ハピネスチャージプリキュア!夕映えのアーベント   作:Leona

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第18話『みんなで幸せ全力応援! ぴかりが丘の結婚式!!/祝う人と、幸せのかたち』

第18話『みんなで幸せ全力応援! ぴかりが丘の結婚式!! /祝う人と、幸せのかたち』

 

「結婚式!?」

 

 放課後の大森ごはんに、めぐみの大きな声が響いた。

 

「うん」

 

 ゆうこはいつもの柔らかな笑顔で頷いた。その後ろでは、父のたけおをはじめ大森家の面々が、店先のオープンカフェへテーブルや椅子を運び出している。

 

「うちのお店で知り合ったお客さん同士が、結婚することになったの」

 

「大森ごはんで出会って結婚!? すっごーい!」

 

 めぐみが目を輝かせる。

 

 ひめもすぐに食いついた。

 

「結婚式って本物の!? ウェディングドレス着て、指輪交換して、最後に白馬の王子様が──」

 

 誠司が止める。

 

「途中から違うだろ」

 

「違わない!」

 

「新郎が式の途中で白馬に乗ってきたら困るだろ」

 

「ロマンの問題なの!」

 

 悠は店先へ運ぶ椅子を両手に一脚ずつ持ちながら、首を傾げた。

 

「結婚すると白馬が必要なの?」

 

「赤石くんまで真面目に聞かないで!」

 

「白雪さんが言ったから」

 

 ゆうこが小さく笑った。

 

「白馬はなくても大丈夫だよ」

 

「そうなんだ」

 

 悠は納得して椅子を指定された場所へ置く。

 

 誠司がその横でテーブルを運んでいた。

 

「お前、結婚式見たことないのか?」

 

「多分ない」

 

「多分?」

 

「覚えている範囲では」

 

 一瞬だけ妙な返事になったが、誠司は深く追及しなかった。

 

 めぐみはオープンカフェを見渡す。

 

「ここでやるの?」

 

「幸代さんと大輔さんが、ここがいいって」

 

 ゆうこは嬉しそうに答える。

 

「二人が初めてちゃんと話したのも、何度も一緒にご飯を食べたのもここなんだって。だから、お弁当屋さんらしい結婚式にしたいんだって」

 

「いいじゃん!」

 

 めぐみが拳を上げた。

 

「だったら、あたしたちも手伝おうよ!」

 

「もちろん!」

 

 ひめも乗る。

 

「最高の結婚式にするんだから!」

 

 誠司が二人を見る。

 

「お前ら、本人たちの希望も聞けよ」

 

「聞くよ!」

 

「聞いてから張り切れ」

 

 悠は店内から運ばれていく皿や装飾を眺めていた。

 

「相楽君」

 

「何だ?」

 

「結婚って、どういうもの?」

 

 誠司の手が止まる。

 

「何で俺に聞く」

 

「愛乃さんと白雪さんに聞くと、話が長くなりそうだから」

 

「判断は正しいけど、俺も知らないぞ」

 

 ゆうこが料理の入った箱を抱えて横を通る。

 

「一緒に暮らしたいと思った人と、これからも一緒に生きていく約束をすること、かな」

 

 悠がゆうこを見る。

 

「ずっと?」

 

「少なくとも、そうしたいと思って約束するんだと思うよ」

 

「家族になる?」

 

「うん」

 

 家族。

 

 悠は少しだけ黙った。

 

 ひめがそこへ戻ってくる。

 

「そんな難しく考えなくていいじゃん! 好きな人と一緒になって、幸せになるの!」

 

「幸せになるために結婚するんだ」

 

「そう!」

 

 ひめは胸を張った。

 

 誠司は小声で言う。

 

「白馬は必要ないけどな」

 

「まだ言う!?」

 

 大森ごはんに笑い声が広がった。

 

 悠はその中で、もう一度「家族になる」という言葉を頭の中で繰り返していた。

 

 ★★★

 

 翌日、教室では結婚式の準備会議が開かれていた。

 

 めぐみ、ひめ、ゆうこ、誠司、悠だけでなく、何人かのクラスメイトも机を囲んでいる。

 

「普通にお祝いするだけじゃつまらないよね!」

 

 めぐみが言う。

 

「歌とかどう?」

 

「飾りつけもいるよ」

 

「料理は大森さんのところがやるんだよね?」

 

 次々と意見が飛ぶ。

 

 悠はノートへ必要なものを書き出していた。

 

「椅子は足りる。テーブルも昨日出した。雨の場合は?」

 

「雨!?」

 

 ひめが固まる。

 

「結婚式の日に雨なんて縁起悪いじゃん!」

 

「雨でも結婚はできると思う」

 

「そういうことじゃない!」

 

「一応、店内へ移せるようにしておこう」

 

 誠司が言う。

 

「赤石、その辺は俺とやる」

 

「うん」

 

 突然、ひめが立ち上がった。

 

「あっ!」

 

 全員が見る。

 

「どうしたの?」

 

 めぐみが尋ねる。

 

 ひめは得意げに人差し指を立てた。

 

「サムシングフォー!」

 

「何それ?」

 

「知らないの!?」

 

 ここぞとばかりにひめの目が輝く。

 

「花嫁さんが結婚式で四つのものを身につけると、ずっと幸せに暮らせるっていう言い伝えだよ!」

 

 悠がペンを止める。

 

「四つ?」

 

「古いもの、新しいもの、青いもの、それから借りたもの!」

 

 黒板へ大きく書く。

 

『Something Old』

『Something New』

『Something Blue』

『Something Borrowed』

 

「王女の教養!」

 

 ひめが胸を張る。

 

 誠司が感心したように見る。

 

「こういうことは詳しいんだな」

 

「こういうこと“は”って何よ!」

 

 めぐみはすでに乗り気だった。

 

「やろうよ! 幸代さんに全部用意しよう!」

 

「賛成!」

 

 古いものには、クラスメイトのれいの家のアンティークショップからティアラを借りることになった。

 

 新しいものには、えれなの家の雑貨店で新しいベールを用意する。

 

 青いものについては。

 

「私が作る!」

 

 ひめが宣言した。

 

「青い花のブーケ! 絶対かわいくする!」

 

「朝早く起きないと間に合わないんじゃない?」

 

 ゆうこが尋ねる。

 

 ひめの笑顔が止まった。

 

「……何時?」

 

「式の日なら、四時くらいかな」

 

「朝の!?」

 

「嫌なら手伝うよ」

 

「やる!」

 

 即答だった。

 

「私が言い出したんだから、私が作る!」

 

 残る一つ。

 

 借りたもの。

 

 めぐみが首を傾げた。

 

「何を借りたらいいんだろ」

 

 ゆうこが言う。

 

「幸代さんに聞いてみようか。誰か大切な人から借りたいものがあるかもしれないし」

 

 悠は黒板の最後の一行を見る。

 

 借りたもの。

 

 誰かが持っていたものを、一日だけ受け取る。

 

 そこにも意味があるらしい。

 

 ★★★

 

 大森ごはんを訪れた幸代は、サムシングフォーの話を聞いて嬉しそうに笑った。

 

「そこまでしてくれるの?」

 

「もちろんです!」

 

 めぐみが答える。

 

 ひめも胸を張る。

 

「幸せは念入りにした方がいいからね!」

 

「ひめ、それ言い方合ってる?」

 

「気持ちの問題!」

 

 幸代は笑いながら、用意された写真や装飾を見ていた。

 

 悠は少し離れたところで、誠司とテーブルクロスの寸法を確認している。

 

「幸代さん」

 

 ゆうこが尋ねた。

 

「借りたものなんですけど、誰かから借りたいものってありますか?」

 

 幸代の笑顔が少しだけ曇った。

 

「借りたい人はいるんだけどね」

 

「誰ですか?」

 

 めぐみが聞く。

 

「親友」

 

 幸代は少し懐かしそうに笑った。

 

「まりあっていうの」

 

 悠の手が止まった。

 

 テーブルクロスを押さえていた指が、僅かに強くなる。

 

 誠司が気づく。

 

「赤石?」

 

 悠は答えない。

 

 幸代は続けていた。

 

「本当なら、まりあから何か借りたかったんだけど……今、行方が分からないの」

 

「行方不明……」

 

 めぐみの表情が沈む。

 

「ずっと?」

 

「うん」

 

 幸代は寂しそうに目を伏せる。

 

「結婚するって決まった時、一番に知らせたかったんだけどね」

 

 悠は無意識に一歩近づいた。

 

 まりあ。

 

 同じ名前だけなら、他にもいる。

 

 だが嫌な予感がした。

 

 ひめが尋ねる。

 

「そのまりあさんって……妹さんいる?」

 

 幸代が驚く。

 

「いるよ。いおなちゃん」

 

 悠の呼吸が止まった。

 

 間違いない。

 

 氷川まりあ。

 

 キュアテンダー。

 

 自分へ三つの約束を残した人。

 

 けれど、今幸代が話しているのはプリキュアではないまりあだった。

 

 戦う人ではない。

 

 自分を叱った人でもない。

 

 誰かの親友。

 

 悠はこれまで、そのまりあを知らなかった。

 

「だったら!」

 

 ひめが手を叩く。

 

「いおなにお願いしてみようよ!」

 

「え?」

 

「まりあさんのものを、妹のいおなから借りればいいんじゃない?」

 

 幸代は迷った。

 

「でも……いおなちゃんにそんなことお願いするのは」

 

「聞くだけ聞いてみようよ!」

 

 めぐみも頷く。

 

 悠だけが何も言わなかった。

 

 誠司が横から小声で尋ねる。

 

「赤石。知ってる名前なのか?」

 

 悠の視線が揺れる。

 

「……似た名前を、聞いたことがあるだけ」

 

「そうか」

 

 誠司はそれ以上聞かなかった。

 

 完全な嘘ではない。

 

 だからこそ、悠には余計に苦しかった。

 

 ★★★

 

 店を出た直後、偶然にもいおなと出会った。

 

「氷川さん!」

 

 めぐみが声をかける。

 

 いおなが振り向いた。

 

「愛乃さん。それに……」

 

 ひめ、ゆうこ、誠司。

 

 最後に悠を見る。

 

 一瞬、視線が止まった。

 

「何かしら」

 

 ひめが事情を説明する。

 

「それでね、幸代さんがまりあさんから何か借りたかったんだって」

 

 いおなの表情が僅かに強張った。

 

 悠はそれを見逃さなかった。

 

「お姉ちゃんから……?」

 

「うん。だから、もしよかったら何か──」

 

 ひめが途中で声を弱める。

 

 いおなの顔を見て、簡単な話ではないとようやく感じたらしい。

 

「……無理ならいいんだけど」

 

 しばらく沈黙した。

 

 やがて、いおなは小さく息を吐く。

 

「分かったわ」

 

「いいの?」

 

「お姉ちゃんのハンカチがあるから。それを貸す」

 

 めぐみの顔が明るくなる。

 

「ありがとう、氷川さん!」

 

「幸代さんは、お姉ちゃんの親友だったから」

 

 いおなはそれだけ言った。

 

 悠は口を開きかける。

 

 聞きたいことはいくらでもある。

 

 まりあは幸代とどんなふうに話していたのか。

 

 何をして遊んでいたのか。

 

 どんな顔で笑っていたのか。

 

 けれど、それをいおなに聞けば。

 

 なぜそこまで知りたがるのかと問われる。

 

「赤石君」

 

 いおなが先に声をかけた。

 

「……何?」

 

「またその顔」

 

「どんな顔?」

 

「私に何か聞きたい顔よ」

 

 悠は黙った。

 

「言いたくないなら別にいいけれど」

 

 いおなは先に歩こうとする。

 

 悠はその背中へ思わず声をかけた。

 

「氷川さん」

 

 いおなが止まる。

 

「お姉さんって……友達が多かった?」

 

 いおなが振り返った。

 

 周囲も少し驚いたように悠を見る。

 

「どうしてそんなことを聞くの?」

 

「幸代さんが親友だって言ってたから」

 

 嘘ではない。

 

 悠は続ける。

 

「どんな人だったのかなって」

 

 いおなはしばらく悠を見た。

 

「優しい人よ」

 

 短い答え。

 

 それでも、その声はいつもより柔らかかった。

 

「友達も多かった。困っている人を放っておけなくて、頼まれると断れなくて」

 

 悠の胸が少し痛む。

 

 知っている。

 

「でも、誰かが無茶するとすぐ怒るの」

 

 いおながほんの少し笑った。

 

「自分だって人のことを言えないくらい無茶するのに」

 

 悠の視線が落ちる。

 

 それも知っている。

 

「……そうなんだ」

 

「何?」

 

「ううん」

 

 いおなの顔から笑みが消える。

 

 ひめがそっと口を開いた。

 

「お姉さん……早く見つかるといいね」

 

 いおなの表情が硬くなった。

 

「軽く言わないで」

 

「え?」

 

「何も知らないのに、簡単にそんなこと言わないで」

 

「私はただ──」

 

「あなたに分かることじゃないわ」

 

 冷たい言葉だけを残し、いおなは歩き出した。

 

 めぐみが呼ぶ。

 

「氷川さん!」

 

 いおなは振り返らなかった。

 

 ひめはその場へ残り、俯く。

 

「……何よ」

 

 声が小さい。

 

「心配しただけなのに」

 

 めぐみが近づこうとする。

 

 その前に悠が言った。

 

「白雪さん」

 

「何?」

 

「白雪さんは、悪いことを言おうとしたわけじゃないと思う」

 

「じゃあ何であんな言い方されなきゃいけないの」

 

「分からない」

 

 悠は嘘をつかなかった。

 

 いおなが何を抱えているか、自分は少しだけ知っている。

 

 でも、いおなの代わりに説明することはできない。

 

「ただ」

 

 悠は言葉を選ぶ。

 

「会いたい人に会えない時って、同じことを何度も考えるから。少し触られるだけでも痛いことがあるのかもしれない」

 

 ひめが悠を見る。

 

「赤石くんも?」

 

 悠の返事が止まる。

 

 まりあ。

 

「……少しだけ」

 

 それ以上は言わなかった。

 

 ひめも聞かなかった。

 

 ★★★

 

 結婚式当日の早朝。

 

 まだ空が薄暗いうちから、大森ごはんには明かりがついていた。

 

「眠い……」

 

 ひめが青い花を手に、半分閉じた目で呟く。

 

「姫、しっかりするですわ!」

 

 リボンが飛び回る。

 

「朝四時ですわよ!」

 

「だから眠いんじゃん!」

 

 それでも手は止めない。

 

 青い花を一輪ずつまとめ、形を整え、リボンを巻いていく。

 

 ゆうこは厨房で家族と料理の準備を進めていた。

 

 めぐみは飾りつけ。

 

 誠司と悠はオープンカフェへ椅子を並べている。

 

「赤石、そっち二つ詰めてくれ」

 

「これくらい?」

 

「もう少し」

 

 悠が椅子を動かす。

 

「相楽君」

 

「ん?」

 

「昨日の話」

 

「どれだ?」

 

「結婚する人は家族になるって」

 

「ああ」

 

「家族が増えると、幸せも人数で分けるの?」

 

 誠司の手が止まる。

 

「何でそうなる」

 

「食べ物なら、人数が増えたら一人分は減るから」

 

「幸せは食べ物じゃないだろ」

 

「そうだけど」

 

 悠は自分でも奇妙な質問だと思っていた。

 

 負の感情なら分かる。

 

 量として感じられる。

 

 残滓なら吸収もできる。

 

 多ければ多い。

 

 減れば減る。

 

 けれど、幸せというものは自分にはよく分からない。

 

 誠司は椅子へ座り、少し考えた。

 

「むしろ増えることもあるんじゃないか」

 

「どうして?」

 

「例えば今日、結婚するのは幸代さんと大輔さんだろ」

 

「うん」

 

「でも、大森もめぐみもひめも、朝から楽しそうだ」

 

 悠は周囲を見る。

 

 眠いと文句を言いながらブーケを作るひめ。

 

 料理の準備をするゆうこ。

 

 飾りを付けているめぐみ。

 

「本人じゃないのに?」

 

「誰かが嬉しいと、自分まで嬉しくなることくらいあるだろ」

 

 悠は少し考えた。

 

「相楽君が優勝した時みたいに?」

 

「そうそう」

 

「じゃあ、分けても減らない?」

 

「多分な」

 

「不思議だね」

 

「お前、幸せを何だと思ってたんだ」

 

 悠は答えなかった。

 

 自分が口にできるものではない。

 

 少なくとも、そういう意味ではないことだけは分かっている。

 

 ★★★

 

 式の少し前。

 

 控室の幸代は、ウェディングドレス姿で鏡の前に座っていた。

 

 めぐみとひめも普段とは違う華やかな服装に着替え、目を輝かせている。

 

「きれい!」

 

 めぐみが感動する。

 

「やっぱりウェディングドレスっていい!」

 

 ひめは自分のことのように興奮していた。

 

「ティアラも完璧! ベールも完璧! 私のブーケも完璧!」

 

「最後だけ自分で言ったね」

 

 ゆうこが笑う。

 

 幸代の頭には、れいの家から借りた古いティアラ。

 

 新しいベール。

 

 そして、ひめが早朝から作った青い花のブーケ。

 

 扉が開いた。

 

「失礼します」

 

 いおなが入ってくる。

 

 手には小さな包みがあった。

 

「いおなちゃん……」

 

 幸代が立ち上がる。

 

 いおなは包みを開く。

 

 中には一枚のハンカチが入っていた。

 

「お姉ちゃんのものです」

 

 幸代の表情が変わった。

 

「まりあの……」

 

 両手で大切に受け取る。

 

 目に涙が浮かぶ。

 

「ありがとう、いおなちゃん」

 

 いおなは少しだけ目を伏せる。

 

「お姉ちゃんなら、きっと貸したと思うから」

 

 控室の入口近くにいた悠は、そのハンカチを見る。

 

 ただの布。

 

 戦うための道具ではない。

 

 プリキュアの武器でもない。

 

 まりあが普通に使っていたもの。

 

 それだけのものが、今は幸代にとって大切な一つになっている。

 

 幸代はハンカチを胸へ当てた。

 

「まりあにも見てほしかったな」

 

 悠の指が僅かに握られる。

 

 いおなも同じだった。

 

 その横顔が、悠にはひどく寂しく見えた。

 

 幸代は涙を拭い、笑顔になる。

 

「でも、今日は泣いてばかりいられないね」

 

「幸代さん」

 

 いおなが言う。

 

「幸せになってください」

 

「うん」

 

 幸代は笑った。

 

「ありがとう」

 

 その言葉に、いおなの顔が少しだけ和らいだ。

 

 ひめは昨日のことを思い出しているのか、いおなへ声をかけられずにいた。

 

 いおなは部屋を出る。

 

 悠は少し迷ってから後を追った。

 

 廊下。

 

「氷川さん」

 

「何?」

 

「さっきのハンカチ」

 

 いおなの表情がまた警戒へ戻る。

 

「何かしら」

 

「まりあさんは、幸代さんの結婚式を見たかったと思う?」

 

 いおなが悠を見る。

 

「当たり前でしょう」

 

 少し強い声。

 

「お姉ちゃんは、そういう人よ。自分のことより、友達が幸せになる方を喜ぶ人だった」

 

 悠は目を伏せる。

 

「そうだね」

 

「……どうしてあなたが同意するの?」

 

 しまった。

 

 悠の身体が固まる。

 

「幸代さんの話を聞いたから」

 

 返事が早い。

 

 いおなの目が細くなる。

 

「赤石君」

 

「何?」

 

「あなた、本当にお姉ちゃんを知らない?」

 

 悠は答えられなかった。

 

 数秒。

 

「……知らないとは、言えない」

 

 いおなの目が見開かれる。

 

 悠自身も、自分がそこまで口にしたことへ驚いた。

 

「どういう意味?」

 

「今は言えない」

 

「あなた──」

 

「ごめん」

 

 悠は視線を逸らさないよう努力する。

 

「でも、氷川さんのお姉さんのことを悪くしようとしてるわけじゃない。それだけは本当」

 

 いおなはしばらく何も言わなかった。

 

 問い詰めれば、悠はまた閉じる。

 

 それを感じたのかもしれない。

 

「いつか説明しなさい」

 

「……うん」

 

「危険なことに関係しているなら、いつかじゃ遅いわ」

 

「分かってる」

 

 いおなはまだ納得していない。

 

 それでも今日は、それ以上聞かなかった。

 

「幸代さんの結婚式よ」

 

 そう言って歩き出す。

 

「今はそっちを優先するわ」

 

 悠はその背中を見送った。

 

 胸の奥が速く脈打っている。

 

 ほんの少しだけ。

 

 自分から秘密の端を見せた。

 

 怖かった。

 

 それでも、完全に逃げた時よりは少し楽だった。

 

 ★★★

 

 オープンカフェで結婚式が始まった。

 

 大森ごはんの店先は、いつもの弁当屋とは思えないほど華やかに飾られている。それでも料理には大森家らしさが残り、色とりどりのおにぎり、煮物、揚げ物、季節の野菜が並んでいた。

 

 悠は濃い色のシンプルなスーツを着て、誠司の隣へ座っている。

 

「相楽君」

 

「何だ?」

 

「首が苦しい」

 

「ネクタイだからな」

 

「外していい?」

 

「式が終わるまで我慢しろ」

 

「人間は結婚する時、周りの人まで苦しい服を着るんだね」

 

「それ本人たちの前で言うなよ」

 

 音楽が流れる。

 

 幸代が現れた。

 

 隣には新郎の大輔。

 

 幸代の姿を見た瞬間、会場から歓声が上がる。

 

「幸代さん、きれい!」

 

 めぐみが声を上げる。

 

 ひめも両手を握る。

 

「私のブーケも似合ってる!」

 

「そこ?」

 

 ゆうこが笑う。

 

 悠は幸代と大輔を見る。

 

 二人は何度も笑っている。

 

 周囲の人たちも笑っている。

 

 誰かが笑えば、別の人も笑う。

 

 誠司が言った通りだった。

 

 二人分の幸せが、二人の中だけに閉じていない。

 

「変だな」

 

 悠が小さく呟く。

 

 誠司が聞く。

 

「何が?」

 

「本人たちより、愛乃さんの方が泣きそう」

 

 めぐみはすでに目を潤ませていた。

 

「だって幸せそうなんだもん!」

 

「ほらな」

 

 誠司が笑う。

 

 悠も少しだけ口元を緩めた。

 

 式は穏やかに進んでいった。

 

 誓い。

 

 指輪。

 

 拍手。

 

 ひめは最初から最後まで目を輝かせている。

 

「やっぱり結婚式いいなあ……」

 

「白馬はいなかったね」

 

 悠が言う。

 

「今それ言わなくていい!」

 

 やがて、ブーケトスの時間になった。

 

 幸代が青い花のブーケを手に、女性たちへ背を向ける。

 

「いきますよー!」

 

 めぐみとひめまで参加者の輪へ混ざった。

 

「取るよ、ひめ!」

 

「負けないからね!」

 

 誠司が呆れる。

 

「お前ら何で本気なんだ」

 

 幸代がブーケを投げる。

 

 青い花束が高く舞った。

 

 何人もの手が伸びる。

 

 その上を、一本の黒い傘が横切った。

 

「いただき」

 

 甘い声。

 

 ブーケを掴んだのは、ホッシーワだった。

 

「え?」

 

 空気が止まる。

 

 ひめの顔が引きつる。

 

「私のブーケ!」

 

「そこ!?」

 

 めぐみが叫ぶ。

 

 ホッシーワは青い花を面倒そうに眺める。

 

「まあ、きれい。でも、人の幸せをみんなで祝うなんて、私には理解できないわ」

 

「ホッシーワ!」

 

 めぐみたちの表情が変わる。

 

「幸せなんて独り占めするから価値があるのよ。家族なんて増えたら、自分の分が減るだけじゃない」

 

 悠の目が動く。

 

 今朝、自分が誠司へ尋ねたことと同じだった。

 

「そんなことないよ!」

 

 めぐみが即座に叫ぶ。

 

「サイアーク!」

 

 ホッシーワは聞かない。

 

 鏡が幸代と大輔の背後へ出現した。

 

「えっ?」

 

「大輔!」

 

 二人の身体が同時に鏡へ引き込まれる。

 

「鏡に映る未来を最悪に変えよ! 来たれ! サイアーク!」

 

 黒い霧が噴き上がる。

 

 巨大なサイアークが現れた。ウェディングケーキや鐘を思わせる装飾をまとい、両腕には巨大なリボンが巻きついている。

 

「サイアーク!」

 

 会場が悲鳴に包まれた。

 

「全員、店の中じゃなくて通りの向こうへ!」

 

 誠司がすぐに動く。

 

「建物からも離れてください!」

 

 悠も椅子を退かし、避難経路を作る。

 

 ゆうこは小さな子供の手を取り、めぐみとひめは人目のない場所へ向かった。

 

「悠──」

 

 ゆうこが言いかけて止まる。

 

「赤石君、こっちの人たちお願い!」

 

「分かった」

 

 悠は少しだけ首を傾げたが、今は聞かなかった。

 

 ホッシーワのサイアークから負の力が広がる。

 

 幸代と大輔。

 

 二人の幸福をねじ曲げる力。

 

 胸のレッドストーンが反応した。

 

 吸収できる。

 

 だが、今取り込んではいけない。

 

 これはまだ二人から切り離された残滓ではない。

 

 悠はすぐに意識を切った。

 

「取らない」

 

 小さく呟き、避難を続ける。

 

 ★★★

 

「プリキュア・くるりんミラーチェンジ!」

 

 桃、青、黄色の光が会場の外で弾ける。

 

「世界に広がるビッグな愛! キュアラブリー!」

 

「天空に舞う蒼き風! キュアプリンセス!」

 

「大地に実る命の光! キュアハニー!」

 

 三人がサイアークの前へ降り立った。

 

 ホッシーワはブーケを手で弄びながら笑う。

 

「せっかくの結婚式なのに残念ね」

 

 ラブリーが拳を握る。

 

「残念になんてさせないよ!」

 

「誰かの幸せを壊して何が楽しいの!」

 

 プリンセスも怒鳴る。

 

 ホッシーワは肩をすくめた。

 

「だから言ってるでしょう? 幸せは自分だけのものにするのが一番なのよ」

 

 ハニーが静かに前へ出る。

 

「違うと思うな」

 

「何が?」

 

「おいしいものだって、一人で食べるのもいいけど、誰かと食べると別のおいしさがあるでしょう?」

 

「食べ物で例えないでくださる?」

 

「でも分かりやすいよ」

 

 ハニーは微笑む。

 

「幸せも、誰かと一緒だから増えることがあると思う」

 

「くだらないわ!」

 

 ホッシーワが指を鳴らす。

 

 サイアークの両腕からリボンが伸びた。

 

「サイアーク!」

 

「来るよ!」

 

 ラブリーが前へ出る。

 

 リボンを掴む。

 

「うっ!」

 

 想像以上に強い。

 

 身体ごと引きずられる。

 

「ラブリー!」

 

 プリンセスがリボンを蹴るが、別の一本が脚へ巻きついた。

 

「わっ!」

 

 そのまま空中へ吊り上げられる。

 

 ハニーがバトンを構える。

 

「ハニー・リボンスパイラル!」

 

 黄色いリボンが敵のリボンへ絡みつく。

 

 引っ張り合い。

 

「二人とも今!」

 

 ラブリーが拘束を外し、サイアークへ飛び込む。

 

 拳が胸へ入る。

 

 しかしサイアークは踏ん張った。

 

「サイアーク!」

 

 頭上の鐘が鳴る。

 

 甲高い音波が会場へ広がった。

 

「きゃあっ!」

 

 三人が吹き飛ばされる。

 

 遠くで避難を終えた悠が振り返る。

 

「強い……」

 

 誠司も戦場を見る。

 

「俺たちはもう人を出した。あとは離れるぞ」

 

 悠は一瞬だけ動かなかった。

 

 黒い姿へ戻れば。

 

 加勢できる。

 

 しかし三人はまだ戦える。

 

「……うん」

 

 誠司と一緒に距離を取る。

 

 今は出ない。

 

 必要だからではなく、戦えるからという理由だけで出ることはしない。

 

 ★★★

 

「家族が増えれば増えるほど、一人分は減るのよ!」

 

 ホッシーワが高笑いする。

 

「時間も! 愛情も! お金も! 食べ物も! 何だって独り占めできなくなるじゃない!」

 

 サイアークが巨大なリボンを地面へ叩きつける。

 

 砂煙。

 

 ラブリーが転がる。

 

「それでも……!」

 

 立ち上がる。

 

「一人より幸せなこともあるよ!」

 

「根拠は?」

 

「今日見たもん!」

 

 ラブリーは会場を指す。

 

「幸代さんと大輔さんが笑ってたら、みんなも笑ってた!」

 

 プリンセスも起き上がる。

 

「そうよ! 私だって朝四時に起こされて最悪だったけど!」

 

 ハニーが小声で訂正する。

 

「自分で起きたんだよ」

 

「細かいことはいいの!」

 

 プリンセスは拳を握る。

 

「ブーケができた時、すっごく嬉しかった! 幸代さんが持ってくれたらもっと嬉しかった! 私の分が減ったりしてないじゃん!」

 

 悠はその言葉を離れた場所で聞いていた。

 

 減らない。

 

 むしろ増える。

 

 今朝の答えを、別の形でもう一度聞いている。

 

 ホッシーワが鼻で笑う。

 

「お子様ね!」

 

 サイアークの音波が再び放たれる。

 

 三人が防御する。

 

 それでも押される。

 

「くっ……!」

 

 その瞬間。

 

 紫色の光がサイアークの横から直撃した。

 

「サイアーク!?」

 

 巨体がよろめく。

 

「何!?」

 

 ホッシーワが振り向く。

 

 紫色のプリキュアが静かに着地した。

 

「夜空にきらめく希望の星! キュアフォーチュン!」

 

「フォーチュン!」

 

 ラブリーが笑顔になる。

 

 プリンセスは少しだけ表情を固くした。

 

 つい先ほど、いおなと言い合ったばかりだ。

 

 フォーチュンは三人を見て短く言う。

 

「しっかりしなさい」

 

「え?」

 

「結婚式を守るんでしょう?」

 

 プリンセスが目を見開いた。

 

 フォーチュンはそれ以上何も言わず、サイアークへ突進する。

 

 鋭い蹴り。

 

 リボンを避け、拳。

 

「フォーチュン・スターリング!」

 

 紫の光が敵を押し戻す。

 

 悠は遠くからその動きを見る。

 

 やはり、いおなだ。

 

 声も。

 

 動きも。

 

 けれど、めぐみたちの前でそれを言うことはしない。

 

 彼女にも守っている秘密がある。

 

 自分が勝手に奪っていいものではない。

 

 ★★★

 

「四人になったくらいで!」

 

 ホッシーワが苛立つ。

 

 サイアークが大量のリボンを放つ。

 

 フォーチュンだけが鋭くかわす。

 

 ラブリーとハニーは防ぐが、プリンセスの腕へ一本が絡みついた。

 

「もう!」

 

 引っ張られながらプリンセスが叫ぶ。

 

「だったら、楽しくいくよ!」

 

 リボンが驚く。

 

「姫、まさか!」

 

 プリンセスはプリカードを取り出した。

 

「プリキュア・くるりんミラーチェンジ!」

 

 光が弾ける。

 

 衣装が緑と白を基調とした南国風の姿へ変わった。

 

「マカダミアフラダンス!」

 

 悠が目を瞬く。

 

「服が変わった」

 

 誠司が言う。

 

「プリカードのフォームチェンジだ」

 

 プリンセスが踊り始める。

 

「プリキュア・ハワイアンアロハロエー!」

 

 花びらが舞う。

 

 ゆったりとした音楽が戦場を包んだ。

 

 チョイアークの身体が勝手に揺れる。

 

「チョイ?」

 

「チョイチョイ~」

 

 サイアークも踊り始める。

 

 ホッシーワの足まで動いた。

 

「ちょ、ちょっと! 何これ!」

 

 ラブリーも。

 

「アロ~ハ~」

 

 ハニーも。

 

「ふふ、楽しいね」

 

 リボンまで。

 

「アロハですわ~」

 

 誠司の眉が動く。

 

「……何だこれ」

 

 その横。

 

 悠の右足が勝手に一歩動いた。

 

「え」

 

 腰が揺れる。

 

 左手が上がる。

 

「……相楽君」

 

「何だ」

 

「身体が勝手に」

 

「お前まで!?」

 

 悠は真顔のまま、ぎこちなくフラダンスを始めていた。

 

「止まらない」

 

「顔と動きが合ってなさすぎる!」

 

「相楽君は平気なの?」

 

「ギリギリ範囲外なんじゃないか!?」

 

「ずるい」

 

「俺のせいじゃない!」

 

 プリンセスは楽しそうに踊り続ける。

 

 フォーチュンだけは巻き込まれず、呆れたように周囲を見る。

 

「何をしているの……」

 

 だがサイアークも完全に隙だらけだった。

 

 ぐらさんが叫ぶ。

 

「今だぜ!」

 

 フォーチュンが構える。

 

 しかし、その前にハニーも踊りから解放され、ハニーバトンを掲げた。

 

「幸代さんと大輔さんの大切な日、返してもらうよ」

 

 光が集まる。

 

「命の光を聖なる力へ! ハニーバトン!」

 

 巨大な四葉のクローバーが上空へ現れる。

 

「プリキュア・スパークリングバトンアタック!」

 

 緑の光がサイアークへ降り注いだ。

 

「命よ、天に帰れ!」

 

「サイアーク!」

 

 巨大な身体が光に包まれる。

 

 黒い霧が浄化され、二枚の鏡が砕けた。

 

 幸代と大輔が元の姿へ戻る。

 

 悠の身体もようやく止まった。

 

 両手を下ろす。

 

「……終わった」

 

 誠司が口元を押さえている。

 

「何?」

 

「いや」

 

「笑ってる?」

 

「笑ってない」

 

「笑ってるよ」

 

「悪い」

 

 珍しく悠が少し不満そうな顔をした。

 

 ★★★

 

「もう! 結婚なんて勝手にすればいいわ!」

 

 ホッシーワは悔しそうに青いブーケを投げ捨てた。

 

 プリンセスが慌てて飛び込む。

 

「私のブーケーっ!」

 

 地面へ落ちる寸前でキャッチ。

 

「間に合った……!」

 

「そこまで大事?」

 

 ラブリーが聞く。

 

「朝四時から作ったんだから!」

 

 ホッシーワは黒い霧に包まれる。

 

「幸せを分け合うなんて、私には絶対理解できないわ!」

 

 姿を消した。

 

 フォーチュンも踵を返す。

 

「待って!」

 

 プリンセスが呼ぶ。

 

 フォーチュンが一瞬だけ止まる。

 

「さっき……ありがとう」

 

「別に」

 

「それと」

 

 プリンセスは迷った。

 

「昨日じゃなくて……さっき、いおなに──」

 

 フォーチュンの身体が僅かに固まる。

 

 プリンセス自身は気づかない。

 

「お姉さんのこと、軽く言っちゃったかもしれないから。もしフォーチュンがいおなに会ったら──」

 

 フォーチュンは振り返らない。

 

「自分で言いなさい」

 

「え?」

 

「本人に会った時に」

 

 それだけ言い残し、紫の光となって去った。

 

 プリンセスは首を傾げる。

 

「何か今日のフォーチュン、いつもよりいおなのこと詳しくない?」

 

 ラブリーも考える。

 

「そうかな?」

 

 悠は遠くからその会話を聞いていた。

 

 口を閉じる。

 

 自分から明かす秘密ではない。

 

 ★★★

 

 しばらくして、結婚式は再開された。

 

 壊れた飾りを直し、テーブルを戻し、散らばった花を集める。

 

 誰かが困れば、別の誰かが手伝う。

 

 幸代と大輔も事情を完全には覚えていなかったが、式が途中で止まったことより、皆が待ってくれていたことを喜んだ。

 

 そして改めて。

 

 幸代が青いブーケを持つ。

 

「今度こそ投げます!」

 

 ひめが身構える。

 

「絶対取る!」

 

 めぐみも負けない。

 

「今度はホッシーワいないからね!」

 

 ゆうこは少し離れて笑っている。

 

 誠司と悠はまた観客側だ。

 

 ブーケが空へ舞う。

 

 今度は邪魔されない。

 

 青い花束は弧を描き──。

 

「あっ」

 

 誰の手にも入らず、少し離れた悠の胸へ飛んできた。

 

 反射的に受け取る。

 

 会場が静かになる。

 

 悠は青いブーケを見る。

 

「……僕?」

 

 ひめが叫んだ。

 

「何で赤石くんなのーっ!?」

 

 めぐみが笑い出す。

 

「赤石くん、結婚するの!?」

 

「しないよ」

 

「ブーケ取ったじゃん!」

 

「飛んできただけだよ」

 

「返して!」

 

 ひめが走ってくる。

 

 悠は素直に渡した。

 

「はい」

 

「そういうのはもっと大切に渡しなさいよ!」

 

「どうすればいいの?」

 

「もう!」

 

 幸代も大輔も笑っている。

 

 会場全体に笑いが広がった。

 

 悠は少しだけ戸惑った。

 

 自分が何かしたわけではない。

 

 ただブーケを受け取っただけ。

 

 なのに、それで周囲が楽しそうにしている。

 

 誰かの幸せを祝う場に、自分も混ざっている。

 

 それは少し不思議だった。

 

 ★★★

 

 式のあと。

 

 夕暮れの大森ごはん。

 

 片付けを終えた悠は、店先の椅子へ座っていた。

 

 隣にはゆうこ。

 

 テーブルには式で余った小さなおにぎりが置かれている。

 

「食べる?」

 

「うん」

 

 一つ受け取る。

 

 ゆうこも隣で食べた。

 

「今日は疲れたね」

 

「大森さんは朝から料理してたから、僕より疲れてると思う」

 

「でも楽しかったよ」

 

「幸代さんと大輔さんが結婚したのに?」

 

 ゆうこが悠を見る。

 

「うん」

 

 悠は今日ずっと気になっていたことを口にする。

 

「二人が幸せなのに、どうして周りの人まで嬉しいの?」

 

 ゆうこは少し考えた。

 

「そういうこと、あるでしょう?」

 

「あるみたい」

 

「赤石君はなかった?」

 

 悠は夕焼けを見る。

 

「相楽君が空手で勝った時、少し嬉しかった」

 

「うん」

 

「白雪さんが卵焼きを上手に作れた時も」

 

「うん」

 

「愛乃さんたちがサイアークに勝った時は……安心する」

 

「それも一緒だと思うよ」

 

 悠はおにぎりを見る。

 

「食べ物は分けたら減る」

 

「そうだね」

 

「でも幸せは、分けると増えることがある」

 

「あると思うな」

 

「変だね」

 

「変かな?」

 

「僕の知ってるものと違うから」

 

 ゆうこはその言葉を完全には理解できなかった。

 

 それでも急いで聞き出そうとはしない。

 

「じゃあ、これから知っていけばいいんじゃないかな」

 

「幸せについて?」

 

「うん」

 

 悠は少し困る。

 

「勉強みたいだね」

 

「テストはないよ」

 

「それなら少し楽」

 

 ゆうこが笑う。

 

 悠もほんの少し笑った。

 

 ★★★

 

 少し離れた道。

 

 いおなが一人で歩いていた。

 

 手元には、幸代から返されたまりあのハンカチがある。

 

 丁寧に折り畳まれている。

 

「お姉ちゃん」

 

 いおなは小さく呟く。

 

「幸代さん、幸せそうだったよ」

 

 返事はない。

 

 それでも話す。

 

「お姉ちゃんなら、きっとすごく喜んだわよね」

 

 ハンカチを握る。

 

 ファントム。

 

 復讐。

 

 強くなること。

 

 いつもそればかり考えていた。

 

 今日だけは少し違う。

 

 姉に友達がいた。

 

 姉を待っている人がいる。

 

 姉と過ごした普通の日々を覚えている人がいる。

 

 まりあは、キュアテンダーだけではなかった。

 

 その事実が、嬉しくもあり、苦しくもあった。

 

 そして。

 

「赤石君……」

 

 悠の言葉を思い出す。

 

『知らないとは、言えない』

 

 どういう意味なのか。

 

 いおなには分からない。

 

 だが、あの少年は明らかにまりあのことを知っている。

 

 それも、今日初めて名前を聞いた者の反応ではなかった。

 

「あなた、本当に何者なの」

 

 答えはまだない。

 

 いおなはハンカチを大切にしまい、帰路についた。

 

 ★★★

 

 悠も帰宅していた。

 

 机の上。

 

 古いノートを開く。

 

 まりあの文字。

 

『人間から直接不幸を奪わないこと』

『危険な時は一人で抱えず、助けを求めること』

『生きたいと願うことを悪いと思わないこと』

 

 今日、初めて知った。

 

 この文字を書いた人には、自分の知らない日々があった。

 

 幸代という親友。

 

 結婚の報告を待っていた人。

 

 家族。

 

 妹。

 

 友人。

 

 悠と一緒にいた時だけが、まりあの人生ではない。

 

 当たり前のことだった。

 

 なのに、今まで考えたことがなかった。

 

「僕は、まりあのこと……あまり知らなかったんだね」

 

 少し寂しい。

 

 でも。

 

 知りたいと思った。

 

 プリキュアとしてのキュアテンダーではなく。

 

 自分を助けた人としてだけでもなく。

 

 氷川まりあという一人の人間を。

 

 ノートの隣には、結婚式の片付けの時にもらった青い花が一輪置かれていた。

 

 ひめのブーケから落ちた花。

 

 捨てるのが惜しくて持って帰った。

 

「幸せは、分けても減らない」

 

 声に出す。

 

 自分には、まだよく分からない。

 

 それでも。

 

 誰かの幸せを見て、少し嬉しいと思えた。

 

 今日の自分は、祝われる側ではない。

 

 ただ祝う側。

 

 それで十分だった。

 

 少なくとも今は。

 

 悠は青い花をノートの横へ置き直した。

 

 夕暮れの色はもう消え、窓の外には夜のぴかりが丘が広がっていた。

 

 次回予告

 

 めぐみ:

「商店街対抗サッカー大会!」

 

 誠司:

「人数が足りないんだ。めぐみたちも手伝ってくれ」

 

 ひめ:

「サッカーなんて余裕だよ!」

 

 ゆうこ:

「ひめちゃん、ルール知ってる?」

 

 ひめ:

「……ゴールに入れればいいんでしょ?」

 

 悠:

「多分、それだけじゃないと思う」

 

 誠司:

「赤石も出ろ」

 

 悠:

「僕も?」

 

 いおな:

「そんな連携では勝てないわ」

 

 ひめ:

「またいおな!?」

 

 めぐみ:

「みんなで一つのチームになろうよ!」

 

 悠:

「一人で走るより、パスした方が速い時もあるんだね」

 

 めぐみ:

「次回、第19話『サッカー対決! チームプリキュア結成! /つなぐパスと、ひとりで走る影』」

 

 いおな:

「赤石君。今度こそ聞かせてもらうわ」

 

 悠:

「……まりあのこと?」

 

 いおな:

「やっぱり、知っているのね」

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