8月某日
20:34
国道 某県某市への道中
ディーゼルエンジンの駆動音とくさい排気ガス、それらを纏ったハンヴィー軍用装甲車がアスファルトを蹴り、進んで行く。
ハンヴィーのナンバープレートは紛れもなく日本のものだが、その下からは外国用である細長いそれが見えていた。
運転席に座る男はタバコを咥えて、片手で怠そうに運転をしている。
その隣、助手席に座る男は開けた窓に片腕を掛けながら外界を眺め、後部座席に座る2人は無言でガムを噛んでいるようだった。
そんな様子を写しているのは、キャタピラーと4脚を備えた中型のドローンだ。
ちょうどハンヴィーの中心に据えられて、車内の様子を一望できた。
「んで、わざわざ日本に装備まるまる送り出されたって事なんだが、どーにも観光じゃあねえらしい」
助手席の男がそんな事を言う。
「こんな物騒な観光客は、どの国でもお断りでしょうよ」
と、運転席の男。
咥えていたタバコを口から離し、続ける。
「にしても、一般の車もたくさん走ってるこんな場所に怪異がいるかね?」
「怪異ったって、実際に遭遇した事は無いだろ。今までガセか気のせいばかりだ」
それに返す助手席の男。
「実際今回も高く見積もって気のせいだろ。楽な仕事で稼げるほど楽なもんはありゃしねえ」
ハンヴィーに乗る4人と1台は、所謂超常現象や怪異への対策と対応を目的として組織された米国の秘密組織だった。
彼らが日本へ降り立ったには、当然訳がある。
「今一度状況をまとめると、この先にある街に脅威的な異変が観測されたから状況確認、必要なら解決を、って事らしいが」
そう運転手。
続ける言葉は、こうだ。
結局は大したオチがない、気のせい、見間違いでした、が解決策で真実だろうぜ。
しかし、そんな言葉にいよいよ後部座席で押し黙っていた1人が口を開いた。
「ですが、なら、必要ですかね。銃」
ハンヴィーの荷台には、気密性の高い武器保管箱がいくつも、車の揺れに合わせて軋みを上げていた。
***
「本部、聞こえるか」
「……はい。聞こえます。現地との距離での通信の遅延がありますが、許容範囲でしょう」
「あんたらが怪異がー、なんて言う場所のすぐ近くに着いた。民間人には露見無し。これから街に入るがいいか」
「はい。速やかにお願いします」
「これで気のせいでしたー、なんて話だった場合は責任取れよな。もう聞き飽きてんだ」
運転手の男は吸い終わったタバコ殻をピン、と窓から車外に捨て、アクセルを踏む。
所謂ただの一般道。
だが、そこに車通りも歩行者もない。
ガロガロと音を上げるディーゼル車は、ゆっくりと前進していく。
そんな事をする必要すら無さそうな、のどかな道だ。
「……なんだ。海の匂いか?磯の……」
助手席の男が言う。
「おい、勘弁しろ。地図じゃあここは内陸も内陸。海までいくつも、何だっけ、県?……を越える必要があるらしいじゃねえか」
「いや、だが、このベタつく風もそうだが、そうとしか」
そこに、無線の音が割って入る。
「情報提供はいくつかあり、現地入りしたエージェントからも似た反応がありました。情報提供者が言うには、海から何かを持ち帰ったんじゃないかと」
「おい本部、何も分からねえ情報を流すな」
運転手が怒鳴る。
「我々も全てを知る訳ではありません。まずは現地にて情報提供者との接触を」
「あ?普通そこはエージェントがやるだろ。なんで直接一般人と……」
「エージェントは全て、ここ数日での応答が確認できていません」
その言葉に助手席の男が口を挟んだ。
「おやぁ、随分ときな臭くなってきたじゃないか」
***
それからしばらく一般道路を進んでいたハンヴィーだったが、急に、本当に前触れもなくそのエンジンを止めることになる。
うんともすんとも反応が無くなり、キーを挿したイグニッションすら、セルの回る微弱な音すらもしない。
まさに無音だった。
そしてその頃には、乗組員はことごとくがその異常性を確認していた。
ただの市街地であるはずの場所が、海の匂いに塗れている。
海水の一滴も無いだろうその街の路面はぬかるみ、小さな魚だかタコだかイカだかも分からない、ただ、海に居そうな生物だと思わせるようなディテールの亡骸が転がる。
そんなはずは無いのに、まるで建物には海藻が絡まり侵食し、常に、まさに今のこの瞬間ですら海水が足元を攫うような気さえする。
だが、なら荒廃しているか、そう問われても首を縦に振れない様が彼らを更に混乱させた。
街の中を、人々が普通に行き交っている。
飲食店らしき物から出てきたり、何人かで楽しそうに話しながら歩く集団もいる。
そこには紛れもなく、普通の暮らしがあり、続いているのだ。
しかし、それこそがあからさまな異常性でもあった。
「急にこのじゃじゃ馬が動かなくなったんで、全員降車だ」
運転手の男が言った。
「とりあえず銃と装具は持ち出さない方が良さげだな」
「ドローンは?」
「そいつァ……もしペットの散歩が奇妙に見える風習でもあるなら置いてく方が良いな」
男たち4人と1台は、ハンヴィーを降りる事にした。
通信状況が少し悪いです。
皆さん気をつけて。
持ち出した無線が鳴る。
「いよいよ、我々の結成後初の怪異遭遇になりますかね」
と助手席に居た男。
「どうかな。ともかくここからは歩くから、私服とは言え目立つ行動は控えるぞ」
そう運転手だった男が言うと、2人して横並びに立つ、後部座席にいた片割れが静かに口を開けた。
「なら、コードネームも変えましょう。お互いにそれっぽい名前で呼び合うって事で。本名は、怪異に知られればおしまいですから」
「めんどくせーなおい」
「死にたいならどうぞ。本名でお呼びしますよ」
「ッ……めんどくせーなおい!」
***
運転手だった男は、コール
助手席に座っていた男は、ジャック
後部座席に居た2人は、ジョンとドゥ
ドローンにはポチ
そんな名前を即席につけた。
とりあえず、まずは情報提供者に接触する事が当面の任務になる。
本部からの情報を元に、コールの指示で一同は大学、およびその近辺にいるらしいその人物に接触すべく動き出した。
どこから吹くのか分からない、ベタつく生暖かい風に乗って、微かに歌が聞こえるようだ。
おいしーい屋台がてーんこもりー♪
わたあーめ、ビールに、じゃがバター♪
たこやーき
すきやーき
ケバブにー♪
てりてーりソースの焼きそばー♪
「なんか、変な歌が聞こえねえか。日本語かァ?」
コールはそう言って辺りを見渡すが、その発生源を見つけられずにいるようだ。
そんな様子を見ていたドゥにも聞こえたらしく、耳を澄ませているらしい。
「でも、綺麗な歌声ですね。ドロ……ポチに録音させて後で解析に掛けましょう」
ドローンであるポチはそのドゥの音声を拾い、周辺の録音を始めたようだ。
だが、不意に近辺での物音を察知したのか、カメラを付けたアームを伸ばした。
そしてまるで物音に誘われるように自身の後方に向けると、木々が重なり生える公園の影に赤い瞳を捉えた。
じいっと、こちらを見据えるようなそれ。
大きく、人とは異なる眼球は、闇に紛れて、しかし確かにこちらを見ている。
やがて、値踏みするように細めると、そのまま影に沈んで行くようにして消えた。