兄貴、見守る。 作:キュウリ大好き人間
今回はアニメ第2話のクライマックス、トロルコングたちの群れとの決着回です。トリコ本来の『威嚇』の解放、そして上空から二人の信頼関係を静かに見守るリゼルの立ち回りを楽しんでいただけたら幸いです。
それでは本編をどうぞ!
トロルコングの強靭な腕から抜け出したトリコは、すぐさまバックステップで距離を取り、驚愕の表情を浮かべた。
自らの睨みによって、猛獣が本能的な恐怖を抱いた。その理由を、トリコは激しく打ち付ける雨の中で瞬時に思考する。
(俺の……俺の脅威を感じ取った!? 雨……?)
トリコは怪訝そうに、どんよりとした曇天を見上げた。
「そうか! 俺の身体にこびついてた下っ端の匂いが、雨のおかげで流れ落ちていくんだ!」
トリコの顔に、いつもの自信に満ちた笑顔が戻る。
「よ――し! いいぞ!」
その様子を傍らで見ていたリゼルは、フッと口元を綻ばせた。
トリコが笑い、本来の力を完全に発揮できるようになったことを、その肌で、細胞で感じ取ったのだ。
(もう、大丈夫だな……)
リゼルは手助けをするのを止め、静かに地を蹴って上空へと跳躍した。
その背後に『黄金の鬼』の巨大な幻影が揺らめき、リゼルはその実体化した鬼の掌の上へと着地する。
本来であれば、戦いに巻き込まれないよう小松も自分の元へ預かるのが最善の筈だった。
だが、リゼルはあえてそれをしなかった。
今ここで信頼し合い、共に死線を潜り抜けようとしているトリコと小松――あの二人から、何か言葉にできない特別な絆(可能性)を感じ取ったからだ。
リゼルは空中から静かに、二人の戦いを見守る道を選んだ。
地上では、トリコの身体から凄まじい紅いオーラが爆発的に噴き上がっていた。
「ウオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
ジャングルそのものを消し飛ばさんばかりの、トリコの地を震わせる雄叫びが炸裂する。
それと同時に、トリコの背後にどす黒く巨大な『鬼』の姿が完全に出現した。
これこそが、下っ端の匂いから解放された、美食屋トリコの本来の『威嚇』。
――ヒィィッ、ウギャァアアアッ!?
先ほどまで狂暴だった無数のトロルコングたちが、一転して悲鳴のような怯え声を上げ、ガタガタと地面に這いつくばった。
「え? な、なに……!?」
草むらの陰でカメラを構えるティナが、急変した戦況に目を丸くする。
トリコの背中にしがみつく小松は、あまりの凄まじい風圧とプレッシャーに、ただきつく目を瞑って怯え震えることしかできず――。
「んん……え?」
押し寄せる圧倒的なプレッシャーが止み、小松は恐る恐る瞑っていた目をあけた。
あまりの静けさに驚きながら、きょろきょろと周囲を何度も見渡す。
トリコの本気の威嚇により、トロルコングたちは完全に怯えきって震え上がった。
襲い掛かってくる気配すら失せた広場で、小松はようやく荒い息を整えて落ち着きを取り戻す。
その時だった。
群れの奥深くに潜んでいた一際巨大な白い影――トロルコングの長であるシルバーバックが、不穏な空気を感じ取ったように、音もなく密林の闇へと姿を隠した。
目の前で、ボスであるシルバーバックが隠れるようにして逃げ去ったその光景。
それを間近で目撃した小松は、だらだらと冷たい汗を流しながら、驚愕のあまりその場に硬直した。
「え? 何今の……!?」
小松は信じられないものを見たように目を丸くし、ただただびっくりして声を漏らすしかなかった。
――ゴロゴロ、ゴゴゴゴ……!
小松の驚きの声に重なるようにして、分厚い曇天の奥から再び重苦しい地鳴りが響き渡った。
次の瞬間、ジャングル全体が眩い黄色の光に包まれる。
――ピッシャ――ンッ!!
鼓膜を引き裂くような大爆音と共に、巨大な雷撃が地表へと容赦なく突き刺さった。
凄まじい衝撃によって地面の岩石が激しく剥ぎ取られ、トリコやトロルコングたちの間に向けて、無数の破片が弾丸のように鋭く飛び散っていく。
だが、その濁流のような土煙の中で、上空のリゼル『黄金の鬼』の強靭な掌に包まれるようにして守られていた。当然、何一つの掠り傷も負うことはない。
地上にいたトリコと小松も咄嗟の身のこなしで直撃を避け、無傷のままであったが、突如として降り注いだ自然の猛威に激しく息を呑んでびっくりしていた。
――ウ、ウギャァアアアアアッ!?!?
それは、周囲を取り囲んでいたトロルコングたちも同様だった。
至近距離に落ちた雷の凄まじい光と轟音に底からびっくりした猛獣たちは、恐怖に顔を歪めて一斉に絶叫を上げる。
凄まじい叫び声が響き渡る中、トリコは体中からパチパチと音を立てる赤いオーラを激しく纏い直した。
吹き荒れる突風に髪を揺らしながら、鋭い眼差しで周囲を睨みつける。
「あぶねぇー、虹の樹に落ちたら終わりだぞ。急いでボスを探さねぇと! 今の雷で真っ先にビビったのはどいつだ!?」
トリコの張り詰めた声が、叫ぶトロルコングたちの声を押し返すようにして響き渡った。
トリコが放った言葉に、小松は驚愕の表情を浮かべた。
「えっ? なんでですか?」
「そいつがボスだ!」
トリコは視線を正面から逸らさないまま、確信に満ちた声で言い放つ。小松は信じられないといった様子で、冷や汗を流しながら問い返した。
「えっ、でも、ボスって普通一番びっくりしない奴じゃ……」
「逆だ。群れのボスに必要なのは強さ以上に危機管理能力。危険を真っ先に察知する奴こそがボスの器だ!」
トリコの断固とした言葉に、小松ははっとしたように目を見開いた。
「だったら雷が落ちる前に、真っ先に隠れた奴いましたけど?」
「何?」
トリコが鋭く眉をひそめる。
小松はジャングルの奥深くを力強く指差した。
「はい! あの奥の白いやつです!」
小松の指の先を、トリコの鋭い眼光が捉える。生い茂る木々の暗がりに潜む、
一際巨大な白いトロルコングの姿を視界に収めた瞬間、トリコの口元がニヤリと不敵に釣り上がった。
「あいつか! なるほど、年長者の証の白い毛並み……シルバーバック! 見つけたぜ……。お前、よく気づいたじゃねぇか!」
「いえ。トリコさんの背中にいたら、なんか恐怖心がなくなって……。冷静に周りがよく見えたっていうか……。なんか不思議なんですけど……」
小松は自らの手を驚きながら見つめ、ぽつりと呟いた。
トリコの底知れない強さと背中の安心感が、料理人である小松の心を自然と落ち着かせていたのだ。
「お手柄だぜ! 小松!」
トリコが弾けたような満面の笑顔を向ける。
「はい!」
褒められた小松も、嬉しそうに元気よく返事をした。
トリコは体中からパチパチと音を立てる紅いオーラを激しく纏いながら、シルバーバックが潜む闇へと一歩、また一歩と力強く歩みを進めていった。
「さてと……。俺の身体に染み付いてた下っ端の匂いは、完全に流れ去ったようだな」
不敵に呟くトリコを前に、周囲を取り囲んでいたトロルコングたちが再び一斉に動き出す。
――ガルルルル、ウガァアアアアアッ!!!
剥き出しの敵意を込めた猛獣たちの咆哮がジャングルを揺るがす。だがその瞬間、トリコの背後にどす黒く強大な『赤鬼』の幻影がうっすらと浮かび上がった。
トリコはそのまま、巨体の前に堂々と立ちはだかり、シルバーバックを真っ直ぐに見据えて気合と共に睨みつけた。
――グオオオオオオオオオッ!!!!
ボスのシルバーバックが凄まじい咆哮を上げ、巨大な口を大きく開いてトリコを丸呑みにせんと襲いかかる。
しかし、シルバーバックの動きは、トリコの目前でピタリと停止した。
大きな舌(ベロ)を出したまま、凍りついたように動けない。
真っ向から受けたトリコの凄まじい『捕食者』の眼光に、ボスの本能が「逆らえば死ぬ」と完全に理解したのだ。
――ウ、ウギャァ……っ。
恐怖に震えるシルバーバックの短い悲鳴に呼応するように、周囲のトロルコングたちからも一斉に戦慄の鳴き声が漏れ出す。
トリコはさらに鋭く睨みを効かせ、背後の小松さえも息を呑むほどの覇気を場に満たしていった。
次の瞬間、トリコが静かに右手を天へと掲げる。
その瞬間、突き上げられたトリコの腕の周囲に凄まじいエネルギーが収束し、恐るべき『鬼の手』へと変貌を遂げた。
咆哮と共に完全に実体化した『赤鬼』が、ゆっくりとその巨大な手を伸ばす。
そして――牙を剥くシルバーバックの頭を、まるでおとなしい仔犬でも扱うかのように、優しく、静かにぽんぽんと撫で上げた。
その圧倒的な格の違い、そして絶対的な慈悲。
赤鬼の掌に撫でられたシルバーバックは、すべての戦意と警戒を失い、静かにその大きな両眸を閉じた。
それはシルバーバックの敗北を悟り、トリコをジャングルの新たな王として認めた、周囲のすべてのトロルコングたちも同様だった。
すべての猛獣たちが、一斉に静かに目を閉じ、その場へ平伏していった。
「トロルコングを手懐けたなんて、静かな決着……!」
草むらの陰でカメラを回していたティナが、信じられないものを見たように呆然と呟いた。
その瞬間、上空に浮かんでいた『黄金の鬼の掌』が静かに霧散する。
リゼルは音もなく地上へと舞い降りると、トリコと小松の元へ歩み寄った。
よくやった、と伝えるように、二人の頭を大きな手で優しく、ぽんぽんと撫でる。
それと同時に、あれほど激しく降り注いでいた雨がピタリと止み、ぶ厚い雲の隙間から、温かい太陽の光が差し込んできた。
「トリコさん、リゼルさん……!」
小松が安堵と喜びに満ちた声を上げる。
「あぁ」
リゼルとトリコが同時に頷き、差し込む光の先を見据えた。
陽の光を浴びたその植物は、七色に、神々しくきらきらと輝いていた。
「虹の実だ」
「わぁー……!」
トリコの声に重なるように、ティナが思わず目を輝かせて歓声を上げる。
光り輝く巨大な実を湛えた『虹の樹』が、三人の目の前にその雄大な姿を現していた。
「なんて綺麗なんだ……!」
小松はうっとりと首を傾げながら、その美しさに目を奪われていた。
だがふと視線を横に走らせ、驚いたように声を上げる。
「ティナさん、何やってるんですか!?」
「え? う、うあぁ……! つい、惹かれちゃって……!」
いつの間にかすぐ近くまで身を乗り出し、夢中でカメラを回していたティナが、我に返って慌てふためいた。
その様子を見たリゼルは、呆れたように苦笑いを浮かべている。
トリコは虹の実のすぐ側まで歩み寄ると、その大きな実を一つ、大切そうに手にとった。
背後で、目を閉じていたシルバーバックが静かに鳴き声を上げる。
トリコはボスの方を振り返り、安心させるように言葉をかけた。
「ああ、安心しろよ。もらっていく虹の実は一つだけだ。お前らの生活を脅かす気はねぇよ」
トリコの美食屋としての敬意に、シルバーバックは静かにそれを受け入れた。
「み、みなさん! おいしいニュースです! 虹の実を、美食屋トリコ――っ!?」
すかさずカメラをトリコへと向け、大声でリポートを始めたティナ。
だが、そのレンズの前に、白い防護服に身を包んだ男がぬっと立ちはだかった。
IGO開発局長、ヨハネスだ。
「だから、勝手な取材は困るね」
「ひとつまみも許さないってわけ!?」
「つまみ出しなさい」
ヨハネスの冷徹な合図と共に、控えていた門番たちがティナの両腕をがっしりと掴み上げる。
「離してってば! 虹の実ーーー! トリコーーーっ!」
ハグー市場の時と全く同じように、大声を上げながらずるずると連行されていくティナ。
残されたリゼルと小松、そして周囲のトロルコングたちまでもが、嵐のように去っていった彼女の後ろ姿を、ただただ呆気にとられた表情で見送るしかなかった。
――ザザッ、と画面に砂嵐が走り、深い闇の広がる異質な空間へと場面が切り替わる。
そこは、ジャングルの喧騒とは完全に隔絶された場所。
怪しげな光が灯る部屋の奥、不気味な仮面を被った男が、低く冷徹な声を響かせた。
「虹の実……」
その言葉に応じるように、直立不動で控えていた手下が深く頭を垂れる。
「すでに手配は売っております! ただ、すでに一つ、捕獲されたという情報が……」
「トリコか」
仮面の男が、確信を込めてその名を呟いた。
「奴の狙いも、もしや……この世のすべての食材を統べる、例の伝説の食材ではないかと……」
手下の不穏な言葉が、暗闇の中にじわりと溶けていく。
美食屋たちのあずかり知らぬ場所で、世界を揺るがす巨大な影が、確実に動き出そうとしていた――。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
トリコの本気の気配を信じて、あえて手を貸さずに『黄金の鬼の掌』から二人の絆を見守るリゼルでした。ティナのいつも通りの連行劇から、ラストは美食會サイドへの不穏な
次回はいよいよ、手に入れた虹の実をIGOの研究所で実食する お楽しみに。