影に陽は差し 第一部   作:夜城咲良

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111.序列

 

 ゲンマは優しかった。素っ気ない振りをして、内面はとても優しい。トンボやカザミが中忍になった今、ゲンマとは別々の任務がほとんどだから、この四か月、まともにデートできたのは片手の指より少ないくらい。一日一緒にいられたのは、中忍試験の本選の日だけ。

 そう。葵(あおい)とばったり鉢合わせした、あの日。

 

 

 ゲンマが後輩の女の子を可愛がっている、というのは在学中から噂になっていた。放課後、二人が親しげに過ごしているところをよくクラスメイトが見かけたそうだ。当然のように周囲から勘繰られるが、ゲンマはめんどくさそうに「あんなガキと何かあるわけないだろ」と軽くあしらっていた。

 

 

 私はゲンマより先に卒業したし、在学中から特別親しかったわけでもない。カッコいいなとは思っていたし、正直そのへんの男の中で一番好きだったけど、周りが恋愛の話で盛り上がっていても、ゲンマはいつもぼんやりしているか、机に突っ伏して寝ているかのどちらかだった。クラスの女子を目で追うような素振りも全くなかった。

 

 

 ゲンマと親しくなったのは、中忍になったあとだ。同じタイミングで中忍となった私たちは、二歳年上のライドウとよく三人で組んだ。ライドウはいかにも実直という感じで、時々融通が利かない。対してゲンマはその場の状況を見て、臨機応変に対応できる。私たちの中で、ゲンマは自然とリーダーシップを発揮するようになった。

 単純に、すごいなと思った。でも、それだけ。相変わらずゲンマはカッコいいけど、だからといって付き合いたいとかそんな熱い気持ちにはなれなかった。私たちは戦争の惨さを共に知った、いわば戦友だ。恋人になんか、なれない。

 

 

 私は結局、下忍のとき遺失物探しでお世話になった商店の店員と付き合うことになった。あの頃からずっと好きだったとある日突然告白されて、びっくりしたけど顔は好みだったし、断る理由も見つからなくて私は彼の気持ちを受け入れた。

 

 

 私は寂しかったんだなって、そのとき気づいた。忍の家に生まれて、物心ついた頃には両親はいないことが多くて、ひとりの家で、ひとりで食事を作って食べる。それが当たり前だったし、そんなのよくある話だし、これくらいのこと、どうってことない。そう強がっていたけど、初めての恋人がすごく甘やかしてくれて、初めてのキスも、夜の過ごし方も、涙が出るくらい優しく教えてくれた。心が削られるような任務の合間に、私はどんどん彼にのめり込んでいった。

 

 

 だから彼が私じゃない女と夜を過ごしていたって知ったとき、この世の終わりかと思うくらい胸が痛んだ。自分がこんな気持ちになるなんて、思いもしなかった。

 

 

 でも意外と、すぐに立ち直れた。失恋したって任務は待ってくれないし、私は明日も生きていられるか分からない、そんな生き方をしている。失恋ごときで潰れているような可愛げなんかない。

 

 

 そう思っていたのに、あいつが他の女といけしゃあしゃあとデートしているのを見たとき、頭の中がぐちゃぐちゃになるのが分かった。枯らしたはずの涙があふれるのを隠すように家に逃げ帰り、また枯れるまで泣いてからふと、手裏剣が底をつきそうだったことを思い出した。さすがに補充しておかないと、まずい。

 誰にも、会いませんように。

 

 

「久しぶりだな……お前、顔、どうした」

 

 

 顔、どうしたって。普通、女の子にそんな聞き方する?

 装備部で鉢合わせたのは、共に初めて戦争の生々しさを知ったゲンマだった。

 

 

 ゲンマはきっと、私に同情しただけだ。優しい彼が、流されてしまっただけ。

 

 

 だってゲンマは、一度も私に好きとは言わなかった。

 私が何度好きと伝えたって、あの曖昧な言い方で「ん」って言うだけだった。

 

 

 私の気持ちを、拒まなかっただけだ。

 

 

 ゲンマは十七回目の誕生日を一緒に過ごしてくれた。家族も誰もいない私の家に来てくれた。何度も元カレと身体を重ねたベッドに誘うと、かなり困った顔で「そういうのは段階があるだろ」って渋った。

 家に来ておいて、そんなこと言うわけ?

 

 

「いいでしょ、そんなのすっ飛ばして。初めてだから困ってんの?」

「誰が初めてだっつったよ」

「違うの?」

「うるせぇ」

 

 

 少しムキになったような顔をして、とうとうゲンマが私の肩をつかんで布団の上に押し倒した。

 

 

 あんたが初めてじゃないわけ、ないでしょ。

 一体いつ誰と、あんたが寝るっていうのよ。

 

 

 私の頭に浮かんだのは、ゲンマの幼いチームメイトだ。幼いといっても、もう十三歳。在学中に見かけたときは、本当に小さな子どもでしかなかったのに。

 

 

 あの子にずっと夢中だったあんたが、一体誰と、いつ寝るっていうのよ。

 

 

 ゲンマは優しかったし、私との時間も取ろうとしてくれた。修行後によく寄ってくれたし、任務明けに泊まっていってくれることもあった。何度か寝ると、本当に私の身体を知り尽くしてるんじゃないかってくらいめちゃくちゃ上手くなった。はっきり言って、元カレより良かった。

 大事にされてたと思うし、ゲンマはきっと否定する。でも本選会場で葵(あおい)と会ったとき、私はやっぱり葵(あおい)に勝てないんだと思った。

 

 

 葵(あおい)といるときのあんたの空気感、それこそ鏡で見せてやりたいくらいよ。

 

 

 だからあのとき、あんたが任務終わりに私のところよりも先に葵(あおい)のもとへ行ったことが、私には耐えられなかったの。

 

 

 葵(あおい)が友人のオビトを亡くして落ち込んでいることは分かってる。そんな葵(あおい)をゲンマが放っておかないだろうってことも分かってる。あんたたちは私なんかよりずっと昔からずっと一緒だものね?

 でも、あんな風に寄り添っている姿を見たら、もう、限界だった。

 

 

 ゲンマは優しいし、絶対に否定する。でも私が同じように落ち込んでいたとしても、あんたは絶対に葵(あおい)を優先するでしょう?

 お前は強いから、って。

 

 

 そうやって決めつけるのは、やめて。私のことなんか、分かってないくせに。

 

 

 私から別れを告げたとき、ゲンマは傷ついたような顔をした。

 本当は傷ついてなんか、ないくせに。

 

 

 あんたに必要なのは、私じゃないんでしょ?

 

 

「あんたは私より、あの子が大事なのよ」

 

 

 せめて最後くらい、嘘をついてほしかったのに。

 

 

 傷ついた顔をしたまま、ゲンマは何も言わなかった。

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