第四話 『ニオイ』
朝だ。現在の時刻、午前五時。
目を覚ますと、背中に堅い感触が広がっていた。雲みたくふかふかだった俺の寝床が
俺を蹴落としてフカフカお布団を奪いやがった。純粋にカス。腹いせに手足を麻縄で縛ってやると、俺は日課の走り込みをするために外へと駆り出された。
「――――はぁッはぁ…、はっ………」
人気のない、真っ直ぐな並木道で脚を回す。一歩一歩が重くなって、体温がぐんぐん上がり、たまに鼻で呼吸すると脳に歯磨き粉をぶち込まれたみたいな清涼感に襲われた。足取りにトロミが出てきて速度は徐々に落ちていく。そのままの流れで歩きへと遷移した。肩で息をしながら、ボーっとする意識に身を委ねて進む。
……疲れた。これはいつものペースじゃない。前に見た須藤くんのペースだ。彼の持つ規格外の肉体では序の口なのだろうが、俺には少々ハード過ぎた。キッツい……もうやりたくない。けれど、努力しないと何も残らない。凡人なら、せめて凡人に出来る最低限のパフォーマンスを引き出さなければ。例え微々たるものだとしても、それに縋るしか道は無い。
「はぁ…、でも……これは、ちょっとやり過ぎだなぁ………」
「――――えっ、無兎浜…くん……?」
「……あれ、久しぶりだね――――白波さん」
そこにいたのは
「えっと、久しぶりだね。何してるの…?」
「ああ、走り込みだよ。入学してから毎朝こうして身体を動かしてるんだよね。意外でしょ?」
「う、うん……運動が好きなの?」
「そういうわけじゃないよ。最低限は鍛えておこうと思ってさ。ちなみに、白波さんはどうしてこの時間に外へ?」
「…あ、えっと……散歩、かな」
白波さんは目を逸らして答える。あんまり仲良くないから気まずいのかな。助けて橋本くん、こういう時どうすればいいの???
「へぇー……早起きなんだね」
「今日は…ちょっと早く起きたから……」
「何か、楽しみなことでもあるのかな?」
「うん……!今日っ、一之瀬さんとデー……遊ぶから、それで…!」
硬かった表情が明るくなり、太陽のおかげか目が煌々として見えた。この話題が話したいのかな?深堀りしてみるか。
「一之瀬さんと!いいね、それは二人で?」
「そうなの!誘ったら二つ返事で応えてくれて……!」
「この敷地内ならいろんな物があるし、楽しくなりそうだね」
「……うん…楽しく……なりそう…」
「………ふーん…散歩って、デートコースの下見だったり?」
「えっ!??なっ、なんで」
「単純に、白波さんが歩いてきたのは寮じゃなくてケヤキモールがある方向だったから。楽しみなことがあるってよりは浮かない顔をしていたし、もしかして不安なの?」
「……………凄いね、ちゃんと見てる。ナンパしてきた人は違うなぁ」
「誤解、誤解ねソレ」
「……無兎浜くんが言った通り、一之瀬さんが楽しめるのか不安なんだよね。がっかりさせちゃったらどうしようって……」
……この子、相当一之瀬さんが大切なんだなぁ。
「確かに不安になる気持ちはわかるなぁ……でも一之瀬さんはさ、白波さんと一緒にいること自体が楽しいと思ってるんじゃないかな」
「……そんなの、わかんないよ」
「二つ返事で了承したんでしょ?仲の良い相手じゃないと出来ないと思うけど」
「で、でも、私を傷つけないようにしてるのかもしれないし……」
「……悲観的に考えだしたらキリがないよ。了承した時点でポジティブな心意気はあったと考えた方が自然だ。白波さんの悲観通りに一之瀬さんが乗り気じゃなかったとしてさ、一之瀬さんらしい考え方なら『これを機に仲良くなろう!』くらいは思ってそうじゃない?そういう人でしょ?」
「!…………うん、一之瀬さんは、そういう人だよ…」
「なら、どっちにしろ考えることは一つ………今日の時間を大切にしよう!……これだけだよ」
「――――……そうだね…」
白波さんは顔を手でぱちんと叩くと、俺に爽やかな笑顔を向ける。
「ありがとう、無兎浜くんのこと……ちょっと見直したかも」
「ああ、やっぱりマイナススタートだったんだ……」
「それはそうでしょ。一之瀬さん狙いのナンパだったし」
「うん、その誤解はどうすれば解けるのかな??」
「……じゃあ、一之瀬さんのことは狙ってないの……?」
白波さんはじっとりした目で俺を射抜く。なるほどね、敵かどうかを確認したいんだ。
「異性としての関係を狙ってるかだよね?全く狙ってないよ、だから……
「……!……………信じるよ?」
「いくらでもどうぞ?」
「………ふふっ」
今俺のこと笑ったか??
とりあえず、白波さんは悩みが解消して晴れやかな顔になった。緩く手を振って「またね」と残して寮へと戻っていく。
まだ朝方だからか太陽の位置が低く、俺が進んでいた方角にあるので極めて眩しい。手で目元を隠しながら、光の先を目指して再度走り出した。
「――――あの」
「あ、ごめんなさい。忘れてました」
「御託はいいのでさっさと解いてくれませんか??」
帰ってくると、ベッドの上で有栖が死んだ目をこちらに向けていた。布団の形跡から、一人で縄を解こうと身じろぎをしたのが窺える。
……スマホから通知?白波さんからだ……ああ、今日のことの口止めか。
「写真!?いや――――動画っ!!?さ、最低っ…………寝起きの私にこんな仕打ちを……」
寝起き
自分のこと神棚に上げてんのかな。
しかし、今の俺は客観的に分析すると『女子を自室のベッドの上で拘束』して『スマホを向け』、『息を荒げている』……変質者の三連単である。流石にヤバいのでそろそろ縄を解こう。
「…………ぁ」
待て、今の俺は汗をかいている。白波さんの時は意識がそっちに持っていかれたから気づかなかったが、臭いかもしれない。
「………?」
「シャワー浴びて来ます」
「はい???」
「では」
「ちょっと、私は??」
「大丈夫です、すぐ戻るんで」
「あの、既に起きてから30分以上経っていまして……え、うそ!?なに扉を閉めようとしてるんですか!?」
うわぁ気持ちわりぃ!??芋虫みたいに這って来んなよ!
「お、おすわりッ!(錯乱)」
「おまわりを呼びたいです」
「ちょっと待っててくださいね?良い子だから」
「なんで私が悪いみたいに―――」
バタンッ!!
洗面所の扉は閉められた。
◇
「…………どうして麻縄なんか持ってたんですか」
「何かに使いどころがあると思って、いろんな小道具は持ってますよ。マジック用のトランプとか、ドッキリナイフとか。ほら、実際に使い道がありましたし」
「Aクラス卒業による進路の特権で奇術師でも目指すんですか??手首に痕がつきましたよ、はぁ……」
文句を垂れ流しながら、有栖は朝食をぱくぱく口に運んでいる。パンケーキは美味しいようだ。
「まあ、次は気を付けますよ」
「どこを??え、また何かで縛るつもりですか?」
「それが嫌でしたら、俺の安眠を奪わないでくださいね」
「…………貴方、この学校に来てから厚かましくなってませんか?誰の影響ですか?友達はちゃんと選んでいますか?」
君の厚かましさは本当に誰の影響なんだよ。
有栖は口調だけなら心配してるような素振りだが、目の笑っていない微笑みを貼りつけている。要するに怒らせてしまったらしい。
「罰として、今日一日は私と遊んでもらいます。ついでに真澄さんも」
ああ、神室さんが道連れに。
「遊ぶって、何をするんですか?」
「初日にしたようにショッピングモールへ行きましょう。ポイントも支給されましたしね」
「……そうすか」
もし白波さん達と出会ったら、一ノ瀬さんが話しかけてきそうだ。そしたらデートを邪魔されたと白波さんに思われるかもしれない。めんどくさそうだな、出会わないように祈っておこう。
「――――ちょっと、アンタたちのデートに巻き込まないでくれる?」
「デートじゃない」「デートではないです」
「…………あっそ」
唐突に休日を奪われた神室さんは、凄く難しい顔で俺と有栖の繋がれた手を見ている。
「その状態でデートじゃないって言われても……」
「こうしておけば余計な男が寄り付かないので、虫除けみたいなものです」
「俺とご主人様が釣り合うわけないでしょ??馬鹿も休み休み言ってよね」
「本ッ当に、アンタたちってメンドクサイね」
「とりあえずさ、休日を奪われた者同士一緒に頑張ろう」
「頑張ろうとは??」
俺たちは有栖を間に挟んでモールの中へと進んでいった。正直言って、女子が2人以上集まると男子は介入する余地を失う。なんか最新のコスメの前でぺちゃくちゃ喋っているが何もわからない。神室さんも、こういう女子っぽい会話とかするんだなー。
「シロ、どっちの方が私に合っていると思いますか?」
そういって差し出されたのは二つのコスメだ。なんか聞いたことあるブランドな気がする、ああハイハイ、マックとプラダね?俺も徐々に成長してきてるんだよ。知識の片隅から引っ張り出して、それらを見てみる。
終わった。まるで違いがわからない。
ケースが三角と丸ってこと以外になんかあるの?てかどうして三角?そういうの気になっちゃう。
「えっと……まず、なんでその二つを選んだんですか?」
「これは昨日に発売されたばかりの新作なのですが、このカラーがトレンドなんですよ」
「オレンジ……俺が想像してたピンクって感じのチークよりも元気な印象ですね」
「こっちはレッドです」
知らねぇよ。
R68のチェリーはうんたらかんたらと語っている。どうやら今年の夏はこういうエナジェティックな感じがあれらしい。うん、そっか、もうなんでもいいんじゃない??
「テラコッタのオレンジも良いですけど、そのレッドも可愛いと思います」
こんな定型文しか言えない。今の俺、何も言ってないのと同じなんだけど。
「ええ、こちらのチェリーは血色感が出て気に入ってるんですよね」
「坂柳、これ二つを混ぜたら結構いい感じの色になるわよ」
「!?その手がありましたか……!」
なんか第三の選択肢出てきた。有栖は前腕の上で二色を混ぜて「確かに……」とか呟いている。
「両方買えば良いのでは?」
「馬鹿っ、高いでしょ」
「その二つを見てる時点で値段とか気にしないんだと思ってた」
あと高くて買えないなら二つ合わせたコンボ技を教えるなよ、有栖めっちゃ迷ってるじゃん。今後の試験での重要な局面の方が簡単に決断してそう。
てかアンタ
「……でも、ある程度残せるポイントは残しておかないと…しかし、ちょっとなら………」
「……プラダの方の血色感、俺も好きですよ」
「――…そうですね、今回はこちらを買うとしましょう。欲しくなったらまた来れば良いですし……」
有栖は他にもいくつかコスメを取ると会計へと向かった。さっきチェリーの血色感が良いと言ってたので、そちらを薦めてみれば案外すぐに解決した。あの場合、既に自分の中では決まってたのを他の誰かに後押ししてもらいたかったのだろう。神室さんが訝しむような眼を向けて話しかけてくる。
「無兎浜、アンタこういうのわかるの?」
「いや全然。情報を聞き出して、その場のパッションで頑張ってる」
「…………手慣れてるわね」
「おかげさまで、咄嗟の対応力は身についてる気がするよ」
コスメを買った次は香水ゾーンに連れ出された。もういよいよ何もわからないので、俺は2人の話を無言で聞いてるただの荷物持ちに成り下がる。こういう時に男は何も出来ない。きょろきょろ周りを眺めて時間を潰すしかなかった。
「一之瀬さんっ!香水とか見てみない?」
「いいね!千尋ちゃんに似合うのを見つけるよ!」
「――――っ……!?」
一之瀬白波ペアが来た。フラグ回収が思ってたより早かったな。
他人のデートに遭遇するのは気まず過ぎる、今朝の会話もあるし。
俺は息を殺した。立ち位置は変わってないので何も意味は無いが、お祈りみたいなものだ。幸いなことに2人は俺たちから少し遠いコーナーに吸い込まれていく。後は早急にこの場から去るだけ……
それが一番難しいわ。前の2人の話が一生終わる気しないんだけど……老衰する方が早いんじゃない?
「真澄さんは……こちらのジャスミンが似合いそうですね」
「結構良いわね、この香り。坂柳は……チュベローズとか?」
「これですか?……悪くはありませんね」
もうそんなに嗅いだら鼻壊れちゃうよ。
「シロはどうでしょう?」
「……え、俺?」
「爽やかな印象だし、石鹸とか……?」
「個人的にはパウダリーな物が……」
意見を求められたのかと思ったが、俺に合う香水の話だった。
「ああ……それも良いわね。柑橘系とかも悪くはなさそう」
「香水をつけてると思われるよりは、日常的に香るような自然さのあるものが似合いそうですね」
「…………へー…」
「飽きてます?」
「飽きてないです」
それ以前の問題です。
「――――千尋ちゃん、こっちのはどう?」
「わあっ!これも良い匂い!」
!?
なんか来てる来てる来てる!?来んなバカっ、早いって移動するの、もっと同じ場所で駄弁ってろよ。前の2人を見習え!
「あの、俺お手洗いに行っていいですか?」
2人の顔の間に頭を入れて小声で告げる。
「あら……そういうことでしたら、そろそろ私たちも移動しましょうか」
「――…ええ、少し長居しすぎたわね」
棚から牡丹餅。
俺たちはそそくさとコーナーから離れる。
「なんで2人から同じ――いや、やめとこ……」
神室さんが不穏な呟きをしたが聞かなかった事にして、俺はトイレに駆け込んだ。……なんか疲れた。知り合いに見られたりするのは別に構わないのだが、デートしてる(片方はただ友人と遊んでる認識)知り合いと遭遇はちょっと嫌すぎる。お互いに不幸になる気しかしない。
溜息を吐いてから気を引き締め、トイレの外に出た。
……女性陣、長くない?
◇
「――――じゃあ、俺はこの辺で」
「誰が荷物を持つのですか、行きますよ」
「え、下着のコーナーにも無兎浜を連れてくつもり?」
「正気ですか?神室さんもいるんですよ??」
「………ふむ、真澄さんは大丈夫ですか?男性をこのエリアに入れても」
「…………まぁ……私は選ばないから……」
「見捨てないで?もっと俺のために反論して?」
「多数決で決まりましたね。なんて平和的な解決でしょう」
この集まりで多数決は
意味を成さない民主主義によって、俺は男子禁制の区間に引き摺り込まれた。辺り一面にヒラヒラしたブラとかパンツが並んでいる。これは、何処を見るのが正解なんだ??
「これとか可愛くないですか?」
「そっすね」
「…………」
「……本当に思ってますか?」
「あの、これは難易度が高いです」
そんなパンツを見せられても……穿いた姿でも想像すれば良いのか?
有栖はクスクスと笑いながら先へ進んでいく。俺は絶対に憂鬱な面持ちで後を追っていた。ブラのコーナーに来ると、今度は白とピンクで比較される。サイズちっさ。
「今、何を考えたのか言いなさい」
「白が良いと思います。ご主人様の儚げで穢れの無い印象に合っていると思いますし色白な肌にも調和するのではないでしょうかしかしピンクの方もあどけない可愛さを強調していて愛らしい印象が」
「うわ、なんかペラペラ語り出したんだけど」
「…………次はありませんよ」
命拾いした。女子の読心術って鋭すぎない?白石さんもそうだけど。隠し事とかできる気がしない。
俺はほっと一息つきながら周りを見渡してみる。当たり前だが女性しかいない。ただ、影の薄い人間だからなのか周りに興味がないのか、あまり視線を向けられてはいない。案外、堂々としていれば問題はないのかも。
「――――一之瀬さん、これ可愛いよ!」
「え、ちょっと、恥ずかしいよ……」
!?
早く逃げなければ……クソッ!ここ角じゃねえかやられた。逃げ道がない。
「ほら、こっちの水色とか――――ぁ」
あ、とか言うな。
「どうしたの――――って、えッ、無兎浜くん!?」
「人違いじゃない?」
「無理だよ!?遺伝子レベルで違わないよ!」
慌てふためく一之瀬さんは咄嗟にブラを背後へ隠したが、既に有栖の比にならない規格外のサイズなのは確認してしまっている。
「……無兎浜、あの人って」
「ま、有名人だし知ってるよね」
「えっ、私ってそんな有名人なの?」
「自覚なかったの…?一之瀬さん……」
「……なるほど、せっかくの機会です」
事態を把握した有栖は、一之瀬さんの前に出て笑顔で語る。
「もしよろしければこの後、一緒にお茶でもいかがですか?」
なんか有栖、胸を凝視してない?
***
※視点:一之瀬
初めて会ったのは、入学してから一週間も経たないくらいだ。私が他クラスの友達を作ろう考えていた時、彼は唐突に話かけてきた。
「やぁ、君が一之瀬さんで会ってるかな?」
「え?う、うん……そうだけど」
黒髪の優しそうな生徒だ。あまり特徴の無い顔立ちだが、なんだろう、引き算された美しさ……?のようなものを感じる気がする。
「よかった。Bクラスには友達がまだ作れていなかったからさ。よければ友達になってくれない?」
「うん、いいよ!えっと……」
「ごめん、まだ名乗ってなかったね。Aクラスの無兎浜白夜だよ」
「カッコイイ名前だね!よろしく、無兎浜くん」
「………ちょっと、ナンパですか?」
横にいた千尋ちゃんが警戒したような顔で無兎浜くんと私の間に入る。
「そういうわけじゃなかったんだけど……あはは、君もBクラスの生徒かい?よければ友達になってほしいな!」
「……ふ~ん…………」
「ち、千尋ちゃん……」
「そうだ、連絡先を交換しない?」
「ナンパだッ!」
「千尋ちゃん……!?」
「あはは、弱ったなぁ……」
無兎浜くんは困ったように頬を掻いた。
「ち、千尋ちゃん、大丈夫だよ!無兎浜くんは私と同じで、他のクラスの友達が欲しいんだと思う」
「でも、なんで一之瀬さんを狙って声をかけたの?」
「それはね、一之瀬さんは交友関係が広くて有名人だったから、Bクラスで友達を作るなら一之瀬さんが関わりやすそうだと思ったんだ。それに、一之瀬さんはクラスを纏める中心人物と言っても過言じゃないからね」
「そ、それは過言だよ。Bクラスは皆すごく良い子で、私のことを好意的に捉えてくれる人が多いから……」
「……確かに、一之瀬さんが中心になってるし……言う通りなのかも?」
「千尋ちゃん……!?それ過言だからね……?」
「良かったら、君の名前も教えてくれないかな?」
「…………白波千尋です」
「うん、よろしくね、白波さん。よかったら連絡先を……」
「…………」
「あれ、まだ警戒されてるのかな」
「あはは…………」
「そういえば一之瀬さん。君はこの学校の仕組みについて聞かされた時に、何か思ったことはある?」
「……!!」
無兎浜くんが投げかけてきた質問は、私がずっと頭の片隅で考えていたことだ。
「………どういう意味かな?」
「何か疑問に思わなかった?ポイントについて初日に説明を受けたとき、俺はやけに多く貰えるなぁって思ってさ」
「確かに……一人10万で全校生徒が……えっと」
「一学年で160人だから、480人だよ千尋ちゃん。毎月4,800万のポイントが支給されるのは……改めて考えてみても凄い額だよね」
「年間にして5億7,600万ポイント……ちょっと尋常ではないと思うなぁ」
「じゃあ……10万ポイントが毎月貰えるっていうのは…」
「そういえば星乃宮先生が説明した時も、変な言い方をしていた気がする……」
「そもそも、この学校の仕組みは珍しいよね、先生なら何か納得のいく説明をしてくれそうだと思うな」
まさかこれを伝えるために……?そう考えて、彼への認識を改めた。
「そうだね……ありがとう無兎浜くん、後で聞いてみるよ。今後もやりとりすると思うし、連絡先を交換しよう!」
「ありがとう、俺としても助かるよ」
「…………」
「白波さんもどうかな?」
「まあ……一之瀬さんが交換するなら……」
これが最初のやり取りだった。結局、星乃宮先生には回答をはぐらかされちゃったけど、無兎浜くんが私と平田くんに答え合わせをしてくれたから5月1日までには皆に呼びかけることができた。クラスで対抗するところまではわからなかったけど、そのヒントも教えてくれたし、きっと善意で行動してくれた優しい人なんだろうと思う。
だから……なんというか……休日に女の子を2人も連れてデートしているのは、うん、ちょっと想定外というか……
「やっぱりナンパ常習犯なんだッ!」
「俺をナンパ野郎にするの好きだね??」
……千尋ちゃんにそう思われるのも、仕方ない気がする。
「ナンパと言うのは?」
そう言ったのは向かいの席に座る坂柳さん。彼女が前に無兎浜くんの言っていた、Aクラスの賢い人らしい。ミステリアスで可愛い子だ。
「この前に、一之瀬さんの連絡先を迫って来て……」
「ほう??」
「無兎浜……アンタってそういう感じなの?」
「誤解だよ神室さん。白波さんが悪意をもって報道してるだけだから。マスゴミだよこれ」
同じくAクラスの神室さんは、静かでクールな美人さん。ジャンルの違う綺麗な子を2人も……無兎浜くんはモテるのかな?
「少し目を離した隙にこれですか。躾が必要ですね」
「し、躾……!?」
「千尋ちゃん、盛り上がらないで…」
「彼女はこういう人だから…気にしないでいいよ2人とも」
「あら、お二人の前ではご主人様と呼ばないのですか?」
「「ご主人様!?」」
「2人とも盛り上がらないで」
会話はかなり弾んだ。共通の知人である無兎浜くんの話から新作のコスメや洋服についても話してくれて、普通に女子会になった。無兎浜くんの霊圧は消えた。
Aクラスは早い段階で学校の仕組みに気づいていたから、ちょっと警戒していたところもあったけど……こうして打ち解けることが出来てよかった。連絡先も交換できて嬉しい。
「あ、そうだ!よかったら皆でこの後も遊ばない?」
「…………ぇ」
「確かに、それは楽しそうですね」
「私は別にいいけど」
きっと皆で遊んだら楽しいし、良い提案……だと思ったんだけど……千尋ちゃん、なんだか様子がおかしいかも。もしかして嫌だったのかな……どうしよう。
「あー……ごめん、俺はこの後に別の予定があるから無理かな」
「……そっか、なら遊ぶのはまた今度にしよう!」
無兎浜くんはスマホを開いて何か連絡してるみたいだけど、多分予定があるって言ったのは気を遣ってくれたんだよね。ちょっと申し訳ないことしちゃったなぁ。
「それなら、あんまり私達とお話してると時間がよくないかな」
「結構ここで話しましたしね……」
「そろそろ出る?」
「あ、その前に一つ。一之瀬さんに確認したいことがあるんだ」
「私に?」
無兎浜くんは真剣な顔になると、少しだけ想像通りの質問をしてきた。
「昨日に、ポイントの仕組みと中間テストについての説明があったと思うんだ。その時に星乃宮先生が言ってた内容を……一語一句教えてくれないかな」
「一語一句?ちょっと待ってね……」
私は持っていたメモを開いて、昨日書いた部分までめくる。そしてメモを無兎浜くんに渡した。
「はい、これだよ」
「メモに書いてくれてたんだ、助かったよ」
彼は内容に目を通すと思案するように「うーん……」と唸って、頼んでいた紅茶をちゅーちゅーとストローで吸う。しばらくしてから、メモの一箇所を指さした。
「皆がテストを乗り越える方法があると『確信』してるから……星乃宮先生はそう言ったんだよね?」
「うん、間違いなくそう言ったよ」
「……俺のクラスの真嶋先生と、説明の内容は同じだよ。でも、その順序や口調などの細かい部分については制限されてない可能性が高い。けれど真嶋先生も、乗り切る方法があると『確信』しているという同じ言い回しをしていた。これって偶然かな?」
「………それは…ちょっと変だと思う」
「まだ具体的にわかってはいないけど、この中間テストも何かありそうだね」
「うん、そうだね。凄いよ無兎浜くん!」
「一之瀬さんがメモをとってくれてたおかげだよ。ありがとう」
「………一之瀬さんと無兎浜くんって仲が良いの?この前も昼休みにどこか行っちゃったけど、無兎浜くんとご飯を食べてたんでしょ?」
「あ、あれはDクラスの平田くんもいたから……それに話していた内容は今みたいに真面目な話だよ。ポイントの仕組みも無兎浜くんがヒントを出してくれたんだ」
「……シロ、貴方かなり自由に動いているのですね」
「………ご不満ですか?」
「いえ、貴方が成長してくれて満足です」
「………2人ってどういう関係なの?」
「ただの幼馴染だよ」
「アンタらの関係はよくわかんないけど、ただのではないでしょ」
「……そういえば、ずっと思ってたんだけどさ…………」
千尋ちゃんが、少し訝しむような目で2人を見る。
「なんで2人から、同じシャンプー……?の匂いがするの??」
「ヴフッ!!ゴホッ!」
千尋ちゃんの爆弾発言で、無兎浜くんが盛大に咽た。
「それは……私も気になってた」
「……シャンプーが同じだっただけでしょう。買い物に行ったときは、彼と共に行動していましたし」
「た、確かに、そういうこともあるよね」
「じゃ、じゃあさ。坂柳さんのことなんだけど……」
「私ですか?」
「なんで手首に、縄の痕がついてるの……??」
「千尋ちゃんっ、この話やめよっか!」
「一之瀬さん、それは却って意味深になってしまいます」
「はぁ……やっぱアンタらってそういう………」
「待ってよ、彼女が自分で縛った可能性があるでしょ」
「普通に風評被害です」
「それで、結局その痕って……」
「やめよっか!!」
「やめたら余計に怪しいんだって!」
「じゃあ、説明できるの……?」
「俺は何も知らないよ」
「シロは嘘をついています」
「出来のわるい論理クイズ??」
坂柳さん……優位に立つ側だと思ってたけど……
2人に起きた真実を私がちゃんと知るのは、しばらく後のことだった。
……それもそれでどうなの?
***
◇視点:無兎浜
全く酷い目にあった。完全にあの2人には誤解されたままだろう。自分が蒔いた種ではあるが、ここまで大きくなるとは。むしろ彼女たちだけで済んでよかったのかもしれない。
神室さんには今朝の出来事を話しておいたが「それはそれでどうなの」と言われてしまった。だってあったんだもん、もしもの時の麻縄が。
「……それで、用事というのは本当にあるのですか?」
2人が去った後、俺がさっき言った内容を有栖が聞き返す。
「はい、さっき本当にしました。向こうからも連絡が来たので、その相手とこれから会いに行きます」
「何をするつもり?」
「Cクラスでも聞き込みをしたいんだよ。Cの先生が『確信』の言い回しをしていたのか、後はクラスの状況についてとか諸々」
「仕方ありませんね……シロは解放するとしましょう」
「神室さん、後は頑張ってね」
「アンタがいなくなったら、次は私がおもちゃにされるじゃない」
「私のことなんだと思ってるんですか?二人とも結構舐めてますよね??」
2人と別れると、一度寮へと戻ってから本を持って来る。そして指定したカフェに先へ向かい、読書をして相手を待っていた。
時間にして20分ほど。背後から肩を優しく叩かれる。
「――――お待たせしました」
「全然待ってないよ。急に誘ったのに来てくれてありがとうね、椎名さん」
振り向くと、可愛らしい衣服を纏った椎名さんがちょこんと立っていた。文学少女らしい、控えめで落ち着いた色合いだ。
「やけに似合ってるね。服が好きなの?」
「無兎浜くんと会うんですから、ちょっと張り切っちゃいました」
「ありがとう……すごく嬉しいよ。席はここでも大丈夫?」
「はい、問題ありません」
彼女は隣のカウンター席に座ると、うきうきした様子で俺の持っている本に目をやる。
「それ……私がおすすめした本ですよね?」
「うん、これ面白いね。徐々に真実が浮き彫りになる構成で手が止まらなくて、貸してもらってからすぐに読み終わっちゃったよ」
「そう言っていただけて良かったです……!」
椎名さんは身を揺らして喜びを表し、軽やかな声で本の感想を言う。俺も面白かった部分を語り、他にも持ってきた本を取り出して感想会を行った。
彼女とは定期的に図書室で読書を共にしており、こういう感想の共有も珍しくない。休日に会うのは初めてだったし突然呼んでしまったが、楽しんでもらえているようだ。
ただ、ずっとこうしている訳にもいかない。しばらく共感し合う時間を過ごしてから、Cクラスの動向について探りを入れる。
「そうだ、椎名さんに学校のことで聞きたいことがあったんだ」
「……学校の事というのは……昨日にされた仕組みの説明に関わること、ですよね?」
「うん。椎名さんはさ、Aクラスで卒業したいとかはある?」
「私は……平和に過ごしたいですし、争うような真似は好きではありません。Aクラスでの卒業も興味ないですね」
「そうなんだ、俺も似たような感じかな。Aで卒業できたら嬉しいけど、やっぱり皆で仲良くしたいもん。でもよかった、椎名さんと争っちゃうことは無さそうで安心したよ」
「そうですね。せっかく出来た友達を、私も失いたくありません」
椎名さんは穏便に事を済ませたい派閥で、競争意識はないらしい。敵対する可能性が低いのは本当に安心した。今までの会話でも何となくわかっていたが……この人は、おそらく手強い。Aで卒業を目指す俺としては、有難いことこの上なかった。
「そういえば、椎名さんのクラスって……どういう空気なの?読書友達になれそうな人とかは?」
「それが……Cクラスは凄く……その、荒々しい方々が多くて……似たような趣味を持つ人がいらっしゃらないんです」
「不良……ってこと?」
「はい、龍園くんという生徒が暴力でクラスを支配していて……とても殺伐としています」
「恐怖政治か……恐ろしいね。椎名さんは大丈夫?暴力とかは……」
「大丈夫です。それに私は暴力にも屈しません」
「なら良かったけど……でも、その龍園って人も凄いね。クラスを支配しようとするなんて」
「彼は昨日より以前にポイントの仕組みを皆さんの前で暴いていました。それである程度能力での信頼を獲得した後に、自分がクラスの王になると宣言したんです。そして反発した生徒を暴力で従わせていき、昨日の発表でほぼ完全に彼へ従う空気となりました」
その話によれば、龍園くんとやらは仕組みに気づいて、事前に地位を盤石なものにするために動いていたのか。そしてやり方はまだしも独裁政治を行える環境を僅か一か月で整えた……その一点なら有栖より優れていると捉えることも、出来なくは無い。なるほど……興味深いな。
「…………やっぱり、無兎浜くんはAクラスで卒業したいんですね」
「え……?まあ、出来るならそうだけど……」
「そうではなくて、本気で目指してますよね?」
「………あー……そう、だね」
「ふふっ、クラスの情報を食い入るように聞いていましたから」
「……軽蔑しないの?」
「何故でしょうか。無兎浜くんがAを目指す事は、私にとって些細な事です」
「……そっか。でも、そんなに食い入るように聞いてたかなぁ」
「そう思ってみたらそう見える程度でしたよ。ほとんど勘です」
………女性の勘は侮れないな。
「椎名さんを巻き込まないように、今後スパイみたいなことはさせないよ。ただ、一つ聞きたいことがあって……そっちの先生が中間テストについて言及した際のことなんだ」
「……説明で気になる点が?だとすれば…………『確信』しているという妙な言い回しを聞きました」
「ほ、本当に話が早いね……でも、ありがとう。その情報が聞けて満足だよ」
「それなら良かったです…………あの、今後もこうやって本の感想を言い合ったりすることは、できますよね……?」
「…………俺は、この時間が好きだよ。これからも椎名さんと友達で居続けたいと思ってる」
「……私もです。例え無兎浜くんから他の女性の匂いがしても、読書仲間でいてくれるのならそれで構いません」
「…………………っスぅー……」
なんで皆そんなに嗅覚鋭いの?炭次郎かよ。
***
王が誕生した暁には、デカい催し開くのが筋ってもんだ。監視カメラの無いカラオケの一室で、俺はソファにふんぞり返っていた。横で女生徒がグラスに炭酸を注いでいる。流石に酒を飲むほど馬鹿じゃねえが、こういうのは雰囲気が大事なんだ。
部屋は薄暗くミラーボールが太陽の代わりを務めてるが、ありゃ力不足だ。周りを見れば、雑魚共が浮かれた様子で盛り上がっていた。てめぇらの金を徴収してパーティーをやると言ったのは俺だが、あいつらは単純すぎる。大半は委縮した様子で楽しめていないが、個人的には恐怖を覚えてもらっているくらいが丁度いい。
王ならば傲慢にいくべきだが、実際こうしてる余裕はあまりない。昨日、坂上の野郎が告げたクラスポイント……あの差は異常だ。980ポイント……Aクラスには確実に、システムを見抜いて統制を執っていた奴がいる。俺はクラスの支配に力を入れていたせいで、まだ情報が集めきれていない。探りが必要だ。
今後の行動を決めると、浮かれていた雑魚共に一声かける。
「――――テメェら、少し
「――は、はいっ!今行きます、龍園さん!」
※視点:龍園
石崎たちが俺の前に来ると、さっきまでとは打って変わって緊張した顔を見せる。それを気にも留めずに、俺はつらつらと要件を語った。
「Aクラス……その玉座を奪い卒業するのが俺たちの目標だ。そのために、まずは奴らの情報を集めろ」
「はいっ、わかりました!……えっと、何か……具体的な指示とかはありますか?」
……コイツらに出すには抽象的な指示だったな。
「………奴らにはリーダーがいるはずだ。その正体と、従っている部下共を最低限列挙しておけ。他に目立った特徴のあるやつもな。それと…………このパーティーに参加していないCクラスの奴にも探りを入れろ」
「え、Cクラスですか……?」
「ああ。社交性のある統制が執れたAクラスの長なら、他クラスとのパイプを持っておきたいと考えるのが自然だ。今後の試験によっては、クラス間で協力関係を結ぶ場合だってあるんだからな。裏切り者の容疑は潰しておきたい」
「わ、わかりました……」
指示を出すのは初めてだ。コイツらが情報収集をどの程度できるのか、それくらいは把握しておく必要がある。まあ、あまりにゴミだったらアルベルトに殴らせればいい。スパイだが、ここにいない人物で俺に反感を抱いてる奴なら……時任あたりが本命か??後は……椎名も怪しいな。あいつはしょっちゅう教室を後にしていた。別の場所で他クラスにリークしている可能性は捨てきれないが……あの女は馬鹿じゃない。そのリスクは流石に理解しているだろう。だからこそ、このパーティーに入らないことでクラス競争に干渉しない意思を示している。あと、今ここに居る奴の中にスパイがいる可能性は充分に考えられる。取り逃がさないよう、慎重に動くべきだな。
「それと、中間テストの対策は既に思いついている」
「え!?さ、流石龍園さん……!」
「
「わかりましたっ!」
石崎たちは元の場所に戻ると、また浮かれた様子で盛り上がる。俺はまだ見ぬ獲物を想像して、顔を歪ませていた。
獣のニオイってのは隠しきれねぇ。俺の首を狙ってる奴がいるなら、必ず痕跡があるはずだ。どちらが狩人で、どちらが強者に貪られる弱者なのかを教えてやるよ。
喉に流しこんだ炭酸は、俺の渇きを潤すには不十分だった。
あとがき
この世界の日程は、2026年のものを採用しています。三話で2024年8月26日に初版が発行された小説『星が人を愛すことなかれ』に言及できたのはそういうことです。今回では、2026年5月1日(金)に本当に発売されたお高いコスメっぽいやつがあるのもそういうことです。
原作の日程に合わせようと思っていたのですが、なんか調べたらよくわかんなくて、もういいやってなりました。なのでこの世界では2026年に登場人物たちが入学しています。行事や出来事の日程もイイ感じにそれに合わせます。天気もそれに合わせようかな……やめとこ。
以下、作者の自我です。
ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。感想はいっぱいください。批判による改善ができそうなら頑張ります。出来なさそうなら……今回はご縁が無かったということで。
やりたいイベントが頭の中で先行していて、そこまでの過程は後付けのノリで書いてるので矛盾とか誤字があるかもしれません。
……とか書きましたが、これ普通に言い訳ですね。すみません。思ったよりも読んでくれている方が多かったので、変にテンションが上がってしまいました。
今後も読んでくださると幸いです。それと、作者の自我は今後慎みます。感想の方への過度に作者の自我が出ている返信も……できるだけ抑制します。失言とかしそうですし。テンションが高まったら……また出ちゃうかもしれません。
では、また。