数回会っただけでまるで尻尾振った犬みたいに懐いてきたのに、イクチに会ってから突然動きも表情も固くなってしまった。それも一回限りの話ではなく、四日に一度見てやっている修行のたびに同じような状況になるので、ほとんど練習にならない。今までできていたことも覚束なくなる始末だ。順調に上達していたことを思うと、こっちが悔しい。
思い当たる節がないでもない。イクチは五歳年上の従兄で半年前に中忍になったばかりだが、同世代のくノ一からは顔がいい上に優しいと評判だそうで、俺はイクチ宛のラブレターの運搬を何度か頼まれたことがある。自分で渡せない程度の気持ちなら黙ってるほうがいいだろうに。
今日も
「
当たりもしない手裏剣に苛立つ
「な……何で? 私が下手くそだから?」
「違う。自分で分かってるだろ? 何で修行に身が入らなくなったか。これ以上続けても無駄だ」
言ってから、しまったと思った。もう少し言葉を選ぶべきだった。
「これまでが無駄だって言ってるわけじゃない。今の精神状態で続けても意味がないって言ってんだ。分かるか? まずはお前が落ち着かねぇと」
「……落ち着くって?」
ようやく
「えー……例えば、日記を書くとか」
「日記?」
「えー……手紙を書くとか」
「……手紙?」
「それから……なんだ、当たって砕けるとか」
「……ゲンマ、さっきから何言ってるの?」
そうだ、俺は何を言っているんだ。答えに窮してよく分からないことを口走ってしまった。今にも泣きそうだった
俺が次に何を言うべきか迷っていると、しばらく黙り込んでいた
「……当たって砕けて、いいの?」
「ん?」
意味が分からず聞き返す。
「ゲンマ、私との修行イヤだったでしょ」
「……は?」
何の話だ。突拍子もないことを言い出した
「ほんとは最初から私との修行なんかイヤだったんでしょ! めんどくさって思ってたでしょ! 私が集中できなくなったの口実にできて安心してるでしょ!! よかったね!!」
「は!? ちょ、お前、何言ってんだ」
何の話をしているんだ。わけが分からず、ただそれだけをやっとのことで言い返す。俺がいつ、お前との修行が嫌だなんて言ったよ。
声を荒げたら、感情が一気に溢れ出したらしい。
「だってゲンマが優しくしてくれるのも、こんなに修行付き合ってくれたのも……私がばあちゃんの孫だからでしょ? だから断れなかっただけでしょ? 振り回してごめん……もういいよ……」
「いやいやいや、待て、ちょっと待て」
俺は壮大な思い違いをしていたらしい。
イクチとのやり取りで、
俺は隠しもせずに大きく長いため息をついた。
「なんだ、お前、そんなことで……」
「そんなことって」
多分、これまでに何度も『
「そんなこと、だよ。言えよそういうことは。勘違いかもしんねぇだろ」
すると
「そりゃ最初は、お前が『
その人物がすぐ近所に住んでいるということは知っていた。彼女の家から出てくる小さな女の子が、足元に忍び服を着た猫を連れていることも。いや、連れているというより、連れられているというほうが正しいか。
俺が四年に上がった年、その女の子がアカデミーに入ってきた。学内にもよく猫がついてきているが、忍猫は他の一般的な口寄せ動物とは異なり、日常的に自由気ままに里と彼らの住処を行き来しているらしい。先生たちもそのことは知っているから、授業の妨げにならなければ特に何も指摘することはない。
ある放課後、俺は
その一年は入学前から噂が広がっていた、木の葉の英雄・白い牙の息子、はたけカカシだ。
しかしまぁ、めんどくさそうなことになってるな。
「大丈夫、任せとけ」
といっても、まともにやり合うつもりはない。時間と体力の無駄だ。俺がちょっと教師の居場所と規則の一部を教えてやると、三年の集団は一目散に逃げて行った。
それが俺と
家が徒歩五分という近距離なので、その後の再会はすぐだった。それまでも道で何度もすれ違ってはいるが、
「でも今は違う。お前が上達するのが俺も嬉しいし、お前と過ごす時間は楽しいよ。じゃなきゃこんなに修行に付き合ってねぇ。俺だってそこまで暇じゃない。でもお前がまた元気になるなら修行だって続けたいと思ってる。つーかそもそも嫌なら最初から断ってるよ、時間の無駄だろ」
「……ほんと?」
「これが冗談だったら、さすがに死ぬほど恥ずかしい」
こんな誤解が起きなければ、言うつもりもなかった。自分の気持ちを素直に口にするって、めちゃくちゃ恥ずかしいもんだな。
やがて
「よかった。私も楽しい。ゲンマといると、すごく安心する」
それは確認するまでもなく、
その様子を見たら、俺の口から知らず知らずのうちにある提案が飛び出した。
「今度、うちに飯でも食いに来いよ。母さんも喜ぶし」
すると
俺はあんな誘いが自分の口から出たことに驚いた。今まで親の確認も取らずに他人を家に誘ったことなど一度もない。いつも明るい彼女の、時折顔を出す孤独を目の当たりにしたとき、何かしたいという衝動が湧き上がるのを感じた。
「とにかく、今日はもう終わりだ。また四日後、最初の復習からやるから覚悟しとけよ」
「はーい、ゲンマせんせー」
「それやめろって」
俺が顔をしかめると、
いつか一番高いアイスを奢ってもらえる日は来るのだろうか。
そう思いながらも、俺は明日にでも高級アイスのラインナップを確認しに行こうと心に決めた。