ハピネスチャージプリキュア!夕映えのアーベント 作:Leona
第17話『努力と根性!! めぐみと誠司の絆!! /休む勇気と、続ける強さ』
「セ・イ・ジ! セ・イ・ジ!」
ブルースカイ王国大使館の広間に、太鼓の音と大声援が響き渡っていた。
「フレー! フレー! せ・い・じーっ!」
長い学ランに鉢巻姿のめぐみが、両手を大きく振り上げる。その隣では、同じ格好をしたゆうこが穏やかな笑顔のまま声を合わせていた。
「頑張れ、頑張れ、相楽くーん」
「もっと気合い入れて!」
めぐみが叫ぶ。
「じゃあ、もう一回いこうか」
「ゆうゆう、さすが!」
その正面には巨大な横断幕。
『ガンバレ♥セイジ』
リボンは鉢巻を締め、小さな身体で太鼓を叩いている。
「さあ姫もご一緒に! せーの!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
ひめは渡された学ランを両手で持ったまま後ずさった。
「どうして私が誠司のためにこんな格好しなきゃならないの!?」
「空手大会に出るんだから応援しないと!」
めぐみが当然のように答える。
「それはめぐみがすればいいじゃん! 幼なじみなんでしょ!」
「みんなでやった方が元気出るよ!」
「私は別に誠司の応援団じゃないし!」
少し離れたテーブルでは、ブルーが茶を飲みながらタンバリンを鳴らしていた。
「頑張って、誠司君」
「ブルーまで何してるの!?」
ひめが叫ぶ。
そのさらに横では、悠が巻き込まれないよう壁際の椅子へ座っていた。
ひめが目を細める。
「赤石くん」
「何?」
「何で自分は関係ありませんって顔してるの」
「相楽君を応援してるよ」
「どこが!?」
「心の中で」
「見えない!」
めぐみが悠へ学ランを一着差し出した。
「赤石くんも着ようよ!」
「遠慮する」
「即答!?」
悠は横断幕を見る。
「でも、相楽君なら普通に勝てると思う」
「そういう問題じゃないよ!」
めぐみが頬を膨らませた。
「頑張ってる人を応援するの!」
ひめはそこで何かを思いついたように手を叩いた。
「だったらさ、応援って別にこれじゃなくてもいいでしょ?」
「例えば?」
「ほら……お弁当とか!」
一瞬、全員が止まる。
ひめは嫌な予感を覚えた。
めぐみの目が輝く。
「それだーっ!」
「え」
ゆうこも嬉しそうに頷いた。
「いいね。大会の日にみんなでお弁当を作って持っていこうか」
「え?」
「ひめちゃんも一緒に作ろうね」
「ちょっと待って!」
ひめが慌てる。
「私は学ラン以外の応援もあるって言っただけで、料理するなんて一言も──」
「自分から言い出したんだから最後までやろうよ!」
「何でそうなるの!?」
リボンが満足そうに頷く。
「頑張る人を応援するために頑張る。素晴らしいですわ!」
「リボンまで!」
悠はそのやり取りを見ながら、静かに呟いた。
「大変そうだね」
「赤石くんも手伝うの!」
ひめに指を突きつけられた。
「僕も?」
「逃がさないから!」
「分かった」
あっさり頷かれて、今度はひめの方が調子を崩した。
「……もうちょっと嫌がりなさいよ」
「手伝ってほしいんでしょう?」
「そうだけど!」
悠には、なぜ怒られているのかよく分からなかった。
★★★
その日の放課後。
空手道場には、乾いた打撃音が響いていた。
誠司が拳を突き出す。
「押忍!」
踏み込む。
突き。
蹴り。
構え直す。
汗が顎から落ちても、動きは止まらない。
「随分やっているのね」
声に振り向く。
道場の入口に、いおなが立っていた。
「氷川」
「大会が近いんでしょう?」
「まあな」
いおなは靴を脱いで中へ入る。
「一人で練習するより、相手がいた方がいいんじゃないかしら」
誠司が少し意外そうに見る。
「お前がそんなこと言うなんて珍しいな」
「別に。私も今は少しでも強くなりたいだけよ」
「そうか」
二人は向かい合い、一礼した。
「なら遠慮しないぞ」
「どうぞ」
同時に構える。
次の瞬間、拳と拳がぶつかった。
道場の外。
学校から帰る途中だった悠が、その様子を足を止めて見ていた。
誠司の攻撃をいおながかわし、低い蹴りを返す。誠司は防ぎ、その勢いを利用して距離を取る。
どちらも真剣だった。
悠の目はいおなへ向く。
氷川いおな。
まりあの妹。
あれ以来、何度もその事実が頭をよぎる。
聞きたい。
まりあはどこにいる。
どうしてファントムに敗れた。
鏡の中にいるのか。
今も生きているのか。
それでも、口には出せなかった。
「何を見ているの?」
突然声をかけられた。
いおなが道場の入口に立っていた。
いつの間にか休憩に入ったらしい。
悠は一瞬黙る。
「相楽君の練習」
「それだけ?」
「……うん」
返事が少し遅れた。
いおなの目が細くなる。
「赤石君。あなた、最近私を見る時に何か言いたそうね」
悠の身体が固まった。
「そう?」
「そうよ」
「気のせいだと思う」
「あなた、嘘が下手ね」
悠は視線を外す。
「よく言われる」
「なら誤魔化さなければいいでしょう」
いおなは容赦がない。
悠はしばらく黙ってから尋ねた。
「氷川さんは、どうしてそんなに強くなりたいの?」
いおなの表情が変わる。
「それをあなたに話す必要がある?」
「ないよ」
「なら聞かないで」
「分かった」
あっさり引いた悠を見て、今度はいおなが少し戸惑う。
悠は道場の中へ視線を戻した。
「相楽君、かなり頑張ってるね」
「ええ」
「強くなるために?」
「それだけじゃないでしょうね」
「どういうこと?」
いおなは誠司を見る。
「本人に聞きなさい」
それだけ言って道場へ戻った。
悠は少しだけその背中を見つめたあと、歩き出した。
まだ聞けない。
それでも以前の自分なら、何も尋ねずに全部一人で調べようとしただろう。
少しずつでいい。
そう思えるようにはなっていた。
★★★
夜。
大使館から帰宅したひめは、ベッドへ寝転がりながらめぐみと電話していた。
『絶対誠司って嫌味だよ!』
「そうかなあ?」
『だってさ、私たちが応援しようとしてるのに「無理するな」って何なの?』
めぐみは自室のベッドへ仰向けになる。
「きっと、あたしたちに面倒かけたくないんだよ」
『へえー。さすがめぐみ、誠司のことよく知ってるね』
「幼なじみだからね」
少し間があった。
『めぐみって、誠司のこと好きなの?』
「え?」
『だって応援もすっごく張り切ってるし』
「幼なじみを応援するのは普通だよ!」
めぐみは笑う。
「それに、誠司はずっと空手を頑張ってきたから」
『何でそこまで頑張るの?』
「うーん」
めぐみは少し考えた。
「誠司だから?」
『全然答えになってない!』
「でも、ひめも練習してるところ見たら応援したくなると思うよ」
『本当に?』
「本当!」
めぐみは勢いよく起き上がる。
「だから明日はみんなでお弁当作りの練習ね!」
『ええーっ!?』
電話の向こうから、ひめの悲鳴が響いた。
★★★
翌日。
大使館の台所には、惨状が広がっていた。
フライパン。
卵の殻。
焦げた何か。
原形を失った卵料理。
そして大量の失敗作。
「もう!」
ひめは卵焼き器を置いた。
「だし巻き卵って難しすぎる!」
「ひめちゃん、火が少し強いかも」
ゆうこが横から覗く。
「それに、巻く時は慌てなくても大丈夫だよ」
「分かってるよ!」
「ひめ、さっきもそう言って焦がしたよ」
めぐみが指摘する。
「うるさい!」
悠はテーブルの上で割る前の卵を並べていた。
「残り三個」
「言わないで!」
「数えただけだよ」
「余計プレッシャーになるの!」
リボンが空になった卵のパックを見る。
「このままでは練習用の卵がなくなりますわ」
「じゃあ、もっと簡単なおかずにする?」
ゆうこが提案する。
ひめは首を振った。
「嫌!」
「どうして?」
「ここまで失敗したんだから、できないまま終わるの悔しいじゃん!」
もう一個。
卵を割る。
殻が少し入った。
「あっ!」
悠が取ろうとする。
ひめはその手を止めた。
「待って。自分で取る」
「うん」
箸で何度か追いかけ、ようやく殻を取り出す。
ゆうこが微笑んだ。
「じゃあ、もう一回やってみよう」
卵液を流す。
少し固まる。
「今だよ、ひめちゃん」
「分かってる……!」
慎重に巻く。
一回。
二回。
形が崩れる。
「ああっ!」
フライパンの端で卵焼きが潰れた。
ひめは肩を落とした。
「また失敗……」
悠は潰れた卵焼きを見る。
「食べられないの?」
「食べられるけど、誠司に出すのにこれじゃ格好悪いじゃん」
「味が同じならいいのでは?」
ひめが睨む。
「よくない!」
「そうなんだ」
悠にはまだ違いがよく分からない。
ゆうこが失敗作を小皿へ移す。
「料理って、食べられればそれで終わりじゃない時もあるんだよ」
「気持ち?」
悠が尋ねる。
「うん。それもあるかな」
めぐみが失敗作を一つ食べる。
「でもこれ、おいしいよ!」
ひめが顔を上げる。
「ほんと?」
「ちょっと焦げてるけど!」
「どっちなのよ!」
また台所が騒がしくなる。
それでもひめは、もう一度卵を手に取った。
悠はその姿を見ていた。
失敗。
また失敗。
それでも繰り返す。
戦闘なら、同じやり方で何度も失敗することは避けるべきだ。
けれど料理は、失敗するたびに少しずつ手の動きが変わっている。
「白雪さん」
「何?」
「楽しい?」
「今の私を見て、そう見える!?」
「見えない」
「じゃあ聞かないでよ!」
「でも、やめないから」
ひめの手が止まった。
「……悔しいんだもん」
「それだけ?」
「それだけで十分!」
悠は少し考える。
「そういう頑張り方もあるんだね」
「赤石くんは頑張るって何だと思ってるの?」
「できるまで続けること」
「同じじゃん」
「僕の場合、壊れるまでやることが多かったみたいだから」
ひめの顔から苛立ちが消えた。
「それは頑張るじゃなくて、無茶するって言うんじゃない?」
「最近そう言われる」
「最近じゃなくてもそうだよ」
ゆうこが穏やかに割って入った。
「頑張るって、同じことを無理して続けるだけじゃないと思うよ。やり方を変えたり、休んだり、誰かに聞いたりしながら続けるのも頑張ることだから」
悠はその言葉を聞く。
続ける。
でも、壊れるまでではない。
少し違うものとして覚えておくことにした。
その直後。
リボンが冷蔵庫を開ける。
「卵、本当に全部なくなりましたわ」
「え」
ひめが固まる。
「……買ってくる!」
財布を掴む。
「ついでにネギと鶏肉もお願い!」
めぐみが言う。
「梅干しもお願いしますですわ!」
「牛乳もあったらお願いね」
ゆうこまで追加する。
ひめの腕へ買い物袋が積み上がる。
「何でこうなるのーっ!」
★★★
買い物を終えたひめは、両手いっぱいの紙袋を抱えて河川敷を歩いていた。
「もう……何で私が誠司のお弁当のためにこんな……」
袋の中で卵が揺れる。
「割れたら最悪だし……」
足を止める。
河川敷の少し先。
道着姿の誠司が、一人で素振りを繰り返していた。
「押忍!」
拳を出す。
戻す。
蹴り。
踏み込む。
また拳。
汗だくになっても動きを止めない。
ひめはしばらく見ていた。
やがて誠司がこちらへ気づく。
「おう、ひめ」
爽やかに手を上げる。
ひめの眉が吊り上がった。
「爽やかに挨拶してんじゃないわよ!」
「何で怒ってるんだよ」
「私はね、あんたのお弁当を作るためにすっごく苦労してるの! 卵焼きは全然巻けないし、卵は全部なくなるし、それで買い物に行ったらこんなに頼まれるし!」
「そりゃ大変だったな」
「誰のせいだと思ってるの!」
「俺?」
「そう!」
興奮して紙袋のバランスを崩す。
「わっ!」
落ちかけた袋を、誠司が素早く受け止めた。
「危ないぞ」
「……ありがと」
「持つよ」
「いい」
「卵割れたら、また買い直しだぞ」
ひめは黙る。
「……半分だけ」
「はいよ」
二人で紙袋を分けた。
誠司は少し離れた場所へ荷物を置く。
「もう少し練習したら一緒に戻る。待っててくれるか?」
「仕方ないわね」
ひめは芝生へ座った。
誠司はまた練習を始める。
最初は退屈そうに見ていたひめだったが、しばらくすると表情が変わった。
拳。
蹴り。
構え。
何度も同じ動きを繰り返している。
近くで見ると、誠司の腕や脚には細かな擦り傷があった。
自分の人差し指にも、小さな絆創膏が巻かれている。
卵焼き器で失敗した時につけた傷。
「……大変そう」
思わず漏れる。
それでも誠司は続ける。
やがて一区切りつけ、一礼した。
「押忍!」
タオルで汗を拭きながら近づく。
「待たせたな」
「誠司って、本当に毎日こんなことしてるの?」
「毎日ってほどじゃないけどな」
「疲れない?」
「疲れるよ」
ひめが目を丸くする。
「じゃあ何でやるの?」
「やりたいから」
あまりに普通の答えだった。
誠司はひめの絆創膏へ気づく。
「そっちも大変だったみたいだな」
ひめは慌てて指を隠す。
「別に!」
「弁当、ありがとな」
「まだできてないし!」
「作ろうとしてくれてるだけでもありがたいだろ」
「……そういうことさらっと言うから嫌味なのよ」
「何でだよ」
少し沈黙。
ひめは膝を抱えた。
「ねえ。誠司って、何でそんなに空手を頑張るの?」
「空手?」
誠司は川を見る。
「興味があったのもあるし、強くなれそうだと思ったからかな」
「ふうん」
「きっかけは、めぐみだったかもしれないけど」
ひめが勢いよく顔を上げた。
「めぐみ!?」
「まあな」
「何それ! どういうこと?」
誠司は少し笑った。
「そのうち分かるよ」
「何でそこで勿体ぶるの!」
二人が紙袋を持って歩き出す。
その川の対岸。
一人の少年がサンドバッグへ拳を打ち込んでいた。
「絶対優勝する!」
何度も打つ。
「俺が一番になるんだ!」
その拳が止められた。
「素晴らしい!」
少年が振り返る。
オレスキーが腕を組んで立っている。
「一番になりたい! その気持ち、よーく分かるぞ!」
「誰だ!?」
「心配するな。このオレスキー様が、お前を文句なしのナンバーワンにしてやろう!」
巨大な鏡が現れた。
「鏡に映る未来を最悪に変えよ! 来たれ、サイアーク!」
黒い霧が河川敷を覆った。
★★★
「何!?」
ひめと誠司が振り返る。
巨大なサンドバッグを身体へ組み込んだサイアークが、河原へ降り立っていた。長い腕は鎖のように伸び、拳の部分も巨大な打撃具になっている。
「サイアーク!」
誠司が紙袋を置く。
ひめも周囲を見る。
避難する人々。
チョイアークの群れ。
「誠司!」
「何だ!」
「めぐみとゆうこに知らせて!」
プリチェンミラーを取り出す。
「それまで私がやる!」
「一人で大丈夫か?」
ひめは一瞬だけ止まる。
以前なら「余裕!」と答えたかもしれない。
「分かんない!」
誠司が目を瞬く。
「だから早く呼んできて!」
「分かった!」
誠司はキュアラインを取り出した。
ひめは走る。
「プリキュア・くるりんミラーチェンジ!」
青い光が広がった。
「天空に舞う蒼き風! キュアプリンセス!」
チョイアークの群れへ飛び込む。
「プリンセス・爆弾ボンバー!」
青い爆発が連続し、チョイアークが吹き飛んだ。
「来たか、プリキュア!」
オレスキーが高笑いする。
プリンセスは着地して指を突きつけた。
「またあんた!? みんなをこんな目に遭わせて何が一番よ!」
「荒野こそ俺様という最高の男を引き立てる最高の舞台!」
「意味分かんない!」
「温室育ちのお姫様には分からんだろうな!」
「誰が温室育ちよ!」
頭に血が上がる。
プリンセスはサイアークへ突っ込んだ。
「たあっ!」
蹴りを放つ。
サイアークが腕で止める。
「え?」
重い拳が飛ぶ。
プリンセスは空中で身体を捻ってかわし、左右から拳を叩き込む。
一発。
二発。
三発。
サイアークは僅かに揺れただけだった。
「硬い!」
背後からチョイアークが迫る。
「チョイ!」
「しまっ──」
横から蹴りが入り、チョイアークが吹き飛んだ。
誠司だった。
さらに一体へ拳を入れ、別の一体の攻撃をかわして足を払う。
「誠司!?」
「連絡はした!」
誠司は構える。
「こいつらは俺が止める。プリンセスはサイアークを!」
プリンセスは一瞬だけ迷った。
人間の誠司へ任せていいのか。
それでも。
「……分かった!」
以前のひめなら、全部自分で何とかしようとしたかもしれない。
今は任せる。
「お願い!」
「ああ!」
プリンセスはサイアークへ向き直った。
「今度こそ!」
連続攻撃。
拳。
蹴り。
青い光。
「これなら!」
サイアークが倒れる。
「どうだ!」
胸を張った。
直後。
サイアークが何事もなかったように起き上がった。
「ええええっ!?」
オレスキーが大笑いする。
「このサンドバッグサイアークは打たれ強さナンバーワン! お前の攻撃など全部受けても平気なのだ!」
「そんなのずるい!」
「ナンバーワンに卑怯も何もあるか!」
サイアークの腕が伸びる。
プリンセスは飛んでかわす。
別の拳。
防御。
大きく吹き飛ばされた。
「プリンセス!」
誠司が振り向く。
その隙へチョイアークが襲いかかる。
「くっ!」
腕で防ぐ。
数が多い。
一体を倒しても、また次が来る。
誠司の呼吸が荒くなっていった。
「キリがないな……」
プリンセスも立ち上がる。
「こっちも全然倒れないし……!」
サイアークが巨大な拳を振り上げた。
プリンセスと誠司へ影が落ちる。
その瞬間。
桃色の光が二人の前へ飛び込んだ。
轟音。
拳が受け止められる。
「ラブリー!」
プリンセスと誠司の声が重なった。
「待たせてごめん!」
ラブリーが拳を押し返す。
その後ろへハニーも降り立つ。
「チョイアークは私に任せて」
ハニーバトンが光る。
「ハニー・ココナッツサンバ!」
陽気なリズムが河川敷へ響き、チョイアークたちの動きが狂う。
「チョイ!?」
「チョイチョイ!」
「サイアークな気持ちは、汗と一緒に流しちゃおうね」
ハニーが踊りながらチョイアークの群れをまとめて遠ざける。
オレスキーまで身体を揺らし始めた。
「マンボ! マンボ! ……って、何をさせるかーっ!」
我に返って叫ぶ。
ラブリーはサイアークへ向かう。
「プリンセス、少し休んで!」
「でも!」
「大丈夫! あたしがその分も頑張る!」
「ラブリー!」
ラブリーはサイアークへ飛び込んだ。
拳を受け流し、懐へ入る。
蹴り。
パンチ。
また蹴り。
どれほど相手が立ち上がっても、ラブリーも前へ出続ける。
少し離れた場所へ、悠も到着した。
周囲の人々を安全な位置まで誘導し終え、戦場を見る。
サイアーク。
プリキュア。
チョイアークと戦う誠司。
今、自分が完全な姿へ戻る必要はない。
悠は誠司の近くまで走った。
「相楽君!」
「赤石!」
チョイアークが一体、悠へ向かう。
誠司が間へ入り、蹴りで追い払った。
「前出るな!」
「分かった」
悠はすぐに下がる。
「言うこと聞くの早くなったな!」
「最近練習してるから!」
「そんな練習あるのかよ!」
短いやり取り。
その間にも、ラブリーは戦っていた。
何度殴っても立ち上がるサイアーク。
それでも、めぐみは止まらない。
誠司がその姿を見る。
「ひめ」
「何?」
「俺が空手始めたきっかけ、あれだよ」
プリンセスがラブリーを見る。
「え?」
誠司は少し笑った。
「めぐみは昔から変わらないんだ」
悠も耳を傾ける。
「困ってるやつを見ると、後先考えずに突っ込んでいく。自分のことより、誰かのことに一生懸命でさ」
幼い頃。
高い場所から降りられなくなった猫。
めぐみは誠司を足場にして登ろうとし、そのまま二人で転んだ。
『めぐみちゃん、大丈夫?』
『うん! 猫ちゃんが無事で幸せハピネス!』
怪我をしても笑っていた。
誠司は苦笑する。
「危なっかしいんだけどな」
「それは今もだね」
悠が言う。
「否定できない」
「でも」
誠司はラブリーを見る。
「あいつが頑張ってると、自分も負けてられないって思うんだ」
プリンセスは黙る。
ハニーも戦いながら笑った。
「私も分かるな」
チョイアークを光で押し返す。
「頑張ってるめぐみちゃんを見ると、自分も頑張らなくちゃって思えるの」
プリンセスはラブリーを見る。
サイアークの拳が飛ぶ。
ラブリーはかわす。
転ぶ。
立つ。
また向かう。
自分が初めてプリキュアとしてまともに戦えなかった頃。
めぐみは隣に立ってくれた。
怖くて逃げた時も。
失敗した時も。
「……そっか」
プリンセスが小さく笑う。
「私もかも」
誠司を見る。
「誠司が頑張ってるところ見てたら、何でこんなに頑張るのって思ったけど」
自分の絆創膏を見た。
何度失敗しても卵焼きを作ろうとした。
「頑張ってる人を見てると、自分もやらなきゃって思っちゃうんだね」
悠はその言葉を聞く。
誰かが頑張る。
それを見た誰かが動く。
一人の努力が、一人だけで終わらない。
まりあもそうだったのかもしれない。
自分が約束を守ろうとするのは。
あの人が自分のために何度も動いてくれた姿を覚えているから。
「……そういうことか」
悠が呟く。
誠司が聞く。
「何が?」
「少し分かっただけ」
「何を?」
「僕も、負けてられないって思う時があるから」
誠司が笑った。
「じゃあ同じだろ」
「同じなんだね」
その答えが、悠には少し嬉しかった。
★★★
ハニーがプリンセスの近くへ着地した。
「プリンセス」
「何?」
「ラブリーだけに頑張らせちゃダメだよね」
ハニーバトンが優しい黄色の光を放つ。
「ハニー・ヒーリングリズム!」
光がプリンセスと誠司を包む。
疲労が少し和らいだ。
プリンセスが飛び上がる。
「来た来たー! パワー百倍!」
「相楽君は無理しないで」
悠が言う。
「お前に言われる日が来るとはな」
「どういう意味?」
「後で教える」
プリンセスはラブリーの横へ並ぶ。
「ラブリー!」
「プリンセス!」
「私も頑張る!」
二人でサイアークを見る。
プリンセスは少し照れくさそうに続けた。
「っていうか、ラブリーが頑張ってると、こっちまで頑張りたくなっちゃうのよね!」
「え?」
ラブリーが目を丸くする。
「それってどういうこと?」
「言わせるなー!」
「何で!?」
「秘密! ミステリアス!」
「分かんないよ!」
オレスキーが地団駄を踏んだ。
「他人のために頑張るだと!? そんなもの無駄だ! 俺様は俺様自身のためだけに頑張る!」
プリンセスが構える。
「勝手にすればいいじゃん!」
ラブリーも拳を握る。
「でも、あたしたちは違うよ!」
「誰かが頑張ってたら応援したい!」
「誰かが困ってたら助けたい!」
二人が同時に地面を蹴る。
サイアークの拳をラブリーが受け流す。
プリンセスが跳ぶ。
「プリンセス・ゲンコツツインマグナム!」
巨大な青い拳が二つ出現し、サイアークへ直撃する。
「サイアーク!」
巨体が吹き飛ぶ。
それでも立ち上がろうとする。
ラブリーとプリンセスは互いを見る。
「いくよ!」
「うん!」
二人のラブプリブレスが光った。
「勇気の光を聖なる力に!」
「プリキュア・ツインミラクルパワーシュート!」
桃色と青の光が一つになり、サイアークを包み込む。
「ハピネスチャージ!」
巨大な身体が光へ変わる。
「サイアーク!」
黒い霧が晴れ、鏡へ閉じ込められていた少年も解放された。
オレスキーは悔しそうに拳を振り回す。
「俺様はこれからも俺様のために頑張る! 目指すは俺様最高!」
黒い霧の中へ消えていった。
プリンセスは大きく息を吐く。
「終わったー……」
誠司が近づく。
「大丈夫か?」
「まあね」
「よく頑張ったな」
ひめは変身を解きながら顔を逸らす。
「誠司に言われなくても頑張ったし」
「そうか」
「……ありがと」
小さな声だった。
「何か言った?」
「何も言ってない!」
悠は落ちていた買い物袋を見る。
幸い、離れた場所へ置いてあったため無事だった。
袋を持ち上げる。
「卵も割れてない」
ひめが駆け寄った。
「ほんと!?」
「うん」
一気に顔が明るくなる。
「よーし! 帰って練習する!」
誠司が苦笑する。
「無理すんなよ」
「今の私にそれ言う!?」
「休みながらやれって意味だ」
ひめが一瞬止まる。
ゆうこも頷く。
「疲れたまま料理すると、また失敗しやすいからね」
ひめは渋々頷いた。
「……ちょっと休んでからやる」
悠が感心したように見る。
「白雪さん、成長したね」
「赤石くんにだけは言われたくない!」
「どうして?」
「同類だから!」
悠は少し考えた。
「否定しにくい」
めぐみが笑った。
★★★
大会当日の朝。
まだ日が昇ったばかりの大使館。
台所では、ひめが一人で卵焼き器と向き合っていた。
眠い。
手には絆創膏。
それでも、以前のように焦ってはいなかった。
卵液を流す。
待つ。
固まり始める。
ゆっくり巻く。
一回。
二回。
三回。
皿へ置く。
「……できた」
形の整った卵焼き。
ひめの顔が輝いた。
「できた!」
声が大きすぎて、リボンが寝室から飛んできた。
「何事ですの!?」
「リボン! 見て!」
卵焼きを指さす。
「まあ!」
「できたよ!」
ひめは笑った。
一度できると、次は少し違う味を作る。
鶏肉とネギ。
梅。
甘いもの。
少ししょっぱいもの。
途中でまた形を崩した。
でも、最初からやり直せばいい。
ようやく弁当箱いっぱいの卵焼きが完成した頃には、朝日が大使館の窓から差し込んでいた。
★★★
空手大会の会場。
試合前の控え室で、誠司の前へひめが弁当箱を置いた。
「はい」
「何だ?」
「見れば分かるでしょ!」
蓋を開ける。
中には隙間なく卵焼きが詰められていた。
誠司が目を丸くする。
「すごい量だな……」
「全部味が違うんだから!」
ひめは一つずつ指さす。
「これが鶏肉とネギ。こっちは梅。これは甘いやつで、そっちがしょっぱいの」
「全部ひめが作ったのか?」
「そうよ!」
胸を張る。
指には小さな絆創膏がいくつも貼られている。
「朝早く起きて作ったんだから感謝しなさいよね!」
誠司は一つ食べる。
ひめがじっと見る。
「……どう?」
「うまい」
ひめの顔が僅かに緩む。
「本当に?」
「本当に。これならパワー百倍だな」
「百万倍って言いなさいよ!」
「増えたな」
「私がそれだけ頑張ったの!」
誠司は笑った。
「ありがとな、ひめ」
今度こそ、ひめは目を逸らす。
「私も頑張ったんだから、誠司もちゃんと優勝しなさいよ」
「押忍!」
めぐみが後ろから顔を出す。
「あたしも食べたい!」
「ダメ! 誠司のお弁当!」
「一個だけ!」
「ダメ!」
ゆうこが笑う。
「めぐみちゃんにはこっちね」
別のお弁当箱を差し出す。
悠も一緒にいた。
ひめが少し考え、端に残っていた不格好な卵焼きを一つ差し出す。
「赤石くんも食べる?」
「いいの?」
「余ったやつ」
「ありがとう」
悠は口へ入れる。
少し甘い。
形は崩れている。
でも、おいしい。
「どう?」
「努力の味がする」
ひめの顔が引きつった。
「何それ」
「昨日より上手になってるから」
「普通においしいって言えばいいじゃん!」
「おいしいよ」
「先に言って!」
めぐみたちが笑う。
やがて会場から選手を呼ぶ声が聞こえた。
誠司は立ち上がる。
「行ってくる」
めぐみが拳を上げた。
「誠司、頑張って!」
ゆうこも続く。
「頑張ってね、相楽くん」
ひめは腕を組んだ。
「絶対優勝だからね!」
悠は少し考えて言う。
「相楽君」
「何だ?」
「いつも通りでいいと思う」
誠司が笑った。
「それが一番難しいんだよ」
「そうなの?」
「でも、やってくる」
「うん」
誠司は試合場へ向かった。
★★★
決勝戦。
誠司の正面に立っていたのは、河川敷でサイアークにされていた少年だった。
二人が一礼する。
構える。
「始め!」
踏み込む。
拳が交差する。
めぐみが立ち上がった。
「頑張れ、誠司ーっ!」
ゆうこも声を上げる。
「相楽くーん!」
リボンも飛び跳ねる。
「頑張るですわー!」
ひめは両手を強く握りしめていた。
「誠司……!」
悠は静かに試合を見る。
誠司は闇雲に攻めない。
相手を見る。
呼吸を整える。
距離を取る。
必要な時に踏み込む。
何度も練習していた動き。
一日だけ無理をして身につけたものではない。
毎日の繰り返し。
休み。
また続ける。
誰かと練習する。
助言を受ける。
応援される。
その全部が今の動きへ繋がっている。
悠は少しだけ理解した。
努力するというのは、自分一人で耐え続けることではない。
続けられるように、自分を壊さないことも含まれている。
試合場で誠司の拳が決まった。
審判の旗が上がる。
「勝者、赤!」
一瞬の静寂。
「やったーっ!」
めぐみが飛び上がった。
「誠司優勝だよーっ!」
ゆうこも拍手する。
「相楽くん、すごい!」
ひめも勢いよく立ち上がった。
「やった! 誠司ー!」
誠司は対戦相手と握手する。
それから観客席へ顔を向け、親指を立てた。
めぐみが両手を振り返す。
ひめは笑いながら、自分の絆創膏だらけの指を見る。
「頑張る人のために頑張るって……」
小さく呟く。
「結構いいかも」
「白雪さん」
隣の悠が呼ぶ。
「何?」
「卵焼き、もう一個残ってる?」
「結局それ!?」
「おいしかったから」
「……しょうがないなあ」
ひめは少し嬉しそうに弁当箱を開いた。
★★★
帰り道。
めぐみたちは優勝した誠司を囲んで歩いていた。
「優勝者なんだから今日は何でも奢ってよ!」
ひめが言う。
「何で俺が奢るんだ」
「私たちが応援したからでしょ!」
「応援されると金払わないといけないのか?」
「そういうもの!」
「絶対違う」
ゆうこが笑う。
「じゃあ大森ごはんでお祝いしようか」
「賛成!」
めぐみが即答した。
悠は誠司の横を歩く。
「相楽君」
「ん?」
「努力って、毎日続けること?」
「急にどうした」
「少し気になった」
誠司は少し考える。
「まあ、それもあるな」
「じゃあ休んだ日は努力してない?」
「そんなわけないだろ」
悠が見る。
「休むのは、次にちゃんと動くために必要なんじゃないか?」
「じゃあ、休むのも続けることの一部?」
「俺はそう思う」
悠は歩きながら考える。
「難しいね」
「何が?」
「頑張るのをやめることと、休むことの違い」
「戻るつもりがあるかどうかじゃないか?」
悠の足が僅かに止まる。
戻る。
ブルースカイ王国から逃げるように帰ってきた時、ひめも同じことを選んだ。
諦めるためではなく、戻るために帰った。
まりあとの約束もそうなのかもしれない。
一度退く。
誰かに頼る。
休む。
それは、生きて戻るために必要なこと。
「相楽君」
「何だ?」
「僕も、もう少し上手に頑張れるようになるよ」
誠司が悠を見る。
「今までどんな頑張り方してたんだ」
「多分、下手だった」
「知ってる」
「即答なんだ」
「散々見てきたからな」
悠は少しだけ笑った。
前では、めぐみがひめと騒いでいる。
その背中を見る。
誠司が空手を始めるきっかけになった背中。
ゆうこやひめを前へ動かす背中。
悠も何度か、あの背中を見て動いたことがある。
「愛乃さんって、不思議だね」
「今さらか?」
「うん」
「本人は多分、何も考えてないぞ」
前から声が飛んだ。
「誠司ー! 聞こえてるよー!」
「聞こえるように言った!」
「ひどい!」
めぐみが走って戻ってくる。
悠はその様子を見ていた。
誰かが頑張る。
それを見て、自分も動く。
自分が動けば、また誰かが動くのかもしれない。
いつか。
まりあと再会できた時。
自分も、少しは頑張ったと言えるようになりたい。
ただし。
今度は、生きてそこへ辿り着くために。
次回予告
めぐみ:
「結婚式だーっ!」
ひめ:
「うわあ、すっごくきれい!」
ゆうこ:
「幸せそうだね」
悠:
「結婚すると、ああいう顔になるの?」
誠司:
「俺に聞くな」
増子美代:
「ぴかりが丘の結婚式をプリキュアが全力応援!? これは取材しないわけにはいかないわ!」
ひめ:
「何で美代さんまでいるの!?」
ホッシーワ:
「人の幸せなんて、見ているだけでお腹いっぱいだわ!」
めぐみ:
「そんなこと言わせないよ!」
ラブリー:
「みんなの幸せ、絶対守るんだから!」
めぐみ:
「次回、第18話『みんなで幸せ全力応援! ぴかりが丘の結婚式!! /祝う人と、幸せのかたち』」
悠:
「幸せって、一人分じゃないんだね」
ゆうこ:
「うん。分けても減らないものもあるよ」