ハピネスチャージプリキュア!夕映えのアーベント 作:Leona
第3話『秘密がばれちゃった!? プリキュアの正体は絶対秘密!!/見つめる少年、見抜く幼なじみ』
幻影帝国の城に広がる鏡の一枚へ、ぴかりが丘の様子が映し出されていた。映っているのは、キュアラブリーとキュアプリンセスが手を取り合い、サイアークを浄化する光景だった。
「新しいプリキュアが増えたと思ったら、もうお友達ごっこですの?」
甘ったるい声とともに、ホッシーワが鏡の前へ姿を現す。指先で髪を巻きながら、仲良く笑う二人を不愉快そうに眺めていた。
「友情だの秘密だの、面倒なものを大切にしているのね。隠し事があるなら疑えばいいのよ。信じて傷つくくらいなら、最初から誰も信用しなければいいんだわ」
鏡の映像が切り替わる。愛乃めぐみの隣には、幼なじみの相楽誠司がいた。長い付き合いのためか、誠司はめぐみのわずかな表情の変化にも気づいている。
別の鏡には、教室の窓際に座る赤石悠が映っていた。悠もまた、めぐみがプリキュアであることを知りながら、その事実を誰にも話していない。
ホッシーワは目を細めた。
「秘密を守るための嘘が、大切な相手との間にどれだけ大きな亀裂を作るのか。見せてもらおうかしら」
鏡の表面が黒く染まり、ぴかりが丘の朝焼けを映し出した。
★★★
前日の夕方、ブルースカイ王国大使館の広間では、めぐみとひめがソファへ並んで座っていた。二人の前に立つブルーの手には、桃色と青色の小さな端末がある。
「二人に、これを渡しておこう」
ブルーが端末を差し出す。
「これはキュアライン。プリキュア同士で連絡を取り合うための道具だ」
「スマートフォンみたい!」
めぐみは桃色のキュアラインを受け取り、目を輝かせた。画面を触ると、ひめやリボンの顔が連絡先に表示される。
「写真も撮れるのかな?」
「遊ぶためのものではありませんわ」
リボンが注意したが、ひめも青色のキュアラインを手にして、さっそく自分の顔を撮影している。
「この角度が一番可愛いかも」
「ひめも遊んでるよ!」
「わたしは使い方を確認してるだけ!」
めぐみとひめが端末を取り合うように操作する姿を見て、ブルーは穏やかに微笑んだ。しかし、その表情はすぐに真剣なものへ変わる。
「二人に、一つ大切なことを伝えておかなければならない」
めぐみとひめは顔を上げた。
「プリキュアであることは、誰にも話してはいけない」
「どうして?」
めぐみは不思議そうに尋ねる。
「正体を知られたら、応援してくれる人も増えるんじゃないかな」
「君たちの正体を知る者は、幻影帝国から狙われる可能性がある。家族や友人を戦いへ巻き込むことになるかもしれない」
めぐみの笑顔が曇った。母親のかおりや幼なじみの誠司、大切な友人たちの顔が浮かぶ。
プリキュアになったことを知らせれば、きっと驚くだろう。応援してくれるかもしれない。だが、そのせいで危険な目に遭わせる可能性もある。
「分かった。絶対に秘密にする」
めぐみはキュアラインを握り締めた。
「本当に大丈夫?」
ひめが疑いの目を向ける。
「めぐみ、隠し事がすっごく苦手そうだけど」
「失礼だなあ。私だって秘密くらい守れるよ!」
「昨日、赤石君に怪物を見たか聞いたとき、顔に全部出てたよ」
「見てたの!?」
「少し離れたところにいたもん」
めぐみは頬を押さえた。
「赤石君、気づいてないよね」
「多分ね」
ひめはそう答えたが、完全には信じていなかった。悠はめぐみの下手な言い訳を聞いても、何も追及しなかった。気づいていないのではなく、気づいたうえで黙っているようにも見えた。
ブルーは二人を見比べる。
「秘密を守ることは、相手を信用しないこととは違う。話さないことで相手を守る場合もある。ただし、嘘を重ねすぎれば、かえって大切な関係を傷つけることもある」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「簡単な答えはないよ。誰かを守りたいという気持ちと、相手を遠ざけたくないという気持ち。その両方を忘れずに、自分で考えることが大切なんだ」
めぐみは難しい顔でキュアラインを見つめた。
ひめがその肩を軽く叩く。
「とにかく、変身するところを見られなければいいんだよ」
「それなら大丈夫!」
「その自信はどこから来るの?」
二人のやり取りを聞きながら、リボンは早くも不安そうな顔をしていた。
★★★
翌朝、ぴかりが丘学園の教室では、めぐみが机の下でキュアラインを操作していた。
ひめから送られてくるメッセージが、次々と画面に表示される。
『おはよう』
『起きてる?』
『今日のおやつは何がいい?』
『めぐみの部屋も見てみたい』
『返事が遅いよ』
めぐみは教師に見つからないよう、机の陰で短い返事を打つ。
『授業中だから、あとでね』
すぐに新しいメッセージが届く。
『学校って退屈なんだね』
めぐみは思わず笑いそうになり、口元を手で押さえた。
「朝から何をにやにやしてるんだ?」
隣の列から誠司が声をかける。めぐみは慌ててキュアラインを机の中へ隠した。
「な、何でもないよ!」
「何でもない顔じゃないだろ」
「本当に何でもないの!」
誠司の疑い深い視線に耐えきれず、めぐみは教科書を顔の前へ持ち上げた。
窓際の席にいた悠は、二人の様子を静かに見ていた。
めぐみは秘密を守ろうとしている。だが、隠そうと意識するほど不自然になっている。誠司の方も、何かを話していないことにはすでに気づいているようだった。
教師が黒板へ向き直った隙に、めぐみは再びキュアラインを確認する。ところが、机の中から取り出そうとしたプリチェンミラーまで一緒に滑り落ちた。
硬い音を立て、鏡が床を滑っていく。
「わあっ!」
めぐみが立ち上がるより早く、悠が足元へ届いたプリチェンミラーを拾った。
「愛乃さん、落としたよ」
「ありがとう!」
めぐみは勢いよく鏡を受け取り、胸元へ抱き締める。その動きがあまりにも大げさだったため、誠司の目が細くなった。
「それ、普通の鏡じゃないよな」
「ふ、普通だよ!」
「普通の鏡をそんなに必死で隠すのか?」
「これは、その……」
めぐみは言葉を探したが、何も浮かばない。
悠が机へ視線を戻したまま口を開く。
「ブルースカイ王国の化粧用コンパクトじゃないかな」
「化粧用?」
誠司が悠を見る。
「白雪さんが持っていたものと似ていたから」
「そ、そう! ひめからもらったの!」
めぐみは大きく頷いた。
誠司は納得していない様子だったが、授業中であるため、それ以上は聞かなかった。
めぐみは小声で悠へ囁く。
「ありがとう、赤石君」
「何のこと?」
「今、助けてくれたでしょ」
「僕は思ったことを言っただけだよ」
悠はプリチェンミラーが化粧用ではないことを知っている。嘘をついたことには違いない。
胸の奥にわずかな違和感が残った。
まりあは、嘘をすべて悪いものだとは教えなかった。秘密を守るため、誰かを危険から遠ざけるため、事実を話せないことはある。
だが、嘘をつく相手が大切な人であるほど、その重さは増していくとも言っていた。
悠は誠司の横顔を見る。
誠司は黒板を見ているものの、時折めぐみへ視線を向けていた。
長く近くにいたからこそ、隠し事に気づく。
その関係が悠には少し羨ましく、同時に恐ろしく思えた。
★★★
昼休み、めぐみは中庭で誠司に呼び止められた。
「めぐみ。最近、何か隠してるだろ」
「何も隠してないよ」
答えが早すぎた。
誠司は腕を組む。
「白雪と知り合ってから、急に変な鏡を持ち歩き始めた。昨日はサイアークが出た場所にいたのに、何があったのかほとんど話そうとしない。さっきも見たことのない端末を隠してた」
「偶然だよ!」
「何が偶然なんだ」
「全部!」
「その説明で納得できると思うか?」
めぐみは俯いた。
本当のことを言いたい。誠司なら、きっと自分を助けてくれる。だが、話せば誠司を幻影帝国との戦いへ巻き込むかもしれない。
「ごめん。言えない」
誠司の表情がわずかに変わった。
「俺を信用できないのか?」
「違うよ!」
めぐみは顔を上げる。
「誠司だから言えないの」
「どういう意味だ」
「それも言えない」
「何だよ、それ」
誠司の声には怒りよりも寂しさが混じっていた。
めぐみは何も答えられない。
幼い頃から、困ったことがあれば何でも話してきた。めぐみが先に走り出し、誠司が危なっかしい背中を追いかける。それが二人の日常だった。
初めて、明確に誠司を置いていかなければならない秘密ができた。
「分かった」
誠司はめぐみから目をそらす。
「話せないなら、無理に聞かない」
「誠司……」
「ただ、危ないことをしてるならやめろ。お前は自分のことを後回しにしすぎる」
誠司はそれだけ告げ、校舎へ戻っていった。
めぐみはその背中を追えなかった。
少し離れた渡り廊下に、悠が立っている。二人の会話を聞くつもりはなかったが、名前を呼ぶ声が耳に入ってしまった。
めぐみは悠に気づき、困ったように笑う。
「聞こえちゃった?」
「少しだけ」
「秘密を守るって難しいね」
「そうだね」
「赤石君にも、誰にも言えない秘密ってある?」
悠はすぐに答えられなかった。
胸の奥には、人間ではない自分を形作るレッドストーンがある。身体を維持するには負の感情を必要とする。三百年前、レッドによって人間の愛を絶望へ反転させるために作られた。
すべてを話せば、めぐみはどうするだろう。
怖がるかもしれない。
プリキュアとして、自分を倒そうとするかもしれない。
それが正しい反応なのだと理解していても、実際に拒まれることを想像すると胸の奥が冷えた。
「あるよ」
悠は答えた。
「話せないの?」
「話せば、相手を巻き込むかもしれない」
「私と同じだね」
「同じではないと思う」
悠の秘密は、誰かを守るためだけのものではない。自分が拒まれることを恐れているから隠している部分もある。
「それでも、話せない気持ちは少し分かるよ」
めぐみは悠の隣へ並ぶ。
「誠司を信用してないわけじゃないんだ。むしろ、大事だから巻き込みたくないの」
「その気持ちを、誠司君へ言えばよかったんじゃないかな」
「言ったら秘密のことをもっと聞かれそうで」
「確かに」
「赤石君、正直だね」
「嘘が苦手だから」
「さっきは助けてくれたのに?」
「上手に嘘をつけたとは思っていないよ」
思い返せば、誠司はまったく納得していなかった。
めぐみは小さく笑う。
「赤石君も秘密を守るのが苦手そう」
「そうかもしれない」
二人は中庭を歩いていく誠司の背中を見つめた。
秘密を話さないことが、大切な相手を守ることになるのか。
話さないことで生まれた距離が、別の危険を生むのか。
その答えは、どちらにも分からなかった。
★★★
翌朝。
空がまだ薄暗い時間に、めぐみの部屋へキュアラインの着信音が響いた。
「ううん……」
めぐみは布団の中で寝返りを打つ。画面には、ひめからの緊急連絡が表示されている。
着信は何度も続いた。
めぐみはようやく手を伸ばし、眠ったまま通話ボタンを押す。
「もしもし……」
『めぐみ、起きて! サイアークだよ!』
ひめの叫び声に、めぐみは飛び起きた。
「サイアーク!?」
『ぴかりが丘公園に出たの! 早く来て!』
ぴかりが丘公園。
その名前を聞いた瞬間、眠気が消えた。
誠司が毎朝ランニングをしている場所だった。
「誠司がいるかもしれない!」
めぐみは寝間着の上から上着を羽織り、プリチェンミラーとキュアラインを掴んで家を飛び出した。
★★★
早朝のぴかりが丘公園では、新聞を模した大きな紙が風に舞っていた。紙面には、人々を不安にさせる言葉が黒い文字で並んでいる。
『友達はあなたを裏切る』
『秘密を持つ人間は信用できない』
『信じれば傷つくだけ』
巨大な新聞紙を身体へ巻きつけたサイアークが、芝生を踏み荒らしながら進んでいた。その周囲には何体ものチョイアークが集まり、逃げる人々を追い回している。
ホッシーワはベンチの上へ優雅に腰かけ、朝刊を広げていた。
「朝から運動なんて、ご苦労なことね。どうせ毎日同じ道を走るだけなのに」
ランニング中だった誠司は、逃げ遅れた子供を背後へ庇い、チョイアークと向き合っていた。
「この子から離れろ!」
チョイアークが一斉に飛びかかる。
誠司は一体の腕を受け流し、空手の突きを腹部へ打ち込んだ。続けて蹴りを放ち、別の一体を転倒させる。
しかし、相手の数が多すぎた。
背後の子供を守りながらでは、自由に動くこともできない。
「チョイ!」
横から伸びた腕が誠司の肩を捉える。体勢を崩したところへ別の一体が突進し、誠司は地面へ倒された。
「逃げろ!」
誠司は子供へ叫ぶ。
子供は泣きながら走り出したが、チョイアークの一体が追いかけようとする。
その進路へ、制服ではない黒い上着を着た少年が飛び込んだ。
悠だった。
サイアークの出現と同時に、胸のレッドストーンが強く反応した。朝から突然膨れ上がった飢えに耐えながら、公園まで様子を見に来ていた。
悠は子供を背後へ押しやり、チョイアークの腕をかわす。足を払って転倒させると、そのまま子供へ声をかけた。
「振り返らずに走って」
「お兄ちゃんは?」
「僕は大丈夫だから」
子供が公園の出口へ走っていく。
悠は誠司へ近づき、差し出されたチョイアークの腕を横から蹴り払った。
「赤石?」
誠司は驚きながら立ち上がる。
「どうしてここに」
「散歩だよ」
「こんな朝早くに制服でもない格好でか?」
「君に説明している時間はなさそうだ」
再びチョイアークが迫る。
誠司と悠は背中を合わせた。
「戦えるのか?」
誠司が尋ねる。
「少しだけ」
「その立ち方で少しだけは無理があるだろ」
悠は答えず、正面から来たチョイアークの攻撃を受け流した。力を使いすぎれば、人間ではないことを悟られる。あくまで普通の少年に可能な動きへ抑えなければならない。
だが、チョイアークの数は増え続けていた。
サイアークが巨大な新聞紙を振ると、黒い紙片が刃となって飛んでくる。
「伏せて!」
悠は誠司の肩を引き、二人で地面へ倒れ込んだ。紙片が頭上を通過し、背後の木へ突き刺さる。
「今のをどうして分かった?」
誠司が尋ねる。
「風の音が変わったから」
それは半分だけ真実だった。悠はサイアークの力の流れを感知できる。同種のエネルギーで作られた攻撃なら、視界に入る前から方向を感じ取れた。
ホッシーワが悠に目を留める。
「あら?」
一瞬、その表情から余裕が消えた。
人間の少年にしか見えない。だが、その身体からわずかにサイアークと似た気配がする。
悠はホッシーワと目を合わせないよう、誠司を立ち上がらせた。
「ここから離れて」
「お前はどうする」
「僕もあとから行く」
「信用できる言い方じゃないな」
チョイアークが再び二人を囲む。
誠司は悠の隣で拳を構えた。
「一人で残るつもりなら断る」
悠はわずかに目を見開く。
自分をほとんど知らない相手が、置いて逃げることを拒んだ。
その理由を尋ねる前に、チョイアークが一斉に襲いかかってきた。
★★★
公園の入口へ、めぐみとひめが駆け込んだ。
「誠司!」
めぐみの目に、チョイアークに囲まれる誠司と悠の姿が映る。誠司の額には傷があり、悠も肩へ攻撃を受けて片膝をついていた。
「二人とも!」
めぐみはプリチェンミラーを取り出そうとしたが、途中で手を止めた。
誠司がいる。
ここで変身すれば、正体が知られてしまう。
ひめも同じことへ気づき、周囲を見回した。
「どうするの、めぐみ」
「でも、変身したら……」
「秘密がばれちゃうよ」
誠司がチョイアークの攻撃を腕で受け、顔を歪める。
悠は黒い紙片を肩へ受けながらも、誠司の前へ立った。傷口から血は流れていない。代わりに、一瞬だけ黒い霧が漏れ出した。
悠はすぐに上着で隠したが、誠司はその異変を見ていた。
「赤石、お前の肩……」
「今は見ないで」
悠は低い声で告げる。
胸のレッドストーンが、周囲に満ちた負の力へ強く引かれている。気を抜けば、人間形態の一部が崩れるかもしれない。
めぐみは二人の姿を見て、プリチェンミラーを強く握り締めた。
秘密を守れば、誠司を危険から遠ざけられると思っていた。
だが、今はその秘密を守ろうとすることが、誠司を助ける妨げになっている。
秘密と命を比べることなどできない。
それでも、今選ばなければならなかった。
「ひめ」
めぐみは顔を上げる。
「私、変身する」
「誠司にも赤石君にも見られるよ」
「うん」
「ブルーに怒られるかもしれないよ」
「それでも、二人を見捨てられない!」
めぐみは誠司を見つめた。
「隠し事をしてごめん。でも、今は助けさせて!」
カードをプリチェンミラーへ装着する。
ひめも覚悟を決め、めぐみの隣へ並んだ。
「プリキュア・くるりんミラーチェンジ!」
桃色と青の光が公園へ広がる。
「世界に広がるビッグな愛! キュアラブリー!」
「天空に舞う蒼き風! キュアプリンセス!」
二人のプリキュアが、誠司と悠を守るように降り立った。
誠司は驚きに目を見開く。
「めぐみ……白雪……?」
ラブリーは振り返らなかった。
「話はあとで! 今は安全なところへ行って!」
「お前たちが戦ってたのか」
「誠司、お願い!」
誠司は言いたいことを飲み込み、肩を押さえながら後退した。悠もその隣へ移動する。
プリンセスが小声でラブリーへ尋ねる。
「赤石君も驚いてた?」
「今は確認できないよ!」
悠は二人の正体を以前から知っていた。だが、それを説明するつもりはなかった。
ホッシーワはベンチから立ち上がる。
「秘密を見られちゃったわね。あなたたちがプリキュアだと分かった以上、その二人はこれから何度でも狙われるわよ」
ラブリーの表情が曇る。
「あなたたちが嘘をついたせいで、今度はあの子たちも戦いへ巻き込まれるの。全部、あなたたちのせいね」
「違う!」
プリンセスが叫ぶ。
「悪いのは、人を不幸にしようとする幻影帝国でしょ!」
「でも、秘密を知らなければ狙われなかったかもしれないわよ?」
「それでも、助けない理由にはならない!」
ラブリーは拳を構えた。
「誠司に正体を知られたことは、あとでちゃんと話す。怒られても、困らせても、逃げないよ!」
ホッシーワが鼻で笑う。
「きれいなことを言っていられるのも今のうちよ。やってしまいなさい!」
チョイアークたちが二人へ襲いかかる。
ラブリーは正面から拳を振るい、プリンセスは青い風をまとって側面へ回る。しかし、敵の数は多く、サイアークが放つ新聞紙の刃も二人を狙っていた。
プリンセスが風を起こして紙片の軌道をそらす。
「ラブリー、チョイアークをお願い!」
「うん!」
ラブリーはチョイアークの集団へ飛び込んだ。
だが、倒しても倒しても新たな敵が迫る。そのうちの一体がラブリーをすり抜け、誠司へ向かって走り出した。
「誠司!」
ラブリーは追いかけようとしたが、別のチョイアークに足を掴まれる。
悠が誠司の前へ出た。
チョイアークの拳が迫る。
悠は受け止めようとしたが、胸の飢えと人間形態の不調で反応が遅れた。
誠司が悠を横へ突き飛ばし、自分の腕で攻撃を受ける。
「ぐっ!」
誠司の身体が地面へ転がった。
「誠司!」
ラブリーの声が震える。
自分が秘密を守ろうと迷った間に、誠司は傷ついた。何もできない人間だからではない。誰かを守ろうとして、逃げなかったからだ。
怒りが胸の奥から噴き上がった。
だが、それは誠司を傷つけた敵への怒りだけではない。
迷い続けた自分への怒り。
誠司へ本当のことを言えず、距離を作ってしまった自分への怒りでもあった。
プリチェンミラーが光を放つ。
新しいプリカードが、ラブリーの手元へ現れた。
「ラブリー、それは!」
プリンセスが目を見開く。
ラブリーはカードをプリチェンミラーへ装着した。
「プリキュア・くるりんミラーチェンジ!」
赤い炎がラブリーの周囲で渦を巻く。桃色の衣装が情熱的な赤へ変わり、髪飾りとスカートがフラメンコを思わせる姿へ変化した。
「チェリーフラメンコ!」
ラブリーは片足を強く踏み鳴らす。
赤い炎が円を描いて広がり、チョイアークたちを取り囲んだ。鋭い手拍子と足音に合わせ、炎の輪が激しく燃え上がる。
「プリキュア・パッションダイナマイト!」
情熱の炎が一斉に弾け、チョイアークたちを吹き飛ばした。
誠司は地面へ座り込んだまま、その姿を見上げる。
「めぐみが、あんな力を……」
悠もラブリーを見つめていた。
怒りを破壊の衝動へ変えるのではなく、大切な者を守る力へ変えている。
悠の中にも怒りはある。
まりあを奪ったファントムへの怒り。
自分を作ったレッドへの怒り。
人間の不幸を必要としなければ生きられない身体への怒り。
だが、悠はそれを誰かを守る力へ変える方法を知らなかった。
「赤石、大丈夫か?」
誠司が尋ねる。
「君の方が傷ついている」
「俺は慣れてる」
「攻撃されることに?」
「めぐみの無茶へ付き合うことにだ」
誠司は痛みをこらえながら立ち上がる。
「俺たちにできることをするぞ」
「僕たち?」
「逃げ遅れた人を公園の外へ誘導する。あいつらが戦ってる間にだ」
誠司は傷ついてなお、自分にできる役割を探していた。
悠は少しだけ迷ったあと、頷く。
「分かった」
二人は公園に残る人々のもとへ走った。
★★★
チェリーフラメンコの炎でチョイアークを退けたラブリーは、元のキュアラブリーへ戻った。
サイアークが巨大な新聞紙を広げ、黒い文字を空へ放つ。
『秘密を持つ者を信じるな』
『嘘をつかれたら関係は終わり』
『本当のことを話せない者は仲間ではない』
文字が黒い帯となってラブリーとプリンセスへ絡みつく。
「身体が動かない!」
プリンセスが腕を引こうとするが、帯はさらに強く締まった。
ホッシーワが笑う。
「秘密があるということは、信用していない証拠よ。相手が本当に大切なら、全部話せるはずでしょう?」
ラブリーは誠司の顔を思い浮かべた。
本当に大切だからこそ、話せなかった。
だが、話せない理由すら伝えず、ただ嘘だけを重ねたことは間違っていたのかもしれない。
秘密そのものではなく、相手の気持ちへ向き合うことから逃げていた。
「私は、誠司に謝る」
ラブリーが黒い帯を掴む。
「秘密にしたことじゃない。何も説明せずに、誠司なら分かってくれるって勝手に思ってたことを謝る!」
桃色の光が腕から広がり、黒い文字へ亀裂が走る。
「話せないことがあっても、相手を大事に思うことはできる!」
プリンセスも力を込める。
「秘密があるからって、今までの全部が嘘になるわけじゃない!」
二人は黒い帯を引きちぎった。
ラブリーが正面からサイアークの新聞紙を押さえ、プリンセスが青い風をまとって上空へ飛ぶ。
「プリンセス・弾丸マシンガン!」
青い光弾が新聞紙の端へ集中して命中する。紙面が破れ、サイアークの胸元が露出した。
「今だよ、ラブリー!」
「ありがとう、ひめ!」
ラブリーは地面を蹴り、サイアークの胸へ拳を打ち込む。
「ラブリー・パンチングパンチ!」
桃色の光が爆発し、サイアークが大きく後退した。
ラブリーは着地すると、ラブプリブレスへ愛の光を集める。
「愛の光を聖なる力に!」
大きな桃色のハートが形作られた。
「プリキュア・ピンキーラブシュート!」
桃色の光がサイアークを包み込む。
「ラブリー!」
新聞紙を模した身体が光へ変わり、空へ昇っていく。鏡に封じられていた新聞配達員が解放され、公園を覆っていた黒い文字も消滅した。
ホッシーワは悔しそうに扇を閉じる。
「秘密を知られたことを、あとで後悔するのね!」
黒い霧がホッシーワを包み、その姿が消えた。
灰色の空へ朝日が差し込み、荒らされていた公園も元の姿へ戻っていった。
★★★
戦いが終わると、めぐみとひめは誠司の前へ並んで座っていた。
二人とも変身を解いている。
誠司は腕へ簡単な手当てを受けながら、黙って二人を見ていた。
めぐみは落ち着かず、何度も手を組み直す。
「その、ごめんなさい!」
勢いよく頭を下げた。
「プリキュアになったことを黙っててごめん。それから、誠司に何も説明しないで嘘ばっかりついたことも、ごめん!」
ひめも隣で頭を下げる。
「わたしからもごめんなさい。プリキュアの正体は秘密にしなくちゃいけなくて」
誠司はしばらく何も答えなかった。
「顔を上げろよ」
めぐみとひめがおそるおそる顔を上げる。
「プリキュアだったことは驚いた。何も話してくれなかったことにも、少し腹は立ってる」
「やっぱり怒ってる?」
「怒ってる」
めぐみの肩が落ちる。
「でも、言えなかった理由は分かった」
誠司はめぐみの額を指で軽く弾いた。
「痛っ!」
「俺を巻き込みたくなかったんだろ」
「うん」
「だったら、せめて危険なことをしてるくらいは教えろ。理由を全部話せなくても、何かあるってことくらいは言えただろ」
「ごめん」
「それに、お前一人で何とかしようとするな。プリキュアじゃなくても、避難を手伝ったり、周りを守ったりはできる」
誠司は公園の外へ避難していく人々を見る。
「俺にもできることがあるなら、手伝わせろ」
めぐみの目が潤む。
「誠司、ありがとう!」
抱きつこうとするめぐみの額を、誠司が片手で押さえた。
「まだ怪我してる。飛びつくな」
「ごめんごめん!」
「まったく、お前は昔から変わらないな」
「誠司だって、昔から私のことを心配しすぎだよ」
「お前が心配させるからだろ」
二人のやり取りを見て、ひめは首を傾げる。
「めぐみと誠司って、付き合ってるの?」
「違うよ!」
「違う!」
二人の声が重なった。
「小さい頃から一緒だから、兄妹みたいなものだよ」
めぐみが笑う。
「どっちが上なの?」
「俺だろ」
「ええっ、私がお姉さんじゃない?」
「世話される側が何を言ってるんだ」
いつものような言い合いが始まり、ひめもようやく安心して笑った。
少し離れた場所では、悠がサイアークの浄化後に残された黒い残滓を集めていた。
今日は戦場へ長く留まり、チョイアークの攻撃も受けた。レッドストーンの飢えは強く、周囲へ漂う残滓を逃す余裕はない。
誰にも見られていないことを確認し、手のひらへ黒い粒子を集める。
人工的に生み出された負の力が、皮膚を通して胸へ吸収されていった。
「赤石」
誠司の声が聞こえ、悠はすぐに手を閉じた。
残っていた黒い粒子が消える。
「何をしてた?」
「落とし物を探していた」
「前にも同じことを言ってなかったか?」
「よく物を落とすんだ」
誠司は明らかに疑っていたが、めぐみがこちらへ駆けてきたため、それ以上は追及しなかった。
「赤石君も、助けに来てくれたんだね!」
「偶然、公園にいただけだよ」
「また偶然?」
「散歩していた」
「朝早くに?」
誠司と同じことを聞かれ、悠は答えに詰まる。
ひめも近づいてくる。
「赤石君、わたしたちのことを見て驚かなかったよね」
「驚いていたよ」
「全然そう見えなかった」
「表情に出にくいんだ」
「前から知ってたんじゃないの?」
悠は三人の視線を受ける。
嘘を重ねれば、さらに疑われる。
かといって、戦いを見ていたことを話せば、なぜ毎回サイアークの出現場所にいるのかと聞かれる。
「一度だけ、変身するところを見た」
めぐみの顔色が変わった。
「いつ!?」
「愛乃さんが初めてプリキュアになった日」
「最初から知ってたの!?」
「ごめん」
悠は素直に頭を下げた。
「誰にも話していないよ」
「どうして黙ってたの?」
「僕が話すことではないと思ったから」
めぐみは悠の顔を見つめた。
「秘密を守ってくれたんだ」
「守ったというほどのことではないよ」
ひめは腕を組む。
「でも、赤石君には正体がばれちゃってたんだね」
「俺は今日初めて知ったのに、赤石は先に知ってたのか」
誠司が少し不満そうに言う。
「そこを競うものじゃないよ!」
めぐみが止める。
悠は胸元を押さえた。人間形態を維持するための力は戻りつつあるが、肩へ受けた傷の違和感は残っている。
めぐみがその動きに気づく。
「赤石君、怪我してるの?」
「大したことはないよ」
「見せて」
「必要ない」
「チョイアークの攻撃を受けたんでしょ?」
めぐみが上着へ手を伸ばそうとし、悠は反射的に一歩下がった。
傷口を見られれば、人間の血が流れていないことに気づかれる。
「触らないで」
思ったより強い声が出た。
めぐみが驚いて手を止める。
「ごめん」
「僕の方こそ、ごめん」
悠は目を伏せた。
「少し休めば治るから」
誠司は肩の傷と、悠が先ほど黒い粒子を隠した手を見比べる。
何かがおかしい。
普通の怪我ではない。
それでも、悠が話すことを恐れているのは分かった。
誠司はめぐみの肩へ手を置く。
「今は無理に聞くな」
「でも……」
「赤石にも話せない事情があるんだろ」
悠は誠司を見る。
誠司の目には疑いがある。信用されたわけではない。それでも、今すぐ正体を暴こうとはしていなかった。
「ありがとう」
悠は小さく告げる。
「礼を言うのはまだ早い」
誠司は真剣な顔で答えた。
「めぐみたちを危険に巻き込む秘密なら、いつか話してもらう」
「分かった」
悠は否定しなかった。
そのときが来れば、誠司は自分を敵と判断するかもしれない。
それでも今は、秘密を抱えたまま同じ場所に立つことを許された。
★★★
ブルースカイ王国大使館へ戻ると、ブルーは誠司にプリキュアと幻影帝国について説明した。
誠司は驚きながらも、最後まで口を挟まずに話を聞いた。
「つまり、めぐみと白雪がサイアークを浄化して、鏡に閉じ込められた人たちを助けてるんですね」
「そうだ」
ブルーが頷く。
「正体を隠すよう伝えたのは、君たちのような大切な人々を危険へ巻き込まないためだった」
「それは分かります。でも、めぐみは秘密を守るためなら、一人で危険へ飛び込むと思います」
「誠司!」
めぐみが抗議する。
「事実だろ」
誠司はブルーへ視線を戻す。
「俺はプリキュアにはなれません。でも、何も知らないままより、知っていた方が助けられることもあると思います」
ブルーはしばらく誠司を見つめた。
「君は、めぐみにとって大切な存在なんだね」
「小さい頃から一緒なので。兄妹みたいなものです」
「私がお姉さんだからね!」
「まだ言うのか」
二人のやり取りを見て、ブルーは微笑んだ。
「それなら、君も仲間として力を貸してほしい」
ブルーの手に、一台のキュアラインが現れる。
「僕も持っていいんですか?」
「プリキュアの仲間である証しだ。戦う力がなくても、君にしかできないことがある」
誠司はキュアラインを受け取った。
「分かりました。めぐみたちのことは、俺も守ります」
「誠司、よろしくね!」
「まずはお前が無茶をしないことからだ」
「それは難しいかも」
「最初から諦めるな!」
ひめとリボンが笑う。
誠司の参加によって、ハピネスチャージプリキュアを支える輪が少しだけ広がった。
悠はその場にはいなかった。
めぐみは大使館へ誘おうとしたが、悠は傷を理由に断った。ブルーと会えば、正体を見抜かれる可能性がある。
今はまだ、その輪の中へ入ることはできなかった。
★★★
夕方、悠は一人でぴかりが丘公園へ戻っていた。
戦いの痕跡は消え、朝と同じように人々が行き交っている。子供たちの声が響き、犬を連れた人が散歩をしていた。
悠はベンチへ腰を下ろし、傷ついた肩へ手を当てる。人間の皮膚を形作っていた部分はほぼ再生している。だが、サイアークの攻撃を受けた影響で、レッドストーンの振動が安定しない。
「やっぱり、ここにいたか」
誠司が公園の入口から歩いてきた。
悠は立ち上がろうとしたが、誠司が片手で制する。
「座ってろ。怪我人だろ」
「君も同じだよ」
「俺は空手で慣れてる」
「攻撃されることに慣れない方がいいと思う」
「お前に言われたくない」
誠司は悠の隣へ座った。
しばらく、二人の間に沈黙が流れる。
「お前、めぐみたちのことを前から知ってたんだな」
「うん」
「どうして誰にも話さなかった?」
「彼女たちの秘密だから」
「秘密を知ってることを利用しようとは思わなかったのか?」
「何に利用するの?」
「分からないけど、脅したり、何かを要求したり」
悠は不思議そうに誠司を見る。
「それをして、僕に何の得があるの?」
「お前、本当に変なやつだな」
「よく言われる」
めぐみと同じ返事になり、悠はわずかに目を伏せた。
誠司は公園の景色を眺めながら尋ねる。
「お前にも、誰にも言えない秘密があるんだろ」
「あるよ」
「今朝の傷と関係してるのか?」
「答えられない」
「めぐみたちを傷つけるものか?」
悠はすぐには答えなかった。
レッドによって与えられた命令が、今も胸の奥に残っている。人間の愛を観測し、絶望へ反転させる。その目的を実行するつもりはない。
だが、飢えが限界を超えれば、自分がどうなるのか分からない。レッドから強制命令を受ければ、いつまで抵抗できるかも分からない。
「可能性はある」
悠は嘘をつかなかった。
誠司の表情が険しくなる。
「それでも、めぐみたちの近くにいるつもりか?」
「離れた方がいいと思っている」
「思っているだけか」
「愛乃さんと白雪さんは、離れようとしても話しかけてくるから」
「それは分かる」
誠司は苦笑する。
「特にめぐみは、一度気にした相手を簡単に放っておかない」
「君も同じじゃないの?」
「俺はめぐみが心配だから、お前を見てるだけだ」
「十分、放っておいていないと思う」
誠司は返す言葉を失い、やがて小さく笑った。
「お前が何者なのか、今すぐ無理に聞くつもりはない」
「いいの?」
「話せない理由があるんだろ。ただし、めぐみに危害を加えるなら俺が止める」
「君には特別な力がない」
「なくても止める」
迷いのない答えだった。
悠は朝の光景を思い出す。誠司はプリキュアでもないのに、子供を庇い、チョイアークの前へ立った。悠を置いて逃げることも拒んだ。
まりあも、人間は力の有無だけで価値が決まるのではないと言っていた。
「そのときは、僕も君に止めてほしい」
悠が静かに告げる。
「自分で止まる努力はしろ」
「努力はするよ」
「なら、今はそれでいい」
誠司は立ち上がり、悠へ手を差し出した。
悠はその手を見る。
助けを求めたわけではない。
誠司も、自分を完全に信用したわけではない。
それでも、差し出された手を拒む理由は見つからなかった。
悠は誠司の手を掴み、ベンチから立ち上がる。
「帰るぞ」
「どこへ?」
「大使館だ。めぐみがお前の怪我を心配してる」
「行かないよ」
「俺一人で戻ったら、今度はめぐみがここまで捜しに来るぞ」
悠は簡単に想像できた。
「それは困るね」
「だろ?」
二人は夕暮れの公園を歩き出す。
大使館へ入るつもりはない。門の前まで行き、無事であることだけを伝える。
それでも悠にとっては、誰かと並んで同じ場所へ帰る初めての経験だった。
空は夕映えに染まり、二人の影が長く伸びている。
人間ではない怪物と、特別な力を持たない人間。
正反対の二人の間に、この日、まだ名前のつかない関係が生まれ始めていた。
次回予告
めぐみ:
「ひめが、私たちの学校へ転校してくることになったよ!」
ひめ:
「友達百人くらい、簡単に作ってみせるんだから!」
誠司:
「昨日まで知らない人と話すのを怖がってなかったか?」
ひめ:
「昨日のわたしと今日のわたしは違うの!」
悠:
「友達を作るために、忍者の格好をする必要はないと思う」
ひめ:
「どうして作戦を知ってるの!?」
めぐみ:
「次回、第4話『転校生はお姫様!! ひめの友達ゲット大作戦!! /友達を探す姫と、ひとりを選ぶ少年』」
悠:
「僕は静かに授業を受けたいんだけど」