ハピネスチャージプリキュア!夕映えのアーベント   作:Leona

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第6話『リボンの優しさ!! 料理って愛情なんです!!/食べる理由と、作る理由』

第6話『リボンの優しさ!! 料理って愛情なんです!! /食べる理由と、作る理由』

 

 ブルースカイ王国大使館の朝は、いつもより静かだった。

 

 食堂のテーブルには、トーストと紅茶、色鮮やかな果物が並んでいる。けれど、白雪ひめは椅子へ座ったまま、ぼんやりと皿を眺めていた。

 

「ひめ。食べないのかい?」

 

 向かい側に座るブルーが、静かに尋ねる。

 

「食べるよ」

 

 ひめはそう答えたものの、フォークを持つ手は動かなかった。

 

 昨日、めぐみの家で食べたパンケーキの味が、まだ頭に残っている。

 

 ふわふわの生地。甘酸っぱい手作りのジャム。そして、めぐみとかおりが当たり前のように交わしていた会話。

 

 おいしかった。

 

 だからこそ、自分の家族を思い出した。

 

 ブルースカイ王国にいた頃、母が作ってくれた菓子や、父と同じテーブルを囲んだ日々。失ってしまったものが、温かな料理によって余計にはっきり見えてしまった。

 

「昨日のパンケーキ、とてもおいしかったんですの?」

 

 リボンが紅茶のポットを抱えて飛んでくる。

 

「うん。すっごくおいしかった」

 

 ひめは頷いたあと、小さく付け加えた。

 

「お母さんが作ってくれたから、もっとおいしかったんだと思う」

 

 リボンの動きが止まった。

 

 ひめは自分が暗い顔をしていることへ気づき、慌ててトーストを口へ運ぶ。

 

「でも、今日の朝ごはんもおいしいよ! うん、すごく!」

 

「それは大使館の料理人が用意したものですわ」

 

「分かってるけど!」

 

 リボンは何かを考えるように、ひめの横顔を見つめた。

 

 ブルーが紅茶を飲みながら口を開く。

 

「ひめ。寂しい時に、寂しいと言ってもいいんだよ」

 

「別に寂しくないし」

 

 返事が早かった。

 

「学校にも慣れてきたし、めぐみもいるし。私は全然、大丈夫なんだから!」

 

「大変ですわ」

 

 リボンが真剣な顔で呟いた。

 

「何が?」

 

「ひめが赤石さんと同じ顔をしていますの」

 

「どんな顔よ!」

 

「大丈夫ではないのに、大丈夫だと言い張る顔ですわ」

 

 ひめは反論しようとして、口を閉じた。

 

 ほんの少し前なら、赤石悠の嘘の下手さを笑っていた。自分も似たような返事をしているとは認めたくない。

 

「もう、学校に行く!」

 

 ひめはトーストを口へ押し込み、席を立った。

 

「ごちそうさま!」

 

 鞄を掴み、逃げるように食堂から出ていく。

 

 扉が閉じると、リボンはテーブルへ残された果物を見つめた。

 

「リボン?」

 

 ブルーが呼ぶ。

 

 リボンは小さな両手を握り締める。

 

「私、ひめのために料理を作りますわ」

 

「料理を?」

 

「ひめのお母様の代わりにはなれません。それでも、ひめを元気にすることくらいはできるはずですの」

 

 リボンの瞳には、強い決意が宿っていた。

 

「愛情をたっぷり込めた料理を作って、ひめを驚かせますわ!」

 

 ブルーは少し心配そうに瞬きをする。

 

「リボン。料理をしたことはあるのかい?」

 

「料理は愛情ですわ!」

 

「経験を聞いたんだけど」

 

「愛情があれば大丈夫ですの!」

 

 リボンは勢いよく食堂を飛び出した。

 

 ブルーはしばらく扉を見つめたあと、静かに紅茶のカップを置いた。

 

「念のため、消火器を用意しておこうかな」

 

 ★★★

 

 放課後の教室では、めぐみが机へ身を乗り出していた。

 

「今日、みんなで大使館に来てほしいの?」

 

「リボンが、私のために料理を作るって言ってるの」

 

 ひめは自分の席で頬杖をつく。

 

「朝からずっと張り切ってて。学校へ来る前に、大きな買い物袋を三つも運び込んでたんだよ」

 

「すごい! 楽しみだね!」

 

 めぐみは素直に目を輝かせた。

 

「楽しみというより、不安なんだけど」

 

「リボン、料理が得意なの?」

 

 誠司が尋ねる。

 

「作ってるところは見たことない」

 

「それは不安だな」

 

「でしょ?」

 

 二人が同時に頷く。

 

 少し離れた席では、悠が教科書を鞄へ入れていた。

 

 左肩の痛みは、前日よりもかなり軽くなっている。まだ大きく腕を動かすことはできないが、日常生活へ支障が出るほどではない。

 

 ひめは悠の様子を確認してから呼びかけた。

 

「赤石くんも来る?」

 

「どうして僕まで?」

 

「料理は食べる人が多い方がいいから」

 

「大森さんの言い方に似てきたね」

 

「昨日、みんなで食べた方がおいしかったから!」

 

 ひめはそこまで言ったあと、少し照れたように視線をそらした。

 

 悠は返事に迷う。

 

 リボンの料理へ興味がないわけではない。しかし、ブルースカイ王国大使館にはブルーがいる。

 

 正体を知られているわけではない。それでも、人間ではない自分が神の近くへ行けば、何かを見抜かれる可能性があった。

 

「僕は遠慮しておくよ」

 

「またそれ?」

 

 ひめが眉を寄せる。

 

「赤石くん、前にも大使館へ誘ったら断ったよね」

 

「神様の住んでいる場所は、落ち着かないから」

 

「ブルーはそんなに怖くないよ」

 

「怖いとは言っていない」

 

「じゃあ、どうして?」

 

 悠は答えなかった。

 

 教室の扉が開き、ゆうこが顔を出す。

 

「ひめちゃん。リボンから電話が来たよ」

 

「リボンから?」

 

「うん。大森ごはんの厨房を少し借りたいんだって」

 

「どうして大森ごはんに?」

 

「大使館の台所から、ちょっと不思議な煙が出たみたい」

 

 教室が静まり返る。

 

 誠司が顔をしかめた。

 

「もう失敗してるじゃないか」

 

「不思議な煙って、何色だったの?」

 

 めぐみが尋ねる。

 

「紫と緑が混ざった色だって」

 

「ありえない!」

 

 ひめは椅子から飛び上がった。

 

「食べ物から出る色じゃないじゃん!」

 

 ゆうこは少し考える。

 

「火を止めてから来るように言ったんだけど、ちゃんと止めたかな」

 

「そこから確認しないとダメなの!?」

 

 ひめは鞄を抱え、教室を飛び出そうとする。

 

「大森さん」

 

 悠がゆうこを呼び止めた。

 

「リボンは、一人で大森ごはんへ来るの?」

 

「ブルーさんが送ってくれるって」

 

 ブルーも来る。

 

 悠の表情がわずかに固くなる。

 

 誠司がその変化に気づいた。

 

「赤石。嫌なら無理に来なくていいぞ」

 

「うん」

 

 悠はすぐに答えた。

 

 それでも、教室を出ていくひめの背中を見る。

 

 朝から元気がなかったことは、悠も気づいていた。昨日の愛乃家で生まれた悲しみを、彼女はまだ抱えている。

 

 リボンは、ひめを元気づけるために料理を作ろうとしている。

 

 それがどのような味になるとしても、そこに込められたものまで無視するべきではない気がした。

 

「……途中まで一緒に行くよ」

 

 悠が言い直す。

 

 めぐみが振り返った。

 

「途中まで?」

 

「ブルーがいたら、僕は帰る」

 

「神さまに会うの、本当に嫌なんだね」

 

「嫌というより、苦手なんだと思う」

 

「会ったことあるの?」

 

「ないよ」

 

「会ってないのに苦手なの?」

 

「だから、そう思うだけだよ」

 

 めぐみは不思議そうに首を傾げた。

 

 誠司は悠を見つめたが、それ以上は尋ねなかった。

 

 ★★★

 

 大森ごはんの厨房では、リボンが巨大なエプロンを身体へ巻きつけていた。

 

 エプロンの裾は床まで届き、動くたびに引きずられている。頭には白い三角巾を巻いているが、何度直しても片側へずれてしまう。

 

 調理台の上には、野菜、肉、魚、果物、香辛料、調味料が隙間なく並べられていた。

 

「リボン、何を作るつもりなの?」

 

 ひめは目の前の食材を見回す。

 

「ひめの好きなものを、全部一つにまとめた特製料理ですわ!」

 

「全部?」

 

「甘いものも、辛いものも、肉も魚も果物も入れますの!」

 

「やめて!」

 

 ひめは調理台へ飛びついた。

 

「絶対おかしくなるよ!」

 

「料理は愛情ですわ。愛情がたくさん入っていれば、何を混ぜてもおいしくなるはずですの!」

 

「そんなわけないじゃん!」

 

 ゆうこは食材を一つずつ確認しながら、リボンへ穏やかに尋ねる。

 

「リボンは、ひめちゃんに何を食べてもらいたいの?」

 

「ですから、ひめの好きなものを全部ですわ」

 

「うん。でも、全部一緒に入れたら、それぞれの味が分からなくなるかもしれないよ」

 

「愛情で何とかしますの!」

 

「愛情にも、できることとできないことがあると思うな」

 

 ゆうこは真顔で答えた。

 

 めぐみが食材を見ながら目を輝かせる。

 

「お肉と果物なら、甘辛いソースにできるかもしれないよ!」

 

「めぐみちゃんは、先に味見をしてね」

 

「どうしてあたしだけ?」

 

「一番乗りで食べたそうな顔をしてるからかな」

 

「食べたい!」

 

「否定しないのか」

 

 誠司が呆れる。

 

 店の奥にいた悠は、厨房へ入らず、客席側の椅子へ座っていた。

 

 ブルーは食材を運んだあと、急な用事があると言って大使館へ戻っている。悠はそのことを確認してから、ようやく店へ入った。

 

 左肩の怪我を理由に、重い荷物を持つ役目からは外されている。誠司が食材を運び、めぐみとひめが野菜を洗っていた。

 

 悠は椅子に座ったまま、リボンの動きを見ている。

 

 包丁を持とうとしたリボンの身体が、刃の重さに引っ張られた。

 

「危ない」

 

 悠は立ち上がり、包丁の柄を押さえる。

 

 リボンは刃へぶら下がったまま、慌てて羽を動かした。

 

「だ、大丈夫ですわ! これくらい!」

 

「大丈夫には見えないよ」

 

「赤石さんまで、ひめと同じことを言わないでくださいまし!」

 

 ゆうこが調理台へ近づく。

 

「リボン。包丁を使わない料理にしてみようか」

 

「それでは本格的な料理になりませんわ!」

 

「手でちぎれる野菜もあるよ。おにぎりなら、包丁を使わなくても作れるの」

 

「おにぎり……」

 

 リボンは並べられた食材を見回した。

 

「でも、それでは簡単すぎませんこと?」

 

「簡単でも、ちゃんと作ればおいしいよ」

 

 ゆうこは炊き上がった米の入った容器を用意する。

 

「それに、ひめちゃんが今食べたいものを聞いてみた方がいいんじゃないかな」

 

 全員の視線がひめへ集まった。

 

「私?」

 

「ひめのための料理ですもの。当然ですわ!」

 

 リボンが飛んでくる。

 

「何を食べたいですの? 最高級の肉料理? 宝石のような果物を使ったお菓子? それとも王宮風の──」

 

「普通のおにぎり」

 

 ひめが答えた。

 

 リボンが固まる。

 

「おにぎり、ですの?」

 

「うん」

 

「そのような簡単なものでよろしいんですの?」

 

「簡単じゃないよ」

 

 ゆうこが米へ手を触れ、温度を確かめる。

 

「炊き方も、握り方も、塩の量もあるからね。強く握りすぎると固くなるし、弱すぎると崩れちゃうの」

 

 リボンは米を真剣に見つめた。

 

「おにぎり……。なかなか奥が深そうですわ」

 

「具は何にする?」

 

 ゆうこがひめへ尋ねる。

 

 ひめは少し考えた。

 

「何も入ってない、塩だけのがいい」

 

「本当に?」

 

「お母さんが、遠くへ出かける時に作ってくれたの。忙しい時は形もきれいじゃなかったけど、温かいうちに食べるとおいしかった」

 

 ひめは笑おうとしたが、最後の言葉が少しだけ震えた。

 

 リボンは何も言わず、炊きたての米へ向き直る。

 

「ゆうこ、教えてくださいまし」

 

「うん。一緒に作ってみよう」

 

 ★★★

 

 リボンのおにぎり作りは、最初から順調とは言えなかった。

 

「熱いですわー!」

 

 米へ触れたリボンが、厨房中を飛び回る。

 

「だから最初に、少し冷ましてからって言ったじゃん!」

 

 ひめが追いかける。

 

「ひめのためなら、熱さくらい!」

 

「無理しなくていいって!」

 

 ゆうこは水を張った小さな器を用意した。

 

「手を少し濡らしてから握ると、くっつきにくいよ。リボンの手は小さいから、一口サイズにしてみようか」

 

「分かりましたわ」

 

 リボンは両手を水へつけると、改めて米を受け取った。

 

 今度は慎重に丸めようとする。

 

 しかし、力を入れすぎた。

 

 小さなおにぎりは、見る間に固く圧縮されていく。

 

「リボン、それ以上握ったら石になるよ」

 

 ひめが止める。

 

「崩れてしまわないように、しっかり固めていますの!」

 

「おにぎりは武器じゃないんだから!」

 

「少し力を抜いてみよう」

 

 ゆうこがリボンの手元へ近づく。

 

「ぎゅっと押さえるんじゃなくて、形を整えるくらいでいいよ」

 

「形を整える……」

 

「うん。食べる人が、どんな風に食べるか考えながらね」

 

 リボンはひめを見る。

 

 ひめは椅子に座り、頬杖をついて待っている。口では文句を言いながらも、厨房から離れようとはしなかった。

 

 リボンはもう一度、米を両手で包んだ。

 

 今度は強く押さえず、ゆっくりと形を整える。

 

 少し歪んでいる。

 

 三角というより、丸と四角の間のような形だった。

 

「できましたわ!」

 

「変な形」

 

 ひめが即座に言う。

 

 リボンの顔が固まった。

 

「あっ、でも!」

 

 ひめは慌てて言葉を足す。

 

「最初よりは、ずっとおにぎりっぽいよ!」

 

「最初のおにぎりは石ですの?」

 

「食べられる石かな」

 

「ひめ!」

 

 リボンが頬を膨らませる。

 

 めぐみが横から手を伸ばした。

 

「あたしも作りたい!」

 

「めぐみちゃんは、手を洗ってからね」

 

「洗ったよ!」

 

「さっき味見しながら口元を触ってたよ」

 

「見てたの!?」

 

「厨房では、ちゃんと見てるよ」

 

 ゆうこに言われ、めぐみはもう一度手を洗いに向かった。

 

 誠司はその様子を見ながら、使い終わった道具を片づけている。

 

「赤石、お前は作らないのか?」

 

「僕は見ているだけでいいよ」

 

「食べるだけか?」

 

「料理を作ったことがないから」

 

「誰だって最初はそうだろ」

 

 悠は調理台に並んだ米を見る。

 

 手で食べ物へ触れることに、少し抵抗があった。

 

 人間と同じ姿をしていても、自分の身体は人間とは違う。手のひらの内側には、負のエネルギーを吸収するための経路が存在する。

 

 普段は閉じている。食べ物に触れただけで何かが起きるわけではない。

 

 それでも、自分が直接触れたものを誰かへ食べさせることに、不安があった。

 

「僕が触ったものを、誰かが食べるのはよくないと思う」

 

 悠が答える。

 

 誠司が眉を寄せた。

 

「どういう意味だ?」

 

「清潔かどうか分からないから」

 

「手を洗えばいいだろ」

 

「そういうことではなくて」

 

 悠は言葉を止める。

 

 誠司は追及しなかったが、悠の隣へ空の皿を置いた。

 

「だったら、自分で食べる分だけ作ればいい」

 

「自分で?」

 

「それなら誰にも迷惑はかからないだろ」

 

 悠は皿と米を交互に見る。

 

 ゆうこも会話を聞いていたが、すぐに理由を尋ねようとはしなかった。

 

「赤石君。作ってみたくなったら、手を洗ってきてね」

 

 そう言って、再びリボンの手元へ向き直る。

 

 悠はしばらく椅子へ座っていた。

 

 やがて立ち上がり、厨房の流し台へ向かった。

 

 ★★★

 

 悠が作った最初のおにぎりは、細長く歪んでいた。

 

「これは何ですの?」

 

 リボンが不思議そうに覗き込む。

 

「おにぎりだよ」

 

「おにぎりには見えませんわ」

 

「リボンの最初のよりは柔らかいよ」

 

「形の話をしていますの!」

 

 ひめが二人のおにぎりを並べる。

 

 一つは固く潰れ、もう一つは不自然に細長い。

 

「どっちも変じゃん」

 

「白雪さんのおにぎりは?」

 

 悠が尋ねる。

 

「私は食べる係だから」

 

「ずるいですわ!」

 

 リボンが叫ぶ。

 

 ひめは渋々手を洗い、自分でも米を握り始めた。

 

 最初は慣れない手つきだったが、形は三人の中で一番おにぎりらしく整っている。

 

「ほら、私が一番上手!」

 

「ひめは昔、お母様と一緒に作っていましたものね」

 

 リボンが嬉しそうに言う。

 

 ひめの手が一瞬止まった。

 

「少しだけね」

 

 すぐに作業を再開する。

 

 完成したおにぎりが、皿の上へ少しずつ並んでいった。

 

 形は揃っていない。

 

 大きいもの、小さいもの、丸いもの、角ばったもの。それでも、炊きたての米と塩の香りが厨房いっぱいに広がっている。

 

「ごっはん、ごっはん。並べてみると、ちょっと楽しいね」

 

 ゆうこが小さく歌いながら皿を整える。

 

 めぐみも真似をした。

 

「ごっはん、ごっはん。どれから食べようかな!」

 

「めぐみちゃんは、作りながら三つ食べてるよね」

 

「味見だよ!」

 

「同じ味のおにぎりを三つも?」

 

「一個ずつ形が違うから!」

 

 誠司が呆れたように息を吐く。

 

「食べる理由になってないだろ」

 

 リボンは自分が作ったおにぎりを一つ取り、ひめへ差し出した。

 

「ひめ」

 

「何?」

 

「食べてくださいまし」

 

「今?」

 

「温かいうちが一番おいしいと、ゆうこが言っていましたの」

 

 ひめは両手でおにぎりを受け取った。

 

 形は少し歪んでいる。表面には指の跡が残り、塩も一か所へ偏っていた。

 

「いただきます」

 

 一口かじる。

 

 最初に強い塩味が広がり、次の部分にはほとんど味がない。米も少し固く握られている。

 

 お世辞にも完璧とは言えなかった。

 

 リボンは不安そうに、ひめの表情を見つめている。

 

「どう、ですの?」

 

 ひめはすぐには答えなかった。

 

 目の前のおにぎりが、遠い記憶と重なる。

 

 母が忙しい日に、急いで握ってくれた不揃いなおにぎり。形は整っていなかったし、塩が多すぎることもあった。

 

 それでも、食べるたびに家へ帰ってきたような気持ちになった。

 

 ひめの目に、涙が浮かぶ。

 

「姫!?」

 

 リボンが慌てて飛び回る。

 

「やっぱり、まずかったんですの!? 塩が多すぎました? それとも固すぎましたの!?」

 

「違う」

 

 ひめは首を振る。

 

「おいしい」

 

「本当に?」

 

「ちょっとしょっぱいし、形も変だけど」

 

「変は余計ですわ!」

 

「でも、おいしいよ」

 

 ひめはもう一口食べた。

 

「リボンが、私のために作ってくれたから」

 

 リボンの目にも涙が浮かぶ。

 

「ひめ……!」

 

 リボンがひめの胸へ飛び込む。

 

 ひめはおにぎりを落とさないよう片手で持ちながら、もう片方の手でリボンを受け止めた。

 

「ありがとう、リボン」

 

「ひめを元気にしたかったんですの」

 

「うん。元気になった」

 

「姫ー!」

 

「もう、泣かないでよ。おにぎりがしょっぱくなるじゃん」

 

 ひめも泣きながら笑った。

 

 その光景を見て、めぐみが目元を拭う。

 

「よかったね、ひめ」

 

 誠司も静かに微笑んでいる。

 

 悠は、自分が握った細長いおにぎりを見つめた。

 

 誰かのために作ったものではない。

 

 自分が食べるためだけに握ったものだ。

 

 それでも、作る前よりも食べ物が近く感じられる。皿へ置かれたものではなく、自分の手で形を作ったもの。

 

「赤石君、食べないの?」

 

 ゆうこが尋ねる。

 

 悠はおにぎりを持ち上げる。

 

「食べてみるよ」

 

 一口かじる。

 

 塩が少なすぎて、味はほとんどしなかった。握り方も弱く、口元で少し崩れる。

 

「どう?」

 

「味がしない」

 

 悠は正直に答えた。

 

 ゆうこが小さく笑う。

 

「次は、もう少し塩をつけてみようか」

 

「次も作ることになっているの?」

 

「一回で上手にできなくてもいいと思うな」

 

 悠は残ったおにぎりを見る。

 

「まりあも、最初から上手だったわけではないのかな」

 

 名前が自然に口から出た。

 

 ゆうこは聞き慣れない名前へ少し首を傾げる。

 

「まりあさん?」

 

 悠は黙った。

 

 誠司がこちらを見る。

 

 言うべきではなかった。

 

 だが、完全に取り消すこともできない。

 

「昔、料理を作ってくれた人だよ」

 

 悠は短く答えた。

 

「その人のおにぎりは、おいしかった?」

 

 ゆうこが尋ねる。

 

「うん」

 

「そっか」

 

 ゆうこは、それ以上の事情を聞かなかった。

 

「じゃあ、今度はその味に少し近づけるといいね」

 

 悠は細長いおにぎりをもう一口食べた。

 

 味は薄いままだった。

 

 それでも、途中で皿へ戻すことはしなかった。

 

 ★★★

 

 大森ごはんの外では、若い母親が小さな弁当箱を手に立っていた。

 

 蓋を開けると、ほとんど手をつけられていない料理が残っている。

 

 朝早く起きて作った弁当だった。

 

 子供の好きなものを考え、野菜も食べてもらえるよう工夫した。けれど、帰ってきた弁当箱には料理が残り、短い紙だけが入っていた。

 

『友達のお弁当の方がきれいだった』

 

 子供に悪気はなかったのだろう。

 

 それでも、胸の奥へ小さな痛みが残っていた。

 

「頑張って作っても、喜んでもらえないなら……」

 

 女性が呟く。

 

 その背後から、甘ったるい声が聞こえた。

 

「分かりますわ、そのお気持ち」

 

 振り返ると、ホッシーワが扇を広げて立っている。

 

「愛情を込めたところで、相手が喜ばなければ何の意味もありませんものね」

 

「あなたは……?」

 

「せっかくですから、その報われない愛情を、もっとおいしい不幸へ変えて差し上げますわ」

 

 ホッシーワが杖を向ける。

 

 女性の背後へ、巨大な鏡が現れた。

 

「鏡に映る未来を最悪に変えよ! 来たれ! サイアーク!」

 

 女性が鏡の中へ閉じ込められ、黒い霧が商店街へ広がっていく。

 

 霧の中から現れたサイアークは、巨大な弁当箱の姿をしていた。身体の仕切りには黒い料理が詰め込まれ、両腕には巨大な箸が握られている。

 

 サイアークが弁当箱の蓋を開いた。

 

 黒い湯気が町へ広がる。

 

 湯気を吸い込んだ人々は、近くにある食べ物へ次々と手を伸ばし始めた。

 

「食べなさい!」

 

 サイアークの声が響く。

 

「残さず、全部、食べなさい!」

 

 食欲があるわけではない。

 

 楽しんでいるわけでもない。

 

 人々は苦しそうな顔で、目の前の料理を無理やり口へ運んでいる。

 

 大森ごはんの厨房にも、黒い湯気が入り込んだ。

 

 悠の胸のレッドストーンが強く反応する。

 

「幻影帝国だ」

 

 めぐみとひめが同時に立ち上がる。

 

「外からですわ!」

 

 リボンが窓へ飛んでいく。

 

 店の前では、人々が倒れそうになりながら食べ物を口へ押し込んでいた。

 

 ゆうこの顔から笑みが消える。

 

「食べたくない人に、無理やり食べさせてる」

 

 短い言葉だった。

 

 声は穏やかなままだが、普段とは違う強さがあった。

 

「それはダメよ」

 

 めぐみとひめは視線を交わす。

 

「行こう、ひめ!」

 

「うん!」

 

 二人は裏口から外へ飛び出した。

 

 悠も続こうとしたが、誠司が腕を伸ばして止める。

 

「赤石。お前は戦えないだろ」

 

「戦うつもりはない。避難を手伝う」

 

「肩は?」

 

「今日は動かせる」

 

 誠司は悠の左腕を見る。

 

 前ほど硬い動きではない。

 

 それでも、完全ではないことは分かる。

 

「無茶するな」

 

「分かっているよ」

 

 返事は早くなかった。

 

 誠司は頷く。

 

「俺は店の中を見てくる。お前は外の人を、食べ物から離れた場所へ誘導してくれ」

 

「分かった、相楽君」

 

 ゆうこは厨房の火を止め、調理台へ蓋をする。

 

「私も手伝うよ」

 

「大森さんは店に残った方が」

 

「店の中にも、黒い煙が入ってきてるの。まずお客さんを外へ出さないと」

 

 ゆうこは悠の言葉を遮らず聞いてから、首を振った。

 

「一人で全部やらなくていいよ。外は赤石君、店の中は私と相楽くんでやろう」

 

 悠は短く頷いた。

 

「お願い、大森さん」

 

 ★★★

 

 大森ごはんの裏手で、めぐみとひめはプリチェンミラーを取り出した。

 

「プリキュア・くるりんミラーチェンジ!」

 

 桃色と青の光が夕暮れの町を照らす。

 

「世界に広がるビッグな愛! キュアラブリー!」

 

「天空に舞う蒼き風! キュアプリンセス!」

 

 二人は屋根を飛び越え、サイアークの前へ着地した。

 

 ホッシーワが巨大な弁当箱の上に座り、黒い料理を眺めている。

 

「あら。ちょうどよかったですわ」

 

 ホッシーワは扇で口元を隠した。

 

「プリキュアにも、たっぷり食べさせて差し上げます」

 

「嫌がってる人に食べさせるなんて、ひどいよ!」

 

 ラブリーが拳を握る。

 

「料理は、食べる人を苦しませるために作るものじゃない!」

 

 プリンセスも前へ出た。

 

 ホッシーワは楽しそうに笑う。

 

「でも、作った人は食べてほしいのでしょう? 愛情を込めたのなら、残さず食べてもらって当然ではありませんこと?」

 

 サイアークが巨大な箸を振り下ろす。

 

 ラブリーとプリンセスは左右へ飛び、攻撃をかわした。

 

 地面へ突き刺さった箸の先から、黒い料理が飛び散る。地面へ落ちた料理は次々と膨らみ、黒い団子のような怪物へ変わった。

 

「数が多いよ!」

 

 プリンセスが風を起こし、怪物たちを吹き飛ばす。

 

 ラブリーは正面からサイアークへ飛び込んだ。

 

「ラブリーパンチングパンチ!」

 

 桃色の拳がサイアークの腹部へ命中する。

 

 しかし、身体は巨大な弁当箱だ。

 

 衝撃を受けても蓋が少しへこむだけで、すぐに元へ戻った。

 

「固い!」

 

「中身を残さず食べるまで、その弁当箱は開きませんわ!」

 

 ホッシーワが笑う。

 

 サイアークの身体から黒い料理が大量に飛び出し、ラブリーとプリンセスを囲む。

 

「食べなさい!」

 

 巨大な箸がラブリーを掴み、黒い料理を口元へ運ぼうとする。

 

「いらないって言ってるでしょ!」

 

 プリンセスが箸へ蹴りを入れる。

 

 ラブリーが拘束から抜け出した。

 

「ありがとう、プリンセス!」

 

「今度はちゃんと断ってよ!」

 

「断ってたよ!」

 

 二人は背中合わせに立つ。

 

 ホッシーワは鏡へ閉じ込めた女性を見下ろした。

 

「せっかく作ったのに食べてもらえない。愛情を無駄にされた気分は、どれほど惨めでしょうね」

 

 鏡の中の女性が目を閉じる。

 

 その悲しみが、黒い湯気となってサイアークへ注がれていく。

 

 少し離れた場所で避難誘導をしていた悠は、その感情を察知した。

 

 胸のレッドストーンが飢えたように脈打つ。

 

 吸収できる。

 

 あの悲しみを取り込めば、サイアークへ流れる力を弱められるかもしれない。女性の苦しみも、一時的には軽くなる。

 

 悠の右手へ、黒い光が集まりかける。

 

 だが、手を伸ばす直前で止めた。

 

 あれは敵が人工的に作っただけの負のエネルギーではない。

 

 女性自身の悲しみだ。

 

 食べてもらえなかった寂しさ。頑張りを分かってほしかった気持ち。子供を大切に思っているからこそ生まれた痛み。

 

 まだ、本人が向き合わなければならない感情だった。

 

 悠は手を握り締め、吸収経路を閉じる。

 

「取ってはいけない」

 

 自分へ言い聞かせるように呟いた。

 

 その瞬間、黒い料理の塊が避難中の子供たちへ転がってきた。

 

 悠は前へ飛び出し、近くの屋台へ立てかけられていた板を倒す。板へぶつかった黒い塊が軌道を変え、壁へ激突した。

 

 左肩へ衝撃が伝わる。

 

 痛みはあったが、腕は動く。

 

「こっちへ!」

 

 悠は子供たちを大森ごはんの裏側へ誘導する。

 

 誠司が反対側から駆けてきた。

 

「赤石、残りは俺が連れていく!」

 

「お願い、相楽君」

 

 悠はすぐに役目を渡した。

 

 以前のように、一人で全員を守ろうとはしなかった。

 

 ★★★

 

 ラブリーとプリンセスは、サイアークから次々と放たれる黒い料理をかわしていた。

 

 だが、料理の怪物は倒してもすぐに形を戻す。

 

「食べてもらえなかった料理の恨みは、消えませんわ!」

 

 ホッシーワが扇を振る。

 

「食べない者が悪いのです!」

 

「違うよ!」

 

 プリンセスが叫んだ。

 

 巨大な箸を風で受け止める。

 

「食べる人にも、食べられない理由があるかもしれないじゃん!」

 

「ひめ?」

 

 ラブリーが振り返る。

 

 プリンセスの頭へ、先ほどのおにぎりが浮かんでいた。

 

 リボンのおにぎりは、完璧ではなかった。

 

 しょっぱかったし、固いところもあった。

 

 それでも、自分は食べたいと思った。

 

 リボンが作ってくれた気持ちが嬉しかったからだ。

 

 けれど、もし食べられないほど体調が悪かったなら。

 

 今は別のものが食べたかったなら。

 

 無理に食べさせられれば、嬉しい気持ちまで苦しくなってしまう。

 

「料理を作った気持ちは大切だよ!」

 

 プリンセスは箸を押し返す。

 

「でも、食べる人の気持ちだって大切なんだから!」

 

「作った方だけが我慢しろと?」

 

 ホッシーワが問い返す。

 

「そんなこと言ってない!」

 

 プリンセスは一瞬言葉に詰まる。

 

 うまく説明できない。

 

 自分も今朝、リボンの心配を無視して「大丈夫」と言った。リボンもまた、自分のためと言いながら、好きなものを全部入れようとしていた。

 

 どちらも、相手の気持ちを聞いていなかった。

 

「分からなかったら、聞けばいいじゃん!」

 

 プリンセスは叫んだ。

 

「何が食べたいのか。どうして残したのか。作った人がどんな気持ちだったのか!」

 

 ラブリーがその隣へ並ぶ。

 

「あたしも、相手が困ってると思ったら、すぐ助けようとしちゃう」

 

 ラブリーは拳を構えた。

 

「でも、本当は何をしてほしいのか、聞かないと分からないこともあるよね」

 

「そう! だから勝手に決めないで!」

 

 プリンセスはホッシーワを指さす。

 

「作った人も、食べる人も、どっちかだけが我慢するなんておかしいよ!」

 

 サイアークが巨大な箸を振り回す。

 

 ラブリーとプリンセスは左右へ分かれた。

 

「プリンセス、右をお願い!」

 

「任せて!」

 

 プリンセスは青い風で箸の先を押し上げる。

 

 ラブリーが懐へ飛び込み、弁当箱の蓋へ連続で拳を叩き込んだ。

 

「ラブリー・ラッシュ!」

 

 へこんだ蓋へ亀裂が入る。

 

 サイアークが黒い料理を放とうとした瞬間、プリンセスが上空から蹴りを叩き込んだ。

 

 蓋が大きく開く。

 

 内部には、黒い湯気を生み出す核があった。

 

「今だよ、プリンセス!」

 

 ラブリーが核を押さえ込む。

 

 プリンセスはラブプリブレスへ青い光を集めた。

 

「勇気の光を聖なる力へ!」

 

 青いハートが両手の間に形作られる。

 

「プリキュア・ブルーハッピーシュート!」

 

 青い光がサイアークを包み込んだ。

 

「プリンセス!」

 

 弁当箱の巨体が無数の光へ変わり、黒い料理も一つずつ消えていく。

 

 鏡へ閉じ込められていた女性が解放され、地面へ横たわった。

 

 町を覆っていた黒い湯気も晴れていく。

 

 ホッシーワは悔しそうに扇を閉じた。

 

「愛情なんて、食べられなければ何の価値もありませんのに!」

 

「食べられなくても、話すことはできるよ!」

 

 ラブリーが言い返す。

 

 プリンセスも胸を張った。

 

「それに、おいしくなかったら次はもっとおいしく作ればいいんだから!」

 

「姫、それは私のおにぎりのことですの!?」

 

 遠くからリボンの声が響く。

 

 プリンセスは慌てて振り返った。

 

「違う! 一般論だよ!」

 

 ホッシーワは呆れたように二人を見た。

 

「勝手に反省会を始めないでくださる?」

 

 黒い霧がホッシーワの身体を包む。

 

「次は、もっと甘くて濃厚な不幸をいただきますわ!」

 

 そう言い残し、ホッシーワは姿を消した。

 

 ★★★

 

 戦いのあと、解放された女性のもとへ、一人の少年が駆け寄ってきた。

 

「お母さん!」

 

 女性は目を開き、息子の顔を見る。

 

 少年は泣きそうな表情で、小さな弁当箱を抱えていた。

 

「ごめんなさい」

 

「どうしたの?」

 

「今日、お弁当を残して。友達の方がきれいだったって書いて……」

 

 少年は俯く。

 

「でも、お母さんのお弁当が嫌いだったわけじゃない。朝、時間がなくて、全部食べられなかったんだ」

 

 女性は息子を見つめた。

 

 子供が何を思って残したのか、確かめていなかった。

 

 自分の頑張りを否定されたように感じ、悲しみだけを膨らませていた。

 

「そっか」

 

 女性は少年を抱き締めた。

 

「お母さんも、ちゃんと聞けばよかった」

 

「明日は全部食べる」

 

「無理に全部食べなくてもいいのよ」

 

 女性は涙を拭いながら笑う。

 

「食べられない時は、そう言ってね。その代わり、何が食べたいか教えて」

 

 少年が頷く。

 

 少し離れた場所から、めぐみとひめはその様子を見守っていた。

 

「よかったね」

 

 めぐみが笑う。

 

 ひめも静かに頷いた。

 

「うん」

 

 二人が大森ごはんへ戻ると、リボンが腕を組んで待っていた。

 

「ひめ」

 

「何?」

 

「私のおにぎりは、おいしくなかったんですの?」

 

「おいしかったって言ったじゃん!」

 

「先ほど、次はもっとおいしく作ればよいと!」

 

「あれはサイアークの料理のこと!」

 

「本当ですの?」

 

「本当だって!」

 

 ひめはリボンの両手を取った。

 

「ちょっとしょっぱかったし、形は変だったけど」

 

「やっぱり変でしたの!」

 

「でも、また作ってほしい」

 

 リボンが目を瞬かせる。

 

「次は、一緒に作ろうよ」

 

 ひめは少し照れたように笑った。

 

「私も、お母さんと一緒に作ったことを思い出したいから」

 

 リボンの表情が柔らかくなる。

 

「もちろんですわ」

 

「今度は塩を入れすぎないでね」

 

「ひめが横で見ていてくださいまし!」

 

「しょうがないなあ」

 

 ひめはそう言いながら、どこか嬉しそうだった。

 

 ★★★

 

 夕食には、昼間に作ったおにぎりが並べられた。

 

 大森ごはんの店内には、めぐみ、ひめ、ゆうこ、誠司、悠、リボンが同じテーブルを囲んでいる。

 

 戦いのあとに回収された人工的な負の残滓は、悠が人目につかない場所で少量だけ吸収していた。肩の痛みはほとんど消え、レッドストーンの振動も落ち着いている。

 

 それでも、鏡へ閉じ込められた女性の悲しみには触れなかった。

 

 女性は息子と話し、自分で悲しみをほどこうとしていた。

 

 あの感情を奪わなかったことは、間違いではなかった。

 

「赤石君」

 

 ゆうこに呼ばれ、悠は顔を上げる。

 

「どれを食べる?」

 

 皿の上には、形の違うおにぎりが並んでいる。

 

「自分で作ったものを食べるよ」

 

 悠は細長いおにぎりへ手を伸ばした。

 

 ひめが笑いをこらえる。

 

「まだそれ、おにぎりに見えないんだけど」

 

「白雪さんのは少し平たすぎるよ」

 

「これは食べやすくしたの!」

 

「偶然そうなっただけですわ」

 

 リボンに指摘され、ひめは頬を膨らませる。

 

 めぐみはすでに二つ目を食べていた。

 

「形が違っても、全部おいしいよ!」

 

「めぐみちゃん、さっきから食べるのが早いよ」

 

 ゆうこが言う。

 

「だって温かいうちに食べないと!」

 

「さっき作ったものだから、もう同じくらいの温度だと思うな」

 

「気持ちは温かいよ!」

 

 誠司が小さく笑う。

 

「便利な言葉にするなよ」

 

 悠は自分のおにぎりを一口食べた。

 

 昼間よりも、塩味を感じる。

 

「塩、増やしたの?」

 

 ゆうこが尋ねる。

 

「少しだけ」

 

「今度はどう?」

 

 悠は味を確かめる。

 

 完璧ではない。

 

 形も崩れかけている。

 

 それでも、昼間よりはおいしくなっていた。

 

「前よりおいしいよ」

 

「そっか」

 

 ゆうこは満足そうに頷いた。

 

 ひめがリボンのおにぎりを手に取る。

 

「これも、昼よりおいしくなってる」

 

「塩を均等につける方法を教えてもらいましたの!」

 

 リボンが得意げに胸を張る。

 

「でも、少し固い」

 

「崩れないようにするためですわ!」

 

「また石になるよ」

 

「ひめ!」

 

 二人の言い合いを聞きながら、悠はおにぎりを食べ続ける。

 

 まりあが作った食事を思い出す。

 

 味だけではない。

 

 食べるように促す声や、残さなかった時の安堵した表情。自分が人間ではないと知りながら、それでも同じテーブルへ座らせた人。

 

 料理に込められたものが、必ず相手へ伝わるとは限らない。

 

 作ったから食べてもらえるとも限らない。

 

 それでも誰かのために作ることは、その人に残ってほしいと願うことなのかもしれない。

 

 悠は向かい側のひめとリボンを見る。

 

「食べる理由も、作る理由も、一つではないんだね」

 

 悠が呟く。

 

「何か言った、赤石くん?」

 

 ひめが尋ねる。

 

 悠は首を振った。

 

「何でもないよ」

 

 今度の言葉は、秘密を隠すための嘘ではなかった。

 

 まだ自分でも、うまく説明できなかっただけだ。

 

 窓の外では、夕暮れの光がゆっくりと薄れていく。

 

 温かな食事だけでは、失った家族は戻らない。

 

 空腹が満たされても、悲しみがすべて消えるわけではない。

 

 それでも、誰かが自分のために作ったものを食べる時間は、一人ではないことを思い出させてくれる。

 

 ひめは不格好なおにぎりを食べながら、リボンへ笑いかけた。

 

 悠もまた、自分で作ったおにぎりを最後まで食べた。

 

 次回予告

 

 ひめ:

「めぐみ、今日は私が前に出るからね!」

 

 めぐみ:

「じゃあ、あたしが後ろを守るよ!」

 

 誠司:

「二人とも、作戦を決める前に相手の話を聞け」

 

 リボン:

「息を合わせる特訓ですわ!」

 

 ゆうこ:

「おにぎりを同時に食べる練習ならできるよ」

 

 悠:

「それは戦闘の役に立つの?」

 

 めぐみ:

「お腹が空いた時に役立つよ!」

 

 悠:

「戦闘中に食べるつもりなの?」

 

 めぐみ:

「次回、第7話『友情全開!! 二人の新たなる力!! /並んで立つこと、背中を預けること』」

 

 ひめ:

「赤石くんも特訓するよ!」

 

 悠:

「僕はプリキュアではないよ」

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