「車輌に急げ」
ホテルを出たところで丁度合流した4人はコールの号令に合わせて走る。
異形の生命体が跋扈し蔓延り出した街をひた走る。
街に入った時には存在を感じもしなかったモノが、住人を襲っていた。
いや、恐らく最初から居たのだろう。
大きなバケモノが暴れ出すそのタイミングを見計らい、まさに今だと影から飛び出してきたに違いない。
そう、4人は誰が言うでもなく思っていた。
ぎゃりぎゃりぎゃり
がぢゃがぢゃかぢゃ
ぎぃぎぃぎぃ
そんな奇怪な鳴き声を上げて、4人の行く手を塞ぐように現れる異形。
獣と魚と人が混じったような、この世に神がいたとしても到底作り得ないグロテスクな生物。
コールは皆の前に出て、手にした自動拳銃を数発撃ち込む。
目の前を塞ぐ、複数本の人の手を持って地を這う様に進んで来ていた毛むくじゃらの魚が血を噴いて横倒しになる。
ぎぎゃ
そんな断末魔を上げて。
「クソ、知らねえ間に宇宙大戦争に巻き込まれちまった」
ジャックが悪態を吐く。
「そんなん見りゃ分かるだろ。それよかもう弾がねえ」
コールはそんなジャックの隣に立ち、更に数発を別の怪物に放ったあたりで、手にした自動拳銃は最後の弾の薬莢を吐き出してスライドを後退させて止まった。
「迂回でもなんでもして車輌に戻って装備回収、あとは本部に状況を報告して指示をあおぐ。こんな急にパーティーが始まるんなら、無線機の一つでも持って来るんだったぜ」
コールはそう言いながら、目の前の数発の銃弾に耐えた怪物に向かって、弾が切れた自動拳銃を思い切り投げつける。
顔面と思しき魚面にゴヅンと重い音を響かせながらぶつかると、そいつはバランスを崩してよろけた様だ。
コールはその隙を逃さず、筋肉を蓄えた自身の肉体の肩を次いで叩き込む。
怪物は完全に体勢を崩したらしく、地面に倒れ伏して、その身体を跨ぐ様にしてコールは更に前へ出た。
「気をつけろコール!」
そうジャックが叫んだ時にはコールはヌメつく二足歩行する魚に抱き抱えられるようにされていた。
ぎゃりぎゃりぎゃり
口を開けてそんな咆哮をする怪物は、魚の頭部に開いた口腔には無数に何重にも重なる様に人の歯と思しきモノが生えていた。
それが何の躊躇も無く、目の前の人をひと飲みにしようと迫る。
最早それに対抗しうる戦力を持つ者は、いなかった。
システムを戦闘モードに切り替えます。
給電システムを最適化。
AIママルより機体権限をAIウォーヘッドへ移譲を提案します。
AIママル、承認
AIポダルゲー、承認
センターコンソールより提案を許可。
HUDをコンバットにフィックス。
全銃器の起動を確認。
戦闘を開始します。
そんな音声がまるで早送りのように最後尾をカメラ付きアームを伸ばして記録していたポチから流れ、その次の瞬間には複数の銃声が響き、コールを掴んでいた怪物の半身には複数の穴が穿たれ、彼を抱えながら地に臥す。
ポチの機体内に納められていた銃口が顔を覗かせ、硝煙をふきだしている。
「まずいですね。銃声に反応したようです。囲まれ始めています」
とジョン。
「我々の"対話"がどこまで効くかわかりませんが。ジャック、早くコールを起こして下さい」
とドゥ。
「おう、出るぞ双子のオカルトパワーが」
ジャックのそんな煽る様な言葉を合図にしたかの様に、ジョンとドゥは手を怪物の群れに向け、何か呪文めいた言葉を口の中でもごもごとこねくり回す。
すると怪物達の動きが明らかに鈍くなり、まるで道を開く様に4人の前から退いていく。
「早く!長くは保ちません!」
そう言ったジョンの鼻からは、一筋の血が流れ出ていた。
この能力を使うには、代償があるらしい。
コールはジャックに抱き起こされ立ち上がると、再び走り出した。
その様子を見てジョンとドゥが手を下げるや否や、怪物らは正気を取り戻したかの様に再び動きを活発化させる。
しかしその僅かな隙を狙ってポチが数体を射殺し、その間を縫ってジョンとドゥもポチを率いて包囲を脱出した。
「大丈夫ですか、ジョン」
「大丈夫だよ、ドゥ。これが私たちの仕事じゃあないか」
「あまり無理をしないで下さい」
4人と1台は再び車両に向けて走り出した。
***
間も無く、4人は街の外れで停止して置き去りにされていたハンヴィーへと辿り着いていた。
幸運にもここまでは怪物は襲来していないらしく、平穏そのものだった。
4人は荷台からそれぞれの装備を取り出して点検をしていく。
「本部、応答せよ。緊急事態だ」
コールは無線の周波数を合わせて本部に対して通信を入れていた。
そこに直ぐに応答が入る。
「もう既に何度も連絡を入れていましたが、何故応答しなかったのですか」
「済まない。民間人が普通に生活をしていたんだ。だから独断で目立つ装備は一度持ち出さないようにしていた」
「なるほど。それについては帰還後に話し合いをする必要がありますね。ともかく、今は事態が急変しました。その地域一帯のヴォイド値が急激に上昇し、ゾーンを形成しつつあります。このままヴォイド値が上昇を続ければ、そう時間は置かずにディメンションフォールが起きる事になります。巻き込まれたら、帰還は難しい」
本部からの通信に、ジャックが声を上げた。
「その、ヴォイド値とか、ゾーンとか、ディメンションフォールってよ、そんな小難しい言葉は……」
と言いかけた時に、ドゥが食い気味に言葉を重ねる。
その語気は強く、早めだ。
「訓練時に聞いたはずです、ジャック。ヴォイド値は怪異が発生した地域にて計測される値で、その有無、大小で判断される。ただし些細な事象ですら計測される為に現地での確認が必要となる。そしてその値が一定を超すと発生するゾーン。この状態になると外部への脱出は難しく、連絡すら怪しくなる。そして更に高まってボーダーを超えた時、ディメンションフォールが起きる……こうなればこの地域、出来事、全てが丸ごと持ってかれる。思い出しましたか?」
「い、いや……違う。言葉の意味はきっちり覚えてる。だが違うんだ」
ジャックはドゥに言う。
「俺たち、いや、組織、世界を含めて今までにきちんとした怪異に遭遇した事は無かったはずだろ。全部勘違いや、噂の独り歩き。確かにヴォイド値の計測も多少の反応があった案件はいくつもあったが、結末はそんなお粗末ばかりだった。なら、ならなんで……その先が分かる?何故ゾーンが形成されるのを知ってる?ディメンションフォールってなんだ。何故、遭遇した事が無いものを、知識として持ってるんだよ!」
その言葉に、ドゥはハッと表情を変えた。
もちろん、コールもジョンも含めて。
しかし無線からは落ち着いた声が聞こえて来る。
「あまり考えないで下さい。そう言うものとして認識を。記憶を無理に掘り起こすと、正気を失います。今は信じて」
「なんだ、本部も噛んでるのか!まあ、当たり前か!」
ジャックは鼻息を荒くし、無線に怒鳴りつける。
「落ち着いて。今はそれどころじゃありません。ヴォイド値が人体に有害なレベルを超過しています。あまりにも上昇率が高い。早急に気密戦闘服を着用して下さい。これ以上のヴォイドへの暴露は危険です」
コールはその言葉に従い皆に指示を出し、それから無線に対して言った。
「本部。帰還したら、こちらからも話がある」
***
4人ともが気密戦闘服を着用し、そこに組み込まれた支援システムを起動する。
ブォン
という音と共に顔面を覆うヘルメットのガラス面に文字が浮かんでは消えていく。
ヴォイド値レベル2.8をマーク
使用者のヴォイドへの暴露を確認……ステータスクリティカル、可及的速やかに高度除染システムにより体内浄化を推奨
抗汚染薬を投与します
ヴォイド発生源を複数体確認
「なんかやべー事をさらっと言ってないか、コレ」
ジャックが自身の頭部を包むヘルメットを指で小突きながら言う。
「あぁ、そんだけやべーって事だろ」
コールが次いで、無線に話す。
「確か、このヴォイドを発生させてゾーンを作り出す存在を破壊すれば何とかなるんだったよな」
「そうです」
「俺たちは、デカ目のバケモンを2体見ているが、どちらが主だ」
「2体?そんなはずは……」
本部の声が、急に騒がしくなる。
「現状想定されていた仮想敵性は1体……なるほど、何らかの事象で破壊対象が増えた為にヴォイド値が異常値まで……」
「そっちの想定では、居るとしたらどんなやつだ」
「タレコミの噂の様な情報のみですが……脅威判定は小規模から中規模程度、個体識別名は仮称セイレーン」
「おい、そんな情報はブリーフィングに無かっただろうが」
ジャックが口を挟む。
コールはそれをいなす。
「我々は魚の様なバケモンと、バカでかい二足歩行半魚狼男を目撃している。他にはグロいバケモノを複数」
「二足歩行半魚狼男……」
本部からの無線は相変わらず騒がしくしている様だった。
どうにもあまりにも想定からズレた状況である事が見え透いた様だった。
「わ、分かりました。仮称セイレーンをアルファセイレーンと呼称変更、狼男はセイレーンダッシュ、個体識別名をダゴンとします」
「ダゴン……ねえ」
「それよりも、ヴォイド値が上昇しゾーンがほぼ形成されています。飲み込まれる前にビーコンを起動して下さい。運が良ければ増員を送れます。ゾーンが形成されれば、外部通信はおろかビーコンすら受信できなくなります。暫定の位置情報を!」
コールは3人にビーコンの起動の指示を出し、再び無線に声を掛けた。
「脱出は?」
「アルファセイレーン、ダゴン、そのどちらかを破壊してゾーンが減退すれば可能です。現状でもゾーンの外には容易に出る事自体は簡単にできます。しかし、そこが元いたこちらとの地続きの世界なのか、異界なのか……なので確実な帰還はヴォイド発生源の破壊になります。今回はもしかすると2体共に……ヴォイ……せ……すか?……お……」
「おい、どうした。声が聞こえないぞ」
コールが叫ぶ。
「ゾーン……つう……で……」
そんな言葉を最後に、コールの耳にしていた本部の音は砂嵐に塗れてしまった。
その直後、ジャックがビーコンの起動ができたと声を上げる。
しかしコールは分かっていた。
恐らくだが、このビーコンは届いていない。
すんでの差で、きっと届かなかったに違いない。
ヘルメットのディスプレイには、
ゾーン形成を確認
ディメンションフォール想定時間6時間後
との文字が浮かぶ。
「この地域はゾーンに飲まれたようだ。各員装備を点検、出発する」
コールは小さく舌打ちをした。