フィリスはフルスハイムに集った錬金術士たちと共に、船を造っていくそうや。ウチは… 過去を、描く。
「アカネ、今日は筆が乗っていますね」
「完成が見えてきたからか、止まらんのです」
「ですが、そういうときほど立ち止まるのが大切ですよ。勢いのあるときこそ、落ち着いて…」
「…そうですね。ちょいとお茶でも飲んでからにします」
ふぅ… 絵を描き始めてから… 何日経ったやろうか。フルスハイムに着いてから23日、描き始めたんは10日くらい経ってからやったから、13日間描いとったんやな。眠る必要もないし、描いとらんときもずっと昔を思い出したり、絵のことを考えとったから、ずっと描き続けとる感覚や。
…絵画って、普通なら何日で描くんやろうな。ウチはこんなに真面目に絵を描いたのは初めてやし、キャンバスの大きさの単位すら知らん素人やけど、感覚的には早く描けてる気さえしてるんや。絵の具のおかげなのか、絵筆のおかげなのか、キャンバスのおかげなのか… ウチが描いたとは思えないほど綺麗な絵が描けとる。 …フィリスとシャノンには感謝せなあかんな。完成したら、あの2人に一番に見てもらおう。
「でもアカネさん、フィリスちゃんのアトリエじゃなくて、あたしのアトリエで良かったの?」
「ええんです、フィリスに心配かけられまへんから。ええ子やから、ウチが絵を描いとったら邪魔にならんようにって静かになってまうやろうし、ウチがご飯食べとらんのも気にしてまうやろうし…」
「…それだと、あたしがいい子じゃないみたいじゃない?」
「まぁ、実際にソフィーはいい子じゃないではないですか」
「う、ウチはソフィーさんもええ人や思っとりますよ」
「む〜」
…フィリスは元気やろうか。絵を描き始めてから、ウチは一度もソフィーさんのアトリエを出とらん。フィリスの船造りも進んどるとは思うんやけど、どんな感じなんやろうか。シャノンも寂しくて宿屋
「久しぶりにフィリスに会ってきますわ、また後で」
「うん! また後で!」
「ゆっくりと楽しんできてください」
ソフィーさんのアトリエからフィリスのアトリエへ、お隣さんへお邪魔しまーす♪
「フィリスー、元気にやっとるかー」
「アカネさん! ふっふーん、元気に順調快調だよ!」
「ホンマに元気そうやな、船造りも進んだんか?」
「うん! “インゴット”も必要なだけ作ったし、“アルマゲイン合板”もできたし、材料は集まったから部品はもう作るだけって感じかな」
インゴットは金属やな、アルマゲイン合板は… たしか、小さな木を合わせて作る大きな木の板、やったか。小さな木を合わせるから、1枚で作るよりは壊れやすいんやけど、それでも物を作るのには使いやすく十分な頑丈さはあるはずや。船を全部これで作ったら不安やけど、フィリスが作るのは一部の重要な部品だけって話やからな。それに何より、錬金術パワーの分だけ、普通の木の板より強いからな!
「材料も作るんか、大変やな…」
「でも、もう全部できたから!」
「ほんなら、後ちょっと頑張りや」
「…この後が大変なんだけどね」
「…そらそうか、まだ材料だけやもんな」
「でも、絶対に作り上げるから!」
「信じとるで!」
フィリスは元気にやっとるみたいやし、まだまだ調合は大変そうやな。リアーネさんにも挨拶してくか。
「リアーネさんも、元気か?」
「はい、元気ですよ。アカネさんも元気でしたか?」
「そらもちろん、元気やったで。お菓子焼いとるんか?」
「そうです。食べていきますか?」
「ほんなら、いただいてくわ」
シャノンに会いに行くんは、リアーネさんのクッキー食べてからにするか…
「失礼するでー」
「アカネさん! お久しぶりです…」
「シャノンは元気やったか?」
「えっと… はい」
「…ホンマにか?」
「はいっ、元気でした。その… 少し寂しかったくらいで。どこに行ってらしたんですか?」
…そういや言っとらんかったか。リアーネさんくらいしか訪ねてこんから、なんでやろって思っとったんやけど… レヴィさんにも後で伝えとくか。
「ソフィーさんのアトリエやで。ソフィーさんも歓迎してくれるはずやし、いつでも来てええんやで」
「それなら、またお邪魔しますね」
「おう。ほんじゃあな」
「まっ、待ってください。アカネさんは、今何をしてるんですか?」
「ん? 絵を描いとるよ、せっかく画材を揃えてもらったからな」
「そうなんですね…! すぐ、伺いますね」
「…まだ完成しとらんけどな」
「でっ、でも、見たいので…」
「ふふっ、腰抜かさんようにな」
さっ、シャノンにも挨拶したし、次はレヴィさんやな。レヴィさんも宿屋に… というか、入り口におったな。スルーしてきてたわ。
「レヴィさん、元気か?」
「ん… アカネか、お前こそ元気だったか?」
「そらもちろん。ウチ、今はソフィーさんのアトリエで絵を描いとるから、何かあったら来てや」
「絵か… わかった。完成したら教えてくれ」
「もちろんや、腰抜かしたるで」
「ふっ、それだけのものを描いてるんだな。期待して待つとするよ」
「任せーや。ほんじゃ、じゃあな」
うん、全員元気そうやな。後は、イルにも挨拶したいんやけど… 場所がわからんな。宿屋にはおらんみたいやし、また今度にするか…
「ただいまー、絵を描きに帰ってきましたー」
「おかえりなさい。ソフィーはレンの下に向かったのでいませんよ」
「ほーい。 …ふぅ、描くぞー…」
「頑張ってください。 …私も、見守っていますね」
椅子に座って、イーゼルに置かれたキャンバスに向き合い、絵筆を握り、パレットを持つ… 正しい構えとか、習ったことあらへんからわからんけど、ウチがやりやすいやり方でええはずや。正射必中とも言うが、習っとらんものは仕方あらへん。
…絵筆を握ると、不思議なほどに頭が冴えてくる。絵の具を付けると、どこに塗ればいいのか、“視える”気がする… キャンバスが、ウチの思いに応えてくれているような、そんな感覚… 不思議な感覚や。絵筆が、絵の具が、キャンバスが。ウチの思い描く、あの日の記憶を、描かせてくれる… そんな気がしてくる…
「………」
「…応援していますよ」
「………」
描け、ウチの思い出を。忘れたくない、あの頃の光景を。ウチが生まれ育った、あの町を、あの家を、あの場所を。燃えるように熱かったアスファルトの道、楽しくて開閉していたら壊した門、登っては落ちた石ブロックの塀、幼馴染と一緒に植えた花々、そして… 家族と過ごした、2階建ての我が家。ウチの記憶の全てを込めて… 筆に、乗せる。
良い思い出も、悪い思い出も、懐かしさも、全てを描くんや。もう帰れる日は来ないかもしれんから… 絶対に忘れないように。絶対に、無くさないように。ウチの生きてきた過去が、そこにあったと、残すために…
「…できた」
「これが、アカネさんの…」
「お疲れ様です。 …今が何月の何日か、わかっていますか?」
「え? 5月の30日とかや… あ?」
「6月の27日だよ! アカネさん、ずっと描いてたんだよ!?」
「6月の27…」
「すごい集中してたから、声をかけるわけにもいかなくて。でも、完成したんだね」
筆を置いて周りを見たら、みんながおった。ソフィーさん、プラフタ先生、フィリス、リアーネさん、レヴィさん、シャノン、イル、メア、それと船乗りの男の… カイさんやったか。みんなして、ウチが絵を描くのを見てたんか…
…あれ、フィリス着替えたか? そんな水着みたいな服やなかったよな… まぁ、港町におるんやったらバカンスもするか。天気は最悪やけど…
「船ができたのに、アカネが絵を描いているからみんなで待ったのよ? まったく… 迷惑しちゃうわ」
「それはすまんかった」
「大丈夫。船ができたのも一昨日だ」
「それに〜… 急かしたりしないで、完成までアカネさんを待とうって言い出したのは、イルちゃんだもんね」
「なっ! それは言わなくていいの!」
「…ありがとうな、みんな」
船ができたんなら、もう湖を渡るときか… どんな船になったんか、ちょいと楽しみや。せやけど、今は…
「それにしても… すごい大作ですね。アカネさん、こんなに絵が上手だったなんて…」
「…ウチでも驚きや。自分で描いたとは思えんわ」
「この絵はどうするの? うちで売っちゃう?」
「すまんなぁ、非売品や」
「これが、アカネさんの思い出の場所、なんだよね… いつかこんな場所にも行けるのかな…」
「さぁ… 私にもわかりません。ですが、願い続ければいつか辿り着けますよ。錬金術は、願いを叶える力ですから」
「そうだよ、フィリスちゃん。いつか、辿り着けるといいね」
「うん! わたし、ここに行って、アカネさんの妹さんと話してみたいなぁ…!」
この絵… ホンマにウチが描いたんやろうか。もう、描いとるときのことをほとんど覚えとらん… 気がついたら絵が完成していた、そんな気分や。せやけど、この絵を描いたのは間違いなくウチなんやろうな。だって、この景色は… ウチしか、知らん景色やから。
「アカネ、これを差し上げます」
「これは… 額縁ですか?」
「そうです。せっかく描いたのですから、乾いたらここに入れて飾ってみてください」
「ありがとうございます! …そうか、乾かさなあかんのか」
「でも、ここで乾くまで待つわけにはいかないし… みんなでわたしのアトリエまで運んじゃおー!」
「お、おー!」「おー♪」
「…そんな大勢では運べないんじゃないか?」
それから、ウチの描いた絵はイーゼルごとフィリスのアトリエに運ばれた。アトリエを持ち運んどる間に中のものが倒れたことはないし、ずっと置いといても問題ないやろうな。きっとこのまま長い間置いておけば、乾いていくはずや。
…ウチのせいで待たせてもうたみたいやけど、もう大丈夫。全て終わった今、次に向かうは…
「全員乗ったか? …行くぞ!」
「しゅっぱーつ!」
ウチらは、船に乗って湖を渡る。フィリスの船は、小型の豪華客船のような見た目やった。木造の船なんやけど、メタリックな鎧を身にまとった強靭な船で、これなら竜巻を抜けられると確信できるほどや。
船に乗ったのはウチの他に、フィリス、リアーネさん、レヴィさん、シャノン、イル、カイさんや。 …ソフィーさんとプラフタ先生も行くもんやと思っとったけど、まだやり残したことがあるらしい。カイさんは船の操舵役や。
…あぁ、それと、あれを言っとかなあかんか。
「後は、ライゼンベルグに向かうだけ…!」
「ふふっ、もう3枚集まったものね♪」
「まさか、こんなに早く集まるなんてな…」
ウチが絵を描いとる間に、フィリスはレンさんから推薦状をもらったそうや。簡単な課題と、錬金術に関するお話… 具体的には、錬金術の危険性や使い道の話をして、フィリスなりの答えを出すことが課題だったらしい。錬金術は物を作る力であり、同時に壊す力である… そんな話らしいで。
後は、イルもこれからフィリスの旅に加わるそうや。やから、今後は6人旅やな。最初の3人でしてた頃に比べたらちょうど倍の人数か… 途中で2人置いてきたし、結構いろんな人と出会ってきたんやな。
…終わりみたいな感じやけど、まだ折り返しや。こっから、ライゼンベルグまでは推薦状もいらんし、駆け抜けるだけかもしれんけど… 公認錬金術士試験に受かるためには、錬金術の腕を磨かなあかん。せやから、こっからが本番なのかもしれん。
船もこれから竜巻に突っ込むところやし… まだまだ、ウチらの旅はつづ…
「ゆ、揺れが…」
「アカネさん、大丈夫ですか…?」
「すまんシャノン、支えてもらえんか…」
「は、はい」
吐かんように、そっちに集中せなあかんな…
やることメモ
0.エルトナ
→1.エルトナ周辺
1.乾いた平野帯
2.ファーヴェ丘陵
3.旅人の雑木林・白霧ヶ森
→4.フルスハイム近郊
1.動かぬ船
2.共同戦線
3.炉を作るために
→4.完成した船と絵画
いざっ、湖の向こう側へ!
公認試験まで、一緒に頑張るわよ!
この絵画と共に、ウチは… 進み続ける…!