天才アリスの凡人白兎   作:冬火ヰ涅槃

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これは7話です。前回を読んでから見てあげてください。


第七話 『弱者の手口』

 

 

 

 

 

 

 側の隅に鎮座する席で、私とシロは互いに顔色を窺っていた。それぞれが5枚のトランプを手にしており、チップを積み重ねている。

 

 私達がしているのはポーカーだ。と言っても人数が2人しかいないため、簡易的なローカルルールで行っている。最初にチップをそれぞれ500点配布。山札から5枚のカードを引き、内容を確認。交互に先攻後攻を入れ替え、先攻側からアクションを宣言。出来るアクションは賭ける(ベット)降りる(フォールド)全賭け(オールイン)。先攻も後攻もアクション宣言前に限り、一回まで山札から15枚の交換を出来る。ベットを宣言された後攻は、コール――直前に相手が賭けた額と同じ額を賭けること――とフォールド、オールインに加えて上乗せ(レイズ)が可能だ。パス(チェック)は無い。

 

 レイズかオールインを宣言された場合、レイズ・コールかオールイン、フォールドを宣言しなければならない。コールかフォールドを宣言したタイミングでターンは終了し、手札を開示。役が勝っている方がチップを総取りする。相手が賭ける前に降りた場合50点を相手に支払い、こちらが一度も賭けず相手だけ賭けた場合に降りれば、相手の賭け金の半分を支払う必要がある。また、相手の賭け金の半分が50点を下回る場合は50点を支払う。

 

 賭けられる最小額は10点だ。これを片方のチップが無くなる、または8回手番を行うまで繰り返し、その時点でチップの多い方が勝者となる。

 

 場に出たカードは山札の一番下へと順番に供給されていくため、ジョーカーを抜いた全52枚の山札が無くなることはない。

 

 

「……40点で」

 

 

「80点」

 

 

「90」

 

 

「100」

 

 

「更にレイズ、130点です」

 

 

「………フォールド」

 

 

 降りたのでシロの手札は開示されない。私はシロへ自身の手札を見せる。フルハウスだった。勝利した事で、シロが直前まで賭けたチップである100点を獲得。次のラウンドへと遷移する。

 

 ……そろそろ、この辺りで心を折るとしよう。シロが手札を5枚取り、私も同様に山札から引く。

 

 

「シロが先攻ですね」

 

 

「………ふむ……では――――」

 

 

 

 

 

 

 ―――ガシャン!!

 

 

 硬い何かが割れる音が背後から聞こえた。

 

 

「――――っ…?」

 

 

 私は思わず振り向くが、その先は壁であり、割れた物は見当たらない。音の方向は窓の外、やや下側から聞こえた。この壁の向こうである6年3組以降の教室の窓から、外へと何かが落ちたと考えるべきだろう。

 

 

「……何かが落下したんですかね?」

 

 

「―――…少し、驚いてしまいました」

 

 

「俺もです。怪我人がいなければ良いですけど」

 

 

 驚いたのは()()()()()()()のだが……

 

 

 

 

「それでは、改めて

 宣言しますが……オールインで」

 

 

「……なるほど?」

 

 

 シロはここで勝負に出たらしい。チップの額はこちらの方が多いため、コールをして負けても即座に敗北とはならない。が、形勢は変化する。オールインをしたという事は役が強い可能性が高い。それならば、フォールドした方が賢明だろう。

 

 ベットを挟んで賭け金を吊り上げなかったのは、万が一私がレイズではなくコールやフォールドでターンを終わらせてしまった場合、折角の役で得られる旨味が減少するからか。

 

 

「………2枚交換で」

 

 

 手札から2枚を手放し、山札からその分を交換する。予定通りだ。

 

 

 

 

「では私も………オールインしましょう」

 

 

「――――…手札を開示しますね」

 

 

 シロが見せた手札は……キングのフォーカード。対する私は………

 

 

 

 

ロイヤルストレートフラッシュです。

 残念ながら、私の勝ちみたいですね」

 

 

「………マジか…」

 

 

「それにしても、大胆なイカサマでしたね」

 

 

「何のことやら」

 

 

「あの大きな音が鳴る前、貴方が手に持っていたカードは一番左が最前面に出ており、その右にあるカードが一つ奥……という段差状でした。しかし、私が音によって視線を逸らした後――――……一番右のカードが最前面に出ており、鏡で映したかのように反転していました。あの時にすり替えましたよね?」

 

 

「…………」

 

 

「音で注意を逸らされた隙を突き、咄嗟にすり替えを行うために利用した…実に素晴らしい機転です」

 

 

「………あの、ご主人様はどうやってその役を?」

 

 

「簡単です。もちろん運もありますが………過去の手札を暗記して、事前にこのタイミングで強い手札を取れるように調整していました。山札は、過去に出たカードをそのまま下に入れるだけですからね」

 

 

 流石に2枚ほどはイカサマで調達したが、シロもイカサマに必死で気づいていないようだ。仮にシロの注意がこちらに向いていても、成功させた自信があるが。

 

 

「調整ねぇ………これを行うために、このルールを提示したんですか?」

 

 

「ええ、貴方もすれば良かったのに」

 

 

「出来たら苦労しませんよ……」

 

 

「その割には、Kのカードを引いた際にフォールドして徹底的に隠していましたよね?Aは過去に私が引いているので、迂闊に場へ出せば指摘される恐れがある。Aは使いづらくなってしまったので、最強の役(ロイヤルストレートフラッシュ)やAのフォーカードではなく、次点としてKのフォーカードを選んだのでしょう。貴方の服の下には、他にも役の揃ったカードがあるのではないですか?いや、それだけでなく……ポーカー以外で遊ぶ可能性を考慮していたとすれば……例えば、BJ(ブラックジャック)のペアも用意しているのでは?」

 

 

 シロは眉尻を下げて笑うと、上着の下からAのフォーカードとブラックジャック用のAとKを取り出して見せた。

 

 

「………どこまでもお見通しですね。ストレートフラッシュは必要な数字の範囲が広くて被る恐れがあるので、最初からフォーカードを狙っていました。俺の役より強い役を作れなかった場合は、イカサマを指摘して勝つことも出来たと……上手くやってると思っていたんですけど、泳がされていたとは」

 

 

「貴方にしては、上手くやっていましたよ」

 

 

「……俺に勝ち筋はあったんですかね」

 

 

「……一回のラウンドで使用するカードは1020枚、15枚前後として……4回目あたりから内容の判明したカードが山札から出てきます。相手が気づいていなければ、前半は盤面調整のために捨てて、後半で不利なカードを押し付けチップを奪い取る……なんてことも可能でしょうね」

 

 

「……なるほど。勝つために、最初はあえて負けると」

 

 

「まぁ手の内が分かれば対策も出来ますし、最初から最後まで心理戦で勝利してしまう方が早いですね。それが出来る私に、貴方が勝つのは不可能だったでしょう」

 

 

「………ま、当然ですね。それでこそ貴女だ」

 

 

 シロがトランプを片づけ始める。私は気になっていたことがあるので、率直に問いただした。

 

 

「……ちなみに、あの落下音は貴方の仕業ですか?」

 

 

「はい、普通に窓ガラスです。上の階にある空き教室に時間差で落ちる細工を施しました。仕掛けた時点では遊ぶ内容が決まって無かったので、活用できるかは賭けだったんですが……かなり上振れましたね。それで負けちゃ意味ないんですけど……あっ、一応言っておきますが、痕跡からバレることは無いと思いますよ。太陽光で蝋が溶ける簡易的な仕組みなので、それくらいしか残ってません」

 

 

「………………おすわり」

 

 

「エ??これは許されないの???」

 

 

 汚い手段をある程度は容認しているのだが……どうしてだろうか。

 

 心の奥にしこりが残った気がするので、シロへと八つ当たりすることにした。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

◇視点:無兎浜

 

 

 

 

 

 

 園くんの手に力が入り、肩から痛みが伝わってくる。このまま握りつぶさんとする勢いだった。絶対に逃がさないという意思を感じさせる。

 

 

「みかじめ料って……どのくらいなの?」

 

 

「60分で10万ポイント。指名料とサービス料もつけて15万……過去の時間も含めて300万くらいだなぁ」

 

 

 手口が歌舞伎町すぎるだろ。

 

 

「椎名なら口説けると思ったのか、この屍肉に群がるハイエナがッ!」

 

 

「それ、私が屍肉なんですけど」

 

 

 後ろの取り巻き……石崎(いしざき)大地(だいち)くんが、憎悪にも近い感情を滾らせたような瞳を向けて俺に叫んだ。おかしいな、面識は無い筈なんだけど。静謐な図書室で声を荒げているので、周りからは注目を浴びている。

 

 

「とりあえず、コレを離してくれない?肩凝りはもうほぐれたからさ」

 

 

「マッサージじゃねぇよ、クソが」

 

 

 龍園くんは手を離すと、今度は俺の胸倉を掴んで、席を立ちあがらせてきた。

 

 

―――ぅぐっ……!」

 

 

「龍園くんっ!」

 

 

「ひよりは黙ってろ。で、みかじめ料は払えんのか?おい」

 

 

「随分とっ、乱暴な手段を選ぶね……!…悪いけど、みかじめ料は払えないよ………」

 

 

「………なら、分かってんだろうな?」

 

 

 筋骨隆々な男子生徒………山田(やまだ)アルベルトくんが圧をかけるように、その体躯でこちらに迫る。龍園くんと石崎くんは不敵な笑みを浮かべて、この先に起こる出来事を言外に語っていた。

 

 

「待ってください!こんな行為は看過できません」

 

 

「ひより……これは俺たちがAクラスに上がる為に必要なことだ。お前が妨害するのなら、クラスの足を引っ張ったという事になるよなぁ…」

 

 

「……私は、暴力に屈しませんよ」

 

 

「あー…良いよ椎名さん。俺を庇おうとしなくても」

 

 

 席を立ち上がろうとする椎名さんを手で制止すると、彼女は酷く顔を歪ませた。

 

 

「でも……」

 

 

「さて、じゃあ行こうか」

 

 

「良い度胸じゃねえか……その飄々とした態度がどうなるのか見ものだな」

 

 

 龍園くんは胸倉から手を離し、ついてこいと言わんばかりに背を向けて歩き出した。俺もネクタイを直してから後を追う。

 

 

「ま、まって」

 

 

「悪いけど椎名さん……俺の荷物、ちょっと預かっててもらえる?明日にでもAクラスの誰かに渡してくれればいいから」

 

 

「…………ぁ………は、い……」

 

 

 弱弱しい椎名さんの声を背に受けて、俺たちは図書室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らは少し妙な道筋を辿っていく。何度か話かけてみるが、反応は無かった。本来通る必要のない、人通りの少ない箇所を何回か経由し、細い路地裏を進む。そうして連れてこられた場所は、建物の密集する地帯からぽっかりとそこだけ切り抜かれたような、やけに広く仄暗い空間だった。

 

 入り組んでいて光が遮られており、ゴミ箱なども散見されて薄汚く、監視カメラも見当たらない。非合法な行いをするためだけに生み出されたかのような、この状況にうってつけの場所だ。

 

 

「こんな所までノコノコと着いて来るなんて、警戒心の足りてない奴だな」

 

 

 石崎くんが、勝利を確信した様に嘲笑う。

 

 

「石崎、ソレ本気で言ってんのか?」

 

 

「………え???」

 

 

「……まぁ良い。無兎浜、お前に要求するものは二つだ」

 

 

 そう言って、彼は人指しを立てる。

 

 

 

 

「お前が上級生から取引した過去問を、俺たちに渡せ」

 

 

「自分で取引すれば良いのに……」

 

 

「俺らはAクラスサマと違って金欠なんでなぁ……省けるところは省くんだよ」

 

 

「その割にはパーティーとか………」

 

 

「黙れ」

 

 

「す、すみません」

 

 

「次に二つ目。過去問が嫌なら、こっちだけでも構わねぇぞ?」

 

 

 龍園くんは不気味に口角を吊り上げた。

 

 

 

 

 

 

「――――テメェが学校からふんだくった口止め料……それを全て俺に寄越しな」

 

 

「え、何の話かな??」

 

 

「とぼけんなよ。お前と坂柳、葛城は二日目の時点で気づいていたんだろ?この学校がクラス間で争わせるってところまでな」

 

 

「そりゃ彼女ら二人はリーダー格だし、頭が良いから気づいていたかも知れないけど……俺なんかは気づいていなかったよ」

 

 

「お前ら三人は職員室にカチコミしたらしいじゃねぇか。その時に教師共の前で仕組みを暴き、情報をばら撒かない対価としてポイントを手に入れた。クラス内への忠告を積極的に行っていた葛城がシステムを語らなかったのは、学校から口止めされていたからとしか考えられねぇ」

 

 

 競争に気づいていたという部分に、随分と自信があるらしい。クラス内の実情を把握しているのだろう。職員室へ行った部分も知っているみたいだが、その情報を手に入れるのは難しいはずだ。Aクラスの人間が、他クラスに情報を馬鹿みたいにペラペラ話すとは……いや、戸塚くんみたいなタイプが煽られたらと考えれば有り得なくも無いか?だが、それでもここまで有益な情報は語らない。

 

 考えられるのはリークした人間がいる可能性。職員室の件は全員が知っているが、俺たち三人……いや、有栖が仕組みに気づいていたことに気づける立場の人間は少ない。俺と葛城くんが知っていると推測したのは、有栖が気づいていたという部分から広げたからだろう。

 

 

 

 うわぁ…ぜってぇ橋本(アイツ)じゃん。あの野郎。

 

 

「素晴らしい推測だね!妄想でしかないってことを除けばだけど」

 

 

「あくまで認めないつもりか、貰ってんだろ。300万くらいか?」

 

 

 流石に額までは知らないみたいだが、それは夢見すぎだよ。そんくらい欲しかったよ俺も。

 

 

「もう一度言う。俺に過去問と口止め料を寄越せ」

 

 

「先生も言ってたよね、略奪などの行為は厳しく取り締まるって」

 

 

「最後の言い訳がそれかよ。そんなもんバレた時の話だろうが。この学校がわざわざ監視カメラの無い場所を用意してるってことは、うまくやれって言ってるようなもんなんだよ」

 

 

 成守(なりもり)ィ……アンタ学校(しごと)実の子供(しせいかつ)も教育ミスってるぞ。

 

 

「悪いけど、君たちに渡せるものなんて引導しか無いよ」

 

 

「フンッ、言ってくれる……石崎」

 

 

「良いんですか?コイツをボコボコにしちまっても」

 

 

 そこまで三下な発言も中々できないだろ。逆に凄くない?

 

 石崎くんは指をポキポキと鳴らしながらこちらへと歩いて来る。彼の頭の中では、既に俺はコテンパンにされていることが表情から窺えた。

 

 

「悪く思うなよ、無兎浜ァ!!」

 

 

 そう言って突進してきて、俺の顔面めがけて右の拳が振り下ろされる。フン、大ぶりのストレート……甘いな。

 

 

 ―――シュッ……

 

 

 ちょっと掠って痛い。噓でしょ、あんな達人みたいなモノローグだったのに??

 

 

「テメェ、ちょこまかと……っ…避けんなッ!」

 

 

「そりゃ避けるでしょ、ちょ、怖い怖いこわ―――ッてぇ!?」

 

 

 タックルに為すすべなく吹き飛ばされ、不格好な後転で起き上がる。目の前では既に石崎君が回し蹴りを繰り出していた。

 

 

「――――ッ……!!

 

 

 咄嗟に頭を左腕でガードするも、受け止めきれずにまたもや吹き飛んだ。追撃は無かったので再び立ち上がれたが、打撃を受けた腕がじんじんと熱くなっている。胸元の内ポケットからは、未だ望んでいる連絡が来ない。

 

 

「おいおい、こんなもんか。余裕を見せてた割にはショボいな」

 

 

「Bad boy……」

 

 

 日本なんだから日本語話せや。

 

 

「残念ながら、隠された実力とか無いんでね。見た目通りのパワーでやらせてもらってるよ」

 

 

「そうかよッ」

 

 

 石崎くんは再び距離を詰めると、パンチのごり押しを始めた。顔や腹などの致命傷になりうる箇所は避けるか受け流しているが、確実に体へダメージを積み重ねていた。負けじと反撃のパンチを繰り出すが、こちとら見た目通りのパワーが売りなので、普通にカスである。石崎くんの腹を殴ったつもりだったが、まるで効いていない。

 

 マジかよ、まだ黒ゴリラと赤ゴリラが残ってるのに。これ終わったのでは??

 

 

「オラァ!!」

 

 

 石崎くんが回し蹴りの予備動作を見せたが、舐めているのか隙が多い。50Fくらいある。スマブラなら横アピールってネタにされるレベルだ。だがそれはそれとしてまともに食らったら死ぬので、俺は重心の足を全力で蹴り上げた。

 

 

「おぁ―――!?」

 

 

 彼はバランスを崩して後方に倒れ込む。

 

 

「よし、ボーナスチャンス!!」

 

 

「誰がボーナスチャンスだ―――ってぇ!!クソっ!」

 

 

 倒れた石崎くんが起き上がれないように、執拗に手足と顔を蹴りまくった。正当防衛だと思うのだが、何故か悪いことをしているような気分になる絵面である。

 

 それも長続きはせず、足を掴まれかけて下がった隙に石崎くんは立ち上がった。

 

 

「この野郎、汚ぇぞ!」

 

 

「いや、どの口が??」

 

 

 どうやら石崎くんは頭に血が上ったらしく、怒りに任せて殴りかかってきた。先ほどよりも威力が高いが、その分動きが予測しやすい。攻撃が当たらないことに、さらに怒りを募らせている様子だ。怒りの永久機関である。

 

 

「殺すッ!!」

 

 

 殺しちゃダメだろ。

 

 焦点の合わない眼を向けて、真っすぐ俺の方へと走ってくる。完全に我を忘れている。今の彼に負けてしまったら、あらゆる骨を木端微塵にされてしまいそうな気迫だった。だが、ずっとこうしている訳にもいかない。俺はポケットに手を入れて、取り出したものを彼の顔面へと投げつける。

 

 

―――ぶわッ――なんだ!??」

 

 

 白と赤の面をパラパラと回転させ、大量のカード……トランプが石崎くんの視界を奪う。突然の光景に困惑した彼の頭を両手で掴むと、俺は全力で飛び膝蹴りを喰らわせた。

 

 

「――――ぐぁッ……!!

 

 

 彼の顔からミシッという嫌な音が聞こえたが、なりふり構わず鼻を目掛けて殴り飛ばす。顔面なんて殴り慣れていないので、拳がじりじりと痛んだ。脳震盪が起きているのか、ふらふらとした足取りだ。彼の無防備な腹に向かって前蹴りを喰らわせると、あっさりと後方へ倒れ込む。起き上がろうとするので、顔面と鳩尾を何度も踏みつけた。顔は血に塗れて真っ赤に染まり汚かったので、胴体中心の攻撃へと移す。呻き声が漏れ出ていたが、やがて何の音も出さなくなった。

 

 

「…………え、死んだ?」

 

 

 呼吸は確認できたので、気絶したのだろう。引き摺って端へと移動させると、龍園くんが肩を揺らして笑った。

 

 

「お前、見かけによらず中々エグイ戦い方をするじゃねぇか」

 

 

「完っ全にやり過ぎた」

 

 

 正直ケンカ慣れなんてしてないため、かなりテンパっていたと思う。実際に暴行罪を犯す人も、こんな感じでパニックに陥ったが故にやり過ぎてしまったりするのだろうか。

 

 

「だが、その疲弊した状態でアルベルトに勝てると思ってんのか?」

 

 

「それは全く思って無いんだけど……やれるだけやらせてもらおうかな」

 

 

「……アルベルト」

 

 

 山田くんは最初から警戒した様子で、構えをしながら近づいて来る。

 

 

「Bad boy……」

 

 

 語彙はそれだけ?Bot boyか??

 

 なんて油断していた次の瞬間、意味わからん速さのジャブが数回飛んでくる。向こうも警戒していたので本命のパンチでは無かったが、いなすのがギリギリになってしまった。危うく格好つけて『やれるだけやらせてもらおうかな……』とか言ってから5秒で絶命するところだった。

 

 

「ボクシング……こんな事なら、鬼頭くんに稽古でもつけてもらえばよかったよ」

 

 

「I don't enjoy inflicting pain. Let's get this over with quickly」

 

 

「えっと、Oh Yes! By the way, I like BBQ」

 

 

「Me too」

 

 

「ミートゥーじゃねぇだろボケ」

 

 

 山田くんの巨大な拳によるジャブは、触れただけで肉が抉れるんじゃないかと思わされる。まるで鉛を振り回しているようだ。致命傷だけは全力で避けているが、身体の痛みは着々と増えていく。その癖に突破口が一切見出せない。俺と彼には、絶望的なまでの実力差があった。

 

 

―――っ!?」

 

 

 ボクシングの要領で戦っていたが、次の瞬間に袖口を掴まれて、空と地面が反転した。訳も分からないまま本能的に受け身をとるが、背中に激痛が走っていた。

 

 

――――ッ――!??――噓ウソウソ!!?」

 

 

 またもや身体が宙へと浮かぶ。これあれだ、範馬刃牙で見た人間ヌンチャクだ。流石に死んだか。

 

 

「――――ゥグ――ハッ……!!

 

 

 何度も地面に叩きつけられた後、空を飛んだと思ったら、思いっきり壁に向かってぶん投げられていた。壁に背中からバッグハグを交わされると、重力に従って地面へと落ちていく。

 

 痛めつけるのは好きじゃないとかほざいてたのに……サイコパスかよコイツ。

 

 

―――……ッ…タいなぁ~…し、死ぬかと、思ったよ…」

 

 

 なんとか立ち上がったが、肉体は全身隈なく悲鳴を上げていた。頭から顔にかけて、温かくぬるぬるとした感触が垂れ下がってきている。

 

 

「まだ気絶させんなよ、アルベルト。随分とボロボロになっちまったじゃねえか……無兎浜。これ以上苦しい想いをしたくねぇなら、ポイントを寄越せ」

 

 

「無理だね」

 

 

「その胆力だけは認めてやるよ……終わらせろ」

 

 

 山田くんがじりじりとにじり寄ってくる。はっきり言って、絶体絶命である。本来ならこの状況は好都合なのだが、おそらく今は本当に後ろ盾がない。その可能性がある以上、ここで山田くんに倒されるわけにはいかなかった。

 

 

「終わり……そうだね、終わらせよう、全部」

 

 

「……あ゙?」

 

 

「ここで俺が負けるくらいなら……もう、全部終わらせちゃった方がマシだよ」

 

 

「……テメェ、何を―――

 

 

 

 

 

「終わらせようかッ!!」

 

 

 俺は叫びながら山田くんへと走り出す。突然の行動に困惑した様子だ。俺は内ポケットから取り出した道具を、彼の首筋を目掛けて全力で突き出した。

 

 

「WHAT!??」

 

 

 間一髪で後ろに仰け反った山田くんの顔の前には、鈍色(にびいろ)に輝いたナイフがその姿を見せていた。勿論、俺が握っている。命を脅かす凶器の登場に狼狽えた山田くんは、パニックで隙だらけだ。ナイフを胸に向かって振り下ろす動作を見せると、重心が後ろへ大きく偏ったので軸足を掛けて転ばせた。

 

 

「Ouch!」

 

 

 顔面にナイフを投げつければ当然、頭を逸らして怯む。その隙に本命である道具を取り出して、彼の巨体に押し当てた。

 

 

 

 

「AAAAAAAAAAAAA!!!?」

 

 

 護身道具の代表とも言えるスタンガンだ。山田くんは化け物レベルの肉体だが、所詮は生物。電撃に勝てはしない。後は叫んで動けない山田くんが気絶するまで、この苦痛を味わわせればいい。

 

 はずだった。

 

 

―――ちょ!?」

 

 

 あろうことか、スタンガンを耐えながら体を暴れさえてのたうち回り始めたのだ。どうかお願いだから、人間は辞めないでほしかった。彼が横たわりながら繰り出した回し蹴りは、俺の手に握られていたスタンガンをとんでもない速度で吹き飛ばし、破壊した。

 

 

「は???」

 

 

 そして上体を起こし右フックを俺の頭に目掛けて放つ。慌てて左腕をガードに使ったが、そのまま身体ごと横にぶっ飛ばされた。

 

 

―――ぁ~ッ!!???

 

 

 俺は地面で何度かバウンドをしてから、朦朧とした意識でゆらゆらと立ち上がる。

 

 この一発で、俺の左腕はお陀仏となったらしい。触ったりして確かめたが、もう力が入らない。神経が千切れてしまったかのように感覚が伝わらない。

 

 山田くんもおぼつかない足取りで立ち上がりかけていたが、今畳みかけなければ確実に負ける。俺はなりふり構わず突進し、山田くんごと地に伏した。

 

 マウントの状態になったが、俺の打撃は蹴りじゃないと威力が出ない。体格差もあるし、一瞬にして覆されてしまうだろう。ここで倒しきる判断を下した俺は、ブレザーの背中側に改造して括り付けていた道具を取り出した。

 

 

 

 そう、もしもの時の麻縄である。やっぱ麻縄なんだよな。

 

 俺の全信頼を背負った麻縄で予め結んでおいた輪を山田くんの首に括り付けると、それはもう……ね、思いっきり絞め上げた

 

 

「!?」

 

 

 山田くんは必死に暴れた。俺の体重など気にせず上体を起こして振り下ろそうとするが、俺が右手を離さない限り彼の首は絞まり続ける。カウボーイが馬を乗りこなすアレみたいになっていた。絵面ヤバいが。

 

 立ち上がろうとすれば縄を引っ張って地面に叩きつけ、顔を踏んだり膝蹴りしたりして取り押さえた。彼の振り回した腕は容赦なく俺の肉体に打撃を与えるが、かなり力が弱まっている。あとは根性勝負だった。山田くんの顔から血色が失われていく一方、俺の身体は血塗れになっていく。無我夢中で縄を引っ張った結果……山田くんは動かなくなった。

 

 

 

 

「………………マジで死んだ??」

 

 

 縄を緩めたら息を吹き返したので、死にかけの山田くんに向かって蹴りを10発くらいお見舞いして勝敗が決まった。

 

 龍園くんの方を見ると、俺がさっき投げたナイフを持って刃先に指を当てている。

 

 

 

 

「ドッキリナイフか……直前の自暴自棄になった演技も合わせて、小賢しい手を使いやがる。本物じゃないかと一瞬疑った」

 

 

「流石にね。殺人だけはヤバいしやらないよ」

 

 

「クククっ、にしては怯んだ隙にスタンガンだの、縄で首絞めだの、(エラ)く殺意のこもった手段だったなぁ」

 

 

「手段が選べないんだよ。その割にこのザマなんだから、『弱者』ってのは本当に辛いね……さて」

 

 

 龍園くんへと体を向き直る。

 

 

「まさか、その状態で俺と()るつもりか??」

 

 

「そうしても良いんだけどさ、妥協案を提示させてもらうよ」

 

 

 俺は恭しく右手を自分の胸の前へ置き、口角を上げた。

 

 

 

 

「Cクラスは今後、卒業までAクラスに従う。これを呑むなら見逃してあげるけど、どう?」

 

 

「……テメェ、舐めてんのか?」

 

 

 龍園くんは分かりやすく青筋を立てている。

 

 

「君はさ、バレなければ何をやっても問題ないって旨を話してたよね。だからこそ、監視カメラの無いこの場所に俺を連れてきた……でも、もしも今の光景を誰かが撮っていたらどうするの?」

 

 

「……それは、お前も只じゃ済まねえだろうな」

 

 

「だろうね。正当防衛の域を軽く超えてしまったし、退学処分になる可能性もあるよ」

 

 

「なら、そんな映像があっても互いに見て見ぬふりをしなけりゃいけないよなぁ」

 

 

「いや??君が妥協案を呑まないならめちゃくちゃ使うけど???」

 

 

「は??」

 

 

「冷静に考えてみてよ。俺一人を捨て駒にすれば、Cクラスのリーダーと部下の3人を纏めて排除できるんだよ?どう考えても駒得でしょ」

 

 

「………お前自身が負けたら意味ねぇだろうが」

 

 

「無いかもね。でもそれ以上に確かなのは、俺という存在に大した価値が無いことだ。Aクラスとして考えてみても、ゴミでCを機能不全にできるのなら使わない手は無いよ。俺の意志とか関係なくさ」

 

 

「Aで卒業する条件に『退学者がいないこと』なんてルールが隠されていたらどうするつもりだ?」

 

 

「だったら、二、三年生は全クラスで卒業が出来ないね。ちゃんと確認しているよ」

 

 

「…………」

 

 

「で、その上で考えて欲しいんだけどさ。もしもこの現場を録画されていたら……一体どうなっちゃうのかな」

 

 

 

 龍園くんは俯いて、顔を伏せる。その状態で沈黙が生まれ、辺り一帯は静けさに包まれる。そしてしばらく経ち、彼は肩を大きく揺らして小刻みに息を吐いた。段々と声量が大きくなり、顔を上げて眼でこちらを射抜く。表情も徐々に歪み、やがてそれらは嗤いへと変容した。

 

 

 

 

 

 

「無兎浜……お前の対策を俺が読めていたのなら、どうなる?」

 

 

「へぇ……どうなっちゃうの?」

 

 

「教えてやるよ…………伊吹

 

 

 彼がそう言うと、建物の隙間から二人の生徒が現れた。一人は青髪の女子生徒。龍園くんと同じCクラスの伊吹(いぶき)(みお)さんだ。そして、その彼女が拘束しているもう一人の生徒……こちらは非常に見覚えのある顔だ。が、その人物からは非常に見たことのない、申し訳なさを感じる表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

「…………しくじりました」

 

 

「えぇ…何してるの……森下さん………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5月13日、水曜日。時刻は19時。

 

 

 

 

―――龍園翔に、尾行がバレたかもしれません』

 

 

「マジ?」

 

 

『マジです』

 

 

 携帯電話越しに聞こえる森下さんの声は、ふざけている時と一切変わらないトーンである。これでは今がシリアスモードなのか馬鹿丸出しモードなのかまるで区別がつかない。

 

 しかし、この時間に夕飯を食べに来ないで携帯を使い接触を減らしているところから考えると、彼女にしてはかなり真剣な感じなのだろう。

 

 

「詳しい話を聞かせてもらえる?」

 

 

『ええ、あれは2010年9月25日―――

 

 

「森下さんが忌み子として爆誕した話はまた今度聞くとして……」

 

 

『勝手に忌み子にしないでください』

 

 

「じゃあ早く本題に入って??」

 

 

『仕方のない人ですね……』

 

 

 君に言われたくはない。

 

 

『龍園翔とその取り巻きが、ファミリーレストランに入って行ったんです。おそらくは情報交換を行うために。なので、是が非でもやり取りを把握しておきたいと考えていたのですが、彼らの後に一人でAクラスの生徒が入店するのはやや不自然。かといって望遠鏡で遠くから覗いても目立ってしまうので、苦渋の決断でしたが彼らの席を見られる窓の近くをただの歩行者として通り、その一瞬だけで手元のやり取りを確認することにしました』

 

 

「なんか得られたの?ソレ」

 

 

『写真を渡していました。それを渡していた取り巻きは、前に貴方と私が二人でいた所を目撃した男です』

 

 

「へぇ……じゃ、多分俺はめちゃくちゃにマークされただろうね。森下さんも芋づる式で怪しまれるかもってこと?」

 

 

『それだけではなくて……その時に一瞬、龍園翔が私を見た気がしました』

 

 

「マ??」

 

 

『マ、です。気がする程度ですが。しかし今思えば、情報交換をあんな開放的なファミレスで行うのは怪しいです。尾行している私を以前から認識しており、外部から覗こうとしてくるかどうかを見極める目的があったのではないかと……』

 

 

「誘い込まれていたわけか……写真のやり取りを見れたのは大きいよ。それと、龍園くんに見られた可能性に気づけたのも。俺なら気づけなかっただろうし、流石だね」

 

 

『当然です』

 

 

「でも龍園くんにバレたのは戦犯だから」

 

 

『私は褒められて伸びるタイプです』

 

 

「あっそ……だけど、少し困ったなぁ……」

 

 

 森下さんと軽く関与している程度の認識なら、まだ問題は無かったのだろうが……仕方ない、やれることをやっておこう。

 

 

「とりあえず……龍園くんが利用したファミレスの場所を教えて欲しい」

 

 

『ラジャー』

 

 

「あと、これ以上森下さんを巻き込むのは危険だ。君まで標的になる。こっちで何とかするから、もう関わらないでいいよ」

 

 

『…………その場合、取引内容は……』

 

 

「ご飯?別に、言ってくれたら作るけど」

 

 

『いえ、()()()()()()()()です』

 

 

「それは無理でしょ。もう君の好奇心に付き合っている暇はないからね」

 

 

『………他に協力者は必要でしょう?アテはあるのですか』

 

 

「一人だけね。まぁ、その人に頼るのは一回だけだし、後は全部自力になるかな」

 

 

『……危険でも構わないので、私も協力します。龍園翔を含めたCクラスの動向に関しては私も興味がありますし、さらに成果を出せば対価も頂けますよね?』

 

 

「………何がそんなに面白いのかわからないけど、君が良いのならいいよ」

 

 

 森下さん……君は一体、何を考えているんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

視点:龍園

 

 

 

 

 

 

「え、成果ってコレのこと?マジで何を考えてんの??」

 

 

「そこは社交辞令でも許してくださいよ。こっちもプライドをずたずたにしながら薄っぺらい謝罪を口にしたんです」

 

 

「台無しだよ」

 

 

 んだこの女、思ってたよりもウゼェタイプじゃねえか。拘束している伊吹の表情も心なしかやつれてるように見える。いや、それは俺が待機させてたからだな。

 

 

「……で、どうだ無兎浜。お前が只の雑魚じゃねぇのはわかってたんだから、こういう対策なんていくらでもできる。おかげで撮影班はこのザマだぜ?」

 

 

 困ったように周辺へと眼を忙しなく動かしてから、眉を八の字にして無兎浜は笑った。

 

 

「いやぁ……これはやられたね。森下さんだって警戒していた筈だし、そう簡単には捕まらないと思うんだけど」

 

 

「そう、そうなんです。この女が質の低いお化け屋敷が如く背後のゴミ箱から出てきた時は殺意すら覚えましたよ。おかげで私から愛くるしい悲鳴が漏れ出てしまいました」

 

 

「詰まりきった排水溝がやっと流れたみたいな音だったけど」

 

 

 正面の男は血塗れの指を顎に当てて思案している。そして、俺を訝し気に見つめると引き気味に笑った。

 

 

 

「まさか――――森下さんがどこで撮影するのかを一点賭けして、ずっとゴミ箱の中に伊吹さんを待機させてたの??」

 

 

 

「周りには目立たない程度に見張りを散らばらせている。それらに発見されないようにここへ辿り着き、影から俺らを撮影する場合を考えた時……まともな頭の奴なら何処へ移動するかくらい容易に推測できる」

 

 

「30分は長すぎ。これで成果が無かったら殴ってたわよ」

 

 

 無兎浜は一瞬、俺から視線を外す。そしてため息を吐いた。未だに余裕のある態度なのが俺を苛立たせる。

 

 

「それ……もし外していたらどうしてたの?」

 

 

「俺は推理に確信を持っていた。そう思える地形を選んだり、見張りの配置を調整したというのもあるがな。そして外さなかった。それだけで十分だ」

 

 

「はぁ……何それ。こういう卑劣な手口は正攻法を選べない『弱者』のための物なのに、ここまで傲岸な『弱者』は初めてだよ。しかも成功させるだけの力があるなんて………まるで君が『強者』みたいな振る舞いだね」

 

 

「――――……この俺が『弱者』だと?」

 

 

 さも当然かのようにそう溢す無兎浜に、俺は怒りよりも困惑を覚えた。

 

 

「そう決まってるはずだよ。正攻法で戦えないからこそ、君はこうした奇策を使っている。君は奇策を選んでいるんじゃなくて、奇策しか選べないという弱点を抱えているんだ。圧倒的な『強者』であるならば、あらゆる手段を選べて然るべきでしょ…?」

 

 

「正攻法なんて本質じゃねぇ。重要なのは、最後に笑っているのが誰かってことだ」

 

 

「過程はどうでも良いってタイプねぇ……最後に生き残っているのは当然として、歩む道筋も美しく気高いものであるべきだよ。それが『強者』として……天才として、選ばれた人間の責任なんだ。そして俺たちみたいな『弱者』は、彼らが歩んだ王道に文字通り手も足も出ず、脇にある狭い細道を掻い潜って生きていく……それが節理だ」

 

 

「…………はぁ…??」

 

 

「…理解できないの?可哀想に、下手に力があるせいで自分が強者になれると勘違いしたまま世界を生きていくなんて……きっと真相に気づいた時には、心が折れてしまうんだろうなぁ」

 

 

 そいつは本気で憐れんでいるかのように目を伏せた。声も悲哀を滲ませていて、妙な気迫を感じる。臓物を撫でまわされてるみたいな不快感を与えられた。不気味に思えて仕方がない。

 

 

「くだらねぇな、誰に選ばれたとかどうでも良いだろうが。例え敗北しようが、次で勝つ。勝つまで続ける。最後に笑えば俺が勝者であり、『強者』だ。俺の歩んだ道が覇道になって、俺が絶対的な存在となる。選ぶ選ばれるとかを自分以外の何かに委ねてる他責思考が、お前を『弱者』たらしめる弱点なんじゃねぇのか?

 

 

「いい加減現実を見なよ……世界は自分中心に回っていないんだよ。今の君は自身に酔いしれて千鳥足で駆けずり回ってるのを、自分が軸として回ってると思い込んでいるだけなんだ。ここまで説いてるのに理解できないなんて、愚か以外の何ものでもないよ

 

 

「この現代日本で、宗教の恐ろしさを反面教師として説かれるのは初めてだな。この方向性で頭のネジが飛んでる奴だとは思わなかった」

 

 

「……同感ね」

 

 

「同感です」

 

 

「寝返らないで??」

 

 

「こんな頭のおかしい人と手を組んでいたなんて耐えられません。クーリングオフを希望します」

 

 

「心外だよ、心外過ぎるよ。君以上に頭のおかしい人なんていないのに」

 

 

 多分、どんぐりの背比べだろ。

 

 

「気色悪ィ演説に付き合う趣味は無い。ポイントを吐いて貰おうか」

 

 

「離してください、私も加勢します。共に巨悪を」

 

 

「龍園くんの方が悪タイプな気がするけど」

 

 

「離すわけないでしょ。てか龍園……無兎浜がポイントを渡すまで拷問でもするつもり?コイツ、さっきまでの戦いを見た感じ中途半端な技能だけど格闘技の経験もあるみたいだし、痛みにも全然怯んでないわよ」

 

 

「一番長くやってる空手は緑帯だよ」

 

 

「どの程度の位置なのかまるでわかりません。道場にもよるでしょうし」

 

 

「茶色のひとつ手前」

 

 

「コメントに困りますね」

 

 

「組み手の大会にも出たことがあるんだ。最高成績は二回戦敗退だけど」

 

 

「あの、微妙な実績は言わない方がカッコイイですよ??」

 

 

「そんな、俺の人生なんて全部微妙なのに」

 

 

ゴチャゴチャうるせぇ黙ってろ。伊吹、もっと効率的な手段がある」

 

 

 伊吹が掴んでいる森下へと指を向ける。

 

 

「人に指を向けるとは失礼ですね。ママに教わら――――」

 

 

 

 

 

 

 

「女の方を無兎浜の前で拷問するんだよ。水攻めや裸にひん剥いて撮影すればいい」

 

 

なか――――………………」

 

 

 ペラペラ喋っていた口を閉ざし、唖然とした顔を俺に見せた。今まで無表情で愛想のない奴だったが、その目から僅かに怯えが漏れている。無兎浜なんかよりも、余程人間味が出てきたな。

 

 

「……アンタ…それ、本気で言ってんの?」

 

 

「無兎浜を直接虐めても微妙な結果になりそうだからな。こういう場合は仲間を使った方が成功しやすい。それに、裸の動画は今後も脅しのネタとして扱える。内容も強烈なものだ、従う確率は高いだろ」

 

 

 伊吹は心底軽蔑している事を伝えるように鋭い眼光で俺を射抜く。

 

 

「効率的な手段だね!俺が森下さんを見捨てた場合でも、彼女という手駒を獲得できる……欠点を強いて挙げるなら、人として終わってることかな。所詮は猿山の大将を気取ってるだけあって、品性も猿と同じらしい」

 

 

「その猿に知性で負けてちゃ世話ねぇな」

 

 

「困った、レスバで勝てない」

 

 

 俺は森下の方へと体を向けて歩いていく。当然、無兎浜を視界から外しはしない。

 

 

「―――っ……、………」

 

 

 森下は身を捩って逃げようとするが、拘束を振りほどけず焦りを滲ませている。伊吹も複雑な顔をしてやがるが、コイツを離す気は無いらしい。

 

 俺が制服へと手を伸ばすと、森下は明確に表情を歪ませ、目を瞑った。

 

 

 

「……これは意外だね。てっきり、俺に向かって早くポイント払って助けろとかなんとか言ってくると思ったのに」

 

 

 

 無兎浜が俺たちの方へと歩きながら、未だ追い込まれていないかのような口調で言葉を放つ。俺は手を止めてその様子を観察した。

 

 

「………………」

 

 

「君のそんな顔は初めて見たよ。もしかして、こうなった負い目でも感じてる?それで助けを求められないのかな」

 

 

「………捕まったのは私の失態です」

 

 

「責任感とか強いタイプ?そうは見えなかったけど……とりあえず、それは龍園くんが思ってたよりも小賢しかったせいだから、そこまで気にしなくていいよ。こっちもやりづらいし」

 

 

「そうですか。では気にしないことにします。何をしているんですか、とっとと助けてください」

 

 

手のひらが電動ドリル過ぎる。さっきのままの方が可愛げはあったな」

 

 

 無兎浜は俺に向かって、右手で挑発するように手招きをした。

 

 

「なんか主題をすり替えて主導権を奪った感じ出してるけど、先に俺を倒してくれない?部下に戦わせるだけして自分は前に出ないつもり?俺を忘れちゃったの?それとも怯えちゃったの?」

 

 

「安い煽りだな。安心しろよ、忘れちゃいねぇ」

 

 

 俺は奴へ向き直る。

 

 

「怯えはしたんだ」

 

 

「馬鹿を言うな、お前の出方を窺ってたんだ」

 

 

「……出方を?」

 

 

「何故この女を置いて逃げなかった。今なら逃げれる可能性はあっただろ」

 

 

「そんなの、仲間意識があるからでしょ」

 

 

「無いとは言わねぇが、そう単純な話だとも思えねぇ。最適解は俺が森下に気を取られている間に、一か八か全力で逃げて教師を呼ぶことだ。お前の論理なら、それで駒得なんだろ?無論、逃がすつもりは無かったが……まるで動く様子が感じられなかった」

 

 

「…………」

 

 

「命綱である撮影班が捕まったのに、終始余裕そうな態度じゃねぇか。まだ策は尽きてないんだろ?例えば………協力者が複数いる、とかな」

 

 

 伊吹と森下は目を見開いた。

 

 

「…そう思った理由は?」

 

 

「冷静に考えろ、撮影班が複数いた方がリスクを分散できるだろうが。伊吹が出てきた直後、敵対している俺や捕まった森下じゃなくて、辺りの建物の方へ視線をずらしていたのも意味深だ。それに14の木曜だったか、お前は一度尾行を振り切っていたな。しかも今日の昼、上級生との交渉で他の女を利用していたのも怪しい。その時に協力者を取り付けたか?」

 

 

「……………」

 

 

「煽るような言動が増えたり意味のわからん演説をし始めたのは、判断力を奪い直接暴力を振るわせて、俺の退学リスクを高めるためだったんだろ」

 

 

「龍園……これ、マズいんじゃないの?」

 

 

「ああ、もしも本当に撮影班が残ってるなら、形勢は逆転する」

 

 

「だったら――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――安心しろ、コイツの作戦だ。俺がそう考えるように思考を誘導していたんだよ」

 

 

「―――……」

 

 

 無兎浜の顔から、貼りつけてあった気味の悪い微笑みがこそげ落ちた。

 

 

「……誘導………?…どういうこと??」

 

 

「いちいち露骨なんだよ。本当に残っているのなら、視線をあんな風に向けるのは馬鹿すぎる。中途半端に焦った演技をしてバレるよりマジだと考えたのかもしれないが、余裕も出し過ぎだ。あれじゃ疑ってくれと言ってるようなもんだろ」

 

 

「……こっちが勝手に勘違いして引くように仕向けてたのね」

 

 

「俺らが自棄になりゃあ、森下に精神的ダメージを与える置き土産はできちまう。それに通報した場合は、連帯責任で協力者の森下もペナルティを負う可能性だってゼロではない。この学校が、問題事にどういう裁きを与えるのかは不明瞭なんだからな。その場合、コイツの言う駒得の旨味が減ってしまう。そもそも駒得というのは、俺らが要求を吞まなかった場合の選択肢なんだ。Aがペナルティを負う可能性が無いなら、それに越したことはない。諸々を考慮するなら、無兎浜が狙っている着地点は『クラスで徴収したポイントを払えば互いに無かった事にする』という取引を成立させることだろう」

 

 

「…………ホントに撮影班はいないの?」

 

 

「昼に他の女を使って過去問を入手していたのは、一人よりも交渉を上手く行えると判断したんだろう。だが、だったら森下や坂柳を頼ればよかったはずだ。協力させるのもタダじゃねぇ。俺に他の協力者がいると思わせる目的だけで言えば、坂柳やその部下で十分……というより、そっちの方が効果が高い。ボスの手を煩わせたくないとしても、いささか合理性に欠けている」

 

 

 それに過去問は重要な情報だ。クラスの奴相手でも、漏洩を恐れるならそう簡単に広めたくはない。

 

 

「念のため白石(あの女)を他の奴らに監視させてはいるが、怪しい動きを見せたという連絡は特に無い。アレに特別な用事があった可能性を除くなら、今の無兎浜は何かしらの理由があって坂柳を頼れない……いや、頼りたくないんだろうな。派閥も一枚岩じゃねぇらしい」

 

 

 無兎浜は表情を変えないが、その眼は睨んでいるように見えた。

 

 

「そこでもし、他の撮影班を用意した場合はどうなる?」

 

 

「…………坂柳が勘づく?」

 

 

「ああ。撮影班は最低限信頼のできる人間に任せなければならない。最も適しているのは坂柳派閥の奴らだが、下手に派閥の人間を使えば坂柳にも伝わるし、単純に不審な動きと人数が増えたこともあって坂柳はおろか俺にも気づかれるのがオチだ。ハナから無兎浜は、変に行動を起こして森下以外の撮影班を用意するのは無理だったんだよ。だから、森下が撮影に失敗した場合はハッタリで乗り切る算段だった。その場合は、あくまで見逃した可能性がどうしてもチラつくからな……協力者を取り付けたかの様な怪しい動きを見せれば、勝手に想像して自爆すると考えたんだろ」

 

 

「なーんかぺちゃくちゃ喋ってるけどさ、()るの?()らないの?」

 

 

「そうだなぁ……俺の推測が当たってるのなら、今からお前が勝つには俺と伊吹を倒すしかない。そして間違ってるなら、俺に手を出させて決定的証拠を手に入れりゃ良い」

 

 

 奴のことを真っすぐ見据える。

 

 

「つまり、攻撃を仕掛けて避けたら正解……避けずに喰らったら不正解ってことだ……!」

 

 

 俺は無兎浜に向かって走り出した。互いの視線が交錯する。俺も奴も、その一挙手一投足を見逃さまいと睨み合う。

 

 

 

 

「答え合わせと行こうじゃねぇか…………!疲労で避けれなかった、なんて展開はやめてくれよ―――無兎浜ァ!!」

 

 

 

 

 相変わらず特徴の無い淋しい面は血で赤く染まっている。その頭を吹き飛ばすつもりで、俺は足を振り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――……避けたってことは……そういうことで良いんだよなぁ??」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

※視点:無兎浜

 

 

 

 

 

 

 尾に蹴りを喰らわせると、正面の少年は盛大に畳へと倒れ込んだ。苦痛に歪んだその顔を、俺は喜々として覗き込む。

 

 

「立てよ」

 

 

 そう告げれば、コイツは黙って立ち上がる。そして再びを組み手をするが、膝をついた人間は変わらなかった。

 

 何回もこれを繰り返している。空手だけじゃない。柔道も合気道もボクシングもジークンドーも、あらゆる格闘技で俺が勝利しコイツがひれ伏す。その度に、俺は下等な存在ではないと神が認めてくれた。この感覚が、何よりも心に彩を与えてくれる必須栄養素だった。

 

 

「立てよ」

 

 

 立ち上がる。蹴って倒す。

 

 

「立て」

 

 

 立ち上がる。殴って跪かせる。

 

 

「立てってば」

 

 

 立ち上がる。脚をかけて転ばせる。

 

 

「立て」

 

 

 立ち上がらない。

 

 

「おい」

 

 

 脇腹を蹴り上げる。呻き声が聞こえた。立ち上がらない。

 

 

「サボんなよ」

 

 

 腕や足を踏みつけた。立ち上がらない。

 

 

「………………はぁ」

 

 

 俺は無様に寝転がっている奴の前で、胡坐をかいて座った。

 

 

「全くさぁ、しっかりしてくれよ。これじゃ組み手にならないだろ。今お前が怠けてる間にも、俺の貴重な時間は減っていっているわけ。本当に頼むよ」

 

 

 説教を垂れ流してはいるが、俺の口角は上がっていた。

 

 

「頑張ろうっていう気概を感じないよね。俺が来るまでの間にも、そうやって甘えた生き方をして来たんだろ?」

 

 

 返答は無い。身じろぎの一つもせず、天井を眺めていやがる。

 

 

「……は?無視??お前の分際で?ふざけんじゃ――

 

 

 

「甘えた生き方は君がしてるだろ」

 

 

――……………あ??」

 

 

 けひっと不気味に嗤い飛ばすと、ペラペラと口を動かす。

 

 

「自分よりも優れた人間が気に食わないけど、逆らって負けてしまうのは怖い。だから劣った存在をいたぶって、優れた存在の持つ上からの視点を疑似体験し悦に浸る……浅ましい逃避だよね。自分自身に劣等のラベルを張ってしまえば苦労しないのに、ちっぽけな傲慢(プライド)が邪魔をしている………本当に可哀想だと思うよ」

 

 

 

―――…おまっ…お前………お前お前お前お前オマエ――――!!」

 

 

 

 その顔面を潰してやろうと、俺は倒れた身体の上に跨った。拳を振り下ろすが腕で受け流され、道着を掴んで俺を身体から引き剥がそうとしてくる。脚で胴体を捕らえるが、無理やり回転して上を奪われた。奴が見下ろしていることに、臓物が沸々と沸き上がる感触を覚える。所詮は瀕死の雑魚、全力で起き上がれば奴の軽い肉体を押しのけるのは容易だった。

 

 ふらついたうちに頭を掴んで膝蹴りを繰り出すも、膝の方を掴んで軌道をずらされた。ビキビキと奴の指の骨がおかしな方向に曲がったが、顔面には当たらない。致命傷を避けることに関してだけ無駄に上手いところが、本当にこちらを苛立たせる。

 

 指が使えないなら、柔道に持ち込んでしまえばこっちのもんだ。道着を掴んで足を引っかけると、抵抗できずに重心を崩す。思いっきり背負い投げをかませば、畳にドンっと大きな音が鳴り響いた。

 

 倒れ伏した頭に向かって、俺は本気の踵落と―――

 

 

 

 

 

 

「何をしている」

 

 

 背後から圧のある、世界で一番嫌いな声が聞こえた。俺は即座に振り返る。

 

 

「に、兄さん」

 

 

「それ以上は怪我では済まない。今すぐやめるんだ」

 

 

 手から奴を離すと、何食わぬ顔でゆらゆらと立ち上がった。やっぱりコイツ、さっき多少はサボってたんじゃねぇか。

 

 

「空手の組手では無かったのか」

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

「……あんなものは虐めだ。反省しろ」

 

 

「……はい、すみませんでした」

 

 

「俺にではないだろう」

 

 

「…………は」

 

 

 コレに、謝罪しろと言うのか??早く産まれただけで調子に乗ってんじゃねぇぞ、クソ野郎が。ふざけんなふざけんなふざけんな。なんで俺が、そんな屈辱を味合わなくちゃいけないんだよ。最初に喧嘩を売ってきたのはコイツの方なのに。

 

 

「……どうした」

 

 

 意味がわからない。なんで俺がこんな目に。タイミングが悪すぎるだろ。うざいうざいうざいうざい。クソがクソがクソがクソがクソが。死ねよ全員。俺の事を悪だと蔑みやがって。

 

 

「あの、指痛いんでもういいですか?」

 

 

「………これは酷いな。今すぐ手当てをしよう」

 

 

「では」

 

 

 そう言って、奴はスタスタとこの場を後にした。

 

 

「……………■■」

 

 

 兄さんの声で呼ばれる俺の名は、酷く俺の胸を締め付けた。聞きたくない聞きたくない聞きたくない。嫌いな声で、嫌いな名を呼ばれたからでもあるが、その声は本気で俺を心配している声でもあったから。だから嫌いなんだ、惨めになる。

 

 

「俺は、兄弟として2人の事を大切に思っているんだ。何か辛いことがあるのなら、俺を頼ってほしい」

 

 

 大切とは思っているのかもしれない。俺だって、あいつに居なくなられても困る。仮にも家族という鎖で縛られているのだから。それだけこの呪いは強力だ。

 

 だが、俺たちのことなんて見下しているはずだ。庇護対象でしかないんだろう。可愛い弟ではなく、お荷物だと思ってんだろう。そんな薄っぺらいものが、それが本当に、兄弟の繋がりだとでも??ましてや――

 

 

 

 

「半分しかが繋がってないのに??」

 

 

 

 

「なっ………そんなのは関係ないだろう……!」

 

 

「ありますよ……絶対にね」

 

 

 立ち尽くす兄さんを横目に、俺は道場の出口へと向かう。その脇にある鏡に映った俺は、一切の怪我を負っていない。身体の何処にも痛みは無く、軽い疲労があるだけだ。

 

 大丈夫。大丈夫だから。

 俺の心は、灰色なんかに染まっていない。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

◇視点:無兎浜

 

 

 

 

 

 

――――ねっ――!」

 

 

「おいおい、反撃しなきゃ勝てねぇぞ?――なぁ!」

 

 

 赦のない目潰しを寸でのところで回避すると、龍園くんは後ろ回し蹴りを俺の頭に目掛けて繰り出してくる。左腕が使えないことはバレてるので、そちらはガラ空きだ。だからこそ俺は右手で左手を掴み、無理やり肉壁として左腕を頭の横へと持ち上げる。この攻撃は読めていたので、打撃までには何とか間に合い受けることができた。

 

 骨に響く鈍痛が、犠牲となった前腕に襲い掛かる。右手で支えていたので蹴りの反動には耐えられたが、元々左腕は自力で上げられない程に追い込まれている。そこに入った一撃で、もはや痛いというより冷たく感じた。そして龍園くんの空いた軸足を思いっきり蹴り上げる。

 

 

「ッ――――――

 

 

 フラつかせることは出来たものの、強靭な体幹で転倒を防がれてしまった。じんじんと熱を主張する右脚に、上手く力が入り切らなかったのも原因かもしれない。両手で掴みかかってくるが、こちらは右手しか使えないので分が悪い。ここは引くしかなかった。

 

 

「そんな軟弱なヒット&アウェイじゃ、先にくたばるのはお前だぜ?」

 

 

「……はぁ…っ…あいつに武器を壊されなければっ、また話は変わったんだけどね…っ……」

 

 

 もう少し、せめて勝てなくても龍園くんにダメージを与えておきたい。そうすれば()()()()()()()()()()()()()。何か無いか……?戦闘に使えそうな……アレでいいや。

 

 俺は倒れている石崎くんへと走り出し、龍園くんも後を追ってくる。彼が攻撃を仕掛けてくる前に、倒れた身体を持ち上げて肉壁にしようと考えたが……これ、重いし腕が使えない。石壁作戦は微妙な結果をもたらしそうだ。

 

 

「危ッ――――ああっ、石崎くんの頭に蹴りが………ひどい、ひどすぎるっ…!

 

 

「お前のせいだろうが」

 

 

 石壁くん諸共タックルで吹き飛ばされ、俺は後方へと派手に転倒する。起き上がった瞬間、龍園くんの振り上げた足が俺の鳩尾を的確に貫いた。痛いよりも先に、本能的に不味いという感覚が脳を席巻する。蹴りの反動で身体が浮き上がり、ぼすんと尻もちをついた。緊張の糸も切れてしまったのか手足は動かせず、俯きながら嗚咽を出すことしかできない。

 

 誰がどう見ても、紛れもなく勝敗を決した一撃だった。

 

 

「思ってたよりも、ずっとしぶとい野郎だったが……それもここで終いらしいな」

 

 

―…―――…――……、………

 

 

「……話すこともままならねぇか」

 

 

 龍園くんは追撃をして来たりはせず、俺を見下ろして淡々と語る。

 

 

「無兎浜、俺はお前を高く評価している。暴力を選べる精神性と根性、そして知恵も回るところが気にいった」

 

 

―…――、―………―……、…そりゃ……どうも………

 

 

「どうだ?内通者として、今後も俺に従えよ。良い成果を出せば、俺らもお前を全力で囲うぜ。クラスの移籍に必要な2000万ポイント……溜まり次第、お前に使う場合だってあるかもなぁ……?」

 

 

「…―――……」

 

 

「龍園、本気?」

 

 

 伊吹さんは眉間に皺を寄せて、懐疑的な表情を浮かべている。龍園くんはそれに答えない。

 

 

「………へぇ……それはっ、また……随分なお誘いだね……」

 

 

「残念ながらテメェに拒否権は無いが……どうせ従うなら、完全に俺の配下を志すのも悪くないだろ?」

 

 

「……確かに、こうなった今の俺が…Aクラスでの卒業を目指すなら………、……それは比較的、現実的な選択肢に入るかもしれない」

 

 

「…………無兎浜白夜…」

 

 

 森下さんの表情はよくわからなかった。無表情というよりは、様々な感情によって表情が打ち消されたような、端的に言えば何とも言えない顔だ。

 

 

「裏切るなら前向きに裏切ろうぜ………無兎浜」

 

 

「………そうだね…前向きに行動しよう…」

 

 

 俺は震える脚を叩き膝を立て、頭を右手で抑えながらゆらゆらと立ち上がり―――

 

 

 

 

――――!」

 

 

 龍園くんの眼を狙って、右手にべっとり付着した血を飛ばす。奥歯を食いしばって全力の後ろ回し蹴りを放ったが………ギリギリで仰け反った彼の顎を掠めるだけだった。

 

 

「………魅力的な愚問だったよ。有栖(かのじょ)と敵対すること自体が敗北だという事実さえ無ければ、要求を吞んでいたかもしれないくらいにね」

 

 

「……まだ戦る気かよ、本当に良い根性をしてやがる」

 

 

 龍園くんは警戒して俺と距離を取るが、こちらは足元すら覚束ない。少し気を抜けば重心が後ろや横に倒れかけて、足が後からついてくる。空元気で繰り出した渾身の一撃を避けられた時点で、龍園くんを倒すことは不可能だった。

 

 

「ふらふらじゃん。ほっといたら勝手に倒れるんじゃない?」

 

 

「…………どうだろうな」

 

 

 彼は喉元を鳴らして笑いだすと、俺を蛇のように苛烈な眼で見つめる。

 

 

「これまで色んな奴と戦ってきた……そして戦闘において、視線というのは重要だ。眼を見りゃ、相手が何を考えているのかわかることもある。絶望、希望、執着、合理、安堵、焦燥、嫌悪、恐怖……それら全ては眼が語る。だからこそ、お前の眼を見てわかるんだよ」

 

 

 面白い、と言わんばかりに、彼は頬を歪ませた。

 

 

「その眼はまだ、死んじゃいねぇ。策が残ってんだろ?この状況を覆せるような代物がよぉ……」

 

 

「…………まあね」

 

 

 短く返すと、彼はまた笑った。俺も笑っていた。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 俺は最後の力を振り絞って、龍園くんへと走り出した。彼も同時に動き出す。これが最後になるだろう。俺は興奮していた。最初に思いついた最後の手段(この作戦)が決行できることに、恐れながらも喜んでいた。どうせ負けるんだ、前向きに楽しまないとね。やけに身体が軽い。熱い。涼しい。

 

 これを行う時点で、俺は既に負けているようなものだ。だが負けたからといって、相手の勝利とは限らない。勝者など作らせない。敗者しか残させない。

 

 共に、敗北という泥沼へと沈もうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 俺は負けて生き残る。

 そしてお前は、負けて死ね。

 

 

 

 

 

 

 互いの距離が2メートル程度に達したところで彼は蹴りの準備を始め、俺は右手を内ポケットに突っ込――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――両者、そこまでです」

 

 

 

 

「――――………あ??」

 

 

 

 

 俺も龍園くんも動きをピタリと止めて、声の主へと顔を向ける。視線の先の小柄な彼女は、相変わらず妖艶に微笑んでいた。その後ろには数人の配下を連れている。

 

 全く、こうならないよう位置情報を切っておいたのに。一体どうやってこの場所へ??

 

 

 

 

「無兎浜、お前……」

 

 

「言っておくけど、これは本当に意図してないよ。ま、なんとなくこうなる気はしてたけどね」

 

 

 彼女が俺や神室さんの動向を見逃すはずがない。位置情報を切ったところで、それがバレてればそこから全て把握されるのは当然だった。

 

 残念だ。人生と言う一度きりのゲームにおいて、最も退屈で忌むべき結末……

 

 

 

 

 ゲームオーバーを迎えたらしい。

 

 

「会うのは初めてですね―――龍園くん」

 

 

「入学早々に女王気取りか?―――坂柳」

 

 

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