「――――ねえ、何を読んでるの?」
私が外界を遮断するように本の世界へ耽っていると、空気の読めない子供が率直に話しかけてきた。無視してしまおうか、と思う前には既に無視をしていたが、彼に退く気はないらしい。しばらく時間が経過してから、私は口を開いた。
「……マキャヴェッリの『君主論』です」
「くんしゅろん?どういう意味?」
「……はぁ…………」
こうなるから嫌だった。どうせ解説したところで伝わりやしない。ここにいる人間なんて、ほとんどが私に言わせれば猿みたいなものだ。この凡人たちと同じ空間に隔離されるのは、退屈を通り越して苦痛にさえ思えていた。
それでも、私に話しかけてきたのだからもしかしたら彼も……なんて微かな期待を胸に、私は解説を滔々と語った。
君主とは――――その君主政体の種類として――――いかなる君主政体においても――――そして、臣民や味方に対する――――マキャヴェッリがこの本においてまず行った論理展開は――――――――……可能な範囲の配慮をもって、出来るだけ簡潔にこの本の内容を伝える。
……つもりだったのだが、少々喋りすぎてしまった。今までの凡人なら途中で嫌な顔を向けて去っていくはずなのだが、彼はその類の顔を見せることはなかった。だからなのだろう、私の期待は増幅してしまって、やや早口で必要以上に解説をしていた。それは、全くこの本を読んでいない凡人が理解できる内容を逸脱していることにも気づかずに。
「え、えーっと………うーん…ごめん、よくわかんないや」
「――――……」
無駄だった。彼は天才ではない。期待は粉々に打ち砕かれ、失望を露わにせずにはいられなかった。きっと酷い顔をしていたのだろう。私の顔を見るや「ごめん」とだけ残して目の前から消えていった。
再び静寂が訪れた。私の周りに氷の壁でも敷かれたように、そこだけ
◆
「――――ねえ、今日は何の本を読んでるの?」
思わず、勢いよく顔を上げた。その先にいたのは昨日の子供だ。連日で私に話しかけてくる子供など初めてだった。大抵は退屈に感じるか不快に思った経験で凡人側から関わりを避けるようになる。あんなことがあったのに、まだ声をかけてくるなんて何を考えているんだと思考が埋め尽くされた。
「……また、貴方ですか?」
「またって言うほど来てないでしょ。それにほら、ちゃんと準備してきたよ」
そして気づいた。今日の彼は手ぶらではなかったのだ。『じゆうちょう』と書かれたノートと、筆記用具を携えている。それが意味することが分からない私ではない。彼は、私の話を理解する為にやってきたのだ。
彼は自分の席から椅子を引っ張ってくると、うきうきとした様子で私の机にノートを広げる。そこには大きく『くんしゅろん!』と書かれたページもあった。ちらりと内容を見ると、『くんしゅはみんなをひっぱるえらいひと』だとか、昨日語った説明を台無しにする愚かで抽象的な言葉の数々が記載されていた。字が極めて汚い。一瞬だけ、文字と認識できなかった。
ちゃんと今日の内容と分けるために、白紙のページを開く。そしてこちらに煌々とした眼を向けて、彼は私の言葉を待っていた。餌を求める雛鳥のような…そんな気持ちなのだろう。酷く滑稽に思える。
「ふっ、ふふふ……」
「…………??」
滑稽なのに……悪い気分ではなかった。この知性の低い存在に、私は微かな期待と愛おしさを持っていたのだ。これはペット――――下等生物に向ける愛着や愛玩に近い感情なのだろう。それでいい、今はただ、この退屈という名の心の凪をかき乱してくれる存在が欲しかった。
「そういえば、まだ名前を言っておりませんでしたね」
「あ、確かに。びゃくやの名前はね――――」
「――――
「うん、そうだよ!えっと……」
彼が私の名前を覚えているとは思っていなかった。私は筆記用具で机の角に記載されている名前を隠すと、彼が申し訳なさそうに指を弄り出す。
「……ごめん、名前なんて言うっけ」
「いえいえ、私の口から言いたかったので」
困った顔をする彼を見て、私は小さく肩を揺らす。それから体を向きなおして、彼へと微笑みかけた。
「私は――――」
***
◇視点:無兎浜
「――私は良くも悪くも、天から多くの物を貰って生まれました。疾患のあるこの体では、激しい運動は行えません。その弱点を補うために私が選んだのは勉学でした。ひたすら知識をアウトプットし、いつしか学業の分野において天才だと周りに呼ばれるようになった私は、頭脳労働では誰にも負けるつもりはありません。それは勉強だけではなく、チェスなどのゲームでも……」
有栖はシニカルな笑顔を見せ、恭しくスカートの裾を持ち上げる。そして可愛らしく、小さなお辞儀をした。
「――私の名前は
艶やかな唇から放たれた明瞭なその音色は、鼓膜を過ぎ去って俺の心臓を愛撫するかのような致命的に心地の良い響きを孕んでいた。何度も聞いてきた声なのに、未だに俺の心を掴んで握り潰している。
気品のある一連の動作に多くの生徒が釘付けにされていた。傲慢とも言える自己紹介も、彼女のオーラと直近の行動から納得の出来る内容だと思わされる。拍手も盛大なものになり、有栖がクラスに歓迎されていることは火を見るよりも明らかだった。
お友達(従順な駒)ができそうでよかったね。
それにしても、この次に自己紹介をする人はプレッシャーが凄そうだ。先に済ませていてよかったと心から思う。
「こちらこそよろしく頼む、坂柳。では、そこの前の人、自己紹介をしてもらってもいいか」
「お、次は俺か」
犠牲者は橋本くんだった。ならいいか。
「俺の名前は橋本――――」
聞かなくていいか。
それにしても、有栖の自己紹介後だというのに俺への視線もやや増えている気がする。橋本くんを見てやれよ、可哀想じゃないか。まあ理由は多分、今さっき注目の的となった有栖と親しげにしていたからだろう。
「――――これからよろしくな!」
あ、うん、よろしくな!橋本くんの自己紹介が終わったらしい。前の自己紹介に比べると盛り上がりに欠けているが、決して気まずい空気ではなく普通に歓迎されていた。とりあえず俺も拍手しておく。良い自己紹介だったよ。
「こちらこそよろしく頼む、橋本。では――――」
その「こちらこそよろしく頼む、○○○」ってフォーマット毎回言うの?
それからも次々に生徒が自己紹介を行っていく。真嶋先生の解説に反応した生徒は少なかったので、有栖に匹敵する存在がいない可能性は十分に高い。だが、もしかしたらいるかもしれないと考えた俺は注意深く皆を観察した。以下に、自己紹介で少しでも印象に残った生徒を一部抜粋する。
「――――俺は
顔が怖い。なんとも異質な雰囲気を纏った生徒で、周りの皆も少し怯えている。手足が長く、ひょろりとした体型だ。立ち方からして運動ができそうな印象を覚える。手袋をつけてるけど……なんでだろ?
「――――私の名前は
顔が良い。男子ウケが良いらしく、周りの男子生徒は浮足立っている。俺は適当に拍手をしてやり過ごしていたのだが、ふと白石さんと目が合った。彼女は合図するように微笑んでから顔を逸らす。その一連の動作は、本来なら男子を虜にするものなのだろうが、何か見られてはいけないものを見られたかのような気分にさせられた。
「――――
出たな森下さん。橋本くんの口ぶりからして面倒くさい人なのだろう。マジで関わらないように気を付けよう。
……印象に残ったのはこのくらいか。まだ自己紹介しかしていないし、何よりも俺の観察眼がゴミの可能性が勿論あるが……それでも、有栖レベルを求めていた俺からすると期待外れだと一蹴したくなる時間だった。
別に皆が無能だなんてことはないだろうし、むしろ平均的にはかなり優秀なのだと思える。それでも素晴らしい天才が見当たらない、鳴りを潜めているだけかもしれないが。あと目に余るゴミもいるわけで……このクラスが外れであることを期待しておこう。
俺の心は僅かに冷めていた。これでは、俺も有栖も退屈してしまう。いや、まだ早い。自己紹介だけで選ばれた天才かわかるなんて殆どないだろう。彼らの実力がわかるのはこれからだ。俺は失望を取り繕いながら、入学式が始まるのをひたすらに、静かに待っていた。
◇
「――――生徒会長の、
うおおおおおおおおお!!!!
もうオーラから違った。この人は明らかに有栖にも匹敵する天才だ。凄い、なんて素晴らしいんだ。是非とも彼の能力を発揮する場面に立ち会いたい!
入学式に出てよかった。彼を見れただけでそう思える価値があった。俺は生徒会長のありがたいお言葉を一語一句聞き漏らさないように、その声に集中していた。
……入学式が終わると、今日はもう解散となるらしい。周りの生徒を見れば、自然と気の合う人同士でグループのようなものが出来ている。一緒に食事をしたり、遊んだりなど……楽し気な内容の話が聞こえる。今後の行動を考えていると、横から肩を組まれて声を掛けてきた。
「なぁ、無兎浜。一緒に食事でも行かねえか?」
「俺を誘ってくれるの?橋本くんは優しいんだね」
「別にお前を嫌がるやつはいないだろ……朝の件もあるしな」
「あれ、俺というよりはご主人様が凄いだけだと思うけど」
「いーや。あんな無茶ぶりされてあの質問を出来てた時点で、お前も相当な切れ者だと思うぜ」
「あはは。大袈裟だなあ……」
君も疑問を抱いていた側の癖によく言うよ。
「……まあいいか。で、どうだ?飯の誘いは」
「ちょっと待ってね、今確認するから」
俺は有栖の方へと向かう。確認というのはもちろん、俺が勝手に行動してもいいか、というものだ。人権とかないからね。
「聞いてたと思うけど、俺って勝手に行動しても良いんですか?」
「良いと思いますか?」
「思います」
「だめです」
「ダメだってー」
「そ、そうか……また今度誘うな………」
橋本くんは引き気味にそう答えると、他の女の子を侍らせてどこかに行ってしまった。彼への偏見、間違ってなかったな。
「で、何させたいんですか?」
「ひとまずは……私と共に行動してもらいます。校内の探索を行いながら情報を収集して、明日か明後日までには先生方にコンタクトを取れると良いですね」
「あれ、質問は今日やらないんですか?」
「有効な質問を行うためにも、まずは情報を集めたほうが良いでしょう。それに私は、先生の反応からあの推理が合っていると確信しています」
「ふーん……とりあえず承知しました」
右手を差し出すと、有栖が左手を上に乗せる。ガヤガヤとした喧騒の中、有栖のペースに合わせて俺たちは優雅に歩み出した。
辺りを観察しながら進むが、改めて見ると監視カメラがそこら中に張り巡らされていることが気になった。この包囲網なら、この敷地内に死角は無いんじゃないかと思わされるくらいだ――――って、思ったそばから死角あったわ。わざわざ人気のない空間に立ち寄って見たが……普通にカメラないじゃん。なんで?
「ここ、死角ですね」
「恐らくは、意図的なものでしょうね」
「意図的?」
「思考放棄はいけません。自分で考えなさい」
「えぇ……まあ……あんだけカメラを配置するほどなのに、この死角を見過ごすのもおかしいか。少なくとも、偶然生まれてしまった……なんてことはない、ですよね?」
「ええ、そうですね。他にもこういう場所は用意されていそうです」
「そんなの、学校側が見られたら不味い行動を推奨してるみたいじゃないですか。やだー」
「推奨まではいかなくとも……黙認はしてると思いますね。ここでシロに襲われても、脅されたりして私が学校側に訴えられなければ問題にはならないと」
「成守さんは何してんですか?ねえ??」
「いや私に言われても……」
今度は近くのスーパーに入る。中に生徒はいるが……今の時間、ほとんどの新入生はスーパーなんて興味を示さないだろうし、ショッピングモールやカフェなどのキラキラしたところに行ってると思う。だから今見られる生徒は落ち着いた人ばかりだ。単純にそういう性格の新入生か、既に見慣れた景色だから落ち着いている上級生なのだろう。
「1ポイントで1円の価値なので……妥当な物価ですね」
なんか、有栖にスーパーって似合わなっ。
「ポイント消費するのも怖いし、苦渋の決断だけど外食減らして自炊しようかな」
「良い心意気ですね。ご相伴に預からせてもらいます」
「下手なモノ作れなくなった」
「あの、作らせといて文句を言うほど厚かましくないですよ?」
文句は四六時中言ってるだろ。
ざっと惣菜コーナーを見てから、今後生活するために日用品コーナーを確認する。
「――――あれ、無料商品……?」
驚くことに、歯ブラシや歯磨き粉、洗剤などの必需品に無料のものが置かれていた。
「一人3個まで……救済措置でしょうか?」
「そうでしょうね。ポイントが0になっても最低限の生活はできるように、用意されたものでしょう」
「そんなに荒使いしますかね?いくらかは不明ですけど、元が10万ですし……ある程度は毎月ポイントが振り込まれるでしょう?」
「…………ふむ」
ぐうぅ~~~。
この間抜けな音はお腹から鳴った。俺の。そういえばまだ昼食を取っていなかったのを忘れていた。
「あらあらあらあらあら、可愛らしい音が鳴ったと思ったら貴方でしたか。そういえば食いしん坊でしたものね。ペットのお腹を空かせたままにするのも主人としていけませんし、そろそろ餌の時間に――――」
ぐうぅ~~~。
間抜けな音がお腹から鳴った。有栖の。
「…………」
「…………」
「では、餌の時間にしましょうか」
「…………」
「そんな恥ずかしがらなくても良いんですよ。生理現象なんですから、ね」
「…………」
「あれ、同じ言語のはずなんだが……」
「記憶から抹消しなさい」
「別に今更でしょう、他の人にも見られてないし。それに抹消した方が良いのは小5の林間学校で――――あ、ハイ、ごめんなさい。行きましょうか、昼食。うん、奢りますよ、俺が」
有栖の意向で高そうな洋食になった。
厚かましいじゃねえか。
◇
「――――ふぅっ、疲れた……」
「ほら、私の荷物をまとめるのを手伝ってください」
「ああ、はい……」
有栖の寮へと辿り着き、それなりにある大きな紙袋から中身を取り出して整理する。
下着、パジャマ、でかい兎のぬいぐるみ、私服、メイク用品、予備の歯ブラシ、歯磨き粉、洗顔料、シャンプー、トリートメント、化粧水、美容液、乳液、導入美容液、etc……。
よく俺これ全部持てたな。
昼食後はショッピングモールで服や化粧品を買うのに付き合わせれた。男子禁制って感じの雰囲気をした空間に行くのは極めて憚られたが、抵抗しても圧が凄いので従うしかない。途中、こいつは絶対に困った俺を見て愉悦を感じていた。
「結構散財したのでは?」
「女の子には必要なものが多いんですよ。まあ、これ以上は無駄遣いも出来ませんが…………」
ぬいぐるみとか買わなくてよかったでしょ、絶対。こんなのはダニの温床だよ???
「じゃあ部屋とか荷物片づけたんで、俺は自分の夕食用にスーパー行って自炊の準備をします。結局、有栖も食べるんですか?」
「………今日はそうさせてもらいましょうか。材料費は出しますよ」
「それはどうも、食べるのはココ?」
「今後の分も買い込むつもりでしょう?でしたら、貴方の部屋の方が都合が良いのでは」
「ならそうしますね………先に部屋へ連れていった方が良いのかな」
「この機会に連絡先を交換しましょう。戻る際に連絡して頂ければ、寮の入り口で待機しています」
「うん、わかりました」
支給されたスマホに連絡先を登録する。今のところは、有栖しか表記されていない。流石にもっと増やしておきたいな。
「じゃあ、そういうことで」
「ええ、また後で」
「――――初めまして、無兎浜白夜」
あのスーパーで野菜の目利きをしていると、勝手に要注意人物にしていた森下さんに遭遇してしまった。そんなバカな。
「やあ、森下さん……だったよね。君もスーパーに用があったの?」
「いいえ特には。貴方に興味があったので」
「もしかして、ストーカーされてたのかな」
「心外な。ただの観察ですよ。今日一日、貴方の動向をチェックしていた……それだけです」
世間はそれを…………。
「全く。初日から坂柳有栖とランデブーなんて、隅に置けない男ですね」
「……それこそ心外だなあ。彼女とはそういう陳腐な関係じゃないんだよ」
「手も繋いでおいてそれを言いますか」
「有栖は足が悪いからね、補助のために手を繋いでいたんだ」
「詭弁の擬人化ですか?」
それはお前だろ。
「まあいいや……森下さんも折角来たのなら、なんか買ったらどう?」
森下さんを見ると、カゴも持っていなければバッグもない手ぶらだった。何も買うつもりはないんだろう。
「では、貴方が買うべきものを私が選んであげます」
彼女はドヤ顔……というには無表情すぎる顔でそう
「いや、いいかな」
「人参とかどうですか?名は体を表すと言いますし」
「ああ、耳とかないんだ……人参は要らない、あんまり好きじゃないんだよね」
「兎の風上にも置けないですね」
「風上に置かれるつもりがないからね」
森下さんを適度にあしらいながら、食材をカゴに詰めていく。
「もしかして、自炊するつもりですか」
「うん、ポイントは節約したいし」
「なるほど、それで坂柳有栖の胃袋を掴もうという魂胆ですね」
ちょっと当たってるのが腹立たしい。
「貴方がこのスーパーに入る前に、近くにある百均でお皿や箸などを購入しているのを見ています。同棲でもするつもりですか?」
「それだけで2人分なんて決めつけられないでしょ。ほら、予備の可能性もあるし」
「更にその前に、女性の寮から出てくるのも見てるので」
「参った。結構気を付けてたんだけどなあ」
かなり周りに気を遣っていたのだが、森下さんには見られてたらしい。まあ今日一日ストーカーされてて気づかなかったし、彼女の尾行能力が無駄に高いのだろう。
「私以外には見られていないと思いますよ。まあ、見たのが私で良かったですね。安心してください」
出来ねえよ、ボケが。
「ということで、私もご相伴に預かります」
「え、嫌だけど」
「おかしいですね。美少女2人と夕食なんて、男子高校生なら喉から手が出るほど求めてるシチュエーションのはず……」
そんな馬鹿な男子高校生ならまだしも、まともな人間なら警戒しないわけないだろう。こんな怪しい存在を、やすやすと有栖に近づけるほど迂闊な行動はしない。
「別に他の日ならいいよ」
「まさか、私と坂柳有栖でバレないように二股を目論んでいる……??とんだケダモノですね」
「あのさ、なんで俺に注目してるの?というよりは、有栖の方を観察するつもりだったのかな」
「いえ、最初から貴方の方を狙っていました」
「…………なんで?」
「乙女は秘密が多いほうが魅力的なんですよ」
「ふーん、教えてくれないんだ。まあいいけど」
「まあ強いて言うなら……」
教えるんだ。
「――――実は主導権を握っているのは貴方の方だった……なんて展開だったら面白いかなと思いまして」
「いや無理でしょ。あんな傲慢が服着てるみたいな人から主導権奪うの」
「あら、尻に敷かれてるんですか。だから去勢された犬みたいに従順なんですね」
コケて死なねえかな。
「好き勝手妄想する分には構わないけど、俺たちに迷惑はかけないでね」
「……まあ、癪ですがわかりました」
「なんでそっちが癪に感じてるの??」
「喜びなさい、この美少女と連絡先を交換することで今日のところは手を打ってあげます」
「うん、むせび泣くほど嬉しいよ」
「それにしては、あまり敬意を感じませんね」
君が消えてくれることに対してだからだね。
本日二度目の連絡先交換をすると、訝しむような視線を向けながら森下さんは去っていった。嵐のような人だったな。会話力の高そうな橋本くんも警戒してそうだったし、彼女とまともに会話できる人物はいるのだろうか。
「――――なるほど、尾行してきていたのは森下さんでしたか」
「えっ、気づいてたんですか?」
俺は有栖と鍋をつつきあいながらさっきの出来事を話していた。森下さんの妄想と、連絡先を交換したことは言っていない。
あ、俺の狙ってた肉が……。
「ええ。別に見られて困るものでもないですし、泳がせていました」
「へえ、そう……」
「ほら、もっと野菜も食べなさい」
「俺のお母さんかな??」
「…………」
有栖によって、俺の取り皿に野菜が積まれていく。美味しいんだけどね?お出汁も染みてて。でも肉……。
「それと明日、貴方にやってほしいことがあります」
「え、何ですか?」
「なんだと思いますか?」
だるいって。
「……ご主人様の狙いはわからないけど、個人的に他クラスの動向をチェックしときたいなー……とは、考えてました」
「悪くはありません。ですが足りない」
「足りない?」
「
「……承知しました」
「それと、可能なら昼食時に食堂の確認を。私の読みが正しければ、高確率で無料のメニューがあります。それを頼む人が居れば顔を覚えなさい」
「そんな無茶な……」
「貴方の返事はYESかワンだけです」
「………………YES」
「ワンと言わないところに微かなプライドを感じますね」
有栖の無茶難題を受けながら、俺は出汁の染みた野菜を口の中で咀嚼する。じゅわっと、温かい液体が溢れ出してきた。
***
※視点:堀北
現在は休み時間。俺は移動のために三学年の廊下を歩いていた。一定のリズムが足元から響く。そのリズムに合わせるような音が横から聞こえてきた。
「――会長。次の試験の資料なのですが――――」
生徒会書記――――
「……む?」
「会長……?どうかしましたか?」
振り返った先を見ても、一瞬その違和感の正体に気づかなかった。そこにいたのは一般的な生徒だ。だが、俺の記憶が正しければ三学年にあの顔はいない。と、すれば下級生だろう。そこにいるのが当然かのように馴染んでいる。あの落ち着き払った所作は一年ではない可能性が高い。二年か?
彼の様子を見ると、それぞれのクラスを確認しているようだった。人探しだろうか。俺はほぼ直感のようなものに従い、彼に話しかけることにした。
「そこのお前、見ない顔だな。下級生か?」
「――――……これは僥倖ですね。生徒会長と話せるだなんて」
振り返った彼の容姿は、あまり特徴が感じられない。黒髪の若い人間……それが第一印象だった。特別惹きつけられるような目立った要素は無いが、だからこそ引き算の美を彷彿とさせる顔だ。故に中性的で、男装した女子と言われても納得してしまう。だが、声は爽やかな少年のものだった。彼は涼しい笑顔で答える。
「俺は1年Aクラスの、無兎浜白夜です」
無兎浜……
「一年だったのか、落ち着いていたので気づかなかった。ここには何の用で来た。人探しか?」
「人探しというのも、あながち間違ってはいないかもしれません。観察しに来たんですよ、クラスごとに生徒の様子を」
「…………ほう?」
クラスごとの観察……だとすればこいつは、既にこの学校の仕組みを理解しているのか?他の生徒とは一味違うのかもしれない。
「それで、お前はどんな結果を得た」
「……ま、生徒会長ならいいか…………この学校がクラスで競争をさせているという推論は出ました。支給されるポイントが、所属するクラス全体の働きに依存することも」
「えっ………!?」
横の橘が目を見開いている。無理もない、まだ二日目だ。この段階で新入生がそこまで推理出来ていることには、俺も驚かされた。
「……横の彼女は?」
「すまん、紹介が遅れたな……橘」
「――あ、はい。生徒会書記の、橘茜です」
「――――アカネ……ふーん……良い名前ですね!よろしくお願いします」
「は、はい……よろしくお願いします」
「で、今のって当たってますか??」
「悪いが、それを答えることはできない。だが、お前にはこの返答で充分だろう?」
「はい、それはもう」
……まるで底が見えないな。
「お前のようなやつがいるなら、Aクラスは安泰かもな」
「――――勘違いしないでください」
途端に、無兎浜から笑顔が消失する。橘がびくりと肩を震わせた。そうなるほどに、目の前の男には不気味なものがあった。
「俺みたいな捨て駒の凡人が、Aクラスを導く核なわけないでしょう。クラスを率いる君主は――――別にいます」
「……あくまで、自分は凡人だと?」
「仕組みに気づいたのだって、俺よりは彼女の方が先だ。ヒントを貰わなかったら、今頃は気づかずにのうのうと過ごしていましたよ」
「そいつの指示に従ったというわけか……その君主は、中々の切れ者らしいな」
「はいっ!彼女は紛れもない天才だ。俺なんか比べものにならない」
無兎浜は口角を吊り上げる。先ほどの爽やかなものではない。もっと粘性のある、ドロドロとした闇だ。真っ黒な目には、光を吸い込む引力があった。
「宣言しますよ。彼女は必ず……貴方すらも超える存在になるってね」
「なっ!」
「橘、下がれ……なるほど、それは大きく出たな」
「……そう思わせるポテンシャルがあるんですよ。まあ、今はまだその全てを発揮できていませんが………それを開花させるのが俺の役目です」
「そうか、楽しみにしているぞ」
「ただ、それまでにDクラスの格下に足を掬われないよう、気を付けなくてはいけませんがね」
「ふっ、それもそうだな。無兎浜、お前の――――ん?お前今………」
「――――Dクラスは格下……やっぱり、クラスの割り当てには優劣があるんですね」
「……カマをかけたのか。演説のような振る舞いも、こちらを油断させるためのものか?」
「さあ?どうでしょう」
無兎浜は元の爽やかな顔に戻っていた。本当に底が知れない男だ。どこまで考えているのかが読めない。
「でもよかったですよ、その部分は有栖の予想と椅子の数でしか自信がなかったんです。おかげで一位の特典やその決め方に目星を立てられました。良い報告ができそうだ」
「なるほど、椅子の数か……ペナルティも予測がついているのだろう?」
「そこは彼女が気づきましたけどね……俺が気づいたのは椅子の数と、無料の山菜定食を食べてる生徒が全員Dクラスだったってことだけです。それも有栖の指示で調べたものですが」
「その有栖という生徒が、お前の言う天才か」
「はい、俺の太陽です」
「た、太陽……その有栖という子は、女の子なんですよね……?」
「……?そうですけど」
「お、おお………っ!!」
何を盛り上がってるんだ
「無兎浜、俺の連絡先を交換しておこう」
「えっ!?良いんですか会長!?」
「わあっ!光栄です!ぜひ交換させて頂きます」
無兎浜と連絡先を交換すると、俺は自分のポイントから送金をする。
「え、これ……」
「俺からの個人的な報酬だ、受け取れ」
「結構な額じゃないですか。別にポイントは先生を強請って稼ごうと思っていたので結構だったんですけどね……」
「うわぁ……」
「お前……」
「まあ、貰えるものは貰っておきます。この恩を返せるほどの結果を出せるよう、頑張りますよ」
「……そうか」
俺は元々向かっていた道へ向き直り、最後に一言だけ伝える。
「――――またな、無兎浜」
「……ええ、また」
俺たちはそれ以上の会話をせず、その場を後にした。横から橘が声をかけてくる。
「それにしても、驚きましたね……まさかあんな生徒がいるなんて」
「ああ、それにあいつ曰く、自身は末端の人間らしい。今年のAクラスはとんでもないかもしれないな」
あいつなら、もしかしたら南雲を……まだ判断はできないが、生徒会に誘ってもいいかもしれない。
俺は無兎浜と会う前よりも、軽い足取りで廊下を歩いていた。
***
◇:無兎浜
「――――頼む、無兎浜!俺と白石を結ぶキューピッドになってくれ!!」
「?????」
そう言ってきたのは、同じクラスの
「えっと、なんで俺にそんなお願いを?」
「だって、お前は坂柳がいるだろ?ライバルにならないと思って」
「…………」
「それに入学してもうすぐ一週間だぜ?隣の席だし、初日から気になってたから話しかけたりはしてる……なのに、まだ一回も食事に誘えてないんだ!これは由々しき事態だぜ……」
クソどうでもいいです。
「うーん……報酬はあるの?」
「協力してくれたらスペシャル定食奢るぜ」
「乗った」
貰えるものは貰わないとね。堀北会長と遭遇した後に、有栖と葛城くんを連れて先生とお話をしたら何故か150万ポイント貰えたから金欠ではないけど。口止め料だとかなんか言ってた気がするけど知らない。最初に提示された額が50万だったので、思わず「しょっぱ」って言ったら有栖が便乗して倍以上になったのも知らないし、真嶋先生と葛城くんが引き攣った顔をしてたのも知らない。俺は何も知らない……これが無知の知か。
「おっ、面白そうな話してんじゃねえか」
「橋本く~ん。丁度良いところに」
「は、橋本はダメだ!こいつは危険すぎるッ!!」
迫真すぎんだろ。
「なんだよ、俺は除け者か?」
「お前みたいな
「めっちゃ言うね。でもそんな橋本くんだからこそ、役に立つ可能性はあると思うよ?」
「え、そうなのか?」
「橋本くん、白石さんについて知ってることを教えてくれないかな?」
「お、良いぜ。と言ってもそんなだけど」
橋本くんは俺の隣に座ると、喜々として内容を語り出す。コイツ話が早いな。
「まず、白石は今のところ男と2人きりでの交流はしていない」
「マジでか!」
「あと、西川と仲が良いな」
「確かにそのイメージがあるね。そういえばこの前、清水くん達とその2人が一緒に食事に行ってなかった?」
「マジでか……!??(驚愕)」
「安心しろ、少なくとも清水は西川狙いだ」
「マジでか……(安堵)」
「でも、油断はできないよね。白石さんは人気だし、他の男子が虎視眈々と狙ってるはずだから」
「マジでか!!??て、おま、俺の味方じゃねえのかよ!」
「ごめんごめん、ちょっと面白くなっちゃって。でも、油断できないのは本当だよ。出来るだけ早く交流した方が良い。時間が経ってからじゃ余計に話かけづらくなっちゃうんじゃない?」
「だ、だけどよ……どうやって食事に誘えば…………」
「俺が誘おうか?」
「
「どうやってって、普通に誘うのはダメなの?」
「お前もそっち側かよ………」
吉田くんは何だかガッカリした様子を見せた後、ぽつりと気持ちを語り始めた。
「もし誘ってさ……断られたりしたら、きっと心折れるぜ。俺にそんな勇気ねえよ……」
「ま、勇気があったらこうなってないよな」
「……ムカつくがその通りだ。だから頼む、無兎浜!俺の代わりに白石を誘ってくれ!」
「え、それ逆効果じゃない?」
「だよな」
「え、な、なんでだ?」
唯一の希望が打ち砕かれたように、吉田くんは目を見開いて絶望の顔を俺に向ける。
「だって、白石さん目線では率先して誘ってくれたのは俺だよ?吉田くんはそれについてきた人って感じの印象になると思う。この状況、白石さん的には俺の方が積極的に動いているし好感度高くなっちゃいそうだけど」
「ああ、一人の女子に断られるかで一喜一憂してる姿を見せると、逆に女子は離れていくぜ。女子は余裕のある男が好きなんだよ。だから、自分の本命じゃない女子に好かれちまうなんてことはザラにある」
「う、うわあ……お前らってやっぱモテるんだな」
お前
「でも、どうすればいいんだよ」
「まずは、断られても大丈夫なメンタリティを獲得しないとね」
「これは経験で身に着けるのが早いな」
「経験って……」
「白石さんじゃない女の子を、遊びに誘おう」
「無理無理無理」
「さて、誰を誘おうか……」
「あんまりそのことを広めなさそうな子が、吉田くんにとっては好ましいよね」
「待て待て待て!急だって!」
「こういうのは早いほうが良いんだよ」
「で、でも、丁度良い人なんているか??」
「俺が紹介しようか?」
「そ、それは……」
確かにそれが早いか。うーん……でも、それだけじゃ足りない気がするな………もっとこう、根本的なところを改善しないと。
「あ、待って。丁度良い人がいるよ」
「え」
「――――ごめんなさい……私、今日は他に用事がありまして……」
「あっ、そっすよね~…………ハイ…………………」
「無兎浜……お前えぐいな………」
「橋本くん、こういうのはまず思い込みを取っ払わないと」
俺が行ったのは、有栖に頼んで吉田くんを迷惑そうな顔で振ってもらうという内容だ。吉田くんは断られる=ゲームオーバーだと思っている。まずは失敗を経験して、意外と大したことないというのを
有栖もノリノリで助かった。今だけはその性根の悪さに感謝しておこう。
彼女が優雅な足取りで去っていくと、肩をがっくり落とす吉田くんに橋本くんが陽気な声をかける。
「ドンマイ、あれは仕方がないぜ………流石にレベルが高すぎる」
「よし、次は橋本くんが紹介してくれる女子を誘おうか」
「鬼かお前!!?今の結構きつかったぞ!!もっとこう、慰めの時間を……」
「あのね、女子一人に断られてくよくよしてたら、
「ぐっ………まあ、それもそうだな………あと、坂柳にはお前がいるし無理だなって思ってたからまだ大丈夫だ…」
「………………」
「それに、何も一回断られたから終わりなんてことはない。しつこくアタックするのは逆効果だが、何も気にしてない風に後日誘ってみたら、案外行けたりすることもあるぜ」
「そ、そうか……そうだよな…な、なんか自信出てきた!」
単純だなあ。
「よし、この調子で誘っていってオッケーが出たら練習がてら普通に遊んじゃおう。仮に嫌われても別に本命じゃないから大丈夫だし、気楽にいこうか」
「お、おお!!」
◇
次の日。
「俺は覚醒した。もう怖いものはない」
「そっか」
「冷たいな~……」
吉田くんは女子に断られる経験とオッケーされる経験、そして一緒に遊んだ経験から相当自信がついたらしい。
「本当にありがとうな、無兎浜!……それと、橋本も………」
「これは貸しにしとくぜ?」
橋本くんは得意げな顔でそう言った。まあ、彼が協力的なのは俺への打算によるものだろう。信用は出来ない。
「お、奢りでいいか?これから白石を昼飯に誘うし、オッケー貰ったらその時に……」
「それでいいぜ。頑張れよ、吉田」
「お、おう……じゃあ、行ってくる」
気を引き締めたように身体を強張らせて、吉田くんは白石さんの座る席に向かう。
「無兎浜、上手くいくと思うか?」
「無理じゃない?」
「お、お前マジか……」
「吉田くんが既にやらかしてて、白石さんからの印象が悪い可能性もある。仮に緊張を見せずに誘えたとしても、白石さんにそもそも予定があったら駄目だし……やっぱり確率は低いと思うよ」
「まあ……そうだな」
俺たちは白石さんと吉田くんの会話に聞き耳を立てる。
「な、なあ白石、今から昼食か?」
うわなんかダメそう。
「はい、そうですけど……どうかしましたか?」
「もし良かったら、俺たちと一緒に行かねえか?もっと白石や他の皆と仲良くなりたいんだ」
「なるほど……他に誰かいるのですか?」
「ああ、無兎浜と橋本もいるぜ」
あ、俺もいるんだ。そりゃそうか。
「……………そうですね………」
白石さんは何だか長考し始める。その様子に耐えられない吉田くんはメッキがぼろぼろ剝がれてソワソワとしだした。もっと取り繕ってくれ。
「……西川さん、今日のお昼……吉田くん達とご一緒してもよろしいですか?」
「……え、珍しいね?別にいいけど」
「ありがとうございます。じゃあ一緒に行きましょうか」
「お、おう、わかった。二人にも伝えてくるな!」
白石さんに背を向けると、それはもうニマニマした顔でこっちに歩いてくる。何かの間違いで白石さんにその顔見られないかな。
「うまくいった!うまくいったぜ!!」
「うん、聞こえてたよ……浮かれるのは全部終わってから。待たせても悪いし、行こうか」
「頑張ったな、吉田。お前はもう立派な漢だ」
「よ、よし……それじゃあ飯の時も、さりげなく俺と白石がうまくいく様に
発音腹立つぅ~。
「――――食堂、やっぱり人が多いですね……」
「そうだね……あっ、あそこの席が空いてるよ」
「お、ナイス!」
なんとか席を確保した俺たちは、食券を購入して料理が来るまで待つ。その間も気まずくならないように、橋本くんや吉田くんが会話を回してくれる。便利だなーこういう人がいると。橋本くんと吉田くんはカツカレー定食、俺はスペシャル定食を選んだ。
「……無兎浜くん、細いのにそんな食べれるの?」
「自己紹介の時に言ったけど俺は食いしん坊なんだ。だから、このくらいなら実はぺろりといけちゃうんだよね」
「へー……それでその体型………羨ましいなぁ……」
「あはは……」
「何か運動でもしてんのか?」
「まあ運動不足解消のために軽く筋力トレーニングはしてるけど、それだけだよ。だから橋本くんみたいに運動部に入ったりはしないかな」
これは本当だ。だから真の実力を隠しているみたいな展開ではなく、普通にスクワットや走り込みで死にかけている。握力は平均23しかない。
「へえ、何だかギャップがありますね……私、前から無兎浜くんに興味があったんですよ」
「そうなんだ、嬉しいな。俺も白石さんや西川さんと仲良くしたいし、今後もこのメンバーで何か出来るといいね」
横目で確認すると、吉田くんが鬼の形相で俺を見ていた。こいつはもうダメだ、わかりやす過ぎる。
俺は行儀が良いので、ちゃんといただきますを言ってから定食を頬張った。あ、美味い、エビフライうまー。デザートまでついてるし、最高か?
「お前一口でか」
「何か言った??」
「いや、別に……」
「そういえば無兎浜くんって、坂柳さんとはどういう関係なの?」
「知り合い」
「……え、それだけ?」
「うん、それだけだよ」
「うっそだー、手も繋いでたじゃん」
「彼女は足が悪いからね」
「シロとか呼ばれてなかった?」
「ところで吉田くんって、部活入ったりしてるの?」
「うわ、露骨に話逸らした」
「お、俺は何も入ってないけど……別にやりたいこともないし」
「そうなんだ、女子二人もそんな感じ?」
「そうそう」
「私もです。橋本くんはテニス部に入っていて凄いですよね」
「実は結構サボってんだよな」
「まだ入学して一週間でしょ、サボるの早すぎない?」
「悪い男だー」
「勘弁してくれ」
……まずいな、吉田くんは本来コミュニケーション能力が高い人なんだけど、緊張して上手く会話に入れていない。さっきまではまだ大丈夫だったんだけどな……あ、白石さんが俺に興味あるとか言ったから、それで動揺してるのかも。
「このメンバーでカラオケ行かない?」
「お、おお!良い提案するじゃねえか西川!」
「どんだけカラオケ行きたいの、この人……」
「どうする、今日の放課後にでも行くか?」
「私は大丈夫ですよ」
「俺も大丈夫だ!」
助け舟が出てくれて助かった……俺も行った方がいいか。
「俺も――――」
「あ、無兎浜くん」
白石さんが優しく名前を呼ぶと、俺の口元にティッシュをふんわりと押し当てる。
「ソース、口元についていましたよ~。ふふ、気をつけてくださいね?」
花が咲くように彼女は微笑んだ。その笑顔は確かに可憐なのだが……俺には横の吉田くんから向けられた殺意と橋本くんの冷や汗が気になって仕方がない。そして、俺は気づいてしまった。
「白石さん……君って実は、悪い
「……え?」
「な、何言ってんだ無兎浜!白石は良い奴だろ!」
「あ、いや、うん……それはそうなんだけどね?」
白石さんは確実に、吉田くんの気持ちに気づいて遊んでいる。俺にはわかる、人を弄んで愉しむ人間特有の笑顔は何故か知らないけど見慣れているんだ。何故だかは知らないけど。
「……女の子の前で他の子のことを考える無兎浜くんも、悪い
こっわ。やだよこの人。
「え、なになに?これってどういう感じ?」
「私達が仲良しって感じです。ね?無兎浜くん」
「あはは」
「それで乗り切れねえだろ」
まさかこんな危険人物だったとは。森下さんと同様、彼女は無事に俺の中のブラックリスト入りを果たした。
「とりあえず、カラオケは俺も――――」
スマホの通知音が鳴る。俺のスマホを取り出すと、有栖からメッセージが届いていた。
『放課後、時間を空けておきなさい。貸しもあるので貴方に拒否権はありません』
「…………ごめん、今日の放課後は予定があって無理かな」
「坂柳さんからの呼び出しですか。やっぱりお二人って………」
なんで画面見せてないのにわかるの?エスパーなの??
「へぇー??そういうことなら仕方ないねー?カラオケはまた今度にしようか」
「そうですね、せっかくなら皆で行きたいですし」
「ああ、俺も無兎浜がいた方が楽しいしな。吉田もそれでいいか?」
「ああ!別に大丈夫だぜ!」
「ありが――――ん、え……?」
吉田くんの顔を思わず二度見してしまった。カツカレーのルーを口元と鼻先につけているのだ。故意にやってるのは、誰が見ても明らかだった。
「「「「………………」」」」
………こいつマジか。
◇
夕焼けが空を支配する時間帯、俺は有栖に指示されてコンビニの近くまで来ていた。何をするのかは全くもって知らされていない。
「さて………貴方には、ここでしばらく待機してもらいます」
「待機?」
「抜き打ちテストみたいなものですよ」
カス。
「気づいたことがあれば迷わず行動してください。では、また後で」
「……抽象的な指示だなー………」
有栖はどこかに消えてしまうと、その場には静寂が残った。特にやることがないので、近くを通る人たちを観察していく。脂汗を浮かべる清掃員のおじさん。ガラの悪い男子生徒たち。早足で歩く女子生徒。猫可愛い。よく響くいらっしゃいませーの声。あの生徒、上級生に喧嘩売られてる…こわー……。ギャルっぽい集団の喧騒。鳥の羽ばたく音。清掃員のおじさん疲れてそうだな……がんばれー!早足で歩く女子生徒。また猫だ――――あ。
俺は有栖の指示通りに迷わず行動する。コンビニから出てきた女子生徒の後を追って、周りに生徒が見当たらないことを確認してから声を掛けた。
「
「――――っ……!」
クール系女子の神室さんは同じクラスの生徒だ。声をかけると、驚いた様子でこちらに振り向く。
「………………何?」
「いや、やけに急いでるなって思ってさ。何か予定でもあるの?」
「アンタには関係ないでしょ」
「予定があるんじゃなくて、誰かに会うのが嫌だった?なんだかキョロキョロしてたし」
「………っ……妄想も甚だしいわね。急いでるから、それじゃ――――」
「――質問を変えようか。
今、万引きしたんだろ?」
「――――」
神室さんは目を見開いて黙った。わざと直接聞いてみたけど、どうやら推測は当たっているらしい。当たってなかったら黒歴史だったと思うと結構な博打をした気がする。
「いやあ……ご主人様のあんな匂わせがあったら救いようのない馬鹿でも怪しむと思うよ?彼女が何かするならAクラスの人間も警戒しようと思ってさ。幸いなことに……まあ必然だったのかもしれないけど、近くにいたAの生徒は神室さんだけだったから助かったね。コンビニに入る前と入った後でバッグのファスナーがずれているし、今働いている店員さんは声が大きいから、会計を通ってるなら退店時に声掛けが聞こえるはずなのに聞こえない……どう?結構頑張ったと思わない?」
「………………」
俺は自分の推理を垂れ流した。きっと手ごたえがあって興奮していたのだろう。だが、神室さんは黙りこくったままだ。
「………えっと…え、もしかして、何を盗んだのかまで当てなきゃいけないの??……勘弁してよ」
俺は店内の構造を必死に思い出す。
「えっと……まず、開放感のある入り口付近はないでしょ。心理的に手を出しづらいはず、窓付近も同様。店の奥の方で、店員の居場所にもよるけどレジから見える場所も違う……戸棚の配置を考えると………飲料水とか?食品はそのまま数が減るけど、飲み物は奥から手前にズレてきてぱっと見じゃわからないからハードルは低そうだよね……ごめん、ここまでしか推測できないや……答えを教えてくれない?」
「…………流石に、種類までは坂柳と違ってわからないのね。でも、飲み物なのは当たってるわ」
そう言って神室さんは、バッグを開いて中身を取り出した。
「―――…お、お酒は予想外だな……飲むの?」
「別に、お酒に興味なんてないわよ」
「そっかスリルか…常習犯なのね、確かに納得したよ…………で、彼女からはなんて聞かされてる?」
「盗めって……」
「うーん端的」
「――――お見事です、白夜くん。満点ではありませんが、合格点は与えましょう」
いつからいたのか……いや、口ぶりからして全部聞いてたんだろう。背後から有栖が現れた。
「抜き打ちテストやめてください……疲れるので」
「貴方みたいな凡人は努力しなかったら終わりですよ。まあ、それでも天才には届きませんが」
「……重々承知してますよ」
「さて、紹介が遅れましたね。彼女がこの学校で最初のお友達、神室真澄さんです」
「可哀想に」
「どういう意味です??」
俺は神室さんに向き直って、右手を差し出す。
「ごめんね、ご主人様が勝手なことをしちゃって。これからよろしく。お互いがんばろう」
「釈然としませんね……」
「アンタも何か弱みを握られてるの?」
「うーん……直接的なものはないけど………似たような感じかな」
「……あっそ………よろしく」
神室さんは渋々といった具合に手を出して握手をする。これからは、俺の負担も少しは減りそうで助かった。マジで。でも正直、申し訳ないという気持ちが強い。
連携をとるために、神室さんとも連絡先を交換した。よしよし、順調に連絡先が増えてるぞ。登録した人たちをスクロールして確認する。
有栖。
森下さん。
橋本くん。
堀北会長。
葛城くん。
吉田くん。
清水くん。
白波さん。
島崎くん。
白石さん。
西川さん。
神室さん。
……うん、順調にお友達が出来てきたな。CクラスとDクラスの友人も欲しい。役目を果たすためにも、ね。
連絡先を眺めながら、俺の口角は僅かに吊り上がっていた。