〜ナツルSide〜
早朝の鍛錬が中途半端に終わりはしたが、いつも通りに学園に向かう。
いつも通り昇降口で呂布ちゃんと別れて――と思ったが、Fクラスの靴箱エリアに立て札が立っていた。
前にもあったなこのシチュエーション。
「タイガ、何かしらあれ」
「さぁ…」
前にもあっただけにイヤな予感しかしないんだけど。
そういや学祭で坂本と吉井が校舎焼いたんだよな。それに対してだったりして。
恐る恐る内容を確認すると、単純に教室をグラウンド隅から校舎内に変更する。という通知だった。ちょっとガッカリ。
☆ ★ ☆
「新しい教室だー!」
指定されている部屋に入るなり、ワン子が中を駆け回る。
やめろ恥ずかしい。ホントに俺と同い年か?
「きちんと改修された教室なんだな」
ぱっと見渡した感じ、窓とかに歪みはない。
前と同じ木造校舎なんだが一か月そこらで修理とか終わったのか?超技術あるから可能か。
それはともかく…
「なんで備品がねーんだよ」
教室の中は教卓はあっても生徒が使う机と椅子が一つもなかった。
いや、畳と座布団はあるから、それが椅子なんだろう。じゃ机は?
「お、来たかナツル。おはよう」
「直江」
教室入り口で立ち尽くしているとクラスメイトの直江大和が近づいてくる。…なぜか木材を抱えて。
「来て早々悪いが頼みがあるんだ」
「…なんだよ」なんかそこはかとなく聞きたくないんだけど。
「机作ってくれ。クラス人数分、今すぐに」
「なんて?」
「いやだから机を」「聞こえなかった訳じゃない!」
聞きたくはなかったがな!
「なんでだよ!なんで俺がまた机作んなきゃいけないの!?」学祭前にも作っただろ!
「あれはテーブルだ」
「うるさい屁理屈言うな!」
そういうこと言うひとキライですっ
なぜなら僕はギョライだからっ
「喫茶での売り上げ結構いっただろ!あれどうしたんだ!?」
詳しくは知らんが、それでも売り切れを二日続けて叩き出したんだ。
高級とまではいかなくても、普通の学級机程度なら人数分用意できるだろう。
「なのになんだこの体たらくは!言え!売り上げを何に使い込みやがった!!」
「お前が壊したSクラスのアンティーク机の代金」
……………………………………………………………
「ぱーどぅん?」
「今朝早く葵冬馬から電話かかってきてな。ご丁寧に証拠動画まで送ってきた」
携帯で見せられる映像。メイド服姿の俺がチャイナ少女に小牧流・鉢落としを決める場面だった。
「…………」
「残念ながら喫茶店の売り上げは家具の弁償代に消えたんだ。だから机はナツルの超絶技巧で作成してもらうことになった。…なにか言いたいことはあるか?」
「この程度の木材の量だとちゃぶ台がせいぜいだな」
ガンッガンッガンッ
喋りながらも一台作っていく。
ホームルームまで後十数分か。人数分いけるか?
☆ ★ ☆
ホームルーム五分前。人数分のちゃぶ台が完成した。
「凄すぎて怖い」
「キモくすらあるな」
「テメェら…」文句言うなら使うなや。
ため息を吐きながら自分で作ったばかりのちゃぶ台前に腰掛ける。
歪みとかはないみたいだな。急いで作ったにしてはいい仕事したぜ。
「そういや坂本と吉井は?」
「二人ともまだ謹慎中。明日ぐらいには来るんじゃないか?」
なんだまだ謹慎くらってたのか。ならあの二人のだけ特殊ギミック仕込んでもよかったな。電流流れるとか。
ガラガラっ
「全員いるかー?席につけー」
ジャストなタイミングで鉄人が入ってきた。
危なかったな。もうちょっとで俺が工作してる最中にホームルーム始まるとこだった。
「謹慎中の二人を除けば全員いるな。それじゃあホームルームを――」
ドガン"ッ"ッ"!!
「ぬぉぉおっ!?なっ、なんだ!?」
突然教室の窓側の壁が破壊された。
もうもうと立ちこめる土煙が晴れるとそこには―――
「やっほーナツにぃー!迎えに来たよーー!」
ワン子と似たような背丈をした、腰付近まで伸びた真っ赤な髪をツインテールに纏めた道着姿の美少女がいた。
――――――――――――――――
瞬間的に胃がひっくり返り、今朝食ったものを全部吐き戻しそうになった。
90歳をゆうに超えた俺の祖父が祖母との間に設けた
祖父譲りの抜群な身体能力と武術の才能を持って産まれた紛れもない天才。幼少期から一度も勝ったことはない。
というか、まともに負けさせてもらった覚えがない。
受け身を取れない状況で床に叩きつけられ、関節が外れようともギブアップを認めない。
しかもそれらをさも楽しそうに笑いながら行ってくるのだ。ドン引きしながらも周りが止めてようやく技を解く。試合のたびにそれが繰り返される。
トラウマ製造機だなんて生優しいもんじゃねえ。当時、道場どころか道着を見るだけで精神が不安定になった。
異変が起きてすぐに立ち上がりはしたが、正直すぐにでも座り込みそうだ。
「な…にしに…来た、んだ…」
身内でもあるから対応せざるを得ない。
おそらく青ざめているであろう俺とは真逆に、司はにっこりと無邪気に笑って。
「門下生がみんないなくなっちゃって、おじーちゃんもおばーちゃんもわたしもみんな困ってるんだー」
どうでもいいが司は実の両親のことを「おじーちゃん」「おばーちゃん」と呼ぶ。まあ見た目が見た目だからな。
あと門下生が逃げたのは全部お前のせいだ。
「だからナツにぃ、実家来てわたしの練習相手になってー」
「は?」
ナニイッテンノコイツ⁇
練習相手?入門してとかじゃなくて?コイツにとって俺はダミーマットみたいなもんなのか?
つーか実家って…沖縄?川神よここ。遠くない?
飛行機とか電車じゃなくて徒歩と泳ぎで行く事になりそうなのは俺の気のせいかな。
今すぐ逃げないと酷い目に遭う。
それは分かってる。完璧に理解している。だが…
足が、すくんで、動けない。
「帰ろ?ナツにぃ」
「…………」
俺はこんなに弱かったのか…
目の前の幼女と言っていい見た目の存在からの
小刻みに震えながらもゆっくりと、差し出された腕に手を伸ばす…
「……駄目…」
――真紅の髪が司の姿を遮った。
「主、連れてく。駄目」
「呂布ちゃん…」
いたのか。
よくよく思い出せば靴箱で看板見た時に別れてなかった気がする。しれっとついて来てたのか…
注意しろよ鉄人。
「あなた誰?いや、誰でもいっか。家族のあれこれに他人が口出ししないでくれる?」
「…………」
他人が、の辺りで呂布ちゃんの手がぎゅっ…と握りしめられるのが後ろからでも分かった。
…そりゃ血縁関係はないけどさぁ……
「まーいいや。どいてー」
「……!」
間延びした司の声と、息をのむ気配。
その直後、呂布ちゃんが弾かれるように仰向けに倒れた。
「うぉっ!?」
真後ろにいた為に咄嗟に抱き止めることができた。
「おい大丈…」彼女の顔を見てつい言葉を失った。
ぐったりと俺に身体を預け、気絶したように目をつぶるその額に、
うっすらと、血が滲んでいる。
「 ツ カ サ ァ ァ … ! 」
自分でも驚く程怒りに満ちた声が出た。
「ど…どうしたのナツにぃいきなり怖い声出して…って、もしかして加減間違えちゃった?」
いやーしっぱいしっぱい。
全く悪びれた様子も無く、恥ずかしそうに頭を掻く司。
それを見て先程までの恐怖心が一切消え、冬の海水のように冷えてゆく。
「おい。この状態の人間を見てなにか他に思うことはないのか?」
「え?なにかって?」
「…そうか。もういい」
腕の中の呂布ちゃんを姫路たちに預けて、再び司に向き直る。
「俺と立ち会え。お前が勝ったら好きなようにさせてやる」
「え、いいの?じゃあ部屋の掃除とかもやってもらっちゃおっ」
「………」
「あとおやつとかわたしが好きな時間に作ってもらってー」
試合前からすでに自分が勝った後のことを口から垂れ流す叔母の姿を見て、なぜか悲しくなった。
……昔は一緒に並んで稽古つけてもらってたのに…どうしてこうなってしまったのだろう。
親の教育不足だな。技とか分かりやすく教えてもらった覚えがあるんだけど、育児には適用されなかったらしい。
「先生すんません、開始の合図頼んでいいすか」
「お…おお、分かった」
今までずっと蚊帳の外だった鉄人に声をかけ、俺と司の間に入ってもらう。
警戒するように司を何度もチラ見するのは分かるけど、なんで俺の方もチラ見するの?
「それではこれより…模擬戦を開始する。双方、構え!」
鉄人の声に合わせて、左半身を相手に向け、左腕を完全に伸ばした時と密着させた時、その中間に置いたボクシングスタイルの構えを取る。
「なにナツにぃその構え。気取りすぎ〜」
「お前は昔のまんまだな」
対する司はノーガード。両腕を脇にだらんと下ろし、すぐに動けるように踵を少し上げる。
師範代や(昔から少なかったけど何人かいた)高弟たちに何度注意されても直さず、ついにはジイさんに『
何人の人間がここから診療所送りにされたっけかな(俺も含めて)。
「お前ら頼むから流血沙汰はやめてくれよ…始め!」
「やー!」
開始の合図とともに司が動き出す。
地面を滑るように走り、突風のように右拳を突き出す。
昔と同じだ。一撃当てて関節や投げ技に繋げる。
何度も食らった。年齢が一桁の時に、だけど…
………こんな…遅かったか?
ドゴッッ!!
「かひゅっ!?」
突進に合わせてカウンターで左ジャブを司の胸に
そのまま道着の奥襟を掴み、引き寄せると同時に右腕を引いて野球のピッチャーのように思い切り振りかぶる。
……そうだ。
「よく考えたら指導者としてもイマイチだったわ」
俺がいい証拠です⭐︎
サモアンフック!
ゴヅッ"ッ"!!
「べへっっ!!!」
振り下ろしに近い軌道で拳を放った結果、司は俺の目の前の床に叩きつけられた。
倒れ伏し、混乱した様子の年下の叔母を、両手で襟を掴み持ち上げた。
「あぐっ!?なっ、なに――」
「悪いことしたらよー…」
お互いの額が付くぐらい顔を近づけて、真正面から司を睨みつける。
「ごめんなさいと、謝らんか!!」
「!!?」
俺のことはいい。俺自身の
だがそのせいで親しい奴が傷つくのは見過ごせない。
血よりも濃いものがある。
それを害する存在は、たとえ血が繋がっていようとも―――
「……ぇぐ…」
「?」
「ナツにぃの…ばかーーーー!!」
………………は?
いきなり泣き出した司の姿に呆気に取られる。
その一瞬の隙を突かれ、両手の拘束を外すと自分で破壊して入ってきた穴から走って出ていった。
……ドアぐらい開けて出ていけ。
じゃなかった。まさか泣くとは…いや納得だな。
あいつ妙に精神幼いから。8歳児並みだ。
「おい瀬能…」
「あー先生、すんません。授業邪魔して」
「それはいいが…大丈夫か?」
色んな意味が含まれているのはすぐに分かった。
「俺は別に」ひらひらと手を振って姫路たちのところへ足を運ぶ。
「瀬能さんっ」「瀬能、呂布さん起きないんだけどっ」
「………」
本気の心配をする女子たちは悪いけど無視。
呂布ちゃんの側でしゃがみ込み、いまだに気を失って畳の上に横たわる彼女の額に手を当て、一言。
「ディア」
掌から暖かな光が発生し、滲んでいた血が跡形も無く消える。
同時に呂布ちゃんがゆっくりと瞼を開いた。
「……ん…主…?」
「すまない。俺の身内が迷惑をかけた」
傷は無いからOK。
そんな訳がない。
俺は床に両手両膝をつけて、畳に額がめり込むぐらい深く、彼女に向かい頭を下げる。
「あっ、?ある――」
「責任は必ず取る」
間違えた"取らせる"。
同性でありながら女の顔に傷を負わせた。理由も無く。
知人・他人関係ない。許されない行為だ。
ジジイは何してる?どんな教育してんだ?
ジジイだけじゃない、バアさんもだ。最後に会ったのは随分前だが娘の躾もできないほど耄碌したか?
俺もだいぶ躾けられた。常識人だと思っていたんだが晩年に産まれた子だから―――
「お…おいナツルっ」
「?」
直江の焦ったような声に土下座の姿勢から頭を上げ上体を起こす。
……なんで女子陣は顔真っ赤にして口押さえてんだ?呂布ちゃんに至っては湯気まで出てるし。(大丈夫か?)
『…………』
そして男子連中のほとんどは黒頭巾・黒ローブで俺を取り囲んでいる。
そろそろ夏だけど暑くないの?
それに黒ローブ集団の後ろ、司が派手に開けた穴近くでなんか…グツグツと煮えたぎる大釜が見えるんだけど…熱くないの?
その側では刃物を研いでる黒ローブの奴とか色々いるし。料理でもするのかな?
「ああ、料理してやるよ。セノウおまえをなぁ」
「いちゃつきやがって…神聖な教室でいちゃつきやがって…!」
「にくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいころすころすころすころす」
うちのクラスの狂気やっべえ。
こいつら見てると自分がただの一般人に思えてくる。とっとと逃げよう。
責任とれよマジで