ハピネスチャージプリキュア!夕映えのアーベント 作:Leona
第20話『悲しい過去!! キュアフォーチュンの涙/知らなかった罪と、知っていた人』
夕暮れの公園で、めぐみとゆうこの前に立ついおなの手には、紫色のプリチェンミラーが握られていた。
「私は、キュアフォーチュンよ」
「えええええっ!?」
めぐみの声が公園いっぱいに響く。ゆうこも珍しく目を丸くしていた。
「氷川さんが……フォーチュン?」
「ええ」
いおなはプリチェンミラーをしまい、二人をまっすぐに見る。
「愛乃さん、大森さん。私と一緒にチームを組まない?」
「チーム?」
「大森さんのバトンは攻撃にも守りにも使える。愛乃さんは戦い方こそまだ荒削りだけれど、迷わず前へ出られるし、誰かと合わせた時の力も大きいわ」
めぐみは少し照れたように笑う。
「そんなに褒められると、なんか恥ずかしいなあ」
「褒めているだけじゃないわ。私たちが力を合わせれば、もっと強くなれる」
いおなの表情が引き締まる。
「あのプリキュアハンターに勝つことだって、夢じゃない」
ファントム。
その名に、めぐみの笑顔が消えた。あの圧倒的な剣を思い出す。フォーチュンも同じなのだろう。拳が僅かに握られている。
それでもめぐみは、すぐに明るい声を出した。
「だったら、ひめも一緒に四人でやろうよ!」
いおなの表情が硬くなる。
「それはできないわ」
「え?」
「私はキュアプリンセスとはチームを組めない」
その時、少し離れた遊歩道から声が飛んだ。
「ちょっと待ったーっ!」
三人が振り向く。
ひめが走ってきた。その後ろには誠司と悠もいる。先に帰る途中だったが、めぐみから「ちゃんとみんなで話したい」と連絡を受けて戻ってきたのだ。
「何よそれ!」
ひめはめぐみとゆうこの前へ割り込んだ。
「めぐみとゆうこは私の友達なんだから! 勝手にチームに誘わないでよ!」
いおなは冷静に返す。
「二人が誰と組むかは、あなたが決めることじゃないでしょう」
「そうだけど!」
「ひめ」
めぐみが困ったように笑う。
「どっちの味方とかじゃなくて、みんなで一緒に戦おうよ。みんなプリキュアなんだから」
「私は嫌よ」
いおなの返答に迷いはない。
ひめの勢いが少し落ちた。
「……何でよ」
「あなた、本当に二人へ何も話していないのね」
ひめの顔から血の気が引く。
リボンがいおなの言葉を遮るように飛び出した。
「フォーチュン! それは──」
「リボン!」
ひめまで叫ぶ。
悠は二人の反応を見る。さっきまでとは明らかに違う。隠していることがある時の顔だった。
いおなは一歩も退かなかった。
「アクシアのことは知っているわよね?」
「アクシア?」
めぐみが考える。
「確か、世界に災いをもたらすものが封印されていた箱……だよね?」
ゆうこも頷く。
「ブルースカイ王国にあったって聞いたことがあるよ」
ひめは耳を塞いだ。
「やめて」
「そのアクシアを開けたのは」
「やめて!」
いおなの視線がひめへ向く。
「白雪ひめよ」
空気が止まった。
めぐみの目が大きく開く。
ゆうこも言葉を失う。
誠司の表情が変わった。
悠だけは意味を理解するまで少し時間がかかった。
「……白雪さんが?」
ひめは答えない。
耳を塞いだまま俯いている。
「それ、本当?」
悠が尋ねる。
ひめの肩が震えた。
「……うん」
小さな返事。
いおなは続ける。
「決して開けてはいけなかったアクシアを、その子は開けてしまった。封印されていたクイーンミラージュと幻影帝国は解放され、ブルースカイ王国を征服して、世界中への侵攻を始めた」
悠の胸の奥でレッドストーンが強く脈打った。
知っていた。
幻影帝国が世界へ広がったことは。
知らなかった。
その始まりに、ひめがいたことは。
黒い雲に覆われたブルースカイ王国が頭に浮かぶ。鏡へ封じられた無数の人々。
「そして」
いおなの声が僅かに震えた。
「私のお姉ちゃんも戦うことになった」
悠が顔を上げる。
「……まりあ」
いおなの瞳が揺れる。
「そうよ。氷川まりあ。キュアテンダー」
めぐみが息を呑んだ。
「フォーチュンのお姉さん……」
ぐらさんが低い声で言う。
「テンダーは強かった。すげえプリキュアだったんだ」
いおなは拳を握る。
「でも、お姉ちゃんはファントムに倒された」
悠の耳から、周囲の音が遠ざかった。
ファントムの白い剣。
その前へ立った自分。
完全な姿でも届かなかった強さ。
そして、まりあ。
自分に食事を出した人。
自分が危険なことをすると怒った人。
三つの約束をさせた人。
その人が戦わなければならなくなった始まり。
いおなの声が続く。
「あなたがアクシアを開かなければ、お姉ちゃんがプリキュアになって戦う必要だってなかった」
ひめが顔を上げた。
涙が浮かんでいる。
「だから私は、あなたを許せない」
「……」
悠の中にも、鋭い感情が生まれた。
怒りだった。
それが自分自身のものだと気づく。
白雪さんが開かなければ。
まりあは。
一瞬、そんな考えが浮かんだ。
同時に胸の奥で、ひめの恐怖と後悔が負の感情としてはっきり感じられる。
吸収すれば。
少しだけ楽にしてやれる。
悠は手を強く握った。
「違う」
誰にも聞こえない声。
これは取ってはいけない。
今ひめが感じているものは、悠が食べて消していいものではない。
めぐみがひめを見る。
「ひめ……」
ひめの顔が歪んだ。
「だって……!」
声が震える。
「だって、私……そんなことになるなんて……」
誰もすぐに何も言えない。
ひめの涙が零れた。
「こんなことになるなんて思わなかったんだもん!」
踵を返す。
「白雪さん!」
悠が手を伸ばす。
だが一歩遅かった。
ひめは公園から駆け出していく。
「姫ーっ!」
リボンが追う。
「ひめちゃん!」
ゆうこも走る。
誠司も無言で続いた。
めぐみが追おうとした時、いおなの声が背中へ届く。
「追いかけてどうするの?」
めぐみが止まった。
「何度追いかけても、あの子はまた逃げるわ」
「でも……!」
「アクシアを開けたことまで隠していた。そもそも、プリキュアになる資格なんてなかったのよ」
「それは」
悠の声だった。
いおなが振り返る。
悠はその場に残っている。
「それは、分からない」
「何が?」
「アクシアを開けたのが白雪さんなら、悪くないとは言えない」
めぐみが悠を見る。
悠は苦しそうに続ける。
「僕だって今、怒ってると思う」
「なら──」
「でも」
悠はまっすぐいおなを見る。
「まりあが戦ったことまで全部、白雪さん一人のせいにしていいのかは分からない」
いおなの目が鋭くなる。
「あなたに何が分かるの?」
悠はすぐに答えた。
「分からない」
「なら口を挟まないで」
「うん。だから、白雪さんは悪くないとも言わない」
悠自身、まだ整理できていない。
ひめへ怒っている。
いおなの言葉を全部肯定することもできない。
まりあならどう言うのか。
それさえ分からない。
いおながそこで悠を見つめ直した。
「それより赤石君」
「何?」
「あなたは、お姉ちゃんを知っているのよね」
めぐみが悠を見る。
「え?」
悠の身体が強張る。
いおなは続ける。
「昨日、あなたは言ったわ。お姉ちゃんに会ったことがある。助けてもらったって」
「赤石くん……まりあさんを知ってるの?」
悠は逃げるように視線を逸らしかけた。
止める。
「うん」
「キュアテンダーだってことも?」
「知ってた」
めぐみの表情に驚きが浮かぶ。
「どうして今まで……」
「言えなかった」
「どうして?」
「それを話すと、僕のことも話さないといけなくなるから」
また秘密。
また答えられないこと。
自分でも分かっている。
「ごめん」
めぐみは何かを言おうとした。
その前に悠が走り出す。
「今は白雪さんを探す」
「赤石くん!」
「僕のことは後で聞いて」
それだけ残し、ひめが消えた方向へ向かった。
★★★
ひめは走っていた。
何度曲がったか分からない。
気づけば知らない細い路地へ入っていた。
「最悪……」
涙を腕で拭う。
「最悪、最悪、最悪!」
全部知られた。
めぐみに。
ゆうこに。
誠司に。
悠にまで。
あの時の光景が脳裏へ蘇る。
ブルースカイ王国の城。
水に囲まれた部屋。
台座の上に置かれたアクシア。
そして、自分の手。
箱が開いた。
中から溢れ出す禍々しい光。
何が起きたのか分からないまま、国が暗闇へ飲み込まれていった。
「私のせいだ……」
ずっと知っていた。
だからこそ言えなかった。
誰かに知られるのが怖かった。
めぐみに嫌われるのが怖かった。
ゆうこに失望されるのが怖かった。
「もうダメだ……」
キュアラインが鳴る。
画面にはめぐみ。
ひめは取らない。
すぐ切れる。
今度はゆうこ。
取らない。
誠司。
取らない。
少しして、別の名前。
『赤石くん』
ひめの指が止まった。
さっき。
『それ、本当?』
悠の声。
怒っていた。
普段の悠とは違う目だった。
そして、まりあを知っていると言った。
「……赤石くんも、私のせいで」
また涙が出る。
キュアラインを切った。
「誰とも会いたくない……」
ひめはさらに奥へ走っていった。
★★★
「いないな」
誠司が橋の上から周囲を見回した。
隣には悠がいる。
「キュアラインも出ない」
悠は画面を閉じた。
「俺は駅の方探す」
「僕はこっちへ行く」
「赤石」
「何?」
誠司はすぐに歩き出さず、悠を見る。
「大丈夫か?」
「僕?」
「さっきから顔怖いぞ」
悠は自分の胸へ手を置いた。
怒りはまだ残っている。
「相楽君」
「ん?」
「僕、白雪さんに怒ってる」
「そうだろうな」
あっさり返された。
悠が少し驚く。
「怒っていいの?」
「俺に聞くな」
「でも友達なのに」
「友達に腹立つことくらいあるだろ」
悠は黙る。
「まりあさんのことがあるんだろ?」
「うん」
誠司は詳しく聞かなかった。
「なら、それもお前の気持ちだ。無理に消すな」
悠は胸のレッドストーンを意識する。
負の感情。
自分は他人のそれを食べて生きる。
けれど、自分の怒りを自分で消す方法は知らない。
「嫌いになるのと、怒るのは同じ?」
「違うだろ」
「そうなの?」
「俺はめぐみにもしょっちゅう腹立つぞ」
「聞こえてたら怒られるよ」
「それでも幼なじみだ」
誠司は少し考えてから続ける。
「赤石。今すぐ白雪に『何も悪くない』って言えないなら、言わなくていい」
悠が見る。
「でも、言えることはあるだろ」
「何?」
「自分で考えろ」
「そこは教えてくれないんだ」
「俺の言葉じゃ意味ないからな」
誠司は駅側へ走り出した。
悠はその背中を見送る。
友達に怒る。
でも友達でなくなるとは限らない。
自分にはまだ、その違いがよく分からない。
「白雪さん……」
悠も逆方向へ歩き出した。
★★★
その頃。
「ふっふっふ……逃げた姫君を追う謎! この名探偵ハニーに解けない事件はないよ!」
探偵帽を被り、虫眼鏡を持ったゆうこが路地を歩いていた。
隣を飛ぶリボンは困った顔をしている。
「どうして探偵の姿なんですの?」
「探すなら探偵かなって」
「そういう問題ですの?」
ゆうこは地面へしゃがんだ。
「ほら」
小さな包み紙。
ひめがよく食べているキャンディのものだった。
「姫ですわ!」
「こっちみたい」
一つ。
また一つ。
包み紙を辿る。
やがて、小さな公園の遊具の裏に人影を見つけた。
ひめは膝を抱えて座り込んでいた。
ゆうこは探偵姿を解く。
「ひめちゃん」
「……来ないで」
「うん」
ゆうこは近づかなかった。
少し離れたベンチへ座る。
リボンもひめの近くまで飛んだが、声はかけなかった。
沈黙が続く。
ひめが先に口を開いた。
「バレちゃった」
「うん」
「私、アクシア開けたんだよ」
「うん」
「世界に不幸をばらまいた張本人なんだよ」
ゆうこは黙って聞く。
「しかもずっと隠してた」
ひめの声が震える。
「サイアクじゃん」
「……」
「めぐみも絶対嫌いになった」
「まだ聞いてないでしょう?」
「聞かなくても分かるよ!」
ひめが顔を上げる。
「だって私が全部始めたんだよ!? ブルースカイ王国だけじゃない! 世界中でサイアークが暴れて、いおなのお姉さんまで……!」
涙が溢れる。
「赤石くんだって、まりあさんを知ってた!」
ゆうこが目を瞬く。
「赤石君が?」
「いおなが言ってた。助けてもらったって」
ひめは顔を伏せる。
「じゃあ、赤石くんから大事な人を奪ったのも私じゃん……」
「ひめちゃん」
「もう無理だよ」
ゆうこはしばらく考えてから言った。
「私、ひめちゃんがしたことを何でもいいよって言うつもりはないよ」
ひめが僅かに顔を上げる。
「アクシアを開けたことは、とても大きなことだと思う。私も、まだどうして開けたのか知らないし」
「……」
「でも、それとひめちゃんを嫌いになるかは別だよ」
「何で?」
「私が知ってるひめちゃんは、アクシアを開けたひめちゃんだけじゃないから」
ひめの瞳が揺れる。
「学校へ来て、友達を作ろうとして。怖いのにサイアークと戦って。失敗して、逃げたりもして。それでも戻ってきたでしょう?」
「でも……」
「私もキュアハニーだってこと、しばらく隠してたよ」
「それとは違うよ!」
「うん。違う」
ゆうこはすぐに認めた。
「同じ秘密だとは思ってないよ。でも、言ったら大切な人との関係が変わりそうで怖い気持ちは、少し分かるかな」
ひめはまた俯く。
「めぐみは?」
「めぐみちゃんがどう思うかは、めぐみちゃんに聞かないと分からないよ」
「絶対嫌われた」
「私はそう思わないな」
「どうして分かるの」
ゆうこは少し笑った。
「めぐみちゃんだから」
「それ、理由になってない」
「そうかな」
ひめは鼻をすすった。
ゆうこは立ち上がらない。
「帰ろうとは言わないよ」
「え?」
「ひめちゃんが今すぐ帰れないなら、もう少しここにいてもいいと思う」
「いいの?」
「うん。でも一人にはしない」
ゆうこはベンチに座ったまま言う。
「私もここにいる」
ひめは何も答えなかった。
それでも「帰って」とも言わなかった。
★★★
大使館では、めぐみが何度目かのキュアラインを切った。
「また出ない……」
ソファへ沈み込む。
リボンはひめを探しに出たまま。
ブルーは静かにめぐみを見ていた。
「めぐみ」
「ブルー」
「ひめのことを、どう思った?」
「どうって……」
めぐみはすぐには答えられない。
ショックだった。
それは嘘ではない。
アクシアを開けた。
世界中に幻影帝国が広がった始まり。
自分たちが戦うことになった理由にも繋がっている。
「びっくりしたよ」
「うん」
「何で言ってくれなかったんだろうって思った」
「そうだね」
「でも」
めぐみはテーブルの上にある写真を見る。
学校で撮ったもの。
ひめが変な顔をしている。
ゆうこが笑っている。
誠司が少し呆れている。
端には悠もいる。
「ひめと友達じゃなくなりたいとは思わない」
ブルーが静かに聞く。
「アクシアを開けたことを許せるのかい?」
めぐみは困った。
「まだ分かんない」
簡単に「いいよ」とは言えない。
世界中の人が苦しんでいる。
いおなが姉を失った。
「でも、分かんないから聞きたい」
「何を?」
「どうして開けたのか。どんな気持ちだったのか。今どう思ってるのか」
めぐみは立ち上がる。
「ひめ本人から聞きたいよ」
ブルーが少し笑った。
「そうだね」
「それに」
めぐみの表情が明るくなる。
「ひめって最初、すっごく人見知りだったんだよ」
「それは今も少し残っているね」
「逃げるのも速いし!」
「それも残っているね」
「でも、前よりいっぱい喋るようになったし、学校にも来て、友達もできて、戦ってる!」
めぐみは拳を握る。
「だったら今度も追いつけばいいんだよ!」
玄関が開いた。
悠が戻ってきた。
「愛乃さん」
「赤石くん。ひめ見つかった?」
「まだ」
「そっか……」
悠は少し迷ってから言う。
「愛乃さんは、白雪さんに怒ってる?」
「ちょっと」
即答だった。
悠が目を瞬く。
「愛乃さんも?」
「だって大事なこと隠してたんだもん」
「でも友達?」
「うん」
それも即答。
悠は不思議そうにめぐみを見る。
「両方できるんだ」
「何が?」
「怒るのと友達でいるの」
めぐみは首を傾げる。
「できるでしょ?」
「相楽君もそう言ってた」
「誠司と同じこと言ったの!?」
なぜか少し嫌そうな顔をする。
悠は小さく笑った。
「じゃあ、本当なんだね」
「何それ!」
その時。
胸のレッドストーンが強く震えた。
悠の表情が変わる。
「来た」
ブルーも同時に顔を上げる。
「サイアークだ」
悠は窓の外へ視線を向ける。
一つではない。
「二体いる」
めぐみはプリチェンミラーを掴んだ。
「行ってくる!」
「一人で?」
「今近くにいるの、あたしだから!」
悠も走る。
「僕も行く」
「赤石くんは?」
「避難を手伝う」
「うん!」
二人は大使館を飛び出した。
★★★
町の二か所から、黒い霧が立ち上っていた。
ナマケルダが生み出したミュージシャン型サイアーク。
ホッシーワが生み出したクレープ型サイアーク。
二体が道路を挟むように暴れている。
「今日は私が先に来たのよ!」
ホッシーワが怒鳴る。
「私も働く気などなかったのですが、たまたま良い不幸を見つけただけですぞ」
「だったら帰りなさいよ!」
「そちらこそ」
二人が言い争う間にも、チョイアークが町へ広がっていく。
「待ちなさい!」
めぐみが飛び込んだ。
悠は少し離れた場所で、人々を逃がしながら周囲を確認する。
「愛乃さん!」
「任せて!」
めぐみは物陰へ入り、プリチェンミラーを掲げた。
「プリキュア・くるりんミラーチェンジ!」
桃色の光。
「世界に広がるビッグな愛! キュアラブリー!」
ラブリーが一人で二体のサイアークの前へ降り立った。
ホッシーワが笑う。
「あら、一人?」
ナマケルダも傘を肩へ担ぐ。
「お仲間はどうしたのですかな?」
ラブリーは拳を構える。
「すぐ来るよ!」
本当は分からない。
ひめはどこかへ逃げたまま。
ゆうこもひめを探している。
それでも。
「それまでは、あたしが相手!」
チョイアークの群れへ突っ込む。
「ラブリー・パンチングパンチ!」
連続する桃色の拳。
「チョイ!」
「チョーイ!」
一体を殴り飛ばす。
その身体が別のチョイアークへぶつかる。
「まだまだーっ!」
今度は蹴り。
走る。
転びそうになっても踏ん張る。
ひめへ言いたいことがある。
だから、こんなところで止まっている暇はない。
「どいてーっ!」
最後のチョイアークを吹き飛ばす。
悠は避難を終え、離れた建物の陰から戦場を見た。
ラブリーは強い。
でも相手は二体。
長くは持たない。
手が袖の中のダークネスミラーチェンジャーへ触れる。
まだ。
昨日、サッカーで覚えた。
一人で全部持つ必要はない。
それは自分にも。
ラブリーにも同じだ。
「愛乃さん、右!」
悠が叫ぶ。
「え?」
クレープ型サイアークから大量のクリーム弾。
ラブリーが横へ飛ぶ。
「ありがとう!」
着地。
今度はミュージシャン型サイアークが巨大なギターを振り抜く。
「うわっ!」
ラブリーは腕で受ける。
吹き飛ばされた。
「ラブリー!」
悠が前へ出ようとする。
だが。
紫の光が横から走った。
ギターが弾き飛ばされる。
「何ですと!?」
「誰よ!」
紫のプリキュアがラブリーの前へ着地した。
「夜空にきらめく希望の星! キュアフォーチュン!」
ラブリーが顔を上げる。
「フォーチュン!」
「二体相手に一人で突っ込むなんて無茶よ」
「急いでたから!」
「理由になってないわ」
悠は思わず小さく言った。
「僕もよく言われる」
誰にも聞こえなかった。
★★★
同じ頃。
「サイアーク……」
ひめは遠くに上がる黒い霧を見た。
ゆうこも立ち上がる。
「行かないと」
ひめの足が止まった。
「私……」
「ひめちゃん」
「今、めぐみに会えない」
「戦うためじゃなくてもいいよ」
「え?」
「まず行ってみよう」
ゆうこはひめへ手を差し出さない。
自分で立てるのを待つ。
ひめは少し迷ってから立ち上がった。
「……うん」
二人とリボンは、黒い霧の方向へ走り出した。
★★★
「フォーチュン、左!」
「分かってる!」
ラブリーがクレープ型サイアークのクリーム弾を引きつける。
フォーチュンが反対から走る。
ミュージシャン型のギターが振られる。
「上!」
今度はフォーチュンの声。
ラブリーが跳ぶ。
巨大なギターがクレープ型サイアークへ激突した。
「サイアーク!?」
「ちょっと何してくれてんのよ!」
ホッシーワがナマケルダへ怒鳴る。
「今のはそちらのサイアークが邪魔をしたのですぞ」
「そっちでしょ!」
「そちらですな」
二人の言い争いを横に、ラブリーとフォーチュンは顔を見合わせた。
「行くよ!」
「ええ!」
ラブリーが一体の膝裏へ蹴りを入れる。
同時にフォーチュンももう一体の足を払う。
二体が後ろへ倒れ、頭同士をぶつけた。
「サイアーク!」
「サイアーク!?」
悠が戦場を見ながら小さく息を吐く。
昨日のサッカーと同じだ。
一人が空いた場所へ、もう一人が入る。
言葉を全部交わさなくても繋がっている。
「相性いいな」
横から声がした。
「相楽君」
誠司が駆けつけた。
「避難は?」
「こっちは終わった」
二人で戦場を見る。
ラブリーとフォーチュンが同時に着地する。
「フォーチュン・スターバースト!」
「ラブリー・シャイニングインパクト!」
紫と桃色の光が重なり、二体のサイアークを一気に押し戻した。
「すごい……」
少し離れた路地の入口。
ひめがその光景を見ていた。
隣にはゆうこ。
ラブリーとフォーチュン。
二人が並んでいる。
声を掛け合っている。
助け合っている。
あんなに息が合っている。
「めぐみ……」
胸の奥が冷たくなる。
自分がいなくても。
ラブリーにはフォーチュンがいる。
むしろ自分より強い。
自分より頼れる。
自分みたいに逃げない。
「ひめちゃん」
ゆうこが気づく。
「違うよ」
「何が?」
「今考えてること」
「分かんないじゃん」
「全部は分からないよ。でも──」
ひめは答えず、戦場を見続けた。
★★★
「いくわよ!」
フォーチュンが構える。
ラブリーもラブプリブレスを輝かせた。
二体のサイアークが立ち上がろうとする。
「愛の光を聖なる力に!」
桃色のハートが膨らむ。
「プリキュア・ピンキーラブシュート!」
「星の光を聖なる力に!」
紫色の星が輝く。
「プリキュア・スターダストシュート!」
桃と紫。
二つの光が、それぞれのサイアークを包み込んだ。
「愛よ、天に帰れ!」
「星よ、天に帰れ!」
「サイアーク!」
「サイアーク!」
二体の巨体が同時に光へ変わる。
鏡が砕け、閉じ込められていた人々が解放された。
「やった!」
ラブリーがフォーチュンへ笑いかける。
フォーチュンも僅かに息を吐く。
「二人なら、やっぱり戦いやすいわね」
「うん!」
その言葉が、ひめには刃のように聞こえた。
フォーチュンはラブリーへ向き直る。
「愛乃さん。やっぱり、私と一緒に──」
「うん!」
ラブリーが即答する。
ひめの身体が強張った。
「めぐみ……」
ラブリーは続ける。
「ひめとゆうゆうも一緒なら!」
その言葉が最後までひめへ届くより先に、ひめは背を向けた。
「ひめちゃん!」
ゆうこが呼ぶ。
走る。
「待って!」
ラブリーが声に気づく。
「ひめ!?」
ひめは振り返らない。
「ひめーっ!」
追おうとする。
フォーチュンが止める。
「どうしてそこまであの子に拘るの?」
ラブリーが振り返った。
「だって友達だから!」
「アクシアを開けたのよ」
「知ってる!」
「そのせいで──」
「それも聞いた!」
ラブリーの声が強くなる。
フォーチュンが黙る。
「でも、まだひめ本人から何も聞いてないよ!」
ラブリーはまっすぐ言った。
「アクシアを開けたことが何でもいいとは思ってない。でも、だからって今日まで一緒にいたひめが全部嘘になるわけじゃないよ!」
フォーチュンの瞳が揺れる。
「話せば分かるよ。フォーチュンだって、ひめとちゃんと話せば──」
「そんな簡単なことじゃないわ!」
初めて、フォーチュンの声が大きくなった。
「私からお姉ちゃんを奪った原因なのよ!」
ラブリーは言葉を失う。
フォーチュンは拳を強く握った。
怒っている。
でも、それだけではなかった。
その目に涙が滲んでいる。
「お姉ちゃんは……」
声が震える。
「ずっと私の目標だった」
ぐらさんが黙ってフォーチュンを見る。
「強くて、優しくて。私が困った時はいつも助けてくれて……」
フォーチュンの声が細くなる。
「なのに、もういない」
ラブリーの表情が変わった。
「フォーチュン……」
「簡単に仲良くなんてできないわ」
涙が一滴落ちる。
フォーチュンはすぐに背を向けた。
「私には無理よ」
紫色の光に包まれ、姿を消した。
ラブリーは追わなかった。
今度は、追えばいいとは思えなかった。
★★★
変身を解いためぐみのところへ、悠と誠司が近づいた。
ゆうこも戻ってくる。
「ひめは?」
めぐみがすぐに尋ねる。
ゆうこは首を振った。
「また行っちゃった」
「そっか……」
「私と一緒にいたんだけど、ラブリーとフォーチュンが戦ってるところを見て」
めぐみは顔を覆った。
「誤解したんだ……」
悠はひめが消えた方向を見る。
自分も追いたい。
けれど、今は別の人も気になった。
いおな。
泣いていた。
「愛乃さん」
「何?」
「氷川さんにも、少し時間が必要だと思う」
「うん……」
「僕も、白雪さんに何を言えばいいかまだ分からない」
ゆうこが悠を見る。
「怒ってる?」
「うん」
悠はもう隠さなかった。
「まりあのことを考えると、怒ってる。でも白雪さんにいなくなってほしいとも思わない」
めぐみが少し笑う。
「それでいいんじゃない?」
「いいの?」
「だって今の赤石くんの気持ちでしょ?」
「……うん」
「だったら、それをひめに言えばいいよ」
悠は少し考える。
「嫌われない?」
「何で赤石くんが心配するの?」
「僕が怒ってるって言ったら」
めぐみは困ったように笑った。
「ひめだって怒る時いっぱいあるよ」
「それは知ってる」
「でしょ?」
誠司が口を挟む。
「お前ら、相手を怒らせないことが友達だと思ってないか?」
悠とめぐみが同時に誠司を見る。
「誠司、急に難しいこと言った!」
「お前はもう少し考えろ」
「何であたしだけ!?」
ゆうこが少し笑った。
笑いは短かった。
まだ何も解決していない。
ひめも。
いおなも。
悠自身も。
それでも、一人で抱え込むよりは少しだけ前へ進んでいた。
★★★
夜。
ブルースカイ王国大使館。
ひめの部屋の扉は固く閉ざされていた。
「姫ー」
リボンが扉を叩く。
「少しでいいから開けてくださいませ」
返事はない。
ゆうこが持ってきた夕食も、扉の前に置かれたままだ。
「ひめちゃん」
ゆうこが声をかける。
「食べたくなったらここにあるからね」
返事はない。
二人が一度離れる。
少しして。
また足音。
今度は悠だった。
扉の前に立つ。
何を言うか決めてきたわけではない。
ノックする。
「白雪さん」
返事なし。
「僕」
それは分かるだろうと思って、名前は言わなかった。
部屋の中で、ひめは布団へ潜ったまま目を開いていた。
「僕、白雪さんに怒ってる」
ひめの身体が震えた。
やっぱり。
そう思った。
悠は扉の外で続ける。
「まりあのことを知ったから」
ひめは唇を噛む。
「ごめん……」
小さすぎて、外には届かない。
「でも」
悠は一度言葉を止めた。
「白雪さんがいなくなればいいとは思ってない」
ひめの目から涙が零れた。
「今は、それしか分からない」
悠は扉へ手を触れない。
「アクシアをどうして開けたのかも聞きたい。怒ってるって言ったら、白雪さんが何を言うのかも聞きたい」
少し迷う。
「だから……逃げたままにはしないでほしい」
返事はない。
悠はそれ以上言わなかった。
「また明日来る」
足音が遠ざかる。
ひめは布団の中で丸くなる。
めぐみ。
ゆうこ。
誠司。
悠。
みんなに知られた。
怖い。
それでも。
『いなくなればいいとは思ってない』
悠は、許すとは言わなかった。
そのことが不思議と少しだけ嬉しかった。
「……ばか」
涙を拭う。
「それじゃ余計、顔合わせづらいじゃん……」
それでも。
夕食へ手を伸ばすくらいの力は、少しだけ戻っていた。
★★★
同じ夜。
いおなは自室で、まりあの写真を見ていた。
二人で並んで笑っている。
まだプリキュアになる前。
普通の姉妹だった頃。
「お姉ちゃん」
今日。
ラブリーと戦った。
楽だった。
強かった。
背中を任せられた。
それを嬉しいと思った自分がいる。
だから余計に腹が立つ。
「私は間違ってないよね」
写真は答えない。
その時、悠の言葉が思い出される。
『まりあが戦ったことまで全部、白雪さん一人のせいにしていいのかは分からない』
「何も知らないくせに」
呟く。
けれど。
悠はまりあを知っている。
自分の知らないところで。
姉から助けられ。
名前で呼ばれていた。
「あなたは、何を知ってるの……」
答えが欲しい。
でも、今はそれ以上に。
姉に会いたかった。
いおなは写真を胸へ抱いた。
泣かないと決めていたはずなのに。
一滴だけ、涙が落ちた。
★★★
遠く離れた場所。
夕日すら届かない荒涼とした空間に、無数の鏡が立ち並んでいる。
世界各地で敗れたプリキュアたち。
鏡の中で眠る少女たち。
その一つの前に、ファントムが立っていた。
新たに封じたプリキュアのプリチェンミラーを手の中で眺める。
「まだ足りない」
視線が無数の鏡を越え、遥か遠くを見るように細くなる。
ぴかりが丘。
キュアラブリー。
キュアプリンセス。
キュアハニー。
キュアフォーチュン。
そして。
以前、神社で自分の剣を受け止めた黒い異形。
人間ほどの大きさ。
チョイアークではない。
サイアークとも違う。
「……また現れるか」
正体は分からない。
だが、次に邪魔をするならまとめて排除するだけだ。
ファントムはプリチェンミラーを握る。
「そろそろ始末をつける」
鏡に封じられたプリキュアたちの間を歩いていく。
「ハピネスチャージプリキュア」
白い足音だけが、プリキュアの墓場へ響いていた。
次回予告
めぐみ:
「ひめ! お願い、出てきて!」
ひめ:
「無理! みんなに会えない!」
ゆうこ:
「ひめちゃん、シチューできたよ」
ひめ:
「……シチュー?」
誠司:
「食い物には反応するのか」
悠:
「白雪さん。怒ってるけど、話はしたい」
ひめ:
「そういう正直なの、今はいらない!」
いおな:
「私はプリンセスを許さない」
ぐらさん:
「いおな、お前も一人で抱え込みすぎだぜ」
ファントム:
「見つけたぞ。キュアフォーチュン」
悠:
「この気配……ファントム?」
めぐみ:
「次回、第21話『ひめの過去の過ち! 怒りのキュアフォーチュン! /逃げる姫と、追いつく手』」
ひめ:
「私、ちゃんと話さなきゃ……!」
フォーチュン:
「お姉ちゃんは、私が取り戻す!」