深夜の海から、不明生物を持ち帰って数日が経った。
いや、そんな言葉で済ませるにはあまりにもな数日間であった、という他無い。
しかし、そんな中で分かった事がいくつもある。
第一に、暴れる。
そこに関しては想定内だった。
彼方からすれば、急に捕まり訳のわからない場所に連れていかれたのだ。
持ち帰った当日、個人的には山場と思っていた日にすら、それなりの力で暴れて、咬まれて、引っ掻かれた。
あのヒレの内に、小さいにしてもかぎ爪があったのは想定外だった。
そして今、咬まれた部分は赤く腫れている。
そして第二に、水は有れば良いが無くても良さそう。
これは、海で首を海水に突っ込んだ時になんと無く、仮説というには杜撰だけども感じていた事だ。
恐らくだけれど、不意に首を水に突っ込まれて暴れて水泡を吐いたのは、呼吸ができずに慌てたからに他ならない、そう思う。
つまり、陸上での生活もある程度は想定した身体の作りなのでは無いだろうか。
きっと能動的に自ら首を水に突っ込んだりする分には、なんらかの方法で呼吸経路が切り替わって、水中の酸素を取り込めるのかも知れない。知らんけど。
ともかくここ数日、湯船に水を張っておいたが、中にいたり外にいたりと様々だった事から、そう仮定する。
第三に、めっちゃ食う。
とにかく食う。恐ろしい程に食う。
最初、犬なのか猫なのか魚なのか分からなかった為、ペットショップで各種の専用餌を買って与えた。
初日から既に暴れたとは言え、いのちが危険そうだったという事もあり悠長に調べる時間が無かった、というところが大きいが。
まず、犬、猫用のかりかりを混ぜて牛乳に浸す。
そうしてふやかした物に、メダカの餌の薄い鰹節の様なやつをふりかけた。
見た目的に全く美味しそうな感じはしないし、なんなら匂いもあまり良く無かったのを覚えている。
で、それを軍手を3重に重ねてつけた上で、スプーンに掬って謎の生命体に差し出した。
結果、尾鰭で跳ね飛ばされたスプーンが自分に飛んできて、地獄の様な味がする餌を自分で食うハメになった。
とは言えこのまま心を折って放置するわけにもいかない。
なので……
無理矢理その身体を渾身の力で押さえつけて、強制給餌に踏み切ったのだった。
動物によっては、そのショックで拒食する可能性もあり、危険な行為だ。
しかし、そうも言ってられないし、なんなら丹精込めたマズイ飯を食わされもしたのだ。
ある意味ヤケクソだったと、今となっては思う。
数杯目のドロドロ飯を口に運んでやる頃には、黒い程に青い瞳はただただ天井を見つめていて、例の生物は口だけを小さく開けていた。
その様を見て、別にめっちゃ飯を食べる生物では無いのだな。
そう感じた。当時は。
そんな事を数日間続けた今日、玄関を開けた先には地獄の様な有り様が広がっていた。
田舎で単身用の部屋に住んでいるのだが、玄関すぐの廊下に、脱衣室と浴室の磨りガラス風のプラスチック窓がはめ込まれた二つ折りになる扉が転がっている。
出掛ける前にあの生物を閉じ込めておいた、まさしくその部屋の扉だった。
脱走された!
瞬時にそう理解した。
慌てて玄関を施錠し、手にした食料品が入ったプラスチックバッグを床に置いた。
とりあえず浴室の中を確認すべきだろう。
靴を脱いで、廊下を渡る。
そして脱衣所を覗き込んだ。
その瞬間だった。後頭部に強烈な殴打をくらい、意図も容易く意識を手放してしまったのだった。
それから結局、1時間程意識を失っていたらしいのだが、なんとか起き上がって廊下を見ると、例の生物が腹部をぱんぱんに膨らませて寝転んでいるのを見つける。
隣には1週間分のあらゆる種類の食品を入れていた、今は空になったプラスチックバッグ。
この第三の分かった事は、今こうして目前で起きた事だった。
にしてもどうすんだこれ。
賃貸なんですけど。