私とセイレーンはとある計画を思いついた。
その発端は、2人で合わせて歌う歌声にどうやら植物を自在に操れる力がありそうだ、と発見したからだった。
そして我々が持つそもそもの武力的な優位もある。
そこで、これらを併せれば人々を容易く従わせる事ができるのでは無いかとの結論に至った。
お祭りを開いてもらおう。
字面だけで言えば牧歌的で平和でしか無いけれど、私が求めたいのは根源的な、祭りの根本に根ざす部分も内包した上での事だった。
畏れ、敬い、祀る。
私とセイレーンはここを棲家とする事に決めた。
だから、そうであるべきだ。
そう扱われて然るべきだ。
そう思った。
セイレーン自体は私の言葉の意味をいまいち理解してはいなかった様だったけれども、それでも良い。
これできっと、私は彼女をお祭りに連れて行けるのだから。
そうと決まれば行動は早かった。
街に繰り出し、ひと暴れしつつ人を捻り潰す。
それを幾度か繰り返して、人語で語り掛けるのだ。
そうすれば忽ち人々は私達に従う事を何の躊躇も無く受け入れる。
目前、眼前、さっきまで話していた相手が肉屑に変わるのを見れば、最早選択肢は有って無いようなものに違いない。
平伏し、赦しを乞う。
私にはその様が何度も快感に思えてならなかった。
今まで縛られていた魂が解き放たれ、正に生きているとそう思えたのだ。
「祭りを開け。今すぐに。屋台を出し、踊れ」
そんな事を少しドスが効いた声を腹の中から響かせ、前屈みに顔を寄せると、人々は皆々が首が千切れてしまわんばかりに頷いてみせるのがたまらなく可笑しかった。
「ね、ね」
セイレーンがそんな様子を隣で見ながら声を掛けてくる。
「花火、上がるかな。また見たいな」
私は少しばかりの思案の後に口を開く。
「流石に大掛かりな用意が必要だろうし、どうかなァ。頼んでみる?」
「頼んで欲しいな」
えへへ
そんな風に可愛らしく頼んで来る彼女に私は逆らえない。
それに、結局のところで祭りを開かせようとする意図だって彼女が居るがこそでもあった。
もし1人でこの状況に至るのであれば、恐怖を与えて支配こそするかも知れないが、屋台を出せだの盛り上げろだのと言った要求はしなかっただろう。
もしかしたら、林に隠れた時点で歌う事もせずにただただ見つかりません様に、なんて巨体を縮こめていたばかりかも知れない。
私は自分の手のひらをセイレーンの柔らかい頬に這わせた。
全てを変えてくれた不思議な彼女。
その存在に報いたいなんて思ってしまったのだと思う。
***
そして要求通り、あまり時を置かずに祭りが開かれる事になった。
まあ、長い時間を準備に費やして企画と計画を立てて行われる通常のモノとは違い、急遽として開かれたそれは比べる事すらお粗末な、ただ人が集まり騒ぐ様なモノに成り果ててはしまったのだが、実際問題とやかく何かを言うつもりは私には無かった。
結果としてセイレーンが喜んでくれさえすれば良い。
彼女に祭りとは何かを体験して貰えれば。
そうして、その末に人々が私達を抗えないものであると認識すれば。
それが全てだった。
私が指定した広場に、急遽集められた仮設テントやどこからか調達して来たであろう屋台テントが並び、その下で人々は戦々兢々と色々な食べ物を拵えていた。
それは祭りでよく見るモノであったり、はたまたただの家庭料理だったりする。
それぞれが生き残りを掛けて、もしくは誰かを護らんと必死な様子だった。
「わあ!美味しそうな匂い!」
セイレーンは地に這わせた尾鰭をずぅりずぅりと左右に振り、地面にその痕跡を刻みながら会場を這い回っている。
私はそんな様子を少し離れた位置から、まるで犬のおすわりのポーズをしながら眺めていた。
本当なら提灯やら祭囃子やら、会場のどこかで行われるイベントなんかも見せたかったけれども。
まぁ、セイレーンと私が作った変な祭りの歌を教え込まれた人々の歌声が響いてはいるし、雰囲気はあるにはあるか。
「ぜーんぶ食べていいの!?」
そう私に聞いてくる彼女の顔は今までで見た中でも上位に食い込む位には輝いて見える。
うん。
イベントやら何やらをやったところで興味が食欲に勝るとも限らないか。
そんな事を思いながら私は何度も首を縦に振って見せる。
どうぞお気の済むまで、なんでも食べて欲しい。
この屋台はすいのものなんだから。
眺めていると、セイレーンは屋台から差し出される様々な食べ物を器用に指で摘んだり手のひらに乗せたりして観察した後、その口にぽいぽいと放り込んでは身震いするように身体を震わせて、おいしー、と声を上げて喜んでいた。
用意された食べ物が何なのかまでは把握してはいないものの、どうやら大半の食事はその口に合っているらしい。
ごく稀に食べた後に険しい表情をしている事もある辺り、好き嫌いというか口に合わない物もあるにはある様だが。
そうしてセイレーンが屋台を一回りし終えたらしく、私の側に戻って来たが、どうにも少しばかり不機嫌にも見えた。
「どうした?」
そう尋ねると、彼女は私の腕をぎゅむと両手で引っ掴み、力を込めて引っ張って来た。
私との体格差もあるから、全く抵抗できない訳では無いにせよ、それにしたって目一杯力が籠っているのが分かる。
「一緒に回らないと、つまらないじゃん」
彼女はそんな事を言う。
***
結局というか、祭りというモノの本質を忘れてしまっていた気がする。
これに関しては祀られる方ではなく、祀る側の、だけれど。
こんなに屋台を出して騒ぐのには理由がある、そう私は思う。
まずは客引き。
信者だけで厳かにやるのも良いけれど、人が大勢で楽しくやっていた方がやりがいがいもあるだろう。
次に祀られる側に、こんなにもあなた方の加護で地域が栄えていますよ、と直接的に伝える事ができる。
そして、そうする為には参加者が楽しむ必要がある。
だから1人で祭りを回って楽しいならそれでいい。
けど、そうでないならば。
セイレーンは私のデカい腕に抱きつく様にして先導をしてくる。
あそこのアレがおいしい、とか。
ここのコレが味が濃くて良い、とか。
君はこれが好きそう、だとか。
私はただただ引っ張られて、説明を聞いて、食べてみて、ただそれだけだった。
今思えばまともにしっかりと誰かとデートをした事が無い状況が、まさにこの様子を生み出してしまっていたのだけれど、でも、それですらセイレーンは楽しそうに無限に言葉を連ねていく。
うんうん、そうやって聞く私に嬉しそうにしてくれる。
祭りはみんなで作るもの。
そんな言葉を聞いた事があるが、その意味を祀られる側になってから気付くとは、まるで皮肉だ。
そうして一回りした我々は、気付けば屋台を出しているかき集められた住人達にお礼を言っていたりして、自分でも驚いてしまった。
まあ、元は人間だったり、人間に影響を受けたセイレーンではあるから良くよく考えればそれも違和感が無いと言えば無いが、ただただ祀られる側になろうと考えていた当初からすると不思議なものだった。
もしや、神やら仏やらもこんな感じで人々と共生をしていたのかも知れない。
なるほど、その礼が御利益だというのであればそうかも知れない。
「すい、ちょっと」
「なぁに?」
「私らの歌の力があるけど、この地域の作物を豊かにしたりしてみるのはどうだろう。そしたらもっと色々な物を作ってくれるかも知れないし、なんて言うか……」
「なんて言うか?」
「もっと、良く暮らせるかも知れないな、なんて思うんだ。もちろん、ナメられたらいけないとは思うけど」
セイレーンは私を見上げながら、首を何度も縦に振った。
「なんか色々難しいより、そっちの方が簡単そうだし」
私が考えていた本来とは大分ズレた事になってしまったが、でも、それはそれで良いのだろうと思う。
彼女も賛同してくれている訳だしな。
私はセイレーンを抱きしめる。
不思議そうな顔をする彼女を胸に押し込めて、声高々に、祭りに集まった、今はまだ恐怖する人々に宣言を放たんと口を開く。
同時に、じりじりと腕の一点に焦げる様な威圧感を感じた。
今の今まで、人間として暮らしていた日々も含めて感じた事が無い、緊張感。
私の毛に埋もれてわたわたとバタつくセイレーンを抱く腕ごと射抜くような……
私はセイレーンを突き飛ばし、自身も飛び退ってから気付いた。
これは、殺気だ。
そう気付いた時には、私の右腕は空を飛び、何かを掠った脇腹は肉を抉られた。
想像を絶する痛みに耐えながら、突き飛ばしたセイレーンへと駆け出す。
「すい!こっちに!」
何も理解できていないようなセイレーンを腕に抱えようとして、そのすんでに彼女の尾鰭の素早い打撃が空を叩く。
空を叩く。
まさにそのまま、字の如く。
何も無かった空中に、彼女の尾の重い一撃が、確かな打撃感と共に大きな音を立てた。
セイレーンの瞳孔は地獄のように真っ赤に染まり、牙を剥き出している。
「クソっ!スカージキャノンは実効を確認!ダゴンの右腕および近辺腹部の破壊を確認!だが、光学迷彩は見破られた!」
英語が聞こえる。
セイレーンに叩き落とされた空から、声がする。
それから地面が土埃を上げて、何かが見えた。
無機質な角張った、人のようなモノ。
ぱちぱちと放電するように火花を撒き散らし、無から現れる。
「バトルドレスの装甲が3割も持ってかれた!一度引く!」
それから、幾つもの破裂音と共に鋭い痛みが身体に食い込んで来た。
私はセイレーンを抱きしめ、痛みが来る方に背を向けた。
ツーンとする独特な匂い。
火薬……
見れば、祭りの屋台の付近で刺股を持った小太りの女性と、私が人間だった頃と似た年代の男女数名が、まるで避難誘導かのように住民に指示を出しているのが見えた。
……がって
……しや、がって
……に、しやがって
めちゃくちゃに、しやがって!!!!
「う、腕……君の、腕……」
セイレーンのそんな声など聞く事なく、私は咆哮を放った。
許さない許さない許さない許さない許さない。
私は、しばらくセイレーンを抱きしめ、住人の混乱の声を聞いていた。