キュアハニー! 彼女たちの正体は、なんとぴかりが丘学園の生徒なのではないかと!』
「ぶっ!」
朝食を食べていためぐみが牛乳を吹きそうになった。
「めぐみ!」
かおりに止められ、めぐみは慌てて口を押さえる。
『そこで本日、増子美代がぴかりが丘学園へ直接取材に向かいます! プリキュアの秘密、全部見せてもらいますよーっ!』
「えええええっ!?」
今度こそ、めぐみの声が家中へ響いた。
★★★
登校しためぐみが教室へ飛び込むと、ひめ、ゆうこ、誠司、悠はすでに集まっていた。
「大変だよ!」
「知ってる!」
ひめがめぐみ以上の勢いで机を叩く。
「学校に来るって! あの増子美代が!」
ゆうこは少し困った顔で頬へ手を当てた。
「テレビで見るより行動力がある人なんだね」
「感心してる場合じゃないよ、ゆうゆう!」
「美代さんに正体が知られただけなら、信用できる人なら問題ないんじゃないか?」
誠司が言うと、ひめが勢いよく振り向いた。
「テレビの人だよ!? 世界中に放送されちゃうじゃん!」
「だからバレないようにしろって話だ」
悠は教科書を鞄から出しながら言う。
「愛乃さんが何も言わなければ大丈夫じゃないかな」
めぐみが振り向く。
「どういう意味!?」
「愛乃さんは秘密を聞かれると、顔に出るから」
「赤石くんに言われたくないよ!」
悠の手が止まった。
ひめも大きく頷く。
「それは本当にそう! 赤石くんも嘘つくとすぐ分かるもん!」
「そんなに?」
「黒い人のこと聞いた時だって、思いっきり目逸らしたし!」
悠の視線が本当に横へ動いた。
「ほら!」
「今のは白雪さんがそう言ったから」
「声までちょっと早い!」
誠司がため息をつく。
「少なくとも赤石にプリキュアのことを聞かせるのはやめた方がよさそうだな」
「僕はプリキュアじゃないよ」
「そういう問題じゃない」
悠は黙る。
黒い姿。
ファントムの前で初めて晒した、本来の身体。
あの時、そこにカメラはなかった。だからまだ、誰にも映像として残されてはいない。
もし細部まで撮影されたら。
胸のレッドストーン。ダークネスミラーチェンジャー。人間形態と似た癖や動き。
それらを調べる者がいれば、いつか何かへ辿り着くかもしれない。
「赤石?」
誠司の声で顔を上げる。
「何?」
「また考え込んでるぞ」
「今日、カメラにはなるべく映らないようにする」
ひめが首を傾げた。
「何で?」
「僕、テレビ苦手だから」
「初めて聞いた」
「今初めて言ったから」
本当の理由ではない。
だが、テレビが好きでもないのは事実だった。
その時、校庭側から女子生徒たちの歓声が聞こえた。
「来た!」
窓際の生徒が叫ぶ。
校門の前にテレビ局の車が停まり、スタッフたちが機材を降ろしている。その中心にいるのは、朝のテレビで見た女性だった。
増子美代。
マイクを握った美代が校舎を見上げる。
眼鏡の奥の瞳が輝いた。
「プリキュアの秘密! 今日こそ必ず掴んでみせるわ!」
ひめの顔が青ざめる。
「絶対見つかりたくない!」
悠も小さく呟いた。
「……同感」
★★★
一時間目が始まる前から、美代の取材は始まっていた。
「増子美代です!」
教室の扉が勢いよく開く。
「愛乃めぐみさん!」
「はいっ!?」
「白雪ひめさん!」
「何で私も!?」
「大森ゆうこさん!」
「はい?」
三人へ次々とマイクが突きつけられる。
教師が困惑した。
「増子さん、授業が──」
「取材許可は学校側から頂いております! 授業の妨害は最低限に致しますので!」
「最低限って……」
美代はまずめぐみへ顔を近づける。
「愛乃めぐみさん。あなたは幻影帝国による事件の現場へ居合わせた回数が非常に多い!」
「そ、そうかな?」
「そうです!」
ノートを開く。
「商店街、公園、学校周辺! さらにあなたの友人である白雪ひめさん、大森ゆうこさんも同じ現場で頻繁に目撃されています!」
ひめの額から汗が流れた。
「偶然じゃない?」
「偶然にしては多すぎます!」
「町が狭いから!」
「ぴかりが丘はそこまで狭くありません!」
めぐみが助けを求めて悠を見る。
悠は即座に教科書へ視線を落とした。
「赤石くん!」
「僕は何も知らないよ」
「まだ何も聞いてない!」
美代の顔が悠へ向いた。
「今、何も知らないと仰いましたね?」
悠の身体が固まる。
「……はい」
「何について何も知らないんですか?」
「プリキュアについて」
「私はまだ質問していません!」
悠は黙った。
ひめが机へ額を押しつける。
「赤石くん、弱すぎる……」
美代が一気に悠へ近づいた。
「赤石悠君! あなたも彼女たちと行動していることが多いそうですね!」
「そうですか?」
「さらに複数のサイアーク事件現場で目撃証言あり!」
悠の目が僅かに動いた。
そこまで調べられているとは思わなかった。
「どうしてでしょう!」
「巻き込まれやすいからだと思います」
「その割には無事ですね!」
「運がいいんだと思います」
「あなた、今目を逸らしましたね!」
「カメラが眩しいので」
カメラマンが照明を確認した。
「そんなに強くしてないですけど」
「……そうですか」
誠司が片手で顔を覆う。
美代の目がますます輝いた。
「怪しい!」
「プリキュアじゃないよ」
悠は即答した。
「それは見れば分かります!」
「ならいいのでは?」
「そういう問題ではありません!」
美代は忙しくノートへ何かを書き込む。
ひめが小声で誠司へ言う。
「赤石くん、美代さんの注意引きつけちゃってない?」
「本人にそのつもりがなさそうなのが一番まずいな」
ゆうこが悠を見る。
「赤石君、無理に答えなくてもいいんじゃないかな」
「そうなの?」
「取材って、何でも答えないといけないわけじゃないと思うよ」
悠は美代を見る。
「では、答えたくない質問には答えません」
美代が一瞬止まった。
「……それを真正面から言う中学生も珍しいわね」
「大森さんに教えてもらいました」
「赤石君、私のせいみたいにしないでね」
「違うの?」
「少し違うかな」
教師が黒板を叩いた。
「そろそろ授業を始めます」
美代は名残惜しそうに三人と悠を見る。
「分かりました。続きは休み時間に!」
「まだ続くの!?」
ひめの悲鳴が響いた。
★★★
休み時間も、体育も、昼休みも、美代は本当にどこにでも現れた。
めぐみが高い跳び箱を越えれば、
「プリキュア級の身体能力!」
「普通だよー!」
ひめが転びそうになった友達を反射的に支えれば、
「今の反応速度!」
「たまたま!」
ゆうこが重い給食の容器を軽々と運べば、
「その腕力!」
「普段からお店を手伝ってるからかな」
三人が揃って姿を消そうものなら、美代は廊下を全力で走って追ってくる。
そして悠まで、なぜか取材対象から外れなかった。
昼休みの屋上。
「疲れた……」
ひめがフェンスへ背中を預けて座り込む。
「サイアークよりしつこいよ……」
「美代さんは悪い人じゃないと思うよ」
めぐみもそう言いながら疲れ切っていた。
ゆうこが弁当箱を開く。
「とりあえず食べよう。午後もあるから」
誠司は購買のパンを開けながら悠を見る。
「赤石、お前までずっと追われてたな」
「どうして僕まで」
「反応が怪しいからじゃない?」
ひめが即答した。
悠はゆうこから小さなおにぎりを受け取る。
「ありがとう、大森さん」
「どういたしまして」
一口食べてから、校舎の扉を見る。
「でも、増子さんはどうしてそこまでプリキュアの正体を知りたいんだろう」
めぐみが瞬きをする。
「スクープだからじゃないの?」
「それだけかな」
「何か引っかかった?」
誠司が聞く。
「僕が答えないって言った時、怒らなかった」
「それが?」
「本当に情報だけ欲しいなら、もっと嫌がると思った」
ゆうこも少し考える。
「確かに、プリキュアの話をしてる時はすごく楽しそうだよね」
ひめが眉を寄せた。
「でも正体をバラされたら困るよ」
「それは別だね」
ゆうこが頷く。
めぐみは少し考えたあと、急に立ち上がった。
「じゃあ、こっちから聞いてみようよ!」
誠司が嫌な予感を覚える。
「どうやって?」
めぐみはプリカードを取り出した。
「取材する人には、取材で勝負!」
ひめの目が輝く。
「それ面白そう!」
「絶対何かやらかすぞ」
誠司が額を押さえる。
悠は少し考えた。
「愛乃さんが質問する側なら、秘密を喋る確率は下がるかもしれない」
「赤石くん、それ応援してる?」
「たぶん」
★★★
放課後。
学校を出た美代の前へ、一人の女性レポーターが飛び出した。
「増子美代さん!」
「はい?」
プリカードで大人のレポーター姿へ変装しためぐみだった。
少し離れた電柱の陰では、ひめ、ゆうこ、誠司、悠が見守っている。
「こちら、ぴかりが丘放課後ニュースです!」
「そんな番組あったかしら?」
「きょ、今日始まりました!」
「怪しい……」
「増子さんに質問です! どうしてそこまでプリキュアの正体を知りたいんですか?」
美代の表情が変わった。
「どうして?」
「はい!」
「決まってるじゃない!」
マイクを握り直す。
「私がプリキュアを愛しているからよ!」
「愛?」
「世界中で人々のために戦うプリキュア! どんなに怖くても立ち上がり、誰かの笑顔を守る! 私はその姿をずっと取材してきた!」
美代はバッグから分厚いファイルを取り出した。世界各地のプリキュアの記事や写真がびっしりと貼られている。
「最初は記事にしたかっただけ。でも取材すればするほど思ったの。もっと近くで彼女たちを見たい。もっと知りたい。そして……」
少しだけ声が弱くなった。
「私も、プリキュアになりたいって」
めぐみが目を見開く。
電柱の陰でも、ひめたちが驚いた。
「増子さんが?」
美代は続ける。
「私は戦えない。でも情報なら集められる。世界中のプリキュアや幻影帝国のことだって、ずっと調べてきた。もしプリキュアになれたら、きっともっと役に立てると思うの」
めぐみは変装したまま、少し考える。
「じゃあ、正体を暴いて有名になりたいからじゃないんですか?」
美代がむっとする。
「ジャーナリストとしてスクープが欲しくないと言えば嘘になるわ。でもね!」
マイクを握る手に力が入る。
「正体を知ったせいでプリキュアが危険になるなら、放送なんかしない!」
めぐみが顔を上げた。
「本当ですか?」
「当然! 私はマスコミよ! 何でも晒せばいいなんて思ってないわ。伝えることで誰かを傷つけるなら、まず考える。それでも伝えるべきだと思ったことを伝えるの!」
悠の目が僅かに動いた。
秘密を見つける仕事をしている人間。
けれど、見つけたものを全部公にするわけではない。
その考え方は少し意外だった。
美代はため息をつく。
「もっとも、ハピネスチャージプリキュア本人には一度もちゃんと話を聞けてないんだけどね」
めぐみが笑った。
「じゃあ、聞いてみます?」
「え?」
めぐみは変装を解いた。
「愛乃めぐみ!?」
「美代さん。あたし、話したいことがあるの」
電柱の陰で、ひめの顔が青ざめる。
「めぐみ……まさか」
誠司も察した。
「やっぱりやったか」
悠が尋ねる。
「何を?」
「たぶん全部言う」
「え」
直後。
「実はあたし、キュアラブリーなの!」
「やっぱりーっ!」
ひめの叫びが通りへ響いた。
★★★
大使館の広間。
「バラしちゃったの!?」
ひめが頭を抱えていた。
「ごめーん!」
めぐみが両手を合わせる。
ゆうこは苦笑している。
「しょうがないよ。美代さんの気持ちを聞いたら、めぐみちゃんは黙っていられなかったんだと思うな」
リボンはため息をついた。
「秘密を守るというお話はどこへ行ったんですの……」
「でも、美代さんは誰にも言わないって!」
「当然よ!」
美代が胸を張る。
「本人が秘密にしたいと言っている以上、勝手に放送するつもりはないわ!」
ひめが疑わしそうに見る。
「本当に?」
「ジャーナリスト生命にかけて!」
美代はそこでリボンを見つけた。
目が輝く。
「本物の妖精!」
「えっ」
「あなたがキュアプリンセスのパートナーね!? 近くで見てもいい!?」
「近いですわ!」
美代が頬を寄せ、リボンが逃げ回る。
「今度ぜひ単独インタビューを!」
「お断りしますわー!」
広間が騒がしくなる。
悠は入口の近くに立っていた。ブルーのいる大使館にも、まだ慣れていない。以前よりは正面から視線を受けられるようになったが、それでも胸の奥は落ち着かなかった。
ブルーは美代の話を一通り聞いてから尋ねる。
「君はプリキュアになりたいんだね?」
美代は急に真剣な表情になった。
「はい」
「世界を救うことは簡単ではない。戦えば傷つくこともある。それでも?」
「はい!」
迷いはなかった。
「私の特技は情報収集です。世界中のプリキュア、幻影帝国、サイアークの出現傾向まで調べています。きっと役に立てます!」
ブルーは美代の目をしばらく見つめた。
「分かった」
手の中に、小さな愛の結晶が現れる。
ひめとリボンが同時に驚いた。
「そんなあっさり!?」
ブルーは結晶を美代へ渡した。
「君の本当の願いを込めてごらん」
美代は両手で結晶を包み、目を閉じる。
「お願い……私をプリキュアに!」
全員が見守る。
一秒。
二秒。
何も起きない。
美代が片目を開けた。
「……あれ?」
リボンが結晶を覗き込む。
「変ですわね。本来なら光ってプリチェンミラーになるはずですのに」
「気合いが足りないんじゃない?」
ひめが言う。
美代の顔が引き締まった。
「なるほど!」
「いや、そういうことなのかな」
ゆうこが止める前に、美代は結晶を机へ置いた。
「プリキュアーっ!」
両手をかざす。
反応なし。
「プリキュアーっ!!」
今度は全身へ力を込める。
何も起こらない。
「もっと心から!」
ひめまで応援し始める。
「プリキュアァァァァーッ!」
悠は少し離れた椅子からその光景を見ていた。
「声量は関係ないと思う」
誠司も隣で頷く。
「俺もそう思う」
それでも美代は諦めなかった。座り方を変え、立ち上がり、結晶を掲げ、祈り、念じる。
夕方になっても、愛の結晶は光らなかった。
美代は椅子へ座り込み、肩で息をしている。
「……ダメ、か」
めぐみが近づいた。
「美代さん」
「ありがとう」
美代は笑おうとする。
「もう分かったから」
「でも、まだ──」
「私、大人だから」
愛の結晶を机へ置く。
「こういう時、いつまでも駄々こねちゃダメなのよ」
笑顔は作れている。
目だけは笑っていない。
悠には分かった。
「増子さん」
「何?」
「プリキュアになれなかったら、今までしてきたことは意味がなくなるんですか?」
美代が止まる。
「……どういうこと?」
「ずっとプリキュアを調べて、番組で伝えてきたんですよね」
「そうだけど」
「それはプリキュアにならなくてもできたことでは?」
「赤石君」
めぐみが心配そうに悠を見る。
美代は少し俯いた。
「そうね。でも……」
声が小さくなる。
「やっぱり、なりたかったのよ」
悠はそれ以上言わなかった。
願っても、なれないものがある。
自分は逆だ。
なりたいと願ったことなど一度もない姿を、生まれた時から与えられていた。
人間になりたいと明確に願ったことも、まだない。
それでも人間として学校へ通い、友達と話し、食事をしている。
欲しかったものと、与えられたもの。
その違いを、悠にはまだうまく言葉にできなかった。
美代は荷物を持って立ち上がる。
「お邪魔しました」
「美代さん!」
めぐみが追おうとする。
「今日はもう帰るわ。頭を冷やしたいの」
美代は振り返り、少しだけいつもの調子を取り戻した。
「それと、あなたたちの正体は秘密にしておくから安心して」
ひめが胸を撫で下ろす。
「ほんとにお願いね!」
「任せなさい!」
そのまま、美代は大使館を出ていった。
ブルーは机に置かれた愛の結晶を見る。
「プリキュアになれなかったからといって、彼女の思いが偽物というわけではないんだ」
めぐみが結晶を見る。
「じゃあ、どうして?」
「分からない」
ブルーは静かに首を振る。
「プリキュアの力は、願えば必ず得られるものではないからね」
悠はその言葉を聞きながら、美代が出ていった扉を見つめていた。
★★★
外へ出た美代は、一人で商店街を歩いていた。
いつもならプリキュアの目撃情報を探し、誰かへ質問し、メモを取っている時間だ。
今日はその気になれない。
「プリキュアになりたかったなあ……」
ぽつりと零す。
自分でも驚くほど、子供っぽい声だった。
「なれると思ってたわけじゃないのに」
愛の結晶を握った瞬間。
ほんの少しだけ期待した。
もしかしたら、と。
だが、何も起こらなかった。
「やっぱり私は、見てるだけなのかな」
「その通りですぞ」
背後から声がした。
美代が振り返る。
ナマケルダが傘を肩へ担いで立っていた。
「あなたは!」
美代は反射的にバッグからカメラを取り出した。
「幻影帝国幹部ナマケルダ! こんなところで何を──」
「この状況でも取材ですかな。実に面倒な人ですぞ」
「ジャーナリストに休みはないの!」
シャッターを切る。
ナマケルダは露骨に嫌そうな顔をした。
「プリキュアになれなかったというのに、まだそんなことを続けるのですかな?」
美代の指が止まった。
「……聞いてたの?」
「なりたかったものになれない。努力しても報われない。実に悲しいですなあ」
「勝手に決めつけないで」
「でも、本当は悔しいのでしょう?」
美代は言い返せなかった。
悔しい。
悲しい。
自分でも認めたくないほど。
ナマケルダは鏡を出現させる。
「そんな面倒な努力は、すべてやめてしまえばいいのですぞ」
「何を──」
「鏡に映る未来を最悪に変えよ! 来たれ! サイアーク!」
「きゃあっ!」
美代の身体が鏡へ封じられる。
黒い霧が噴き上がった。
現れたサイアークは、巨大なテレビカメラと新聞記者を混ぜたような姿をしていた。肩には大型カメラ、胸にはモニター、片手には巨大なマイク。
「サイアーク!」
胸のモニターへ、世界各地のプリキュアたちの映像が次々に映し出される。
ナマケルダが眉を上げた。
「ほう。随分とたくさんのプリキュアを知っているようですな」
サイアークの目が光る。
「サイアーク!」
カメラから光が放たれ、周囲の人々を追い散らした。
★★★
大使館にいた悠の胸が反応した。
「サイアーク」
同時にリボンも飛び上がる。
「大変ですわ!」
めぐみたちは一斉に立ち上がった。
誠司が尋ねる。
「場所は?」
悠は目を閉じる。
「商店街の方」
めぐみの表情が変わった。
「美代さん!」
全員が走り出す。
悠も続いた。
ブルーがその背中へ声をかける。
「赤石君」
悠が振り返る。
「何ですか?」
「無理はしないでほしい」
ブルースカイ王国で自分へ起きた異変を、ブルーは知っている。
悠は少し迷った。
「……はい」
それだけ答え、大使館を出た。
★★★
商店街へ着くと、美代を封じた鏡はすぐに見つかった。
「美代さん!」
めぐみが叫ぶ。
鏡の中で、美代は目を閉じている。
ナマケルダが振り返った。
「来ましたな、ハピネスチャージプリキュア」
「美代さんを返して!」
「返すも何も、この方は自分の願いが叶わず落ち込んでいたのですぞ。いっそ何も頑張らない方が楽なのでは?」
「そんなことない!」
ひめも前へ出る。
「プリキュアになれなかったからって、美代さんがやってきたことまでなくなるわけじゃない!」
ゆうこが周囲の人々を確認する。
「人はいなくなってる。変身しよう」
「うん!」
悠と誠司は物陰へ下がる。
三人がプリチェンミラーを掲げた。
「プリキュア・くるりんミラーチェンジ!」
桃、青、黄色の光が広がる。
「世界に広がるビッグな愛! キュアラブリー!」
「天空に舞う蒼き風! キュアプリンセス!」
「大地に実る命の光! キュアハニー!」
ナマケルダは傘を持ち上げる。
「サイアーク、彼女の知識を存分に使うのですぞ」
サイアークの胸のモニターが光った。
最初にラブリーの映像が映る。
「サイアーク!」
巨大なマイクが拳のように振り下ろされた。
「うわっ!」
ラブリーが避ける。
続けてプリンセスの戦闘映像。
サイアークが風攻撃を読むように姿勢を低くする。
「プリンセス・トルネード!」
青い風が放たれるが、サイアークは大型カメラの脚を地面へ固定し、踏ん張った。
「効かない!?」
次はハニーの映像。
「ハニー・スロー!」
黄色い光のリボンが飛ぶ。
サイアークは即座にマイクのコードを伸ばし、それを絡め取った。
「読まれてる……」
ハニーの表情が変わる。
ナマケルダが笑った。
「この方、プリキュアのことを実によく知っておりますなあ。攻撃方法も癖も、たくさん記憶しているようですぞ」
ラブリーが鏡を見る。
「美代さんの知識を使ってるんだ!」
「厄介だね」
ハニーが構え直す。
悠は物陰から戦いを見ていた。
知識が敵へ渡っている。
美代が集めたものが、そのままプリキュアを追い詰めている。
美代本人が望んだ使われ方ではない。
「赤石」
誠司が呼ぶ。
「避難は終わってる。俺は向こう確認してくる」
「分かった」
「お前は?」
「ここから見てる」
誠司が一瞬だけ悠を見る。
「出るなよ」
「必要がなければ」
「その言い方やめろ」
「……出ないようにする」
誠司は仕方なさそうに走っていった。
悠は戦場へ目を戻す。
完全な姿へ変わる必要はない。
今は三人が戦える。
自分は映像に残りたくない。
そして、あのサイアークのカメラへ自分の本当の姿を見せることには、妙な嫌悪感があった。
★★★
「ラブリー・パンチングパンチ!」
ラブリーの連撃。
サイアークは最初から軌道を読んでいたようにマイクで受け止める。
「これも!?」
「ラブリー、同じ技を続けないで!」
プリンセスが横から飛び込む。
蹴り。
サイアークが避ける。
さらにハニーの光。
これも防ぐ。
「全部知られてる!」
プリンセスが悔しそうに言う。
「だったら!」
ラブリーが地面を蹴った。
「知らないことをやればいいんだよ!」
「知らないこと?」
「今までやったことない動き!」
ラブリーは真正面へ突っ込む。
サイアークも迎撃する。
直前で急停止。
「え?」
プリンセスが目を丸くする。
ラブリーはその場でしゃがんだ。
背後からプリンセスが飛び越える。
「うわっ、急に!?」
それでも反応し、空中から蹴りを放つ。
サイアークは一瞬遅れた。
蹴りが肩へ入る。
「当たった!」
「次!」
ハニーが走る。
光を撃つのではなく、マイクのコードを直接掴んだ。
「えいっ!」
サイアークが引っ張られる。
ラブリーも反対側から掴む。
「プリンセス!」
「分かった!」
プリンセスが足元へ風を当てる。
三人の即興。
美代の集めた過去の戦闘記録にはない動き。
サイアークのバランスが崩れた。
「サイアーク!?」
ナマケルダが眉を寄せる。
「何をしているのですかな!」
ハニーが言った。
「知ってることが多くても、全部が分かるわけじゃないよ」
プリンセスも笑う。
「私たちだって変わるんだから!」
ラブリーは鏡の中の美代を見る。
「美代さんもそうだよ!」
鏡の中で、美代の指が僅かに動いた。
「プリキュアになれなくたって、今までの美代さんがなくなるわけじゃない!」
悠はその言葉を聞いていた。
今までの自分が、なくなるわけではない。
もし人間の側へ立つことを選んでも。
もし幻影帝国の命令を拒み続けても。
自分がサイアークとして生まれた事実は消えない。
けれど、それだけで今の自分まで決まるわけでもない。
胸の奥で、レッドストーンが一度だけ静かに脈打った。
★★★
サイアークが巨大なカメラを構える。
「サイアーク!」
レンズが強く光った。
悠の身体が反応する。
「危ない!」
三人へ向けられたのではない。
カメラが高速で回転し、周囲すべてを撮影するように光を撒き散らす。
その一部が、悠のいる物陰へ向いた。
反射的に顔を隠す。
光が壁を削った。
瓦礫が落ちる。
悠は横へ飛ぶ。
制服の袖が少し裂けた。
「赤石くん!」
ラブリーが気づく。
「大丈夫!」
声を返す。
サイアークのカメラが悠へ向く。
レンズの奥で赤い光が点滅した。
悠の胸が冷える。
撮られる。
ただ映像になるだけならいい。
しかし、このサイアークは美代の知識を利用している。
記録。
分析。
自分の異常まで拾われるかもしれない。
黒い力を使うことはできる。
カメラを壊すことも、おそらく可能だ。
だが、それをすれば別のものが映る。
悠は動かない。
代わりに叫んだ。
「ハニー! カメラを下に向けて!」
「分かった!」
ハニーが黄色い光を放つ。
レンズへ直接当てるのではなく、カメラの台座を狙う。
サイアークの上体が傾く。
「プリンセス!」
「任せて!」
青い風が下から吹き上げ、レンズを空へ向けた。
光が上空へ放たれる。
ラブリーが一気に距離を詰める。
「そこ!」
拳がカメラの側面へ入った。
巨大なレンズへ亀裂が走る。
「サイアーク!」
悠は息を吐いた。
自分で壊さなくてもよかった。
言えば、誰かが動いてくれる。
その単純なことが、少しずつ身体へ馴染み始めていた。
★★★
「今だよ!」
ラブリーがラブプリブレスを構える。
プリンセスとハニーも左右へ並んだ。
「愛の光を聖なる力に!」
桃色の光が大きく広がる。
「プリキュア・ピンキーラブシュート!」
「ラブリー!」
光がサイアークを包み込む。
巨大なカメラとマイクの身体が浄化され、黒い霧へ変わって消えていく。
鏡が砕けた。
美代が地面へ倒れる。
「美代さん!」
三人が駆け寄る。
美代はゆっくり目を開いた。
「……ラブリー?」
「よかった!」
ラブリーが笑う。
美代は起き上がり、三人を見る。
それから、自分のカメラへ目を向ける。
「私……」
「大丈夫?」
ハニーが尋ねる。
「うん」
美代はしばらく黙った。
やがて眼鏡を直す。
「私、プリキュアになれなかったのが悔しくて……自分がやってきたことまで、ちょっと嫌になってた」
ラブリーは黙って聞く。
「でも、おかしいわよね。私がプリキュアを好きになったのは、自分がなりたかったからじゃない。みんなが戦ってる姿を見て、すごいと思ったからなのに」
プリンセスが笑った。
「じゃあ、これからも取材するの?」
「もちろん!」
美代の目にいつもの光が戻る。
「もっともっとプリキュアを取材して、みんなに伝えるわ!」
ひめの顔が引きつった。
「正体は秘密にしてね!?」
「それとこれとは別!」
「別じゃない!」
美代は笑った。
「安心しなさい。正体は出さないわ」
ハニーが微笑む。
「美代さんなら、ちゃんと考えてくれそうだね」
「当然よ。私はマスコミなんだから!」
胸を張る。
その時、美代の視線が少し離れたところにいる悠へ向いた。
「赤石君」
悠の肩が僅かに動く。
「何ですか?」
「あなたもありがとう」
「僕は何もしてません」
「さっき、カメラを下へ向けろって叫んだでしょう?」
「聞こえてたんですか?」
「記者の耳を甘く見ないで」
悠は少し困った。
美代は裂けた制服の袖を見る。
「それより、また無傷ではないようね」
「少し擦っただけです」
「また?」
言ってから、美代が目を細める。
「そういえばあなた、事件現場にいる割に毎回妙に冷静なのよね」
悠の身体が固まる。
ひめもぎくりとする。
「美代さん!」
「何?」
「その話はまた今度!」
「どうしてあなたが焦るの?」
「いいから!」
美代はますます興味を持った様子だったが、悠は先に言った。
「僕については取材を断ります」
「即答!?」
「さっき教えてもらったので」
「何を?」
「答えたくない質問には答えなくていいこと」
ゆうこが小さく笑った。
「ちゃんと覚えてたんだね」
「うん」
美代は腕を組み、しばらく悠を見る。
やがて肩をすくめた。
「分かったわ。今はやめておく」
「今は?」
「ジャーナリストは諦めが悪いのよ」
「困るな」
「でも本人が嫌だっていうところを無理やり撮るつもりはないわ」
悠が美代を見る。
「本当に?」
「本当よ」
美代はカメラを下げた。
「少なくとも、あなたが何か犯罪でもしてない限りはね」
「してません」
返事がまた少し早い。
誠司が戻ってきて、そのやり取りを聞く。
「赤石。もう喋らない方がいいぞ」
「そうする」
★★★
夕方。
大使館では、美代が今日撮った映像を確認していた。
ラブリー。
プリンセス。
ハニー。
戦闘の途中で映り込んだ悠の姿もある。
美代はそこで映像を止めた。
壁際で顔を隠すように避けた少年。
「赤石悠君……」
少し考える。
怪しい。
かなり怪しい。
だが。
本人は撮られたくないと言った。
プリキュアの正体も同じだった。
知ったからといって、すぐ世間へ出す必要はない。
美代は悠が大きく映り込んだ部分へ編集マークをつけた。
「ここはカット」
リボンが覗き込む。
「本当に消してくださるんですの?」
「当然」
「意外ですわ」
「失礼ね!」
美代は胸を張る。
「スクープは大事。でも、取材相手との信頼はもっと大事よ」
少し離れた場所で、悠がその言葉を聞いていた。
美代が振り返る。
「何?」
「いえ」
「まだ信用できない?」
悠は少し考えた。
「よく分かりません」
「素直ね」
「でも」
一度言葉を切る。
「撮らないでくれたことは、ありがとうございます」
美代が僅かに目を丸くする。
「どういたしまして」
それだけだった。
悠は窓の外を見る。
秘密を知られることと、秘密を奪われることは違う。
めぐみは自分で美代へ正体を話した。
美代はその秘密を預かった。
自分には、まだそれができない。
だが。
いつか自分から話すことと、誰かに暴かれることもまた、違うのかもしれない。
胸の奥でレッドストーンが静かに脈打った。
★★★
帰り道。
悠は誠司、めぐみ、ひめ、ゆうこと並んで歩いていた。
めぐみは機嫌がいい。
「美代さん、これからもプリキュアウィークリー続けるって!」
「それはいいけど、私たちのことどこまで取材する気なんだろ」
ひめは不安そうだ。
ゆうこが笑う。
「秘密にするところは秘密にしてくれるって言ってたよ」
「でも美代さんだよ?」
「それはちょっと分かる」
めぐみまで頷く。
「そこは信用してあげようよ!」
誠司が呆れる。
悠は夕焼けの空を見上げた。
ひめが横から覗き込む。
「赤石くん」
「何?」
「今日はカメラから逃げまくってたね」
「苦手だから」
「本当にそれだけ?」
悠は一瞬黙った。
「……今は、それだけってことにして」
ひめが目を瞬く。
以前なら「何でもない」と押し切っていた。
今は、言えないことがあると認めている。
ひめは少しだけ笑った。
「分かった」
めぐみも振り向く。
「いつか話したくなったら聞くよ!」
ゆうこも続ける。
「その時でいいと思うよ」
誠司だけは悠を見た。
「危ないことなら別だからな」
「分かってる」
悠は頷いた。
今の答えは嘘ではない。
それだけで、以前より少し楽だった。
誰にも映せないもの。
まだ言葉にできないもの。
それを全部、今すぐ差し出す必要はない。
けれど、自分からいつか見せることはできるのかもしれない。
悠は胸ポケットの夕焼け模様のペンへ触れた。
夕日が町を赤く染めていた。
黒い姿を隠す自分にも、同じ夕焼けの光が当たっている。
そのことを、今日は少しだけ不思議だと思った。
次回予告
めぐみ:
「ひめが学校をお休み!?」
ゆうこ:
「ちょっと元気がないみたい」
誠司:
「昨日までは普通だったんだけどな」
悠:
「白雪さん、何か隠してる?」
ひめ:
「赤石くんにだけは言われたくない!」
悠:
「それは否定できない」
めぐみ:
「それにしても、学校に来ないなんて心配だよ!」
リボン:
「姫にもいろいろありますの!」
ゆうこ:
「無理に聞かずに、まず会いに行ってみようか」
めぐみ:
「次回、第17話『努力と根性!! めぐみと誠司の絆!! /休む勇気と、続ける強さ』」
悠:
「休むのも努力に入るのかな」
誠司:
「お前はまず、そこから覚えろ」