兄貴、見守る。 作:キュウリ大好き人間
誰かが言った――全身の肉が舌の上でとろける霜降り状態の獣がいると。濃厚で芳醇なマスクメロンや完熟マンゴーの高級果物ジュースや甘みのある泡がとめどなく踊る爽快な喉越しの飲み物が湧き出る泉があると。
世はグルメ時代。人々は魅せられる、数多の食に……。未知なる味を求めて、探求する時代!
うららかな陽光が降り注ぐ、ある日のこと。
穏やかに波打つ海を見下ろす崖の縁に、二人の青年の姿があった。
一人は、トレードマークである鮮やかな青い髪を風になびかせた青年――トリコ
彼は小さなトンボを器用に針に掛け、じっと海面に釣り糸を垂らしていた。
大物の獲物が食いつく、その瞬間をじっと待っている状態だ。
そして、そのすぐ隣には、流れるような美しい黒髪を持つ青年――リゼルが佇んでいた。
リゼルはトリコの様子を横目で眺めながら、ただぼーっと水面を見つめている。
彼もまた、トリコと同じように、これから始まる何かをのんびりと待っているのだった。
カサッ、ドタドタドタ……!
その時、二人が背にしている青々とした草原の奥から、何かがこちらへ必死に走ってくる足音が静かな崖の上に響いた。
(スッ……)
トリコがまだ釣りに集中している中、圧倒的な五感を持つ黒髪の青年――リゼルが、いち早くその気配を察知して静かに振り返る。
――ドンッ!!
リゼルが黄金の瞳を細めて見つめる先、生い茂る草むらをかき分けて現れたのは、高級そうなスーツを泥だらけにした20代ぐらいの青年――小松だった。
青年は吃驚して目を見開いたまま、崖の縁に佇むリゼルとトリコの姿をただ呆然と見つめている。
あまりの息の切れ方と、目の前に立つ二人の強烈な存在感に圧倒され、言葉を失っているようだった。
だが、男はすぐに我に返ると、意を決したようにその声を張り上げた。
「うあぁーっ!」
青髪の青年ことトリコは、小さなトンボを餌にして、変わらず海のほうを向いたまま釣りを続けていた。
そこに、20代ぐらいに見えるスーツを着た青年――小松が、意を決してトリコの背中に話しかける。
「あの……小松と申します。今日は美食屋のお仕事できました。あっ! 国際グルメ機関(IGO)取材のパーティがありまして……」
その時、トリコが握る釣竿の先、静かだった海面に垂らされた釣り糸が微かに震えた。
海からポツリ、ポツリと、何かが近づいてくる気配が波紋となって広がっていく。
「パーティに出す料理の食材を調達をしてほしいのです……!」
小松は真剣な顔をして一生懸命に背中へ頭を下げていた。
だが、トリコがあんまりにも海のほうを向いて釣りに集中していて、自分の話を聞いているのか分からなくなってしまったため、小松はなんとも困った顔を浮かべるのだった。
その時だった。
水海からバーシャアと激しい音が鳴り響いた。
「とりこさぁぁあん」
海面を引き裂いて飛び出してきたその声に、トリコはニヤリと笑って釣竿を勢いよく上げた。
「きたぁぁぁぁ」
その瞬間、それまで静かに佇んでいたリゼルが動き、小松を守るようにして小松の前にスッと立った。
トリコが力強く右足を前にだし、深く腰を落として体勢が整った瞬間、海の怪獣が姿を現した。
水海の周りから大量の雫が舞い上がり、怪獣はプギャと声を出しながら空に高く舞う。
そして、巻き上がった雫がまるで雨のように、崖の上へとバラバラと落ちてくる。
そのあまりに激しい情景に、リゼルの後ろで小松は激しく驚いた。
「え?うわー」
降り注ぐ雫の雨の中、リゼルは小松を背中にかばって守りながら、一緒に釣られて上がってきたザリガニフィッシュを静かに見た。
トリコは目の前のザリガニフィッシュを見てニヤリとする。
そして、大物の獲物を前にして、あははと豪快に笑うのだった。
その瞬間だった。
空からパサぁーと巨大な翼の音が聞こえた。
見上げれば、怪鳥が獰猛な大きな足で、トリコの釣ったザリガニフィッシュを上空からガシッと掴み取る。
「クギャー」
獲物を横取りした怪鳥が、勝ち誇ったように鋭く鳴いた。
そして、せっかく釣り上げた極上の食材を奪われ、トリコはちょっと片方の眉毛をあげて怒った。
「そいつは俺の獲物だぁぁ」
トリコは「そりゃあ!」と気合の一喝と共に、まだ繋がっていた釣り糸を思いっきり引っ張って、怪鳥ごと地面へと激しく叩きつけた。
崖の上に、ドンッという凄まじい音が鳴り響く。
それと同時に、崖の上の硬い土がバッと宙に舞い上がった。
そのせいで、リゼルの後ろに隠れていた小松は、土の影響でちょっと目を瞑った。
ブワッとあたり一面に広がった煙の影響で、どうしても目が開けれない状態だからだ。
小松が必死に目を瞑ってパニックになる中、その土煙の向こう側から、優しくて低い声が耳に届いた。
「おい、大丈夫か?」
ハッと驚いて小松が目を空けた瞬間、目の前には、自分の顔を心配そうに覗き込んでいるリゼルの美しい姿があった。
小松はこのとき、初めてリゼルが自分の目の前にいて、ずっと守ってくれていた事に気づいた。
「え?あ、はい、大丈夫です。あ、あの……僕、リゼルさんファンです」
小松は顔をちょっと赤くしながら、でも、ものすっごく嬉しそうにリゼルにそう言っていた。
800年のレジェンドであり、全料理人の憧れであるリゼルを前にして、憧れの気持ちが溢れてしまったのだ。そんな小松の素直な言葉を聞いて、黒髪の青年はふっと優しく微笑んだ。
「そうか、これをやろ」
リゼルから手渡しで一枚の紙を渡されて、小松が不思議そうにそれを見てみると……。
そこには、リゼルが直筆で書いたサラリと美しいサインと、その横に小さく、小松とリゼルの二人が並んだ可愛いミニ絵が描かれていた。
「う、うわぁぁあ……っ!」
それを見た小松は、もの凄く嬉しそうな表情を浮かべ、その紙を宝物のようにそっと胸に当てながら、何度もリゼルにお礼を言っていた。
...そして、完全に土の煙が晴れて終わる頃。
崖の上の様子がはっきりと見えるようになると、小松はうわーっと驚きの声をあげていた。
土煙の向こう側、さっきトリコが強引に引きずり落とした、あの大きい五ツ尾オオワシが地面にドンと倒れていたのだった。