第一話 『この世界の仕組みについて』
「――――珍しいね、
眼下では、私と同年代の少年少女が監視下に置かれていた。白い無機質な部屋の中で、大人とチェスをしている様子を記録されている。この実験場を網膜に焼き付けるべく、巨大――父の二倍ほどあり、私の背が伸びても到底上部に届かないような高さをしている――なガラスに手を押し当てて近づき、観察する。その様子を見て、普段の私を知る父は珍しそうに問いかけてきた。私は喜々として答える。
「人工的に天才を作るという実験……興味が湧かないはずありません」
「相変わらずだね、君は」
私――――
これは傲慢などではない。事実である。故に私は、同年代の子供たちとあまり会話が通じなかった。私の話す内容を理解してもらえず、凡人らしく排斥してくるので腹立たしい。……中には私の才能を正しく把握している
そんな折に、この施設の存在を知ったのだ。人工的な天才……生まれながらに天才だった私としては、興味を持たずにはいられない。
退屈という概念を忘れさせてくれる実験を、私は食い入るように眺めていた。注意深く、一人一人を観察していた。だからだろう、ある一人の少年を見て、私の視線は固定されてしまった。茶髪の彼は、酷く落ち着いていたのだ。理知的に、最適な駒運びを淡々と行っている。それが当然であるかのように、淡々と。周りの被験者は苦戦する様子が見られるが、彼だけは一切の取り乱しも無く、最新の機械かとも思えた。
「あの子……」
「ああ、彼は先生の御子息だね」
御子息……父が先生と呼ぶ人物が誰かは存じ上げないが、恐らくは有権者だろう。そんな人物の息子も実験体になっていることには少々驚いた。父親が優秀な遺伝子を持っていたら、子供も生まれながらに優秀な存在になってしまうのでは?人工的に天才を作るには、ノイズな気もするが。私は
「名前は確か――――
「綾小路…………清隆……」
脳髄に定着させるように、私はそれを反芻した。
◆
この実験場……ホワイトルームをしばらく観察していたが、やはり彼ほどに優れた個体はいないらしい。
彼は今、他の実験体のいない空間で、大人と一対一でチェスを打っている。明らかに他とは扱いが違う。それに、優勢なのは彼……綾小路くんの方だ。大人は逡巡を挟みながら駒を運ぶが、綾小路くんには迷いというものが見えない。
「彼は最も優秀な被験者だ。でも僕は……彼が可哀想に思えて、仕方がないんだ」
私が綾小路くんを眺めていると、横にいた父が物憂げに言葉を溢した。
「どうしてです?」
「彼は生まれた瞬間から、この施設で過ごしている。両親の愛情も、人肌のぬくもりも知らず……」
……私は、そばにあった父の手を握る。父はこちらを見ると、片膝をついて目線を合わせ、その手を両手で温かく包んでくれた。
「ねえ、有栖。もしここの子供たちが、誰よりも優秀に育ってしまったら……この施設が、当たり前になってしまったら……それは、不幸の始まりでしかないと思うんだ」
父が、真剣な顔で私を見つめる。そこには確かに……父の不安と想いがあった。温かくて優しい、そして芯のある想いが。
私の想いも固まった。両手で父の手を握り返す。
「ご安心ください。
私がそれを……打ち砕いてみせます」
決意を込めて、そう誓った。
「――――おや、これはこれは……
坂柳先生ではありませんか……!」
仰々しさと胡散臭さ……そして喜びが混ざったような
振り返れば、艶やかな黒髪を短く整えた男性がそこに立っていた。年齢は父と同じくらい。この施設にいるということは、この男も有権者なのだろう。表情からは自信のようなものが伺えた。そして、その後ろに隠れるように、一人の少年が立っている。私もよく知っている顔だ。黒髪の彼も同じように、ここへ連れてこられているとは知らなかった。会えたことは素直に嬉しかったので、笑顔を向ける。彼も微笑み――少し不気味さがあり、まさかこんなすぐに前の人物との血縁を感じさせられるとは思わなかった――を返してくれた。
そして対する父は、あまり歓迎していなさそうな雰囲気だ。先ほどまで私と話していた時とは、纏う空気感のようなものが違った。
「貴方も、こちらにいらしていたとは知りませんでした」
父は冷静に、穏やかに言葉を返す。
「お久しぶりですね――――
「ええ……お久しぶりです」
男は兎というよりは、蛇のような印象を抱かせる笑みを見せた。鋭い瞳で父を射抜く。目の前の彼はぱっちりとした可愛い目をしているし、母親似なのだろうか。
「それにしても、この施設は素晴らしいですね。どんなに劣った存在でも、天才に成ることが出来るだなんて……ああ、なんて素晴らしいんだ……っ」
口を開くたびに毒の煙が充満していくのではないかと思うほどに、その声は、言葉には悍ましいものがあった。
父が苦手そうにする理由が理解できた。どうやら思想が根本的に違うらしい。私は
「ここまで素晴らしいものならば、
視線がこちらに向いたことで恐怖が先行し、自分の緊張を誤魔化すためにお辞儀をする。私は目の前にいる少年の表情も見れない。
「私は……私には、この施設が素晴らしいものとは思えません。人工的に天才を造り出すなんて、そんなの………不幸の始まりにしか思えないのです」
「――――…ふむ………そうですか」
父が毅然とした態度でそう言うと、男は顎に手を当てて少し唸る。そして眉を八の字にして口角を上げた。
「考え方に違いが生じるのは、仕方がありませんね。貴方の思想を否定するつもりもないですが、私も曲げるつもりはありません。ここで話を続けても不毛ですし、また別の機会でお会いしましょう」
男は不気味なくらいあっさりと引いた。綺麗なお辞儀をしてから、踵を返して去っていく。少年も黙ってそれを追いかけていった。偏見だが、あのような思想の人は反発されるとより強い力で反発し返してくるのではと考えていた。だから腹の内こそわからないが、あそこで穏やかに引けるのは流石に大人なのだと思わされる。
対する私は、真っ向から父の思想を否定されて拳を握りしめている。男の背中を睨むと共に、あの少年へ同情も混ざっているであろうどこか仄暗い感情を向けながら、手の平に爪が食い込む感覚を確かめていた。
***
◇視点:無兎浜
天才とは、生まれた時点で既に決まっている。
凡人がどんなに努力したところで、生まれ持った才能以上に力を発揮することは出来ない。後天的に天才に成ることなど、片腹に風穴が空くほど痛い。それは痛すぎるかもしれないが……要は、凡人は屑同然の害虫らしく、地を這いつくばって惨めに生きていろ、という話だ。決して、天才に抗おうなどど考えてはならない。
イカロスの翼で例えよう。使い古された話だし、大抵の人は内容を知っていると思うが軽く解説させてもらう。ダイダロス……父親に蝋で出来た翼を貰ったイカロスは、イキって天高く飛びまくった結果父の忠告を忘れて太陽に近づきすぎてしまい、バカみたいに翼を溶かしてお陀仏になったという話だ。詳細は省いている。
この話における天才は勿論、イカロスたちではない。二人を幽閉して翼で飛ぶ原因を作った王様も、翼を造った父親も、イキったイカロスも全部凡人だ。凡人が騒いで起こした矮小な話である。そこにあるドラマはこの際どうでもいい。ここで指す天才は、太陽だ。イカロス……凡人が傲慢にも太陽……天才の領域に到達できると思ってしまったが故に起きた悲しい事故なのだ。調子に乗って火傷するのは、どの時代でも同じらしい。
そして俺は残念なことに凡人として生まれ落ちていた。まあ優秀な頭脳があれば、この話の導入はここまで長ったらしくなっていないため、それが何よりの証明となっている。だが俺はイカロスのようになるつもりは無い。太陽を素晴らしいものとして崇め、敬愛し、感謝し、自分も太陽の領域に足を踏み入れたいなどとは考えず、慎ましく生きるつもりだ。太陽の輝きを見ることさえできるなら、それだけでいいのだ。
それだけでいいんだ。
「――――そろそろ、着くようですね」
バスの座席にこじんまりと収まった少女は、顔を上げてこちらを見ていた。紫がかっている煌めいたセミロングの銀髪に、全てを見抜くような大きく美しい瞳。整った形をしている小さな鼻と唇。雪のようなきめ細かい肌をしていて、杖を携えている。頭に乗せた黒のベレー帽も相まって、
少女……坂柳有栖は、
俺の視界に入れるには眩しすぎる太陽だった。
「楽しみですね。高育――高度育成高等学校の略称――での生活」
「ええ……私を退屈させない存在がいてくれるのを、願うばかりですが」
「俺も退屈は嫌ですね。そうならないと良いんですけど」
「その時は貴方で遊ぶとしましょう」
「いつも通りでは?」
「ふふ、それもそうですね」
有栖はクスクスと肩を揺らす。その動作にまで気品があるのだから、本の中から出てきたみたいで現実味が無いと常々思う。
車体に揺らされ、彼女の荷物を落とさないよう手と足に力を入れ踏ん張っていると、とうとう辿り着いたようでバスは動きを停止した。車内には同じ赤い制服を着た生徒がそれなりに居たので、彼らがある程度出てから有栖は立ち上がる。右手で杖をつきながら、転ばないように空いた左手を俺の右手に乗せ支えられて歩く。手先からは冷たく柔らかい感触が伝わってきた。ゆっくりとバスから降りると、目の前には巨大な門が
「でかっ」
「知性の無い感想ですね」
そりゃアンタに比べたら大抵は猿だろ。
辛辣な言い草だが今に始まったことではないから気にしない。ただ、立ち止まってここでのまだ見ぬ生活に思いを馳せていると、隣の有栖が早く歩けと言わんばかりの目を向けてきた。
「ほら行きますよ――――シロ」
シロ――有栖が命名した、俺の蔑称である。
小学校低学年の頃、彼女は俺をシロと呼び始めた。本人は愛称として慈しみを持って呼んでいるとか
「はい、ご主人様」
彼女の手を、取り門の前にある階段を上っていく。有栖には少しきついだろう。
「あっ――――」
段差に躓いた有栖を、手を軽く引っ張って支えてやる。こういう所を見ると、彼女も難儀なモノを天に与えられたなと思えた。それを欠点だけで終わらせたりしないのは有栖の美点だが。
階段を上り切り、敷地内に足を踏み入れる。60万平米を超えるだけあって、やはり広いなという感想が喉元にせり出てきた。入学前に上からの地図を見た時に抱いたのは「教育機関というよりは小さな町じゃねえか」なんて印象だ。今、視界に映している景色も全体のほんの一部でしかない。自分みたいな
少し先へ進んで、クラスの配属先が記載された表を確認する。
配属先は――――Aクラス。
有栖の名前も確認できた。どうやら同じクラスになったらしい。他によるところも無いので、1-Aクラスへとそのまま向かった。
「――奇遇ですね。隣の席だなんて」
本当か?本当に奇遇か??コレ。
少し早めの時間だからか、教室内に人は少ない。
それにしても、まさか有栖の隣になるとは思わなかった。この学校の理事長は坂柳
「これで少なくとも、10年間は同じクラスですね」
「そうですね。もっと喜んでくれても良いんですよ」
「はい」
「適当に返事しないでください」
適当に返事をして、頬杖を突きながら教室をぼんやりと観察する。誰かと会話でもしに行った方が良いのか、とか色々考えていたが、ふと目に留まった物があった。監視カメラだ。
ここに来るまでの間にも、かなりの数の監視カメラを見かけたことを思い出す。一瞬変かなとも思ったが、敷地も広いし、生徒間でトラブルが発生した時に必要な場合もあるよな、と一旦は結論を出した。
「……貴方も、監視カメラが気になるのですか?」
「え、まあ……なんか多いなって」
「ふむ……中々悪くはない着眼点ですね。どう思いますか?」
めんどくせーなこの人。
普段の生活でも、何かあるごとに自分の意見を喋らせてくる。そしてより優れた意見で上書きしては「これだから凡人は……」オーラを出してくるのだが、今回もそのパターンらしい。この人は俺を育成でもしているのだろうか。
「別に普通じゃないですか?この学校は進学・就職率100%のエリート校ですし、多少は監視の目が厳しくてもおかしくないと思います」
「はぁ……」
はぁやめてね。
有栖による何度目かの失望をされてしまったので、仕方なくもう少しこの学校について考えながら時間を過ごす。
監視……別に多くてもおかしくはない気がするけど。うーん、エリートを育てる目的だから、それだけ厳しく監視をしたいということだし…………普通の学校よりも普段の生活態度とがが減点の要因になりやすそうだな。授業外も変な行動は出来るだけしないように気をつけないと。当たり前だけど。
なんて考えていたら、教室内に人が増えてきていた。少し賑やかな空気になっており、雑談の声も聞こえてくる。
出遅れたか?と思っていると、一人の男子生徒が俺に近づいてきた。
「よお。まだ話してなかったよな?」
金髪の、マジで偏見だが女遊びとかしてそうな雰囲気を纏う生徒がそう声をかける。どうやら軽い挨拶をしに来たらしい。
「うん、よろしく。俺は無兎浜って言うんだ」
「ムトハマ……ああ、確かにそう読める名前が表にあったな」
「珍しい名前だと思ってたんだよ」と納得した様に手を叩いた。
「よろしくな、俺は
「ああ、ちょっとね。監視カメラがやけに多いなと思ってさ」
「へぇ……確かにそうだな」
橋本くんは前の席だったのか、そこに座って興味深そうに机へ体を乗り出してくる。
「でもそんなもんじゃないのか?ここは進学・就職率100%のエリート校だぜ?」
再放送かな?
「俺もそう思ってたんだけどね……もう少しだけ情報が落ちないか考えていたんだよ」
「それで、なんかわかったのか?」
「まあ当たり前のことなんだけどさ、エリートを育てる目的の学校なら授業を除いた普段の生活態度も評価に含まれるんじゃないかなって感じだね。素行の悪い生徒はどんどん減点されていきそう」
「あー言われりゃそうだ。少し油断してた、俺も気をつけないとな…………あれ。でも思ったんだが、ここに来るまででもガラの悪いやつとか結構見たぜ?あいつらもエリートになれんのか?」
「確かに……橋本くんみたいな人がいるのはおかしいね…………」
「え、俺いまディスられた??」
「流石に半分冗談だよ」
「全部であってくれよ!」
それは置いといて、明らかに素行の悪い生徒がいるのは変な気がする。面接で落とされそうな気もするけど……それを補うほどの能力があるのかな?だとしたら余程の天才なんだろうか。いいなぁ、是非とも見てみたい!
もしくは……面接はお飾りなのかもしれない。人格面で問題のある生徒が、エリートとして自由に就職できる気もしないけどなあ。
「ああ、そうだ。お前はもう見つけたか?」
「え、何が?」
そう言って橋本くんは耳を近づけるように手招きする。指示通りに近づけると、ココだけの話という前置きがありそうな小声で話した。
「ほら、タイプの女子だよ……」
「ほのおタイプのジェシー?」
「どこの誰だよ!!?あとジェシーは絶対トレーナー側の名前だろなんでタイプが分類されてんだ!」
「うるさい、耳元で騒がないでよ」
「あ、すまん……いやコレ俺が悪いのか??」
「で、えーと、なんだっけ」
「女子だよ……好きなタイプの女子は見つけたかって話だ……」
「なんで疲れてるの?」
「もう何も言わねえぞ」
「ははっ、ごめんごめん」
憔悴した様子の橋本くんは、呆れたのか拗ねたのかじっとりとした目を向けてくる。もうしばらくは遊べないらしい。
「女子ねぇ……俺の左に居る子以外は見てなかったなあ」
「え、それ聞こえてんじゃ」
「聞こえるように言ってるからね」
「あら、嬉しいお言葉ですね。ドキドキしてしまいます。10点」
「その前振りで赤点??」
横の有栖はこちらに向き直ると、橋本くんに向かって軽くお辞儀をする。
「初めまして橋本くん、私は坂柳有栖と言います。横の彼とは幼馴染なんですよ」
「お、おう……よろしくな」
橋本くんは少し気圧されるように挨拶を返すと、こちらに視線を向けてくる。
「無兎浜、お前こんな可愛い幼馴染がいるのかよ」
「あはは」
「というか、俺の名前知ってるのな。話し声聞こえてた?」
「はい、お二人の話はずっと聞いていましたよ」
「気持ち悪いですね」
「極刑です。死に方を選びなさい」
「良い意味でだったんだけどなぁ」
「なんのフォローにもなってねえぞ……」
「やっぱこいつ森下と似た感じか……」と橋本くんはボヤいた。その話が本当なら、この学校にいるかもしれない森下さんとやらにだけは絶対に近づかないでおこう。
「お二人の話ですが……中々興味深かったですよ」
「ほのおタイプのジェシー?」
「違います。その前の、学校側の下す評価についてです」
「ああ、あれか……結局、素行の悪い生徒はどうなるんだろうな」
「それも、シロの考える課題にしておきましょう」
「シロ?」
「俺の蔑称だよ。ちなみに、俺は人前でこの子をご主人様って呼んでいるんだ。気にしなくていいよ、俺が被害者ってことだけ覚えてくれれば」
「お、おう…………めちゃくちゃ気になるが、気にしないでおくぜ……」
「……それは貴方が――――」
ガラガラと教室の扉が開く音がする。その先には大人が居た。おそらくはこのクラスの担任であろう人物だ。それを察して、立っていた生徒達が自分の席に戻る。
「じゃあ、また後でな」
橋本くんは席を立ち、横の有栖の前の席に座った。俺の前じゃねえのかよ。推定担任の人物は教卓の前に立つと、持っていた資料をその上に置いた。
「初めまして、新入生諸君。私はAクラスの担任を務める
ガッチリとした体格の、厳しそうな男性がそう挨拶する。
「この学校には学年ごとのクラス替えが存在しない。基本的には3年間、私が君たちの担当を務めることになるだろう」
マジか。
基本的に……が気になるが、有栖とは卒業まで一緒らしい。12年間も一緒って凄いな、比喩なしに親よりも顔を見ている。
「1時間後には体育館で入学式が始まるが、その前にこの学校に関する説明をさせてもらう。この資料を前から後ろへ回してくれ」
指示通りに資料が配られ、真嶋先生が説明を始めた。
「本校には独自のルールが存在する。まず全寮制で、在学中に敷地内から出ることと、外部との連絡を制限している。心配はしなくていい、学園にはあらゆる施設が揃っている。娯楽も含めて、生活に必要なものは全て手に入るだろう」
この辺りは、入学前に資料で確認できた内容だ。別に驚く部分は無い。
「買い物には、支給された学生証端末に保有されているポイントを使う。この学校では、あらゆるものをポイントで買うことができる。ポイントは毎月一日に振り込まれ、1ポイントで1円の価値だ。君達には既に、今月分の10万ポイントが支給されている」
教室内にどよめきが走った。当然だ。ただの学生という身に、10万なんて大金が渡されたのだから。ほとんどの人間は困惑や歓喜といった感情を表に出している。俺もめちゃめちゃ嬉しい。焼肉とか寿司が食べたいな。
だが左隣の有栖は、訝しむような眼で先生を見ていた。それだけで絵になっており、視線が釘付けにされそうだ。他にもそういう生徒がいないか周囲をよく見てみると……見つけた、あの禿頭の男子生徒も困惑こそしているが、疑念が強く表れていて冷静な印象だ。他にも落ち着いている生徒がいなくはない。が、今のところは有栖とあの男子生徒が抜きんでている気がする……気がするだけかも。
「支給額の多さに驚いたと思うが、この学校は実力で生徒を測る。入学を果たした君たち新入生には、それだけの価値はあるということだ。ちなみに、このポイントは卒業後に全て回収され現金化することができない。注意するように」
真嶋先生は淡々と言葉を紡ぐ。何人かの浮かれている陽気な男子生徒がいて、少し和やかな雰囲気が教室内に広がった。
「ポイントの使い方は自由だ。貯めるのも、貸し借りするのもいい。誰かに譲渡しても問題ない。だが、カツアゲのような行為での略奪は禁止だ。学内において、いじめ等の行為は厳しく取り締まっている。以上で説明を終わるが、何か質問はあるか?」
先生が質問を促したことで、一部の生徒は誰か質問するのかとキョロキョロしている。こちらは特に質問したい事なんて無いが――――
「――では、質問させていただきます」
想像通り、左隣に座る有栖が控えめに手を挙げてそう口にした。
彼女のカリスマ性なのか、その美しい声と容姿、動作に周りの生徒も注目している。「かまわない」と、先生から返答をもらい、不敵に微笑み、皆が完全に注目するようにあえてほんのりと間を空ける。そして、その唇を動かした。
「先ほど、真嶋先生はポイントについて『あらゆるもの』と仰いましたね?」
真嶋先生の肩が、僅かにびくりと揺れる。
「……ああ、そう言ったな」
「では、この『あらゆるもの』というのは……例えば、物質でなくても成立するのでしょうか」
「………例えば、どんな内容だ?」
「権利」
先生も、周りの生徒も、目を見開いていた。
「あとは……情報とかでしょうか」
「…………なるほど、な。すまないが、現段階ではその質問に答えられない」
「ありがとうございます。その返答だけで十分です」
「……そうか、他に質問したい人はいるか?」
教室内がざわざわとし始める。皆が今のやり取りの意味を考える中、次は禿頭の男子生徒が挙手をした。
「私からも質問してよろしいでしょうか」
「許可する」
禿頭の生徒は礼儀正しく確認を取り、席を立って真剣な面持ちで話し出す。
「このポイントは毎月一日に支給されると言いましたが、来月に支給されるポイントの額はいくらですか」
「その質問には、こたえられない」
「む……そうですか、ありがとうございます」
綺麗なお辞儀をしてから着席する。この質問で、他の生徒は一気に不安を抱いたのか、先ほどよりもざわめきが大きくなった。皆、来月の支給額が減少するのではないかと思ったのだ。不安定な収入に手を出すのは、憚られることだろう。
「他に質問はないか?」
真嶋先生がそう言うと「質問しようかな」などの声がチラホラと聞こえるが、手を挙げる者は現れない。
「では、質問時間は以上と――――」
「――ああ、少々お待ちを」
びくっと、また真嶋先生の肩が揺れた。完全に警戒されている。周りの生徒も、次は何を言うんだと有栖に視線を向けていた。俺は、他に何か質問することでもあったかなぁ、とか呑気に考えていた。
「――シロ。何か質問しなさい」
「はいぃ??」
聞き間違いかと思ったが、有栖の顔を見るとそうではないらしい。悪辣な笑顔で、期待の眼差し(笑)をこちらに向けていた。
有栖の視線で、シロが俺を指すのだと分かったのだろう。他の生徒も「え、コイツぅ??」みたいな奇異の眼差しで俺を見ている。というか多分、今のやり取り自体を奇怪に思っているだろう。橋本くん以外は。彼は呆れた視線を向けている。
「なんでですか」
「私を満足させてください」
「専属
「もし難しいようでしたら、大喜利でも私は構いませんよ」
俺が構うが。
「斬新な高校デビューになりますね。今後のシロの印象が今から心配です」
そんな心あるやつは無茶ぶりとかしねえんだよ。
まずい、あんなに楽しみにしていた高育での生活がいきなりクライマックスになっている。
皆の目が、同情というか可哀想なモノを見る目に変わってきた。悲観するのは早いぞ。俺の大喜利がクソ面白い可能性がまだ残ってるかもしれない。
――俺の家族関係と説きまして、
坂柳有栖の性癖と説きます――――
――その心は、どちらも拗れてるでしょう――
これで有栖も道連れにしよう。
いや、後が怖いなやめよう。
どうする何か無いか良い感じの質問があるか有栖がわざわざやらせるということは意図するものというかやってほしいことがあるはずだ考えろ考えろ考えろ名案でねぇや終わったこん畜生。
「……だ、大丈夫か?そこの彼は」
髪を弄りながら冷や汗をかいていると、禿頭の彼が声をかけてくれた。
ありがとう。俺が髪を弄っているのが羨ましかったとかじゃなければ心配してくれたのかな。どっかの坂柳有栖とは大違いだよ、ホントに。
「早くしてください。
先生や皆さんが困っていますよ」
困ってんの俺なんだわ。
しかしここで黙りこくっているわけにもいかないので、意を決して俺は真嶋先生に問いかけた。
「――――ショートコント:コンビニ」
「お前大喜利選んだの!?」
「冗談だって、だからそんなに一人で盛り上がらないでよ橋本くん」
「お前のせいだけどな……!?」
「……特に質問が無いなら、私は――――」
「ああ、ありますよ。今産まれました」
「産まれ……?」
なんとか有栖の求めていた解答らしきものには辿り着いた。
少し落ち着いてから、改めて質問する。
「禿頭くんの質問の補足ですが……
来月に支給されるポイントは――――
私たちの
するのではないですか?」
呆れていた真嶋先生は、目を見開いて固まった。まあわからなくもない、さっきまで阿呆そうだった生徒がいきなり真面目な顔で真面目な質問を言ったらそうなる。
横の有栖が、ニヤリと顔を歪ませた。
「禿頭……禿頭くん………俺か?」
やっべ。
「………ちなみに、何故そう思った」
「……真嶋先生は『この学校は実力で生徒を計る』と言いました。そして、新入生には10万ポイントの価値があるとも。ならば、今後見せる実力によって価値が変動すると考えられるでしょう」
これで監視カメラの疑問も解消できそうだ。
「定期テストの点数はもちろん、授業態度や授業外での素行も含まれると思います。この教室に来るまでの間、監視カメラが異常に多く見られました。生徒の普段の行動を、全て監視して評価することが目的なのでは?」
「………現段階では、答えられない」
「そうですか、ありがとうございます」
なんとかそれっぽい質問ができたので、思わず緊張が解けて「ふぅ……」とため息を吐く。
そして、横の元凶へと向き直った。
「あのー……ご満足いただけましたか?」
有栖は思案する素振りをして、こちらを横目で見る。その顔によると、どうやら罰則の心配はないらしい。
「及第点ですね。貴方にしてはよくやった方だと思いますよ――――あと真嶋先生、私からも質問が」
真嶋先生は胃の痛そうな顔をしてから「なんだ」と有栖に問いかけた。
「
「……その質問にはこたえられない」
「その一覧をポイントで買うことは?」
「……………………その質問には…………現段階では答えられない」
「なるほど……ふふ、最低限で済みましたね……」
何かが面白かったようで、くすくすと笑う。
「シロ、今のを聞いてどう思いますか?」
俺如きが考えつくことは思いついているクセに、わざわざ言わせようとしてくるのが本当に…………凄く善良な性格してますよねぇ~。
しかし困った。何が怪しいのかはわかるが、どういう風に展開すれば良いのかはわからない。まあでも、今求められてるのは意見だけらしい。とりあえずそれだけ言って肝心な部分は有栖に任せるしかなさそうだ。
「えーっと……
「よくできました」
有栖はさぞ満足そうな微笑みを浮かべ、自分の推理を得意気に披露し始める。
「私の最初の質問や、シロの質問、そして一覧を買えるかの質問には、
先生は本当に辛そうな顔をしていた。可哀想に。ひとえに有栖のいるクラスを担当したのが運の尽きだったんだ。前世は神の1、2体でも殺したのかな。
「もし、シロの推察通りにポイントが変動するのであれば、向こうの彼の質問である『来月の支給額がいくらか』に回答できないのもわかります。月初めになるまでは、ポイントの支給額が不明なのですから」
禿頭の彼は、感心した様に頷いた。
「現段階ではと付けた質問は、ポイントの仕組みや購入に関するものでした。5月1日に支給されてからそのシステムを明かすつもりだったので、現段階ではと付け加えたのではないでしょうか」
「なるほどな、確かに納得がいく。一覧についてはどうだ」
「一覧については恐らく今後も明かせないのでしょうね。購入できるのかどうかまでは不明ですが」
ポイントの仕組みに関わってしまう内容は答えられないという前提として、真嶋先生が『こたえられない』と回答したのは、単純に今はまだ質問に
「ふむ……何か有用な情報を聞き出せる質問は無いものか……」
「これ以上は、難しいと思います。あの受けごたえは緘口令が敷かれているでしょうから。ただ、推理をより強固なものにする方法はありますよ……シロ」
「…………えーっと、他の教師にも同じような質問をするとか?」
「その通り。真嶋先生個人の判断なのかを確認するためにも、他の教職員を通すのが良いと思います」
「なら、質問内容を少しずらすのが良いかもしれない。全く同じ順序と内容の質問だと回答が統一される可能性があるからな。教師によってどういう類の質問を言うかあらかじめ分けておけば、答えられない質問から学校全体で重要視している内容が浮き彫りになるだろう。俺やそこの二人で代表して、この後にでもやってみよう」
あの禿頭くんも、かなり賢いな。
「とりあえず今できるのは、クラスの皆さんに迂闊な行動をとらないよう呼びかける程度ですかね」
「ああ。皆も聞いていたと思うが、ポイントは今後の行動で減少する可能性がある。能力の部分は仕方が無いとしても、授業を真面目に受けたり、遅刻や欠席を極力しない等、常識的に考えてマイナスな行動をとらないように気を付けてくれ」
「それと………他クラスの方々には内密にお願いします。先生がわざわざ隠していたので、念の為に……です」
絶対他クラスに
周りを見ると、有栖と禿頭くんのおかげで皆も状況が掴めたようだ。冷静に2人の言葉を受け止めている。この様子なら問題はないだろう。
「それと先生も、他の教師の方々に警戒されても困りますし……できれば報告などはしないでいただけると助かります。ポイントでその権利を購入した方がよろしいですか?」
「…………別に、報告するつもりはない」
「ふふふ、そうですか」
めちゃめちゃ困った顔してたな。有栖の誘導に引っかからないように言葉を選んでいる。
「真嶋先生、長くお時間を取っていただきありがとうございます」
意訳:用済みだから出てっていいよ。
「あ、ああ……私は入学式の準備があるため、これにて失礼する。もし質問や相談があれば、式の後に個別で聞きに来てくれ」
そう言って真嶋先生は、入ってきた時よりも疲弊した様子で教室を後にした。
先生がいなくなると、より一層ざわめきが広がった。今さっきの話が本当なのか、確かめたいのだろう。その視線は俺や有栖に多く注がれていた。
「みんな聞いてくれ」
禿頭くんが声をあげると、周りの注目が一斉に彼へと向かう。
「まだ入学式までには時間がある。彼女たちに話を聞きたいのだろうが、せっかくなら皆で自己紹介をしないか?互いの名前や人柄を知っておくことは、不利益にならないはずだ」
先の件で頭が良いのもわかっていたし、提案内容も妥当なものなので反対する人はいなかった。最初に声をあげた彼が、まずは自己紹介をするらしい。
「俺の名前は
ぱちぱちと決して少なくはない拍手が送られる。確かに一見すると怖い印象があるが、真面目な人物だというのが良くわかる。この自己紹介の流れを作り出したのも、そういう性格が故だろう。
「禿頭くんではなく、葛城と呼んでほしい」
「ごめん」
毛根は無いが根に持つタイプらしい。
いや冗談なのだろうし馬鹿にした意図はなかったんだけど、疾患というのを聞いたらなんか申し訳ない気持ちになった。
「フッ、別に気にしていない。良ければ、そちらも名前を教えてくれないか」
どうやら、次は俺が自己紹介をする流れのようだ。周りを見ると、期待を孕んだ目をこちらに向けている。わかってはいたが、どうやら葛城くんと同様に俺も目立った生徒として認識されているらしい。
……そうだ、俺は今目立っている。自己紹介を回している葛城くんと、同じ程度にまで。目立っている理由は間違いなく、有栖のあれのせいだろう。
有栖は何故あんな事をした?あれにどんな意味があった?有栖の利点は?彼女がただ楽しむだけに行動したとは思えない。この状況が、有栖にとって有利だった……?
………………そこまで考えて俺はようやく………有栖の考えていたことが理解できた。
有栖は俺を目立たせることで、クラスのリーダーに成りえる存在への注目度を横取りしたんだ。
まず有栖は自分が質問して、それに続く優秀な生徒をあぶり出そうとした。それで葛城くんが出てきたことで、クラス内のリーダー的ポジションを彼と争う可能性を危惧する。そこで有栖は、ポイントのシステムについて皆の前で暴くという情報漏洩の観点から危険な行動をとってでも、リーダーを奪う方針にしたらしい。俺も目立たせることで注目度を分散、むしろ陣営としては有栖側が優位に立てるといった目的だ。葛城くんが出てこなくても、どっちにしろ俺に質問させて他の生徒が出る幕を潰す算段だったのだろう。
一つ言えることは、有栖はあの一瞬でポイントの仕組み以上のところにまで思考が及んでいた。流石に
彼女と比べて酷く愚鈍な自分に辟易とした。どこまでいっても俺は天才に届かないらしい。いや、分かっていたことだ。何を今更気にしているんだよ。イカロスのようになるつもりはないのだろう?
自嘲混じりの笑みを浮かべて、俺は口を開いた。
「俺は
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氏名 無兎浜白夜
クラス 1年A組
誕生日 10月10日
学力 B
知性 B+
判断力 A-
身体能力 C+
協調性 C+
面接官からのコメント
学力において優秀な成績を残しており、身体能力も差があれど総合的には平均以上である。
関心のある活動に対して積極的に関わる姿勢を示しており、体の弱い同級生の助けをしている姿が見られたなど、行動力が極めて高い。
特定の生徒や事象に肩入れする姿勢と、過去の事故から家族間であまりうまくいっていない様子が見られるが、特に大きな問題としては取り上げず、事故の内容を踏まえると十二分に精神を持ち直していると判断できる。
身長 171cm
スリーサイズ 80/57/84
好きなもの 天才・和食・スイーツ・有栖
嫌いなもの 凡人・愚者・人参・ゴーヤ・有栖
あとがき
主人公が退学するバッドエンドにしようか悩み中。とりあえずプロローグ部分は早めに投稿します。