猫人族のTS転生者、自由に生きたら周囲にやたらと絡まれる 作:にゃーん
気付いた時には、猫耳尻尾の女児になっていた。
死んだときの記憶はない。
私の前世において、唯一心の底から良かったと思えることだ。
それからしばらく、スラムでひっそりと人から隠れるように生活した。
前世のそれとあまりにもかけ離れた衛生環境だったが、獣人の体は頑丈なのか特に怪我病気なく過ごせたことは、幸運だったと言える。
自分の才能には、比較的早くから気付いていた。
というか、気付かないと生きていくことが困難だったのだ。
舐められやすい獣人の女とか、いつ食い物にされてもおかしくない。
色々必死に試し、まぁ比較的早くに自分は猫人族として非常に”優れて”いるのだと自覚した。
思うがままに体を動かすことができ、同年代の中でも膂力は高い。
特に瞬発力は、大の大人すら追いつけないほどだった。
さらに鍛えれば鍛えるほど、その力は増していく。
人生で初めて自分を恵まれていると思える瞬間は、思いの外心地よくて楽しかった。
ただまぁその後も苦難が無かったかと言えばそんなことはなく。
獣人の孤児という立場は生きていくのにも苦労するし、女の体は厄介ごとのほうが多い。
生活が安定してからは、やっかみやら、嫌がらせやら、あと色目を使ってくる男女も多かった。
その度に、とかく思うのだ。
自由に生きよう、もっと気ままに生きよう、と。
気に入らないことがあったら、逃げてもいいじゃないか。
今の私には、逃げれば誰もついてこれない足がある。
面倒事はさけてもいいじゃないか。
今の私には、面倒事を嗅ぎつけて視なかったことにできる嗅覚もある。
ただ、だからこそ大事なこともある。
やりたいと思ったことに、本気で取り組むことだ。
前世の私には、やりたいことがなかった。
一応人並みのオタク趣味こそあったけれど、それを形にしようという意志がなかったのだ。
創作活動をしたり、ライブを見に行ったり他のオタクと交流したり。
そういう、何かを形にしようという気概が足りていなかった。
多分、やりたいことを見つけないと、前世とそう変わらない人生に落ち着いてしまうのではないか。
そんな予感が、どこかにあった。
見方を変えれば、前世の私がそうだったからだ。
生きていくには困らないだけの金を持っていながら、生活を改善しようとする気概がなかった。
そのせいでずっとブラック企業へしがみつくこととなり、最後は体を壊して命を落とす。
だから、逃げているだけでは前世の二の舞だ。
やりたいことは全力でやり、やりたくないことは全力で逃げる。
それこそが、私の「今度こそ自由な人生を」という、最初の決意を守るための――
たった一つの、冴えたやり方だったんだ。
△△
私が拠点としている街の名は、モントカッツェ。
煉瓦造の、ファンタジー的でおしゃれな町並み。
街の近くにダンジョンがあるため、行き交う人々は冒険者が多い。
しかし交通の要衝でもあり、街には各地から集まった商人が各々に店を開いている。
そんな街のメインストリートを歩きながら、ぽつりと。
「街がちょっときたないですね」
ちょっとゴミが目立つな、と気になったのである。
思った時には即行動。
私の中の絶対的な行動指針だ。
早速、もともと向かう予定だったギルドへ進む歩を早めた。
「――人を何人か借りたいのですが」
「こんにちは、ルルクさん。人を借りるとなると……今日は街の清掃ですか?」
「鋭いですね、報酬はいつも通りで」
「前に掃除したのが一月前ですからね、そろそろそういう時期かな……と、ではかしこまりました」
さて、街のゴミがきになるそんな時。
私が取る選択肢は、主に二つ。
一つは、自分で掃除をすること。
メリットは金になる。
清掃の依頼は冒険者ギルドにて常設されており、受けようと思えばいつでも受けることが可能だ。
一日かけて掃除をすれば、まぁ慎ましやかな一日分の稼ぎにはなる。
これをやると街での評判も稼げるし、新人の頃は割と頻繁に掃除をしたものだな。
そしてもう一つ――
「はい、それでは皆さん集まって頂きありがとうございます。今日は皆さんに街の掃除を行ってもらいます」
「はーい」
街の清潔さは、私の個人的な日々の充実度に関わる。
人通りの多いモントカッツェの街はどうしてもほうっておくと汚れてしまうから、清掃は必須。
ただどうしたって手間はかかるし、清掃なんてほとんどの冒険者は見向きもしない。
そこで私が報酬を上乗せし、人を集めるのだ。
集まるのは大抵、若い新人冒険者ばかり。
まぁ私もまだ今年で十七だから十分若いけど。
時たま、金にこまった粗暴な冒険者か、私を構いたい女性冒険者が交じるかな、といったくらい。
今日は全員若い子である。
うーん、健全。
「それじゃあ、今日も一緒にやっていきましょうか」
「はい!」
さて、この二つの選択肢、私としては別にどちらでもいい。
なんとなくやりたくないなー、と思ったら人に全部投げるし、自分でやりたいと思ったら自分で掃除する。
あるいは、
今回みたいに、私も掃除に参加する方法だ。
「それじゃあ、まずはこの当たりの汚れとゴミをどうにかしていきましょう。何か質問はありますか?」
「えっと……ルルクお姉さんは、どうしてわざわざゴミ掃除をするんですか?」
「ふむ」
はっきり言って、利点はない。
そもそも街の掃除のために私費を出すのも、端から見れば効率的ではないだろう。
一応、掃除に参加すれば私にも報酬が出るけど、そんなもので人を雇った分の費用は回収できない。
「私がやりたいからです。やりたくないならやりません。実際、三回に一回くらいはサボっていますしね」
「でも、費用は自分で出しているんですよね……?」
「お金には困っていませんよ。これでも色々と収入が多いのです」
なんだか心配してくれているようなので、質問してくれた少女に目線を合わせて頭を撫でる。
「ご心配ありがとうございます。でも、私は私のやりたいことをやると決めているんです。”今度こそ自由な人生を”。私のモットーですから」
「……っ! は、はいっ」
今度こそ、というのは変な言い回しなのだが、今のところ突っ込まれたことはない。
たまに同情されたり、辛かったね、とか言われることがあるけれど……まぁ、誤解される分には害はないので放って置くことにしていた。
今回話した少女も、顔を俯かせてそれ以上問いかけてくる様子はないので、納得したらしい。
うん、問題はなさそうだ。
「あ、じゃあじゃあ! 俺も質問があるんですけど!」
「はいなんでしょう」
立ち上がって、次に質問してきた少年に視線を向ける。
少年はすこしビクッと震えてから、おずおずとした調子で問いかけてきた。
「お姉さんって、どうして二級で昇級をストップしてるんですか? お姉さんならもっと上に行けるって、みんな言ってますけど」
「ふむ、そうですね。まぁ端的に言えば私にとって二級以上に昇級する旨味がないからですが……」
だって、一級の依頼は二級でも受けれるし、それ以上の等級――特級と呼ばれる特別枠は、それ相応の立場が求められる。
私には、二級の立場がちょうどいいのだ。
「自分を縛る立場、というのが私は苦手なのです。私は私がやりたいから行動を起こすのであって、そこに期待されても困ります。特に、それを当然と思われるのは御免被りたいわけでして」
「あ、そういえば聞いたことあります。前に一年くらい、掃除をしなかったことがあるんだよ……ですよね」
「なんだか、私がそうするのが当然……みたいな空気になってましたからね。そういうのは、嫌いです」
一級になると、君は一級なのだから市民を守る義務があるだろう……とか偉そうな貴族に言われることがあるそうだ。
実際には自分を一番に守ってもらいたいけど、建前があるからそう言ってる感満載のお貴族様に。
そういうのは、私の求める立場ではない。
もしも一級になることを強制されたら、私は即座に冒険者という立場を捨てるだろう。
別に、食っていくだけなら冒険者でなくともいいのだから。
一番楽なのが冒険者だから、冒険者をしているだけで。
「あと、アレですね」
「アレ?」
いいながら、私は指を軽く折りたたんで――
「二級って、肉球みたいじゃないですか」
少年の頬に、ぐいっと押し付けた。
その手のポーズは、まさしく肉球のポーズ。
ケモ度が少ないこの世界の獣人において、猫人だけは元となった獣の手を真似できるのだ。
……みたいな。
なお、私が頭を撫でた少女と肉球を押し付けた少年は、その日のゴミ掃除において獅子奮迅の活躍を見せた。
うんうん、頑張っててえらいぞ。
自由にゆるく、そして気高く……みたいな。