魔法少女やってるんですが何か仲間からの視線が怖い件について 作:タハト
「ハァカイダァァァァァァー!!」
悪の組織『アポカリプス』の幹部、ドゥームが召喚した怪物ハカイダーの咆哮が周囲に響き渡る。
「くっ……ゲホッ……!」
僕は地面に倒れ込み、激しく咳き込んだ……今日もみんなと一緒に変身して戦いに飛び出したものの己の身体をまったく制御できず、ハカイダーの攻撃を避けることすらできなかった。一撃食らっただけで吹き飛ばされ、転がった衝撃で体が痛みに悲鳴を上げている。
目の前にはゆらりと揺れるハカイダーの太い腕。
「ハカイダー!その白い邪魔者を捻り潰すんだ!」
「っ……」
幹部ドゥームの叫び声に反応するように、怪物の拳が倒れ込む俺に向かって振り下ろされ……
「―――そんな事させない、よっ!!」
直撃する寸前にハカイダーの拳を押し返したのは、僕と一緒に戦う魔法少女のうちの一人である赤のコスチュームを身に纏ったマジカル・ルビーであった。押し返された反動に耐え切れずその巨大な体はバランスを崩し、轟音と共に背後へと倒れ込んだ。
「ハッ、ハカイ、ハカイダーッ!?」
巨体が地面を叩き、砂埃が舞う。起き上がろうとジタバタともがくハカイダーを見て、今が好機と言わんばかりにマジカル・ルビーは隣に立つ仲間の魔法少女である、マジカル・サファイアとマジカル・エメラルドに目線を向けながら己のステッキを力強く握った。
「サファイア、エメラルド!一気に決めるよ!」
「ええ、これ以上アポカリプスの好きにはさせないわ」
「う、うん……!」
青のコスチュームを身に纏ったマジカル・サファイアは凛とした美しさを感じさせる華麗な所作でステッキを構え、緑のコスチュームを身に纏ったマジカル・エメラルドはたどたどしく返答しつつ控えめにステッキを構えた。そして。
「ルビー・クリスタル・バスター!」
「サファイア・フリーズ・プレッシャー!」
「エメラルド・ジェイド・ビーム!」
ルビーの撃ち出す紅蓮色の光弾、サファイアの放つ極寒の氷結波、エメラルドが照射した翡翠色に輝く光線。それら3つの攻撃がハカイダーを貫いた。
「ハカ、イダー……」
完璧な一斉掃射を食らったハカイダーは弱弱しい断末魔を上げながら消え去り、その光景を目の当たりにした幹部ドゥームは「チッ、覚えていろ!」と捨て台詞を吐き闇の中へとその姿を消した。
「……また、何も出来なかった……」
無事に解決した街の片隅で、僕は地面に膝をついたまま己の小さい拳を握りしめていた……魔法少女として彼女達と共に戦闘へ入ったのに、何も出来ないどころか足を引っ張り、ただ守られるだけ。圧倒的な無力感と悔しさが胸の奥を激しく締め付ける。
結局、僕はこうなんだ―――前世から微塵も変わっちゃいない。
……脳裏に蘇る前世の記憶、僕は生まれつきの難病を患っており人生の殆どを病院の白いベッドの上で過ごし、ロクに外の世界を知らないままその短い生涯を終えた。退屈な病室での唯一の楽しみと言えば、スマホで転生モノの小説を読む事ぐらいで……特に好きだったのは、男子が女子に変わるTS転生というジャンルだ。自己を嫌うあまり、出来る事なら何の面影も残さず100%別の存在になりたいという気持ちがあったからハマったのだろう。
叶うならば、自由になりたい。そんな淡い願いを抱いたまま呆気なく命を落としたのだが―――暗転した視界が開けると目の前に飛び込んできたのは、自分を抱きかかえる見覚えのない女性であった。伊達に前世はずっとそれ系の小説を読み漁っていた事もあり、僕は即座に自分は転生したのだと理解した。
「貴方の名前は愛音よ」
そう母親から告げられ、明らかに女の子に付ける名前を耳にしてただ転生しただけでなく、まさかの憧れであったTS転生を成し遂げたのだと内心歓喜に打ち震えたものである。それと後に分かった事なのだが、雪のように白い肌に色素の抜けた髪と透き通るような青い瞳……僕は世の中で珍しいとされるアルビノ体質であった。これが発覚したときは驚いたけれど、とりあえず浅上愛音として……これからの人生は女の子として元気で自由奔放に生きていくぞー!と浮かれていた……だがしかし、現実は甘くなかった。どうやら神様は相当な意地悪だったらしい。
何故なら―――この体、あり得ないほどの虚弱体質だったのだ。
幼少期は風邪をこじらせては即入院、しょっちゅう貧血で倒れ小学校でも体育は見学が当たり前。歳を重ねていくにつれて少しはマシになっていったものの、14歳になった今でも少し走ったりすれば頭がクラクラしめまいがする……前世に引き続き今世でも己の貧弱な肉体に苦しめられる日々。「元気な体で自由に生きる」という夢は打ち砕かれてしまい、心折れた僕は省エネで力なく生きていた。
……そんな僕に転機が訪れたのは、中学2年生になって2ヶ月が経とうとしていたある日の放課後の事。
「もう大丈夫だよ!私達に任せて!」
街で突然怪物に襲われ、死を覚悟した僕を救ってくれたのがあの魔法少女達であった。この世界が魔法少女モノだった事にも当然驚いたが、何より戦う彼女達の姿は僕の瞳に眩しく、そしてカッコよく映った。
……ずっと自分なんか何も出来ないと思っていたけれどあんな風になりたい、強く凛々しく、誰かの光となる存在に……!
その瞬間、心の奥底から込み上げた願いに応えるように僕の胸元から眩い光を放つ宝石が現れた。
「えっ、アレってまさか!?」
「ル、ルミナス・ジュエルですか!?」
「ど、どうして……!」
胸元で光る宝石を見て困惑の声を上げる魔法少女達、そんな最中どこからともなく現れた妖精が甲高い声で僕に対してこう言った。
「ボクの名前はフェニィ!キミには選ばれし者しか持たない特別な力があるフェニ!」
……今世でも以前としてデメリットを科される己の肉体、どうして僕を生まれ変わらせたのか?そう疑問を抱きながら生きてきたけどようやく理解出来た。転生した理由はTS魔法少女として戦う定めだったのだ、まさかこんな最高の展開が待っていたなんて。
「戦う……私は魔法少女として悪と戦います……!」
こうして覚悟を決め、僕は魔法少女マジカル・パールとして意気揚々と参入した所……まさかの壁にぶち当たる羽目になる。前世の寝たきり生活、今世の虚弱体質、つまりずっとヨワヨワで生きてきた身でいきなり超人的な身体能力を手に入れたところで、コントロールなどまるで不可能という事だ。
……魔法少女に変身すると筋肉の出力も反射神経も桁違いになる、結果どうなるかと言えば一歩踏み出すだけで壁に勢いよく激突し、軽く跳んでも着地などままならず地面に転がり回ってしまう有様。自爆系魔法少女な僕は成ってから2週間経った今、ようやく超人的身体能力で転ばずに歩くのがやっとという本当に情けない始末だった。
大まかな回想を終えて、現在に戻る。ハカイダーを倒しドゥームを撤退させた帰り道。
「―――愛音ちゃん、どこか怪我とかしてない?大丈夫?」
「……はい、何とか。さっき日向さんが助けてくれたおかげです」
「お礼なんていいんだよ!だって仲間を助けるのは当たり前だもん!愛音ちゃんが無事でいてくれて私、本当に嬉しいな!」
そう言って肩まで伸びる鮮やかなローズレッドの髪を揺らしながら笑うのはマジカル・ルビーの正体であり、僕のクラスメイトでもある日向葵さんだ。ちなみにサファイアとエメラルドもそれぞれ同じクラスの彼方沙織さんと長崎文香さんで……魔法少女が全員同じクラスの人と知ったときは驚いたものだ。
日向さんとは家が途中まで同じ方向ということもあり、こうして一緒に帰っているのだが……笑顔を向けてくれる彼女に対し僕はどうしても上手く答える事が出来なかった。代わりに出たのは。
「……本当にごめんなさい、私はまたしても皆さんの足を引っ張ってしまいました……」
そんな湿っぽい謝罪の言葉であった……今までの弱弱しい自分にいい加減終止符を打ちたいと思い、魔法少女になったが結局どんな道を選ぼうと付きまとう肉体という足枷。今度こそ変われると信じていたのに、結局未だに同じで……いや誰かの足手まといになっているという点で見ればむしろ前より酷いか。
「……やっぱり私なんかが魔法少女になりたいだなんて、望むべきじゃなかったんですね」
僕は俯きながら自嘲気味に呟き、視界が涙で少し滲んだその時。
「―――違うよ!」
日向さんの力強い声が響いた……驚いて顔を上げると、日向さんが両手で僕の右手を温かく包み込んできた。
「ひ、日向さん……?」
「自分を否定なんてしないで、だって愛音ちゃんはすっごく頑張ってるんだから!」
「……頑張ってるだなんて、そんな事ないですよ」
日向さんは首を横に振り、そして輝く瞳でこちらを真っすぐに見つめてくる。僕にはそれがとても眩しく感じて、つい目を逸らしてしまいそうになるけれど何とかグッと堪えた。
「愛音ちゃんは体が弱いって事、体育の授業で見学してるの見てたから知ってるよ。だから魔法少女として一緒にやらせてくださいってお願いされたとき、心配だったし実際に無茶はダメだよって言葉でも伝えたよね……でも愛音ちゃんは……」
『それでも……!私は誰かの為になりたい、こんな自分を変えたいんです……!』
「そう、真っすぐに言ってきて……そんな愛音ちゃんに私は心を動かされたんだ」
「あのときは決意がありましたが、でも実際やってみて……やっぱりダメで……」
震える体を宥めるように、日向さんが優しく微笑みかけてくる。
「足手まといだとか、そんな事微塵も思わなくていいからね。愛音ちゃんは愛音ちゃんなりに必死にやってる、それにまだ成ってたったの2週間だよ!上手くいかなくて当たり前、まだまだ全然これから!」
「日向さん……」
「想いは絶対に自分を裏切らない、愛音ちゃんはちゃんと魔法少女として戦えるようになる」
日向さんは握った手を更にギュッと力を込めて。
「焦らなくていいんだよ、これから一緒にゆっくり頑張っていこ? 私がフォローするからね!」
……自分の無力さから半ば諦めていた前世と今世という二つの人生、その冷めた心に日向さんの温かい言葉とぬくもりが染み込んでいく。それはまるで胸の奥に溜まっていた暗く淀んだ泥が、綺麗に溶けて消えていくような感覚だった。
―――救われた、本当にそう思った。
僕は溢れ出しそうになる涙を必死に堪え、彼女に心の底からの感謝の笑顔を向けた。
「日向さん、私―――頑張りますね」
「っ!????」
すると……何故か日向さんが突然跳ね起きるように距離を取ってしまった、見れば彼女の顔は耳の先まで真っ赤に染まり目を見開いたまま固まっている。
「ど、どうしたんですか……?」
「う、ううん!何でもない!何でもないよ全然大丈夫心配しなくていいからね!?」
「は、はぁ……?」
「い、今のは反則だよぉ……」
変わらず顔を赤くしたまま、小声でボソボソと呟く日向さん……本当に大丈夫なんだろうか……?
色素の薄い肌にほんのりと朱が差し、浅上愛音の持つまるで宝石のような青い瞳が背後の夕日を受けて美しく輝く。それらに加えて今まで見せた事もないような儚くも可愛らしい笑顔……日向葵が照れるのも無理はない、何故なら彼女の容姿は絶世の美少女と呼んでも過言じゃなく……まあ最も、本人はその自己肯定感の低さから己の美貌に対しては無自覚なのだが。
―――これが仲間の魔法少女だけでなく、ひいては無関係の周囲の人間までも狂わせていく事など浅上愛音本人は知る由もない。
(まだ)健全です。