4人はある建物の前に来ていた。
それはホテルでマップを使って確認をした目的地である大学だった。
今回のこの事態の情報提供者である教授がいるとされる場所だ。
いや、ここまでの事態を想定できていた可能性は低いが。
ともかく、現状を打破する為の情報の確保が期待されている。
しかし、4人はその場所に入るのを躊躇っていた。
彼らの背に隠れる様にしつつ、カメラ付きのアームで光景を記録をしていたポチのレンズには反射する建物は、あまりにも荒れ果てて所々が損壊した廃墟の様に写っていた。
「本当に場所は合ってるのか。建物の様子が明らかに現役だった大学じゃないぞ」
「間違いは無いが、こりゃどうなってやがる。カイジューか何かが暴れたのか」
そんな会話をコールとジャックがする横で、建物を眺めていたジョンが口を開いた。
「可能性としては、街を徘徊するバケモノが一挙に押し寄せて暴れ回ったか、若しくはダゴンとセイレーンが襲撃をしたか」
「おい、仮にもそれを字面のまま受け取るなら、ここには襲撃するに値する価値があったって事になるんだが、だとしたらなんだ」
それにはジョンの双子であるドゥが答える。
「何か破壊すべき物があったか……最悪の想定ですが、情報提供者の排除も含まれますね」
コールはヘルメットのバイザーが白く曇るほどの息を長々と吐く。
「そりゃ最悪じゃなくて、終わりって言うんだ。字で書いたらゲームオーバーだな。だが少なくともここに情報提供者の教授が居る可能性が出て来たな」
そこにジャックが割入ってきた。
「大切なお話中に済まないんだが、とりあえずバケモノが襲って来たって予想がまず当たりだな」
それに合わせて皆が建物の奥からこちらに寄ってくる異形を認めた。
「頼むからジャックポットだけはよしてくれ」
コールは抱えていたライフルの銃床を肩に押し当て、銃身を引き上げる。
ストックは気密戦闘服のヘルメットに干渉しないように、パイプが浅いL字に曲がったモノに換装されていて、丁度その湾曲部に顔を埋めた。
そうして覗いた照星の先には既にこちらに勘づいた異形が、ゾロゾロと集まりだしている。
「時間無い可能性がある。各自の判断で敵性体を破壊し、情報提供者を捜索する」
各員の銃口に取り付けられたサープレッサーが射撃時の高圧ガスを熱に変えて消音しつつも、駆動部から発せられるそれなりに煩い音がバケモノの注意をこちらに向けているらしい。
ともすれば聴覚にも優れているとも見て取れる。
まだ人を相手とれた方が幾分もマシだと、コールは思った。
***
大学構内へと侵入してから12分程した辺り、侵入した棟を手早く3階まで探索している時、ポチが全員のヘルメットに搭載された無線機に音声を送った。
「現在ヴォイド値は微弱な上下のみで安定。発生源は付近からは検出されませんでした。報告。前方より距離は不明ですが会話音を検知。日本語と推定されます。生存者及び情報提供者の可能性あり。また、本作戦には民間人の救助要件は含まれておりません」
「よし、でかした。ずっとバケモノばかりで飽きてたんだ」
ジャックは言う。
「それにしちゃやたらと弾をばら撒くじゃないか。ハンヴィーに戻らないと弾を補給できない。無駄撃ちするなよ」
「ち、ちょっと指に力が入り過ぎてな」
「セミオート射撃でよく言う。全員、敵性体の見た目に気押されるな。急所は人とそう変わらない」
そう言いながらコールは目の前の廊下に連なる教室らしき部屋を慎重に見て回る。
仮に民間人だろうが、情報提供者だろうがこんな状況だ。
パニックを起こされるのが一番危ない事を知っていた。
そうしていくつかの扉を検めていった先で、コール達はポチが検知した音の発生源に遭遇する。
「わ、わぁ!何なんだあんたら!うわぁ!!」
日本語で話す数人の男女。
その中には一回り歳を取ったようなふくよかな女性がいて、彼女がコール達と他の人を隔てるように間に立つ。
よく見ると全員が何らかの負傷を負い、疲れ果てた顔をしている。
特に矢面に立った女性はより怪我をしていて、脚がガタガタと震えているのが見て取れた。
コールはヘルメット内で視線を動かして、バイザーに投影された文字の中の翻訳機能を凝視すると、素早く2回瞬きをした。
「私はこの大学の教授をしています。彼らは私の教室の生徒です。あなた達は救助隊ですか?」
そんな合成音声が、ヘルメット内に流れた。
コールは状況を察する。
彼ら彼女らは生き残った民間人で、この女性教授が皆を率いて、あるいは護りながらこの教室に逃げ込んだのだろう。
コールは口を開いた。
「あなたは情報を保有していますか?」
そんな合成音声がヘルメットから彼女らに向かって流れる。
もちろん指向性な為、極力音による敵性体からの露見は回避できる仕組みだ。
「情報とは?恐らく私はそれを持ちません」
その音声にコールも、他のメンバーも小さく息を吐いた。
女性教授も含め、救助対象ではないただの民間人。
しかし、庇われるようにしている男女はコール達をこの窮地から救い出してくれる救助隊だと期待している声が入ってくる。
「ど、どうするんですか」
ドゥが通信を使って皆に話しかける。
本来なら、このまま立ち去るのが得策だ。
しかし、コール達はこの異常のもたらす破壊と対峙したからこそ分かる。
こんな場所に置いていかれ恐怖を。
「私達は救助を期待します。私は最後で構いません。生徒を優先して下さい」
女性教授はコールに数本歩み寄り、そう言う。
どう答えるべきか。
彼は直ぐに口から声を出す事ができず、小さく唸るばかりだった。
任務が最優先。
それは分かっていた。
パ・パ パヤイヤ パッパ ティリティリ♪
そんな最中、そんな奇妙なリズムが検知された。
ポチのカメラが、生存者から教室の入り口に向く。
「な、何だ」
ジャックはあちこちに顔を向けて言う。
「落ち着けジャック」
パ・パ パヤイヤ パッパ ティリティリ♪
パ・パ パヤイヤ パッパ ティリティリ♪
「あ、あちこちからメロディーが聞こえるぞ!」
そんな取り乱した様子のジャックの背後で、女性教授が動きを見せた。
「あなた達は隠れて!また奴らが来たわ!」
女性教授は庇っていた生徒に声を掛けると、生徒と思しき男女らはきゃあきゃあと悲鳴を上げだした。
そんな様子に少し困ったような顔をした女性教授は教室の壁際に置かれていた大ぶりな刺股と、上半身を護れる程の大きさの透明なポリカーボネートの盾を手にする。
それらは大学に侵入した不審者に対する防備だったのだろう。
女性教授はそれらを手にして、コール達の前に出た。
「怪物が接近しています。気をつけて下さい」
そんな合成音声に変換された女性教授の声に、コールは返す。
「我々が対応します」
「いいえ。あなた方は救助隊ではないと思います。私は自分の学生を護ります」
女性教授は刺股を片手で抱え直し、一度だけ自分の生徒たちに視線を送る。
「やるしかないな」
コールがそう言った直後だった。
皆が教室の入り口を凝視している最中に、背後からガラスが割れる音が響く。
キャア〜〜〜♪
そしてけたたましい 叫び声なのか咆哮を伴って、巨体が窓から飛び込んで来た。
ふわふわした黒い体毛に覆われた四足獣。
小さめの耳は垂れ気味で、額には小さなツノ。
臀部に生える太く大きな尾は、まるで魚の様で真っ赤な鱗に覆われていた。
そしてその獣は器用に後脚で立ち上がると、前足に生えた爪で生徒の1人をひょいと持ち上げて、口に咥えてしまう。
絶叫。
コール達は突然現れた巨大な獣に、銃を構える事はおろか、みじろぎ一つ出来なくなってしまっていた。
「AIウォーヘッド、戦闘を開始」
そんな声がポチから聞こえると共に、女性教授は振り返り様に刺股を振り翳し、巨獣へと突っ込んで行く。
「ヤーーーー!!!!」
それを援護するように、ポチの胴体に格納された銃口から、5.56mmの弾が数発放たれた。
しかし、巨獣はそれらをひらりと躱して、何故かにこりと笑う様に大きな目を細めると、綺麗な宙返りを披露しながら再び窓の外へと消えていく。
恐らく攫われた人の友達だったろう生徒が慟哭を上げ、周りも釣られて発狂したように叫び声を大きくした。
「く、クソ!なんだあのデカい奴は!」
「分からん。だが人を攫った以上味方では無いだろう。総員再度の襲撃に……」
そうコールが言い掛けた直後、次は背を向けてしまった教室の入り口が盛大に吹き飛ばされ、その瓦礫と粉塵の中から
キャハァ〜〜〜♪
と咆哮が聞こえてきた。
しまった
そう誰もが思う間もなく、もっとも入り口の近くにいたドゥが吹き飛ばされ、教室の反対側まで飛んで行った。
それと同時に、コール達のヘルメット内に響く単調なビープ音。
ディスプレイの右上に纏めて表示されていた各隊員の心拍数の内の一つが、その波形を完全な直線に変えていた。
「は……?」
ジョンは吹き飛んで教室に横たわるばかりになってしまったドゥを凝視したまま、固まってしまう。
「総員、撃て!」
コールの号令に従ったのはジャックのみで、数発の銃声がするがそれらは粉塵の中にただただ消えていくのみで、手応えは無い。
「来るわ!ヤーーーーッ!!!!」
そんな2人を追い越す様に、女性教授はポリカーボネートの盾を捨て、両手で刺股を構えて粉塵の方へ駆け出した。
その一撃を避ける様にして現れた巨獣は、どうやら先程とは別個体の様だ。
白黒のまだらな体毛の四足獣。
まるで先に現れた黒色と瓜二つの顔と体躯を持っていた。
女性教授はその姿を確認するや否や、方向を素早く変えて再び巨獣に刺股を突き出した。
「よくも、私の大切な生徒を!ヤーー!ヤーー!!」
彼女は雄叫びと共に刺股を出鱈目に突き出すと、その一撃が上手く巨獣の前足を捉えた。
捕縛した相手の動きを止める様に、刺股の半円の中に飛び出した突起が丁度獣の皮膚に食い込んだ。
アッ……キャアアアアーーー!!
巨獣が悲痛な叫び声を上げ、飛び退く。
しかしそれはどうやら撤退を意味はしないらしい。
女性教授に向けられた視線には、ふつふつと怒りが湧いているのが見て取れた。
そして、再びその巨獣が飛び掛かろうと前脚を上げる。
その瞬間だった。
その巨体は、まるで物理法則を無視して真横に相当な勢いで飛んで行く。
そのまま壁に激突すると、何かが砕けるような嫌な音がして、そのままぐったりとその身を横たえた。
「いやー、ウるさいなァ。うるさいうルさい」
そんな声を上げながら、次に教室に入って来たのはもじゃもじゃとしたパーマに丸メガネの男だった。
右手首を軽く振りほぐしている様子から、どうやら素手であの巨獣を吹き飛ばしたであろう様子が見て取れた。
だが、そんな男の出立ちは奇妙だった。
くたびれたスーツはぼろぼろに引き裂け、その胸、おおよそ心臓があるであろう場所には短剣と言っても差し支え無さそうな刃が深々と刺さっている。
そして、その腹は裂けて内臓を一つ残らずぶちこぼしていた。
「参っタよ。教え子は、でけェ狼みたいになってるシ。一回殺さレちゃっタよ。ね、神保チャン」
男はそんな割には平気な顔をしてツカツカと女性教授に近寄ると、懐から大ぶりな回転拳銃を取り出して渡す。
「だめダめ。そんな刺股ジゃあさ。ぐちゃぐちゃの肉ミンチにされて手捏ねハンバーグにサれちゃうヨ」
「神々狩……教授……あの、なんで……そんな状態で……」
女性教授は渡された拳銃をどうする事もできないまま、目の前の男を見つめている。
そんな様子に呆気を取られていたコールの側にも、その男が近付いて来た。
「多分君らが派遣されて来たやつらって体で渡すケど、今回の情報。マ、正直詳しくはワかって無いケどね。有用だとイいね。情報」
そう言って、茶封筒を渡して来る。
茶封筒、と言っても最早真っ赤に染まっており、中の情報がきちんと読み取れるか分からない程にぐちゃぐちゃになっていた。
「じゃ、こっちはコっちで好きにやるカらさ。頑張って」
そんな事を言って去って行く男。
何も理解できない一同の一番後方で、ジョンはドゥの身体の横でくず折れていた。