ハピネスチャージプリキュア!夕映えのアーベント 作:Leona
第9話『空手でオッス!! プリキュアパワーアップ!? /鍛える身体と、壊れないための力』
ぴかりが丘学園の昼休み。屋上では、めぐみとひめが昨日の戦いを思い返しながら、揃って肩を落としていた。
「フォーチュン、すっごく強かったよね」
めぐみが呟くと、ひめは弁当箱の卵焼きを箸でつついた。
「分かってるよ。私たちだけじゃ、あのサイアークを倒せなかったかもしれない」
「動きも速かったし、攻撃も全然無駄がなかったよね」
「もう! そんなに何度も言わなくてもいいじゃん!」
ひめは頬を膨らませたものの、自分でもフォーチュンとの差を強く感じていた。ラブリーとプリンセスは新しい合体技を使えるようになった。それでも、基礎的な戦い方ではフォーチュンに及ばない。勢いのまま敵へ飛び込み、攻撃を受けてから助け合うことも少なくなかった。
隣で昼食を食べていた誠司が、二人を見比べる。
「技の強さより、まず身体の使い方を覚えた方がいいんじゃないか」
「身体の使い方?」
めぐみが首を傾げる。
「二人とも、攻撃する時に隙が大きすぎる。相手の動きも見ずに飛び込むし、避けられる攻撃まで正面から受けてるだろ」
「だってプリキュアは頑丈だもん」
ひめが言うと、誠司は呆れた顔になった。
「頑丈だから殴られてもいいって考え方はやめろ」
少し離れた場所で塩むすびを食べていた悠は、自分の左肩へ目を向けた。傷はほぼ塞がっている。痛みも日常生活では感じなくなったが、強く捻れば胸のレッドストーンへ鈍い振動が伝わる。
「相楽君の言う通りだと思う」
「赤石くんまで!」
ひめが振り返る。
「赤石くんだって、怪我しても動いてたじゃん!」
「だから、正しいと言っているんだよ」
悠が静かに答えると、ひめは言葉に詰まった。
ゆうこは弁当箱から小さな鮭のおにぎりを取り出し、めぐみへ渡した。
「強くなる前に、怪我をしない動き方を覚えた方がいいと思うな。怪我をしたら、ごはんを食べる時も大変だよ」
「ゆうゆうは、そこなんだね」
「腕が上がらないと、おにぎりも食べにくいからね」
ゆうこは真顔だった。
めぐみはおにぎりを受け取りながら、誠司へ身を乗り出す。
「じゃあ、誠司が空手を教えてよ!」
「俺が?」
「誠司、空手やってるでしょ?」
「やってるけど、数日習ったくらいで急に強くなれるものじゃないぞ」
「やってみなくちゃ分からないよ!」
めぐみが拳を握る。
「オッス! 空手の特訓でプリキュアパワーアップだよ!」
「私もやる!」
ひめも立ち上がった。
「フォーチュンより強くなって、今度こそ驚かせてやるんだから!」
「目的がずれてないか?」
誠司が眉を寄せる。
めぐみは今度は悠を見る。
「赤石くんも一緒にやろうよ!」
「僕も?」
「身体を壊さずに動く練習なら、赤石くんにも必要でしょ?」
悠は反論しようとしたが、言葉が出なかった。
誠司が小さく頷く。
「めぐみの言う通りだな。力を使う前に、自分の身体の状態を把握する練習は必要だ」
「相楽君まで参加させるつもりなんだね」
「お前は参加する側だ」
ひめが嬉しそうに悠の背中を叩こうとした。悠は反射的に身体を横へずらし、手を避ける。
「今の何!?」
「肩を叩かれると思ったから避けた」
「もう治ったんじゃなかったの?」
「ほとんど治っているよ」
「ほとんどって、治ってないじゃん!」
「だから特訓が必要なんだろ」
誠司が話をまとめる。
「放課後、道場へ来い。祖父さんにも話しておく」
「誠司のおじいさん?」
「俺の祖父さんじゃない。道場の先生だ」
誠司は少し間を置いて続けた。
「氷川の祖父さんがやってる道場なんだ」
ひめの表情が固まった。
「氷川さんもいるの?」
「いることが多いな」
「行くのやめようかな」
「さっきまでやる気満々だっただろ」
「だって、また弱いとか言われそうじゃん!」
めぐみがひめの肩へ手を置く。
「だから強くなりに行くんだよ!」
「それもそうだね」
ひめはすぐに立ち直った。
悠だけは黙っていた。いおなと顔を合わせれば、前回の話の続きを求められるかもしれない。
それでも、今度は避けるという選択をしなかった。
「分かった。僕も行くよ、相楽君」
★★★
放課後、めぐみたちは商店街から少し離れた場所にある空手道場を訪れた。
板張りの稽古場では、白い道着を着た子供たちが掛け声に合わせて突きを繰り返している。正面には道場訓が掲げられ、壁際には丁寧に手入れされた防具が並べられていた。
「オッス!」
めぐみは入口へ立つなり、勢いよく頭を下げた。
「声が大きすぎるよ!」
ひめが耳を押さえる。
「空手では元気よく挨拶するんでしょ?」
「元気なのと騒がしいのは別だ」
誠司が靴を揃えながら注意する。
稽古場の中央では、いおなが年下の道場生へ受けの形を教えていた。相手の拳が伸びてくると、身体を半歩ずらし、腕で攻撃の軌道を外側へ流す。力任せに弾くのではなく、最小限の動きで攻撃を逸らしていた。
ひめは思わず見入る。
「やっぱり上手……」
いおながこちらへ気づいた。
「愛乃さんに白雪さん。それに赤石君まで来たのね」
「空手の特訓に来たんだよ!」
めぐみは笑顔で拳を上げる。
「プリキュ……じゃなくて、もっと強くなろうと思って!」
誠司が咳払いをする。めぐみは危うく正体を口にしかけたことへ気づき、慌てて口を押さえた。
いおなは怪訝そうに見たものの、追及しなかった。
「空手は、すぐに強くなるためのものではないわ」
「誠司にも同じこと言われたよ」
「二人とも、そういうところだけ息が合ってるね」
ひめが不満そうに呟く。
道場の奥から、いおなの祖父が姿を現した。穏やかな顔つきだが、立ち姿には隙がない。誠司から事情を聞くと、めぐみたちへ道着を貸し、まず礼の仕方から教え始めた。
めぐみとひめは早く技を習いたくて落ち着かない。礼を終えると、すぐに拳を構えた。
「必殺の正拳突きとか、回し蹴りとか教えてください!」
「私は敵を一発で吹き飛ばす技がいい!」
二人の要望を聞き、師範は静かに首を振った。
「最初に覚えるのは、立ち方と受け身だ」
「受け身?」
ひめが露骨に肩を落とす。
「攻撃じゃないじゃん」
「攻撃を覚える前に、自分を守ることを覚えなければならない。立てなくなれば、どれほど強い技も使えんからな」
誠司が道場の中央へ出る。
「まずは俺が教える。二人とも並べ」
「オッス!」
めぐみが元気よく返事をする。
ひめも少し遅れて拳を上げた。
「お、オッス!」
悠は道着への着替えを断り、動きやすい体育着を借りていた。肩が完全に治っていないため、投げ技や強い打撃の練習は避けるよう誠司から言われている。
壁際には、めぐみの知り合いである和美が座っていた。道着姿で、何度も帯を結び直している。
「和美ちゃんもここへ通ってるんだね!」
めぐみが声をかける。
「うん。明日、昇級試験があるの」
「すごい!」
「でも、緊張すると身体が固まっちゃって……。今日の稽古でも、全然うまくできなくて」
和美は拳を握り、視線を落とした。
「もっと強い技が使えたら、自信を持てるのかな」
その言葉に、めぐみとひめが揃って頷く。
「分かるよ!」
「やっぱり必殺技が必要だよね!」
誠司が三人を見回し、深く息を吐いた。
「まず基礎からだって言ってるだろ」
★★★
最初に教えられたのは、拳を受け流す動きだった。
誠司がゆっくりと右拳を伸ばし、めぐみが腕で外側へ逸らす。力を入れすぎると自分の姿勢が崩れ、弱すぎれば拳が身体へ届く。相手の攻撃をよく見て、必要な分だけ腕を動かさなければならない。
「めぐみ、肩に力が入りすぎだ」
「だって、強く受けないと飛ばされそうだよ!」
「真正面から止めようとするな。横へ流せ」
めぐみは何度も試したが、誠司の拳を見るたび反射的に両腕を突き出してしまう。
ひめは受ける前に目を閉じていた。
「白雪さん。目を閉じたら、相手の動きが見えないわ」
いおなが淡々と注意する。
「分かってるけど、拳が来たら怖いじゃん!」
「怖くても見なさい。見えなければ、避けることも受けることもできないでしょう」
「簡単に言わないでよ!」
「簡単だとは言っていないわ」
いおなはひめの前へ立った。
「ゆっくり打つから、最後まで目を開けて」
「絶対ゆっくりだからね!」
「ええ」
いおなの拳が、ひめの顔へ向かって伸びる。速度は遅い。それでも、ひめは途中で目を閉じかけた。
「白雪さん」
名前を呼ばれ、ひめは目を開く。
拳は鼻先へ届く前に止まっていた。
「……見えた」
「それでいいわ。次は腕を動かして」
いおなの口調は硬かったが、ひめを笑ったり責めたりはしなかった。
少し離れた場所では、悠が誠司と向かい合っていた。
「赤石。軽く拳を出す。避けずに受けてみろ」
「避けた方が早いと思う」
「避けられない時の練習だ」
誠司がゆっくりと拳を伸ばす。
悠の身体は、拳が動き始める前から反応していた。肩の角度、足の重心、呼吸の変化から軌道を読み取り、誠司の腕が伸びる前に半歩下がってしまう。
「避けるなって言っただろ」
「身体が勝手に動いた」
「なら、動かないよう意識しろ」
二度目も、悠は拳が届く前に身体をずらした。
三度目には避けなかったが、受け流す代わりに誠司の手首を掴み、反対の拳を胸元へ突きつけていた。
誠司の動きが止まる。
悠も自分の姿勢へ気づき、すぐに手を離した。
「ごめん」
「反撃までが癖になってるのか?」
「多分」
本来の悠は、攻撃を受け流すために作られていない。敵の動きを止め、破壊し、次の脅威へ備える。攻撃を避けながら相手を傷つけないという発想そのものが、身体へ深く刻まれていなかった。
いおなが二人の様子を見ていた。
「赤石君」
「何、氷川さん」
「今の動き、空手ではないわ」
「空手を習ったことはないよ」
「それにしては、相手の重心を読むのが速すぎる」
悠は答えなかった。
いおなは悠の前へ歩み出る。
「私が相手をするわ」
「氷川?」
誠司が眉を寄せる。
「軽い受けの練習よ。それなら問題ないでしょう」
いおなは悠へ向き直り、構えを取った。
「今度は反撃せず、受け流して」
悠も腕を上げる。
いおなの拳が伸びる。誠司より速いが、本気ではない。
悠は拳を外側へ流した。
次の瞬間、反対側から蹴りが来る。悠は身体を捻って避けようとしたが、左肩にわずかな痛みが走った。
動きが遅れる。
いおなの足は、悠の脇腹へ届く直前で止まった。
「今、肩をかばったわね」
「少しだけ」
「痛むなら、先に言いなさい」
「動かせないほどではないよ」
「動かせることと、動かしていいことは別でしょう」
いおなの言葉に、悠は黙った。
「もう一度やるわ。次は、肩に痛みが出る前に止めて」
「止めたら練習にならないんじゃないかな」
「無理をして怪我を悪化させる方が、練習にならないわ」
いおなは構えを解かなかった。
「限界を知ることも、自分を制御するために必要よ」
悠は静かに頷く。
二度目の練習では、肩に鈍い違和感が生じた時点で自分から腕を下げた。
「待って」
悠が言う。
いおなもすぐに動きを止める。
「痛むの?」
「少し。さっきより前に分かった」
「それなら休みなさい」
「もう少しできるよ」
「休んでから続ければいいでしょう」
悠は反射的に断ろうとしたが、誠司といおなの視線を受け、言葉を変えた。
「分かった。少し休む」
いおなはそれ以上何も言わず、次の道場生へ指導するため離れていった。
誠司が悠の隣へ立つ。
「言えたじゃないか」
「何が?」
「痛くなる前に止められた」
「氷川さんに命令されたからだよ」
「最初はそれでもいいだろ」
悠は壁際へ移動し、ゆっくりと腰を下ろした。
自分の限界を口にすることは、戦いから逃げることだと思っていた。だが、今のいおなは悠が休むことを弱さとは言わなかった。
★★★
休憩時間になると、ゆうこが大森ごはんから大きな包みを持って現れた。
「お疲れさま。おにぎりを持ってきたよ」
「ゆうゆう!」
めぐみは床へ座り込んだまま両手を伸ばす。
「もう腕が上がらないよ!」
「それなら、無理に伸ばさないでね」
ゆうこはめぐみの前へしゃがみ、包みを開いた。梅、鮭、昆布、鶏そぼろと、食べやすい大きさのおにぎりが並んでいる。
「運動した後だから、少し塩を利かせてあるの。水分も一緒に取ってね」
ひめは鮭のおにぎりを掴み、一口で大きくかじった。
「生き返る!」
「大げさだな」
誠司が言う。
「誠司は疲れてないから言えるんだよ!」
「お前たちが余計な力を入れすぎなんだ」
和美は皆から少し離れた場所に座り、おにぎりを持ったまま俯いていた。
ゆうこが隣へ座る。
「和美ちゃん、食べないの?」
「明日の試験のことを考えると、あまり食欲がなくて」
「そっか」
ゆうこは無理に食べるよう勧めず、自分の膝へ手を置いた。
「今、一番心配なのは何かな」
「失敗して、みんなに弱いって思われること」
和美はおにぎりを見つめる。
「練習ではできるのに、見られてると思うと身体が動かなくなるの。もっと強い技を覚えておけば、自信が持てると思ったんだけど」
誠司が近くへ座った。
「試験で見られるのは、派手な技じゃない。今まで練習した基本ができるかどうかだ」
「でも、緊張したら忘れちゃうかもしれない」
「全部うまくやろうとしなくていい。相手を見て、構えて、息を吐く。まず一つずつやればいい」
ゆうこも和美の顔を見る。
「食べられそうなら、一口だけ食べてみる? それから、もう一度考えよう」
和美は少し迷い、小さくおにぎりをかじった。
「おいしい」
「よかった」
ゆうこはそれ以上、励ましの言葉を重ねなかった。
めぐみが拳を握る。
「和美ちゃんなら大丈夫だよ!」
「めぐみちゃん」
ゆうこが呼ぶ。
「大丈夫かどうかは、和美ちゃんにも分からないと思うな」
「あ……」
めぐみは自分の言葉へ気づき、和美を見た。
「ごめん。絶対大丈夫って決めつけちゃった」
「ううん。応援してくれるのは嬉しいよ」
和美はもう一口、おにぎりを食べる。
「失敗するかもしれないけど、逃げないようにする」
「うん。一緒に応援するよ!」
ひめも隣から身を乗り出した。
「私も! 今日教わった受け方を使えば、絶対──」
言いかけて、めぐみと顔を見合わせる。
「絶対、はやめようか」
「そうだね」
ひめは言い直した。
「使えるところまで、やってみればいいよ」
悠は少し離れた壁際で、塩むすびを食べながら会話を聞いていた。
いおなが隣へ立つ。
「肩は?」
「休んだら、痛みは消えたよ」
「そう」
いおなは道場の中央で談笑するめぐみたちへ視線を向けた。
「あなたは、どうして戦い方を知っているの?」
「戦い方を知っているように見えた?」
「見えたわ。相手の攻撃を受けた後ではなく、動く前に反応していた」
悠は塩むすびを一口食べる。
「戦ったことがあるからだよ」
「誰と?」
「それは言えない」
いおなの表情が硬くなる。
悠は続けた。
「でも、今の僕が誰かを攻撃するために使うつもりはない」
「信じてほしいの?」
「まだ信じなくていい」
「そうやって、判断を相手へ任せるのはやめなさい」
いおなは悠を真っすぐに見た。
「信じられる行動をするかどうかは、あなたが決めることよ」
悠はしばらく黙り、手の中のおにぎりへ目を落とす。
「今日、痛む前に止めた」
「それだけ?」
「今の僕にできたのは、それだけだよ」
いおなはすぐに肯定しなかった。
それでも、否定もしなかった。
「なら、それを続けなさい」
そう言い残し、いおなは稽古場へ戻っていった。
★★★
翌日、道場では昇級試験が行われていた。
普段より多くの保護者や道場生が集まり、稽古場の端へ静かに座っている。正面にはいおなの祖父が座り、一人ずつ基本動作を確認していた。
めぐみとひめ、誠司、悠は、壁際から和美の番を待っていた。
「和美ちゃん、緊張してるね」
めぐみが小声で言う。
試験を控えた和美は、何度も手を握り直している。呼吸も浅く、肩へ力が入っていた。
「昨日の私たちみたい」
ひめが呟く。
「まだ始まってもいないのに、身体が固まってる」
誠司は和美へ視線を向けたまま言う。
「声をかけすぎるな。今は自分で呼吸を整えようとしてる」
和美は目を閉じ、一度深く息を吐いた。昨日教えられた通り、構える前に足の位置を確かめる。
その姿を見ていた悠は、道場の外から近づく負の気配へ気づいた。
胸のレッドストーンが低く震える。
悠は入口へ顔を向けた。
「相楽君」
「どうした?」
「来る」
答えるより早く、道場の窓が一斉に黒く染まった。
激しい風とともに扉が開き、赤いマントを翻したオレスキーが姿を現す。その後ろには数体のチョイアークが並んでいた。
「真面目に基本を繰り返し、地道に帯の色を上げる! 何とも回りくどく、目立たない努力だ!」
道場内が騒然となる。
いおなは祖父と年少の道場生を守るように前へ出た。
「何のつもり?」
「強さとは、相手を圧倒してこそ証明されるもの! 守るだけの空手など、このオレスキー様の美学には相応しくない!」
オレスキーは和美へ杖を向けた。
「失敗を恐れ、人前で力を出せない少女よ! お前の心へ、最強の自信を与えてやろう!」
「やめて!」
めぐみが駆け出す。
しかし、和美の背後へ鏡が現れ、その身体を飲み込んだ。
「鏡に映る未来を最悪に変えよ! 来たれ! サイアーク!」
黒い煙が道場の天井まで膨れ上がる。
現れたサイアークは巨大な空手着をまとい、腰には何重もの黒帯を巻いていた。両拳は石のように大きく、顔には自信に満ちた笑みが張りついている。
サイアークが正拳突きを放つ。拳は離れた壁へ届く前に衝撃波を生み、道場全体を大きく揺らした。
「全員、外へ!」
誠司が叫ぶ。
いおなもすぐに動いた。
「小さい子から裏口へ! 押さないで!」
師範は道場生たちを落ち着かせ、避難経路を示す。
悠は転びそうになった子供を抱え上げようとしたが、左肩へ重さが集中する前に動きを変えた。
「相楽君、この子をお願い!」
「ああ!」
誠司が子供を受け取り、外へ運ぶ。
悠は歩ける子供たちへ手を向ける。
「壁から離れて。僕についてきて」
自分だけですべてを運ぼうとはしない。できることと、できないことを分けながら動く。
めぐみとひめは人目を避け、道場の裏へ走った。
★★★
「プリキュア・くるりんミラーチェンジ!」
桃色と青の光が二人を包む。
「世界に広がるビッグな愛! キュアラブリー!」
「天空に舞う蒼き風! キュアプリンセス!」
ラブリーとプリンセスは屋根を飛び越え、道場の庭へサイアークを押し出した。
「和美ちゃんを返して!」
ラブリーが正面から飛び込む。
「今日の特訓の成果を見せてやるんだから!」
プリンセスも続く。
二人は左右から同時に拳と蹴りを放つ。しかし、サイアークは動かなかった。
攻撃が届く直前、両腕を滑らかに動かし、ラブリーの拳を外側へ、プリンセスの蹴りを下へ受け流す。
勢いを失った二人の身体が前へ流れた。
サイアークは最小限の動きで向きを変え、ラブリーとプリンセスの背中へ掌底を打ち込む。
「きゃあっ!」
二人は庭を転がった。
オレスキーが高笑いする。
「どうした! 空手を習って強くなったのではなかったのか!」
ラブリーはすぐに立ち上がり、構え直す。
「今度こそ!」
「待って、ラブリー!」
プリンセスの声が届く前に、ラブリーは再び突進した。
サイアークの右拳が動く。
ラブリーは教えられた受けの形で拳を外側へ流した。
「できた!」
その瞬間、サイアークの左足が動く。
拳は見せかけだった。
本命の回し蹴りがプリンセスへ向かう。
「プリンセス!」
ラブリーは反射的にプリンセスの前へ入り、両腕で蹴りを受け止めた。
衝撃に耐え切れず、二人まとめて吹き飛ばされる。
ラブリーは地面へ肩から落ちた。
「ラブリー!」
プリンセスが駆け寄る。
「大丈夫!?」
「うん。これくらい──」
ラブリーは立ち上がろうとしたが、右腕に力が入らない。顔を歪めながら肩を押さえた。
プリンセスの顔から血の気が引く。
「大丈夫じゃないじゃん!」
「ひめを守らないとって思って」
「だからって、全部身体で受けないでよ!」
「でも、あのままだったらプリンセスが!」
「私も受け方を習ったんだよ!」
プリンセスの声が震える。
ラブリーは言葉を失った。
昨日、相手へ任せることを覚えたはずだった。それでも危険が迫ると、自分が身体を張って守る方を選んでしまう。
「友情も基本も役には立たん!」
オレスキーが腕を広げる。
「最後に頼れるのは、すべてを吹き飛ばす圧倒的な力だけだ!」
サイアークが拳を構えた。
一歩踏み込むだけで地面へ亀裂が走る。
プリンセスはラブリーをかばうように前へ立った。
「今度は私が守る」
「プリンセス、一人で受けたらダメだよ」
「分かってる!」
プリンセスは拳を見つめた。
怖い。
それでも目を閉じなかった。
サイアークの拳が伸びる。プリンセスは両腕で正面から止めようとせず、身体を半歩ずらして攻撃の軌道を外側へ流した。
巨大な拳が頬のすぐ横を通り過ぎる。
「受けられた!」
だが、サイアークはすぐに反対の拳を放つ。
プリンセスは二度目を受け切れず、腕を弾かれた。
「ひめ!」
ラブリーが本名を叫ぶ。
プリンセスの身体へ拳が迫る。
その時、戦場へ穏やかな歌声が流れ込んだ。
★★★
柔らかな旋律が、荒れていた道場の庭を包んだ。
サイアークの拳が、プリンセスへ触れる直前で止まる。
オレスキーも腕を上げたまま動かなくなり、険しかった表情を緩めた。
「な、何だ、この歌は……。妙に心が落ち着くではないか……」
ラブリーとプリンセスが顔を上げる。
道場の屋根の上に、黄色い光をまとった少女が立っていた。
長い金色の髪を高く結び、蜂蜜を思わせる黄色と白の衣装を身につけている。手にはマイクの形をした黄色いバトンが握られていた。
歌は食事を囲む喜びと、誰かと笑い合う時間を讃えるものだった。戦場には不思議なほど似つかわしくない。それでも、傷ついた身体から力が抜けていくのではなく、呼吸が整い、もう一度立ち上がるための温かさが胸へ広がっていく。
屋根の上の少女が歌い終えた。
「大地に実る命の光! キュアハニー!」
「新しいプリキュア!?」
ラブリーが目を輝かせる。
プリンセスは状況へ追いつけず、何度も瞬きをした。
「どうして空手の戦いで、ごはんの歌なの!?」
キュアハニーは地面へ降り立ち、二人へ笑いかけた。
「まずは呼吸を整えよう。力が入ったままだと、周りが見えなくなるよ」
その声は穏やかだが、戦場の状況をよく見ていた。
ハニーはラブリーの肩へ手を近づける。
「腕は動く?」
「少し痛いけど、動かせるよ」
「無理に振り回さないでね。プリンセスも、一人で全部受けない方がいいと思うな」
「分かってる!」
プリンセスは答えたあと、目の前のサイアークを見る。
強い攻撃へ、より強い攻撃をぶつけることばかり考えていた。
だが、誠司たちが教えたのは攻撃技ではない。
相手を見ること。
受け流すこと。
倒れても立ち上がれるように身を守ること。
ラブリーはゆっくりと立ち上がり、右肩を確かめた。
「プリンセス。次は、あたしが拳を受け流す」
「肩は?」
「右腕は無理に使わない。左でやるよ」
「本当にできる?」
「やってみる。でも、危なくなったら助けて」
プリンセスは力強く頷いた。
「うん。私も助けてって言う」
ハニーは二人から少し離れ、バトンを構えた。
「サイアークが動き出すよ」
歌の効果が薄れ、サイアークが再び拳を握る。
「このオレスキー様を歌で惑わせるとは、卑怯なプリキュアめ!」
「歌を聴いて少し落ち着いただけだと思うな」
ハニーが柔らかく返す。
「黙れ! 最強の一撃で全員まとめて倒してやる!」
サイアークが踏み込んだ。
巨大な右拳がラブリーへ向かう。
ラブリーは最後まで拳を見た。左腕を添え、身体を横へ向けながら軌道を外側へ流す。
拳はラブリーの横を通過した。
続いて蹴りがプリンセスへ迫る。
プリンセスも目を閉じず、腕と風を使って蹴りの軌道を上へ逸らした。
「できた!」
「まだだよ、プリンセス!」
ラブリーの声に、プリンセスはすぐに構え直す。
サイアークは体勢を崩している。二人は勢いだけで飛び込まず、互いの位置を確認した。
「ラブリー、左から行ける?」
「うん。プリンセスは右をお願い!」
二人は左右へ分かれる。
ラブリーは左腕だけで短い拳をサイアークの脇腹へ打ち込み、すぐに距離を取る。
サイアークがラブリーを追おうとした瞬間、プリンセスが反対側から足元へ青い風を放った。
巨体の重心が崩れる。
「今だよ!」
ラブリーとプリンセスは同時に踏み込み、両手をサイアークの腕へ添えた。攻撃の勢いを正面から止めず、そのまま前へ流す。
サイアークは自分の力で地面へ倒れ込んだ。
「私たち、投げてないのに倒れた!」
「相手の力を使ったんだよ!」
ラブリーとプリンセスが顔を見合わせる。
オレスキーは頭を抱えた。
「正面から力比べをしろ! 小細工で勝とうとするな!」
「守るための動きは、小細工じゃないよ!」
ラブリーが言い返す。
「倒れないために覚えたんだから!」
プリンセスもラブリーの隣へ並ぶ。
「強い攻撃ができるだけじゃ、強いとは言えないんだよ!」
サイアークが起き上がろうとする。
ハニーはバトンをマイクのように持ち、もう一度短い旋律を響かせた。サイアークの動きが緩み、ラブリーとプリンセスへ最後の機会が生まれる。
「二人とも、今だよ!」
「ありがとう、ハニー!」
ラブリーはラブプリブレスへ光を集めた。右肩を大きく振らず、左手を添えて構える。
「愛の光を聖なる力に!」
桃色のハートが形作られた。
「プリキュア・ピンキーラブシュート!」
桃色の光がサイアークを包み込む。
「ラブリー!」
サイアークの険しい表情が穏やかになり、黒帯の巨体は無数の光となって空へ昇っていった。
鏡へ閉じ込められていた和美も解放され、道場の庭へ静かに横たわる。
オレスキーは悔しそうに拳を震わせた。
「守りながら勝つなど認めん! 勝者とは、圧倒的な力で頂点へ立つ者なのだ!」
「倒れたら、頂点にも立てないと思うよ」
ハニーが穏やかに言った。
「うるさい! 次は歌う暇も与えんからな!」
オレスキーは黒い煙に包まれ、姿を消した。
ラブリーとプリンセスがハニーへ駆け寄る。
「待って! あなたは誰なの?」
ラブリーが尋ねる。
ハニーは屋根の上へ軽やかに跳び上がった。
「それは、また今度」
「また今度って、いつ!?」
プリンセスが叫ぶ。
ハニーは答えず、黄色い光へ包まれて屋根の向こうへ姿を消した。
「行っちゃった……」
ラブリーは残念そうに肩を落とした。その拍子に右肩が痛み、顔をしかめる。
「ラブリー、動かさないでよ!」
「忘れてた」
「もう! 特訓したばっかりじゃん!」
プリンセスは怒りながらも、ラブリーの右腕へ負担がかからないよう身体を支えた。
★★★
道場の外では、誠司と悠が避難した人々の無事を確認していた。
戦いが終わったことを察知した悠は、道場の屋根へ視線を向ける。
「新しいプリキュアだったな」
誠司が言う。
「うん。光の性質は愛乃さんたちと同じだった」
「誰か分かったのか?」
「分からない」
悠は少し考える。
ハニーの歌声には、どこか耳に馴染む柔らかさがあった。しかし、変身後の声は普段と響きが異なり、誰かへ結びつけられるほどではない。
「敵ではないと思う」
「それなら今は十分だ」
誠司は道場へ戻ろうとする。
その時、悠は庭の隅に残った黒い粒子へ気づいた。サイアーク浄化後の人工的な残滓だ。
胸のレッドストーンが反応する。
悠はすぐには手を伸ばさず、解放された和美が無事に目を覚ますまで待った。彼女の不安や恐怖は、まだ本人の中へ残っている。吸収するべきものではない。
人々が道場の中へ戻り始めたあと、悠は誰もいない庭の端で人工的な残滓だけを少量取り込んだ。
一度にすべてを吸収しない。
レッドストーンの振動を確かめ、身体に入る量を抑える。
「赤石君」
背後からいおなの声が聞こえた。
悠は手を下ろし、振り返る。
「また見られたね、氷川さん」
「今、何を吸収したの?」
「サイアークが残した人工的な負の力だけだよ」
「和美の感情には?」
「触れていない」
いおなは鏡から解放された和美を見る。和美はまだ不安そうではあるが、めぐみたちと話し、自分の足で立っていた。
「どうやって区別しているの?」
「人から生まれたものか、幻影帝国が後から加えたものかを確かめている」
「あなたの感覚だけで?」
「今は、それ以外に確かめる方法がない」
いおなの表情は厳しい。
悠は先回りして続けた。
「全部は吸収していない。身体の状態も確認した」
「誰かへ伝えた?」
「相楽君には、戦いの前に無理をしないと伝えた」
「吸収することは伝えていないでしょう」
悠は黙った。
いおなはため息をつく。
「まだ足りないわ」
「うん」
「でも、以前よりはましね」
僅かな言葉だった。
悠が目を上げると、いおなはすでに道場へ向かって歩き出していた。
「氷川さん」
「何?」
「ありがとう」
いおなは振り返らない。
「感謝する前に、次は先に話しなさい」
「分かった」
「返事だけにならないようにして」
悠は少し間を置いた。
「努力する」
いおなが足を止める。
「話を聞いていた?」
「今度は、行動で示すよ」
いおなは何も答えず、再び歩き出した。
塀の陰から、ぐらさんが顔を出す。
「相変わらず面倒なやつだな」
「聞こえているよ」
「わざと聞かせたんだぜ」
悠は反論せず、道場へ戻った。
★★★
騒ぎが収まったあと、昇級試験は改めて行われることになった。
和美は道場の中央へ立ち、師範へ礼をする。先ほどまでサイアークへ閉じ込められていた影響で、手には僅かな震えが残っていた。
めぐみとひめは壁際に正座し、声を出さずに見守っている。
和美は構えた。
相手役の道場生が拳を伸ばす。
最初の受けは少し遅れた。腕がぶつかり、和美の姿勢が揺れる。
それでも、足を止めなかった。
一度息を吐き、相手を見る。
二度目の拳を外側へ流し、崩れかけた姿勢を戻した。
試験が終わると、和美は深く頭を下げる。
師範はすぐに結果を告げず、まず和美の姿勢を見た。
「怖かったか」
「はい」
「途中で逃げたいと思ったか」
「少しだけ」
「それでも、最後まで相手を見たな」
和美は小さく頷く。
師範は穏やかに笑った。
「今日は、それで十分だ」
和美の顔に安堵が広がる。
めぐみは立ち上がりかけたが、誠司に肩を押さえられた。
「まだ試験中だ。座ってろ」
「あ、ごめん」
ひめも声を抑えながら拳を握る。
「和美ちゃん、かっこよかったね」
「うん!」
試験がすべて終わった後、和美はめぐみたちのもとへ駆けてきた。
「最後までできたよ」
「見てたよ!」
めぐみは和美の両手を取る。
「すっごく強そうだった!」
「強い技は使ってないけどね」
「倒れそうになっても戻れたでしょ。それって強いよ!」
めぐみの言葉に、和美は照れたように笑った。
ひめも頷く。
「私も、次は目を閉じないようにする」
「次って、戦いで?」
「特訓でだよ! 戦いでもだけど!」
誠司はラブリーが痛めた右肩を思い出し、めぐみを見る。
「お前はしばらく右腕を休ませろ」
「もう平気だよ」
「返事が早い」
悠が言う。
めぐみは言葉に詰まる。
ひめも腕を組んだ。
「今日は私も赤石くんの方に賛成」
「二人とも厳しいよ!」
「自分で怪我を隠すからだろ」
誠司も加わる。
めぐみは観念したように右腕を身体へ寄せた。
「分かったよ。今日は左手でおにぎりを食べる」
「そこを基準にするんだね」
背後から、ゆうこの声が聞こえた。
振り返ると、ゆうこが大きな包みを両手で抱えて立っている。
「ゆうゆう!」
「試験のお祝いと、みんなの分のおにぎりを持ってきたよ」
「どこに行ってたの?」
ひめが尋ねる。
「配達のお手伝いなの。戻ってきたら、道場の周りが大変なことになっててびっくりしたよ」
ゆうこは困ったように笑った。
めぐみは先ほど現れた黄色いプリキュアを思い出し、身を乗り出す。
「ゆうゆう、聞いて! 新しいプリキュアが現れたんだよ!」
「新しいプリキュア?」
「キュアハニーっていうの! 突然歌いながら出てきたんだよ!」
ひめが両手を広げる。
「しかも、ごはんの歌! 空手サイアークと戦ってるのに、ごはんだよ!?」
ゆうこは少し考えた。
「お腹が空いてたのかな」
「歌ってたのはハニーの方だよ!」
「戦う前に、ちゃんと食べてきた方がいいと思うな」
ひめは頭を抱える。
「そういう話じゃないって!」
めぐみは楽しそうに笑い、ハニーの歌を思い出しながら即興で節をつけ始めた。
「ごはんを食べたら元気いっぱいー」
「めぐみちゃん、その歌は少し違うと思うよ」
ゆうこが穏やかに訂正する。
「ゆうゆう、歌を知ってるの?」
「ごはんの歌なら、いろいろあるからね」
不自然ではない答えだった。
悠はゆうこの横顔を見た。
声は似ているようにも思える。
けれど、変身後の光や歌声だけで同一人物と断定することはできない。自分も人間形態と本来の姿では、声の響きが変わる。
悠は考えるのをやめ、ゆうこから塩むすびを受け取った。
「ありがとう、大森さん」
「今日はちゃんと休めた?」
「痛む前に止めたよ」
「そっか」
ゆうこは少し嬉しそうに頷く。
「それなら、運動した分をゆっくり食べよう」
★★★
夕方、道場の稽古場には悠と誠司だけが残っていた。
使った防具や座布団を片づけたあと、誠司は床へ一枚の薄い敷物を置く。
「最後に受け身をもう一度やるぞ」
「まだやるの?」
「肩に負担をかけない倒れ方だけだ。痛むならすぐ止めろ」
悠は敷物の前へ立った。
戦いでは、倒れることを前提に動いたことがない。倒されたなら、すぐに立ち上がる。立ち上がれない損傷なら、人間形態を捨ててでも敵を排除する。それがかつての身体へ刻まれた判断だった。
誠司は悠の背中を押さえ、ゆっくりと重心を後ろへ移動させる。
「顎を引け。腕だけで衝撃を受けるな。背中全体へ分けろ」
「背中を地面へつけるのは、無防備だね」
「倒れる時にまで格好をつけるな。頭や肩を守る方が先だ」
悠は膝を曲げ、身体を後ろへ倒した。
途中で反射的に身体を捻り、立ち直ろうとする。
「力を抜け、赤石」
「倒れない方が安全だと思う」
「もう倒れ始めてる。そこで無理に戻すと肩を痛めるぞ」
悠は抵抗する力を止めた。
背中が敷物へ触れる。
衝撃は、想像していたより小さかった。
「今のが受け身だ」
誠司が手を差し出す。
悠はその手を取り、起き上がった。
「倒れることを受け入れるんだね」
「負けを認めるって意味じゃない。次に立つために、怪我を減らすんだ」
悠は敷物を見る。
「壊れないために倒れる」
「そういうことだ」
「不思議だね」
「お前は極端すぎるんだよ」
誠司は再び構えるよう促した。
「もう一回やるか?」
悠は左肩の状態を確かめる。痛みはない。レッドストーンの振動も穏やかだった。
「あと一回だけ」
「分かった」
二度目は、自分から顎を引いた。
倒れる途中で身体へ力が入りかけたが、誠司の足音が近くにあることを確認し、無理に立て直そうとはしなかった。
背中が敷物へ触れる。
悠は数秒、そのまま天井を見上げた。
「赤石?」
「大丈夫」
今度の返事は早かったが、嘘ではなかった。
「痛くないよ」
誠司は頷き、悠が自分から起き上がるのを待った。
倒れないことだけが、強さではない。
受け流すこと。止まること。助けを呼ぶこと。倒れる時に、自分を壊さないこと。
悠がまりあと交わした約束を守るために必要なものは、敵を倒す力だけではなかった。
悠は誠司の手を借りず、自分の身体を確かめながらゆっくりと立ち上がる。
その足元には、夕日が長い影を落としていた。
次回予告
めぐみ:
「ハニーの歌、学校でも大人気だよ!」
ひめ:
「どこへ行ってもあの歌ばっかり! 変な歌なのに!」
ゆうこ:
「ひめちゃん、ずいぶん気になってるんだね」
ひめ:
「気になってるんじゃなくて、耳から離れないの!」
誠司:
「それを気になるって言うんじゃないか?」
悠:
「歌っている間、サイアークまで攻撃を止めていた」
めぐみ:
「次回、第10話『歌うプリキュア! キュアハニー登場!! /響く歌と、名乗らない少女』」
ゆうこ:
「ごはんを食べながら歌うのは、喉に詰まるからやめようね」