揺れる馬車の中、エミルは適当に相槌を打ちながらどこか窓の向こうを見つめている。
右手には大事にしている小銃、左手には付き人のシャロン。そして、前方では依頼主…厳密にはその伝言人が、本題へと入る前に与太話を展開していた。
シャロンはプレゼントされた木製の細工に興味を割いており、エミルは否が応でも対応しなければならなかったが、関係性と自身の状況少し不貞腐れても構わないと考えていた。
…やがて怒りに近しい呆れが収まり、集中力がわずかに戻ってくると同時に、エミルは手を振って本題へと話を繋げるよう促した。伝言人は近衛軍の紋章入りの宝石----鳥をあしらった、複雑で特徴的な紋章----等で紐留めされた封筒を手渡してきた。「中身を確認しておいてくれ。」の一言と共に。
エミルは前払いの金一封と指令書を確認した後、伝言人たるアルトへ、次いで御者の方向へと視線を向ける。意を察したアルトは、
「お察しの通り、彼も私達の仲間だよ。君が西部行きを目指していると聞いて、馬車を待機させておいて正解だった。」御者が帽子をおもむろに取り、直ぐに戻す。
アルトが少し誇らしげに言うのが、彼の気に障る。
しばらく後ろめたい依頼が来るとは思ってもみなかった矢先、馬車に乗るとすぐさま出入り口を彼に塞がれ、馬車は瞬く間に前進し始めた。エミルは罠とすら呼べないものにまんまと嵌められたのだ。
封筒の中身は概ねエミルの想像のとおり、新たに建設されたと思わしきダンジョンの調査である。目的地がエミルの当面の針路と同じ向きにあるのは、きっとお偉いさんが払った最大限の配慮に違いない。
本来、こういった新規ダンジョンの調査は、ギルドや軍が大隊などの大規模な戦闘単位を率いて現地に訪れ行う。だがしかし、物質的・政治的に大規模な調査が不可能な地域、たとえるならば人里離れた森林や、大貴族の領地といった場所ではそう簡単にことは運ばないし、いざ軍を動かそうとなると相応の苦労と大量のサインが必要になる。加えて、必要性の問題も拍車をかける。さっさと見つけたところで、ダンジョンをすぐに破壊するとはならないからだ。
ならばいっそ、ある程度有力な何でも屋や冒険ギルド所属の探険士に任せたほうが安上がりであるという考えの元、冒険ギルドや軍が直接、七等探険士のような無名にはありつけないような報酬と共に依頼してくるのである。
尤も、認知されていないダンジョンを、税金逃れや隠れ家といった面で価値を見出す人々も居る。事実、魔王軍の研究の遺産の持ち出しには厳しい制限が課せられることも多く、その面でも依頼を受けた人は同業者から白眼視され、時には「いつの間にか」行方がわからなくなる。そのため、公的機関の体裁を取り繕う上でも、依頼受諾者を守る上でも、こういった非認知ダンジョンの調査依頼は秘匿されがちなのだ。
依頼内容を一通り確認したエミルは、うち一枚に丁寧に押印した後、封筒と共に返却した。依頼が完了するかエミル達が行方不明になれば、その書類は焼却される手筈となる。
残りの紙とお金は自身のポーチに丁寧に仕舞った。
「他に伝えられる事は?」
「特には。刺されないよう気を付けておけ、ぐらいかな。それと、顔を見られたなら不法滞在者に対処しても構わない。偽装は忘れないでくれよ。」
後半はまるで茶化すかのようであったが、実際のところ顔を見られれは自身や家、周囲にまでリスクを与えることを考えれると手段としては合理的である。エミルが経験したことは一度しかないし、二度と経験したくない事であるが。
「…思ったより早く目的地に着きそうだな。宿は何処を取るんだ?」
「貴方さえ来なければ安宿でも良かったんですがね、暫く仕事で忙しくなるのであれば。」
「宿舎ぐらい割り当ててくれてもいいのにね。」
一通り細工で遊び終わったシャロンが愚痴を挟む。馬車とはいえ多少長引く時間において、冗談を言える間柄である事はこれ以上無い救いである。
「西部平野の昼は日差しが強いし、なるべく日光が当たらない所が良いぞ。昼に表だって活動するわけにもいくまい。」
「言われなくとも。元々はもう少し栄えた町まで夜の間に南下して、そこで一旦腰を下ろすつもりでしたから。」
本来の予定であれば、エミルは鉄道が通っている町まで一時南下し、現地の依頼を聞いて当面の旅費を稼ぐつもりであった。栄えた町の冒険ギルド支部程周辺地域からの依頼が集まりやすく、依頼に困ることはあまりないからである。内地であれば物珍しい物品の捜索、下級貴族の警護依頼や規模の小さい山賊・海賊対処等、そしてごく珍しいが藩王国同士が小競り合うために雇う傭兵...これらが内地でギルドが斡旋する目立った依頼だ。
「尤も、その町で依頼を探し回る必要性は無くなりましたけど。」
「皮肉か?」
人の悪い笑みをたたえて、アルトはそう返した。
御者は渡されようとした運賃をすげなく断って、アルトを載せて来た道を戻っていった。
シャロンは道行く人に宿の場所を聞いて周っている。こういう時行動力があるメンバーを連れていると本当にありがたい。
エミル自身は町を見渡してみた。建築自体は帝都と似通っているが、色合いや雰囲気がどことなく明るい。日差しに耐えるため、建築は白く塗られている。これがより南下すると、石ではなく現地で手に入りやすい泥で建築物が作られるというのだから驚きだ。尤も最近は南北関わらす乾燥すると硬化する素材を使っている建築物も少なくないそうだが、貴族は権威を重視し、平民はお金が足りず、そういった素材を扱うのは公共施設か軍の施設ぐらいである。
そういった理由で、帝国が新大陸を解放する以前の建築文化を、現在の帝国は各地域で取り入れている。その方が安上がりで、効率が良く、見栄も張れるからだ。失われた文化も少なくないが。
シャロンが手を振ってエミルを呼ぶ。この辺ではまだマシな宿について話を聞いたらしい。
宿の飯が上手いか不味いかなんて他愛の無い事について考えつつ、エミルは歩き出した。
明日以降の一仕事のために、体力を残しておかなくては。
西部平原は、地中海性気候の建築・食文化を想定しています。
帝都から見て西にある地域なので、西部平原です。